岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2007年10月

新しい自分が生まれようとしている 

WS000240.JPG「ゆらぎ園」で初めてお会いした郁恵さんは、これまで私が出会ってきた、先生と呼ばれる職業の人特有の、あるあり方、匂い、雰囲気が全くなくて、「えっこの方が、本当に今日の講師なの?」という驚きから始まった出会いだった。


小柄で華奢な手塚先生はショートカットの髪にカチューシャをしていらした。先生はドアを開けて入っていった私に「こんにちは。ようこそ」と笑顔で声をかけてくださった。私は、珍しく緊張しながら行ったので、その声と言葉かけにとてもほっとしたことを覚えている。


 

郁恵さんのセミナーは沈黙の時間が多かった。言葉がなくなると、人は感じ出す。目を閉じると内側に意識が向かい出す。自分の心とからだに意識を傾けているだけで何かが開いていくような感じがしてくる。


ふだん意識というものが如何に外にばかり向いているのか、如何に思考ばかり使っているかがはっきりわかる。“ただ、感じる”ということに意識を集中するだけで、知らない自分に出会っていくような感じがした。


私は、郁恵さんのメッセージの出し方がとても新鮮で心地よかった。郁恵さんは難解な言葉を使わない。郁恵さん自身のたくさんの学び、知識がたくさんあるはずなのに、専門用語を使わず、自分の言葉で、普通に話す。参加者の問題を分析したり、意味づけしたり、評価、判断したりすることもない。


深いこと、難しいことをひらがなのような言葉で伝えてくる。それも、ほんの少しの量で。新しい知識や情報を次々につぎ込まれて、消化できずに、アップアップしてしまうようなセミナーではまったくなかった。


私は、郁恵さんのセミナーは、行間の中に深いメッセージを感じさせる本のようだと思った。行間があるから、その空白の部分に自分が自分のまんまでいられるような感じがした。


「感じることを大切にしてください。自分が感じていることは、誰がなんと言おうと“今・ここ”での自分の真実なのですから。自分の真実の声に寄り添って生きていけるようになると、自分のいのちは本当に喜びます。ネガティブな感情は、特に大切にしてくださいね。その下には自分の本当の欲求が隠されているし、自分が本当はどうしたいのかという答がちゃんとありますから」

「私たちは、人に自分をわかってほしい、認めてほしい、愛してほしいと思っているのに、自分が自分のことをちっともわかってあげてなかったり、認めていなかったり、愛していなかったりしませんか。人の一番深いさびしさは、自分が自分のことを信じていないこと、愛していないことではないでしょうか」


「何を感じてもいいんですよ。感じるなんて、いいも悪いもないんですから。うれしいものはうれしいし、いやなものいやだし、好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いでしょ。


「でも、不思議なことに、いやだって思っちゃいけない、嫌いって思っちゃいけないって思っている人がいます。いやだって感じるにも、嫌いって感じるにもきっとわけがあります。心の中に自然に湧いてくる感じは、ちゃんと感じてあげて、一緒にいてあげてください。そうしなければ、その訳もわからないでしょう?」


ネガティブな感情を感じることがとても苦手だった私は、なにより、このメッセージにどれだけ救われただろうか。ネガティブな感情を嫌悪し、ダメだと決め付け、プラス思考しなければいけないという“とらわれ”が強かった私は、このメッセージだけで、涙があふれてきてしまった。


郁恵さんがセミナーで伝えてくれたメッセージは、後に、詩集『こころ ことば いのち ~ハコミの風にのって~』(春秋社)として出版された。郁恵さんの文章は、小学生でも読めるような平易な文章だ。難しいことを難しいままに書く人、簡単なことをわざわざ難しく書く人がけっこう多いけれど、本当は難しいこと、深い意味をもつことを誰にでもわかる言葉で書くというのは、実はものすごく深い知恵と体験がなければできないものなのだと思う。


私が、郁恵さんのセミナーで聴いたメッセージで、とても好きなものをいくつか紹介させていただきながら、いまでも印象に残っているいくつかの体験を書いていきたい。


   《  新しい自分が 生まれようとしている  》

おちこんでいる
ひっかかっている
自信がなくなっている
どうしていいか わからない


そんなときは
新しい自分が 生まれようとしているんだよ


自分のなかの何かが
いままでの わくのなかに
はまりきれないで
もっと 大きく育とうとしているんだよ


いままで気づかなかった
何かに気づき
今まで とらわれていたものから
解放されて


もっと自由に
もっといきいきと
生きる自分になろうとしているんだよ
だから それは
とてもすてきなことなんだよ

   《   わたしが わたしであることを  》

わたしが わたしであることを
こころから うれしいと感じるとき


あなたが あなたであることを
心から 喜べる

            
わたしが わたしを生きて
わたしのこころがみたされるとき


あなたが あなたを生きるのを
こころから いいな と感じる


そんなとき 自分をひととくらべる必要もなく
ひとのようになる必要もない


ほめられても けなされても
わたしは わたしを生きるだけ

 
わたしが 生まれてきたのは
わたしを生きるためだし
あなたが 生まれてきたのは
あなたを生きるためなんだよね


(次回に続く)


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*11月10日(土)に「1 day ワークショップ」が東京・自由が丘であります。
http://anatase.net/work2.htm

*11月23日(金・祝日)に広島で講演会があります。
http://anatase.net/event.htm


*11月24日(土)~25日(日)、広島でワークショップがあります。
http://anatase.net/work.htm

*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/

心という深い海

WS000238.JPGこの橋を何度渡っただろう。初めてこの橋を渡る時、一気に渡り切ることができなくて、ちょうど橋の中央あたりで歩を止めて、橋の欄干に両手をつき、下の川の流れをぼんやり眺めていたことを思い出す。


川は思ったよりきれいな水で、流れはゆるやかだった。川の流れを見ていたら水面に青い空と白い雲が写っていたので、ふと上を見上げた。あの日の空は、とてもいい空だった。

「きっと私は、この橋を何度も渡るようになるのだろうな」と思った。

橋の向こう側に渡るということが、どういうことなのかはよくわからなかったけれど深呼吸をして「さあ、行こう」と、自分で自分を押し出したような感覚があった。


湯の山の駅から、ゆっくり歩いて10分くらいのところに、「ゆらぎ園」はあった。初めて橋を渡るときに感じた通り、確かに私は、毎月、毎月、この橋を渡って「ゆらぎ園」に通うようになった。1年以上も通ったから、もうすっかり慣れて、橋の真ん中で立ち止まることもなく、まっしぐらに「ゆらぎ園」に向うようになっていた。


ところが、この日は違った。初めてこの橋を渡った時と同じように、橋の中央の欄干から、長いこと下の川の流れを眺めていたのだ。川底が透けて見えるくらいの浅瀬の川だった。


浅い川というのは、いつも小さく波立っていて、川底の石や砂や、川辺の草花たちとおしゃべりしているみたいに見える。浅ければ浅いほど、水は流れているということがわかる。


深い川は反対だ。深い川はまるで沈黙しているように思える。一瞬、止まっているかのようにも見える。川が流れていないなんてことはありえないのに、深さというものが表面の小さな変化を吸収し、その存在感を静かに訴えてくるような感じがする。


海に辿り着くまでの旅をしている川は、浅くても、深くても、いつかは、自らの源である海に還るのだけれど、浅い川は、還ることを知らずに流れ、深い川は、還ることを拒みつつ、そこに止まろうとしているみたいに思える。


心というものが、深い深い海のようだと感じたのは、この日の手塚先生のセミナーの中で初めて触れた私の感情が気づかせてくれたことだ。今まで、私が触れてきた自分の感情は、浅瀬の川で水遊びをしていたに過ぎなかったのだと思った。


それでも私は、その浅瀬の川の石ころに躓き、溺れ、増水した時は、濁流に流されてしまった。何度も何度も。次第に水がこわくなっていった。川であっても、海であっても。


陸で転んだら、立ち上がることができる。もう一度歩き出せる。道がなかったら、自分で道を作っていくことだってできる。私は、そういうことは得意な方かもしれない。


陸、大地を生きている限り、私は、妙に逞しい。極度の方向音痴だから、迷子になることは日常茶飯事だけれど、大地に足を着けている限り、何があってもどうにかなるんじゃないかと、能天気に自分の生きる力を信じているようなところがある。


