
私の現在の仕事のひとつに芳村思風先生(感性論哲学創始者・哲学者)と一緒にやっている「I will フォーラム」という研修があるが、実は12年前、私は感性論哲学を学ぶ一生徒だった。
大病の後、もう一度いのちをいただいてこの世に戻された私は、これからの人生でどんな仕事をすべきなのかを考え、数年に渡り、数多くの研修、セミナー、ワークショップに出て、自分を見つめ、自分の道を探していた時期がる。
その時期に出会った人生の師の一人が芳村思風先生だった。12年前、私は後述するこの講義を聴いたことによって、自分の在り方、生き方を深く見つめなおすことができ、なおかつ、自分の道を探求していくヒントをいっぱいいただいたのだ。
もちろん、その時には、12年後に先生と一緒に仕事をすることなど想像だにしていなかった。いろいろな偶然が重なりあって今一緒にお仕事をさせていただいているのだ。本当に人生というのはミラクルだ。おそらく人生は、自分の頭の計画の外で、自然に“起こる”ことによって決定されていくのだろう。
芳村思風先生は、当時から、現在のスピチュアル・ブームを予測していた。しかし、スピリチュアルは決して一時的なフワフワしたブームではなく歴史的な必然であるとして、その本質的な意味を文明史的な視点から紐解いてお話をしてくださった。
私は、このことを知ったお陰で、最近の表層的なスピリチュアル・ブームに対して冷静に見られるし、自分の立ち居地もはっきり自覚できている。私は、スピリチュアルな世界、目に見えない世界に対しては、どこまでも、時代のパラダイム・シフト(ひとつの時代を支配してきたもの見方、考え方、価値観の変容)という視座から見ているし、それが具体的にどのように個人の意識の変容を促しているのかへの理解と深い洞察が最も大切だと考えている。以下は、芳村思風先生の講義録から。
* 人間はいま、人類史における第二の「精神の黎明期」を迎えている。最初に人間が「精神の目覚め」を体験したのは、紀元前5,6世紀を中心とする時代。ギリシャにおいては、ソクラテス、プラトン、アリストテレスが活躍をして哲学を創造し、中東地域ではイエスとその弟子たちがキリスト教を広め、インドにおいては釈迦や六師外道といわれる思想家たちが活躍し、中国においては老子や荘子や孔子や諸子百家が出現し、百家争鳴といわれた時代がある。現代は、その時代を超える「第二の精神の目覚めの時代」である。
* 現代は、「数百年単位」「数千年単位」「数万年単位」の大変化が同時進行で起きているという人類史始まって以来の大激動の時代である。それぞれにどのような変化が起きているのかを正しく理解できていないリーダーや、精神の目覚めを体験し、より高い次元から人間とこの世界を見ることのできないリーダー、人を感動させることができないリーダーは、はもはや人を導き、組織を活性化し、創造していくことはできない。
* 「感動」こそが人を変える。人は感動した時に動く。「理動」という言葉はない。なぜなら人間の本質は感性であり、感性の実感はまぎれもない真実であり、その真実から発せられた言葉こそが人の胸に突き刺さり、人に影響を与えるからである。理性は説得の論理。感性は納得の論理である。人は深く全身で納得できたときに行動が変わっていくのである。
* 考え方ではなく、感じ方が人間を決定するのである。人間が成長するというのは、感じ方が成長するということである。
* 人類は有史以来、「人間は精神と肉体の結合である」という二元論的な人間観を持ち続けてきた。そして、理性によって本能や欲望を支配し統御して、理性的に正しい生き方をしなければいけないと考えてきたのである。
* しかし、人間が理性によって支配されれば、人間的な喜びはなくなり、堅苦しい窮屈な生き方になってしまう。そこには、人間的自由の感覚がない。人間が、自由で、喜びのある幸福な生き方をするためには、理性的に正しい生き方をするのではなく、人間的に正しい生き方をしなければならないのである。
* 人間的に正しいとはどういうことか。それは、宇宙の摂理によって創造された、人間にふさわしい生き方をするということである。人間の幸福は、自分がしたいことができるということにある。自分のしたいことを最後までやり続けるためには、他人に迷惑をかけてはいけない。他人に迷惑をかければ、他人に邪魔されて自分のしたいことができなくなる。
* だから、我々は、他人にあまり迷惑のかからない方法を、“理性を手段能力”として使って考えなければならない。理性を使って他人に迷惑がかからない方法を考えると、心遣いをするから、心が成長し、心遣いができる人間になって、社会性が出てくる。これが人間的に正しい生き方である。
* 自己中心的で、心遣いも思いやりもない、ひとりよがりの人間は、自分がやりたいことをやっても、人の協力も尊敬も得られず、結局は、自分がやりたいことが実現しない。仮に実現したとしても一時的で、決して長続きはしない。
* 感性論哲学は、宇宙が人間に与えたものはすべて生かしきる哲学である。つまり理性、感性、肉体、欲求や欲望、人生の苦悩、トラブル、トラウマ、葛藤、問題。これらをどう解釈し、どう生かし切り、どう正しく使えば人間として成長し、本物の男や女になり、幸福に生きられるかを学ぶ学問である。
* 肉体を蔑み、欲求や欲望を否定し、無欲であることを強いた宗教もまた理性による支配の呪縛から逃れられなかったのである。宇宙から与えられたものはすべて必要があって与えられているのである。それをどう使うか、それから何を学ぶのか、それをどう活かし切るかというところに人間の成長があるのである。
