

(3月9日の三重県長島町なばなの里)
桜の木の下には、死人が眠るといいます。
いつか、伊勢市にある宮川の夜桜を見に行った時に
あまりにもの美しさにゾクっとしました。
そうかもって・・・
ある人に信じるってどういう事って聞かれた事があります。
私は、裏切られてもいいって事だと、その時は答えました。
お金を貸しても、戻らなくてもいいというのに、
少しほんの少しだけ似ていると。(感覚的に)
でも、実際起こると・・・・・
ちょっぴり辛い
その裏にそうならないっていう思いの方が強いから。
お金は、あげたと思えばすむけど
心はそうはいかない
多分、信じると使う場合には
もしかしたら・・・との思いが多分にある。
で、賭けのように、えいーっと!
最後は何か感にかけてみる。
あーあー
それで、よく失敗するんです。
そうなのです。 その感がいけないのです。
世界フィギャで世界銀の高橋さんは、
涙出るくらいの緊張を
自分を信じてと・・・
(今までの血のでるような努力、選んだ指導者、環境・・・)
で、世界銀
信じることのできる、自分を・・・
どのような結果になろうとも、
自分を信じるということが
信じるということなのかもしれません。
だから、安易に信じてはいけないのかもしれません。
自然は厳しいのです。
きれい事ではない(最近よくでる棟梁の言葉)
すこし、混乱してきました。
少し静かに自分をみつめなおしてみましょうか
桜の木の下で
藍より愛をこめて
本当に美しいですね・・・
こわくなるくらい
2007年03月24日 04:34
まなみんさん
有難うございます。
あまりにも美しすぎると悲しいような。
切ないような気もちさえします。
桜のせいか、心がざわざわするような。
2007年03月24日 12:28
うまく説明できないまま、泣きたい気持ちになります。
道端ではっとして、涙がぽとぽと落ちてくるから結構大変です。
アブナイ人になってる・・・笑
あらゆる感情の究極は、つながってひとつなのかしら。
2007年03月25日 14:24
まなみんさん
も、ですか?私は、あまり涙は流しませんが・・・
道端であぶない人になっている事は・・・毎日・・・
あまりにも美しい自分(桜)が怖いと思っているのかも。
だから、見ている私も怖くなったり、悲しくなったりするのでしょうか?
これから、美しい春・・・
ワクワクするのに何か切ない春がきます。
2007年03月25日 23:35
『信じる』というコトは、
『自分を偽らない』『あるがままの自分を受け容れる』
というコト…でしょうか…?!…
『成ってきたものをスンナリとそのまま受けとめる』
というコト…でしょうか…?!…
自分を信じるにしろ、自分以外のヒトや物事を信じるにしろ、
そこに『ブレない自分』が無ければ、
本当には「信じて」いないのではナイかとアタシは感じます。
あまり深く考えずに「信じている」というコトバを日常遣っていますが、
「本当に信じている」ものに対しては、
『揺るがない自分』が対峙しているように思います。
『揺るがない自分』が信じているものに対しても、
『揺らいでいる自分』が信じているものに対しても、
双方ともに優しく付き合っていけばヨイのではないでしょうかね…
その間でゆったり揺られて、まどろんでいてもイイんじゃないかな…
イザ!!っていう時に、揺るがず向き合うコトが出来れば。
2007年03月26日 14:41
梨香さん
有難うございます。
うーん!
なるほど・・・
日本語はいろんな場面で、その使い方が違うので難しいですが、
”その間でゆったり揺られて、まどろんでいてもイイんじゃないかな…”
って感じいいかも、しれません。
全く私ったら揺らぎっぱなしですが(笑)
2007年03月27日 00:16
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