でも、海はお手上げだ。飲み込まれてしまう、溺れてしまう、流されてしまうというとてつもない恐怖がある。空もこわい。足が着かないところがとても苦手。飛行機に乗る度に恐怖でからだが縮こまる。自分の力ではどうにもならない世界にいるということが私はすごくこわい。


海で遊ぶ時も、浅瀬の川で遊ぶ時と同じ程度にしか関わらなかった。自分が安全を感じる範囲でしか、海に触れることができなかった。それはまるで、自分の心というものに対する、私の関わり方と同じだった。


海は深く潜っていけば見たこともないような美しい魚たちがいて、自分が全く知らない異次元の世界の美しさや感動に触れられるはずなのに、私はこわがりで決して中に深く入っていこうとしなかった。


深い海の闇がこわかった。それは、心という深い海に潜っていったら、何か自分の中から、おどろおどろしいものが出てきそうな恐怖と、見たくない自分に直面させられるのではないかという恐怖と同じだった。


ところが、シュノーケリングのつもりで行った手塚先生のセミナーで、気がついたら私は、酸素ボンベを背負って海に潜っていたという体験をしてしまったのだった。


自然に、知らず知らずのうちに、というのが良かった。潜水するということを予め知らされていたら、私は、「泳げません、潜れません」と言って、スタコラサッサと逃げていたに違いないのだ。手塚先生のセミナーに対して、何も先入観や固定観念をもたずに行ったことがかえってよかったのだと思う。


私がこれまで知っていた、あるいは、かつての仕事でやっていたセミナーは、先生と呼ばれる講師が一段高い所に立って、クライアント、あるいは、会員と呼ばれる受講生や参加者に対して、新しい知識、情報、様々なスキル、成功哲学、問題解決の方法や答を教えるといった一方通行の情報伝達だった。受講生はどこまでいっても受身で、講師と受講生には上下関係があった。


学生時代も、社会人になってからも、私にとって学ぶということは、外部の偉い先生から大切なことを教わり、問題の答やヒントをもらい、正しい方向に導いてもらうといったものだった。答えは、自分の外側にあり、誰かがそれを教えてくれるものだとずっと思っていたのだ。


学ぶということは、そういうことだと思っていた私は、当然、手塚先生のセミナーでも、新しい生き方とか、正しい心の持ち方とか、自分の活かし方とか、自分を変える方法なんかを“教えてもらえるもの”だとばかり思って参加したのだ。


そういう動機で参加したから、私は、ノートを2冊、尖った鉛筆3本に、赤ペンも1本用意し「さあ、勉強するぞー!」と、やる気マンマンでここに来たのだった。ところが、私が知っていたセミナーと手塚先生のセミナーは全然違っていて、私は驚いた。


先生は、何かを一方的に教えるといったことは殆どなかった。だいいち、あまりしゃべらないのだ。講師というのは、しゃべってなんぼの仕事だとばかり思っていたから最初は、「えっ、何これ?」って感じだった。


普通のセミナーというのは、主役は講師だ。ところが、手塚先生のセミナーは参加した一人ひとりが主役だった。参加者が、自分で感じて、気づいて、自分で自分を縛っているとらわれから解放されていき、自分の中にあった答や、自分の中に埋もれていた宝物に気づいていくといったものだったのだ。


こんな世界は初めてだった。先生のやっていらっしゃることは、大脳新皮質型の頭脳学習セミナーとは全然違い、いわゆる、ワークショップという、「今・ここ」での自分の体験、体感、実感からの“気づき”を大切にする実習だった。


知識や方法論を頭で学ぶ勉強ではなかったのだ。名前がセミナーになっていたので、私は、お勉強モードで来たのだけれど、始まってすぐ、「あ、これは違うんだ」とわかった。


手塚先生のセミナーの体験から、からだという無意識、心の深みの無意識に深く触れていく意識の水路が作られ、私の内側で何かが深く流れ出した。知的好奇心が強く、知識欲が旺盛な私は、何でも頭で納得しようという傾向が強かったので、この時の体験は本当にカルチャーショックだった。


「なんだ、なんだ、これは!」という感じだった。でも今、振り返れば、この時に、私の心に風穴があいて、そこに新しい風が吹き始めたということだけははっきりわかるのだ。

 
手塚先生は40年以上前、カール・ロジャーズのカウンセリングを学び、ロジャーズ全集の翻訳に関わられた。その後、サイコシンセシス(イタリアの精神科医、アサジオリが創始した心理学)、プロセス指向心理学(アーノルド・ミンデルが創始した心理学で、通称、POP、プロセスワーク)、ロン・クルツが創始したハコミセラピーを学ばれ、現在は、ハコミセラピストとして、個人セッションとグループワークをされている。


さて、ここまでずっと、手塚先生と書いてきたのだが、手塚先生は、私が初めて受けたセミナーの中で、「先生と呼ばれるのはちょっと苦手なので、郁恵さんと呼んでください」と言われたので、実は、私は、あの時からずっと郁恵さんと呼ばせていただいている。というわけで次回のコラムからは、郁恵さんと書かせていただくことにする。

(次回に続く)

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*11月10日(土)に「1 day ワークショップ」が東京・自由が丘であります。
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*11月23日(金・祝日)に広島で講演会があります。
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*11月24日(土)~25日(日)、広島でワークショップがあります。
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無性に自分に腹が立って、泣いた

WS000237.JPG私は心地よい代替療法をいろいろ体験しながら、家でもゆらぎ園で学んだ、自助療法、養生法を取り入れ始めた。私が好きなのは、枇杷の温灸、テルミー温熱療法、生姜湿布、コンニャク湿布、足湯、気功などだった。


とにかくからだをゆるめるもの、温めるもの、血液浄化作用があるもの、血液循環をよくするものやることにした。週に1回の鍼灸と指圧・マッサージも続けた。


食事は、私は、基本的には玄米菜食。夫は、玄米は勘弁と言うので、主食は大変だけど2種類作った。私が圧力鍋で炊いた酵素玄米。夫と子供はできるだけ胚芽米か7分づき。友だちが来た時や外での食事の時は、たまになので例外にした。


朝は、梅醤番茶、日中はビタミンCの含有量が多い無農薬の柿茶をたくさん飲み、いくつかのサプリメントも取り入れていた。夜は、月明かりの下で、イメージ療法や瞑想をした。


東海ホリスティック医学振興会で私が学び、体験してきたことは、今までの私の人生にはなかった世界だった。私は、振興会が主催しているいろいろな講座やイベントは皆勤賞で参加した。


医学、健康関係の本も、この1年余りで、80冊近くは読んだのではないだろうか。相当熱心に勉強してきたと思う。時間もお金もいっぱい使ったし、楽しいこと、心地いいこともずいぶんやってきた。自分のからだの世話を精一杯やってきたお陰で、体調もずっといい感じできたのだ。


しかし、1995年に4年目の検診を受けたら、小さな影は相変わらずあって、少しも縮小していなくて私はすごいショックを受けてしまった。がっかりした。生還者たちの講演では、半年、1年で腫瘍が小さくなったとか、消えたという人がいたのに、同じように1年もやってきたのに何の変化もないなんて。


なんだ、こんなことやっても、やっぱりダメなんじゃないか、無駄なんじゃないかと、突然ヤケクソになり、玄米食はやめ、禁じていたからだに悪いものをヤケ食いし、不健康なことを突然いろいろやりだした。


検査結果を聞いてからは、急に気功もイメージ療法も呼吸法も瞑想もばかばかしくなってやめてしまった。こんな食べ物と中国体操とおまじないみたいなもので、やっぱり病気なんか治るわけないんだ。


治った人は特別に運がよかった人、選ばれた人、一握りの成功者なんだと思って、なんにもする気になれない日々を送っていた。私はヤケクソを起こすと突然何もしなくなってしまう。


