
私は、それからというもの、振興会が開催しているものだけでなく、がんが再発・転移したり、末期がんと言われながら生還した人たち、治癒の見込みがないと言われた難病が治った人たちの講演会には、足繁く通うようになった。その病気体験と生還までの道のりを熱心に聞いては、ノートにメモをいっぱいとった。一言も聞き漏らすまいと思った。
患者会にも行って、生還者たちの生の声、体験談を聞いた。やはり、体験者の話というのはいちばん説得力がある。それぞれが出会ったもの、やってきたことは違うのに生還したということは、私に合うものも必ずあるということだ。
みなさんは、一様に、「何かひとつが効いたというより、様々なものの“相乗効果”で回復していったのだと思う」とおっしゃっていた。治った人たちの日常での養生法は、殆どの方が食生活を改めて食養生をされていたことと、ストレスを軽減することに努力されていたが、それ以外のことは人によってほんと様々だった。
入院していた病院も医師も異なるし、代替療法の治療家も違ったし、やっていた健康法も運動も、飲んでいた薬やサプリメントなども驚くほど多様だった。
誰もが必ずこれで治るという健康法も万能薬もないのだということを改めて認識した。まさしくみなさん、自分のからだと感性の“実感”を手がかりにして自分に合うものを見つけて日常で地道に実践されてきた人たちだった。
私は、生還された方々の発病前の生活や人生を聞いて、みなさんよく似ているなあと思った。とにかく共通していたのは、発病前の数年間、あるいは、十数年に渡ってものすごいストレス下にあったということ。
極度の疲労が続いていたこと。深い葛藤の期間が続いていたこと。ものすごくショックな出来事が発病前にあったこと。そのこだわりから抜けられなかったこと。孤独感があったこと。ストレスの処理の仕方がうまくいってなかったことなどは、どの患者さんも言っていたからだ。
そのストレスの内容は、多様で重層的で、何かひとつということではなかったけれど、深いところで病の引き金を引くものは何かということが見えてきた。それは、人は愛に傷ついた時、自尊心が深く傷ついた時、深い喪失感から孤独になった時、失敗をして無力感に襲われた時、葛藤に悩み、苦しんでいる時・・・。
人はそういう失意にまみれた時に病気になりやすいということだ。身体の極度の疲労だけでなく、怒りや悲しみや恐れが病の引き金になることもあるということ。病の根っこには、何らかの“関係性の崩壊”があるのかもしれない。自分との関係性、あるいは、誰かとの、何かとの関係性の崩壊。
そう思って最初の発病を見てみると、私は確かに発病の数年前に自分にとってとても大切だった人との関係が崩壊し、その後何年もうつ状態が続いていた。私は、そういう自分を人に見せたくなくて元気なフリをしていたから、仮面うつ病だったのだろう。
怒りや悲しみの感情そのものより、怒りの抑圧と悲しみを感じ尽くしていないことの方が免疫力を落とすのだという。喜びの涙も、悲しみの涙も、共に免疫力をあげるというのが不思議だ。きっと、どんな涙も浄化のプロセスなのかもしれない。浄化して昇華させるのだろう。結局、感情も、涙も、流れなくなって滞ってしまった時に、いのちの川は澱んでいくのだ。
川が流れなくなったら、淀んで腐っていくのと全く同じだ。人間のからだの細胞は絶え間ない死と再生が繰り返されているからこそ、私たちは生かされている。死ぬことで生かされているいのち。心のしこり、わだかまりを水に流すことで再生する心。
とにかく生還された方々は一様に病気の原因になったと思われることをやめ、食習慣や仕事の仕方や生き方を変えていた。からだの毒素や老廃物を排出し浄化させ、いやなことはしなくなり、本当に好きなことをやり始めたこと。心のしこりやわだかまりを水に流されていたのは共通していた。そして一様にこんな話をしてくれた。
「性格は変わらないけれど、いつの間にか自分や人や世界の“見え方”が変わってきた」
「感動するものが変わってきた」
「楽に生きるって、前は良くない生き方だと思っていたけれど、自分が楽になってきたら周りの人も楽になって、人間関係が不思議に良くなってきた」
「病気になる前の自分より、今の自分の方が好き」
「人生で大切だと思うことが変わってきた」
「心地よさ、楽しさ、喜びの感覚を、何かを選ぶ際の物差しにしたら人生が楽しくなってきた」
「いい子をやめたら自分らしく生きられるようになった」
「どんなことにも感謝の気持ちを持つようになったら、人生にいいことがいっぱい起きるようになってきた」
みなさん異口同音に「病気になってよかった。今はあの病気に感謝している」とおっしゃっていた。これは単に、病気が治ったからということではないだろう。病気をきっかけに、その人の“人生の歓びの質”が変わり、より自分らしく生きられるようになったからなのだと思った。
そしてどの方も、一発でこれだというものに出会えたわけではなく、迷ったり落ち込んだり、疑心暗鬼になったりしながらも、手探り状態で歩き出したら、ある時、誰かとの出会い、何かとの出会いがあったのだという。その出会いに導かれて、だんだん自分のやるべきことがわかり、歩むべき道がわかり、気がつくと、病の治癒を超えた“新しい人生の扉”が開かれたのだという。
私はみなさんの話を聞いて、まずは勇気ある最初の“一歩“がすべての始まりなのだと思った。その一歩を踏み出す勇気が百万馬力なのだ、誰にとっても。だって、知らない道なのだもの。不安でこわくて当たり前だと思う。私は生還された人たちに共通する、最も偉大な治癒への鍵を発見した。
それは、一人ひとりが、「人の期待に応えてがんばる生き方」を手放して、本当に自分がやりたいことをやって「人と喜びを分かち合う生き方」に人生を再編集されたということだ。この“人生の物語の再編集”こそが、本当は患者と医療者との共同作業なのだと思う。
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
「ちょっと見てほしいものがあります。この写真です。なんだと思います? これはからだの中にあるがん細胞をやっつけるために、NK(ナチュラルキラー)細胞や、キラーT細胞、マクロファージといった免疫細胞たちが、コミュニケーションをとりながら、日夜総動員でがん細胞と戦っている電子顕微鏡写真です。からだは、まさにいのちがけであなたを守ろうとしている、治そうとしているんです。あなたのからだは、こんなにも治りたがっているんですよ」
