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      <title>もんじゅまさきのことばのちから　沈黙のちから</title>
      <link>http://blog.sq-life.jp/monju/</link>
      <description>monju</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 31 Mar 2009 10:16:12 +0900</lastBuildDate>
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         <title>深まり広がりゆくフェルトセンス</title>
         <description><![CDATA[<img alt="moku1.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/moku1.jpg" width="512" height="384" />


　当コラムニストのひとりでもある岡部明美さんを岡山に招いての個人セッションと oneday work の週末が終わり……毎度のことながら、笑いあり、涙あり、感動あり、沈黙ありの豊かな時間を過ごさせていただくことができました。参加者のみなさん、岡部さん、ほんとうにありがとうございます。 

　昨年の10月には岡部さんと私たち（Heart of Lifeのスタッフ）とで2泊3日の合宿形式のワークショップを行い、とても好評だったのですが、その後、自然発生的に起こりはじめている現象のひとつに、岡部さんのワークや個人セッションと私たちが行っているサウンドレゾナンスのワーク（ヴォイス・カウンセリング＆タッチ・オブ・サウンド）のコラボレーションがあげられます。 

http://web.mac.com/monjel1315/Site/Sound_Resonance.html


　今回も、岡部さんの個人セッションの後、続けてヴォイス・カウンセリングを受けてくださる方が２名あったのですが、岡部さんのセッションとサウンドレゾナンスのセッションが同時に別角度から働きかけることによってプロセスが多面的に触発され、シナジー的な豊かさのなかで進展してゆく気配を感じました……このようにクライアントさんへの多次元的なアプローチが、ひとりでにかたちをとり始めているというのも嬉しい徴です。 

　岡部さんは、からだから遊離したことばを再びからだに根づかせるとともに、そのことばに翼を与えて飛翔させ、人々が真の意味で自分自身のことばを取りもどし、そのことばを表現することによって他者との関係性や共同性の新たな次元を切り開いていゆく手がかりを提示する達人ですが、サウンドレゾナンスは、身体感覚をことば以前の音声へと結びつけ、それをさらに沈黙へのジャンプボードとして瞑想的に用いるための音（周波数）のコンビネーションを見いだそうとしてゆきます…… 

　こうして二つのワークを行うことで、ことば→音→沈黙、沈黙→音→ことば……という二つの回廊を自在に行き来することによって、しだいに深められ、研ぎ澄まされてゆく感覚があります。それはことばの次元においても、音の次元においても、沈黙の次元においても一貫して流れ続けるフェルトセンス（身体感覚に寄り添った気づき）だと言ってもよいでしょう。 

　フェルトセンスそのものもまた、360度全方位的に開かれた状態から、局所に絞り込んでそのスポットの特性をクリアーに識別するフォーカスされた状態までいくらでも伸縮自在です……。 

　フェルトセンスが粗いものからどんどん微細で細やかな領域へと洗練されてゆくプロセスは、同時にそのフェルトセンスが伸縮自在なものとして全方位的に進展してゆくしなやかなプロセスと無縁ではありません。それはちょうど樹木の根っこや枝葉が垂直の方向に伸びてゆくのと同時に、水平方向への広がりゆくことで徐々にその潜在的可能性をこの世に発現してゆくのに似ています。 

　昨年からスタートした岡部さんとのコラボレーション・グループワークというのは、何か新しいものが生まれてきそうだという純粋な直感から始まったことなのですが、この恊働作業が進展し、個人セッションにおけるコラボレーションが始まるなかで、また新たに徐々に見えてきているものがあるので、これからがますます楽しみです。

　ともあれ、次回の岡部さんとのコラボレーション・グループワークは6月です。詳細は、下記のサイトをごらんください。 

二つの翼に耳を澄ます 
http://web.mac.com/monjel1315/Site/two_wings.html ]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/cat158/004072.shtml</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ワークショップ</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 Mar 2009 10:16:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>らくだの涙</title>
         <description><![CDATA[<img alt="28260449_108s.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/28260449_108s.jpg" width="90" height="119" />　<img alt="28260449_14s.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/28260449_14s.jpg" width="90" height="119" />


　「らくだの涙」……このドキュメンタリー映像の物語の舞台はモンゴルの平原……２、３家族が文明から遠く離れた生活を営んでいます……羊たちや、ラクダたちが、家族の一員のようになって暮らしている風景が、のどかなリズムと失われた時間の流れを感じさせてくれます…… 

　そして、ある日のこと、産気づいた一匹のラクダが難産のすえに、ようやく初めての産み落とすのですが、生まれてきたその子は、なぜか白いラクダでした…… 

　難産だったせいなのか、生まれてきた子が白い毛並みをしていたせいなのか、母ラクダは、子ラクダを一向に育てようとはせず、子ラクダが、母ラクダの下に潜り込んでおっぱいを吸おうとするや否や、後ろ足の膝で、蹴りをくらわせ、追い返してしまうほど…… 

　家族のひとたちは、ラクダの母と子を和解させようと、懸命な努力をするのですが、母ラクダは頑として、子ラクダを受け容れようとしないのです……ひとびとは、人工哺乳でなんとか子ラクダを育てようとするのですが、やがて、子ラクダは、そのミルクを飲む気力も失って、どんどん衰弱してゆくきます…… 

　危機を感じた村人たちは、幼い兄弟２人を県庁所在地である街へと送ります……、そして、その街で見出されたひとりの馬頭琴奏者がこの村へと招かれます……モンゴルでは、こういう事態にそなえた、特別の儀式が用意されており、母ラクダと子ラクダの和解に向けての歌と音とが捧げられる風習が残っているのだそうです…… 

　招かれた馬頭琴奏者は、ターコイズブルーの衣装を身にまとい、そして、馬頭琴のネックの部分にも鮮やかなターコイズブルーのショールを結びつけ、ゆっくりと音を奏でてゆくのですが、生まれたばかりの赤子を育てつつある若き母親が、マジェンタ色の衣服を身にまとい、その馬頭琴の曲に合わせて親ラクダのからだをやさしく撫でながら歌います…… 

　最初に馬頭琴奏者が行なったのは、ラクダの身体に馬頭琴をゆわえつけ、その弦が平原の風がつま弾くにまかせることだったのです……風が吹き、ラクダの身体にゆわえつけられた馬頭琴の弦が、そのネックの部分に結ばれたターコイズのショールと共に揺れて、震え、微細な音を奏でます…… その瞬間、母ラクダに電撃的なショックのようなものが走るのを見ることができました……

　そして平原に、馬頭琴と、母の歌うヴォーカルが延々と響き渡るなか、ようやくラクダの母の眼から大粒の涙が、1粒、2粒、3粒とこぼれ落ちはじめます。ようやく母ラクダからおっぱいを受け取ることを許された子ラクダは、母ラクダの懐に飛び込んで、渇ききった喉を、ごくごくと潤してゆくのでした…… 

　詳しい資料を読んでみると、なんとこの映画、ミュンヘン映像大学に在学中の学生が、03年の卒業制作として取り組んだ作品のようです。イタリア生まれの男性ルイジ・ファロルニとモンゴル生まれのビャンバスレン・ダバーによる合作ですが、二人はともに1971年生まれ…… 

