もんじゅまさきのことばのちから 沈黙のちから

音象の世界を探る

                音象の世界を探る


 『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』と呼ばれる112の瞑想を集大成した古典があって、OSHOはかつて、このすべての112のメソッドについて、細やかな解説を加える一連の講話を行ったことがあります。日本でも全10巻にわたるこの講話の邦訳が刊行されていて、具体的な瞑想法に関心を持たれる方には、とても興味深い読み物となっています。

 特に第4巻の『沈黙と音』と題されるシリーズには、音と沈黙にまつわる瞑想法が収録されていますので、音を用いた瞑想を深めたいと思われる方にはお薦めの一冊となっています。

 OSHOは、人間の世界を構成しているのは言葉を高度に編み込んだ思想、科学、宗教などであるけれども、この基盤を成している言葉の下方には“音”があると述べています。そしてさらにその“音”の下方には、フィーリング、感触の世界があるのだけれども、人はそうした次元から遠く切り離されてしまっている、と……

 音が土台となって言葉が編まれ、その言葉が思考を生みだし、そのまた思考が科学、宗教、哲学など様々な思想や文化と呼ばれる現象を形成してゆくのだから、この逆の道筋を辿ることで、ことばや音の下方へと降りてゆき、フィーリングを通じて存在の根源的な次元へと入ってゆくことができると語ります……

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音の上にはことばが、思考が、哲学がある
音の下にはフィーリングがある
フィーリングの下に達することができなければ
こころの下に達することはできない
この世界全体は音に満ちている
人間の世界だけがことばに満ちている。
ことばを使えない子どもたちでさえ音を使う
実際、言語というものは
世界中の子どもがみな用いている特定の音によって
かたちづくられている

(OSHO 『音と沈黙』より)

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 ところで一時話題となった黒川伊保子著『なぜ怪獣の名はガギグゲゴなのか』という本は、子どもたちが発する音が基本となって、さまざまな言葉が生まれてくるプロセスが、きわめて独創性に溢れる視点から究明されており、じつに楽しい読み物となっています。母音や子音を発音する際に、どのように口腔が開いたり、閉じたり、すぼんだりするのか、あるいは空気の圧縮や解放のプロセスが、身体レベルでどのような感触をもたらすのかといった、幼児が発する基本音と身体感覚の関係にまつわるパイオニア的な研究がなされていますので、とても興味深い指摘に満ちています。たとえば……


口の中は実はこんな風になっておりまして
Pの音というのは喉の奥にものすごく力を入れてしぼめた後に
空気を送り込んで出します
唇が気持ちいいんです!
おっぱいが恋しい頃の子供は唇に力がある音が非常に快感!
脳が気持ちいいんです! 
赤ちゃんがよく無意識のうちにブーとかバブーとかやってますね。
あれはもう唇が気持ちいいから! 
この唇がきもちいい快感が残るのでPの音の商品は。
ポッキー買って!ポッキー買って!とかね。
ポリンキー買って!って言いたくなっちゃうんですね。


 このように幼児言語の発音プロセスを、身体感覚の次元にまで引き戻すことにより、言葉が形成する最小ユニットである音の下方にあるフィーリングに、科学的にも迫まろうとする試みが始まりつつあるのは朗報です……黒川さんは、こうした次元の音と体感的フィーリングとの関係を、“音象”というきわめて適切な概念で表現されているようですが、“音象”とは、まさに的確な表現だと思われます。


 さてOSHOによると、音のはるか下方にある精妙なレベルの波動=実存の波動は、思考に振り回されている人間よりも、むしろことばを持たない動物たちの方が敏感に反応することが多いと述べていますが……たとえば『沈黙の音』のなかで、ある詩人が書いた文章を引用しながら、ひとつのエピソードを紹介してゆきます。それは子どもだったころの詩人と馬との間で起こったコミュニケーションの物語ですが、こうした精妙なレベルとのコンタクトがどれほどデリケートなものであるかがうかがえます。

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私はあるドイツ詩人の本を読んでいた
彼は自分の子ども時代の出来事について語っている
彼の父親は馬の愛好家だった
それで家の馬屋にはたくさんの馬がいた
だが父親は子どもを馬屋に近づけなかった
子どもがまだ小さかったので危険だと思ったのだ
だが、父親がいないとき
子どもはときどき馬屋に忍び込んだ
そこには友達がいた、一匹の馬だった
子どもが入り込むたびに、馬はある音を立てた

そして詩人は書いている……
「私もまた馬とともに音を立てはじめた
 なぜなら、言語の可能性がまったくなかったからだ
 そして馬とのコミュニケーションのなかで
 私は初めて“音”というものに気づくようになった
 ……その美しさ、その感覚に」

人間が相手だったら、それに気づくのは不可能だ
人間は死んでいる、馬はもっと生きている
そして馬には言語がない、純粋な音がある
馬はハートによって満たされている
頭(マインド)によってではない

詩人は思い出す……
「初めて私は音の美しさ、音の意味に気づいた
 それは言葉や思念における意味ではなく
 フィーリングに満ちた意味だ」

もし他の誰かがそこにいたら
馬はその音を立てない
すると子どもにはわかる
馬はこう言おうとしている……
「入っちゃだめ、人がここにいる、お父さんに叱られる」
誰もいないときには、馬はその音を立てる
「入っておいで、誰もいないよ」

詩人は思い出す……

「それは共謀だった、馬は私を大いに助けてくれた
 それから私は中に入って馬をなでる
 それが気に入ると、馬は頭を一定の仕草で動かす
 気に入らなければ、その仕草では頭を動かさない
 気に入ったときには、馬はそれを表現する
 そうでないときには、その仕草では動かない」

