

3月9日(金)の三重県桑名のなばなの里の桜です。
ほんの10日前には、とても暖かなお花見だったのに!
先日、東京の児童館にお勤めの方が、ふらりと寄ってくださいました。
藍織成(旧見浜館)の建物を、私が嬉しくなるくらい感激して頂けました。
まもなく、壊される実家に似ているとか・・・
建物の話から・・・・・・
また、話は話を呼び・・・
そして、子供達の悲鳴へと
三重県の熊野市で犬小屋の上にすまわされていた子供がいました。
でも、それでも、なお子供達はお母さんが好きなのです。
愛がほしいのです。
捨てられたくないのです。
どうか、気づいてほしい。
貴方は、親を捨ててもいいのだと。
助けを呼んでもいいのだよと。
親がいなくても生きていける方法はあるのです。
どうか、どうしても虐待してしまう貴方
どうか、気づいてほしい。
子供を捨ててもいいのだと。(言葉は悪いですが)
助けを呼んでもいいのだと。
心の病がそうさせているのです。
公的援助に助けてもらいましょう。
他人の目より、自分の心をみてください。
お互いが苦しまなくてもよいように。
今日、またニュースでみました。
お祖父さんが、実の娘と孫を放火で死なせてしまったとか?
辛いニュースが毎日届きます。
あるお母さんがいいました。
(明るい素敵な大好きなお母さんです)
生きるって修行なのよね。
そう、自然は厳しく、どの時代も生きるのは大変なのです。
だから、どうか自分を大切に。
”どうしても”とか、”しなければならない”とか、
他人の目など気にしないで。
苦しい時には苦しいといいましょう。
助けてほしい時には助けてほしいと。
それが心の叫びならば・・・
私も、私を大切にしたい。
私も、私を大好きになりたい。
私も、私を愛したい。
でも、少し難しい。
でも、そこから全てははじまるのだから。
藍より愛をこめて
生きるって修行・・・そうだと思います。
苦しい修行もあるけれど、時には楽しいことに変化する修行もあるから、命の成長は意味があるのだと思います・・が、抵抗することも出来ずに、絶たれてしまう小さな命たちに、どうなぐさめてあげればいいのでしょうね・・・。小さくても宇宙から生まれた大きな力になるはずなのに・・。
本当に藍さんのおっしゃるとおり、無理をせず、恥と思わず、出来ないことは育児でも誰かに助けてもらえるように心を気楽にして、人を信じて、とにかく頼ることを恥ずかしいとか、常識にとらわれないで、正直に行動すべきだと思います。
2007年03月21日 18:02
その難しさがまた面白いといいますか、楽しいといったら語弊があるでしょうか?自分から向かっていくときに、その変換が起きるような気がします。
2007年03月22日 06:15
風の子さん
有難うございます。
私自身は、実はまだ生きること自体消化できていない状態です。
ブログを書きながら自分にも、問いかけています。
皆同じ大切な命、でもどの時代も自然は厳しいのですよね。
”生ききる”それが私の課題です。
皆で生ききりたいと思うのです。
2007年03月22日 22:23
まなみんさん
有難うございます。
う!楽しいですか・・・
そうですね。
やはり自分から向かっていかなくてはいけないのですね。
その時の変化が楽しめたら・・・変わるのですね。
修行だわ・・・
2007年03月22日 22:26
修行というより、ゲーム!
楽しんじゃいましょう!!
2007年03月23日 07:19
まなみんさん
はーい!(^^)!
そうでした。
楽しまなくてはいけません。
どうも、ペシミストの私が顔をだします。
ポジティブにいかなくては!
いつも、有難うございまーす!(^^)!
2007年03月23日 22:54
2008年01月31日 23:22
親を捨てたっていいんだよね。勇気がいるけどいいんだよね。
自分がおかしくなってもがまんしてたけど、やっぱりそれっておかしいよね。この考えに至るまでが本当に長い修行の道だった。
2009年01月20日 10:48
。さん
貴方の信じた道を進んでいってください。
生きている間は修行なのかもしれませんね。
2009年01月20日 22:20