　映画でとりあげられていた家族は、モンゴル南部のゴビ砂漠で暮らしている実在する四世代家族……ラクダたちの出産を次から次へと撮影しているうちに、このシーズンの最後の出産となった白いラクダを、実際に、母親ラクダが拒絶したそのシーンが撮られているようです…… 
　 
　子ラクダを受け容れることができない母ラクダの頑ななこころを溶かしてゆく音の儀式は、フースの儀式と呼ばれている儀式であり、そして母ラクダには“インゲン・テメー”、子ラクダには“ポトック”という名前がつけられていたました……]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/003915.shtml</link>
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         <pubDate>Sat, 13 Dec 2008 15:26:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>見えない調律師のわざ</title>
         <description><![CDATA[　　　　　　　　　　　　<strong>　音象をからだのうちに探る</strong>

　黒川さんの音象という概念は、科学的な客観的な研究によって導き出されてきた分析的なものですが、OSHO が「音の下には感覚がある」というときの、音の印象、感覚は、純粋に主観的、体験的なものであることに注意を向けたいと思います。

　ひとつひとつの音が、自分自身の身体に、どんな感覚を呼び起こすのか……そこでは理論や分析的な情報によってではなく、ダイレクトな音の体験を通して、音の印象を探るプロセスを辿ることが、とても大切になってきます。

　馬や白クマやカバや犬たちが発する音に飼育士の人たちが愛情を込めて耳を傾けるように、諸々の音が自分自身の身体に刻み込んでゆく音象を注意深く探ってゆけば、やがてそこから個々人の反応の仕方のゆらぎによって反応の異なる部分ではない、万人に共通の効果と影響を与える音の種別が立ち顕われてくることでしょう。

-------------------------------------------------

特定の音は特定の感覚に結びついている
他の感覚に結びつくことはけっしてない
だからその音を自分のなかにつくりだせば
それに該当する感覚がつくりだされる
どんな音であっても
それを用いれば
それに結びついた感覚がまわりにつくりだされる
その音が空間をくつりだし
その空間は特定の感覚によって満たされる

（OSHO『音と沈黙』より）

-------------------------------------------------

　サウンドレゾナンスのコンサルテーションにおいては、特定の体験につらなる記憶が身体上のどこに、どのように分布し、広がって保存されているかを右脳的意識を巡らし、注意深く探ってゆくのですが、その感覚記憶に対する身体上の対応点への気づきを深さらに細かく見てゆくための左脳的ツールとしてコンピュータを効果的に用います。

　慢性的に推移する肉体の病に自覚症状が欠け易いように、身体上の対応点を見出そうとするときにも、その人のエネルギーを最も深いところでロックしている慢性的トラウマ記憶の部位は、気づきの光に照らし出されることからも隠れ潜みやすい傾向があるのですが、コンピュータを用いて声紋の解析を行うことで、そのブラインドスポットを見出しやすくなる利点があるのです……

　こうして右脳と左脳の両サイドからのアプローチを繰り返すことで、コンサルテーションはきわめて有効に「記憶が身体上にどのように分布、配列しているか」を見出してゆくことができるのです。いくつかのセッションを経験してみると、ほんとうに人間のからだというのは音（周波数）をホログラム的に内蔵させることによってその記憶をプールしている精密なスペースだという実感が湧いてくるのです。

　そしてクライエントが、自分自身の課題の身体上の対応点を網羅したスペースから響き出してくる言語以前の言語、動物的なレベルにおける音とフィーリングに触れ、それを表出することができるようになると、事態は一挙に変化を迎え、そのひとの気づきを深め、心身の速やかな統合を加速させる適切な音が浮上してくることになるのですが、それはある意味では、フィーリングの層をも超えた地平から、音の世界へと訪れてくる「見えない調律師のわざ」のようだとも言っても過言ではありません。]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/cat157/003911.shtml</link>
         <guid>http://blog.sq-life.jp/monju/log/cat157/003911.shtml</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">音象の世界</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 11 Dec 2008 14:39:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>音象の世界を探る</title>
         <description><![CDATA[　　　　　　　　　　　　　　　<strong>　音象の世界を探る</strong>


　『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』と呼ばれる112の瞑想を集大成した古典があって、OSHOはかつて、このすべての112のメソッドについて、細やかな解説を加える一連の講話を行ったことがあります。日本でも全10巻にわたるこの講話の邦訳が刊行されていて、具体的な瞑想法に関心を持たれる方には、とても興味深い読み物となっています。

　特に第４巻の『沈黙と音』と題されるシリーズには、音と沈黙にまつわる瞑想法が収録されていますので、音を用いた瞑想を深めたいと思われる方にはお薦めの一冊となっています。

　OSHOは、人間の世界を構成しているのは言葉を高度に編み込んだ思想、科学、宗教などであるけれども、この基盤を成している言葉の下方には“音”があると述べています。そしてさらにその“音”の下方には、フィーリング、感触の世界があるのだけれども、人はそうした次元から遠く切り離されてしまっている、と……

　音が土台となって言葉が編まれ、その言葉が思考を生みだし、そのまた思考が科学、宗教、哲学など様々な思想や文化と呼ばれる現象を形成してゆくのだから、この逆の道筋を辿ることで、ことばや音の下方へと降りてゆき、フィーリングを通じて存在の根源的な次元へと入ってゆくことができると語ります……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

音の上にはことばが、思考が、哲学がある
音の下にはフィーリングがある
フィーリングの下に達することができなければ
こころの下に達することはできない
この世界全体は音に満ちている
人間の世界だけがことばに満ちている。
ことばを使えない子どもたちでさえ音を使う
実際、言語というものは
世界中の子どもがみな用いている特定の音によって
かたちづくられている

（OSHO 『音と沈黙』より）

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

　ところで一時話題となった黒川伊保子著『なぜ怪獣の名はガギグゲゴなのか』という本は、子どもたちが発する音が基本となって、さまざまな言葉が生まれてくるプロセスが、きわめて独創性に溢れる視点から究明されており、じつに楽しい読み物となっています。母音や子音を発音する際に、どのように口腔が開いたり、閉じたり、すぼんだりするのか、あるいは空気の圧縮や解放のプロセスが、身体レベルでどのような感触をもたらすのかといった、幼児が発する基本音と身体感覚の関係にまつわるパイオニア的な研究がなされていますので、とても興味深い指摘に満ちています。たとえば……


口の中は実はこんな風になっておりまして
Ｐの音というのは喉の奥にものすごく力を入れてしぼめた後に
空気を送り込んで出します
唇が気持ちいいんです！
おっぱいが恋しい頃の子供は唇に力がある音が非常に快感！
脳が気持ちいいんです！　
赤ちゃんがよく無意識のうちにブーとかバブーとかやってますね。
あれはもう唇が気持ちいいから！　
この唇がきもちいい快感が残るのでＰの音の商品は。
ポッキー買って！ポッキー買って！とかね。
ポリンキー買って！って言いたくなっちゃうんですね。


　このように幼児言語の発音プロセスを、身体感覚の次元にまで引き戻すことにより、言葉が形成する最小ユニットである音の下方にあるフィーリングに、科学的にも迫まろうとする試みが始まりつつあるのは朗報です……黒川さんは、こうした次元の音と体感的フィーリングとの関係を、“音象”というきわめて適切な概念で表現されているようですが、“音象”とは、まさに的確な表現だと思われます。


