村川治彦の自分のからだとコンタクト!

2008年01月

歴史的身体(2)

『歴史的身体(1)』続編

その夜宿舎に帰り興奮醒めやらぬ中、ふとある疑問が湧いてきた。
それは僕が感じた一体感、高揚感は、一緒に酒を飲み、川に飛び込み、かけ声を
かけあって綱を引く若者たちが感じているものと同じなのだろうか。
普段はどうみてもヤンキーの兄ちゃんで、年寄りの言うことに耳をかしそうにも
ない若者たちが、法被を着て町の年長者たちにお茶をだし、素直に言うことを
聞いている。そうした彼らが感じている非日常での共同体の感覚。
そこには何か僕らには触れ得ない、あの土地で育まれた何百年もの歴史がある
ように感じられた。客人としての僕には到底触れ得ないある歴史的な身体ともいう
べきものがどっしりと感じられた。

 祭りの最中に若者達が見せた年長者への何気ない所作、冷たい川に裸で飛び
込む勢い、綱を引くときの腰の決まり方、それらはみな総体的にある文化を
担っていく歴史的身体を形成していた。こうした歴史的身体が日本文化の中で
失われてきている。少なくとも僕自身の中で、子どもたちに伝承できる型として
息づいていないのを痛感している。

この問題を考える上で、斉藤孝の「身体感覚を取り戻す:腰ハラ文化の再生」
(NHKブックス)は様々な示唆に富んだ名著だ。この本の中で斉藤は
「『現在の日本で、カラダに何が起こっているか』という問いに一言で答える
ならば、<中心感覚>が失われているということになるのではないだろうか。」と
述べている。ここでいう中心感覚は「腰やハラが出来ている」という表現で伝え
られる身体の感覚なのだが、大切なのはこうした身体感覚が祭りのような共同体の
イベントだけでなく、日常的なレベルでの玄関で靴を脱ぐ、畳に座る、道を歩く、
あるいは子供の遊び方などといった何気ない所作によって育まれてきたことだ。
(これについては社会学者ピエール・ブルデュー「実践感覚」を参照)

 時代の変化と共に生活様式が変わる以上、当然そうした身体感覚も変化せざ
るを得ないのだが、問題はそうした身体感覚が心のあり方や他者との触れ合い方
などの根底にあるという斉藤の指摘だ。(身体感覚と理性的思考の関係は認知
意味論のレイコフやジョンソンの著作に詳しい)例えば「腹を立てる」
「むかつく」「キレル」と言った言葉は、単に世代による表現の違いだけでなく、
その背後にある身体感覚の違いを抜きには考えられない。そしてこの30年の
生活様式の変化がもたらしたものは、たんに身体感覚の変化ではなく、もっと
根本的な身体感覚の喪失に深く関わっているのではないか、という点だ。
(須藤功など民俗学写真家や土門拳などの写真集を見ると、戦前・戦後よりも
1970年を境にした日本人の生活における身体の使い方の変化が良く分かる)

…次回最終回、『歴史的身体(3)』へ続く

歴史的身体(1)

 もうかれこれ20年以上前になる。当時大学生だった僕は、所属していた
大学の調査の一貫で埼玉県の秩父神社を訪れた。「秩父の夜祭り」として名高い
秩父神社の冬の祭りは、300年以上の伝統を誇り、京都祇園祭の山鉾、飛騨
高山祭の山鉾と共に日本三大曳山祭の一つとして全国的に知られている。
僕たちが調査に出かけたのは、その冬祭りのいわば若者向け予行演習とも言う
べき夏の例大祭だった。

当初よそ者の学生がうろうろしていても、当然のことながら町の人には一向に
相手にしてもらえなかった。調査のために当たり障りのない質問をしても、誰も
まともに応えてくれない。途方に暮れてその辺りをうろうろしていた僕ともう
一人の学生を見かねたのか、年かさの町衆が夜の宴会に誘ってくれた。
夜になって町衆たちが酒を飲みかわす会所の広間にこそこそと僕らは潜り込んだ。
みんなの酔いが回って来た時、末席にいた僕らが呼ばれコップを渡された。
「さあ飲め飲め」。連れの学生はまったくの下戸なので、さして強くない僕が
コップ酒を受ける。声援?に押されて飲み干すとやんやの喝采。
そのまま延々酒宴が続き、僕はトイレに駆け込んだ。

夜半近くになるとみんなが一斉に小型トラックに乗り込み、近くの河原へ向かった。
夏とは言え夜風がヒンヤリと肌寒い河原では、各町会の若者がもろ肌脱いで御輿と
共に川に飛び込んでいる。どうやら明日の祭り本番の前の禊ぎらしい。
コップ酒で朦朧としている僕を尻目に、もう一人の学生が上半身に入れ墨を
書き込まれ、若者たちに押されて御輿と共に川へ飛び込んだ。

翌朝会所に行った僕らは、「よそ者調査員」から「祭りの客?」に昇格していた。
祭りの夜になり、山鉾の巡行では若衆たちと一緒に綱を引き、あげくの果てには
普段はよそ者を乗せないはずの山車にまで乗せてもらった。周りの若衆たちと
身体をぶつけあいながら大勢の観客が見守る中、急な上り坂を何トンもある山車を
引っ張りあげる。その時の高揚感と一体感。僕は「調査員」であることなど忘れて、
夢中でかけ声をかけ、綱を引いていた。


…次回、『歴史的身体(2)』へ続く

プロフィール

村川治彦村川治彦

関西大学文学部身体運動文化専修准教授。Center for East-West Dialogue元代表。
東京大学文学部宗教学科卒業後、1986年トランスパーソナル心理学を学ぼうと渡米。学生時代はアジア諸国大好きだったのに、以来ひたすら太平洋の両岸を往復すること30回を優に越える。
Association for Transpersonal Psychology (アメリカトランスパーソナル学会)常任理事

プロフィール詳細 »

最新のエントリー

全てのエントリー

カテゴリー

月別アーカイブ

携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
メッセンジャー・ブログ QRコード