
皆様お久しぶりです。忙しさにかまけて随分とさぼってしまいました。
今回は、生まれてはじめてのエッセーを書かせて頂きます。第一回で予告しましたように、このブログの題をなぜブルース・リーの「ドラゴンへの道」からとったかはお読み頂けますとおわかり頂けると思います。ではどうぞ…
「“Don’t think! Feel!”…あなたはこの言葉を御存知だろうか?もし御存知なら、おそらく私と同世代(筆者は現在45歳)の男性か、かなりの格闘技マニアであろう。これはクンフー映画の草分け「燃えよドラゴン」の冒頭で、主演のブルース・リーが自分の弟子にクンフーを教えるワンシーンでの名セリフである。
そのシーンでブルース・リーは、弟子に命じて何度か自分を蹴らせたあと「どんな感じがしたか?」と尋ねる。弟子が頭をかしげて考えようとすると、その頭をこづきながら上記のセリフを言い放つ。次に弟子が放った蹴りをみて「そう、それだ!」と声をかけると、弟子も何かをつかんだ表情を見せる。最後に、その指導風景をイギリス人の諜報部員が感心した様子で見ている姿が大映しになったところで、あのチャーンチャチャーンという独特のテーマ音楽と怪鳥音とともに映画が始まるのである。
当時小学生であった私は、このシーンを見た時に、正直ブルース・リーのセリフの意味がさっぱり理解できなかった。けれども、からだの内部から湧き上がるような強い衝動を感じて、いっぺんに彼の魅力の虜になってしまった。
ブルース・リーはおそらく、自分の半生においてもっとも大きな影響力をもった人物の一人であろう。生来運動音痴で、身体性や男性性に劣等感の強かった私にとって、彼は理想的な男性像であった。また、それ以上に彼が自分と同じ東洋人であったことに大いに惹かれた。
「燃えよドラゴン」が日本で初公開された時、すでに故人であったという神秘性もあいまって、彼は瞬く間に伝説的スターとなった。さらに彼自身が本物の武道家であったことから、単なる映画スターの枠を越えて、今や世界中に広がっている格闘技ブームの火付け役ともなった。実際、現在K1で活躍する選手達の多くも、彼の映画が格闘技を始めるきっかけになったと語っている。
日本で映画が公開されるより前から彼は、香港や東南アジアなど同じ東洋人だけではなく、欧米白人が優位である社会構造の中で圧迫感を感じていた第三世界の黒人、ヒスパニック系、イスラム系など多くのマイノリティ達のヒーローとなっていた。ハリウッド作品である「燃えよドラゴン」以外の香港で製作された3本の主演作すべてに、「外国人に疎外されている中国人達の誇りを取り戻すために闘う」というテーマがあるのも偶然ではなかろう。
ブルース・リー以前のアクション映画と言えば、007のようにガタイの大きな白人が、銃やメカニックを駆使して闘うといったヒーローが主流であった。ところが、自分達と同じ有色人種で体も小柄なブルース・リーが、鍛えられた肉体と技で次々に巨大な外国人どもを圧倒していく姿に、マイノリティ達は大喝采を送った。しかも彼はただ強いだけではなく、要所要所で東洋哲学に裏打ちされたセリフを吐くことで、身体性のみならず精神性の高さも示してみせた。
以上のように、アクション映画という極めて西洋的なメディアから世界の前に現れたが、東洋的要素こそが彼の大きな魅力になっていた。映画が初公開された1970年代初頭の米国はヒューマンポテンシャルムーブメント真っ盛りの頃で、禅、瞑想、ヨガなど非西洋的な文化に注目が集まっていた時期であったこともブームを支えていたことであろう。
