
自分の目を鏡で見つめたことがありますか。ワークをしていると顔の表情と目に表れている感情のちがいの驚くことがよくあります。先日もテレビで人間関係力とかが放映されていたようですが、人は表情、特に目に表れる感情を手がかりに関係を作っており、最近セラピーの中でも関心が高まっています。
今回は右脳、左脳に関連してペアで行う目のワークを紹介します。
1.お互いに対面して立ち、アイコンタクトをとりながら一人の人が体重を右、左にかけて5分ぐらい相手を見ながら自分がどう感じるかを伝えます。右にかけたときと左では相手が違って見えるはずです。体重を右にかけると主に左脳を使って見ますし、左の場合はその逆に主に右脳を使ってみているからです。
2.自分の手で左右の目のどちらかを隠し、相手は開いている目に表れている質を伝えます。5分ぐらい続けたら反対の目でも同じことをします。相対的にいって右目には社会的な自分(男性性)が、左目には本来の自分 (女性性) が表れるといわれています。
3.今度は2と同じことを相手の人が目を隠してあげながらやります。2では見られている人はある程度自分でコントロールできますが、3ではリミットを与えるのは相手ですから、やってもらっている人の何かがプロボークされる可能性が出てくるわけです。
親子、恋人、夫婦、友人と気軽にやってみてください、いろいろな発見があると思います。
組んだ相手によって自分の目に表れる表情に違いが出るのも面白いですよ。人間関係の改善に使うとか、自分にほっとする時間をあげるとか試してみてください。相手の言うことがそのときにはすべて納得できなくても、心の隅にのこったことばがあるとき突然に現実味を帯びてくる経験を、クライアントはよく話します。
27日の夜テレビで胎児の驚異的な能力が放映された。書籍や論文等でよく知っている内容とはいえ、映像で訴えかけられると改めて胎児の持つ生きる力に感激した。胎児学と同様に、最近のボディサイコセラピーが注目している分野は脳科学である。
日本では脳科学者の川島隆太氏、茂木健一郎氏などがテレビに出て最新の研究を分かりやすく解明してくれるおかげで、脳に対する関心も高まりを見せているように思えるが、ちょうどテレビで胎児を紹介した同じ日に届いたジャーナルに心躍る記事を見つけたので、心理療法だけでなく母子関係、さらに一般に人とかかわる中でも役に立つのではと思える部分を少し紹介したい。小論は今最もその活動が注目されているアラン・ショー(Allan Schore)が書いた「発達と心理療法に対する神経精神分析からの見解」である。
言葉を使うコミュニケーションが取れるまでの乳幼児にとっては、ノンバーバルにしめされる感情の合図をすばやく、自動的によみとる力がもっとも大切な認識の手段であり、その感情は目と目の間で、体の接触やゼスチャーを通して、さらには音律的な音をかいして信号として送られている。そして顔の表情、姿勢、声の調子といったアタッチメント(愛着)を作り出すコミュニケーションは、乳幼児の右脳と母親の右脳の相互作用、つまり右脳と右脳のかかわりのなかからうみだされるという。(この部分はセンシティブノアセラピストであればきっと無意識に使っているに違いないと思う。)
母親の多くが赤ちゃんを左抱きにする傾向があるのは、母親の愛情のシグナルが赤ちゃんの左の耳と目にすばやく届き、発育中の赤ちゃんの右脳がそれを処理して、その結果赤ちゃんの発する視覚や聴覚によるコミュニケーションが母親の右脳にある感情解読センターにフィードバックされていくからだという。(マニングら、1997)
もうひとつ、赤ちゃんの泣き声に母親が反応すると、母親の右脳が活性化すること、そして感情を伴った声に関連するエングラム(記憶痕跡)は乳幼児の脳、とりわけ右脳にインプリントされることが神経画像研究から、明らかになってきた。(オーベンバウムら、2002)
多くの母親がやってきた左抱きにもこんな深い意味があるとは。そして何よりも、意味内容が分からなくても赤ちゃんの脳には怒りにみちた声、悲しい声、憎しみの声などが愛情深い優しい声とともに刻み込まれる事実を、映像で見るまでもなく私たちは受け止め、そしてこれら科学が明らかにした事実を赤ちゃんに返していかなければならないと思う。いつの日にか、そんな母の声を受け止める赤ちゃんの脳がテレビで紹介されることがあるかもしれない…。
