もんじゅまさきのことばのちから 沈黙のちから

柏樹子のドリーミング その2

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          ゴッホ:青空と緑暗色の糸杉

 若き柏樹子の樹勢は、ゴッホが好んで描いた“糸杉”にそっくりで、見事な上昇螺旋を描いて星まで届こうとするエネルギーをひしひしと感じさせてくれる姿をしているのですが、この樹の面白いところは、その若き時代の、ぐるぐるぐると上昇螺旋を描いて、まっしぐらに天を目指そうと枝を差し伸べてゆく一途な姿と対照的に、樹齢何百年をも経た老樹は、屋久島の千年杉にも決して見劣りしない、縄文時代の火炎土器のようなすさまじい迫力の生命力を見せながら、もはやそこには上昇螺旋の面影のかけらもなく、枝は乱れて散りぢりとなり、ほとんど人間の役には立ちそうもない無用の姿を見せているところです。

 さてゴッホは、その短い生涯が終わりに近づく頃、魅せられたように,糸杉を描きはじめます……1888年、アルルにおいて、ゴーギャンと共に画家たちのコミューンをつくりあげようとする夢破れたゴッホは、そのわずか半年後の1889年の6月中にサン・レミにおいて一連の糸杉をテーマとする絵を一気に描き挙げてゆくのでした。
 
 糸杉について、ゴッホは次のように語っています……

 「糸杉のことを私はいつも考えている。ひまわりの絵のような何かを描きたい。私が糸杉を見たとき、誰もまだその絵を描いていないのに驚いた。線といい、形といい、エジプトのオベリスクのように美しい。そして緑がなんとも特別なすばらしい色である。糸杉は太陽が一杯の景観の中では黒い印象があるが、それは最も面白い黒色の一つであるし、とらえるのが大変だったので、他のどんな色も考えられない。青に向かって、正確に言うなら青の中で糸杉は見られなくてはならない」

itosugi01.jpg まさに柏樹子や糸杉の深みのある緑暗色の色と姿は、果てしなき青き天空を背景にそびえ立つとき、その上昇螺旋のインパクトを強く伝えてくるのですが、この一連の糸杉シリーズをよく見つめてみると、大きくわけて三つの色彩が基調になっているのに気づきます。ひとつはベースとなる部分に用いられている小麦畑のイエローゴールド、そしてそこから天空の遙か彼方へと聳え立とうとする糸杉の緑暗色、そして振動する星や月たちを浮かべる天空の“青”……

 無限なる天空の青へと至ろうとする上昇螺旋を象徴するものとして、まさに糸杉(あるいは柏樹子)は、色も形もみごとな親和性をもっていると言えるでしょう。

 ちなみに、ゴッホは、この年の6月に一気にたくさんの糸杉のテーマの絵を描きあげてゆきますが、そのちょうど1年後の90年5月頃に、その代表作ともいえる“歩行者・馬車・糸杉、星月夜、そして三日月のある道” を描き終えた後、急速に精神の統合性を失ってゆき、その2か月後には、ついにこの世を去ってゆきます。


               宮沢賢治の『春と修羅』から

 一方、糸杉(柏樹子)の姿形に魅せられたもうひとりの人物が宮沢賢治です。彼の『春と修羅』の原文は縦書きですが、その途中から、海の波のうねりように上下する不思議な改行によって描きだされています……この日記は横書きなので、横書きを採用してみますが、ここでもまた一風変わった改行リズムの印象が醸し出されてきます……


        春と修羅
     (mental sketch modified)

