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      <title>小原仁の生=死の流れの中で</title>
      <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/</link>
      <description>kohara</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2011</copyright>
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         <title>悟り・・・スピリチュアル・ライフ</title>
         <description><![CDATA[ご無沙汰しております。

昨今のスピリチュアル業界に、なんだかなじめなくって、少々しらけていて、
サボっておりました。

昨今、スピリチュアル・ライフとか、スピリチュアル・ヒーリングとか、
スピリチュアル・ケアーとか、スピリチュアル・ヘルスとか、
にぎやかに語られているようですが、なんだかなじめないんですよね。

だか、今のところ、なぜになじめないのかも明確じゃないんですね。

スピリチュアル・ライフを生きている人を、東洋の伝統的な表現で言えば、
＜悟り＞といわれている状態ではないかと思っているのですが、
とすれば、以下のEOの心境は理解できるような気がしてるんですね。


「唯一、悟りにおける確実な法則は、
<u>全く救われない苦の呪縛の中に、長期間にわたって、
あなたが悶え苦しむことである。</u>
そして、誰一人として、<u>それを助けないこと</u>である。

それによってしか、
未知なる意識の卵を「孵化」させる為の熱は得られないからだ。
だから、あらゆる修行や導師とは、単に、
その『絶望点』にまであなたを導く道路標識のようなものである。

なんであれ、その修行を、やるほどに苦しみが増えたとしたら、
あなたは正しい道を歩いていることになるだろう。

だがその探求が、あなたに苦をもたらさなかったら、

その道は「のどか」ではあるかもしれないが、

全く、なんの役にも立つまい。

それでも、そのことが分からないのならば、

やって来もしない、次元シフトや地球の意識変容を歌って、

商売セラピーや瞑想会や導師ごっこでもやっているがいい」（EO)


＜スピリチュアル＞ということは、至福幻想に酔うことでもなく、
商売繁盛することでもなく、ステキな恋人に出会うことでもなく､
健康になることでもなく､気持ちよくなることでもないように思えるんですね。
もちろん、それらが付随することはあるでしょうが・・・。

そこには、ある＜突破＞が必要になると思うんですね。
突破の手前で、
＜エゴ・ゲーム＞に耽溺しているって感じがしてしまうんですね。

このあたりのことを明確に書ければいいんですが、今のところ無理ですね。
まさに、ある＜突破＞が起きないと無理ですね。
今のところ、偽者らしいものに気持ち悪さを感じる程度ですね。

まぁ、ボチボチいきますわ！]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/001095.shtml</link>
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         <pubDate>Tue, 17 Jul 2007 13:53:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>スピリチュアル・ライフとは？</title>
         <description>＜スピリチュアル・ライフ＞とはなんだろう？
暇を見つけては考えてみるが、分かりきらない。

＜生死＞とは何かと考えつめてみれば、
それは＜言葉＞だ、というところに行き着く。
言葉がなければ、生死もない。

言葉のない世界、無思考の世界。
まさしく、無我の世界、悟りの境地かもしれない。

＜スピリチュアル・ライフ＞も同様、言葉に過ぎない。
言葉を脱すれば、スピリチュアル・ライフは消え、
スピリチュアル・ライフそのものになるのかもしれない。
わたしたちの生死がスピリチュアルならば・・・。

赤そのものになれば赤が消えるように、
スピリチュアル・ライフそのものになればそれは消える。
ただ、スピリチュアル・ライフであるだけだ。

非二元性により、非対象化により無の中に消える。

言葉を使って、思考を使ってスピリチュアル・ライフを追求すれば、
様々な人生改善作業同様、
自我改善作業、自我適応作業ということになるのではないか。

世間でいわれるスピリチュアルとは、
快適、楽、成功、成長、喜び、幸福、意味、希望、豊かさ・・・、
などの欲望満足をめざして、
自我改善作業をやってるに過ぎないのではないのか。

自我の戯れとスピリチュアリティの混同はないのか？

脱自我がスピリチュアリティだとすれば、
自我と脱自我の二元性・・・・。


今日のおしゃべりはここまで・・・。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000885.shtml</link>
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         <pubDate>Sun, 06 May 2007 09:30:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>平行宇宙！？</title>
         <description>「平行宇宙」という言葉を何かで読んだような気がする。
そんなのがあるのかどうかは知らないけれど、
ある時から、二つの次元の違う宇宙の狭間にいる感じがしている。