* 感性論哲学の目的は、全人類の“人間性の進化”である。全人類の人間性を、もう“一次元進化”させることによって、不完全な人間同士が、共に助け合って生きてゆける本当に素晴らしい世界を創ってゆくことである。
* なぜ人間は肉体を持って生まれるのか。それは体験するためである。あらゆることを体験するために肉体を持って生まれたのである。真実は体験なしには語れな い。体験のない学びは観念である。ゆえに、人生のどんな体験も、すべては貴重な経験であるのだから、人生には失敗などないのである。
* 肉体を持って生まれた人間は、人間性を成長させるために生まれたのである。ゆえに、神さまのような完全無欠性を求める人は、人でなしなのである。人間はみな 長所と短所を半分づつ持っている。短所はなくしてはならない。自分には半分の短所があるという自覚こそが謙虚さをつくり、他者から学ぶ姿勢を作り、人と力 を合わせて生きることを学ばせてくれるからである。
* 今までは、感性の本質は“感受性”という、外部からの刺激によって反応を誘発される「受動的能力」だと考えられてきた。しかし、実は、感性の本質は、“求感性”なのである。
* 求感性とは、自分が生きていくために必要な情報を自ら求めて感じ取ろうとする主体的で、選択的な、「能動的能力」なのである。ゆえに感性から湧き上がってくる欲求、欲望こそが、自分がこの人生で実現したい夢を実現させる力になり、“人生の目的”を教えてくれるものなのである
* 感性から湧き上ってくる欲求、欲望を止めたら、人間は行動を止めてしまう。やる気にならないからである。イキイキ、ワクワクするのは感性の歓びだからである。自分らしく生きている人、いのちを輝かせて生きている人はみな、自分の感性からの欲求の声に従って生きている人である。
* 病気や人間関係のトラブル、仕事のトラブルなど、人生の問題というのはすべて、自分が成長するために出てくる学びのチャンスである。問題を人に責任転嫁したり、嫌なことから逃げてばかりいると、場所や状況や登場人物を変えて人生で何度も学び直しをさせられる。逃げれば逃げるほどもっと大きな問題が起きてくる。しかし、ちゃんと学んだらもう同じような問題は起きてこなくなるのである。
* どの道を選んでも、問題のない道などない。どの人を選んでも、問題が起きてこない人などいない。悩みや問題が起きないことを望むのは理性の迷いである。問題が出てくることを恐れてはならない。
* 人は、どの道を選ぶか、どの人を選ぶかで、人生が決まるのではなく、”自ら選んだ道や人”から起こる問題を乗り越え続ける努力をするかどうかで人生は決まるのである。
* 人間はみな自分だけの天分・素質(才能・役割・使命)を持って生まれてくる。その天分・素質は、“からだと感性”を使って発見できる。
* からだを使うというのは体験すること、行動すること。どんなに野球が好きでも、テレビを見ているだけでは自分に野球の才能があるかどうかはわからない。やってみなければわからないのである。
* 作家になりたかったら自分の文章を書き続けること。絵描きになりたかったら絵を描き続けること。本当にそこに自分の才能があったら、必ずそれを評価してくれる人が現れるものである。
* 天分・素質を発見する5つの方法。1)やってみたら、好きになるかどうか。
2)やってみたら、興味、関心が湧くかどうか。
3)やってみたら、得手、得意と思えるかどうか。
4)やってみたら、他人よりもいつも自分の方がよくできるかどうか。
5)真剣に取り組んだら、“問題意識”がどんどん湧いてくるかどうか。
* この5つの方法で見つけていくのです。どれが一番天分の多いところか。一番強烈な実感が湧いてくるところが天分のツボ。いのちの使いどころ。一流、オンリーワンの仕事をしている人は、みなこれらのツボを特化させて努力してきた人である。時に、この5つが全部当てはまる仕事をしている人がいるがそうなったら笑いの止まらない人生になるのである。
* とにかく、自分の天分・素質があるものをとことんやってみるのです。無心になって寝食を忘れて、損得を超えて。しかし、成長すればするほど、新たな限界、壁にぶちあたります。
* 一流、本物、オンリーワンと言われる仕事をしている人というのはみな、次々にやってくる壁や限界に挑戦し続けてきた人であり、何度失敗を重ねても、常に失敗から何かを学び、教訓を得て、次に活かし続けてきた人である。成功した人というのは、成功するまで、あきらめなかった人なのである。
* 人間の天分・素質というのは潜在能力である。ゆえに限界まで努力し、壁にぶつかった時がチャンス。「もう万策尽き果てた。もうダメだ、限界だ」とどん底でうめいて、もがいて、それでもあきらめきれずにもう一度挑戦してみた時にその人の潜在能力が突然目覚めるのである。
* 限界を感じた時に、そこであきらめてしまうのか、もう一度挑戦してみるのかでその後の人生が大きく変わってしまうのである。多くの人は壁にぶつかった時に、これは自分の道ではなかったとあきらめてしまう。だから潜在能力としての本当の才能が開花しないのである。
* 自分のいのちから理屈抜きに込み上げてくる感性の欲求、欲望、興味、関心、好奇心こそ、その人を最もイキイキと輝かせるもの。意志の強い人間というのは、自分のいのちから湧いてくる欲求、欲望の強い人間なのである。
* その欲求、欲望を、理性を使って実現しようとした時に、それは、その人の“使命感・志”になっていく。なぜなら、理性というのは、“みんなにとってどうなのか”ということを考えられる力であり、“普遍化できる能力”だから。これが理性の長所なのである。
