
私たちはいろいろなものとの
つながって生きています。
人と人とのつながり
人と集団とのつながり
人と生き物とのつながり
人とモノとのつながり
人と地球とのつながり
人と宇宙とのつながり
人と神々とのつながり
人と空とのつながり
あたなは、
どのつながりをよく意識するでしょう?
ひとそれぞれ、
得意なつながりと、
あまり得意でないつながりがあります。
ときには、
いつもは意識しないつながりを回復することは、
エネルギーの回復とバランスにとても役立ちます。
たとえば、
人間のことばかり考えていると、
意識が狭くなってしまいがちなので、
自然や神とのつながりを回復すると、
リフレッシュできるのです。
もともと、
人も、あらゆる生き物も、すべての物質も、神々も、
万物はひとつのところから生まれています。
だから、
つながることは新しい関係ではなく、
もともとのつながりを回復するということです。
瞑想は「ひとつのところ」につながる試みです。
ひとつのところに溶け込むと、
あらゆるものとつながりへと波及していきます。
第2回瞑想会ワークショップを下記要領にて開催しますのでお知らせします。
日 時:2006年12月17日(日) 14:00~17:00
場 所:相模女子大学8号館ワークショップルーム「大地」(神奈川県相模原市)
参加費:一般 3800円 学生 1800円 (参加には予約が必要です)
定 員:20名 (11/26現在、参加予約者4名です)
詳細および予約申し込み等は石川心理相談室の瞑想のページからお願いします。
今回は前回よりも瞑想の時間を長くして、
より深く心身を休め、
瞑想の体験を身体に染みこませるようにできればと思います。
今回は、前回お伝えできなかったマントラについても学ぶ予定です。
師走のあわただしい時期ですが、
年末の心身の整理・そうじとしても、瞑想会は最適です。
こころをクリーンにして年末年始を迎えましょう。
瞑想が初めての方も経験者も、気軽にご参加ください。
なお、相談室HPに、前回WS参加者の感想を抜粋・修正一切なしで全文掲載しましたので、
関心のある方はご覧ください。
日常の中では、
実にさまざまなことが
つぎからつぎへと
雑然として起きてきます。
すべてのことは、
向こうからやってきて、
どこかへと過ぎ去っていきます。
瞑想は、
止むことのない変化を続ける日常から
永遠に変わらない宇宙の深層へと、
意識の錨を降ろすことです。
瞑想のある生活は、
無常の世界に行きながら、
同時に永遠を味わうということです。
そうなれば、
すべては味わい深くなります。
錨が降ろされている限り、
激しい波風にさらされたとしても、
どこかに流されるということはありません。
今日も昨日も、
瞑想をするとあっという間に深い静寂に包まれます。
しかもとても暖かみのある静寂で、
座っているだけで心は満たされるし、
身体もひなたぼっこをしているような心地よさです。
仕事がなければ何時間でも座っていたい気分です。
一昨日の瞑想ワークショップの余韻が残っているのです。
暖かい静寂が、
いつもより強く早くやってきます。
というより、仕事をしていても、
周りに静寂があるのが分かります。
よいエネルギーを浴びた後は、
しばらく貯金があるのです。
こういうときは、
深い瞑想が簡単にできます。
これを読んでくれた人にも、
この平和で暖かいエネルギーが
少しでも伝わりますように。
Om Lokah Samasthah Sukino Bhavantu.
昨日、第1回の瞑想ワークショップ(WS)を無事に終えました。
一般向けの瞑想WSは初めての試みだったので、
どうなるのかと少し不安がありましたが、
実際にやってみると、深い静寂と安らぎに満ちた、
とてもよいWSになったと思います。
瞑想初体験の人も、
静かな感じや、安らいで休まる感じを体験されたようで、
本当に良かったです。
はじめにプージャを行って、
場を清めたこともとても大きかったと思います。
いるだけでくつろげる瞑想的な空間ができていました。
瞑想WSを成功に導いてくれた、
御神霊および参加者の皆様に心より御礼申し上げます。
11/18瞑想WS参加者のアンケート結果を以下にお知らせします。
概ね満足度の高いWSになったようです。
時間が短かったという声が多かったので、
次回はもう少し長い時間にして、
12月に開催する予定です。
参加した感想の自由記述のコメントの一部は、
後日石川心理相談室のHPに掲載させていただきます。
参加者の皆さんは、
是非、家でも時間をとって瞑想をしてみてください。
ありがとうございました。
* * *
1.本日のワークショップは満足でしたか?
① とても満足 30% ② 満足 70% ③ やや不満足 0% ④ とても不満足 0%
2.ワークショップの場所は適切でしたか?
① とても適切 10% ② 適切 85% ③ 不適切 5% ④ とても不適切 0%
3.ワークショップの講師は適切でしたか?
① とても適切 70% ② 適切 30% ③ 不適切 0% ④ とても不適切 0%
4.ワークショップの時間は適切でしたか?
① 長すぎる 0% ② やや長い 0% ③ 適切 20% ④ やや短い 70% ⑤ 短すぎる 10%
5.ワークショップの料金は適切でしたか?