恒川先生からこの話を聞いたとたん、私は突然熱いものが込み上げてきた。涙が次々にあふれてきて止まらなかった。からだは一生懸命、私を生かすためにここまでがんばって働いてくれているんだ。からだが、こんなにまでして、自分を守ろう、生かそうとしているなんて知らなかった。からだって、なんてけなげなのだろう、なんていじらしいんだろう・・・・。
ふと、目を閉じて、深呼吸をして、自分のからだに意識を向けてみた。からだも心も静かにふるえていた。私が意識を傾けてあげたことを、からだも心もすごく喜んでいるみたいだった。私は生まれて初めて、自分のからだをいとおしいと思った。
からだは、私が眠っている時にも、怒っている時にも、疲れている時にも、悲しんでいる時にも、心臓も、呼吸も、一瞬も休まず働き続けてくれている。文句も言わず誠実に、ただひたすら私を生かしてくれている。
私が生まれてから、何十年という歳月、休むことなく働き続けてくれているこのからだ。それなのに私は、私を生かしてくれているこのからだに感謝したことなどあっただろうか。こわれたからだに文句ばかり言っていた日々。勝手に使って、使いつぶしてしまったのは私なのに。からだの悲鳴が聴こえないほど私は一体、何の声を聴いていたのだろうか、あの頃・・・。
目を閉じたまま、私のからだが病んでいった日々を追想した。本当は疲れ切っていたのに、つらくて仕方がなかったのに、そんな自分にさらにプレッシャーをかけて、自分を追い込んでいった日々。まるで、からだをマシーンのように使っていた。からだが私を助けるために様々な症状を出してシグナルを送ってくれていたというのに。
私は、今まではどうしても受け入れられなかったけれど、もう認めようと思った。からだが病む前に、からだがこわれる前に、私の心が先にこわれていたことを。心が病んでいたということを・・・。
私は泣きながら気づきのノートに「病気」という文書を書き綴った。心が痛くてたまらなかった頃のことが思い出されて涙が止まらなかった。病気というのは、やはり、その人の声なき声、言葉にならない言葉なのかも知れない。
真の治療というのはまず、自分のからだの「声なき声を聴く」ことから始まるのだと思った。私が病んでいった日々の中で、からだが叫んでいた声に耳を澄ますと、確かに聴こえてくるからだの声がある。
「もうそんなに無理しないで。あなたは疲れきっているよ。いのちと引き換えにしてまでがんばらなきゃいけないものなんてあるの?」
「泣いたっていいんだよ。甘えたっていいんだよ。もう1人でがんばらなくてもいいんだよ」
「もういやだ、疲れた。休みたい。もう限界!」
「わかってほしかったんだよね。ただ、わかってほしかっただけなんだよね」
「そんなに自分を責めないで。もう十分自分を裁いてきたのだからもう自分を許してあげて。しょうがなかったんだよ。あれがあなたの精一杯だったんだよ」
「淋しかったんだよね。悲しくて悲しくてどうしようもなかったんだよね」
< 病気 >
あなたが 自分の心とからだを痛めつけるような生き方をしているとき
不自然な生活習慣をやめないとき
心が葛藤で苦しんでいるとき
からだは 病気という手段を使って あなたのいのちを救おうとする
それは 悲しいほど正確ないのちのシステム
病気は 大自然のいのちのリズムや
自然なままのあなたの姿から遠く生きていることへの警告
からだが あなたを生かすために投げかけたいのち綱
病気は どこまでもどこまでも あなたのいのちを守ろうとする
あたたかな いのちのシステム
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
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何か“予感”のようなものがあった。朝玄関を出た瞬間に不思議な高揚感があったからだ。この日は東海ホリスティック医学振興会に初めて行く日だった。
「いい出会いがあるといいな。私に合う場所だったらいいんだけど・・・」
そんなことを考えながら電車に揺られていた。
名古屋駅に到着。駅から徒歩5分くらいの所に、目指す恒川ビルの看板が見えた。東海ホリスティック医学振興会は、そのビルの中にある。出掛けに妙な予感があったとは言え、まさかこことの出会いが私の第二の人生の扉を開けることになるなんて・・・。
私は少しドキドキしながら、振興会の扉を開けた。初めてお会いした恒川洋先生(東海ホリスティック医学振興会会長・恒川クリニック院長)は、極々普通のお医者さんだった。私はほっとした。もし、恒川先生が教祖様っぽい雰囲気の人だったらここに関わるのはやめておこうかなあと思っていたのだ。
私は、恒川先生の患者への接し方、メッセージの出し方、ユーモラスな語り口に、とても親近感を持った。患者に対して、威圧的で権威的な医師が少なくない中で、先生の醸し出している気さくな雰囲気は私を安心させた。
恒川先生のお話は患者たちへの爽やかなエールのようだった。私は、先生の開口一番のメッセージに励まされ「ああ、やっぱり、来て良かった」と思った。恒川先生は、ニコニコ笑いながらこんな言葉を患者たちに投げかけてくれた。
「医療の主役は医者ではなくまぎれもなく患者さんなのです。グラウンドに立ち、ゴールを目指し、ボ-ルを蹴る。ゴールの向こうに広がる青空を信じてひたすらボールを蹴り続けるんです。グラウンドとは患者さんの人生そのもの。医者も家族も友人もグラウンドに立つことはできないのです。サポーターとして応援し続けることしかできないのです。みなさんのからだには、“治す力”が心には“癒す力”があるんですよ。その“内なる治癒力”を高めていく方法を学び、体験していきましょう」
私はすでにシーゲル博士の本で、自然治癒力のことを学んでいたので、恒川先生のお話は何の違和感もなく心にすっと入ってきた。
「1991年にこの東海ホリスティック医学振興会を立ち上げた時には、医者仲間から散々ひどいこと言われましたよ。“あいつ、とうとう神がかっちまったよ”なんて言われ、僕はいたく傷つきました(笑)。ここの組織を新興宗教と勘違いして、僕のことを恒川○法なんて言っていた人もいたらしいです(笑)。なにしろ当時は、世の中全体がまだ、現代西洋医学=万能医学という時代でしたからね。ホリスティック医学なんてオカルト医学みたいに思っている人が大半でした」