結局、私は「ALL OR NOTHINGの反応パターン」だって変わっていないのだ。こんなに一生懸命やっているのに心もからだもちっとも変わっていない。私は何も変わっていないじゃないと思ったら、すごく悔しくなって涙が出てきた。無性に自分に腹が立ってきた。


しばらくは、本を読む気にもなれず、気功教室も通わず、鍼灸やマッサージにも行かなくなってしまった。ぼっーとした日常を過ごしていたけれど、このぼーっとした感覚は、湯の山で過ごす時に感じるものとは全然違い、ちっとも心地よくなかった。


ところがそんなある日、名古屋の鶴田紀子さんからまたお手紙とご案内をいただいた。


「岡部さん、手塚郁恵先生のセミナーはとてもいいですよ。私は、とても楽になりました。自分がすごく好きになりました。エネルギーが内側から湧いてくるのを感じました。岡部さんには絶対お薦めです」と手紙に書かれていた。


案内を見ると興味は湧いてきたのだけれど、なかなか腰があがらなかった。新しいことに挑戦するようなエネルギーなどもはや何も残っていなかった。すると1ケ月ほどして再び鶴田さんから、当時、手塚先生がやっていらしたホリスティック教育に関することを書いた小冊子とセミナーのテキストが何冊か送られてきた。


それを読むうちになんだか私の中でムズムズと動くものがあった。手塚先生の「心とからだ」「いのち」というものに対するものの見方、考え方、「自分とは何者なのか?」というものへの問い、「自分の人生を生きるということはどういうことか?」「人間が成長するとはどういうことなのか?」ということへの考え方に触れるにつけ、私の中ですっかり萎えていた気持ちが蘇り出したのだ。


そして、鶴田さんの話によるとなんとこの手塚先生は、乳がん、子宮がん、胃がんをやり、特に胃がんは末期がんだったという。そこから生還されて20年以上の先生だと言うのだ。


「この手塚先生という人に会って見たい!」と、発作的に思ってしまった。ゆらぎ園で手塚先生のセミナーをやるのは初めてということだった。参加したいと思った。


なぜなら私は、病は「人生の再編集」であることには気づいたものの、実のところ私が今までやってきたのは、生活習慣の改善と代替療法、自助療法が中心で、自分の内面や生き方にはちゃんと触れていないし、深く向き合ってはこなかったからだ。


次のステージが用意された・・・そう思った。からだのケアーの世界から、次は、心の世界、内面に向かうようにと。


この手塚先生との出会いがきっかけになって、私は、人生で初めて自分の内側を深く探求するという道に歩み出した。私の心の扉が大きく開き、そこに新しい風が吹き抜けるようになったのだ。


その風は、私が今まで知らなかった人生の喜び、感動、豊かさ、美、幸福をたくさん運んできてくれた。この新しい人生の扉の向こうには、私が出逢いたかった人たちがたくさんいて、体験してみたかった世界、見てみたかった風景が広がっていた。
                          (次回に続く)

(注)ゆらぎ園は、現在はこのような活動はしていないそうです。名古屋駅前の恒川ビルの中にある東海ホリスティック医学振興会の多目的ルームでは、現在でもいろいろな活動をやっています。


*10月27日(土)に、「心身のリラクゼ-ションとメディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。ストレスで緊張している心身をゆるめ、思考の使い過ぎで、心のやすらぎや平安を味わえなくなっている人たちのための、とても心地よく、静かな時間です。

http://anatase.net/work3.htm

*11月10日(土)に「1 day ワークショップ」が東京・自由が丘であります。今回は、第3チャクラの学びとギフトを見て生きます。自分自身を尊ぶ自尊の感情=セルフエスティユーム、自己肯定感、自己イメージが人生を創造することなどについてです。後半は、心地いいボデイワークをしながら第3チャクラのエネルギーバランスを整えます。

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人間はロボットじゃない、気持ちをいっぱいもっている

WS000235.JPGゆらぎ園では、食養生の講義と体験もあったし、「自然療法」の体験学習もあった。私が体験した手当て法は、枇杷の葉コンニャク湿布、枇杷の葉温灸、しょうが湿布、豆腐パスタ、里芋パスタなど。

ここで出会った患者さんから、イトオテルミーの温熱療法も教わった。これもすごく気持ちがよかった。幸い、出張サービスで、テルミーや、ユーフォリアという機械を使った枇杷の温灸をしてくれる人に出会ったので、我が家に週1回来てもらい手当をしてもらえるようになった。自分のからだが気持ちがいいと感じるものは、確実に自然治癒力をあげていくだろうなと私は思った。


自然療法は、“愛の療法”と言われているが、それを深く実感した。施術してもらっていると、自分をとても大切にしてもらっている感じがして、からだも心もすごく喜んでいるのがわかったからだ。


ああ、これって、何かに似ている。とても懐かしい感覚だ。そうだ、子供の頃に体験した“手当て”のぬくもりだ。おばあちゃんの手や母の手の温かさを思い出す。


子供の頃、頭が痛い、お腹が痛いというと、おばあちゃんや母は越中富山の置き薬を飲ませる前に、まず痛いという所に手を当ててくれたり、お腹を撫でさすってくれた。それから、おもむろに薬を飲ませてくれた。手を当ててもらったり、からだを撫でさすってもらうと、すごくうれしくって、ほっとした。


私が、ストロフルスで痒い痒いと泣いていると、薬を塗ってくれたあとに、横になっている私が寝付くまで、母はうちわであおいでくれた。風鈴の音がやさしく聴こえた。うちわの風は、母の愛のようだった。


風邪をひくと手足温浴をしてもらい、葛湯を呑んで、おろしリンゴを食べた。どんなに食欲がなくてもこれだけは好きだったから食べられた。病気になるとやさしくしてもらえることがうれしかった。あれが、手当てというものだったんだなあ。


今の子供たちの多くは、病気になっても、おでこに手を当ててもらうことも、お腹や背中や足を撫でさすってもらうこともなく、「ハイ薬、ハイ病院」になってしまっているのかもしれない。私は、この自然療法の手当て法を覚えて、息子にもやってあげようと思った。息子はきっと喜ぶだろう。 


そういえば、最近は病院に行くと、医師が患者の顔をろくに見もせず、話を聞きもせず、コンピュータの画面ばかり見ている。そして、患者に触れるよりキーボードに触れている時間の方が長いのだ。なんだか、最近の医療は、患者のからだと心からどんどん遠ざかっているような気がする。


子供の頃、我が家にはかかりつけのお医者さんがいて、そのお医者さんはいつも聴診器をハーって息で温めてから、私の胸や背中に当ててくれた。やさしかったんだな、あのお医者さん。


診察が終わるといつも私の頭を撫ででくれた。お医者さんに撫でてもらうと、頭がよくなるような気がしてすごくうれしかった。大好きだったな、あのひげ面のクマみたいだったお医者さん。


なんだか、最近は、こういうお医者さんや、温かなぬくもりのある病院が少ないように思う。医療が高度化すればするほど、医療からやさしさやぬくもりが失われていくような気がしてならない。高度医療になるほど、からだに触れるものは、ひやっと冷たい機械や管が多くなる。


そういえば、年に一度の脳のMRI検査もすごくいやだった。あのドームの中に頭を入れているとハイテクの棺桶に入って火葬場で焼かれているようなイメージが湧いてくるのだ。


検査室の殺風景さ、無音。ガラス越しの部屋から、マイクで事務連絡みたいな指示を出す無表情な技術者の声。脳の輪切り写真を撮影する時に出るガーガー、トントン、ガタンガタンという音だけが不気味に響き渡る部屋。なんとも心地よくない時間。


私は寒さは耐えられるけれど、寒々しい部屋や人というのは耐えられない。患者は不安や緊張を抱えている人が多いのだから、医療現場にはもっとぬくもりや安らぎや温かみ、植物の緑、香り、心地いい音楽などが流れているといいなと思う。


高度医療というのが、医療機器や検査技術の進化だけではなく、患者が医療環境に感じる快適感、安堵感、利便性も進化してほしい。さらに、患者への関わり方、コミュニケーション、愛のある手当て、愛のある看取りといったものも一緒に進化していくことを願う。