① 安すぎる 0% ② やや安い 11% ③ 適切 67% ④ やや高い 22% ⑤ 高すぎる 0%
19日の瞑想ワークショップまで、あと3日になりました。
現在予約参加者は12名です。
参加を希望される方は、こちらよりお早めにご連絡ください。
参加者の方々にお知らせいたします。
ワークショップの日は、
・十分な睡眠をとってくること
・前日および当日はアルコールやカフェイン類は取らない
・暖かい膝掛け等を持参する
と瞑想の体験は心地よいものになるとおもいます。
そして、「今日は瞑想をするんだ」
と力まない程度に思って来るとよいと思います。
ワークショップ開始は14:00からですが、
13:30~13:40に、瞑想の場を調えるために、
プージャと呼ばれるインド式の簡単な儀式を行います。
参加されたい方は、早めに来て自由にご参加ください。
後ろで座ってみているだけで結構です。
お供えするお花などを御持参いただければ、
飾らせていただきます。
皆様にとってよいワークショップになりますように。
真実はひとつ。
世界はひとつ。
すべてはひとつ。
しかし、
私たちの目には、
ばらばらに、
たくさんのものが、
複数存在しているかのように見えるのです。
すべてはひとつですが、
ひとつに至る道はたくさんあります。
瞑想は、
ひとつの意識へと続く
重要な道のひとつです。
この世には、
たくさんの神様がいます。
そして、たくさんの宗教や霊的伝統があります。
その違いを云々したり、
自分の信じるものの優越性を主張するのは簡単ですが、
一番大切な視点は、
どの教えも、
どの神様も、
ひとつのおなじところから生まれている、
そういう深い理解だと思います。
イエスを信じても、
仏陀を信じても、
アマテラスを信じても、
山の神・海の神を信じても、
クリシュナを信じても、
どのグルを信じても、
無形の真理を信じても、
どれも宇宙の根源の真実のいただきに通じる、
ことなった道筋なのです。
自分にご縁をくださった神様がいれば、
その神様の導きを頼りにひとつの山を登ればいいのです。
でもその神様は、
やはり大宇宙の顕現ですし、
私たちも同じ宇宙の子に他なりません。
スピリチュアルな道というのは、
差異にこだわることではなく、
いただいたご縁を大切にしながら、
私たちの眠った目をこすって、
こうした「ひとつ」という真実に
しだいに目覚めていくことなのです。
瞑想は単なるテクニックだと思っている人は多いです。
瞑想さえすれば、
自動的にリラックスし、
ストレスも減るだろうと考えるのです。
それはある程度確かにその通りなのですが、
瞑想は実際はそれ以上のことを可能にします。
瞑想の意識にはいると、
スピリチュアルなギフトを受け取りやすくなります。
どのようなギフトを受け取るかは、
個人によって違いますし、
誰も予想することはできません。
ただし、そのためには、
こちら側の心が整っていなければなりません。
心が、疑い、執着、頑な、観念などで忙しいと、
恩寵がやってきても、
それを受け取ることはできません。
どんなに愛や真実、安らぎを求めても、
汚れたものを抱えたままでは、
受け取るスペースがないのです。
長年瞑想をやっても、
心がかたいとそれ自体が限界をつくり出します。
邪魔なものを処分するのは私たちの仕事です。
私たちを超えた大いなるものに対して、
執着のない熱望、敬愛、受容の態度が整い、
柔軟な心にスペースができたとき、
恩寵はよろこんで流入します。
神様はギフトを受け取ってくれる人はいないかと、
いつも探しているのです。
瞑想とは、
すべてをそのままに受けいれる練習です。
普段の私たちの心は、
目の前のものについてつぎつぎと判断をし、
さらにそれをもとに思考を重ねていきます。
次にはその判断や思考をもとに、
いろいろな感情が湧き出てきたりします。
こうして心はイモヅル式にとぎれることなく、
いつも大忙しなのです。
瞑想では、
それとはまったく反対の態度をとります。
自分の中に考えが浮かんできても、
ただそれを観るだけです。
瞑想がうまくできなくても、
できていない自分を修正するだけで、
瞑想できていない自分を責めたり、
否定したりしません。
判断や否定は、
私たちを堅くしてしまうのです。
瞑想は絶対肯定の練習です。
瞑想中にどうしても思考が治まらないときには、
然り、然り、然り、・・・・
と繰り返してもよいでしょう。
自分自身やあらゆるものをやさしく受け入れ、
絶対に肯定するつもりで唱えるのです。
何百回と繰り返すうちに、
すべてを肯定する
慈愛に満ちたエネルギーにつながって、
やさしく包まれるかもしれません。
慈愛のエネルギーに包まれると、
ただそれに委ねるだけですべてOKになります。
この状態では、
判断や否定的な考えなどできなくなります。
そうなれば、
肯定しよう、瞑想しようという考えさえ必要ありません。

紅葉の季節には、
掃除をしないとあっというまに
地面は落ち葉で覆い尽くされます。
おなじように、
心も頻繁に掃除をしないと、
雑音で魂が覆い尽くされます。
忙しいときや、
心が苦しいときほど、
瞑想はやりたくなくなりますが、
本当はそういうときこそ
瞑想の静けさが必要です。