それにしてもなぜ西洋医学の医師であり、名鉄病院(名古屋市)の消化器科の部長を務め、消化器系のがんの専門医であった恒川先生が、ホリスティック医学に取り組み始めたのだろう。先生は一体、何を目指されているのだろうか。私は恒川先生にそのことを質問してみた。
「実はすごくショックなことがあったからです。かつて自分が担当したがん患者さんが亡くなられた後、奥様にこんなことを言われたんです。“主人は治療で苦しんでいました。あのような治療を主人は望んでいませんでした”と。愕然としました。自分では患者さんを救いたくてやったことが患者さんやご家族を苦しめていたということがその頃の僕にはわからなかったのです。このことがあってから僕は悩み苦しみ、しばらくの間、悶々とした日々を送りました」
恒川先生は、このことをきっかけにして、医療の根本的な問題を問い直すようになる。“果たして医療は誰のためにあるのか?”、“医療の主役は誰なのか?”と。
「西洋医学の現場の主役は患者ではなく医師なんです。たとえば患者さんはがんと診断された時点で医師の治療計画に沿ってどんどん治療が進められますよね。西洋医学の通常療法である“がんの三大療法”(手術・抗がん剤・放射線療法)は攻撃的な治療なので、患者さんの心身への負担は相当なものです。当然患者さんの中には不安を抱える人もいる。でも殆どの場合、医師が患者さんの不安に心を配ったり、患者さんに何を知りたいのかなんて尋ねることはないでしょう? 中には“なんでこんなになるまで放っておいたんだ!”なんて患者を怒鳴りつける医師もいたりね。患者さんは、がんという病名だけでもショックを受けているのに、怒鳴られ、説教までされるなんてひどい話ですよ」
「僕は、これではいけない、患者さんが主体の医療が確立されなければならないと思いました。僕自身、西洋医学のがん治療の三大療法の限界にも気づき始めていたので患者さんが治る可能性があるものなら、西洋医学以外の代替医療にも目を向けるべきではないかと思い、ホリスティック医学に関わり始めたのです」
ホリスティック医学は、人間を丸ごと診る“全人的医療”と言われている。丸ごとというのは、身体性、精神性・霊性すべてに働きかけて、病を治癒に導くことだという。身体性、精神性、霊性という言葉を、“からだ・心・魂”と言い換えてみた。私は、なんとなくこっちの方がしっくりくる。私のすべて、人間丸ごとと思える。
ホリスティック=holisticという英語は、ギリシャ語のholos(全体)を語源とした言葉だ。holosから発生した言葉には、health(健康)、whole(全体)、heal(癒(い)える、癒(いや)す)、holy(神聖な)などがあり、health=健康というのは、healの名詞形で、癒(い)えて全体性が回復され、保たれている状態と記されている。
ホリスティック医学は、現代西洋医学以外の代替療法、治療法、健康法を積極的に治療に取りいれていく。日本で代替療法と言えば、東洋医学の鍼灸、指圧漢方、気功、及び、日本独自の様々な民間療法、自然療法、食養生がある。世界にも、それぞれの国の伝統医療がある。
私が関わっていた1994年から1996年頃までの間、東海ホリスティック医学振興会が、患者の自然治癒力=自己治癒力を高めるために用意していたのは、次のようなものだった。
東洋医学や心身医学、各種代替療法を学ぶ講座シリーズ、自己治癒力を高めるための体験講座。たとえば、気功やヨガ、ボディトーク、フェルデンクライス操体法、マクロビオティック、自然療法、各種の手当て法。アートセラピー、サイコセラピー、ミュージックセラピー、キネシオロジー、患者さんの癒しと気づきの場であるコスモスの会など。
現在はもうやっていないものもかなりあるようだが、新しくハコミセラピー、アロマセラピー、笑いセラピー、ホリスティックセラピー、イメージセラピーリフレクソロジー、枇杷の葉温熱療法、太極拳などが増えたという。
ホリスティック医学は、病を「気づきの機会、自己変革、自己成長の道」と捉えているが、ここではそのための感性論哲学(芳村思風先生・哲学者)の講座や、各種のセミナー、ワークショップ(体験学習・実習)など魅力的な講座もいろいろあった。
本などを読むと、野口体操、野口整体、西式甲田療法、快療法(快医学)、ゲルソン療法、エドガー・ケーシー療法、バッチの花療法(フラワーレメディ)、ホメオパシー、オステオパシー、アーユルヴェーダ、レイキ、エサレンマッサージ、バイオシンセシス、セラピューティックタッチ、ブリージングセラピーなどいろいろな療法があるようだがここにはそういうのはなかった。
これらのものが私に必要な時がくればきっとどこかで出会うのだろう。というよりたぶん私は、これらの大方は体験するのではないかと思う。なにしろ、もうエンジンがかかってしまったのだ。
私は一度エンジンがかかると、とことんやらないと気がすまない。性分もあるけれど、とことんやらないと本当のことって何もわからないし、何も見えてこないし、何もつかめないって思っているからだ。
恒川先生は、日本の医療を根底から変えていく力があるのは、患者の意識変革だと言う。そのためだろうか。恒川先生は、患者のもっている固定観念を崩すような知識や情報をたくさん与えてくださった。
「国民死亡率第一位を続けている疾病は、ご存知のようにがんです。がんで亡くなる方は増加の一途です。今や、3人に1人はがんで亡くなっています。50代、60代の2人に1人は、がんで亡くなっています。医学の進歩は日進月歩と言われているのにこれはどういうことでしょうか」
「これは、これまでのがん医療を見直さなければいけないということではありませんか。とにかく今や、がんは特殊でも、特別な病気でもないんです。まして、運の悪い人が不幸にも偶然遭遇してしまうような病気じゃない。でもみなさんは、自分や自分の家族、友人は、がんになんかならないとどこかで思っていませんか。がんが風邪と同じくらい誰でもなる可能性のある病気になった以上、この病気に対する従来の考え方やイメージを、大きく変えていかなければならない時代になっているのです」