一方は、いままでの自分なので明確だ。
仕事の面で言えば、健全なる自我の確立と完成、
いわば、完熟エゴの育成といったところだ。
これはぼくの存在宇宙のお話だ。
あるいは、精神（スピリチュアル）世間のお話だ。

他方は、あえていえば、
仏陀の根本教説といわれている「四諦」のひとつである「苦諦」、
さらには、「空」、「無」といった言葉にかかわるように思われる。
これはぼくの非在宇宙のお話だ。
これはもう一つわかりきっていない。

苦諦らしきものに足が引っかかっているからか、
今まで言ってきたことや、書いてきたことがしらけてしまう。
同列の言動がしらけてしまう。

先日、２日間読書や思索に没頭できる時間が取れて少しわかった気がするが、
理解が定着しない。
せめて１週間ぐらい欲しいものだ。

前回の投稿のコメントにぼくは
「ゴー＆ストップ、doing &amp; being、
のバランスをとるってことだよねぇ。」と書いた。

太郎さんが「ストップしたら、死んじゃいますよ～！？」と書いてくれた。
ちなちゃんが「ヒット＆アウェーでどうですかな。」と書いてくれた。

先ほど、苦諦、空、無、非在などと書いたが、
コメントの言葉の「ストップ、being」、
「死」、「アウェー」に関わるようにも思われる。

はてさてどうなることやら・・・。

おめでたい世界とそうでない世界を自由に行き来できるようになれば、
と思う今日この頃です。

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         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000815.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 09 Apr 2007 08:47:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シンプル＆スロー・ライフ</title>
         <description>ほぼ3ヶ月ぐらい書き込みサボってしまいました。
担当者から思いっ切りお尻を叩かれて再登場しました。

お正月に、今年の目標を＜シンプル・ライフ＞と書きましたが、
＜スロー＞を書き加えました。

お正月にも書きましたが、
この数年こんな目標を掲げているのですが、なかなか実現しません。
それでも、一時の四分の三ぐらいには仕事を削れたかなと思っています。

これまで、なかなかこの目標が実現しなかったのは、
どうやら、適切な方法論を持たなかったからではないかと思いました。

最近思いついた方法論は、
＜自分以外の人でもできることは基本的にはしない＞ということ、
＜自分しかできないことを最優先課題にすること＞です。

どなたかいいアイデアがあったら教えてください
どんな風になるか知れませんが、
しばらくはこのポリシーでいってみようと思います。

もう一つこの間休憩させていただいたのは、
最近のスピリチュアル・ブームに、
スピリチュアル業界の言説に少々うんざりしているのだが、
ぼく自身もその罠から抜け切れないでいます。
この件に関しては、次回書きます。

あ～、一ヶ月くらいぼんやりする時間が欲しいー！
う～ん、自分で作るしかないねぇ～！


</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000760.shtml</link>
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         <pubDate>Thu, 22 Mar 2007 12:20:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>あけましておめでとうございます</title>
         <description>昨年は多大なご協力ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。

久しくお留守をしている間に、
サイトがとても豊かになっていてうれしい限りです。

メッセンジャーの方々、コメントを下さった方々、
皆さんのご協力に感謝いたします。

今年は、更にジャンルを広げてゆきたいと思っています。
身近な方で、これはと思われる方がおられましたら、
ぜひともご紹介ください。
よろしくお願いします。

さて、今年のぼくのテーマは、昨年に引き続き、＜シンプル・ライフ＞です。
この言葉は、数年言ってるようなんだが、なかなか実現しない。

限りなくシンプルに生きたいと思っているのだが、
おそらく、恐れが足を引張っているのだろう。

遅々とはしているが、今年もぼちぼちミソギをしていきたい。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000452.shtml</link>
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         <pubDate>Tue, 02 Jan 2007 08:36:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜普通＞に生きること</title>
         <description>＜普通＞のなかに神秘があり、
＜普通＞のなかに奇跡があり、
＜普通＞のなかに感動がある。

＜特別＞をいたずらに求める人は、
＜普通＞の中の幸せを失う。

繰り返される日常のなかの＜普通＞を、
感受性豊かに生きてみたいものだ。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000299.shtml</link>
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         <pubDate>Wed, 22 Nov 2006 11:14:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>失敗</title>
         <description>ある人が失敗したと落ち込んでいた。