　さてOSHOによると、音のはるか下方にある精妙なレベルの波動＝実存の波動は、思考に振り回されている人間よりも、むしろことばを持たない動物たちの方が敏感に反応することが多いと述べていますが……たとえば『沈黙の音』のなかで、ある詩人が書いた文章を引用しながら、ひとつのエピソードを紹介してゆきます。それは子どもだったころの詩人と馬との間で起こったコミュニケーションの物語ですが、こうした精妙なレベルとのコンタクトがどれほどデリケートなものであるかがうかがえます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

私はあるドイツ詩人の本を読んでいた
彼は自分の子ども時代の出来事について語っている
彼の父親は馬の愛好家だった
それで家の馬屋にはたくさんの馬がいた
だが父親は子どもを馬屋に近づけなかった
子どもがまだ小さかったので危険だと思ったのだ
だが、父親がいないとき
子どもはときどき馬屋に忍び込んだ
そこには友達がいた、一匹の馬だった
子どもが入り込むたびに、馬はある音を立てた

そして詩人は書いている……
「私もまた馬とともに音を立てはじめた
　なぜなら、言語の可能性がまったくなかったからだ
　そして馬とのコミュニケーションのなかで
　私は初めて“音”というものに気づくようになった
　……その美しさ、その感覚に」

人間が相手だったら、それに気づくのは不可能だ
人間は死んでいる、馬はもっと生きている
そして馬には言語がない、純粋な音がある
馬はハートによって満たされている
頭（マインド）によってではない

詩人は思い出す……
「初めて私は音の美しさ、音の意味に気づいた
　それは言葉や思念における意味ではなく
　フィーリングに満ちた意味だ」

もし他の誰かがそこにいたら
馬はその音を立てない
すると子どもにはわかる
馬はこう言おうとしている……
「入っちゃだめ、人がここにいる、お父さんに叱られる」
誰もいないときには、馬はその音を立てる
「入っておいで、誰もいないよ」

詩人は思い出す……

「それは共謀だった、馬は私を大いに助けてくれた
　それから私は中に入って馬をなでる
　それが気に入ると、馬は頭を一定の仕草で動かす
　気に入らなければ、その仕草では頭を動かさない
　気に入ったときには、馬はそれを表現する
　そうでないときには、その仕草では動かない」

詩人は言う……
「それは数年続いた
　私はそこに通っては馬をなでた
　その愛の深さは
　他の誰にもけっして感じたことがないほどだった
　ところがある日のこと、私が馬の首を叩き
　馬が恍惚してそれを楽しみ、頭を動かしていたとき
　突然、私は初めて自分の手を意識した
　……自分が叩いているということを
　すると、馬は動きを止めた　
　馬はもう首を動かさなくなった」

詩人は言う……
「それから何年もあいだ、私は試しつづけた
　だが何の反応もなかった
　馬はもう答えようとしなかった
　後になって、初めてきづいたのだが……
　自分の手と自分自身を意識したせいで
　エゴが入り込み、コミュニケーションが壊れたのだ
　もう二度と再び
　馬とのあのコミュニケーションは回復できなかった」

いったいどうしたことだろう
以前はフィーリングのコミュニケーションだった
ところが、エゴが顕われたとたん
言語が顕われたとたん
思念が顕われたとたん
位相が完全に変化する
つまり彼は、音の上方へ移ってしまった
以前、彼は音の下方にいた
音の下方にいれば、音はフィーリングとなる
フィーリングなら、馬も理解できた
だがもはや理解できない
それでコミュニケーションが壊れてしまった
詩人は何度も何度も試みた
だが、努力したところで、うまくはゆかない
なぜなら、その努力自体がエゴの努力だからだ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

　ここでOSHOは、音の下方へともぐるメソッドのなかで、言葉の土台をなしている音へと戻り、さらに、その音の下方へと潜り込むことで、その音の下にあるフィーリングの層へと至り着いたとしても、それもまだ最終地点ではないと言っています。そこからさらに進一歩して、そのフィーリングをも消し去り、無音の彼方へと飛翔してゆくプロセスが残っている……と。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次いで、フィーリングを去る
重要なことは、フィーリングの最深層に達して
初めてフィーリングを去ることが可能になるということだ
今すぐにそれを去るわけにはゆかない
あなたはフィーリングの最深層にいない
それでどうしてフィーリングを去ることができるだろう

(OSHO『音と沈黙』より）

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

　ここでも大切なポイントは「捨て去ることができるのは、自分が現に今立っている領域だけである」というところにあると思います。まだ自分が立ってもいない領域を、あたかも捨て去ったかのように、あるいは捨て去ろうとしているかのように夢見ることはできるかもしれないけれど、それでは本当に精妙な領域へと超出してゆけるわけではない、ということを、心にしっかりとどめ、常に今立っている地平、すなわち音とことばに囲まれたこの世界からスタートすることを忘れないようにしたいものです。]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/cat157/003907.shtml</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">音象の世界</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 10 Dec 2008 20:57:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>柏樹子のドリーミング その2</title>
         <description><![CDATA[<span class="fl"><img alt="hakuju3.JPG" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/hakuju3.JPG" width="90" height="67" />
</span>　　　         　     　　　   <strong>ゴッホ：青空と緑暗色の糸杉</strong>

　若き柏樹子の樹勢は、ゴッホが好んで描いた“糸杉”にそっくりで、見事な上昇螺旋を描いて星まで届こうとするエネルギーをひしひしと感じさせてくれる姿をしているのですが、この樹の面白いところは、その若き時代の、ぐるぐるぐると上昇螺旋を描いて、まっしぐらに天を目指そうと枝を差し伸べてゆく一途な姿と対照的に、樹齢何百年をも経た老樹は、屋久島の千年杉にも決して見劣りしない、縄文時代の火炎土器のようなすさまじい迫力の生命力を見せながら、もはやそこには上昇螺旋の面影のかけらもなく、枝は乱れて散りぢりとなり、ほとんど人間の役には立ちそうもない無用の姿を見せているところです。 

　さてゴッホは、その短い生涯が終わりに近づく頃、魅せられたように，糸杉を描きはじめます……１８８８年、アルルにおいて、ゴーギャンと共に画家たちのコミューンをつくりあげようとする夢破れたゴッホは、そのわずか半年後の１８８９年の６月中にサン・レミにおいて一連の糸杉をテーマとする絵を一気に描き挙げてゆくのでした。 
　 
　糸杉について、ゴッホは次のように語っています…… 

　「糸杉のことを私はいつも考えている。ひまわりの絵のような何かを描きたい。私が糸杉を見たとき、誰もまだその絵を描いていないのに驚いた。線といい、形といい、エジプトのオベリスクのように美しい。そして緑がなんとも特別なすばらしい色である。糸杉は太陽が一杯の景観の中では黒い印象があるが、それは最も面白い黒色の一つであるし、とらえるのが大変だったので、他のどんな色も考えられない。青に向かって、正確に言うなら青の中で糸杉は見られなくてはならない」 

<span class="fr"><img alt="itosugi01.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/itosugi01.jpg" width="180" height="224" /></span>　まさに柏樹子や糸杉の深みのある緑暗色の色と姿は、果てしなき青き天空を背景にそびえ立つとき、その上昇螺旋のインパクトを強く伝えてくるのですが、この一連の糸杉シリーズをよく見つめてみると、大きくわけて三つの色彩が基調になっているのに気づきます。ひとつはベースとなる部分に用いられている小麦畑のイエローゴールド、そしてそこから天空の遙か彼方へと聳え立とうとする糸杉の緑暗色、そして振動する星や月たちを浮かべる天空の“青”…… 