確かにマスコミは、がんというと決まり文句のように、“不治の病”“凄絶な闘病生活”“壮絶死”といった言葉で形容する。社会に蔓延しているこの恐ろしいイメージに患者はまず先に負けてしまうのだと思う。
本当にこの病名にまとわりついているイメージは、絶望的なほど暗過ぎる。患者はこの圧倒的に暗く悲惨なイメージによって、さらに免疫力を落とし、病気を治りにくくしているのではないだろうか。
恒川先生は言う。「患者さんが固定観念としてもっている、“病気は全て医者が治してくれるもの”という考え方をまず変えなければね。自分は俎板の上の鯉なので先生にすべておまかせしますという依存心のかたまりでは、がんを始めとする難治性疾患に立ち向かうことはできませんよ」
「患者さんの“自立と自律”、自分で作った病気は、自分が治すという意志こそが大事なんですよ。食習慣を始めとする生活改善や心の持ち方、生き方を全く変えずに、薬やサプリメントにばかり頼ったり、代替療法家や宗教家に縋って“治して下さい、助けて下さい、癒して下さい”という依存的な患者でいる限り治癒は難しい。これでは、結局、縋る対象を変えただけでしょう? 西洋薬を漢方やサプリメントに、医者から代替療法家に鞍替えしたに過ぎない」
どの俎板に乗るかは、鯉が選ぶということなのか。確かに、無力な鯉になっては難病に立ち向かえないというのは、至極、当然のことに思えた。「お任せします」という言葉も患者という弱者のお縋りからでた言葉なのか、その医師に対する心からの信頼感から出た言葉なのかでは、その意味合いは全く違ったものになるだろう。
「病をきっかけに自分を見つめ直すことで、自己への“気づき”が深まり、結果として、病の治癒を超えて、自分の“あり方”や“生き方”が大きく変わっていった人を僕は沢山見てきました。そうすると、苦しい病は、本当は天からの何か大切なメッセージなのではないかと思えるのです」
恒川先生のこのメッセージが私の胸にとても響いてきた。私も生死にかかわるような腫瘍を自分の頭の中に作ってしまったのだから、ここでやっている患者の自己治癒力を高める方法は私が取り組む必要があるものばかりだと思った。私はもっと勉強し、自分でやれることはやっていこうと思った。私のからだなんだし、私の人生だもの。
私がいた当時は、「コスモスの会」という、患者さんたちの癒しと気づきの場があって、その会で恒川先生は硬軟とり混ぜて、私たちにいろいろな話をしてくれた。
「ここでの僕は、ドクター恒川ではなく、一人の悩み多き人間、男として、みなさんと同じ立場で参加しているんです。僕の悩みも聞いてください(笑)」
「患者さんは、医者って、傲慢でプライドが高くて、怖くて、自分とは人種が違う人間だって思っているでしょう? でもね、本当は小心者で傷つきやすくて、患者さんとの関係でけっこう悩んでいたりして、そのストレスで病気になりそうになっている医者も案外いるんですよ(笑)」
「僕は、人生の縦糸、つまり、人生の長さというのは予め決まっているのではないかと思っています。だから、治らなかった、助からなかったということが失敗でも努力不足だったからでもなく、それが、その人の人生の縦糸の長さだったんだと思うようになりました。残された人たちは、その縦糸が短かったら無念だし、悲しい。天寿を全うしたという年齢であっても、それは同じでしょう。大切な人、愛するものを亡くした悲しみは耐えがたいものです」
「しかし僕は、たとえ人生の縦糸が長くても短くても、人はなんらかの使命を果たしてこの世を去るのだと思います。縦糸の長さが決まっているのだとすれば、僕たちにできることはどれだけの美しい横糸で、自分の人生の織物を機織っていくことじゃないかと思うんです。その人が人生で紡いできた横糸が、“クオリテイ・オブ・ライフ”―人生の質、人生の豊かさを決めるのではないかと思っています」
恒川先生の言われた“人生の縦糸”という言葉が胸に響いてきた。本当に人生の縦糸の長さは誰にもわからないのだ。人はその縦糸の長さを生き切るしかない存在だ。私は人生の縦糸というのが、寿命という“いのちの長さ”だとしたら、人生の横糸とは何だろうとふと思った。
おそらくそれは、その人のいのちに刻み込まれた“深い生の体験”なのではないだろうか。それが喜びであれ、悲しみであれ、大きな感動であれ。その人の人生の縦糸と横糸が織りなす“いのちのタペストリー”を運命というのかも知れない。
人生の横糸をその人の“魂の物語を紡ぐ糸”という言葉にすると、どんなイメージが湧いてくるだろうか。
それは・・・言葉にならないような感動の体験。夢を追いかけた日々。愛するものを守り続けた時間。苦しみを乗り越え続けた道のり。幸せを求めて歩き続けたその人の“足跡の数”。
逢うべき人にちゃんと逢えたということ。人間の素晴らしさ、生きていることの素晴らしさに胸が熱くなった日の想い。別れの悲しみに身が引き裂かれそうなほど泣き明かした日々。このまま死んでもいいと思えるような“永遠よりも長い一瞬”一それを、人は愛と呼ぶのだということを知った日の出来事・・・
その人の“いのちのタペストリー”を編んでいく糸は、いのちの中に無限に存在しているのだろう。縦の糸は神さまが決めたもの。横の糸は自分が見つけて紡いでいくもの、自分の力で切り拓いていくもの。私という“いのちの織物”のデザインは神さまと自分との共同作業であり、共同創造なのかもしれない。
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml
* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)
テーマ:今回は、第二チャクラのテーマを見ていきます。第二チャクラは、へその下、下腹部のエネルギーセンターです。第二チャクラのエネルギーバランスが悪いと、慢性の腰痛、坐骨神経痛、子宮、卵巣などの産婦人科系の病気、泌尿器系の病気にかかりやすくなります。
身体症状がない場合でも、人間関係でトラブルが多い方、同じ人間関係のパターンを繰り返している人、お金にまつわるトラブルが多い人は、第二チャクラの学びと浄化が必要であるというサインかも知れません。
この「1 day ワークショップ」では、カラーアートセラピー、気づきのワーク、各チャクラのエネルギーバランスを整える心地いいボデイワークなどによって、それぞれのチャクラが持っている学びとギフトをあるがままに見ていきます。