* 多くの人は、“感性が自分を目的地まで導いてくれる”ことに気づかず、理性的な判断によって目標を設定し、進むべき方向を決定しようとする。しかし理性(思考)で作った、理念、目的、計画には、作為や、見栄や、焦りが働く。嘘が混じる。損得勘定のみが働く。「仏作って魂入れず」といったものになる。
* 理性で考えた理念・目的・目標は、決して人間のいのちに真の喜びは与えない。理性で作った目的を実現しようと思うと、その瞬間から人は、その目的や結果に囚われて、どんどん自分を追い込んでしまう。自分の頭が作ったものに、自分が縛られ、支配されて、強迫観念のようになってしまうからである。
* 感性から湧いてきたものを実現しようとすると、そこには“自由と喜び”がある。いろいろと創意工夫のアイディアが湧き上がってくる。つまり、自由と喜びがあるかどうかによって、その目的が、感性(いのち)から湧いてきた欲求なのか、理性(頭)で考えて作ったものかがわかる。
* 「感性が問い、理性が答える」。感性はたえずちょっと違うんじゃないか? 今ひとつピンとこない。これはおかしい。どうも腑に落ちない。もっとどうにかならないものかといった“現実への異和感”を発信している。その自分の内側から来る問いや異和感に理性を使って答えていくのである。どうしても納得できないことや、異和感を覚えるところが、実は自分の役割や使命があるところなのである。
* 理性に支配された人間、理性の奴隷になっている人というのは、絶え間なく、自分と他人を比較し、人と競争し、「善悪・優劣・損得・勝ち負け・AかBか、○か×かの物差し」で評価、判断し、批判し、人を責めるか、自分を責めるかをしている。そして、結局は、自分も他人も不幸にしてしまうのである。
* 理性は“完全性を求める能力”なので、矛盾や不完全性を許せないのである。理性は、自分と異なる考え方、感じ方、価値観を許しがたいのである。しかし、人間というのは、「不完全で矛盾に満ちた非合理な存在」なのである。欠点もある。間違いも犯す。至らないところもある。失敗もする。裏切ることもある。心ならずも嘘をつくことだってある。それが人間なのである。
* でも、嘘をつきたくてつく人などいない。失敗したくて失敗する人などいない。人間は不完全で、矛盾だらけの非合理な存在であることが腹の底に落ちるまでは、人は、自分を許すことも、人を許すことはできない。
* 「責め合ったら地獄・許しあったら天国」。天国も地獄も自分の心の中にある。自分の心が人生を創り出しているのである。
* 相手を責めている間は、人は成長できない。自分と価値観が合う人、自分をわかってくれる人、自分を愛してくれる人、自分と気が合う人としかつきあえない人間は、自分しか愛せない人間なのである。
* 考え方の違い、価値観の違いで、人間は対立ばかりしているが、精神性の高い本物の人間は、対立する人間から、自分とは違う物の見方、考え方、感じ方を学んでさらに自分を成長させる。そういう人間こそが、真に懐の深い人間なのである。人間は矛盾を内包し、矛盾を生き切るしかない存在であることが本当にわかっている人が真に愛のある、寛容で、包容力がある人間なのである。
* 人生は決断の連続。決断したら、その他の可能性や選択肢を断つ、捨てるのです。決意ではまだ甘いのです。何を捨てるのか、断つのか。その自らの決断にいのちを賭け始めた時から、自分のいのちは真に輝き始めるのである。
* 人生で遭遇する困難、苦難は、宇宙がその人に自分の成長の課題、人生の使命や役割や生きる目的を教えようとしている現象なのである。母なる宇宙の愛は、その人を苦しめるために試練を与えるのではなく、その人を成長させるため、その人をより大きな人間、魅力的な人間にするために、敢て試練を与えるのである。
* なぜなら、私たちはみなー存在するすべては、母なる宇宙の“子なるいのち”だからである。母なるいのち、大宇宙からしてみれば、みんなかわいい我が子なのである。我が子はみなかわいい。わが子の成長と幸福を願わない親はいない。ゆえに真実の愛には、その奥に厳しさがあるのである。
私は12年前に芳村思風先生のこの講義を聞いた時に、感性論哲学は地上に根をはやした形而上学だなと思ったのだ。私自身の意識はほっとくと形而上学的なものへ偏りやすい。こういう心性は、精神世界にどっぷりつかってしまう危うさを持っているのだ。
しかし天と地の真ん中に立つ人間は、日常性、暮らし、大地、目の前の人間、目の前にある問題から目をそらしてしまうと大切なことを見失ってしまう。実存の変容に影響を与えるものこそ本当の学びなのだ。現在のスピリチュアルブームは果たしてそこまでいっているだろうか。精神世界は決して現実の問題からの逃避の場ではないのだ。
私は感性論哲学を学ぶ内に、自分の頭で「深く考える力=涼やかな理性」と、自分の心で「深く感じる力=瑞々しい感性」をもっと研ぎ澄ましていきたいと思うようになった。感じる力の深さと、人間や世界を洞察する理性の鋭さ、深さというものが、その人の人間性を高め、人生を豊かなものにするものであることを実感したのだ。
芳村思風先生は、「宇宙は感性の海。エネルギーの海」と言う。感性はこの宇宙につながり、あまねく偏在しているエネルギーであり、バイブレーション(波動・気)だから、自分のバイブレーションに応じた人や場、モノやコトや情報を呼び寄せるのだ。
感性は呼応しあう“共鳴・共感・共振装置”。だからこそ人は幸せになりたかったら、感性を研ぎ澄ませ、感じ方を成長させ、愛のある人間になっていくしかないのだと当時私は思ったのだ。
