藍・岡田の藍より愛をこめて~自然の恵みより~

人は死ぬとつめたくなる・・・が・・・

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   すっきり!

   はっきり!

   したい天気が続きますね。

   体調くずされてみえませんか?


   そう・・・丁度・・・葬儀から一週間がたちました。


   6月21日は、夏至・・・一年で一番長い一日

   そう、今年は私にとっても・・・生と死をさまよう

   長い一日になりました・・・


   夕刻の知らせで叔父が救急車で、運ばれて・・・
   そのまま・・・23時14分で亡くなりました。

   そう・・・私の誕生日でした。


   叔父は・・・物静かな人で
          必要な事意外・・・
          いえ、自分の主張をほとんどしなかった人でした。

          声をあらげることも聞いたことがありません。

          まじめに、一生懸命に働いていました。
          


   ここからは・・・・
  
   書くか書かないか迷ったのですが・・・

   少し亡くなった叔父と私の数時間をリアルに書きますので
   受け付けない方は、読まないでください。


   最後は人口呼吸器をつけたためか、口が開いたままでした。

   私は、以前祖母の時も開いた口を閉じるために、

   ずっとアゴをもち続けました。

   硬直する前に、閉めておかないとしまらなくなるのです。

   アゴをも持ち続ける私は・・・・・何故か非常に冷静です。

   皮膚は、まだ柔らかで・・・温かいような気さえします。

   一時間前までは、意識はないものの生きて脈うっていた叔父が

   私の目の前で、なんらかわらず、むしろ生きている時よりも、

   安らかな綺麗な顔をしていました。

   この、皮膚の触れあいの間に死と生がありました。

   亡くなった叔父

   生きている私

   この病室では・・・

   叔父と私はなんらかわらないような気さえしていました。
   
   


   葬儀屋さんが来るまで、アゴをもちつづけましたが・・・

   どうしても、開きます。

   死後硬直がはじまっていないのです。
    
   そして、夜中の二時頃・・・まだ開いてくるアゴを

   再び朝四時まで持ち続けました。

   もちつづけながら・・・・・・

   不思議と・・・叔父さんが生きているように脈を感じるのです。

   先ほどのように温かさは感じません。

   もちろん・・・生きてるはずはありません。

   そう、・・・冷たくなった叔父の肌か、骨を通して

   私の鼓動や脈打つ感覚が伝わってくるのです。

   亡くなった叔父が、私が生きてることを感じさせている。

   不思議な感覚でした。

   ここには・・・

   もうはっきりと

   死と生

   がありました。

   それも、亡くなった叔父が私に知らせてくれているようで

   お前は生きているんだよ

   それは、俺は死んだんだと.

   私に・・

   その脈を感じた時

   私は

   もう叔父に二度と

   しゃべっている叔父に会えないのだと


   
   

   叔父には子供さんがいませんでした。

   もしかしたら・・・この私の誕生日に亡くならなければ

   私が老いてしまった時・・・叔父の命日を忘れたかもしれません。


   そして、私は

   叔父の死に顔も

   命日も

   忘れられなくなりました。

   叔父は・・・物静かな人でした。   

   

   納棺の日に

   生前頼んだ干し柿が届きました。

   一緒に灰になりました。


   葬儀が終ってから・・・父あてのお中元が届きました。

 
   叔父は不思議な人だった・・・


   

     ふっと・・・私は・・・私の開いた口をしめてくれる人がいるでしょうか?

     ・・・・・

     ふふふ・・・・口開いたまま灰になるのも

     私らしいかもしれません・・・

  そんな事を考える一日でしたicon:clover
   

コメント

投稿者: まなみん

貴重なご経験をしぇあーしてくださってありがとう

2010年07月02日 19:42

投稿者: マイペース

藍さん、叔父さんの死、また顎を固定するなどという貴重な体験をされたのですね。

私も、義母が亡くなった時は、私の目の前で呼吸器を外したので、同じように口は開いたままでした。その時は、葬儀をどのようにすればよいかを考えることが精一杯で、故人を偲ぶ余裕はなく、またどのように顎を押さえていたのかさえはっきりとは覚えていません。