* 詳しくはホームページをご覧ください。
岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
ある日、不思議な案内状が突然、私宛に届いた。中を開けてその案内を読み進むうちにびっくりした。なぜよりによって今、これが私に届けられたのだろう。それは名古屋にある「東海ホリスティック医学振興会」というところの活動案内だった。(私は当時、愛知県の春日井市に住んでいた)
私にとっては初めて知る組織、存在だ。この案内を送ってくれたのは、名古屋在住の鶴田紀子さんだった。鶴田さんご夫妻は、私がかつて勤めていたシンクタンクでやっていた、社会潮流(メガトレンド)と消費動向の関係性を学ぶ研究会の会員だった。私は毎月、この会で所長と共に講演をしていたのだ。
鶴田さんご夫妻は非常に勉強熱心で、意識の高いご夫婦であることは話の端々からうかがえた。エコロジカルな新しい社会―持続可能性社会を創るために、新しい理念をもって活動されている人たちのネットワークづくりも積極的にされていた。
私は、かつていた世界に戻るつもりは全くなかったので、そこでできた人間関係の殆どは自然消滅していた。だから、鶴田さんから突然こうしたお便りをいただいたこと自体にまず驚いたのだ。
私は、鶴田さんご夫妻が好きだったので、この案内が届いた時には、驚くとともに、私を忘れないでいてくれたことをとてもうれしく思ったのだ。おそらく、風の噂で私が病気退職したこと、結婚して愛知県に住んでいることを知り連絡を下さったのだろう。
案内状の余白にさりげなく「お元気ですか?またお会いしたいですね!これ、もしご関心があったらどうぞ」と手書きのメッセージが添えられていた。関心があるもないも、私はすでにこの世界に大いに手も足も突っ込み始めた矢先なのだ。
鶴田さんが送ってくれた、東海ホリスティック医学振興会の活動内容やセミナーの案内を目を凝らして読んだ。慢性病(生活習慣病)、再発率の高い病気、治癒の困難な病気、死と隣り合わせにあるような病気をした人間にとっては、非常に興味、関心をひく内容だった。
しかし、組織の実態と活動内容が漠然としていること、自分のまったく知らない概念や言葉がたくさん書かれていることで、なんとなく、あやしいところなんじゃないかという猜疑心も同時に頭をもたげるのだった。
こうなったら、実際に行ってこの目で確かめるのが一番だ。でも、何より鶴田さんのご紹介なのだから、こんな疑いは杞憂にすぎなかったと、行って見ればすぐわかることだろう。
とにかく、私は、シーゲル博士の本を読んだ時に感じた、私のアンテナにビンビン触れてくる感覚、あの実感を信じようと思った。私の中で何かが新しく始まる時には、必ずこのビンビンかピーンがあるのだ。感じるのだ。共鳴装置が作動する感覚といったらいいだろうか。
“鳴った”と感じた瞬間から“始動”である。「行ってみよう!」と思った。こことの出会いが、私の人生の分水嶺になるなんて、この時には想像だにしていなかった。しかし、今振り返ってみると、私の第二の人生の扉は間違いなくこの、東海ホリスティック医学振興会との出会いによって開かれたのだ。
ここでの様々な人との出会い、体験、学びは、私の“人生の質”を根底から変えてくれた。ここは、私にとって生き直しのための「乗換駅」であり、人生の再編集のための「編集所」でもあったのだ。
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml
* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)
テーマ:今回は、第二チャクラのテーマを見ていきます。第二チャクラは、へその下、下腹部のエネルギーセンターです。第二チャクラのエネルギーバランスが悪いと、慢性の腰痛、坐骨神経痛、子宮、卵巣などの産婦人科系の病気、泌尿器系の病気にかかりやすくなります。
身体症状がない場合でも、人間関係でトラブルが多い方、同じ人間関係のパターンを繰り返している人、お金にまつわるトラブルが多い人は、第二チャクラの学びと浄化が必要であるというサインかも知れません。
この「1 day ワークショップ」では、カラーアートセラピー、気づきのワーク、各チャクラのエネルギーバランスを整える心地いいボデイワークなどによって、それぞれのチャクラが持っている学びとギフトをあるがままに見ていきます。
* 詳しくはホームページをご覧ください。
岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私が自己探求に歩み出したのは、1994年の病気の再発がきっかけだった。1991年に脳腫瘍と水頭症を発症した私は、九死に一生を得て奇跡的に生還した。退院後は、お医者さんに言われた通り、ストレスのかたまりになっていた会社は退職し、仕事は一切やめ、専業主婦に徹した。毎日、家事と育児ののんびりした生活をしていた。
食生活にも気をつけたし、鍼灸や指圧やカイロプラックティックにも通い、水泳をやって運動不足も解消し、毎日、青竹踏みもやった。気功のビデオを借りて、見よう見まねで気功や瞑想や呼吸法もやっていた。サプリメントや健康食品も積極的に取り入れていた。
私は、退院後の3年間、自分なりにかなりの模範的な健康生活をしていると思っていたのだ。それなのに3年目の検診でまた脳に影が出たのだ。ものすごいショックを受けた。奇跡は二度とは起きないと思い、頭はパニック状態になった。病院を出た後、本屋に直行した。
医学や健康関係のコーナーに行き、癌、白血病、脳腫瘍、膠原病、重症筋無力症、重症のアトピーなどの、いわゆる難病関係の生還者からの本とか、西洋医学以外のいろいろな治療法が書いてある本がいっぱいあった。
目を皿のようにして背表紙を追いかけた。すると、急に視界が靄がかかったみたいに白くなって、すべての本の背表紙が見えなくなってしまったのだ。そして、ある文庫本の背表紙のタイトルだけがスコーンという感じで目の中に飛び込んできた。
『シーゲル博士のこころの健康法』(新潮文庫)というタイトルだった。著者はバーニー・S・シーゲル。まったく初めての著者だった。何をしている人なのかもわからない。タイトルからすると心理学者か精神科医だろうか?