  心象のはいいろはがねから
  あけびのつるはくもにからまり
  のばらのやぶや腐植の濕地
  いちめんのいちめんの諂曲〔てんごく〕模様
   (正午の管楽〔くわんがく〕よりもしげく
   琥珀のかけらがそそぐとき)
  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾〔つばき〕し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (風景はなみだにゆすれ)
  碎ける雲の眼路〔めじ〕をかぎり
   れいらうの天の海には
    聖玻璃〔せいはり〕の風が行き交ひ
     ZYPRESSEN春のいちれつ
      くろぐろと光素〔エーテル〕を吸ひ
       その暗い脚並からは
        天山の雪の稜さへひかるのに
        (かげらふの波と白い偏光)
        まことのことばはうしなはれ
       雲はちぎれてそらをとぶ
      ああかがやきの四月の底を
     はぎしり燃えてゆききする
    おれはひとりの修羅なのだ
    (玉髄の雲がながれて
     どこで啼くその春の鳥)
    日輪青くかげろへば
     修羅は樹林に交響し
      陥りくらむ天の椀から
       黒い木の群落が延び
        その枝はかなしくしげり
       すべて二重の風景を
      喪神の森の梢から
     ひらめいてとびたつからす
     (気層いよいよすみわたり
      ひのきもしんと天に立つころ)
  草地の黄金をすぎてくるもの
  ことなくひとのかたちのもの
  けらをまとひおれを見るその農夫
  ほんたうにおれが見えるのか
  まばゆい気圏の海のそこに
  (かなしみは青々ふかく)
  ZYPRESSENしづかにゆすれ
  鳥はまた青ぞらを截る
  (まことのことばはここになく
  修羅のなみだはつちにふる)
 
  あたらしくそらに息つけば
  ほの白く肺はちぢまり
  (このからだそらのみぢんにちらばれ)
  いてふのこずえまたひかり
  ZYPRESSENいよいよ黒く
  雲の火ばなは降りそそぐ


 ところで、この詩のなかで3度横文字でZYPRESSENと記されているのが糸杉(柏樹子)、サイプレスを表すドイツ語……宮沢賢治は“ツィプレッセン”と発音していたようです。

hoshitsukiyo.jpg 詩の冒頭に出て来る“諂曲〔てんごく〕模様”というのは、ゴッホの絵のなかでも描かれる唐草文様場の渦巻くエネルギー・フィールドにも通じているのですが、ここでは基本的に天空に伸び上がろうとする憧れや意志を巻き込み、個を個性なき多数のなかに埋没させようとする地上の渦巻き、現実社会のしがらみ、そしてそうした現世の力に巻き込まれ、自在を得ず、もがき苦しむ修羅としてのありようの表象でもあるでしょう。

 そうしたフィールドの中で、ZYPRESSENは、ラピスのように深い群青の風が吹き抜ける、軽やかな天へと向かう凛然とした垂直の憧れと意志をみごとに表しています。

 見田宗介氏は、賢治がここに糸杉でもなく、サイプレスでもない、ドイツ語のZYPRESSENを用いている理由を、「硬質の、重い切れ味をもった音価のドイツ語でなければならなかった」(『宮沢賢治──存在の祭りの中へ』)と述べていますが、まさに言い得て妙だと思います。

 とりわけ日本のような高温多湿で微細なものが絡まり合っている諂曲〔てんごく〕模様フィールドを突破して、ラピス色の風が満ち渡る透き通った天空へと龍のように翔昇るには…… 本来縦書きである『春と修羅』をこの日記のように横書きにしてみると、海の波ようなうねりがそのまま龍の身体のように見えるのも、不思議です

  れいらうの天の海には
   聖玻璃〔せいはり〕の風が行き交ひ
     ZYPRESSEN 春のいちれつ
      くろぐろと光素〔エーテル〕を吸ひ

 先ほどゴッホが糸杉について述べたことばを思い出してみると、そう、確かに ZYPRESSENは“黒々とした緑、もっとも興味深いブラック”です。賢治もまた、それを「くろぐろと光素(エーテル)を吸い」と描写しています。

  まばゆい気圏の海のそこに
  (かなしみは青々ふかく)
  ZYPRESSENしづかにゆすれ

「人間というのは大気圏の底に棲んでいる生物だ」という感覚が賢治には常日頃からあるのですが、その大気圏の底の底で巨大な昆布のようにゆらめく ZYPRESSEN……

いてふのこずえまたひかり
  ZYPRESSEN いよいよ黒く
  雲の火ばなは降りそそぐ

 当時『白樺』に掲載されたゴッホの糸杉に、賢治は強く惹かれ、共振していたようですが、ふたりはともに時代の先へと突き抜ける感性を抱きつつ、社会適合の枠の外へと大きくはみ出して、ひたすら孤高の道を歩き通した先駆けたちです。

hakujushi01.jpg こうした比類のない魂たちを捉えた ZYPRESSEN ……あるいは柏樹子たち……その存在感の深みは、ビャクシン、糸杉、カイズカイブキという名の響きでは、とうてい充分に描きだすことができないように感じます。
 