自然療法、民間療法、東洋医学的治療、西欧の様々なヒーリングの手法というのは機械やコンピューターを駆使したハイテク高度医療に比べたら、まるでお医者さんごっこのレベルに思えるかもしれない。


でもそれは、理性や科学技術だけで世の中のこと、人間のことが全部わかる、解決できると思っている人間の驕りではないだろうか。人間は、ロボットじゃない。気持ちをいっぱいもっている。


人の世の営みというのはいつだって、ささやかなものに感じる幸福感だったり安堵感だったりする。ささやかなもの、なんでもないようなことが、涙がこぼれるほどうれしかったりするのが人間なのだ。


医療がハイテク化すればするほどローテクは必要だ。お医者さんごっこに過ぎないと思っているものの中でどれだけ病む人が癒されているか、元気になっているか。元気とか、健康というのは、病気がない状態、病気が治ったという状態だけではない。


うれしいなあ、気持ちいいな、ありがたいなって思える感受性が戻っている状態でもあるのだ。そういう気持ちが、からだを元気にしていくということもありうるのだと思う。
                         (次回に続く)

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*10月27日(土)に、「心身のリラクゼ-ションとメディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。ストレスで緊張している心身をゆるめ、思考の使い過ぎで、心のやすらぎや平安を味わえなくなっている人たちのための、とても心地よく、静かな時間です。

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*11月10日(土)に「1 day ワークショップ」が東京・自由が丘であります。今回は、第3チャクラの学びとギフトを見て生きます。自分自身を尊ぶ自尊の感情=セルフエスティユーム、自己肯定感、自己イメージが人生を創造することなどについてです。後半は、心地いいボデイワークをしながら第3チャクラのエネルギーバランスを整えます。

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子供の頃の自分に戻ると元気が出てくる

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私は、漢字から何かを連想したり、インスピレーションが湧いてきたりすることが多いのだが、ある時、急に“癒える”と“癒す”という文字が気になり出した。この文字をずーっと目を凝らして見てみた。そしてハッとした。


治癒の“癒”という文字と、愉快の“愉”が似ている! なんだこれはと突然思ってしまった。ああそうか、わかった! 愉(たの)しい心の状態になっていけば、覆いかぶさっていた“やまいだれ”が取れて病気が治るんだ! 


なんだかすごい発見をしたようで、私は心の中で小躍りしてしまった。これは「恋と変」という文字が似ている!と思った時と同じくらいの感動だった。それによく見たら、薬という字にも楽しいという字が入っている。「楽しい」「愉しい」か。


これってもしかしたら“気=生命エネルギー”の滞りをなくすことと同様、治癒へのキーワードなのではないだろうか。楽しむこと、心地いいことをいっぱいすればいいのかも知れない。人生を楽しむようになると元気は自然に戻ってくるんだ、きっと!


もうひとつの発見。薬という字は、楽の上に草冠がついている。ということは植物、野菜、薬草という“いのちのお薬”をありがたくいただいて、草がたくさん生い茂っているような自然の中で癒され、のんびりと薬草風呂にでも入って、からだの浄化をすればいいのかも知れない。人間は動物の一種だけれど、その動物を生かしてくれているのは植物なのだから。


確かに最初私が病んでいった時を思い出すと、心の底から笑ったり、泣いたり感動したりということがまったくなくなっていった日々だった。“気に病む”ことばかりで、晴々とした気持ちや愉快に思うことなど全然なかった。


私のオメデタサは、すっかりなりをひそめていた。自然の中で遊ぶことも何年もなかったし、大好きな温泉にも全然足を運ばなくなっていた。夜空の星よりネオンの星ばかりの日常で、とにかく仕事、仕事の日々だった。


自分がうれしい、楽しい、気持ちいいという時間を創ることを後回しにばかりしてきた。そんな日々を何年も過ごしていたら病気にもなると思う。


病気=diseaseの語源は、“やすらぎのない”という意味だというが本当にその通りだと思う。まさに“病は、気から”だ。よし、私はこれから、うれしい、楽しい、心地いという体験を自分にいっぱいプレゼントしてあげようと思った


私は当時(1994年~1996年頃)、東海ホリスティック医学振興会会長(恒川クリニック院長)である恒川洋先生が、私財を投げ打って作った保養施設「湯の山ゆらぎ園」(三重県)で、毎月1回週末にやっている、陶芸や絵のアートセラピー、ミュージックセラピー、ストレスリダクション、サイコセラピー、ボデイワーク、山登りやハイキングなどに積極的に参加しようと思って行動を始めた。


私がいた当時、恒川先生が目指している健康院には、個性的で、素晴らしい先生方の講座がいっぱいあった。そうそうたる先生方が、みなさん大変ユニークな講座やステージをおやりになっていた。


すべて受けてみて私が実感したのは、これらのものはまさに患者さん自身が本来持っている“生命力”を引き出して、眠っていた感性という“生きる力”を呼び覚ますものであるということだ。


心とからだに心地よいバイブレーションが起きる感覚が確かにあった。病院があくまでも外からの介入によって「治す・助ける」ものであるとするなら、この健康院はまさに、自分の内なる力で「治る・癒える」場なのだ。


これらはすべて、その人本来の”いのちの調べ“を引き出す方法であり、”自然のリズム“と同調して生きることを思い出す場所なのだと思った。

                    

私が最初に参加したのは、陶芸によるアートセラピー。これがとても楽しかった。陶芸はもともと窯巡りをやるほど好きだった。ただ、無心に土をこねて、形を整えていく。釜の赤々と燃える火をひたすら見つめる。土の感触に、火の色の力に、漲るものを感じる。何も考えずに、ただ無心になって物を作っていくプロセスは、ほんとうに楽しい。


無心になるって、不思議な感覚だ。心が無いって書くのに、心しか感じなくなる。とても静かな心。喜怒哀楽という感情の起伏の激しい心ではなく、湖の底のような静かな心。時が止まっているような感覚。なのに、永遠の時に生きている感じがする。


絵を描くアートセラピーもあった。病気が治ったイメージの絵、病気が治ったらこんなことをやりたい、こんな所に行ってみたいという絵を描く。私は早速大好きな映画、「ニュー・シネマパラダイス」のトップシーンの絵を描いた。紺碧の海、蒼い空。風に揺れるカーテン・・・。


水彩絵の具を使って、ただ無心に色を塗っていく。すると、手がだんだん汗ばみ、額にもうっすら汗が滲んできた。からだ全体が、不思議に温かくなっていく。子供の頃から、絵も字もヘタで、コンプレックスがあったのだけれど、ここでは、一切の評価・判断がないからとても気が楽。私は、生まれて初めて絵を描くことが楽しいと思えた。


絵の具やクレヨンって、遠い昔の匂いがする。幼稚園のお絵かきの時間みたいだ。子供の頃に帰ったような不思議な感覚。心が子供の頃に戻ると、どうしてこんなに元気になれるのだろう。たったそれだけのことなのに、生き返ったような気分になる。


気功もやってみた。ある時は、御在所岳の山並みを仰ぎ見ながら、ある時は、蒼滝の水しぶきの音を聴きながら、流れる豊かな水流を見ながら・・・。最高に気持ちがいい。


こんな豊かな自然の中にいたら、深呼吸しなさいなんて言われなくったって、自然に深呼吸してしまう。空気がとにかく美味しい。ここの酸素を吸っているだけで、体中の細胞たちがイキイキしてくるのが実感できる。


湯の山の豊かな自然に抱かれているだけで、心も体も瑞々しくなっていくのがわかる。大地から、太陽、山、空、樹木、花々から、私たちはエネルギーをいただいて生かされているのだということを実感した。


瞑想もしてみた。思考のおしゃべりが甚だしい私にとって、瞑想は最も苦手なことだった。黙って目を閉じていても頭の中は雑念だらけ。思考がピーチクパーチクと絶え間なくおしゃべりしている。こんなのは瞑想じゃないよなあ。ただ目をつぶって静かに考えているだけだ、これじゃ。私は黙っていても騒々しいんだ。情けない。