　無限なる天空の青へと至ろうとする上昇螺旋を象徴するものとして、まさに糸杉（あるいは柏樹子）は、色も形もみごとな親和性をもっていると言えるでしょう。 

　ちなみに、ゴッホは、この年の６月に一気にたくさんの糸杉のテーマの絵を描きあげてゆきますが、そのちょうど１年後の９０年５月頃に、その代表作ともいえる“歩行者・馬車・糸杉、星月夜、そして三日月のある道” を描き終えた後、急速に精神の統合性を失ってゆき、その２か月後には、ついにこの世を去ってゆきます。


　　　　　　　　　　　　　  　<strong>宮沢賢治の『春と修羅』から</strong>

　一方、糸杉（柏樹子）の姿形に魅せられたもうひとりの人物が宮沢賢治です。彼の『春と修羅』の原文は縦書きですが、その途中から、海の波のうねりように上下する不思議な改行によって描きだされています……この日記は横書きなので、横書きを採用してみますが、ここでもまた一風変わった改行リズムの印象が醸し出されてきます…… 


　　　　　　　　春と修羅 
　　　　　(mental sketch modified) 

　　心象のはいいろはがねから 
　　あけびのつるはくもにからまり 
　　のばらのやぶや腐植の濕地 
　　いちめんのいちめんの諂曲〔てんごく〕模様 
　　 （正午の管楽〔くわんがく〕よりもしげく 
　　　琥珀のかけらがそそぐとき) 
　　いかりのにがさまた青さ 
　　四月の気層のひかりの底を 
　　唾〔つばき〕し　はぎしりゆききする 
　　おれはひとりの修羅なのだ 
　　（風景はなみだにゆすれ) 
　　碎ける雲の眼路〔めじ〕をかぎり 
　　　れいらうの天の海には 
　　　　聖玻璃〔せいはり〕の風が行き交ひ 
　　　　　ZYPRESSEN春のいちれつ 
　　　　　　くろぐろと光素〔エーテル〕を吸ひ 
　　　　　　　その暗い脚並からは 
　　　　　　　　天山の雪の稜さへひかるのに 
　　　　　　　　（かげらふの波と白い偏光) 
　　　　　　　　まことのことばはうしなはれ 
　　　　　　　雲はちぎれてそらをとぶ 
　　　　　　ああかがやきの四月の底を 
　　　　　はぎしり燃えてゆききする 
　　　　おれはひとりの修羅なのだ 
　　　　（玉髄の雲がながれて 
　　　　　どこで啼くその春の鳥） 
　　　　日輪青くかげろへば 
　　　　　修羅は樹林に交響し 
　　　　　　陥りくらむ天の椀から 
　　　　　　　黒い木の群落が延び 
　　　　　　　　その枝はかなしくしげり 
　　　　　　　すべて二重の風景を 
　　　　　　喪神の森の梢から 
　　　　　ひらめいてとびたつからす 
　　　　　（気層いよいよすみわたり 
　　　　　　ひのきもしんと天に立つころ) 
　　草地の黄金をすぎてくるもの 
　　ことなくひとのかたちのもの 
　　けらをまとひおれを見るその農夫 
　　ほんたうにおれが見えるのか 
　　まばゆい気圏の海のそこに 
　　（かなしみは青々ふかく) 
　　ZYPRESSENしづかにゆすれ 
　　鳥はまた青ぞらを截る 
　　（まことのことばはここになく 
　　修羅のなみだはつちにふる) 
　 
　　あたらしくそらに息つけば 
　　ほの白く肺はちぢまり 
　　（このからだそらのみぢんにちらばれ) 
　　いてふのこずえまたひかり 
　　ZYPRESSENいよいよ黒く 
　　雲の火ばなは降りそそぐ 


　ところで、この詩のなかで３度横文字でZYPRESSENと記されているのが糸杉（柏樹子）、サイプレスを表すドイツ語……宮沢賢治は“ツィプレッセン”と発音していたようです。 

<span class="fl"><img alt="hoshitsukiyo.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/hoshitsukiyo.jpg" width="180" height="143" /></span>　詩の冒頭に出て来る“諂曲〔てんごく〕模様”というのは、ゴッホの絵のなかでも描かれる唐草文様場の渦巻くエネルギー・フィールドにも通じているのですが、ここでは基本的に天空に伸び上がろうとする憧れや意志を巻き込み、個を個性なき多数のなかに埋没させようとする地上の渦巻き、現実社会のしがらみ、そしてそうした現世の力に巻き込まれ、自在を得ず、もがき苦しむ修羅としてのありようの表象でもあるでしょう。 

　そうしたフィールドの中で、ZYPRESSENは、ラピスのように深い群青の風が吹き抜ける、軽やかな天へと向かう凛然とした垂直の憧れと意志をみごとに表しています。 

　見田宗介氏は、賢治がここに糸杉でもなく、サイプレスでもない、ドイツ語のZYPRESSENを用いている理由を、「硬質の、重い切れ味をもった音価のドイツ語でなければならなかった」（『宮沢賢治──存在の祭りの中へ』）と述べていますが、まさに言い得て妙だと思います。 

　とりわけ日本のような高温多湿で微細なものが絡まり合っている諂曲〔てんごく〕模様フィールドを突破して、ラピス色の風が満ち渡る透き通った天空へと龍のように翔昇るには…… 本来縦書きである『春と修羅』をこの日記のように横書きにしてみると、海の波ようなうねりがそのまま龍の身体のように見えるのも、不思議です 

　　れいらうの天の海には 
　　　聖玻璃〔せいはり〕の風が行き交ひ 
　　　　　ZYPRESSEN 春のいちれつ 
　　　　　　くろぐろと光素〔エーテル〕を吸ひ 

　先ほどゴッホが糸杉について述べたことばを思い出してみると、そう、確かに ZYPRESSENは“黒々とした緑、もっとも興味深いブラック”です。賢治もまた、それを「くろぐろと光素（エーテル）を吸い」と描写しています。 

　　まばゆい気圏の海のそこに 
　　（かなしみは青々ふかく) 
　　ZYPRESSENしづかにゆすれ 

「人間というのは大気圏の底に棲んでいる生物だ」という感覚が賢治には常日頃からあるのですが、その大気圏の底の底で巨大な昆布のようにゆらめく ZYPRESSEN…… 

いてふのこずえまたひかり 
　　ZYPRESSEN いよいよ黒く 
　　雲の火ばなは降りそそぐ 

　当時『白樺』に掲載されたゴッホの糸杉に、賢治は強く惹かれ、共振していたようですが、ふたりはともに時代の先へと突き抜ける感性を抱きつつ、社会適合の枠の外へと大きくはみ出して、ひたすら孤高の道を歩き通した先駆けたちです。 