でも、人の死に立ち会うという貴重な体験ができたおかげで、命の尊さを考えることができ、また、自分自身を見つめることができたと思います。

このような体験を重ねて、人は成長していくのでしょうね。

2010年07月03日 00:03

投稿者: 卯さぎ

少し時間をいただいてから、読ませていただきました。
ずっと、叔父さまを支えておられる藍さんのお姿が目に浮かび…私も泣きました。藍さんのご両親も、さぞお嘆きでしょう。
「オヤジ死んでも泣けへんかったけど、弟が死んだときはさすがに泣いたなぁ。。。」
と、気丈な友人が漏らしたのを思い出します。

ご冥福をお祈りします。

2010年07月04日 00:37

投稿者: 藍

まなみんさん

有難うございます。まなみんさんの優しさ感じます。

2010年07月05日 00:19

投稿者: 藍

マイペースさん

有難うございます。
人が亡くなった瞬間に機械的にすべてが、動きます。
看護婦さんも、葬儀屋さんも・・・そして、人の悲しみや、その人にひっぱられないように(俗ないいかたですが)葬儀があるように、眠る時間なく事がすすみます。実際涙を出すじかんさえなく・・・その場で、本当に叔父が死んでしまったのかも・・・いるようで、いない。変な感覚でした。

2010年07月05日 00:24

投稿者: 藍

卯さぎさん

有難うございます。
すみません。泣いてくださったのですね。

たぶん・・・父とっても、祖父母にとっても・・病弱な気に心配な存在であったと思います。
私が開けようとする、お中元の箱を”わかっているからと”開けさせなかった父・・・
今日もまだ、同じ場所に同じように置かれています。
もう二度と叔父からはこないお中元なんだと見るたびに思います。

2010年07月05日 00:35

投稿者: ちょっちゃん

藍さんのこの記事を読みながら、「わかる!!!その感覚。。。」と 思わず涙がこぼれて来ていました。

私もこの2月に義父が、私の手のひらで、次第に息を引きとっていく義父が居ました。

私は、人生において死の瞬間に立ち会ったのは、初めてでした。

よく人は、「人の死に際に会うと、人生観が変わる。」と言います。

まさに 私もそうでした。

主人は一人っ子なので、喪主は主人でした。

一人の人の人生を見送ると言うことは、とても大変なものでした。

あの生と死の狭間の感覚を私も一生忘れることはないでしょう。

義父が身をもって教えてくれた「命」

大切にしていきたいと思いました。

藍さん 叔父様のご冥福をお祈りします。

先日 うちの息子の所に義父さんが現れたそうです。

息子曰く「爺ちゃんが 今日 俺がブルペンで投げていたら 見に来てた。」と言っていたので、
「きっと 心配して来てくれたのね。」と話しました。

息子 見えるんです!!

私も私の近くに居てくれるような気がします。

2010年07月06日 16:48

投稿者: 藍

ちょっちさん

ありがとうございます。
お義父さまもちょっちさんにもとられて、安らかに眠られたのだと思います。お嫁さんにそのように思ってもらってとても幸せだとおもいます。

私は、人生観がかわるようなたいそうな感じでなくて・・・とても不思議な生と死の間でした。あまりかわりないような・・・二次元も三次元も同じ時間のような不思議な感覚でした。

私も、そっとブルグ読ませていただいております。

2010年07月07日 01:27

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プロフィール

藍・岡田藍・岡田

八年前伝統的綿の手織りに出会う。
今心の満足が求められている時代と感じ、三年前三重県の元美杉村にて、200年たつ家屋で自然の恵み、織り、草木染め、人間の遺伝子に問いかけてくれるような物作り、空間づくりを探求。
現在、三重県伊勢市二見町の昭和初期の元旅館で、藍染め、草木染めの手織りを中心に創作。心と心が触れ合える空間和カフェ、ギャラリー、藍織成(あいな)を展開中。

★SQな場所:「藍織成」公開中。
http://sq-life.jp/place/000319.shtml

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