どう考えても私には、思考や感情の動きをただ観察して、手放してなんていう技や、無思考、無になるとか、宇宙との一体感を味わうなんていう瞑想の高等技は無理だった。


そこで、ただ心地いい時間をひとり静かに過ごすという方に意識を切り替えることにした。このくらいなら私にでもできそうだ。感覚器官に意識を集中するというのをやってみよう。


川原に下りていって平らで座り心地がよさそうな石を見つけ、その上に座る。目を閉じて呼吸に意識を集中する。吐く息、吸う息、その一つひとつの呼吸を丁寧に感じていると思考がだんだん少なくなっていき、からだ全体がリラックスしていくのがわかる。そして、心がとても静かになっていくのだ。


今度は、聴こえてくる音に意識を傾けてみる。目を閉じると感じる力が強くなる。感じ方が深まる。川の流れる音に、遠い昔の記憶が蘇る。子供の頃、住んでいた家の裏が川だった。


雪の降る夜は、雪がすべての音を吸い込んでしまうので、川の流れる音がいつもよりはっきり聴こえた。雪は人工的な音は消すけれども、川の流れる音や風の音は消さない。雪が降る夜はこっそり庭に出て、川の流れる音に耳を澄ませた。川の流れる音も、“永遠”を感じさせてくれる。海や、空と同じように。


台風の日は、いつもの川がこわいくらいに水かさを増す。いつもは、静かに、滔々と流れている川なのに、台風の日は、黄土色の濁流になってすべてを押し流す荒れ狂った川に変貌する。私は、小学校の始業時間ぎりぎりまで、その激しい川の流れを橋の上から見下ろしていた。心臓がドキドキした。学校がなかったら、何時間でもそこにいたかった。


台風が来るとお父さんがはりきるのが面白かった。家がこわれないように一生懸命に窓や玄関に杭を打ち付けたり、屋根の瓦を治したり、テキパキと働き出す。


台風の日は、お父さんがかっこよく見えた。停電して、ローソクの灯りだけで過ごす台風の夜は、珍しく一家が団結している感じがあった。私は、そんな台風の夜が妙に高揚感があって好きだった。


そして台風の翌朝の爽快感。台風一過のあの抜けるような空の青さを見ていると、遠いあの日の自分なのか、誰かの名なのかよくわからないけれど、なぜか「おーい」って呼びかけたくなった。


今、目の前を流れる川の音と、遠い昔、毎日のように聴いていた川の音がひとつになって私の中を流れていった・・・。


今度は耳の感覚を空に向けてみた。小鳥のさえずりが聴こえてくる。ずっと聴いているといろいろな音色があることがわかる。いっぱいいるんだ、鳥たち。何種類もの鳴き声があることがだんだんわかってくる。木々の揺れる音、葉のそよぎ、鳥の声風の音、それらが全部微妙に混ざり合い、ひとつの音楽を奏でているような感じだ。


鼻の感覚にも意識を傾けてみた。土の匂い、森の匂い、風の匂い、お日様の匂い。自然はこんなにいろいろな匂いがあるのだ。沈黙すると、今まで聴こえなかったものが聴こえ、匂わなかったものの香りを感じ、見えなかったものが見えてくる。


何もない静かな時間がとても心地いい。沈黙は祈りに似ていると思う。雨が降りそうになってくると、空気の匂いが変わるということにも気づいた。空気の中に土の匂いが混じるのだ。大地が雨を待つからだろうか。


自然の音と匂いに包まれていると、自分が何かとても大きなものに包まれている安心感を覚える。「大丈夫だよ」と言ってもらっている感じがする。ずっとずっとこの感覚を求めて生きてきたように思う。大きな大きなものに自分は守られているという感覚、見守られているという安心感。


耳は、ただ聴くことを楽しみ、目は、ただ見ることを楽しむ。鼻は、ただ香りを楽しみ、口は、ただ味わうことを楽しむ。手は、ただ触れることを楽しみ、足は、ただ歩くことを楽しむ。


“ただ、楽しむ”ということが、こんなに豊かな気持ちになれるということ、こんなに心が満たされるものだということを、私はずっと忘れていた。子供の頃は、いつも、この“ただ・楽しむ”ということで、私はとても幸せになれたのに。


こんな何もない静かな時間に自分がこれほどの豊かさと幸福感を感じられるなんて思ってもいなかった。何か私の中に途方もなく満ちてくるものを感じた。この満ちてきたものは、いつかあふれていきそうだ。


とにかく毎月、毎月、ただ、湯の山の山々を歩いた。自然は、飽きることがなかった。逢うたびに違う表情を見せてくれる。毎回新しい発見がある。ハッとさせられる。何気ない道端の野の花に、朝露に、土の柔らかな感触に、木の芽吹きに。小さきもの、かすかなものに、心が動く、ふるえる。


山を登っていくと、ある場所、ある瞬間から、ふっと、空気が変わるのを感じる。ここからはもう人間のルールが通用しない世界なのだと思った。樹木や、鳥や魚、獣のルールに従わなければいけない世界。ごめんなさい、失礼しますって言って、入らなければいけない雰囲気になるのだ。すっと空気が変わることで、それがわかる。 


こんなに自然と一体になって戯れる時を過ごすことなど、大人になってからは初めてかもしれない。子供の頃はこれが日常だったことを思い出す。


私が湯の山の自然の中で一番好きだったのは、蒼滝だった。滝のそばというのはとても清浄な“気”を感じる。滝壷では、水しぶきが光に反射して虹がよく表れる。虹は、この世界とつながっているもうひとつの世界があることを一瞬の間、思い出させてくれる。


歩きたくなったら歩き、水に触れたくなったら触れ、花の匂いをかぎたくなったらかぎ、木に登りたくなったら登っていた。大人で木に登っている人はあまりいないので、人がいない時にこっそりとすばやく木登りする技をおぼえた。


空を見上げている人、畑に種を植えている人、木に触れる人、花を見つめている人、田んぼのあぜ道を歩く人、山を登る人、川原で遊ぶ子供たち、原っぱに寝そべる人、犬と散歩する老人、さえずる小鳥たち・・・。


すべてが調和していて、ひとつの絵のようだ。こうやって眺めていると、世界って完璧なんだなあって思う。すべての一つひとつが、存在として完結していながら、全体として何一つ欠けても、この一枚の絵画のような美しい世界は存在しないのだと思うとなんだか不思議な感動を覚える。


毎月、湯の山の自然に抱かれ、私のからだと心が喜ぶことをしている内に私の無邪気さや柔らかさや遊び心がどんどん戻ってくる気がした。


ふと思った。健康になるというのは、病気が治ることだけじゃないんだって。
置き去りにしてきた自分、捨て去ってしまった自分、大切に育ててこなかった自分を取り戻すことなんじゃないかなって。


そして、切り離されていた大地と空とのつながりを取り戻すこと。瑞々しい感性を取り戻すこと。しなやかなからだの野生を取り戻すこと。忘れていた自分を思い出すこと。宇宙(大自然・神さま)に深く愛されている自分を思い出すことなのかもしれない。


自然治癒力というのは、そんなふうに自分の心とからだが変わっていった時に働くいのちの力、生きる力なのだろう。錆付いてしまった自分のいのちは、自然の豊かさや人のやさしさに触れることで蘇るような気がする。
                         (次回に続く)


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*10月27日(土)に、「心身のリラクゼ-ションとメディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。ストレスで緊張している心身をゆるめ、思考の使い過ぎで、心のやすらぎや平安を味わえなくなっている人たちのための、とても心地よく、静かな時間です。

http://anatase.net/work3.htm

*11月10日(土)に「1 day ワークショップ」が東京・自由が丘であります。今回は、第3チャクラの学びとギフトを見て生きます。自分自身を尊ぶ自尊の感情=セルフエスティユーム、自己肯定感、自己イメージが人生を創造することなどについてです。後半は、心地いいボデイワークをしながら第3チャクラのエネルギーバランスを整えます。

http://anatase.net/work2.htm

*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/

なめたらあかんぜよ

WS000227.JPG初めての宗教体験の日。何かあるひとつの確信で結ばれている力強さが場の雰囲気に漲っていた。しかしその空気は、異分子にはかなり居心地が悪かった。これは部外者だけが感じる、ある価値観で強く結ばれている集団への違和感だろう。