<span class="fr"><img alt="hakujushi01.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/hakujushi01.jpg" width="132" height="176" /</span>　こうした比類のない魂たちを捉えた ZYPRESSEN ……あるいは柏樹子たち……その存在感の深みは、ビャクシン、糸杉、カイズカイブキという名の響きでは、とうてい充分に描きだすことができないように感じます。
　
　そして上昇螺旋を描きながら天空を目指す若き糸杉（柏樹子）のまっしぐらさ……それはゴッホや宮沢賢治の魂を駆り立てていた狂おしいまでの若き探求者の一途さと重なって見えてくる一方、数百年の歳月を経て建長寺の境内に立つ柏樹子の老樹は、そうした探求のプロセスが究極的にすり潰れ、むしろ火炎のかたちをした受容の器として、静かに無用の用の境地に遊ぶ趙州のような存在を体現しているかのように見えてくるのです。　　　]]></description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/003837.shtml</link>
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         <pubDate>Mon, 27 Oct 2008 12:53:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>柏樹子のドリーミング</title>
         <description><![CDATA[<img alt="hakuhushi02.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/hakuhushi02.jpg" width="132" height="176" />

　　　　　　　　　　　　火炎土器のような柏樹子の老古木

　上にアップした写真は、鎌倉の建長寺の境内に屹立する柏樹子の老古木の姿です。柏樹子は、禅の古典『無門関』第37則の公案にも取り上げられている有名な樹木であり、禅の世界ではとても重要なシンボリック・ツリーなのですが、建長寺のように、日本の禅寺の建築様式のなかで、戦乱や火災、台風などの災厄をのがれ、数百年前に植樹されたままの姿をとどめているケースはまれです…… 

　建長寺の柏樹子は、境内中央にある「三門」と呼ばれるゲートと仏殿と呼ばれるブッダホールの間を結ぶ参道の両脇のスペースに植えられ、ゲートとブッダホールの間を結ぶ回廊を守護するように今もそびえ立っています。

　柏樹子には「柏」という文字が入っているために、近年では、日本の禅の老師方さえ、間違って柏の樹だと勘違いされている場合もあるようですが、実は柏（カシワ）ではなく、柏槙（ビャクシン）とも呼ばれる糸杉によくにた姿形をしたカイズカイブキのことです…… 

　カイズカイブキはよく街路樹や生け垣などにも使われている何の変哲もないヒノキの仲間なのですが、よく先祖戻りをして、葉っぱが杉のようになることがあり、植木職人の方たちは、この先祖戻りをした葉のことを「オニ」と呼んで嫌っていますから、ヒノキとスギの両方の遺伝子をもっているのかもしれません……

　建長寺の柏樹子は、約750年の歳月を経た老樹ですので、まるで縄文の火炎土器のような風格と臨在感を放っていますが、このカズカイブキの若い頃の姿は、ゴッホが晩年に好んで描いた糸杉のように天空を目指す上昇のスパイラルをみごとに描いているのが特徴です。生物学的な分類についてはあまり詳しくないのですが、柏樹子も糸杉もともにサイプレスと英訳されているところを見ると、ほぼ同類と見なしてもよいのではないかと思います。

<img alt="hakuju-young.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/hakuju-young.jpg" width="300" height="225" />
　
　また柏樹子は中国や韓国では、墓場の周辺や宮廷の中庭などに好んで植えられていたようで、その理由は、その樹から放たれる香しい香りにあったようです。インドのような暖かな地方では、白檀が香木として珍重されていますが、北方の寒い国土では、白檀の代わりにこの柏樹子が用いられていたようです。さらにサイプレスという用語で調べてみると、 遠くはすでにエジプト時代から、ロータスの種子と共に、ヒーリングやメディケーションにおいて珍重されていた植物であるとのことから、けっこう奥行きの深い樹のようです。

　ぼくが初めて上昇螺旋を描いて天空に伸びようとする憧れをそのまま象ったような若き柏樹子の姿に目を奪われるようになったのは、上に書いたような柏樹子をめぐる蘊蓄を知る以前のことでした。当時は、まだ柏樹子がカイズカイブキという名前と結びつくはずもなく、ひたすらその樹の姿形にこころ惹かれていったのですが……それは柏樹子からの呼びかけでもあったということが今はよくわかる感じがします。ところで同じようにこの糸杉、あるいは柏樹子の姿形にこころ打たれ、その存在の奥へと探りを入れていった先人が、ぼくの知る限り二人あります……

　ひとりはその最晩年にたくさんの糸杉を含む絵を描いたゴッホ、そしてもうひとりは宮沢賢治です……なんだかぼくには、柏樹子のスピリットが、ゴッホや宮沢賢治の感性と魂を惹きつけ、その感性に訴えることで新たなメッセージの通路を見出そうとしていたように思えてならないのです。

<img alt="itosugi02.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/itosugi02.jpg" width="350" height="279" />


　　　　　　　　　　　　　　趙州和尚の「庭前の柏樹子」
　　　　　　　　　
　ゴッホや宮沢賢治にとっての柏樹子、糸杉については後日詳しくとりあげるとして、今回はここで禅門にて重用される無門関37則や『趙州録』に出てくる柏樹子をめぐる問答を、少し紹介してみたいと思います。

　ある修行者が趙州和尚にこのように問いかけます。
　「達磨大師がはるばるインドから中国にこられた真意はなんでしょうか？」
　すると趙州和尚はこのように答えました。
　「庭先に生えている柏樹子じゃよ」

　趙州和尚が当時住んでいた観音院の周辺には天然の柏樹子がうっそうと茂っていたそうですから、きっと庭先にも立派なのが生えていたのではないでしょうか。すると修行者がすかさず第二の問いを投げかけてきました。
　「（主客もない）禅の本質をずばり問うているのに、目前にある対象物をもって答えられるとはなにごとですか？」
　すると趙州は答えます。
　「わしは対象物をつかって答えているわけじゃないよ」

　そこで再び修行僧が問いかけます。
　「達磨大師がはるばるインドから中国にこられた真意はなんでしょうか？」
　趙州和尚、再び答えて曰く……
　「庭先に生えている柏樹子じゃよ」


　昭和の禅界においてもそのすぐれた境涯で知られていた森本省念老師は、「柏樹子」についてこのように語っておられます。


「関山国師が伊深を去られるとき、老夫婦がやってきて何か説法してほしいと言った。関山は二人の頭をおさえて、頭同士をゴツンと突き当てたという話がある。白隠禅師が後年伊深でこの話を聞いて寒毛卓立したというが、これは庭前の柏樹子と同じだね。庭前の柏樹子は趙州の念仏だと私は思う。路傍の石でも私たちに何かを教えている。こちらが石を認識するということは石がこちらを認識しているんだ。そこに念仏がある。禅というのも、坐禅をすると不動さんが判る。坐禅は外善悪の境界において心念起こらず、内自性を見て動じないことだというが、坐禅すると百拙千醜しても心は落着いているということだ。不動さんが判ると、今度は観音さんが判ると思う。つまり三十三身をもって人を救うのだから、私が真宗人に対するときは真宗人として顕われないと真宗人を救えないことになるわけです。すると禅の中へ真宗が入るのは本当じゃないかと思う。禅といえども生きているものだからやはり潰れてくる。潰れて来て違ったものが出て来る。それが禅から言うと浄土教的なものであると思う。私は思うのだが、教行信証や歎異抄の上に禅がぴちぴちしているな。金子大栄や曽我量深などを見ると、それらの人の行動に禅的なものがあると思うね」（『森本省念老師　語録篇より）

　ぼくはこうした語りに接すると、禅問答に記された公案に室内で取り組むよりも、建長寺の柏樹子のもとへいって柏樹子を抱き、抱かれ、また柏樹子の木陰で静かに坐るほうがよほど趙州のこころに近づけるのではないかと思ってしまうのですが……