私は、この後、自分の感性を高めるもの、感性を豊かにするもの、人、場、本、映画、音楽、自然に触れる機会を意識的に増やしていき、たえず、自分の内なる感性の声を聴きながら、一歩、一歩前に進んでいった。
その道を歩き出したら、驚くようなシンクロ現象(共時性・意味ある偶然の一致)が頻繁に起こるようになり、自分が何か大きな力によって導かれ始めたことを実感するようになったのだ。

* 芳村思風先生のご著書はたくさんありますが、『人間観の革正』(致知出版)がとてもわかりやすいと思います。
* 芳村思風先生の感性論哲学の講義と対談が、2ケ月に1回東京で開催されています。先生の講義が終わった後、毎回、対談が行われています。以下が年内の対談相手です。
対談:4月7日(土) 芳村思風先生×岡部明美(筆者)
6月2日(土) 芳村思風先生×小田全宏氏(日本政策フロンティア代表)
8月4日(土) 芳村思風先生×中岡成起氏(株)ジョー・コーポレーション執行役副社長)
10月6日(土) 芳村思風先生×鍵山秀三郎氏・(株)イエローハット相談役・交渉中)
12月1日(土) 芳村思風先生×佐藤初女さん(森のイスキア主宰)
詳しくは、岡部のホームページをご覧下さい

息子の高校が決まったことにほっとしていたのも束の間、いろいろとやらなければいけないことがわんさかやってきた。さっきまで、高校入学のための書類10数枚に必要事項を書くというのを2時間近くかけてやっていたら、頭がガンガン痛くなり、肩がパンパンに張ってきた。
私は、申請書や誓約書や契約書といった書類関係に記入する作業がほんとに苦手。10数枚もの書類の束を見ているだけで気分がズドーンと重くなってくる。自分が感じたり、思ったりしたことを文章に書くのは好きなのだが、「枠」とか「マス」の中に正確に、間違わずに、必要なことだけ書くというのが苦痛でしょうがない。
帰宅した夫に一生懸命書いた書類を見てもらった。「名前は左寄せに詰めて書くの! フリガナ忘れてる!」「なんで、学校側が書く欄まで、お前が書いてんの?」「この心臓病の質問表のこの欄は医者が書く所。問題ありませんにお前が○つけてどーすんの」「学校までの地図がメチャクチャ!」
うっうっうっ・・・いつものことなのだが。夫は、私が不得意な分野が大得意の人。だからいつも私の尻拭い。割れ鍋に綴じ蓋というやつか。それにしても、私には苦手なこと、不得手なことが多過ぎる。方向音痴は禁治産者レベルだし、地図は読めないし、数字ばかり並んでいる時刻表見るとクラクラしてくるし、機械系のマニュアルは読んで数分もしないうちに爆睡してるし・・・。
官公庁、税務署、市役所、銀行、郵便局、ああいう場所も苦手。おどおどする。どうも私は、現世を生きるための基本的能力が著しく欠落しているようなのだ。
機械にもメチャクチャ弱い。だから、もちろん運転免許なんて持っていない。車の運転なんて私には途方もない才能に思える。人に言わせると、パソコンやオーディオや携帯電話は機械とは言わないらしいが、私にとっては、堅いものでできていて、電源入れて動くものや充電して使うものはみんな機械なのである。
携帯電話は持ちたくなかったが、あまりに迷子になるので、人様にこれ以上迷惑をかけてはいけないと夫に無理やり持たされた。今でも携帯は電話の受発信のみ。小さい携帯の小さい四角をポチポチ打ちながらメールをするのが苦痛なのだ。メールはパソコンのみ。
ワープロ全盛時代も頑固にペン一本で原稿を書いていたのを知っている友人や仕事仲間は、私がパソコンを使い出したときは心底驚いていた。「でも、10数万のパソコン買っても、どうせ明美は字しか打てないんだから宝の持ち腐れだね」と言っていたのだ。
そんな私が、ミクシーや、「SQライフ」でブログを書いたり、イラストや写真を入れた原稿を書いたり、表組みなんかも時々しちゃったりしているのを見て、「明美は最近激しく進化しているね」と言ってくれる。私は、エッヘン、どーだ!と、鼻高々なのである。
前ふりをこんなに長々と書いたのは、実は、やっと自分のホームページを作ったことを「エライ!すごい!」とほめてもらいたかったからなの。ほほほ・・・。きょうび、HPくらい誰でも開いているらしいが、超アナログ人間の私がHPをつくるなんてことは信じられないような“文明的事件”なのである。
作ってくれたのは、ミクシーのマイミク「ツッチー」さん。近所にある「パソコン教室とき」の社長さんです。ツッチー社長は、私があまりにパソコン音痴なので、電話でSOSを出すと、いつもすっ飛んで来てくれるのです。
「あのー、社長、ツールバーが突然1本消えてしまったんですが・・・」「それは、こうして、ああして」「???・・・」「あのー、社長、罫線の消し方がわからないんですが・・・」「それは、ああして、こうして」「???・・・」「わかりました。今からすぐ行きます!」
能力のなさも極限までいくと人は憐れみをもってくれるのでしょうか、かくも人が助けてくださるのです。有難いです。なにしろ私は、バックアップをとるということすら知らないで新刊の原稿を書いていて、ツッチー社長は人事ながら青ざめてくれたのです。
でもって、私にバックアップのとりかたを教えるのみならず、私が何しでかすかわからない人間だということを鋭く判断されたらしく、「パソコン教室とき」でも、私の新刊の原稿を保管しておきましょうと言ってくれたのです。どうやら私は、「パソコン教室とき」のブラックリストNO1らしいのです。やさしい社長さんでよかった!