でもなぜ、私が「こころの健康法」なの? 私は脳腫瘍であって、心を病んでいるわけではないのに。しかし、その本は明らかに私に読めと言っていた。著者はアメリカの有名な外科医であり、多くのがん患者さんの肉体的な治療と心の癒しに力を注いでいる医師であるということがわかった。
私は、その本を手にとり、ぱっと開いたページを何気なく読んだ。一瞬目が釘付けになった。ぞーっとするような文章に出会った。
「肉体的な病気を診るとき、医者はもっぱら身体に注意を向け、患者の人格や心は別のもののように考えがちだ。だが心と身体は不可分であり、病気を理解するためには、その病気がなくては満たされないような何らかの心理的欲求をそれが満足させているのではないかと考える必要がある。(中略)このことを考え始めると、病気がなぜある特定の部位に現れるのか、また、なぜある特定の時期に起こるのかについては、理由がある場合が多いことに気がつく。身体は自分の要求を満たすために、実に巧妙な手をつかうのだ」
何これ、どういうこと? 私があの時期に、あの病気になることを自分で選んだとでも言うの? そんなばかな。誰があんな痛み、苦しみ、生死を彷徨うような体験を、自分から選ぶものですか。そう心の中で言い返して、一端は本棚に戻した。
しかし、他の棚に行ってあれこれ本を見ても、なぜかまたこの棚に戻って来てこの本を手に取り中を読んでしまう。気になってしょうがない。何か図星を指されてしまった感じで、すごい抵抗が起きている。
どーうしよう、読みたくないな、この本。そう強く思う一方で、いや、この本の中には私が学ばなければいけないことがいっぱい書いてあるという直感があったのだ。やはり、直感の方を選択。レジに直行した。
帰宅してからむさぼるようにして買った本を読んだ。衝撃的な本だった。シーゲル博士は、この本の前に『奇跡的治癒とはなにか』(日本教文社)という本を書いていてこれは世界的なベストセラーになっている本のようだ。『シーゲル博士の心の健康法』はこの本の続編に当たる。序文にはこう書いてある。
「本書と前著で私が強調しているのは人間には自然治癒力が備わっているという点だ。神によって与えられたこの能力を医学はあまりにも長い間無視してきた。だが自然治癒力を重視するからといって医者に背を向けることを私が勧めているわけではない。ただ、医術だけに頼るのは間違っていると思う。近代医学と自然治癒力は、互いに相いれないものではない。どちらかをとって他方を排除するのはよくない。病気を治すためには、あらゆる方法を利用すべきだ。つまり、科学的な治療法と同時に、人間が生まれながらにして持っている治癒力を使うのだ。本書において私は自分自身と、これまでに出会った多くの例外的患者(筆者注:医者に見離された患者で奇跡的に治癒した人々)の経験にもとづいて、人間に備わった治癒システムの役割をさぐる。そして、その科学的なメカニズムを説明し、なぜ愛が生理学的な効果をもつのかを明かす」
「病気は夜中に泥棒がどこかの家に忍び込むように、行きあたりばったりに人を襲うわけではない。あるタイプの人間が、人生のある時点で、ある種の病気にかかるんだ。何年もこうしたことを見ていると、ほとんど予言できるようにさえなる。鋭い医者にとっては、病気は心理学者にとってのロールシャッハテストのようなもの。いわば患者の自己表現の一つなんだ」
私は、この文章を読んだ時に、ある感覚を思い出していた。闘病中のあの耐えがたい痛み苦しみの最中に、私は心のどこかでほっとした感覚があったことを覚えている。自分が生死を彷徨っているというのに、「ああ、助かった。これで楽になれる」と思ったのだ。
そして、妊娠中にもほんの一瞬思ったことがある。私が大きな病気をして、元のからだに戻れないようなことになれば、今までのことからすべて解放されると。病気になり、からだに障害を持てば、役員をしていようが、どれだけの仕事を抱えていようが、誰からも非難されずに会社をやめられると思ったのだ。
私は、出産前の休憩期間に、会社人間・会社人生からはもう降りたいと思ったものの罪悪感が同時に生まれていた。まだ、女性というだけで差別され、不当に低い扱いをされることが多い企業社会で、私はその会社で本当にたくさんの機会を与えてもらった。地位も給料もがんばって成果を出せば、男女の差なくちゃんと上がっていった。
私が会社をやめるということは、私をここまで育ててくれた人たちや、一緒にがんばって働いてきた仲間達を裏切ることになる。私はそれが本当につらかった。私は、人からの非難や攻撃に本当はすごく弱い。そして、人から無責任と言われることや、逃げたと思われることもすごくいやなのだ。
私は、恩義のある上司や、共に喜びや苦しみを分かち合ってきた仲間たちを裏切る形になって失望されるのがこわかった。だから、あの病気になった時、「これで大義名分ができた。誰からも非難されずに、どうどうと会社をやめられる。この世界からやっと降りられる」と正直思ってしまったのだ。
しかし、なぜ私はこんな本に出会ってしまったのだろう。どう考えても難病の人が、病気を克服するための参考になる本を選びに行ってこんな小さな文庫本ましてや『シーゲル博士の心の健康法』なんていう平凡なタイトルの本を手に取るとは思えない。やはり、これは私が読まなければいけない本だからこそ出会ってしまったのだろうか。
「病気は、患者の自己表現」「病気は、患者の潜在意識が創造したもの」「人間には自然治癒力が備わっている」「病気は、自己変革への道」
他の人がこういったメッセージをどう受け止めるかはわからない。多くの人はもしこの本を読んでも、「何言ってんの」と歯牙にもかけないかもしれない。世の常識では、病気は偶然の不幸で、患者である自分は、その被害者、犠牲者なのだ。素人である患者は医師にいのちも人生も全部預けて、「先生、治してください!助けて下さい!」とすがるしかない無力な存在、俎板の上の鯉なのだ。
誰が、病気が自己表現などと思うだろう。自分の中に病気を治す力があるなんて誰が信じられるだろう。普通の人の反応は、おそらくこうしたものだろう。しかし、他の人がどう受け止めようとも、私自身は、この言葉にドキッとしてしまったのだ。