　
　　　　　　　　　　ナノ・アウェアネス次元での語りかけ


<img alt="shintai.jpg" src="http://blog.sq-life.jp/monju/post-img/shintai.jpg" width="240" height="240" />

　ところでプロセス心理学の創始者であるアーノルド・ミンデルの最新の著作『身体症状に〈宇宙の声〉の声を聴く』（日本教文社刊）は、なかなか読み応えのある本です……とりわけこの本のなかでは音チャンネルを用いるメソッドがたくさん紹介されているという点でも、ぼく自身のワークと重なってくるところが多いのですが、人々の魂の旅路をガイドする沈黙の力、あるいはパイロット波について解き明かしてゆくミンデルのことばは、まさに上に述べたような認識するものと認識されるものとの相互交流の機微に触れた鋭い指摘になっていると思います。

　
　「ドリームタイムの沈黙の力はあらゆる事象の背後にある。それはこの世界を理解する鍵の一つである。沈黙の力は、諸現象の“源の初期の初期”に関する概念であり、経験である。この力を使うためには（あるいはそれと共に働き、症状とワークすることを学ぶためには）静寂のなかで自覚に焦点を当てることを学ぶ必要がある。自覚は身体の健康の感覚に対する中核となる要素である。自覚はさまざまな問いに対する答えの鍵となるだろう」

　「高名な物理学者であるデイヴィッド・ボームは、量子波動を彼のいう“パイロット波”の観点から捉えなおすことで、量子力学にスピリチュアルないし心理学的な次元を付け加えた（パイロット波についてボームは、なんらかのかたちで情報を付与された、あるいは誘導された物質的対象と想定している）。ボームは波動関数（あるいは私が“沈黙の力”と呼んできたもの）とは、ある種の誘導の力であると述べた。それはレーダーが航海する船を誘導するように、どこにゆくべきかについての情報を粒子に与えるものとされた」

　「量子波動の反射は、かすかなフラート（ふと気になる微細な感覚、現象、動きなど）に注意を引かれて、私たちがそうしたフラートを反射する仕方を反映しているのである。フラートが私たちによって反射された後、すなわちフラートが私たちの注意を引いた後はじめて、私たちはフラートを“生み出した”対象を観察していることについて考える。木のフラートが私たちの注意を引くと、私たちはフラートを反射する形で無意識的に木に注意を向ける。この反射の結果は、日常的現実（次元）においては観察と呼ばれる。しかしながら、いったん何かが観察されると、私たちは観察の背後にある（量子の次元）の微細なフラートを忘れ去ってしまう。フラートのような経験に焦点を当てることを学び、それを尊重し、内省するならば、それに内在する智慧が浮上する。以上のように、ナノ・アウェアネス（極めて微細な自覚）と身体知と意識とはみな結びついているのである」
　

　 少し耳慣れないカタカナことばが多いので、わかりにくいところがあるかもしれませんが、微細な気づきのレベルでは、こちらが特定の対象に意識を向けるに先だって、すでに向こうから放たれた繊細なシグナルを受け取っているというお話です……そしてなにか私たちの計らいや予測を超えたもっと大きなものが、夢や身体感覚、病気、人間関係、仕事、環境などあらゆるチャンネルを通して常にひとりひとりをガイドしているということ、、、またそのガイドの声を聴きとるためにはこころを澄ませ、沈黙の世界に馴染んでゆく必要があるということだと思います。

　達磨大師がはるばるインドから中国へとやってきた真意とは、達磨大師ひとりの選択を超えたもっと大いなるもの、沈黙の力の導きによるものだったことでしょう。その沈黙の力を伝えるメッセンジャーとして柏樹子はうってつけの存在のように思えます。]]></description>
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         <pubDate>Fri, 24 Oct 2008 00:04:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>常泣菩薩と観音菩薩</title>
         <description>　　　　　　　　　　　　　　　　検査入院の思い出

　今から約5年前のこと、2004年の元旦を過ぎた頃から、それまでじわじわと悪化してきた皮膚炎症が劇症状態となり、とうとう下旬ころから３週間、岡山大学付属病院に検査入院をすることになりました。皮膚の炎症は、壊疽性膿皮症とスウィート症を併発したもので、両手は赤くパンパンに腫れあがり、顔中、血と膿とかさぶたで一杯になり、まるで大火傷を負った人のような状態になっていました。

　現代医療の薬物投与による治療が最初は嫌だったので、入院に至るまでの約１年半ほどは、およそ試みることができる限りの民間療法や漢方、刺絡法などトライしてみたのですが、結局、歯止めが効かず、あまりの炎症のひどさと痛みでからだを動かすのもやっとという段階にいたって、ようやく現代医学の助けを求めることになったのです。

　入院直後、後からパートナーのブミカに聞いた話では、主治医が彼女をこっそり呼んで「もう退院はできないかもしれないので覚悟してください」と告げたほどその時の病状はひどかったようです……。

　実は壊疽性膿皮症やスウィート症というのは結構珍しい皮膚疾患なんですね。検査入院をする前に最初に受診した別の病院の皮膚科のドクターは、20年以上診察してきたけれど、この病気はぼくで４人目とおっしゃってました。大きな街の総合病院でなく、小さな町医者だったとしたら、一生のうち１人の患者に巡り会えるかどうか、それほど確率の低い皮膚病だと医学部で習ったことがあるとおっしゃったドクターもあります。

　そして劇症の壊疽性膿皮症の場合には、背景に白血病や悪性腫瘍などの重篤な疾患が潜んでいることが多いらしく、ブミカに「もう出られないかもしれません」とつぶやいた主治医も、精密検査によってそうした悪性疾患がみつかる可能性が高いと思われたのでしょう。

　ところが不幸中の幸いで、CTスキャンや骨髄穿刺などの精密検査をしてみても、どこにもそうした悪性の疾患がみつからないという結果が出てしまったのです……その頃から徐々に病室を訪れる研修医の数が少なくなってきました……。

　少し遅れて届いた染色体の異常を調べる検査の結果で、ようやく２０番染色体の一部に欠損があることが認められ、まだ因果関係や機序は明らかになっていないけれど、それがリンパ系細胞のサイトカイン分泌バランスを乱し、好中球を過剰刺激して、このような激しい皮膚疾患をもたらすのではないかという説明に留まることになりました。こうして結局、３週間の検査入院満了の日に、投薬により症状もかなり改善し、無事生きて退院することができたのです。

　　　　　　　　　　　　　平原綾香さんの『Jupiter』

　ちょうどこの頃、回復期の春の懐かしい思い出に、平原綾香さんのデビュー曲『Jupiter』があります。すでに前年の暮れ頃からヒットしていたらしいのですが、闘病生活で目一杯だったので、この曲の存在を知ったのは退院後の２月のことでした……。いったん死ぬかもしれないと感じるところまで底落ちしてしまった体力が、徐々に復元してゆくプロセスのなかで聴いた彼女の歌声は、その歌詞の含みとあいまって、しみじみとこころの奥に響いてきたものです。

　何度もかけては繰り返し聴いていた『Jupiter』ですが……この歌詞の中には、ちょうど慈悲の菩薩である観音菩薩の働きをそのまま表しているようなくだりがあります。 

------------------------------------------ 

心のしじまに　耳を澄まして 
私を呼んだなら　どこへでも行くわ 
あなたのその涙　私のものに 

-------------------------------- 

　苦しみの中であえぐ衆生が、助けを求めてその名を呼ぶと、その声を聴いて、即座に訪れ、救いの手を差し伸べてくれるという観音菩薩の働きを、上記の詩は、なかなか見事に描き出しているように思えます。平原さんの声質とも相まって、この歌を聴く人々は、われ知らず、観音菩薩の働きの磁場のなかへと誘い込まれてゆく気配を感じます……。 