あまり知られていないと思うが、実はブルース・リーの父方の祖母はドイツ人である。つまり、彼は白人の血が1/4入ったクオーターなのである。そのために、生地香港では子供時代に友達からいじめられた体験がある。その後彼は米国に渡り、東洋人ゆえにさんざん人種差別に苦しめられた。やがて彼は、教室を開いて中国人、白人、黒人など人種を問わずにクンフーを教え出したが、当時クンフーは門外不出の技とされていたため、今度は同胞である中国人からの妨害を受けた。このように彼は、自分の体に流れる東洋と西洋両方の血に導かれるように国際社会の荒波に漕ぎ出して行き、かつ東洋からも西洋からも疎外される体験を繰り返してきたわけである。
彼の武道に関する著作の中には、西洋的価値観で発達してきたスポーツと区別するために、「自我ゆえに敵は存在する」など、老荘思想にはじまる東洋哲学への言及が多くみられる。一方、晩年に彼が創始した総合格闘技「ジークンドー」には、母体となったクンフー以外に、フェンシング、ボクシング、柔道、テコンドーなど世界各国の格闘技術が含まれている。彼の短い人生には、常に東洋と西洋の相克と融合のテーマが流れているのを感じる。
ところで最近私は、ブルース・リーに匹敵する大きな出会いを経験した。それはプロセスワーク(プロセス指向心理学、以下POP)との出会いである。自分はまず、西洋医学を学んで内科医となり、ついで西洋由来の心理療法を主体とした心身医学を学んで心療内科医となった。実際の臨床経験を重ねるうちに、心身二元論を背景にした現在の心身医学の限界を感じて、非西洋的アプローチを統合したトランスパーソナル心理学に惹かれていき、その流れの中で、ソマティクス(=ボディワーク)の一つでもあるPOPに出会った。
POPは、ユング派の心理分析家であったMindellによって、ユング心理学を基に老荘思想や仏教など東洋の叡智やシャーマニズム、量子物理学などをとりいれて開発された深層心理学的アプローチである。症状や事故、人間関係のトラブルなどの「問題」を、私達のふだんの意識状態(一次プロセス )が不都合で否認したい自分の一部(二次プロセス)と葛藤を起こした状態と捉え、より大きな存在からの大切なメッセージとして扱う。
POPは、西洋で重視される分析的な視点(見の目=自我)と東洋で重視される包括的な視点(観の目=気づき)の両立により、症状や問題の中に解決を見出す。私にとって、POPは東西文明融合により身体性と精神性を統合できる強力なツールである所に大きな魅力がある。これはまた、私がかつてブルース・リーに感じた魅力と同一のものなのである。
西洋的「見の目=自我」は論理的思考、つまり「think」することにつながる。感染症や外傷などの治療において圧倒的威力を発揮してきた西洋医学は、この「見の目」に基づいて進歩してきた。しかしながら、実際の医療、特に心身医療においては、これだけでは全く不十分である。そこでは東洋的「観の目=気づき」、すなわち臨床体験に裏打ちされた直感が必要となる。この「観の目」を育てるには、決まった形で体験を繰り返す中で極意を感じてとっていく、つまり「feel」するしかない。東洋の武道や芸道がすべて型を重視する理由はここにあろう。
こう書きながら、小学生であった私にはさっぱりわからなかった“Don’t think! Feel”というブルース・リーのセリフの意味が今やっとわかった!腑に落ちた!…「腑に落ちた」という日本語には、「腑」という心身一如の「からだ」に落ちた時にこそ真に解ったと言えることが暗示されている。そう、「真の理解」とは、頭で考えてではなく「体験」してはじめて得られるものなのだ!ブルース・リーが映画のワンシーンで弟子に教えようとしていたことはこれだったのだ!