支部ごとに部屋に分かれた。私とSさんの部屋には50人くらいの人がいた。その中に信者の人と、その人が連れてきた入会予定者の人がいた。一人の予定者を何人かの信者が囲み、いかにして自分がこの宗教によって救われたかを一人ひとりが語り、私に入信するよう力強く迫った。


私は、Kさんにこれまで質問してきたようなことを、その人たちに投げかけてみた。誰も何も答えなかった。私は集団の顔、集団の答ではなく、今、目の前にいる「あなた」にとってなぜ「ここ」なのか。ここに辿り着くまで、自分の頭で考え抜き、悩み抜いたことや、今の自分の宗教観、人間観、死生観、そんなことが聞きたかった。


しかし、私が口を開けば開くほど、信者さんたちの口は貝のようになっていった。他のグループはワイワイと盛り上がっていたけれど、私を取り囲むグループだけ思いっきり盛り下がっていた。


この空気に耐えられなくなったのか、輪の中の一人が支部長と副支部長を呼びに行った。二人が不気味なほど笑顔を作りながらやってきた。信者さんたちにとっては観音様のような笑顔なのだろうが、私にとってはすごく不自然な笑顔に思えた。


私は日頃感じていた組織宗教への疑問や、血なまぐさい戦争を繰り返してきた人類史的な宗教対立の根源的な問題はどこにあると思うかなどの疑問を投げかけた。すると今まで観音スマイルだった支部長が、突然般若のお面のような顔になり私にこう言った。


「あなたはそんなふうに頭でっかちで、理屈っぽいから変な頭の病気なんかになったのよ。癌だの脳腫瘍だの膠原病だの白血病だの、そういった難病をする人たちっていうのはみんな業が深いの。連綿と続く家族のカルマを背負った人たちなの。あなたも自分のカルマを落とさないとまたひどい目に合うわよ。ここの教えは絶対に間違いないから。必ず救われるから。ご先祖の供養をして、お題目を毎日唱えて。自分の悪想念、悪行を悔い改めて、自分を一から作り変えなさい。私があなたの人生に責任持つからぜひ入信しなさい」


「冗談じゃない!なんであなたが私の人生に責任を取れるんですか!人の人生に自分が責任を持つなんて自分がどんなに傲慢なことを言っているのかわかっているんですか!ばかにしないで下さい。私の人生は、私が責任をとります!」


私は、お腹の底から怒りがぐわ~んとこみあげてきた。私は、人生で初めて啖呵を切った。極道の妻、夏目雅子の「なめたらあかんぜよ!」の気分だった。私が切った啖呵は、隣のSさんのグループまで聞こえたらしい。Sさんと一緒に先に山を下りることにした。Sさんが言った。


「聞こえたわよ、岡部さん!すごい迫力だったわね。私はとてもあそこまでは言えなかったわ。でも、私もちゃんとNOを言えたのよ。入らないとわかると今までニコニコしていた人が、ぱっと手の平返すように態度が変わるんでびっくりした。もしかしたら、脱会する人たちも、ああいう手の平返しみたいな目にあうのかもしれないわね。やっぱり宗教ってこわいね」


「いや、この体験だけで宗教の全てを否定したり、ここの宗教をよくないというのは違うと思う。ここの宗教によって救われている人だって沢山いるわけだし、ここでの信仰生活によって徳を高めている人もいっぱいいると思うの。ただ私は、あの支部長の発言に対しては、ほんとに頭にきたし、私はやはり“組織宗教”は、肌に合わないと思った。でも、だからと言って、ここの宗教を信じているKさんが嫌いになったわけではないの。私は、彼女とこれからもずっとつきあっていきたいって思っているよ」


私は、このカルマ支部長と話したことで、自分が何に対して拒否反応があるのかがわかった。私は今まで、霊的な世界の言葉やメッセージが、私の美意識や感性には合わないから嫌いなのだと思っていた。しかし、本当に私がいやだったのは、言葉よりも、その言葉の使われ方と、それを言う人のあり方に抵抗があったのだ。 


霊的な世界のメッセージというのは、それらの言葉を使う人の“人間性”によって、人を見下しているような感じ、断定的で押し付けがましい感じ、支配的で傲慢な感じがする。


あなた方よりも、自分たちの方が上にいるのだという特別意識も感じる。特に霊的な概念を使って「あなたは」という言い方で、その人を評価、判断、裁くことに使えば、言葉は凶器になるということを、まさに支部長が見せてくれたのだ。


また、死と隣り合わせにある病気の人や、苦悩を抱えている人に「霊障」「カルマ」「たたり」「悪霊」「地獄に落ちる」と言った、霊の世界の業界用語を頻発しながら不安や恐怖心を植え付けて入信させようとしたり、脱会をくいとめようとしたり、物を買わせようとすることなど、真の信仰とは全く対極のものだ。恐怖心で人を支配し動機付けをするなんて、神から最も遠い世界だと思う。

 
私は、Kさんとカルマ支部長のお陰で、自分が今まで漠然と違和感を覚えていたものの正体をはっきり知ることができた。そのことで私は、自分のことを前より深く知るきっかけを与えてもらった。結果としては、ありがたい体験をさせてもらったと思う。


私はこのことがあっても今まで通りKさんとつきあっていきたいと思っていたのだけれど、Kさんの方はそう思ってはいないようだった。Kさんはあれから私やSさんに対してよそよそしくなり、公園で会っても会釈するだけの関係になってしまった。


Kさんはあれから益々熱心になり、公園で仲良くなったお母さんたちを次々に勧誘していた。一人でもお導きをして、救われる人を増やすことで自分のカルマが解消され、徳が積まれていくのだと言う。


私は複雑な気持ちだった。同じ宗教に入らなかったら友だちにはなれないのだろうか。私はKさんがとても好きだったし、Kさんが宗教をやっていることに対してはまったくOKなのに。なんだかすごく淋しかった。

一度はとても仲良くなった人とこんなふうにしてさよならするのは、心に重いものをひとつ抱える感じでやはりつらいなと思う。人間関係って、関係性という形は消えても気持ちや面影や思い出はそんなにきれいさっぱり終了、完了というわけにはいかない。必ず苦味や酸味を伴った、時の記憶のかけらが心に突き刺さったまま残ってしまう。

そんなふうにして、さよならしてしまった人が、今までの人生で何人かいた。なんのしこりも残さないさよならなんてあるのだろうか。「さよなら」という言葉は、口に出しただけで、少しだけ泣きたい気持ちになる。

「さよならのしこり」の中には、たくさんの淋しさや悲しみ、怒りや悔しさ、切なさやいとおしさ、罪悪感や後悔がつまっていた。


浮上しないように心の奥深い所に埋めたはずの過去のさよならのしこりが、こうして新しいさよならを体験すると勝手に浮上してきた。


それぞれの人の、存在の気配、存在の香り、残り歌、残り文。あの苦い感覚。最後の言葉、最後の眼。


木枯らしの吹く季節になったら、公園に出てくるお母さんもめっきり減ってきた。仲良くなった者同士が、もう公園を媒介にしなくてもよくなって、互いの家を行き来するようになっていくのだ。公園は、通過地点なのだ、人と人がつながるための。

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*10月27日(土)に、「心身のリラクゼ-ションとメディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。ストレスで緊張している心身をゆるめ、思考の使い過ぎで、心のやすらぎや平安を味わえなくなっている人たちのための、とても心地よく、静かな時間です。

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人生を安心して生きてゆける杖

WS000043.JPG思うに宗教だけでなく、哲学、科学、文学、生物学など、あらゆる学問の究極の眼差しも、人が古来、神とか仏、真我、大我、源、存在と呼んできた、“宇宙の根源的な実在”に向かっているのではないだろうか。それを解明、探求したいという欲求が人類の進化の大元にあるように思う。

この究極の神秘を知りたいという欲求は、私が生まれたことの意味、私が死んでいくことの意味を知りたいという欲求につながるものだ。さらに、私がこの私として生まれる前には、私はどこにいたのか。


