
「スピリチュアル・ライフを実践する究極の目的は、『心の平和』『心の安らぎ』『穏やかな心』を手にすることにある。」とウエイン・W・ダイアーは言う。
確か、ジャンポルスキーも同じようなことを言っていたように思う。
だが、だが、日々心をかき乱すようなことが山ほど起こる。
時間を限定された仕事が入り、メールの返事の催促がやってくる。
・・・。
心の平和は与えられるものではなく、自分で自分に与えるもの、自分が選択するものなのだ。
キー・ワードは、「平和を選ぶことができる」だ!!
平和を選びはじめたとき、わたしたちはスピリチュアル・ライフを歩みはじめることだろう。
世界は絶妙に統合され、バランスされている。
誰が統合を乱し、バランスを乱しているのでしょうか?
無心になるとき、世界はバランスとアンバランスのバランシング・プロセスに見えてくる。
無心が要。
そんな思いにふける今日この頃。
人は、ノー・アイデンティーから始まり、
アイデンティを形成し、確立し、超えてゆき、
再び、ノー・アイデンティにいたる。
その時、スピリチュアリティは意識に開示される。
その全プロセスがスピリチュアリティの顕現だ。
と思える今日この頃。
人生は、常に<今ここ>に始まり、<今ここ>に終わる。
過去はすでに終わったし、未来はいまだ来ていない。
もし人が、スピリチュアリティに遭遇するとすれば、
<今ここ>においてしかない。
そして<今ここ>は、
一切の空想を、思考を、アイデンティを脱同一化するとき開示される。
無心に、一輪の花に見とれているとき、
無心に、歩いているとき、
無心に、絵を描いているとき、
無心に、料理をつくっているとき、
無心に、・・・・
無心に、一切にこだわりなく、意識が開いているとき開示される。
無我無中において開示される。
そんな気がする今日この頃。
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