
<スピリチュアル・ライフ>とはなんだろう?
暇を見つけては考えてみるが、分かりきらない。
<生死>とは何かと考えつめてみれば、
それは<言葉>だ、というところに行き着く。
言葉がなければ、生死もない。
言葉のない世界、無思考の世界。
まさしく、無我の世界、悟りの境地かもしれない。
<スピリチュアル・ライフ>も同様、言葉に過ぎない。
言葉を脱すれば、スピリチュアル・ライフは消え、
スピリチュアル・ライフそのものになるのかもしれない。
わたしたちの生死がスピリチュアルならば・・・。
赤そのものになれば赤が消えるように、
スピリチュアル・ライフそのものになればそれは消える。
ただ、スピリチュアル・ライフであるだけだ。
非二元性により、非対象化により無の中に消える。
言葉を使って、思考を使ってスピリチュアル・ライフを追求すれば、
様々な人生改善作業同様、
自我改善作業、自我適応作業ということになるのではないか。
世間でいわれるスピリチュアルとは、
快適、楽、成功、成長、喜び、幸福、意味、希望、豊かさ・・・、
などの欲望満足をめざして、
自我改善作業をやってるに過ぎないのではないのか。
自我の戯れとスピリチュアリティの混同はないのか?
脱自我がスピリチュアリティだとすれば、
自我と脱自我の二元性・・・・。
今日のおしゃべりはここまで・・・。
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