そして、死んだら私はどこに帰るのか。それとも、生まれる前も、死後の生もなく、単に無に帰すだけなのか。個体、肉体の消滅によって、「私」は完全に終了するということなのか。ならば、なぜ私は生まれたのか。どうせ死ぬのに、なんのために人は生まれるのか・・・。


私は、安心して死んでゆける精神の「知」を持ちたかった。それはとりもなおさず、私が安心して、この人生を生き切る「杖」になってくれると思った。


神や仏というこの宇宙の根源的実在を、私の長年の男友達が価値観が入らないという意味で「Ⅹ」と呼んだので、彼とこの話をする時は、私も「Ⅹ」と言うようになった。編集者であり詩人でもある彼は、若い頃に次々に近親者を亡くしたため、紡ぐ言葉の奥にいつもこの「Ⅹ」への眼差しがあると言っていた。


私は、この「Ⅹ」への道はどんな乗り物でもいいのだと思っていた。乗り物はいっぱいある。例えて言うなら、宗教がちんちん電車、哲学がポルシェ、科学がジェット機、文学がリヤカー、生物学がチャリンコとか。これは、あくまでもたとえだけれど。


だから、自分はリヤカーで行きたいと思っている人に、「Ⅹ」へは、ちんちん電車しか行けないのです! それもうちのちんちん電車が一番、他のは脱線します、終点は、「Ⅹ」ではなく「Z」ですよというのは、ちょっと違うんじゃないかなあ、と思っていたのだ。


どれが合うかは一人ひとりみんな違うのだから、「Ⅹ」への眼差しを持っている人は、自分に合うものを見つければいいのだと思っていた。というより、自分に一番合っているものに人はちゃんと出会うのだと思う。この道一筋でもいいし乗り換えたっていいし、変わりばんこにいろいろ乗ってみるのもいい。


「Ⅹ」への道は、縛るものや、固定した枠、熱狂的な群れ、厳しい戒律や修行がない方が私には合っていると思った。私は、フーテンの寅さんとか、はぐれ雲とか、あんなふうにふらりふらりと歩いて行きたかった。


そして、同じようなノリの人たちと、時にお茶を飲んだり、ワインを飲んだりしながら「Ⅹ」とは全然相容れないような俗世のいろいろを楽しみながら、ごくまれに「Ⅹ」についても語る、そんな仲間と共に歩いていける道を求めていた。この道は縛られるもの、束ねられるものの一切から自由でありたかった。


そうか私って、「Ⅹ」についてこんなふうに思っていたんだ。自分が漠然と抱いていたイメージを言葉化すると「私」がはっきりしてくる。要するに私は、宗教、教祖、寺院、教会、教義といった“問屋”を通さずに、直接「Ⅹ」とつながりたいと思っていたのだ。


私は、「Ⅹ」とは、グループ交際ではなく、個人的に深いおつきあいをしたいと思っていたのだ。私は、動物的な直感で、この「Ⅹ」の流通機構が途方もなくしちめんどくさいものであることを感じていたのだ。


ところが、私自身が大病したことを知った友人(子供を通して親しくなったお母さん仲間)の一人であるKさんが、私を心配して、ある新興宗教へ入信するよう毎日のように電話してくるようになったのだ。私は、特定の宗教に入るつもりは全くないことを何度も伝えたのだけれど、Kさんはまったく怯まなかった。そして、ある日、Kさんは私にこう言った。


「岡部さんて、宗教に対して偏見があり過ぎるんじゃないのかなあ。もっと自由な感じの人に思えたんだけどな。私も初めは宗教なんて大嫌いだったし、私は絶対やらないと思っていたんだけど、体験してみたら全然違ったのよ。私って、ものすごく頭で決め付けるタイプなんだってことがよくわかったの。私は信仰をもつようになってから、とにかく心穏やかに過ごせるようになったの。我を棄てて、足るを知り、人の為に尽くす。人に奉仕し貢献する人生こそが、人間としての正しい道なんだっていう、ここの教えがすんなり心の中に落ちてきたの。今度全国集会があるから一度だけ体験しない? 子供の世話をしてくれる人たちもいるから大丈夫。入るか入らないかは、体験した後に決めればいいんだから。とっても見晴らしのいい山でやるからハイキングだと思って子連れ旅行しようよ」


私は、Kさんが言っていることはとてもよくわかるのだ。私だって、心の平安を求めているし、足るを知り、人の為に尽くし、世の中の為に貢献する生き方ができたらどんなにいいかと思う。でも、それは、別にここの宗教に入らなくともできることではないか。


確かに、Kさんは、公園にいる他のお母さんたちの誰よりも人の為に尽くしていた。Kさんは本当に優しくて親切で、私自身いつも助けてもらってありがたかったのだ。


でも、何かが私とは違う。熱のこもったKさんの話を聞けば聞くほど、ある特定の宗教、宗派組織は私が乗りたいと思える乗り物ではないという違和感の方が明確になってくるのだった。


私は、全国集会を体験したところで、自分の気持ちが変わるとも思えなかったから、逆に本当に子連れのハイキングを楽しむつもりで行くことにした。同じお母さん仲間であるSさんも一緒に行くと言うし。


SさんもKさんからの、猛烈なる“お導きアタック”に困り果てていた。善なる人が信なるものを持つとどうしてこうも強引になれるのか、それが私には不思議だった。Kさんは、ふだんは3人の中で、最も控えめで、楚々とした人なのに。しかし、Sさんは、このことに困惑しながらも、賢く受け止めていた。


「これは人にNOを言うための私のレッスンなのかもしれない。私は今まで人にNOを言うことができなかったの。本当はイヤなのに、人の気分を害すことに罪悪感があったり、人からよく思われたいっていう気持ちが強くてNOを言えない性格だった。でも自分がNOを言わなかったくせに、だんだんその人を恨むようになるの。押し付けがましい人だとか、無神経な人だとか、少しは遠慮してよとか。でもそれって違うよね。NOを言わなかったのは私の責任で、相手を責めることではないんだよね。自分がしてあげたことで相手が感謝してくれないって落ち込んだり、怒ったりするのも、ほんとはおかしいことなんだと思う。私、体験してみて違うなって思ったら、ちゃんと自分で、私は入りませんって言うつもり。私にとって、これはすごいチャレンジなのよ!」


というわけで、私はハイキング気分で、Sさんは、自分へのチャレンジとして行くことを決めたのだ。道中の電車の中で、お弁当を食べたり、おしゃべりしたり、車窓から見える景色を楽しんだりと、久しぶりに修学旅行気分。とても楽しかった。


ところが、行きはよいよい、帰りはこわいとは、よく言ったもので、まさに私たちはよいよいの後に、とんでもない体験するのだった。ありがたい体験をするはずの「聖なる場所」で、自分でもびっくりするような自分が飛び出してきて、私は驚いた。

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西洋医学には、なぜ”自然治癒力”という概念がないの?

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ある日、恒川先生は、「岡部さんは基本を押さえたいみたいだから、うちの振興会の顧問のお一人である、石川光男先生(物理学者・国際基督教大学名誉教授)の本を読むといいよ」と言って3冊の本を私に貸してくれた。





石川光男先生の3冊の本とは、『自然に学ぶ共創思考』(日本教文社)、『西と東の生命観』(三信図書)、『生命思考 ~ニューサインエンスと東洋思想の融合~』(TBSブリタニカ)だった。私は早速読んでみた。すごく面白かった。まさに目からウロコの連続。


特に、東西の医学の基本理念は、それぞれが生きてきた自然環境、風土と密接な関係があるということを知ったのは新鮮な驚きだった。西洋医学に自然治癒力という概念がないということを最初に知った時は、どうしてなのだろうという疑問が湧いてきたのだけれど、これで腑に落ちてきた。自然治癒力という概念は、その民族の自然観、人間観、生命観と密接に関わっていたのだ。


西洋には、人間は自然の一部という考え方は基本的にないのだという。自然は自分の外側にあるもので、人間が支配、コントロールして、人間が住みやすい環境を作る対象―それが彼らにとっての自然というものへの対峙の仕方であり自然観だ。