詩人は言う……
「それは数年続いた
 私はそこに通っては馬をなでた
 その愛の深さは
 他の誰にもけっして感じたことがないほどだった
 ところがある日のこと、私が馬の首を叩き
 馬が恍惚してそれを楽しみ、頭を動かしていたとき
 突然、私は初めて自分の手を意識した
 ……自分が叩いているということを
 すると、馬は動きを止めた 
 馬はもう首を動かさなくなった」

詩人は言う……
「それから何年もあいだ、私は試しつづけた
 だが何の反応もなかった
 馬はもう答えようとしなかった
 後になって、初めてきづいたのだが……
 自分の手と自分自身を意識したせいで
 エゴが入り込み、コミュニケーションが壊れたのだ
 もう二度と再び
 馬とのあのコミュニケーションは回復できなかった」

いったいどうしたことだろう
以前はフィーリングのコミュニケーションだった
ところが、エゴが顕われたとたん
言語が顕われたとたん
思念が顕われたとたん
位相が完全に変化する
つまり彼は、音の上方へ移ってしまった
以前、彼は音の下方にいた
音の下方にいれば、音はフィーリングとなる
フィーリングなら、馬も理解できた
だがもはや理解できない
それでコミュニケーションが壊れてしまった
詩人は何度も何度も試みた
だが、努力したところで、うまくはゆかない
なぜなら、その努力自体がエゴの努力だからだ

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 ここでOSHOは、音の下方へともぐるメソッドのなかで、言葉の土台をなしている音へと戻り、さらに、その音の下方へと潜り込むことで、その音の下にあるフィーリングの層へと至り着いたとしても、それもまだ最終地点ではないと言っています。そこからさらに進一歩して、そのフィーリングをも消し去り、無音の彼方へと飛翔してゆくプロセスが残っている……と。

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次いで、フィーリングを去る
重要なことは、フィーリングの最深層に達して
初めてフィーリングを去ることが可能になるということだ
今すぐにそれを去るわけにはゆかない
あなたはフィーリングの最深層にいない
それでどうしてフィーリングを去ることができるだろう

(OSHO『音と沈黙』より)

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 ここでも大切なポイントは「捨て去ることができるのは、自分が現に今立っている領域だけである」というところにあると思います。まだ自分が立ってもいない領域を、あたかも捨て去ったかのように、あるいは捨て去ろうとしているかのように夢見ることはできるかもしれないけれど、それでは本当に精妙な領域へと超出してゆけるわけではない、ということを、心にしっかりとどめ、常に今立っている地平、すなわち音とことばに囲まれたこの世界からスタートすることを忘れないようにしたいものです。

コメント

投稿者: 華

馬と詩人の交流が閉ざされた時、なんだか世界との境目を作ってしまったような気がして、とてもとても悲しい気持ちがしました。

私たちは広く自由なところに生まれてくるのでしょう。
本来は。
何の制約もなく、何におびえることもなく。

でも、エゴは本人たちさえ気づかぬうちに忍び寄り、あっというまに身動き取れない世界、鎖で縛られた世界に私たちを閉じ込めます。

それを取り去る努力もまたエゴの努力というところに、呆然としました。

在るがままというのは、言うほど簡単ではなく、つい私たちはおぼれた者のように、あがいてしまいます。
浮くことを忘れて。

世界は音に満ちている。

モンちゃんの音のセッションのあと、沈黙の中にそれを感じます。
実際の音が消えた後に、何物かに満たされた空間を感じるのです。

あれは、何なのでしょう。
沈黙の中に降る音に耳を澄ませているあの瞬間にならば、馬とも交信できるかもしれない、そんな気がします。

2008年12月29日 14:43

投稿者: monju

華ちゃん、満ち足りた沈黙に触れ、味わうことのできる時間や機会が、現代の生活のなかではだんだん少なくなってきているように思います。

音が去ったあと、余韻のように残される沈黙の豊かさは、きっとさらなる静寂の深みへの入り口なのでしょうね。

2009年01月01日 15:07

投稿者: Tricia Sturkey

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2011年03月17日 03:24

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2011年03月18日 09:33

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Haha, shouldn't you be chanrgig for that kind of knowledge?!

2011年07月06日 05:17

投稿者: HluWHVsHMbBl

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投稿者: NY

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2012年01月12日 23:37

投稿者: NY

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2012年01月12日 23:38

投稿者: NY

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2012年01月12日 23:39

投稿者: NY

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2012年01月13日 20:14

投稿者: NY

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2012年01月13日 20:14

投稿者: NY

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2012年01月13日 20:15

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プロフィール

もんじゅまさきもんじゅまさき

豊かな自然に恵まれた京都府の禅寺に生まれ育つ。

京都の花園大学で禅学・仏教学を学びながら、ユングの深層心理学などにも興味を持ち、夢の記録などを続ける。卒業後に渡印、OSHOのもとでサニヤスを受ける。その後、縁あって河合隼雄氏の個人セッショ ンを足掛け7年に渡って受ける機会に恵れ、魂の変容プロセスにいかに無為にして立ち会うかというメタスキル上の貴重な体験を得る。

この間にプロデュースした絵本『さがしてごらんきみの牛』が禅文化研究所から出版されている他、『一休道歌』『黄金の華の秘密』などOSHOの講話を数冊邦訳している。

現在は、声の質をコンピューターで解析し、カウンセリングを行うサウンドレゾナンスのプラクティショナーとして活躍する一方、Heart of Life をパートナーとともに主催し、ファミリーコンステレーションや岡部明美さんのワークショップなどを紹介している。

数年前に発症した染色体欠損に基づく難治性の疾患を抱え、この病との共存・治癒の可能性を、からだとこころの両面からのアプローチをつかって模索しているところです。

★ホームページ "Heart of Life"
http://web.mac.com/monjel1315/...

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