
「5月にこんなに雨がふるなんて、十二年住んでいてはじめてだよ!
ミオさんが熊野から龍神さまを連れてきたのかもね。ホピのひとはそう考えるよ」
マグカップにオレンジ色のホピーティーを注ぎながら、友人が言った。
昨日もドライブの途中、激しい雨にあった。
夜空には、稲妻が静かに光っていた。
私たちが来る前は、強い風と砂嵐で、荒れた天候が続いていたと言う。
それが急に変わり、風がおさまって美しい青空の穏やかな天気に。
そして、1日に一度は雨が降り、畑に植えたばかりのとうもろこしや豆に恵みをもたらしている。
今日は隣村のファーストメサで行われるカチーナダンスを見せていただく。
奥さんが朝から作ったフライドライスをを手土産に、ご主人のピックアップトラックに乗り込んだ。
いざ、出発!
カチーナとは、精霊のことである。
森羅万象、自然のすべてを敬うホピの人々にとって、精霊であるカチーナは多くの種類がある。
今日、参加させていただくカチーナダンスは、
ホピのいのちの糧である、とうもろこしの種が健やかに育つように祈り、とうもろこしの生長にかかせない雨を呼ぶ、とうもろこしの精霊によるカチーナダンスだ。
ホピの生活のベースは祈りである。
大地に感謝し、太陽に感謝し、水に感謝し、すべての自然といのちに感謝し、神に祈る。
だから、一年中、あちこちの村で祭りがひらかれ、祭りを執り行い無事に務めあげることがなによりたいせつな生活の中心なのだ。
村々でいつ祭りが開かれるかは公にはされない。
だが、あらゆる村に親族がいて、友人がいる、顔の見えるホピの社会だから、縁あって、口伝えに祭りの日を聞いたものだけが参加するのだという。
ホピの大地が、その周辺の地形と大きく異なっているのは、砂漠にそびえたつテーブル状の大地、メサの存在だ。
一見、誰も住んでいない岩山に見えるが、はるか昔から人々は、メサに集落をつくり暮らしてきた。
さぞかし住みにくいだろうと思っていたら、行ってみてびっくり!
平地よりも高度があるだけに空気は涼しく快適。
下から見上げていた時には気がつかなかったが、メサの岩に沿うようにぎっしりと家が建っている。
住居は、プエブロと呼ばれる集合住宅。
氏族、クランごとに広い中庭をはさんで四方を取り囲むように小さな家いえがある。
まずは、今日、私たちよそものを招待してくださった家のグランマに挨拶にうかがい、それから中庭へ通された。
ホピは女系社会である。
だから、グランマは絶対的な力をもつ最高司令。グランマが許した私たちは、だから
村人たちに暖かく迎えられ、おいしいごちそうもまでいただいた。
だが、ゆるしなく観光客が祭りに参加することは、絶対にできない。
カメラの撮影も絶対ダメである。
これはご神事なのだから、祈りこころで謙虚に見せていただく姿勢が必要なのだ。
たくさんの村人や親族たちが見守るなか、広い中庭では、カチーナダンスがはじまっていた。
頭のてっぺんには羽飾り。まるでおかっぱ頭のような髪の毛に見えるの赤い毛は、稲妻をあらわしている。
顔には水の色で塗られた面をつけて、顔半分は緑の植物でおおわれている。
ひざの裏には亀の甲羅がしばりつけられ、ひざを動かすと、結んだ貝殻が甲羅をたたく。
片方の足にはベルがつけられ、男たちが単調なリズムと旋律をくりかえして歌いながら、静かなステップを踏むたび、ベルの音色と貝殻の音が響く。
なぜだろう。
涙があふれてくる。
理由のない涙だ。
感情ではなく、たましいが流す、うれし涙だ。
遠い昔に村を出たまま帰らなかった、帰れなかったたましいが、
いま、故郷に帰ってきた、と喜んで泣いている。
おだやかな懐かしさで胸のなかが満たされていく。
乾いた大地に慈雨がしみわたっていくように、カチーナの歌がしみてくる。
気がつくと、泣きながら、手をあわせていた。
カチーナは、ホピの人々は、ただ単にとうもろこしの生長を願っているわけじゃない。祭りを通して、彼らは祈る。
すべてのいのちが平和と愛に満ちてありますように
物質文明を手に入れた現代人であるわたしたちが失ってしまった祈りのある暮らし。
