
ご無沙汰しております。
昨今のスピリチュアル業界に、なんだかなじめなくって、少々しらけていて、
サボっておりました。
昨今、スピリチュアル・ライフとか、スピリチュアル・ヒーリングとか、
スピリチュアル・ケアーとか、スピリチュアル・ヘルスとか、
にぎやかに語られているようですが、なんだかなじめないんですよね。
だか、今のところ、なぜになじめないのかも明確じゃないんですね。
スピリチュアル・ライフを生きている人を、東洋の伝統的な表現で言えば、
<悟り>といわれている状態ではないかと思っているのですが、
とすれば、以下のEOの心境は理解できるような気がしてるんですね。
「唯一、悟りにおける確実な法則は、
全く救われない苦の呪縛の中に、長期間にわたって、
あなたが悶え苦しむことである。
そして、誰一人として、それを助けないことである。
それによってしか、
未知なる意識の卵を「孵化」させる為の熱は得られないからだ。
だから、あらゆる修行や導師とは、単に、
その『絶望点』にまであなたを導く道路標識のようなものである。
なんであれ、その修行を、やるほどに苦しみが増えたとしたら、
あなたは正しい道を歩いていることになるだろう。
だがその探求が、あなたに苦をもたらさなかったら、
その道は「のどか」ではあるかもしれないが、
全く、なんの役にも立つまい。
それでも、そのことが分からないのならば、
やって来もしない、次元シフトや地球の意識変容を歌って、
商売セラピーや瞑想会や導師ごっこでもやっているがいい」(EO)
<スピリチュアル>ということは、至福幻想に酔うことでもなく、
商売繁盛することでもなく、ステキな恋人に出会うことでもなく、
健康になることでもなく、気持ちよくなることでもないように思えるんですね。
もちろん、それらが付随することはあるでしょうが・・・。
そこには、ある<突破>が必要になると思うんですね。
突破の手前で、
<エゴ・ゲーム>に耽溺しているって感じがしてしまうんですね。
このあたりのことを明確に書ければいいんですが、今のところ無理ですね。
まさに、ある<突破>が起きないと無理ですね。
今のところ、偽者らしいものに気持ち悪さを感じる程度ですね。
まぁ、ボチボチいきますわ!
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