　ぼくの愛読書のひとつに河合隼雄さんと中沢新一さんの対談『ブッダの夢』（朝日新聞社刊）があるのですが、このなかで中沢さんが、あまり知られていない観音菩薩の前世の姿であったとされるある菩薩について触れていますので、ちょっとそのくだりをもんじゅ風にリライトしてみます……。

　かつて遠い過去に、この惑星地球の上に存在する、すべての生き物たちの姿を観察しながら、とめどなく涙を流しつづける菩薩が存在していました……その菩薩の名は常泣菩薩といい、いつも泣いてばかりいたことからこのように名づけられたといいます。 

　常泣菩薩が泣きつづけていたのは、この世界に生きている生き物たちを深く観察すると、どんなに小さな生き物たちでも苦しみを背負いながら生きている姿が、深いところから誤摩化しようもなく見えてきたからであり、もうひとつは、その苦しみに対して為す術もなく立ち尽くしている自分自身の無力さに対する涙でもあったことでしょう。

　そして幾千もの時が経ち、この常泣菩薩は、転生を遂げて、あるとき観音菩薩に変容します…… 。

　観音菩薩は、様々な癒しのツールを手にする千本の腕を持つとも言われ、また３３の姿に変身して人々を巧みに救いとってくれる菩薩なのですが、涙の海を抜け出して変容を遂げたこの菩薩は、もう無力ではなくなり、それこそまさに縦横無尽に衆生済渡の働きを発揮してゆくことになるのです。 

　　　　　　　　　　　　　 　常泣菩薩から観音菩薩へ

　大いなる苦しみに呻吟し、のたうちまわっているときでも、その名を呼べば、即時に感得して、その声を聴き取り、その苦しみを抜き取って、安らぎのなかへと導いてくれるとされる菩薩こそが観音菩薩ですが、この観音菩薩が観音菩薩になる前に、こうしてただひたすら泣き濡れる常泣菩薩の時代があったことはまさに注目に値することではないでしょうか。 

　常泣菩薩から観音菩薩への転身を思う時、いつも脳裏に浮かんでくるのは、クリシュナムルティの次のような言葉です……。 

--------------------------------------------- 

おわかりになりませんか 
私はただおたずねしているのです 
思考、自己憐憫の悲しみ、イメージの悲しみよりも 
もっとはるかに深い悲しみのことがわかりませんか？　 
それにお気づきになりませんか？ 

思考の悲しみではなく、もっと深いもの 
その悲しみが終わる時、慈悲が誕生するのです。 

（クリシュナムルティ『生の全体性』平河出版社刊） 

-------------------------------------------- 

　『生の全体性』は、たくさん翻訳されているクリシュナムルティ関連の講話本の中では異色の作品であり、これはシャインバーグ博士、デービット・ボーム博士とクリシュナムルティの鼎談であることと、対話のプロセスが、クリシュナムルティ関連の本としては例外的に、こころの深みへと至るプロセスが、湛然に描き出されているところに醍醐味があると思います。 

　もし読者が、油断なく心し、細心の注意力を払って、この本に描き出された三者のプロセスを辿ってゆくことができたなら、あるいはもしかすると、クリシュナムルティが仕掛けている瞑想の道程を辿り直すことで、通常の読書体験を超えた、深い体験をするかもしれません…… 

　そしてそれはまた、まさにひとが常泣菩薩を通って、観音菩薩へと変容を遂げる旅でもあることでしょう。 

　　　　　　　　　　　　　　普遍的な悲しみの層を抜けて

　ぼくたちの心の底には、個人的な悲しみではない、もっともっとはるかに深い悲しみの層があります。通常体験するところの悲しみというのは、そうした深いレベルの悲しみに比べるならば、まだまだ浅い個人的なものであり、むしろ感傷的なものと呼ぶ方が適切だと思われるような情緒の一こまにすぎないと言えます…… 。

　クリシュナムルティが、この鼎談の中で「思考、自己憐憫の悲しみ、イメージの悲しみよりも、もっとはるかに深い悲しみ」と呼ぶものを……河合隼雄さんは宮沢賢治の作品に触れながら、「情ではない“非情な悲しみ”、“非個人的な悲しみ”」といった言葉で表現されていますが、それは「センチメンタルな悲しみでもなく、情感たっぷりの母性的な領域に属するものでもなく、もっと天空に向けて突き抜けたもので、名前をつけるならば、悲しみとしかいいようがないけれども、それはとても深いところにある実存的なフィーリングであり、いわゆる個人的な感情ではない普遍的な悲しみだと」いうことになるでしょうか……。

　そしてこころの深層にある、この深い深い悲しみの層と、カルーナと呼ばれるところの菩薩の慈悲とは、どうやら紙一重のようです……この紙一重が、常泣菩薩と観音菩薩とを分かっている最後の薄い一枚のベールといってよいかもしれません。ひとは、その悲しみが極限にまでくると、個人的な悲しみを超えた非情の悲しみのレベルに達っしてゆき、さらには、その悲しみの層をも突破して、無限の青空へと超出することができるのだと……そして、そのとき初めて観音の働きの源となる、カルーナ、大悲が、その空のなかからおのずと立ち顕われてくるのだと……。 

　　　　　　　　　　　　　ミスティックローズ（神秘の薔薇）

　20年程前に、インドのOSHOコミューンに滞在中体験したミスティックローズと呼ばれる瞑想があります……この瞑想は、３週間かけておこなわれるもので、最初の１週間は毎日３時間づつ笑いつづけ、次の１週間は毎日３時間泣きつづけ、最後の1週間は毎日３時間、ひたすら沈黙のなかに沈潜してゆくものです。

　これはOSHOが最晩年に編み出した幾つかのセラピューティック・メディテーションのひとつなのですが、こうしたシンプルな技法が人が静かに坐ることをどれだけ助けてくれるかは、体験してみるまでわかりませんでした……。

　若い頃の禅体験のなかで、深い静けさと沈黙、身心が澄み清まり透明になってゆくような清々しい境地を幾度か体験したことがあるのですが、ミスティックローズで体験した静けさ、沈黙はそれまで一度も味わったことのないタイプのものでした。そこでは笑いと涙を表現つくしたあとの深い深いくつろぎがあって、静けさや沈黙を保つための努力、計らいがいっさいかかっていないのです……まるで幾千もの沈黙の花がひとりでにそこに咲きつづけてゆくような豊かな静けさがあたりに充満し、深いところから微笑みがこんこんと湧いてくるのです……。

　笑いにも、涙にも、そして沈黙にも、じつに様々な次元、様々な深さ、様々な層があることを体験的に知り……常泣菩薩と観音菩薩の物語が、たんなる説話ではなくて、瞑想体験が深まりゆくときのプロセスを伝える大切なメタファーであることに気づいたのもこのときでした。