だが、宇宙に失敗はないというマクロな視点に立てば、
落ち込んでいる暇に、そこから学べばいいということになる。

そうすれば、月並みな言葉だが、＜失敗は成功のもと＞になる。
＜失敗は成功のもと＞、スピリチュアルメッセージかもしれない。

わかっちゃいるけど、なかなか難しい。

落ち込むことからも学ぶことも多いから、
ま、いいかぁ！
</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000281.shtml</link>
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         <pubDate>Fri, 17 Nov 2006 21:46:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜したい＞と＜難しい＞</title>
         <description>○○したいけど難しいという人がいる。
＜難しい＞にエネルギーがいっている。

難しいけど○○したいという人がいる。
＜したい＞にエネルギーがいっている。

＜難しい＞にエネルギーを割く人は、事態を難しくする。
＜したい＞にエネルギーを割く人は、必要なサポートを得る。

どうやらそのようにできてるみたい。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000228.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 06 Nov 2006 18:10:38 +0900</pubDate>
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         <title>慈悲</title>
         <description>＜愛＞という言葉よりなぜか＜慈悲＞という言葉が好きだ。
悲しみを慈しむ。

命の悲しみを慈しむとき、命の喜びもまた輝いてくるように思える。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000222.shtml</link>
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         <pubDate>Sat, 04 Nov 2006 22:57:03 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>紅葉</title>
         <description>ちらほら紅葉が見られるようになった。
一年で命を終える命の輝き。
人もまたかくありたいものだ。</description>
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         <pubDate>Sat, 04 Nov 2006 22:54:26 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>草木のスピリット</title>
         <description>杉原梨江子さんが、草や木のスピリットについて書いておられるが、
ぼくは、およそ100鉢ぐらいの植物に囲まれて生活している。
中には25年以上の付き合いがあるやつもいる。

思えば、植物育ては小学校低学年からやっていた。
祖父が盆栽好きだったことも影響しているだろう。

だが、気分が沈んでいるとき、何もする気がないとき、
草むしりや、植え替え、剪定、水遣りとケアをしていると、
なぜかぼくが元気になってくる。

そこにスピリットがいるのかどうか知らないが、
ぼくの親友であることは間違いない。

たくさんの親友に取り囲まれて幸せです。


</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000220.shtml</link>
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         <pubDate>Sat, 04 Nov 2006 15:35:06 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>スピリチュアル・ライフ</title>
         <description>「スピリチュアル・ライフを実践する究極の目的は、『心の平和』『心の安らぎ』『穏やかな心』を手にすることにある。」とウエイン・Ｗ・ダイアーは言う。
確か、ジャンポルスキーも同じようなことを言っていたように思う。

だが、だが、日々心をかき乱すようなことが山ほど起こる。
時間を限定された仕事が入り、メールの返事の催促がやってくる。
・・・。

心の平和は与えられるものではなく、自分で自分に与えるもの、自分が選択するものなのだ。

キー・ワードは、「平和を選ぶことができる」だ！！

平和を選びはじめたとき、わたしたちはスピリチュアル・ライフを歩みはじめることだろう。

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         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000208.shtml</link>
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         <pubDate>Tue, 31 Oct 2006 20:37:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>統合・バランス</title>
         <description>世界は絶妙に統合され、バランスされている。

誰が統合を乱し、バランスを乱しているのでしょうか？

無心になるとき、世界はバランスとアンバランスのバランシング・プロセスに見えてくる。

無心が要。

そんな思いにふける今日この頃。

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         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000060.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Oct 2006 23:13:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アイデンティ</title>
         <description>人は、ノー・アイデンティーから始まり、
アイデンティを形成し、確立し、超えてゆき、
再び、ノー・アイデンティにいたる。

その時、スピリチュアリティは意識に開示される。
その全プロセスがスピリチュアリティの顕現だ。

と思える今日この頃。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000059.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Oct 2006 22:59:29 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>無我無中</title>
         <description>人生は、常に＜今ここ&gt;に始まり、＜今ここ&gt;に終わる。
過去はすでに終わったし、未来はいまだ来ていない。

もし人が、スピリチュアリティに遭遇するとすれば、
＜今ここ&gt;においてしかない。

そして＜今ここ&gt;は、
一切の空想を、思考を、アイデンティを脱同一化するとき開示される。

無心に、一輪の花に見とれているとき、
無心に、歩いているとき、
無心に、絵を描いているとき、
無心に、料理をつくっているとき、
無心に、・・・・

無心に、一切にこだわりなく、意識が開いているとき開示される。
無我無中において開示される。

そんな気がする今日この頃。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/kohara/log/000058.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Oct 2006 22:01:57 +0900</pubDate>
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