
一年の初めには、
実現したいビジョンを明確化するとよいでしょう。
漠然とした願望ではなく、
はっきりとした自分の理想を掲げましょう。
次のカテゴリーごとに理想を文章化したり、
絵を描いたりします。
霊的実現 ・・・魂の目標、高次意識の到達点
心の実現 ・・・心や人間関係に関する目標
身体の実現 ・・・身体を整えることについての目標
社会的実現 ・・・仕事・経済・進路・家庭などの目標
惑星的実現 ・・・世界・人類・生きとし生けるもの・地球の理想
自分がどこへ向かってすすでいるのか、
自分がどこへ向かって進みたいのか、
はっきりすればするほど、
一日一日が貴重で濃密な時間に変わります。
一瞬も無駄にすることができなくなり、
今、ここにいる私が充実し、
活性化します。
描いたビジョンを宇宙に投げたら、
それに向かってできることを一つ一つ実行するだけです。
純粋な心と動機で努力すること、
実行することが最大の祈りです。
頭だけの祈り、
情緒だけの祈り、
エゴの欲望だけの祈りには威力がありません。
魂からの純粋で深い意志と行動がともなう祈りは、
宇宙の法(ダルマ)にかなったものであれば、
神様もなかなか無視できないものなのです。
2011年末から2012年頭は熊野の山奥にとどまり、
祈りを捧げて参りました。
一昨年より幾度も熊野の地で修行をさせていただき、
もはや熊野は私を育ててくれた第二の故郷です。
仏の胎内に住まう熊野の諸天善神は、
皆悉く暖かく迎えてくださり、
感謝と信愛の念が尽きません。
南無神変大菩薩
南無熊野蔵王大権現
高野三山を巡礼してきました。
氷点下五度の雪風吹きすさぶ厳しい冷え込みでしたが、
別世界の美しさに見とれて歩いて参りました。
途中多くの祠が祀られており、
立ち止まっては法螺を吹き、
祝詞や真言、経をあげて供養させていただきました。
法螺の音が雪の高野山に染み込んでいきました。
荒々しい龍神さまに祝福され、
役行者さまと御大師さまに抱かれた感じがして、
恍惚としておよそ10kmの山道を歩かせていただきました。
南無神変大菩薩
南無大師遍照金剛
緊急事態の時は、
生き残りのために懸命に戦っているので、
自分の心が受けたダメージを感じないことがあります。
しかし、
臨戦態勢が解かれてほっと安心できたとき、
急に不安や悲しみ、怒り、恐れなどが噴出してくるのです。
ダメージが深いトラウマの場合には、
臨戦態勢が解かれて、
凍り付いていた感情が解凍するまでに、
何ヶ月どころか、
何年も、何十年もかかることも珍しくありません。
場合によっては生死を超えて何百年かかることさえあるでしょう。
このことをよく知っておくことが大切です。
自分の中から不快な感情が出てくることは、
それを受け止める準備が整ったということなのです。
ようやく戦う必要性がなくなったことを認識して、
安心(あんじん)が得られると、
その安心の深さに比例した、
深い感情が浮上することができます。
それを自覚的に受容することが大切です。
深い瞑想に入ると、
自然と涙や叫び声が漏れ出すことがあります。
ヒーリングを受けると、
意味不明の情動が涙と共に流れ出ることがあります。
深く信頼できる人に出会えると、
いままで隠されていたさまざまな気持ちが
次から次へと抑えられなくなることがあります。
聖者に出会うと、
激しい憎悪や殺意、
悲しみや疑いの心がもたげたり、
のたうちまわったり、
嘔吐したりすることがあります。
これらはみな安心による癒しなのです。
だから、
不快な感情がでてきたら、
不快な身体感覚があらわれたら、
押さえようとしたり逃げ回るのではなく、
安心によってようやくあらわれることができたのだと理解して、
大切に向き合って、
十分に感じ尽くすことが大切です。
不快の中にある声なき声に耳を傾けてみて下さい。
これが表面的な対症療法による癒しではなく、
真の癒しに必要なことです。
感じ尽くしたら、
「それはもう終わった」
と自分の全意識に向かって、
心の底からキッパリと宣言します。
曖昧な宣言ではいけません。
いつまでも同じ感情にしがみついていてはいけません。
消え去った感情があったスペースには、
光輝くお花をいっぱいに咲かせてみましょう。
ネガティブな感情の跡地は、
花の咲き誇る真我の神殿となり、
神の神殿として再生されるのです。
かつてのトラウマは神殿に咲く花を育てる肥やしとなります。
深層においてトラウマと無縁な人は実はほとんどいません。
安心の獲得とそれに伴う癒しのプロセスは、
次第に深化しながら繰り返し起きるものです。
深い安心による癒しの体験は、
トランスパーソナルな成長への礎となります。
天の国に住む人々は
いつも心に憂いがなく愛に満たされています。
天の国の住人になるためには、
「正しく生きること」
それが唯一の条件です。
正しく生きることなく、
うまく帳尻を合わせても、
光の世界には住めません。
偽りが闇だからです。
正しさは法(ダルマ)に沿っています。
正しさは倫理的なものですが、
霊的な正しさは倫理を超えたところがあります。
神々の経綸はしばしば人智を超えた世界です。
そのつどなにが正しいかを識別できる能力こそが、
霊性の力なのです。
霊性が磨かれた天の国の住人は、
悪のはびこる濁世の地上にいても
天の国にいるときと同じように
強く正しく生きることができるのです。
それは濁世を天国に変える生き方です。
霊性の力を磨きましょう。
天国は頭の中の幻ではありません。
今日一日の出来事すべてが、
そのための課題です。
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