というわけで、ありがたきツッチー社長のお陰で念願のHPがやっとできました。とてもさわやかなHPに仕上げてくださいました。なんとなく、ネアンデルタール人が、突然、文明人に進化したような気分です。ふふふ・・・。
岡部明美 公式ホームページ:http://anatase.net/

最近、立て続けに、愛する人との別離の悲しみから、少しずつ立ち直りはじめていますというメールをいただいた。別離の直後の身が引き裂かれるような心の痛み、悲しみ、淋しさを切々と私に訴えていた頃から、2、3年の時が流れただろうか。
きっと涙が枯れるほど泣いたのだろう。眠れない夜をどれだけ過ごしたことだろう。「明けない夜はない」なんていう言葉が、なんの慰めにもならない日々を生きていたのだろう、つい最近まで。
それでも、雲は流れる。
そういえば、英語の「GOOD-BYE」の語源には、GOD BYE、「神があなたと共にいるように」とか「神さまそばにいて」という意味があるというのを聞いたことがある。
人は「さよなら」という喪失の悲しみに打ちのめされ、立ちすくんでいる時に、“神さまそばにいて”と心から願うからだろうか。あまりの淋しさ、悲しみに耐え切れなくて。
悲しい時は、涙をこらえないで思いっきり泣けばいい。その涙がひとつの歌になるまで、一編の詩、ひとつの物語になるまで泣き続ければいい。人は、身が引き裂かれるような別離を体験する度に優しくなっていくのかも知れない。
深い悲しみの奥には、人としてのもっとも美しいものとあたたかな愛がある。人は、GOOD-BYE、「さよなら」を重ねる度に大人になっていく。悲しいさよならの涙を流すごとに、人はだんだん神さまに近づいていく。
愛があなたをさし招いたなら、愛に従いなさい。
たとえ、その道がどんなに厳しく険しくても。
愛の翼があなたを包んだなら、愛に身を委ねなさい。
たとえ、その翼に潜む刃が、あなたを傷つけても、
愛が、あなたに語りかけたら、愛を信じなさい。
愛は所有せず、また所有させない。
愛には、愛だけで充分なのだから。
しかし、もしあなたが、愛していて、
どうしてもなお望みがあるというのなら
その望みはこのようなものであるように。
溶けて、夜の間も 自分の歌をうたっているせせらぎのようになること。
愛のあまりの優しさに苦しむのを知ること。
愛を自分で解釈して傷つくこと。
そして、自由な、喜びに溢れた心で血を流すこと。
夜明けに目覚め、飛び立つ思いで
愛の新しい一日のために感謝をささげること。
昼下がりには静かに休らい、愛の恍惚を思い出して味わうこと。
夕暮れには、感謝に満ちて家路をたどること。
そして、心では愛する人のために祈り、唇で歌をうたいながら
眠りにつくこと。
愛し合っていなさい。
しかし、愛が足かせにならないように。
むしろ二人の魂の岸辺と岸辺の間に
動く海があるように。
一緒に踊り、一緒に歌い、共に楽しみなさい。
しかし、お互いに、相手をひとりにさせなさい。
ちょうどリュートの玄がそれぞれでも、
同じ楽の音を奏でるように。
お互いに心を与え合いなさい。
しかし、自分を預けきってしまわないように。
なぜなら、心というものは、あの生命の手だけがつかむもの。
一緒に立っていなさい。
しかし、近づき過ぎないように。
なぜなら、神殿の柱はそれぞれ離れて立ち、
樫木と杉木は、お互いの陰には育たないのですから。
カリール・ジブラン

遠い遠い日の記憶。子供の頃、雪の降る夜のひそかな遊びがあった。積もるほどの雪が降り続ける夜、そっと庭に出て空を見上げ続けた。傘も差さずに、顔に、全身に、雪を積もらせて天を仰ぐ。
寒さでガチガチに震えながらも、漆黒の空間から降ってくる真っ白な雪の美しさは、天に吸い込まれてしまいたいと思わせるほどに幻想的で魅惑的だった。雪が降り続ける空をずっと見上げていると、雪のエレベーターに乗って、どんどん天に昇っていくような感じがした。
こうして空の一番高いところを目指して昇っていけば、きっと、いつかサンタクロースみたいな姿をした神さまが現れて、私に微笑みかけてくれるのではないかと思った。
私は、子供の頃、なんの疑いもなく神さまがいることを信じていた。だから、どうしても会いたかった。会って神さまに抱っこしてもらうことが、幼かった私の夢だった。
でも、どんなに空を見上げ続けても、神さまは一度も私の前に姿を現してはくれなかった。そして、いつ頃からか、神さまなんてやっぱりいないんだと思うようになっていった。
そう思ってしまえば、いろいろなことがすっきりわかるし、目に見えないものは存在しないんだって思うことは、世界がシンプルになっていいとさえ思うようになった。でも、そう思うようになった頃から、私の心の奥にぽっかり穴があいてしまったのだ。
その穴はとてもこわい漆黒の闇だった。真っ白な雪が降らない漆黒の闇に私はいつしか怯えながら生きるようになった。いつも何か得体の知れない淋しさや恐怖があった。自分のいのちの根っこが不安定で、心からこの世界にやすらぐことができなかった。
そのいのちの根っこの不安定さを隠すために、自分の外側にたくさんの存在価値をつけることにがんばり続けた。私の生の“存在証明”をそれによって確かなものにしようとした。
他者からの評価や承認をもらうことでしか、私がこの世界にいていいのだという安心感、私は私でいいのだという安心感をもつことができなかった。
しかし、どんなに外側に価値を付けても、その空白、空虚は埋まらなかった。誰かが、何かが、その漆黒の闇に光を灯してくれるのではないか、この得体の知れない不安や淋しさや恐怖から救ってくれるのではないかと思ったけれど、それは、誰かでも、何かでもなかった。
やっと、ただ“あの存在”を信じること、その存在にすべてをゆだねることだったというところに辿り着いた。こんなにも長い時間がかかった。たくさんの回り道、寄り道をしてきた。
でも、その道程で私が見たもの、感じたもの、味わってきたものは、すべてが宝物だった。近道したら発見できなかったものをいっぱい見つけた。私は、あの存在が空の果てにいるものだとばかり思っていた。でも今はこんなに近くに感じられる。