私は、いまだ医学・医療の世界でマイノリティの存在でしかない心療内科が、科学主義偏重のメインストリームの医学・医療に立ち向かっていくためには、東西両文明、およびこころとからだ間の対話と統合を促すPOPのスピリットが必須であると確信している。そして、世界中でマイノリティの立場に置かれている人々が、等しくブルース・リーの中に見出してきたのもきっとこれと同じスピリットだと感じている。
私がようやく彼の言葉の意味を理解できるようになったのが、彼の影響で学生時代にかじったヘボ空手ではなく、心療内科医としての臨床体験からであったという事実に感動している。自分の人生に一貫して流れているタオ、POP的に言うとドリーミングプロセスを感じざるを得ない。今この瞬間、からだの奥にある魂から湧き起るマグマのような熱いエネルギーが、私に(全てはつながっている)というトランスパーソナル体験を促してくれている。
Don’t think! Feel! アチョー!」
皆様こんにちは。また随分と御無沙汰してしまいました。
前回、心身医学の医学モデルはbiopsychosocial medical model(生物・心理・社会的モデル)であり、これは従来の「病気があれば必ず原因となるウィルスが存在する」というbiomedical model(生物医学的モデル)からは進化していますが、「因果性」モデルは踏襲したまま、つまり「心身症には必ず原因となる心理社会的要因が存在する」と捉えている点に限界があること、この心身医学の限界を超えるためにはユングの唱えた「共時性」(シンクロニシティ:Synchronicity)の概念が有用であろうことについて述べました。
ところで、ユングが道教やチベット仏教からこの「共時性」の概念のヒントを得たことや、中国の易など東洋の宗教、思想の研究に没頭していたことはよく知られています。
一方、日本の心身医学の創始者である池見酉次郎先生は晩年に、「心身医学的療法のゴールは実存的な目覚めにある」 としてbiopsychosocio-ecological (existential)modelを唱えられました。これは今でいう「スピリチュアリティ」の概念を心身医学に導入する必要性を説いておられたのだと思われます。
池見先生は東西のスピリチュアリティへの取り組み方の違いについて、「西欧では、天の父なる神をめざして、自我を越える『上昇的超越』が一般的、東洋では、自らの体への気づきを深め、体の知恵を通して自然の声を聞き、自然の秩序への目覚めを促す『下降的超越』が基本となっている」と述べています。
さらに、「西洋流のpsychosomatic(心身的)な医学に東洋のsomatopsychic(身心的)なアプローチを統合することによって、真のホリスティック医学への道が拓ける」と東西の心身医学を統合する必要性についても主張されていました。
以上のように、ユングと池見先生、洋の東西で臨床心理学と心身医学を築いた巨人二人ともが、西洋と東洋の叡智を統合する必要を感じていたわけです。
私が現在、心療内科診療に応用しているプロセスワーク(プロセス指向心理学)は、ユング心理学をベースに道教や仏教、シャーマニズムなど東洋的、非西洋的叡智を導入したアプローチです。
プロセスワークの理論を理解してもらうためにも、以下の表に西洋的思考と東洋的思考との対比をまとめてみました。この表は、湯浅泰雄先生とリチャード・E.ニスベット(「木を見る西洋人」と「森を見る東洋人」.ダイヤモンド社,2004)の知見、およびプロセスワークの用語をもとに作成したものです。
【西洋的思考と東洋的思考】
西洋的思考…木を見る西洋人! 東洋的思考…森を見る東洋人!
・自我(小さな自己の視点) ・awareness (大きな自己の視点)
・因果性 ・共時性
・論理、思考重視 ・直感、経験重視
・分析(心は閉鎖系) ・共感(心は解放系)
・操作的(作為) ・流動的(無為)
・単語重視 ・文脈重視
・名詞中心 ・動詞中心
・人間重視(自然は観察対象) ・自然重視(自然は万物の母)
・要素還元主義 ・つながり指向
・客観的 ・主観的、間主観的
・心身二元(精神>身体) ・心身一如
・自立、アイデンティティー ・(相互)依存、関係性
・完全性(真善美) ・全体性(陰陽)
・コスモス(天)>カオス(地) ・カオス(天) >コスモス(地)
(この世は不変) (この世は無常)
ニスベットらは西洋の「分析的思考」は古代ギリシャにおいて「主体性」や「論理性」の観念が重視されたことに起因し、対して東洋の「包括的思考」は古代中国において「調和」や「道」の観念が重視されたことに起因するとしています。