「病気というのは、からだの声なき声なのだろうか?」「何か大切なメッセージなのだろうか?」「病気には、意味があるのだろうか?」「心が現実を創るというのはどういうことなのだろう?」「病は、自己変革への道というのはどういうこと?」
私は、シーゲル博士の本を読み進むうちに、心や思いというものが作る病気や現実というものに対して、信じたくない、怖すぎるというネガティブな反応よりも、心というものの無限の力というものに対して、もっと知りたい、信じたいという気持ちが生まれはじめていた。
これまで世間一般では、病気は悪いもの、忌まわしいもの、過去の人生の間違い、あるいは前世で行った悪行に対する「報い」「罰」といった、非常にネガティブなイメージがあった。難病に関してはなおさらそうだ。
ところが、この本を読んだことによって私は、「病から、もっと学べることがいっぱいあるのではないか?」「新しい世界に出会えるのではないだろうか?」と思うようになったのだ。シーゲル博士の本には、患者に希望と勇気を与えてくれるメッセージがいっぱいあった。
「人間である以上、何かを失ったり悲しんだりすることは避けられない。しかし、新たな愛と、真の治癒は苦しみによってもたらされるのだ。苦痛は自己変革のために利用することを学ばなければ、長生きは何の幸せも生まない。自己変革の道は険しいが、これを歩むことにより、至福のときを経験することができる」
「病気と死は、敗北のしるしではない。真に生きることができない人こそ敗北者なのだ。生きること、それも愛情豊かな楽しい人生を送ることを学ぶのが私たちの目標だ。病気はしばしばそれを教えてくれる」
「真に癒された人たちは、苦しみや逆境の価値を知っている。病気という象徴的な経験の中に、自己変革と自然治癒、そして健康な心身へ通じる道が隠されていることを知っているのだ。私たちもその道を歩み始めようではないか。病気を利用して、自分の人生を癒すのだ。真の自分を発見するための第一歩を踏み出そう。今すぐに」
MRI写真に写っていた影に怯えてパニックになった私が、偶然にも本屋で見つけたシーゲル博士の本。博士の本は、私の人生の新しい扉をあけるための鍵だったのだ。
私は引き続き博士の『奇跡的治癒とは何か』(日本教文社)も読んだ。この本もまた世界的なベストセラーになるだけあってとてもいい本だった。とにかくこの時の私が、どれだけシーゲル博士のメッセージに救われ、希望の光を与えてもらったか計り知れない。
博士のメッセージからは、からだの底から力が漲ってくるような、あたたかくやさしいエネルギーが伝わってきた。愛のある言葉というのは本当に力だ。私は、博士の2冊の本を読んだお陰で、病を超えて到達する「生」の新しい地平を見てみたいという思いがあふれてきた。
それに、自然治癒力の別名である「生命力」「いのちの力」については、我が子の成長のプロセスを見て感動し充分実感してきた。脳の手術後の後遺症である右手のしびれだって、必要な援助を受けながらも、自分でできることをやりながらちゃんと治した。なにより私には、あの死の崖っぷちから生還したという体験がある。
シーゲル博士の本は、私がいままで持っていた、病気=悪という固定観念を小気味いいほどにこわしてくれた。頭が真っ白になって、すがるような気持ちで飛び込んだ本屋で偶然見つけた小さな本が私に大きな勇気を与え、何か新しい世界へと誘っているように思えた。それに、なんと言っても、「神さまがくれた能力を使わない手はない」という博士のメッセージがとても素敵だと思ったのだ。
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml
* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)
テーマ:今回は、第二チャクラのテーマを見ていきます。第二チャクラは、へその下、下腹部のエネルギーセンターです。第二チャクラのエネルギーバランスが悪いと、慢性の腰痛、坐骨神経痛、子宮、卵巣などの産婦人科系の病気、泌尿器系の病気にかかりやすくなります。
身体症状がない場合でも、人間関係でトラブルが多い方、同じ人間関係のパターンを繰り返している人、お金にまつわるトラブルが多い人は、第二チャクラの学びと浄化が必要であるというサインかも知れません。
この「1 day ワークショップ」では、カラーアートセラピー、気づきのワーク、各チャクラのエネルギーバランスを整える心地いいボデイワークなどによって、それぞれのチャクラが持っている学びとギフトをあるがままに見ていきます。
* 詳しくはホームページをご覧ください。
岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
これまで私がこの「SQライフ」のコラムに書いてきたことは、長年に渡る自己探求のプロセスで私が感じたり、気づいたり、発見したり、本質的なことの理解を書き綴ってきたものだった。
途中をはしょってきたので、中にはよくわからないことを書いていると思われている方もいるかもしれない。私は、今でこそ、こんなスピリチュアルサイトでコラムを書かせていただいているが、探求を始めた10数年前は、精神世界などの形而上学的なことに関心を持っている人はごく一部で、殆どオタクの世界だったように思う。
あの頃は、まだスピリチュアルなんていう言葉は世間的ではなかった。今はもう女性週刊誌にまで毎週のように取り上げられ、スピリチュアルはブームであり、消費の対象になっている。
女性週刊誌が取り上げ始めるとかなり危くなる。今や、スピリチュアルな世界は本当に玉石混交だ。どこの世界でもそれは同じだけれど、この世界は特にその差が激しい気がする。魑魅魍魎たる世界と紙一重で、ものすごーく変な人、正真正銘に怪しい人、思いっきり勘違いしている人がいるし。癒しを卑しいビジネスにしてしまっている人、スピリチュアルという言葉をオブラートにして危ない世界に巧妙に勧誘してくるやからも少なくない。
