石川勇一の瞑想エッセイ「シューニャ」

ヴァーサナに気づく

私たちは自分の心の悪い性癖になかなか気づくことができません。

必要以上に欲張る、貪る、執着する、
怒る、不満に思う、悪態をつく、
偏った見方をする、決めつけてしまう、
都合の悪いことを見ない、考えない、否認する、
自分のことしか考えられない、驕る、高ぶる、
嘘をつく、偽る、真実を知ろうとしない、
盗む、騙す、策略をめぐらす、取り繕う、
責任転嫁する、変わろうとしない、先延ばしにする、
逃避する、自己憐憫に浸る、自分を否定する、自分を安売りする、
嫉妬する、羨む、対抗する、感謝しない、敵意をもつ・・・
などなど

私たちは他人の悪いところはすぐに発見しますが、
自分自身の心にあるこのような傾向にはなかなか気づかないのです。

このような悪い性癖をサンスクリット語ではヴァーサナと呼びます。
そして、ヴァーサナがすっかりなくなったとき、
私たちはこの地上に生まれてこなくなる、
すなわち輪廻から解放されると考えられています。
私たちは皆ヴァーサナがあるから生まれてきたといっても同じことです。

ヴァーサナは今回の人生だけで身についたものだけではなく、
過去世から引き継いだものも多いのです。

めがねをかけ続けていると、
めがねをかけていることを忘れてしまうように、
ずっと身につけているヴァーサナには、
なかなか気づけないのです。

ヴァーサナは目の前にありながら、
見たくないので見えないのです。

しかし、周囲の人はしばしばヴァーサナに気づいています。
それとなく指摘されたり、
自分のヴァーサナによって、
人々がひっそりと自分の元を去っていたかもしれません。

なにより、ヴァーサナがあることによって、
つねに新たなカルマの種を蒔き続けています。
結局のところ、ヴァーサナによって、
苦しみ、不幸、困難が自分に降りかかってきているのです。
偶然不運なのではなく、
知らず知らずのうちに自分で種を蒔いていたのです。
苦しみはもっとも親切な警告です。

ヴァーサナがすっかり取り去られるまで、
警告がなくなることはありません。
それほど神様は慈悲深いのです。

真摯な心で自らのヴァーサナに気づいたとき、
自らのヴァーサナをありありと認めたとき、
私たちは軽くなります。
ヴァーサナは私たちが背負っている重荷であり、
ヴァーサナを見いだすことは、重荷から解放されることなのです。

ヴァーサナは偽りであり、真の自己を覆うものです。
ヴァーサナのメッキがはがれ落ちるとき、
自己自身(=アートマン)に近づき安堵します。
魂の光明が輝きます。

ヴァーサナを受け入れて流す涙は、
魂の浄化を促す美しい涙です。

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コメント

投稿者: KIKI

なんどもなんどもこの記事、読み返させていただいています。
先生のエッセイは、深く深く、現実的にしみこんできます。
ありがとうございます。

2010年06月14日 05:08

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プロフィール

石川勇一石川勇一

相模女子大学教授。日本トランスパーソナル心理学/精神医学会副会長。日本トランスパーソナル学会理事。「アートマンの館」代表。臨床心理士。

「アートマンの館」にて、カウンセリング、ヒーリング、臨床動作法、箱庭療法、ケイシー療法、瞑想法、山学道セラピー(山巡礼・法螺貝・滝行・勤行等)などを実践。

著書に『スピリチュアル心理学入門』(春風社、2009年、単著)、『自己実現と心理療法』(実務教育出版、1998年、単著)、『スピリチュアリティの心理学』(せせらぎ出版、2007年、分担執筆)ほか。

石川勇一『心理療法とスピリチュアリティ』勁草書房、2011年2月20日発刊。スピリットセンタードセラピー提唱の本格論文集。


◎コメントに対してコメントをできないことが多いです。その点、ご了承ください。


「アートマンの館」 

●ワークショップ情報
瞑想会:2012年1月8日(日)13:30~15:30
山巡礼with法螺貝in日向山:2012年1月29日(日)9:20~14:00頃
ヒーリング入門講座:2012年3月4日・11日
(以上、参加予約受付中)


●相模女子大学 石川研究室
http://www.sagami-wu.ac.jp/ishikawa/


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