西洋においては完全性(真善美)やコスモス(秩序)が重視され、(この世は不変)と考える傾向が強いですが、これらはキリスト教やユダヤ教などの一神教的な厳格で排他的な思想に通じています。反対に、東洋においては、全体性(陰陽)やカオス(混沌)が重視され、(この世は無常)と考える傾向が強いですが、これらはいろいろな価値観の矛盾を受容する仏教、儒教、道教、神道などの多神教的で温和な思想に通じています。
同じ人間の思考様式が洋の東西でこれだけ異なるということは大変興味深いことですね。
西洋人、東洋人ともにお互いがその違いを認識しておくことは世界平和のためにもとても重要なことだと思われます。
上記の両者の違いの中で心身医学との関係で特に重要なのは、西洋人、特にデカルト以降の近代西洋人が「心身二元」、つまり心と身体を分けて考えるのに対して、東洋人は「心身一如」、つまり心と身体を分けないで考えることです。
西洋人はコスモス(秩序)をカオス(混沌)より上位に考えます。そのため西洋人は、精神の働きの中でもコスモスとつながる自我を重視して、カオスにつながる感情や身体を軽視する傾向があります。
自我を強化することで身体に根ざしたリビドーをコントロールすることを目標としたフロイトの精神分析(自我心理学)がその典型です。
また、行動医学も心(認知)や行動を合理的、客観的、操作的に扱おうとする点で極めて西洋的な心理学だと言えます。
そして、現在の心身医学のもつ限界はこの精神分析と行動医学が基本になっているところに起因するのです。
大変、興味深く拝見させて頂きました。
私はこれ迄自我を鍛える事だけで生きてきたように思います。
そうする事が大切なのだと何時の頃からか考えるようになり、
辛い事があっても常に歯を食いしばり頑張って、・・・・・。
そうして生きてきて5年前頃からなんだか寂しく感じるようになり、
いつのまにか、鬱になってしまっていました・・・。
最初は、まさか自分が鬱になるはずがない!と受け入れる事が出来ず苦しみました。
でも、今は先生のおっしゃる東洋人的考え方、陰陽思想、この世は無常、自我だけでは苦しい私を救って下さったのは、自分の周りの人たち、こんなにも私は愛されているんだと感じられるようになり
救われました。
私を救ってくれた一番の人は、どんな私も変わらず受け入れ愛してくれました。
そんな人に出会えた事に感謝の気持ちで一杯です。
有難うございます。
2007年08月08日 20:25
nachikoさん。素晴らしいコメント有り難うございました。2500年前も昔にブッダは言われました。「人生の悩みはすべて思い通りいかないところからくる」と…。近代自我、科学、合理性、操作性といった西洋的価値観は明らかに人類に幸せを与えました。しかし、半面でその一神教的排他主義は競争の激化、戦争、環境破壊、貧富の格差、いじめ、うつや心身症、生活習慣病の増加など現代社会のもつ様々な問題の原因ともなっています。それはこれらの価値観は人間に、(この世はコントロール可能だ)と錯覚させるところからくるように思います。今こそ東洋人であるわれわれ日本人は、ブッダの言葉を深くかみしめる必要を感じます。nachikoさんはうつになられたことが契機で周りの人達の愛に気づけてよかったですね。ピンチはチャンス、人生万事塞翁が馬。人生で遭遇するいかなる試練も必ず意味がありますので、これからも周りの人達とつながりながらぼちぼち頑張っていかれてくださいね。
2007年08月10日 08:30
皆様こんにちは。随分と御無沙汰してしまいました。
これまで心療内科や心身症の実際、それらに関連してアレキシシミアについて書いてきました。私は普通の内科医から心療内科医に転身して早16年経ちますが、従来の心身医学に限界を感じてスピリチュアリティの概念を導入する必要を痛感しています。そして、まだ勉強中ではありますが心療内科診療においてスピリチュアル・ヒーリングの一つとしてプロセスワークを実践しております。
私が従来の心身医学になぜ限界を感じたかをわかってもらうために、今回は心身医学における医学・医療モデル変遷の歴史について書いてみますのでお付き合い下さると幸いです。
心身医学は最初ドイツで誕生し米国にわたり、精神分析を専門にする精神科医により発展し
てきました。心身医学の医学モデルは、Engelが1977年に『Science』誌で発表したbiopsychosocial medical model(生物・心理・社会的モデル)です。