どんなに落ち葉が降り積もっても、
地面は隠れているだけで、
必ずいつもそこにあります。

私たちはなにかを考えることや
喜怒哀楽を味わうことが大好きです。
だからつねに思考と感情を巡らせているのです。
でも、最愛の恋人こそが
私たちをもっとも拘束することができるように、
私たちは自分の思考と感情に
気づかないうちに完全に縛りつけられているのです。
私を不自由にしているのは、
憎らしい他人ではなく、
自分の心の働きです。
その正体と手口を見破る必要があります。
瞑想とは、
自分の心を操作する技法ではありません。
自分の心をあるがままに観て、
それに巻き込まれないようにすることなのです。
瞑想は心を観ることによって、
心を超越するための技法です。
心を超越したとき、
心は最も調えやすくなり、
安らぎと知恵を得るのです。
瞑想とは、
いかなるときも
あるがままの自分を優しく迎え入れることです。
瞑想をしているとき、
自分の身体のあらゆる感覚、
心に浮かんでくるあらゆる考えや気持ちを、
すべてをやさしく受けとめ、
なおかつ巻き込まれることなく、
静かに観つづけるのです。
そして、
ありのままの自己を、
意識の中心に座らせます。
どのような状況にあっても、
自己はつねに意識の中心の
磨かれた玉座に座っていなければなりません。
最大限の敬意をもって自己自身を敬うのです。
自己評価の低い人や、
自分に自信のない人は、
自分で自分を肯定していないのです。
自分で自分を否定しておきながら、
他人の支えや評価、承認、愛情を貪るように求めます。
しかし、
幸運にも他人から最大限の支えと愛情をもらえても、
自分で自分を肯定しない限り、
決して満たされることはありません。
乞食が一時的にものをもらっても、
明日にはまた物乞いをしているのと同じです。
大切にされない自己の哀れな声を
しっかりと聴いてください。
自分のなかで自分を
つねに居心地よくしなければなりません。
私たちは自己を礼拝するのです。
本質的な自己は神につながっています。
自己をつねに敬えば、
自己は春が来たことを感じて自然と花開きます。
瞑想は心身を深く休ませ、癒やし、成長を促進する効果があります。
初めての方から経験者までが気楽に瞑想を体験できる
短時間の瞑想ワークショップを開催します。
日 時:2006年11月19日(日)14:00~16:30頃
場 所:相模女子大学 8号館3階ワークショップルーム「大地」
主 催:石川心理相談室
参加費:一般 3800円 学生 1800円(当日お支払いください)
参加法:参加には要予約です。下記HPよりメールにて予約してください。
http://homepage3.nifty.com/peacefulspace/meisou.html
ワークショップの詳細もこちらのHPをご覧ください。
その他:動きやすい服装で、膝掛け等を持参されるとよいと思います。
*最低施行人数3名。定員は20名程度とします。
11/2現在、予約参加者8名です。ありがとうございます。
*なお、今回はマントラ(真言)についても概説し、
代表的なものをお伝えしたいと思っています。
マントラは、瞑想をとても助けます。
心身をゆっくり休めたい方、
瞑想のやり方を知りたい方、
瞑想を体験してみたい方、
瞑想に何度も挫折している方、
集団で深い瞑想をしたい方など、
皆様のご参加をお待ちしております。
私たちは、
いろんな体験をすることが大好きです。
人に会ったり
なにかを知ったり、
自然に触れたり。
子どものような新鮮な気持ちで
新たな体験ができているときには、
問題はなにひとつありません。
楽しいことも苦しいこともひとつの経験であり、
それ自体でつねに百点です。
ところが、
ひとたび先のことを計算するようになったり、
過去のことに気持ちが縛り付けられたり、
自分の思惑で損得勘定をしはじめた途端、
世界は急速に複雑になり、
疑惑と不信に満ち始め、
悩み多きものになります。
世界と自分との間に壁ができたのです。
豊かで美しい世界はどこかに隠れてしまい、
世界は暗く冷たい顔しか見せなくなります。
これが自己がエゴに占領された瞬間に起きる出来事です。
私たちの課題は、
墜落した純粋な自己を呼び戻し、
実権を回復することです。
エゴが自己を占領しているあいだは、
人生は暗闇の中にあり、
混乱と苦しみの連続です。
瞑想をすると、
次第に自分のエゴの働きを観察する能力が育ちます。
観察ができるようになると、
エゴの統制が可能になります。
それはエゴを超えた視点が育っているからです。
エゴを観察しているのは誰でしょう?
エゴを統制するのは誰でしょうか?
それは、もちろんエゴではありません。
それこそが私という主体です。
エゴよりも遙かに大きい私--純粋な自己に目覚め、
すべての実権をそこに委譲していくのです。
台頭していたエゴは
大きな自己の配下として正しいポジションを与えられます。
そのとき世界と自己との壁が壊され、
世界は再び明るさを取り戻します。
世界は、暖かく美しく、
奥深い豊かな姿を見せはじめるでしょう。
自己の復権こそが課題です。
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