私の内側深くにあなたがいる。彼女の、彼の、あの人の内側深くにもあなたはいる。青空を見上げればあなたがいる。星に祈ればあなたがいる。昇る朝日、沈む夕日、踏みしめる大地、樹木の木漏れ陽、そよぐ風にさえ、あなたのやさしさを思い出す。
子供の頃に無条件に信じていた「神さまがいるのなんか当たり前」って思っていた頃にやっと帰ってきた。それこそが私のいのちの根っこだった。
私は、それを、マンションの下に広がる真っ白な一面の銀世界を見ていた時に思い出したのだ。一面の銀世界はただひとつの世界。でも、その雪の一粒一粒の結晶は全部違う。
一粒の雪の結晶とは、顔も形もそれぞれに違う肉体をもった私たち一人ひとりの存在と同じであることに気づいたのだ。
一面の銀世界の全体性、それが神さまの世界。一粒の雪の結晶、それが個としての私たち。雪はいつしか溶けて、川となり、海に流れて、蒸発して雲になり、空に還り、また雨水の一滴、一片の雪になってこの地上に降りて来る。永遠の生命の循環。
一粒の雨も、一片の雪の結晶も、一人の人間である私も、片時だって全体である神さまから離れたことなどなかったのだ。形なきものから、形あるものへ。そしてまた、形なきものへ。
生と死は、無形(エネルギー)―形―無形(エネルギー)―形を繰り返す永遠の魂の旅。死は、新しい生への「乗換駅」。そして、時が来れば、また、新しいいのちの旅が始まる。
人生は、川の流れにたとえられることが多いけれど本当にそうだなあと思う。名前のついた川は、いつしか境界のない全体がひとつである海に還る。川は海に辿り着いた時には名前(私)が消える。
でも、川の名前は消えても、一滴の雨水、一片の雪からなる川の水すべては、海という全体の中に溶けて一緒に生きているのだ。
川も海も雲も空も星も花も人間も、本当は全部がひとつにつながっている。大いなる生命の流れの中で、個々の生は、姿形を変えながら、この現象の世界に現れ、たくさんの感動の体験と人生の学びをした後、再び魂の故郷に帰ってゆく。
こうした“永遠の旅の途上”で巡り会った私とあなた。私の人生の物語に関わってくれた無数のあなた。それぞれの場所で、それぞれの時間を生きてきたあなたと私が、人生のある時点でふと出会う。
まるでこうして出会うことを「約束」し合っていたかのように。互いが歩んできたどの一歩が欠けても、互いが体験してきたどの喜び、悲しみが欠けても、決して出会うことはなかったあなたと私。
いにしえの魂の邂逅・・・。遠い、遠い昔、きっと一緒に生きていた時代があったのだろう。だから、こんなにも複雑にからまりあった生の糸を解きほぐしながらも、私たちの魂は、互いに出会うことを決してあきらめなかったのだ。
「あなたに会えて良かった」と心から思える人に出会えた時に、過去の痛みも悲しみも“生の喜びと祝福”に変わる。それを体験しなかったら、そこを通り抜けてこなかったら、決して私たちは出会うことはなかったのだと思うと、互いが歩んで来たすべての道のりが、なんてかけがえのない体験だったのだろうと思う。
そんな人に出会う度に、私の人生に起きた出来事に何一つ無駄なことなんかなかったのだと思える。なんという出会いの奇跡、人生の奥深さだろう。


今にして思えば、悪夢としか思えなかった私の病気は、実は、私の人生の大きな転機“脱皮の季節”だったのだと思う。
人には、それぞれ人生で何回か脱皮の季節があり、それが病気や、人間関係の確執、不慮の事故、倒産、リストラ失業、失恋、離婚、愛するものとの別離の悲しみといった、様々な試練による苦しみとして表れるのだろう。現象はそれぞれ違っても、その季節の訪れは、一様に、耐えがたい程の痛み苦しみを伴うという点では同じだ。
試練という形でやってくる脱皮の季節のメッセ-ジは、一人ひとり違うはずだから、その苦しみを自分の成長の課題として引受け、心の深いところから聞こえてくる声に耳を澄ますことが、その季節を乗り越えていく力になるのだと思う。
自分の心の最も深いところから聴こえてくる声は、実は、あの遥かなる空から聴こえてくる声と同じ声だった。脱皮の季節というのは、生きてくる中で知らずに身につけてしまった仮面や鎧を脱ぎ捨て、本来の、素のままの「自分に帰る旅」、あるいは、自分の中から新しい自分が生まれる「再誕生の季節」なのだと思う。
でも、この再誕生には、のたうちまわるような痛みが伴う。底知れない孤独感や、自分が消滅するかもしれないという恐怖と絶望。自分の居場所がなくなってしまった淋しさ。今までの自分の在り方、生き方が否定されたような悲しみや罪悪感。大切にしてきたものがこわれていく恐怖。自分が誰なのかが突然わからなくなってしまったような混乱。自分の前から、歩いて行くはずだった道が忽然と消えてしまったような心細さ、不安・・・。
今まで自分を守ってくれた鎧や殻(古い自我)、今までの慣れ親しんできた自分の生き方がどうも自分が求めていた「幸福」や「成功」や「豊かな人生」からどんどん遠ざかっていることにある日気づいてしまう時がある。
気づいた時には、すでに人生の川の流れは変わっているのに、未知のものはこわいから無意識に抵抗して流れに抗おうとする。変わろうとする自分と、変わりたくないと抵抗する自分。でも抵抗すればするほど、どんどん苦しみが増えていることは、自分が一番わかっている。
でも、どうしていいかわからないのだ。過去にお手本がないから。何があるか何が起こるかわからない新しい道に一歩踏み出すよりも、どんなに苦しくても過去の慣れ親しんできた自分、よく知っている道を歩き続けている方がずっと楽だから。そのくらい手放すこと捨てること、新しい一歩を踏み出すことには苦しみが伴う。
でも人生の新しい扉は、“自動ドア”ではなく、自分の手でしか開かない観音開きの“手動ドア”だから、一度両手につかんでいるものを手放さないと、新しい扉は開かないのだ。
自分は何を手放さなければならないのか、何を受け入れたらいいのか。それがわからずに右往左往し、気づいても、今度は手放すことがものすごく困難だった。今までの自分、今までの自分のやり方、生き方、そういった過去への執着というのは、なんとすごい力なのだと思った。