 そして上昇螺旋を描きながら天空を目指す若き糸杉(柏樹子)のまっしぐらさ……それはゴッホや宮沢賢治の魂を駆り立てていた狂おしいまでの若き探求者の一途さと重なって見えてくる一方、数百年の歳月を経て建長寺の境内に立つ柏樹子の老樹は、そうした探求のプロセスが究極的にすり潰れ、むしろ火炎のかたちをした受容の器として、静かに無用の用の境地に遊ぶ趙州のような存在を体現しているかのように見えてくるのです。   

コメント

投稿者: 華

渦巻く上へのエネルギーを体現したかのようなゴッホの糸杉、そして、龍体を思わせる宮沢賢治の詩篇。

そのエネルギーの奔流はあまりに激しく、強く、鮮やかすぎて、少したじろいでしまいました。

突き抜けたような紺の空に浮かぶ振動する星や月に惹かれる私は、まだまだ覚悟が足りないなと思いました。

2008年10月27日 18:41

投稿者: monju

華さん、コメントありがとうございます。

おしゃる通り、ゴッホと賢治を内部から突き動かしていたエネルギーの奔流は半端なものではなかったと思います。共に30代で亡くなっているところをみると、そのエネルギーの大きさ、激しさにくらべ、二人の肉体はその奔流に十二分に耐えられるほど強くはなかったのかもしれません。

天才と狂気とは紙一重だといいますけれど、身体レベルでは溢れる過剰なドーパミンの創造作用にからだがついてゆかなかったのだろうと思います。

ぼくたちに必要なのは、未知へと向かう覚悟とともに、しっかりと足下を固めること……天空に憧れるとともに、大地の底へとしっかり根をはる作業を怠らないようにすることだと思います。

瞑想というのは、ある意味では、そうしたエネルギーの奔流にも耐えられるようなからだ、身心、器を用意することに他なりません。


2008年10月27日 19:46

投稿者: 竹中美月

ゴッホ、こうして見るとすごいよなぁ・・・。
彼は決して上手に正確に自然を描かず、
エネルギーそのものを描いていたのですね。

画風は違うけれど、モンちゃんの絵に通じるところがあると思いました^^

上昇螺旋かぁ・・・。
遺伝子も螺旋構造。
そして、この間ヨガの先生に言われたんだけど、人間の動きも、遺伝子も螺旋構造に合わせてねじれているそうですね。
その“ねじれ”が戻らなかったら、体の歪みになるのだけれど、戻ればいいらしい。
人の動きがねじれること自体は自然なことみたいですね。

2008年11月03日 23:22

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プロフィール

もんじゅまさきもんじゅまさき

豊かな自然に恵まれた京都府の禅寺に生まれ育つ。

京都の花園大学で禅学・仏教学を学びながら、ユングの深層心理学などにも興味を持ち、夢の記録などを続ける。卒業後に渡印、OSHOのもとでサニヤスを受ける。その後、縁あって河合隼雄氏の個人セッショ ンを足掛け7年に渡って受ける機会に恵れ、魂の変容プロセスにいかに無為にして立ち会うかというメタスキル上の貴重な体験を得る。

この間にプロデュースした絵本『さがしてごらんきみの牛』が禅文化研究所から出版されている他、『一休道歌』『黄金の華の秘密』などOSHOの講話を数冊邦訳している。

現在は、声の質をコンピューターで解析し、カウンセリングを行うサウンドレゾナンスのプラクティショナーとして活躍する一方、Heart of Life をパートナーとともに主催し、ファミリーコンステレーションや岡部明美さんのワークショップなどを紹介している。

数年前に発症した染色体欠損に基づく難治性の疾患を抱え、この病との共存・治癒の可能性を、からだとこころの両面からのアプローチをつかって模索しているところです。

★ホームページ "Heart of Life"
http://web.mac.com/monjel1315/...

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