　岡部明美さんとの邂逅があり、岡山県内でともにワークショップをリードするようになってから、まずは深い深い悲しみをしっかりと味わいつくしてから、そこを透過して広々とした慈愛に満ちた空のなかへと抜け出るという「常泣菩薩から観音菩薩」への旅路をひとりひとりが辿ってゆくことの大切さをますます感じるようになっている今日この頃です。</description>
         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/message/003819.shtml</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 19 Oct 2008 21:09:59 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>からだに届くことばの力</title>
         <description>　秋の夕べはつるべ落としというがごとく、このごろ日の暮れるスピードがめっきりと早くなってきました。先日もあたり一面にキンモクセイの香りが漂うなか庭先の高さ４mばかりあるモチノキの天辺によじ登り、枝を剪定しているうちに、あっという間に手元が暗くなってしまいました……。

　選定ばさみをロックして、足を踏み外さないようそろそろとモチノキから降り、払った枝をゴミ袋に入れていたら、もうとっぷりと日は暮れ、落ち枝の在処もわからなくなってしまうほどです……。

　染色体欠損に起因する厄介な病を抱えている今の僕には、あまり激しい運動や力仕事はよくないのですが、それでも簡単な草むしりや剪定、ガーデニングなど土や木々に触れる簡単な手作業は、すると気持ちがよいので、ときどきこうして汗を流すことにしています。

　先日、縁あって来日中のインド人のアーユルヴェーダのドクターに脈診、舌診、問診などをしていただき、ヴァータ（風と空のエレメント）過剰の傾向にあるので、ヴァータを鎮めるためのハーブ処方をしていただいたのですが、後で色々調べてみると、パソコンなどにかじりつく生活もヴァータを強めてしまう傾向があるらしく……一方、ガーデニングは、ヴァータ過剰だけでなく、他のドーシャの過剰もバランスを取る作用があるとこのことでした。やはり土や樹に触れることは自然界のリズムに同調し、過剰なもの取り除いてゆく助けになるのかもしれません。

　ところでこのSQライフのコラムの存在を最初に教えてくださったのは、同コラムの執筆陣の一人、岡部明美さんです。岡部さんとは昨年の夏頃、mixiの日記へのコメントやメッセージのやりとりを通して知り合いになり、あっという間に意気投合して親しくなり、今年は１月、４月、６月、９月、10月と何度も岡山にお招きし、ワークショップや個人セッションをリードしていただいたのですが、いつの間にか二人でコンビを組んでコラボレーション・ワークを行うという、実に不思議な展開になってきています……つい先ほども、岡山県内に行われた岡部さんとの「三つの扉」というタイトルのコラボレーション・ワークを終えて戻ってきたところです。

　最初に岡部さんのワークショップに立ち会ったときに得た感想を一言でまとめると「からだに届くことばの力」というフレーズが自然に浮かんできたのですが、参加者のからだのなかに浸透してくることばの微妙なさじ加減、、、、、内的なフィーリングにぴったりと合うことばが見出されたとき、それがまるでパスワードのような働きをして、一人ひとりのフィーリングの奥深くへと通じる回廊への扉を開けてゆくさまはみごとでした。 

　身体感覚やフィーリングとぴたりとあったことばを見つけ出してゆくことを通して、内面世界の深みを探ってゆく作業は、もし細心の注意深さとともに用いられるなら、大きな助けになるものであることを岡部さんのワークを通じて再認識させていただいたしだいです。

　竹内敏晴さんの声かけのワークにおいても、声の届き方、声の方向性や到達深度などを身体感覚を冴え渡りさせながら見てゆくものがあり、またハコミセラピーやフォーカシングなどの身体感覚指向アプローチにおいてもことばと身体感覚の相互作用に鋭敏に働きかけてゆく姿勢がありますが、岡部さんのメソッドは、それらのエッセンスを吸収しながら、ハコミでもなく、フォーカシングでもなく、声かけのワークでもなく、充分に消化吸収され岡部流となったユニークなワークだったと思います。浮遊することばを、ひとを深いところで揺り動かす力をもった生きたことばへと回帰させてゆくわざは、「ことばの本来の力」を蘇らせてくるものとして、これからますます多くのひとに求められてゆく予感がします。

　瞑想の深みにおいては、ことばもイメージも、微細なフィーリングも後にして、深い沈黙の世界に参入してゆくことになるのですが、はなからイメージやことばの世界を押しやるのではなく、まずは浮遊することばを、こころの奥に潜んでいる真の願いに触れさせ、ことばを味わい深い力あるものに変化させるというこのプロセスが、今は切に求められているように感じるからです。

　「ことばの力」が押し開かれてくるにつれ、きっとその対極にある「沈黙の力」もまたおのずとそのベールを脱ぎはじめてくることでしょう。
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         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/message/003807.shtml</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">メッセージ</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 20:40:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>出版書籍</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4881820656/sqlife0d-22/ref=nosim/"><strong>さがしてごらんきみの牛</strong></a>
マ・サティヤム・サヴィタ (著)
出版社: 禅文化研究所

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700362/sqlife0d-22/ref=nosim/"><strong>一休道歌 上</strong></a>
バグワン・シュリ・ラジニーシ (著)
スワミ・アナンド・モンジュ (翻訳) 
出版社: めるくまーる

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700370/sqlife0d-22/ref=nosim/"><strong>一休道歌 下</strong></a>
バグワン・シュリ・ラジニーシ (著)
スワミ・アナンド・モンジュ (翻訳) 
出版社: めるくまーる

<br class="clear" /<span class="fl"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700990/sqlife0d-22/ref=nosim/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51KKVE7E7NL._SL160_.jpg" alt="黄金の華の秘密" style="border: none;" /></a></span><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700990/sqlife0d-22/ref=nosim/"><strong>黄金の華の秘密</strong></a>
和尚 (著)
スワミ・アナンド・モンジュ (翻訳) 
出版社: めるくまーる
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         <link>http://blog.sq-life.jp/monju/log/cat154/003809.shtml</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">出版書籍</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 08:27:10 +0900</pubDate>
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         <title>もんじゅまさき</title>
         <description><![CDATA[豊かな自然に恵まれた京都府の禅寺に生まれ育つ。

京都の花園大学で禅学・仏教学を学びながら、ユングの深層心理学などにも興味を持ち、夢の記録などを続ける。卒業後に渡印、OSHOのもとでサニヤスを受ける。その後、縁あって河合隼雄氏の個人セッショ ンを足掛け７年に渡って受ける機会に恵れ、魂の変容プロセスにいかに無為にして立ち会うかというメタスキル上の貴重な体験を得る。

この間にプロデュースした絵本『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4881820656/sqlife0d-22/ref=nosim/">さがしてごらんきみの牛</a>』が禅文化研究所から出版されている他、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700362/sqlife0d-22/ref=nosim/">一休道歌</a>』『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700990/sqlife0d-22/ref=nosim/">黄金の華の秘密</a>』などOSHOの講話を数冊邦訳している。

現在は、声の質をコンピューターで解析し、カウンセリングを行うサウンドレゾナンスのプラクティショナーとして活躍する一方、Heart of Life をパートナーとともに主催し、ファミリーコンステレーションや岡部明美さんのワークショップなどを紹介している。

数年前に発症した染色体欠損に基づく難治性の疾患を抱え、この病との共存・治癒の可能性を、からだとこころの両面からのアプローチをつかって模索しているところです。

★ホームページ "Heart of Life"
<a href="http://web.mac.com/monjel1315/Site/Welcome.html">http://web.mac.com/monjel1315/...</a>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プロフィール</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 07:52:50 +0900</pubDate>
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