それ以前の医学・医療モデルはbiomedical model(生物医学的モデル)であり、科学性、すなわち普遍性、再現性、客観性が要求されました。
このモデルは、たとえば「病気があれば必ず原因となるウィルスが存在する」といった因果性を重んじる線形の科学であり、要素還元論的なアプローチでした。
このbiomedical model は19世紀から20世紀半ばの感染症が病気の主流を占めていた時代には威力を発揮したが、がんを含めた生活習慣病、ストレス関連疾患、高齢化による老人病、緩和ケア医療など疾病構造の大きな変化に伴い、新たな医学・医療モデルが必要とされました。
そういう背景の中で提唱されたのがEngelのbiopsychosocial medical model、すなわち、「病気は多くの発症に関係する原因(因子)が関係しあいながら、個々人を取りまく社会や環境も含めた全体のシステムの異常としてとらえるべきだ」という主張です。
Engelのモデルに基づく治療では、医療は身体面のみならず個別性、関係性、心理、社会、環境といった面も重視され、「疾患」から「病人」に焦点が移ることになり全人的医療のアプローチが可能となりました。
しかし、Engelのモデルでも、関係性を問いながらも要素が三つになっただけで、やはり因果性、要素還元論に基づくという点ではbiomedical modelと同様です。
また、昨今の心身医学は精神分析に加えて、行動医学を導入することで飛躍的な発展を遂げてきました。
すなわち、Engelのモデルに過食、飲酒、喫煙、運動不足などの悪習慣という「行動」の要因を加えたことで生活習慣病も心身症として扱えるようになりました。
精神分析では過去に受けた心的外傷が、行動医学では過去に学習された悪習慣がそれぞれ心身症の準備因子、発症因子または持続因子になると考えています。
以上からわかるように、従来の心身医学では、心身症の病態を考える際に、「心身症には必ず原因となる心理社会的要因が存在する」という「因果性」に基づく心身相関を想定しています。
つまり、biomedical model以来の医学・医療モデルの流れを一貫して踏襲しているわけです。
私は長年心療内科診療をやってきた経験から、以上の「因果性」モデルだけでは心身症の理解および治療する上で不十分だと感じてきました。
では果たして「因果性」に代る有効なモデルというものはあるのでしょうか?
ありました!…私がずっとそれを探し続けた末やっとたどりついたのが「共時性」という概念でした。
「共時性」(シンクロニシティ:Synchronicity)とは、事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された概念です。
何か二つの事象が、「意味・イメージ」において「類似性・近接性」を備える時、このような二つの事象が、時空間の秩序で規定されているこの世界の中で、従来の「因果性」では、何の関係も持たない場合でも、随伴して現象・生起する場合、これを、「共時性」の作用と見做します。
「共時性」を主題として、ユングは、理論物理学者パウリと共著で著書を出版しています。
ユング派の分析家であったアーノルド・ミンデルは、「ドリームボディ」という深層意識にある心身一如の身体が悪夢や身体の病に同時的に現れること、すなわち夢と身体の間に「共時性」を発見し、身体の病に対するあらたなアプローチを創り出しました。
当初このアプローチは「ドリームボディ・ワーク」と呼ばれていましたが、後には身体の病と二者間の関係性、嗜癖や世界の問題等との間にも「プロセス」という形で「共時性」を見出したため、「プロセス指向心理学」、さらには心理学だけにとどまらなくなってきたため「プロセスワーク」と呼ばれるようになりました。
心身相関の問題を考える際に以上の「共時性」モデルを導入することによりあらたな心身医学の可能性が出てきたことになります。
次回からはこの「共時性」モデルに基づく心身医学、およびプロセスワークの実際について書いていきたいと思いますのでお楽しみに…。
わかりやすい整理をありがとうございます。
エンゲルのあとに心身医学で提唱されてきた、環境とか倫理を入れるモデルはどなたのものですか?原典を知りたいのですが教えていただけますか?
2007年04月17日 22:15
はじめまして
いつも、興味深く読ませて頂いております。
実は、アレキシシミア等に少し考える事ありまして、
少し、私のブログに引用させていた頂きたいのですが、
宜しいでしょうか?