「気をつけよう、甘い言葉とスピリチュアル」という感じだ。しかし、同時にあまりにもお手軽なノリのスピリチュアル好きの人も、高みからものを言う教祖エネルギーの人も、精神世界が観念世界になっている人も、私には、なんだかなあという感じだ。
それでも、物質的な世界の豊かさをここまで享受しても、何故か心の奥はいつも淋しい、空しい、何かがいつも満たされないという人たちが増えているのは確実で、だからこそ、スピリチュアルな世界は、表層のブームから、もっと本質的な探究と理解が必要な時期に来ているように思う。
スピリチュアルは、大地、暮らし、仕事、食事、身体、人間関係から離れてはいけない。自分の中にあるネガティビテイや、人生に起きてくる様々な困難や苦悩、問題からの現実逃避になってもいけない。人は、天と地の間に立って生きているものなのだから。
しかし、これまで私が書いてきたコラムの内容も、途中のプロセスをあまり書いてこなかったため、ちょっと天の方に飛び過ぎの感があるかもしれないと思い、次回からのコラムは、もっと時間を遡り、私の探求の初期の頃、生まれて初めて本格的に自分の内側の旅を始めた頃のことを書いていこうと思う。
つまり、「オーラの泉」みたいな番組がTVのゴールデンタイムに放映されるなんて考えられない時代であり、ホリスティック医学、統合医療、代替医療なども世間的にはまだまだ受け入れられなかった1990年代という時代背景のもとに始まった私の探求の旅の頃のことだ。
1996年に出版された、拙著『もどっておいで私の元気!』(善文社)は、生死を彷徨う病気の体験から始まった、私自身の“心と体と魂の旅”の道程での“気づき”を書き綴ってきたものだった。
「感じる」ことを丁寧にやりはじめたら、私のいのちの奥底から言葉が湧き出てくるようになり、私は、ただそれを忘れない内に今書き写しておかなければという感じで、言葉があふれてきた途端、すぐそばにある紙やノートにそれをかいていたのだ。元々、出版を目的に書いてきたものではなかったのだが、ある偶然が重なって出版化された本だった。
人はみな、人生で様々なことを体験しているわけだけれど、その体験をしっかり味わい、感じ、気づき、学んで、“意識化”していくと、その後の人生の質が大きく変わっていくように思う。私の場合は、言語化するということが、最も意識化できる作業だったのだ。
今まで自分が無意識に思っていたこと、無意識下に押し込めていた感情、無意識的、機械的、習慣的にやってきた思考パターン、行動パターン、反応の仕方などを意識化できるようになるにつれ、私は、自分自身について、他者について、さらには、人生に起きてくる問題、現象、世界の見え方まで変わっていったのだ。
とはいえ私自身の性格そのものは昔と全然変わっていない。短所なんか益々磨きがかかってきた感じがする。おばか度数もどんどん拍車がかかっている。しかし、感じ方が変わり、物事の受け止め方がかわり、反応の仕方が変わり、自分の在り方が変わってきたら、人生にたくさんの歓びや平安や素晴らしい出会いがやってくるようになったのだ。
今回から、私の“心と体と魂の旅”の道程を丁寧に書いていこうと思う。旅の始まりはやはり人生への根源的、本質的な“問い”だった。
「私はどうしてこんな病気になってしまったんだろう?」
「死んでいたかも知れない私がどうしてもう一度この世に戻されたのだろう」
「人はいつかみんな死ぬのに、なんのために人は生まれてくるのだろう?」
「この世はどうしてこんなに苦しいことばかり起きてくるのだろう」
「私は、本当はどんな仕事がしたいのだろう」
「私が本当に生きたい人生って、どんな人生なのだろう」
「私は一体なんのためにこの世に生まれたのだろう」
自己の内奥へのこの大きな問いかけは、同時に、生まれて初めての大いなる存在への真摯な問いかけでもあった。それは今にして思うと、私が、身体や心を超え、個をも超えた、目に見えないスピリチュアルな世界にまで歩み出さざるをえない、いのちの発動だったのだと思う。
私は、その内なる旅の道程での“気づき”を、『もどっておいで私の元気!』に書き綴ってきたのだが、一方で私は、その気づきが起きた時の“体験”も書き綴っていた。
つまり私は、同時進行で、感じたこと、気づいたこと、学んだこと、発見したこと、理解していったことを「ふたつの表現形態」で言語化していったのだ。その“体験”を書いてきたもの方はまだ世にはでていない。次回からのコラムは、その旅の道程での私の体験を載せていこうと思う。
(次回に続く)
*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。
http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml
* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)
テーマ:今回は、第二チャクラのテーマを見ていきます。第二チャクラは、へその下、下腹部のエネルギーセンターです。第二チャクラのエネルギーバランスが悪いと、慢性の腰痛、坐骨神経痛、子宮、卵巣などの産婦人科系の病気、泌尿器系の病気にかかりやすくなります。
身体症状がない場合でも、人間関係でトラブルが多い方、同じ人間関係のパターンを繰り返している人、お金にまつわるトラブルが多い人は、第二チャクラの学びと浄化が必要であるというサインかも知れません。
この「1 day ワークショップ」では、カラーアートセラピー、気づきのワーク、各チャクラのエネルギーバランスを整える心地いいボデイワークなどによって、それぞれのチャクラが持っている学びとギフトをあるがままに見ていきます。
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岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
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