いじめ問題が自殺にまで発展したなんともやりきれない事件が多発した2006年も終わろうとしていますが、この様な状況では相手の痛みが分かる共感力を育てることが急務であるといえるのではないでしょうか。子供を殺してしまう母親、殺さないまでも愛せないと悩む母親にも共感力を持ってほしいとの思いから、共感力について少し考えてみたいと思います。
共感(感情移入)は英語でempathyといいますが、この類語にsympathy(同情、共感、共鳴と訳される)があります。デイビッド・ボアデラはこの両者の違いをともに感じる力と、相手のために感じる力としました。つまりsympathyには、どっぷりとつかることなく自分の身を枠の外に置いていることも可能であるということです。脳科学の言葉をかりれば、大脳辺縁系よりも低次での脳の活動 (辺縁系、視床下部、中脳被蓋、脳幹)と大脳皮質での活動と考えることもできるでしょう。
Empathyに関して面白い研究報告があります。効果的なセラピーでは相談者にたいするセラピストの共感性が高く、両者は体のレベルで同様の動きをすることが多くなるというのです。ジュネーブ大学で行われたノンバーバルコミュニケーションの研究で、50分のセラピーを相談者とセラピストの両方にカメラを向けて同時に撮影し、同調の具合をマイクロトラッキングしました。顔の表情,筋肉の変化,姿勢,位置など100万点を(ちょっと信じられない数字)取り上げたといいます。相談者、セラピストの両方からの聞き取りを基に、効果の有無、共感度をチックしたところ上記の結果がえられたとのことです。これらの同調、共感のほとんどは相談者、セラピストともに意識せずに(unconsciousではないnonconsciousに)行っていたものでした。
逆に姿勢、顔の表情,筋肉の緊張度、呼吸などを意識的に相手に合わせることによって共感能力を高めることができるのではないでしょうか。トラウマの研究で著名なバベッタ・ロスチャイルドは、まったく見知らぬ人の後をつけてその歩き方をまね、相手の緊張を感じ不調の元を特定する練習をしていた理学療法士を目指す大学時代の友人について話しています。バベッタも友人を真似て、歩き方の真似をしているうちにつけている相手の特徴を感じるだけではなく、脚の感じ方にくわえて、自分の気分までもが変化することに気がついたといっています。彼女はそののち共感に関する多くの文献にあたり、共感の効果が脳の中で部位特定されることも知るのですが、脳内における共感の源部位に関する研究がまったくないことに失望していました。ところがこれがまったくの偶然の中で発見されたのです。
イタリアの研究者たちが(イタリアパロマ大学のジャコモ・リゾッティとビットリア・ガレス等)サルが物をつかむときに活動するニューロンを調べているときにそれはおきました。ある日研究者の一人が空腹を感じレイズンに手を伸ばした時に、サルの脳でも同時にニューロンが活動をするのが観察されたのです。サルがレイズンをつかむときに活動するのとまさに同じニューロンが活動したのです。非常に驚いた研究者たちはあらたに発見された細胞をミラーニューロンと命名しました。
これまでもあくびや笑顔などが伝染性のものであることが体験的に知られていましたが、それをうらづける研究結果が得られたことになります。
自分の体にマインドフルになれば,ミラーニューロンの活動が相手に有効な働きをしていることを確かめながら共感力をより意識的に使っていくことができると思います。
たとえば学校の授業の中で、お互いに模倣(姿勢、呼吸、表情、緊張)をするなどの活動をとおして、共感力を高める試みがなされることを切に願いながら、2007年を迎えたいと思います。
胎児については最近いろいろな書物が書かれているが、アメリカの精神科医ジョン・ケリーの『胎児の知られざる生活』(The Secret Life of the Unborn Child)、『親になる前
に』(Pre-Parenting)はともに読み応えのある、示唆にとんだ本である。早急に誰かが訳をしてくれることを切に望む。というのもここに書かれた事実を知れば、母親あるいは父親にたいして社会がとるべきサポートの姿もちがってくると思えるからである。
『胎児の知られざる生活』の中でケリーは実際のセラピーの現場で体験したことを、最先端の胎児学を織り込みながら詳しく書いている。友人の妻が妊娠中にコテージの暖炉の前でおなかの赤ちゃんに聞かせるように子守唄を歌っていた姿に感銘をうけたかれは、うまれたあとでもそれを聞くとどんなに激しく泣いていても赤ちゃんが泣き止むという彼女の言葉に興味を抱いて、妊娠中の母の態度あるいは思い、感情が胎児にあたえる影響への探索に乗り出した。