お願い申し上げます。
今、とても大事なお仕事と思います。
私達の為メッセージを届けてください。
でも、くれぐれも過労に気をつけてくだませ。
2007年04月27日 23:42
自分自信が何を求めているか意外にも解らないものなんですよね。
それを教えてくれる為に身体症状や悪夢という形で現れてくるの
でしょうけど、それに気づかなかったり、対処の仕方が解らなくて
日々生活している人がほとんどだと思います。
それに原因が解った所でウイルスのように原因部分だけの記憶を
消すわけにもいかないですし。だからプロセスワークが必要に
なってくるのでしょうね。続きが楽しみです。
2007年05月17日 13:32
藍さん、虹患者研修生さん、コメント有り難うございました。長い間ブログを見ておりませんでしたので8月10日にやっとお二人からコメントを頂いていることに気づきました。藍さん、お役にたつようならご自由に引用されてください。虹患者研修生さん、早くもプロセスワークの真髄をわかっておられるようで大したものです。今後ともよろしくお願い致します。
2007年08月11日 12:25
皆様こんにちは。今回は心身症になりやすい性格傾向としてよく知られていますアレキシシミア(アレキサイミアalexithymia)という 概念について書きます。
アレキシシミアとは、1972年にピーター・E・シフニオス(P.E.Sifneos)が心身症患者の臨床経験をもとに提唱した概念で、日本では「失感情症」や「失感情言語症」などと訳されます。
心身医学はもともとフロイトの創始した精神分析から始まりました。精神分析は神経症の治療においては有効でしたが、潰瘍性大腸炎などの典型的な心身症では内面の洞察が苦手で精神分析にのりにくい患者が多いことが気づかれてきました。シフニオスは心身症患者を対象として詳細な研究を行った結果、自分の内面の感情を認知することや言語化することが苦手という特徴を明らかにし、これをアレキシシミアと名づけました。
「失感情症」と書くと、統合失調症に見られるような感情の平板化や感情鈍磨した状態と思われるかも知れませんがそうではありません。自分が今感じている喜びや悲しみ、怒り、興奮を完全に意識化できないわけではありませんが、そういった感情に対して鈍感でありなかなかありのままの感情に気づくことが出来ないというのが特徴なのです。
アレキシシミアの性格特性や心理状態を示している人では、無意識的に自分の感情や欲求を抑圧して職場環境や家庭環境に「過剰適応」しているケースが多くみられます。 アレキシシミアの人は、本当は相手を怒鳴りつけたいくらいに怒っているのに自分では怒りの感情に気づかずにニコニコと愛想笑いとしていたり、思いっきり泣き喚いて相手に甘えたいのにそういった弱い感情を人に見せてはいけないと思い込んでいたりします。そのために自分でも気づかないうちに過度のストレスをためこんでしまった結果心身症を発病することになるのです。 自分の感情を無視しているがために、身体症状が出てはじめて自分がいかにストレスを感じていたかに気づくことになるわけです。
アレキシシミアの概念は、九州大学医学部心療内科初代教授池見酉次郎先生によって日本へ導入されました。神経症理論では心身症の病態解明困難と感じていた日本の心身医学者達に広く受け入れられました。最近の研究によると、アレキシシミアは心身症だけに特徴的なのではなく、うつ病やパニック障害、PTSDなどにもよくみられることが判っています。
アレキシシミアの人に心理テストをする場合注意しないといけないのは、彼らは自分の感情に気づいていないために簡単な質問紙法の心理テストでは正常と判定されてしまうことがよくあるということです。 (心理テストが正常だからストレスはない)」と判断するのは早計で、むしろ(「ストレスがありそうなのに心理テストが正常なのはおかしい。もしかしたらアレキシシミアなのではないか?」と考える必要があるのです。
前回紹介した心身症であることの多い疾患、たとえば、気管支喘息で死にかけるほどの発作を繰り返したり、手術しないと治らないほどのバセドウ病、血糖コントロールが無茶苦茶な糖尿病などの患者では、何らかのストレスが病態を悪化させている可能性が高いとみるべきです。そして、その可能性を尋ねてみて、患者自身が多少でもストレスを自覚している、つまり心身相関に気づいていれば即心療内科にご紹介ください。もし本人が、「ストレスなどない」または「ストレスなんてあるわけない」(実際こう言われた心身症の方がおられました)と不思議な発言をした時にもその言葉をうのみにしないで心療内科受診を勧めてみてください。何故ならもうお解りと思いますが、その患者はアレキシシミアでかも知れないからです。