振り返れば私はいつも、新しい問題に対して古いやり方で乗り越えようとしてきたように思う。一度それで成功すると毎回同じやり方で乗り切ろうとしてしまうのだ。過去のやり方は、もううまく作動しないのだということにとことん気づくまで、天は私に次々に苦しみを与えてきた。
古い自分が死ななければ、新しい自分は生まれないのだということがわかるまで、私はどれだけ抵抗してきただろう。あの病気はまさに、「手放せ」「生き直せ」「自分を生きろ」というメッセージだったのだと思う。
あの苦しみや抵抗は、まさに新たなる私の誕生のプロセスだったのだ。人は人生で何度か、自分の中から新しい自分が生まれるという“再誕生”の季節を迎える。このプロセスはたいていの場合苦しみに満ちたひとりぼっちの孤独な心の作業だ。
でもある時、私はこんなふうに考えた。自分がこの世に誕生した時は、その痛み、苦しみは、全部私の母が引き受けてくれたけれど、新たな自分の誕生は自分が引き受けていくしかない痛みなのだと。不安や恐怖や痛みの伴わない誕生はありえないのだから。
この一人ひとりの再誕生の季節は、どんなに苦しくても自分が超えていくしかないけれど、そんな時に、“魂のお産婆さん”のような人がそばにいてくれたらどんなに救われるだろう。
その人が自力で生まれようとしている時にやさしく見守ってくれたり、力強く励ましてくれたり、心の痛みや苦しみにそっと寄り添ってくれたり、抱きしめてくれたり、「大丈夫だよ!」と背中をポンと押してくれたり。
振り返れば、私はそういう人達に出会いどれだけ助けてもらっただろう。私はその出逢いに感謝しながら、いつかは鶴の恩返しをしたいと思うようになっていったのだ。

私は最近、自然は最大の芸術であり、最も神聖なるもの、スピリチュアルなものだと思うようになってきた。そして、私たちもこの宇宙=大自然の一部なのだから、同じようにひとり一人の人生というのは、宇宙の神秘と神聖さによって彩どられた瞬間の芸術なのではないだろうかと思えるのだ。
そんな風にして、肉体を持ったこの人生を刹那として見てみると、今こうして生きていられることや、大好きと思える人に出会えたことが、ただそれだけで本当に有り難く思える。
そして、幸せというものが、この一瞬、一瞬にしかないのだとわかれば、悲しみを分かち合い、感動を分かち合っている瞬間というのが、なんとも贅沢な時間に思えてくるのだ。
スピリチュアルというのは決して、美しく心地いい言葉や、不思議体験、神秘的な世界だけではない。スピリチュアルは、ファンタジーではなく、まさに究極のリアルなのだ。宇宙とは何か、世界とは何か、そこで生きて、死んでいく私とは誰か・・。
私にとってのスピリチュアル・ライフとは、人の生老病死を見据え、“実存への深い問い”を持ち続けながら、よりよく生きることそのものなのだ。
人はみな死を恐れるけれど、この肉体でもし200年生きなければならなかったら拷問ではないだろうか。赤ちゃん時代のあの柔らかな肌も、青春の輝きも切なさも、生の痛みも悲しみも充実も、みんないつかは消えてゆくのだ。けなげに夢を追いかけ、幸せを求めて一生懸命に生きてきた人生と共に。
おそらく人は、生きとし生けるものの“生の儚さ”を本当にかみしめた時に、かけがえのない自分の人生を大切に生きようと思うのだろう。そして、自分と同様、いつかは消えゆく運命にある他者への許しや慈しみがあふれてくるのかも知れない。
死と対峙することは、生を最も変容させる。本当に誰もがいつかこの肉体を去る日が訪れるのだから。もし明日この肉体を去るとわかったら、人は人生最後の日である今日という日を、相変わらず誰かを憎み、誰かの悪口を言い、愚痴や不平不満をこぼし、過去を悔いることに時間を使うだろうか。
自分の生を本当に輝きに満ちたものにするためには、逃げずに、ごまかさずに、自分の死、この肉体での人生が終わる日が必ず来るという事実に直面することだと思う。
きっとその瞬間、世界が違って見える。見るものすべてが光にあふれていることを発見するだろう。世界は、こんなに光に満ちていたのだということに気づくだろう。
自分の人生の最後の日に、この目で見てみたい風景、世界は何だろう。人生最後の日に口ずさみたい歌は何だろう。この両手で抱きしめたい人は何人いるだろう。この口からあふれる言葉で愛を伝えたい人は誰だろう。
「ごめんなさい。そして、いっぱい、いっぱい、ありがとう」って、最後に伝えたい人は何人いるだろう。きっと、今ふと顔が浮かんできた人たちが、今世、出会うことを約束してきた人なのだと思う。
地上の儚い人生を本当にそのような眼差しで見ることができた時に、人は、他者への、人間という存在への慈しみが生まれるのかもしれない。本当にその眼差しがもてたら、どうやって人は、人を殺せるだろう。どうして戦うだけの人生など生きられよう。
いつかはすべての人が消えゆく運命にあるというのに。その儚さへの悲しみ、慈しみが真に自分の内側からあふれてきた時、すべての人間の最も深いところにある、神性や仏性に灯火がともるのかもしれない。
すべては、来ては過ぎ去ってゆく。存在しては消えてゆく。出現しては消滅していく。しかし、その形あるものの儚さを注意深く見つめていった時に、永遠なるものが見えてくるのだ。
消えゆく者、立ち去る者の眼差しからこの世界を見る時、私は、ただただ、この世界の美しさに感動する。
ひたむきに、けなげに、一生懸命に生きている人の姿に心が打たれる。移りゆく季節、変わりゆく季節の美しさと儚さに立ち止まる人の瑞々しさにハッとする。
私も、風のように、水のように、流れのままに、自分のままに生きて生きたい。この世界の神秘に感動しながら、漂いながら、戯れながら。


今年もまた、ベランダのプランターの土の中から、チューリプがいっせいに芽を出した。まるで球根時代から約束し合っていたかのように「よし、明日ね。せーの、ピョコ」って顔出したみたいだ。
