石川勇一の瞑想エッセイ「シューニャ」

見て、感じて、判断せず

本日のワークショップでの瞑想会は、
落ち着いていながら力強く光輝き、
高貴でありながら一本の筋がガンッと通ったような、
素晴らしいエネルギーに包まれました。

瞑想をする前にある方が、
「今ここには高いエネルギーがおりてきている」とおっしゃいました。
別の方は瞑想後に、
「光の柱が降りてきていたように感じた。ここにいるみんなが幸せになって欲しい」
と語りました。
私もまったく同じことを感じていましたのでとてもうれしく感じました。
このお二人の方は瞑想経験を結構お持ちの方でしたので、
いろいろなことをキャッチされているのだと思います。

しかし、こういうことがわかることが良いというわけでもありませんし、
瞑想に必要なわけでもありません。

瞑想の意識を繰り返し体験していると、
普通の意識ではわからないことが自然とわかるようになるのです。
瞑想の意識に馴染んでくると、
はじめはあることにさえ気づかなかったものや、
ぼんやりとしか感じられなかったものが、
より明晰に捉えられるようになります。

微細なエネルギーへの感受性は、
受け止め方や受け止めやすい意識領域というのが人によってまちまちなので、
表現してみると違って見えることもあります。
エゴによってゆがめられることも多々あります。

瞑想中は、なにかをわかろうとする必要は全くありません。
あるとき自然と、目の前の木を眺めてその存在を疑わないのと同じように、
微細なエネルギーについて自分なりの確かな知覚が生じるようになるでしょう。
それはまったくリアルなことなのです。

しかしこうしたリアルさは、
それを得ようと求めすぎると得られないか、
歪んだものをキャッチすることがあります。
心が静寂かつ清浄に保たれていると、
マインドの雑音の影響が少なくなるので、
結果として、みえざるものがみえたり、
きこえざる音がきこえたり、
普段は感じられないものが感じられたりしてくるのです。

ですから、なにも捉えられなかったとしてもまったく問題はありません。
重要なのは、心が清らかに洗われて、静寂に触れているか、
自分自身の固有のエネルギーに触れているか、それだけです。

瞑想中はみていてもそれに惑わされないことが大切です。
見たものについて考えたり、論評をしていると、
見たものは消え、歪められ、瞑想意識は遠のいていきます。
マインドの罠にはまってしまうことも少なくありません。

ただ見て、感じて、判断せず、
そのままでいるとよいのです。

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コメント

投稿者: まなみん

遅ればせながら・・・
よかったですね〜〜〜〜
瞑想も修行も苦手ですが、そういう感覚は良くわかりますわ。

2010年06月29日 02:35

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プロフィール

石川勇一石川勇一

相模女子大学教授。日本トランスパーソナル心理学/精神医学会副会長。日本トランスパーソナル学会理事。「アートマンの館」代表。臨床心理士。

「アートマンの館」にて、カウンセリング、ヒーリング、臨床動作法、箱庭療法、ケイシー療法、瞑想法、山学道セラピー(山巡礼・法螺貝・滝行・勤行等)などを実践。

著書に『スピリチュアル心理学入門』(春風社、2009年、単著)、『自己実現と心理療法』(実務教育出版、1998年、単著)、『スピリチュアリティの心理学』(せせらぎ出版、2007年、分担執筆)ほか。

石川勇一『心理療法とスピリチュアリティ』勁草書房、2011年2月20日発刊。スピリットセンタードセラピー提唱の本格論文集。


◎コメントに対してコメントをできないことが多いです。その点、ご了承ください。


「アートマンの館」 

●ワークショップ情報
瞑想会:2012年1月8日(日)13:30~15:30
山巡礼with法螺貝in日向山:2012年1月29日(日)9:20~14:00頃
ヒーリング入門講座:2012年3月4日・11日
(以上、参加予約受付中)


●相模女子大学 石川研究室
http://www.sagami-wu.ac.jp/ishikawa/


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