ここらへんが精神異常を対象とする精神医学と身体疾患を対象とする心身医学の大きな違いですが、本人が「ストレスが多い」というから心身症なのではなく、身体疾患または身体症状がひどくてストレスがありそうなのにそう言わない、またはそれを認めようとしない患者こそ本当の心身症なのです。いわば身体が病気になって本人に生き方を見直すように一生懸命警告してくれているわけですからその声に耳を傾ける必要があるのです。それなのにただ身体的治療だけしていたのではもぐら叩きのように次から次へ新しい病気が増えてきて、しまいには癌や心筋梗塞などになって命まで落としてしまうかも知れません。いわゆる「過労死」 がその典型ですね。
だからアレキシシミアの人達に出会ったらビートたけしの口真似でこう言ってあげてください。「このまま周りに合わせてばかりで自分の心を見ないようにしていると(ちょっと間をおいて…)大変なことになりますよー!」
ではまた次回。
アレキシシミアの人、いますね~
一見大丈夫そうですけれど・・・・過剰な防衛機制なんでしょうね。
感じることを自分に許せないほど大変な状況を乗り切ってこられたのかな~と思います。
変な言い方かもしれませんが、からだの病気のほうがこころの病気より楽ですからね。体がなおったらずっしりとこころの重荷が押し寄せるってこともあるみたいで、まだ体の病気のほうがよかったといわれそうです。
2007年02月23日 21:44
アレキシシミアの人は自分で気がつかない、気がつけない、というところが病気だから治療も大変ですよね。でも、ある意味ではその症状がその方を守っている防衛機制なんでしょうから、それをどう扱うかはなかなか難しいことだと思います。
あまりにも辛いときには感情がなくなったらいいと思ったりすることもあるでしょう。そうしたら本当になくなるんですよね。痛みも感じなくなる。
問題は自分の痛みを感じなくなると、ほかの人の痛みも感じなくなってしまう。
そうすると、ヒットラーのようなことになってしまう。
彼もアレキシシミアだったことを考えると、痛ましさに胸が詰まりますね。
2007年02月27日 07:26
確かにある意味からだの病気の方がこころの病気より楽なので、あまりにつらいこころの問題がある場合それを抑圧してからだの病気として出ている場合はあるでしょう。でもそれをそのままにしているとどんどんからだの病気がひどくなって時に生命を奪うこともあります。また、ヒトラーのように自分のこころの闇を抑圧しているために、無意識にそれを他の民族に投影してしまっていることが争いにつながっていることがあるように思われます。一神教同士の宗教戦争が熾烈を極めるのはそのためではないでしょうか?病気や戦争を減らすためには全ての人類一人ひとりが自分自身のこころの闇に気づき、癒していく必要があるように思います。
2007年02月27日 11:37
皆様お久しぶりです。大変遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
今回は心療内科の主対象であります「心身症」についてもう少し詳しく書いてみます。
「心身症」は非常に誤解されやすい概念です。
この言葉が世間に有名になるきっかけになったある事件がもう20年くらい前にありました。
今30歳以上くらいの方なら、「航空機の逆噴射事件」というのがあったのを覚えていらっしゃるでしょう。
あの事件を起こした機長が「心身症で通院している」とマスコミに報道されてしまったために、世間の多くの人々が(心身症とは心身が喪失した精神的に異常な状態のことだろう)と思いこんだに違いありません。
一方、心身医学を専門にしない医者の間でも心身症に対する誤解がよく見られます。
診療所の外来カルテの表紙に「心身症」という病名が書かれていることがあります。
この病名を書いた医師達がイメージしているのは、大抵が「症状の訴えはあるが検査しても何も異常が見つからない患者さんのこと」を指しているようです。
ここまで読んでもどこが間違っているのかと思われた方もおられるかも知れませんね。
では「心身症」の実際をお示ししましょう。
日本心身医学会による「心身症」の定義は以下の通りです。
いわゆる心身症(日本心身医学会 1991年)
身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する。
特にアンダーラインをひいた部位に注意して頂きたいのです。
心身症とは身体疾患が存在していることが大前提であり精神の異常を示すものではないのです。
各科における代表的な心身症について以下に示しました。
太字で示した7つの疾患は7 holy diseaseと呼ばれて特に心身症であることが多い疾患です。