聖なる自分と俗なる自分が、表裏一体であることを認識し続けているホピの生きかた。
我即神也
人はみな、宇宙のカケラ。神のわけいのちである人間が、神人として生きていく道を、
遥か遠い昔からずっと守り続けているホピの人々。
持続可能な社会の、真の見本がここにはあった。
カチーナの体に、女たちが白いコーンミールをふりかける。
カチーナのまわりを、美しい羽や毛皮で飾った守護神たちが踊る。
ダンスのあいまには、白と黒のシマシマ模様の帽子をかぶった,道化役のクラウンたちが飛びまわり、村人の笑いをさそう。
祭りは夜明けから日没まで続くのだが、公にされる祭りのまえには、キバと呼ばれる半地下の祭事場で、禊が行われるのだという。何日もかけてひとつの祭りが執り行われる。
日暮れが迫ってきた四度目のダンスの最中、遠くの空に黒い雲が湧いた。
少しづつ雲が近くなる。
風が急に強くなった。
カチーナの頭の羽飾りが、風をうけてりんと張り詰めている。
祭りの空気が変わった。
急激な気温の低下。肌寒い。
ポツリ、ポツリ、雨粒が顔にあたる。
寒くても、雨が降っても、ただただカチーナを見守る村人たち。
雨を呼ぶ祭りが、今、成就された。
雨はいのちの雨であり、
そして、雨は祖先の霊なのだ。
だから、グランマは雨をしわくちゃの頬に受けて、静かに祈り続けていた。
人類史上、もっとも長く、ひとつの民族が同じ場所に定住し続けた土地。
ホピの国に行ってきました。
アメリカうまれの長男が、名門カリフォルニア州立大学バークレイ校を卒業しました。
息子の卒業を祝い、盛大な卒業式に参加するため、久方ぶりのアメリカ帰還です。
ホピの国への旅は、息子の卒業旅行となりました。
卒業式の翌朝、出発だったのですが、息子が前の晩、友達と祝杯を挙げすぎて、二日酔い。
朝のフライトには間に合わず、昼の便で出発です。
サンフランシスコ空港からアリゾナのフェニックス空港までとび、そこからレンタカー二人乗りのスポーツカーを借りて、アリゾナの大地を数時間走りぬけました。
乾ききって、赤茶けた大地に影が落ちる。
それは、強烈な太陽に照らされた雲のかたまりが落とす影。
巨大なサボテンに、小さなクリーム色のつぼみが見える。
フラッグスタッフを通りすぎると、標高がぐんと高くなった。
パンデローサパイン、という種類の松の木がたくさん生えている。
驚いたことに、道に雪が残っていた!
雪に驚いていると、バチバチっと鋭い音がして、
雷とともに、雨つぶが激しく車の窓ガラスをたたいた。
「へえー、アリゾナって、どこまでも砂漠だと思っていたけど、
雨も雪もちゃんと降るんだね」
運転する息子も、「サンフランシスコでもいまどきはあんまり雨降らないけど」
と答える。
日が沈んで、あたりが暗くなった頃、やっと、ナバホ族の居留地区に入りました。
急に路面の舗装が悪くなった。
宵闇のなかにぽつんとたたずんでいるお店でガソリンを補給し、道を確認。
商店のガラス窓や壁には銃弾の痕が!
そこからまた、走る。走る。
地理学を専攻した息子だけあって、地図の読み方は正確。方向感覚もたしかで、道標もない道をたどり、友人の家にたどり着いたのは夜九時をまわっていました。
暖かく迎えてくれた友人夫妻は、6匹の犬とともに、もうこの土地に十二年も暮らしています。
よそものでありながら、しきたりにうるさいホピの方々に信頼を得ているのは。ひとえにホピのしきたりや精神性に対して、謙虚であり続けたからでしょう。
二日酔いをおして、ハードに運転しまくってくれた息子に感謝しながら、寝袋にくるまりました。
明日は、となり村の。ファースト メサでお祭りがあります。
観光客は決して入れない、ホピのひとたちだけの聖なる祭りですが、友人たちのご好意で、
その村に住むグランマから、私たちも招待していただくことができました。
ホピのいのちの糧である、とうもろこしの生長を祈るカチーナダンス。
わくわくしながら、眠りにおちていきました。
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