6ヶ月からの胎児はアクティブに情動を体験する意識的で、反応する存在であること
胎児には見る、聴く、体験する、味わう、さらに学習する、感じる力があること
胎児が感じ、知覚することが自己に対する態度や期待を形作ること
この形成にもっとも影響を与えるのは母親の持続的な感情のパターンであること
さらに母親だけではなくて、父親の感情にも最近の研究は焦点を当て始めてこと
以上が彼の主要な論点である。
母親の持続的感情のパターンが胎児に与える影響を例にとれば、たとえば生みたくないのに生まなければならない(憎まれた子供)場合を考えてみよう。これまでの解釈では:
子宮に流れるエネルギーの量が減り、羊水の温度がさがってしまう。すると胎児は2つの方法でそれに反応することが分かっている。まずは激しく動くことで自分の体を温めようとする。(胎児のヒステリー反応)それでも体が温まらない場合には自分の体表面からエネルギーを撤収して中に熱を温存し、外の寒さを感じないようにする。(分裂反応)
このように説明されてきたものが、母と胎児のアチューンメントは1)生理的経路2)行動の経路3)共感的コミュニケーションという3つの経路を使って行われており、この経路は母から赤ちゃんへの一方通行ではなくて、双方がメッセージを伝え合という見地からは、別の解釈も可能になる。
羊水の温度などという物理的なものに限らず(生理的経路)、母の思いが共感的コミュニケーションによって伝わっているとすれば、まず胎児は嫌悪感をキックの形で示し、それに疲れて母親と自分を切る作業をしてしまう。
スピリチュアリティ(SQライフ)について書くにあたり、アレクサンダー・ローエンの『体のスピリチュアリティ』を翻訳するにいたった、私自身の不思議な旅を振りかえってみた。およそ30年前、たまたま子供が通っていた保育園に転入してきたアメリカ人の通訳をしたことが契機で、まだ当時の日本にはあまりなじみのなかったボディサイコセラピー(身体志向の心理療法)に出会い、ボディサイコセラピーの父と言われるウィルヘルム・ライヒと関わることができた。そして私の人生は大きく変わってしまった。
ライヒについてはさまざまな見解がもたれているが、私の夢に現れるライヒはいつも、時代を先行する幸せと不幸を一身に引き受けた生命エネルギーあふれる姿をしている。時には夢の中で「どうしてあと50年遅くうまれてこなかったの?」と問いかけながら、ライヒとの出会いを楽しむこともある。
歴史が証明するように、時代を先行する思いは必ず存在し、そしてあまたの迫害を受ける。時代が持つ場のエネルギー(シェルドレークの言う)にそれを受け止めるだけの成熟がないのだから、理解されないのは当然のことである。必ず先行した思いに時代が追いつく日が来る。その先行する思いはどのように生み出されるのか、生み出されるまでに無数の点が存在して、それが雨粒ぐらいの大きさになったときに姿が現れる過程は、場のエネルギーの観点から実に興味深い論点になると思う。
このライヒが晩年特に力を入れたのがヘルシーな子供を育てるということであった。彼は大人の神経症の治療から、いったん捻じ曲がった木をまっすぐにすることは難しいことを痛感し、健康的な若木を大地に根付かせる可能性に未来を見た。
今では天国のライヒも驚くほどに出生前・周産期精神医学、心理学を中心に母子の研究が進んでいる。精神科医、心理学者、生理学者、胎児学者、産婦人科医、小児科医が専門分野をこえて、より健康で幸せな子供が生まれる世界を作ろうと努力している。ヒポクラテスの昔から、東洋ではさらに古くから胎教として、自分の体に敏感な母親たちは、祖母や周りの知恵を借りて、いまや科学の名の下にかまびすしく言われ始めたことを実践していた。子供が宿ったことを自然の神秘と受け止め心から喜び、子供に愛を注ぐことはごく自然なことであり、誰もその事実に不安や両価感情を持つことがなかったのであろう。
さきの『体のスピリチュアリティ』のなかでローエンは、その生命が持つ本来の生(ネイチャー)を生き抜くことがグレイスであり、そこにスピリチュアリティが出現すると述べている。命が周りと共鳴しながら繊細な感受性を持って生きることがことがスピリチュアルであるならば、母子の絆の研究から見えてくる胎教の中にきっとひとつの答えがあるように思う。
胎児の能力と胎教に関する研究、体外受精、代理出産などについてボディサイコセラピーの立場から書いてみたい。
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