糖尿病や肥満症、心筋梗塞などの生活習慣病も多く含まれますし、心身症とはごく一般的な身体疾患にみられるものであることがおわかり頂けるでしょう。
ちなみに最近の研究では癌の多くも心身症である可能性が示唆されています。
①呼吸器系
気管支喘息、過換気症候群、神経性咳嗽、咽頭痙攣、慢性閉塞性肺疾患など
②循環器系
本態性高血圧症、本態性低血圧症、起立性低血圧症、狭心症、心筋梗塞、不整脈(一部)、神経循環無力症、レイノー病など
③消化器系
胃・十二指腸潰瘍、潰瘍性大腸炎、急性胃粘膜病変、慢性胃炎、心因性嘔吐、びまん性食道 痙攣、食道アカラシア、呑気症、ガス貯留症候群など
④内分泌代謝系
神経性食欲不振症、神経性過食症、pseudo-Bartter症候群、愛情遮断性小人症、甲状腺機能亢進症、心因性多飲症、単純性肥満症、糖尿病、腎性糖尿、反応性低血糖など
⑤神経・筋肉系
筋収縮性頭痛、片頭痛、その他の慢性疼痛、痙性斜頭、書痙、眼瞼痙攣、自律神経失調症など
⑥泌尿・生殖器系
夜尿症、神経性頻尿(過敏性膀胱)、心因性尿閉、遊走腎、心因性インポテンス など
⑦その他
腹部手術後愁訴(いわゆる腸管癒着症その他)、頻回手術症、関節リュウマチ、全身性筋痛症、腰痛症、外傷性頸部症候群(むち打ち症を含む)、更年期障害、婦人自律神経失調症、慢性じんましん、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、メニエル症候群、顎関節症など
注意して頂きたいのですが、「心身症」とはあくまで「病名」ではなくて「病態名」であり、この表に書かれた疾患の発症や経過に心理社会的要因が密接に関与している場合だけを指します。
例えば、仕事のストレスで生じた胃潰瘍は心身症ですが、単に鎮痛剤を飲みすぎて生じた胃潰瘍は心身症ではないということです。
日本の保険病名では、心身症である身体疾患を記載する時には病名の後に(心身症)とつけることになっております。
例えば、「気管支喘息(心身症)」、「高血圧(心身症)」といった具合です。
「癌」や「感染症」、「自己免疫疾患」という病名があり得ないのと同じく、単に「心身症」という病名はあり得ないのです。
この心身症という身体疾患にみられる病態をつきつめていくと、心だけではなくて深層意識レベルの魂(スピリット)とも深くつながっています。
なぜなら古代には文化圏を越えて世界各地の人類達によって気づかれていていたように、人間の身体とは大宇宙(マクロコスモス)とつながっている小宇宙(ミクロコスモス)であるからです!
これからもっともっと心と身体、そして魂(スピリット)の不思議な関係についてお話していきます。では次回をお楽しみに…。
どういたしまして。こちらこそこれからもよろしくお願い致します。
2007年01月29日 07:36
ストレスによる胃の障害を起こしやすいタイプですが、
そういうのも心身症なんですね。
それが、今自分のまわりにあるストレスだけでなく、
>心だけではなくて深層意識レベルの魂(スピリット)とも深くつながっています。
・・・・というお話が、とても興味津々です。
これからのお話、楽しみにしています。
ありがとうございました。
2007年02月01日 01:03
胃は特に心の状態が影響しやすい臓器ですよね。プロセスワークの理論によると、慢性的な症状こそマインドだけではなく魂(スピリット)と関係があることが多いようです。自分の苦手な人のタイプ、決まって見る悪夢、そして身体症状の間に共通のパターン(共時性)がみられたりします。たとえば、攻撃的な人と話すといつも胃痛が出るし、夢でも何かに襲われるパターンが多いような場合です。こういう時は視点を自分自身から胃痛という身体症状や攻撃的な相手、夢の中で襲ってくる相手にそれぞれ移してみる(「視点ずらし」といいます)と、自分自身がもっと感情を出すことが必要であることを魂(スピリット)が教えてくれていることに気づけたりしますよ。症状を作るものが癒すものでもあるのです。
2007年02月02日 17:58
週末はお会いできてうれしかったです
また、ゆっくりオフ会やりましょう
2007年02月11日 21:55
桐谷さん、こちらこそお会いできた上ご馳走にまでなってしまいまして恐縮です。最近の若い人の中には、桐谷さんのように社会に貢献したいと考えてビジネスされている方が増えてきているというお話を伺いまして深く感動致しました。一方、世の中ではとんでもない事件がいっぱい起こっていますが、きっとこれらは世界がアセンションする前の浄化が起こっているということでしょうね。これからも末永くよろしくお願い致します。
2007年02月14日 01:31
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