芽吹きの季節が好きだ。散歩していても、沈丁花の甘い香りが鼻をくすぐり、思わず「どこ、沈丁花さん?」と振り向いてしまう。そして、目を凝らしてよくみると、春の花があちらこちらで芽吹いてうれしくなる。
花は、自らがどんな花を咲かせるかあらかじめ決まっているけれど、人間だけは、自分がどんな“いのちの花”を咲かせるためにこの世に生まれたのかがなかなかわからない。
それを探すことが生きることであり、それを咲かすことが人生ともいえるかも知れない。だから、長い、長い道程なのだ。それを生きることに歩み出すまでは。
しかし本当は、“おのずから”その人は、その人が、その人であるところの人になっていくのだと思う。そういう「自分」というものが人には必ずある。それが本当の意味での個性なのだろう。
こうとしか生きられない自分、どうしてもこれが好き、これがしたいというものが、人のいのちの中にはあらかじめ種としてあるように思う。それは宇宙の源につながっている私の人生を創造するいのちの種。
その種は、“自ら”探すのでも、“自ら”達成するのでもなく、“おのずから”そうなっていくもの。いのちの不思議さ人生の神秘はそこにある。
チューリップの球根、芽、花を見ると、私はいつも宮崎駿アニメの「おもいでぽろぽろ」のテーマソング「愛は花 君はその種」を思い出す。
宮崎アニメ(ジブリ映画)のいくつかは、相当にスピリチュアルだ。そして、宮崎アニメの良さは、主題歌がみんないいところ。いい映画は、いい音楽とセットになっているのは名画の条件でもある。
「天空の城ラピュタ」、「風の谷のナウシカ」、「魔女の宅急便」、「紅の豚」、「千と千尋の物語」、「耳をすませば」「もののけ姫」「トトロ」「おもいでぽろぽろ」みんなテーマソングがいい。私の大好きな歌ばかり。
この「おもいでぽろぽろ」のテーマソング、「愛は花 君はその種」は、映画、「ローズ」の主題歌に日本語訳をつけたものだ。「ローズ」は、あの伝説のブルース・ロックの女王、ジャニスジョップリンの半生をベッド・ミドラーが演じた映画で私は二人とも大好きなアーティストだから、この映画はもうかれこれ5、6回は見ただろうか。
ジャニスは、子供の頃から、詩を書いたり、絵を描いたりして、自分の中にあるものを表現として吐き出さないと、苦しくて生きていけない情熱的な少女だったようだ。学校ではいつも変わり者として周りから浮いている存在だったという。
その孤独を埋めたのが歌だった。ジャニスは最初、ビリー・ホリデイに心酔した。しかし彼女に最大の影響を与えたのは、女性ブルース・シンガーのベッシー・スミスだ。ジャニスの歌が切ないのは、ロックの根底にブルースが流れているからなのだろう。
「サマータイム」「ムーブ・オーヴァー(ジャニスの祈り)」、「コズミック・ブルース」を大学時代初めて聴いた時、私は鳥肌が立った。
しかし、彼女がブルース・ロックの女王としての名声が高まるほどに、ジャニスの両親は困惑した。父親は彼女を無視するようになり、母親は、「あんたなんか生まなきゃよかった。恥ずかしい。もう家には帰って来なくていい」って言ったのだという。私はNHKでやっていたジャニスのドキュメンタリーでこれを知った時、泣きました。
親に無視されること、愛されないことくらい悲しいことはないだろうし、自分の魂の仕事を親から認めてもらえないことくらい淋しいことはないだろう。歌うことは彼女にとって生きることそのものだったのだし、歌をうたうためにこの世に生まれた魂だったのに。
ジャニスはいのちの花が満開の時、27歳でその生涯を閉じた。麻薬の飲み過ぎだった。ジャニスはおそらくは沈黙の中で叫びながら死んでいったのだろう。だからジャニスのシャウトはあんなに切ないんだ。ジャニスの歌はロックじゃなくソウルだ、ブルースだ、ゴスペルだって私が感じたのはこんな背景があったからなのかも知れない。
ジャニスの歌の根底に流れていたのは、「ママ、パパ、私を愛して。私を認めて、私の歌をほめて。ママ、パパ、私をかわいいって言って!」という魂の叫びだったのかも知れない。
1960年代のアメリカ南部は、古い偏見と因習が色濃く残っていた時代だったから、おそらく、ジャニスの両親は、サイケデリックなファションでロックを歌う娘など世間の恥さらしのように思ったのだろう。
当時のアメリカのミュージックシーンに新風を巻き起こし、多くのファンを魅了し続けたジャニスだが、彼女の魂はそれとは裏腹に底冷えがするほど孤独だったのかも知れない。ドラッグに中毒し、自ら死に急いでしまったほどに・・・。
映画「ローズ」の中で、ベッド・ミドラーが、ジャニスの人生の哀切を迫真の演技で表現している。最後に流れる「ローズ」のテーマを聴きながら、私はしばらく座席を立つことができなかった。
「おもいでぽろぽろ」のエンディングテーマソングを語るには、「ローズ」という映画に触れなければならないので前ふりが少々長くなった。ところで私が何が驚いたって、そのジャニスの映画の主題歌「ローズ」の日本語版「愛は花 君はその種」を歌っているのが、なんと都はるみだったってこと!!うそーって感じ。最初は分からなかったもの、彼女の声だってこと。
あの「アンコ椿は恋の花」の都はるみが!? いや本当に歌のうまい人はどんな歌でも歌えるのかも知れないな。この歌は、私の「しみじみソング」のひとつなのです。(それにしても、ベランダのチューリップの芽がいっせいに顔を出した!から、こういう展開で文章が続いていくなんて自分でもびっくり。種のしわざかな)
< 愛は花 君はその種 >
優しさを押し流す
愛 それは川
魂を切り裂く
愛 それはナイフ
とめどない渇きが
愛だというけれど
愛は花 いのちの花
君はその種
くじけるのを恐れて
踊らない君の心
醒めるのを恐れて
チャンス逃す君の夢
奪われるのがいやさに
与えない心
死ぬのを恐れて
生きることができない
長い夜 ただひとり
遠い道 ただひとり
「愛なんて来やしない」
そう思うときには
思い出してごらん 冬
雪に暮れていても
種は春 お陽様の
愛で 花開く
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