西の医学を生み出したのは、厳しい自然環境の中で生きていかなければならなかった砂漠の民、狩猟の民、開拓の民だ。あのような厳しい風土に生きてきた人々は、自然を“恵み”として感謝して生きるという発想は生まれにくかったのだろう。


渇いた喉が水を求め、渇いた心が愛を求めるように、乾いた土地に生きる者たちは、雨を待つようにして天を仰ぎ、神に救いを求めたのだろう。だから西欧では、自分を助けてくれるもの、救ってくれるもの、つまり、パワーとか答とか真実、神という存在は、自分の外側にある、天にあるという考え方になっても当然だったのだと思えた。

自然治癒力という考え方が理解できるのは、人間も自然の一部であるという人間観をもつ人々なのだろう。自然=いのちというのは、変化し続けながら、絶え間なく自己生成、自己創造していくエネルギーであるという考え方があってこそ、自分の中に病を治す力や癒す力=自然治癒力があるということを信じられるのだろうから。


そのようにして見てみると日本にはかつて、自然治癒力と同じ意味で“自然良能”という考え方があったのは、やはり、その気候風土と関係があったのだろう。


東アジアの温暖な気候の中で、天地の恵み、五穀豊穣に感謝しながら生きてきた民族は、自然というのは、変化し続けながら絶え間なくいのちを生み出し続ける力であることを知っていたのだと思う。


自然に生かされていることを知っていた農耕民族は、自然への感謝をもつと同時に自然への脅威と畏敬の念もあわせて、その民族の感性の中に自然観、宗教観、生命観を育んできたのだろう。

豊かな四季に恵まれた日本人には、もともと、お天道様に手を合わせ、恵みの雨に感謝し、黄金色に輝く稲穂に美を感じ、農産物を生み出し続けてくれる豊かな大地に感謝し、食べることを“自然の恵みをいただく”という言葉で表現してきたわけだから、日本人が本来もっていた自然や、食べ物や、いのちへの感性ってすごいと思う。


そのような風土に生かされてきた農耕民族が、砂漠の民が生み出したキリスト教やイスラム教という一神教ではなく、天地万物、森羅万象の中に八百万の神を感じてきたのは自然なことなのだと思える。


もちろん、同じ風土に生きながらも、ネイティブ・アメリカンやオーストラリアのアボリジニ、日本でもアイヌや沖縄の土着の文化の中―つまり文明の時間と価値観で生きていない人々、“神話の時間”が今なお流れている地域に住む人々の中には、森羅万象の中に神を感じながら生きている人々がいるわけだからすべてを自然風土との関係でくくれることでもないのだろうけれど。


ただ、大きな枠組みとしては、西欧は“理念”の中に神を創造し、東洋は自然の中に神を“感じてきた”といえるのかもしれない。でも、どちらも<祈りと感謝><神あるいは大自然に対する畏怖>という、人間の最も崇高なる意識から生まれる想いと行為だ。


しかし、現代の日本人は、西欧的な理性中心の思考、頭脳になってしまっているから、西洋人同様、自然治癒力など信じられないという人の方が多いのかもしれない。


西洋的な神の概念も信仰もなく、かと言って、東洋的な自然の中に“神を感じる感性”も失い、自然治癒力=自然良能なんて聞いたこともないというのが多くの現代人なのだ。


ついこの間までの私自身がまさにそうだった。そうか、自然は、良くなるように働く力なんだ!たえまなく秩序を創り続けていく力なんだ!じゃあ、良くなるためには、自分がやっている、何らかの不自然をやめて、自然なまんまの自分、素の自分を思い出せばいいのかも知れない。自然良能って、初めて知った言葉だけれどいい感じの言葉だと思った。


きっと“よきにはからえ”っていうやつかしら。なんとなく、いい意味で開き直って、小さな自分が遥かに大きな存在に、“もう、お任せしちゃいます”って観念している感じがしていいな。

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*10月27日(土)に、「心身のリラクゼ-ションとメディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。ストレスで緊張している心身をゆるめ、思考の使い過ぎで、心のやすらぎや平安がなくなっている人たちのための、とても心地よく、静かな時間です。

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からだのSOSは、心のSOS

WS000208.JPG私は、たくさんの学びの中から印象に残った言葉、勇気付けられた言葉というのをノートに書き続けていた。人との出会いだけでなく、新しいものの見方、考え方との出会い、新しい言葉との出会いも、私の意識を変えていくことにずいぶん力を貸してくれた。


ものを見る視点が変わると、認識が変わり、認識が変わると行動が変わり、行動が変わると、習慣が変わり、習慣が変わると人生が変わるというのはよく言われることだけれども、無理やり視点を変えようとしてもどうもだめみたい。


意識が変わっていくためには、ショックと感動が必要なのだと思う。ショックと感動には、なんらかの発見、気づきがついてくるのだ。言葉にしろ、体験にしろ、そこに私自身のショックと感動が伴っていた場合、あとで気がつくと、自分の視点がずいぶん変わっていったということがよくあった。


あの当時、その都度、ハッとした言葉をただ書き連ねてきただけのノートを今改めて見てみると、病気というところを自分の人生の“苦悩”“問題”というふうに置き換えて読んでも大切な気づきのメッセージがたくさんあった。


●からだのSOSは、心のSOS。からだの声を聴く。心の声を聴く。自分の中で悲鳴をあげている自分がいることを知る。


●病気は、からだの自浄作用。崩れたバランスを中庸に戻そうとするけなげないのちの働き。病気は、からだが健康になろうとしているプロセス。


●重い病気になる人というのは、本来、生命力がある人、エネルギーが強い人。そのエネルギーの使い方を間違うと病気になる。


●病はメッセージ。肝心なことというのは、最後の最後にわかってくる。


●病の根っこには、人間関係の行き詰まり、自分の仕事や、生き方への行き詰まりがある。


●無理をしない。フリをしない。自分の心をだまさない。いい子、いい人を演じるのをやめて、自分の心に正直に生きる。


●病とは、何かを手放しなさい、次に行きなさいというメッセージ。自分が何にとらわれているのか、何を怖れているのか、何に執着しているのかを見る。


●病は、食習慣、生活習慣、仕事の仕方、生き方を変えなさいという、からだからの警告。警告を無視するとさらに大きな病気、問題が起きてくる。


●生活習慣、ストレス、そんな因果関係が思い当たる病もあれば、因果関係など全く存在しない不条理な病がある。そのような病にこそ、もっと根源的な“意味”がある。そのことに気づくかどうかが、その後の人生の分かれ道になる。


●病気を避難場所にせず、解決しなければいけないのに今まで逃げてきた人生の問題、めんどうくさくて後回しにしてきたものときちんと向き合うこと。


●病の引き金は心(感情)。その人の否定的な思い、痛みを伴った感情生活が結果としてからだの症状、病気として出る。


●ホリスティックというのは“つながり”の回復。本当の自分とのつながり、人とのつながり、この自然や宇宙とのつながり。つながりが切れると人は病気になる。


●病気を自分の要求を通す手段、関心を集める手段、愛をもらう手段、NOを言う手段にせず、自分のコミュニケーション能力、表現能力を成長させて、相手にちゃんと言葉で自己表現できるようにする。


●腫瘍というのは氷山の一角。出ているものをどんなに切っても、氷山の下に腫瘍を作る体質がある限り何度でも出てくる。体質を変えることが最優先。


●医者は治療で腫瘍が取れると元の生活に戻っていいというが、元の生活の中に腫瘍を作る原因があるわけだから、元の生活に戻ったら再発する可能性が多い


●感情や思考や意識というのは、エネルギー。そのエネルギーが変わると、物質である肉体も当然変わってゆく。意識は物質に対して支配力がある。意識こそが、物質を作り、現実を、人生を創造していく大元の力である。


●病気を拒絶、逃避、退却、復讐、休息をとる手段、愛情や承認を求める手段にしている場合、治りたい、治したいと言っていながら、実は、無意識レベルでは病気にしがみついている場合がある。


●地球の環境汚染と体内の環境汚染は同根。人間が汚染した土、食べ物、水、空気によってからだが汚染されている。そして人間が作り出した物、環境、ストレス社会によって人間の免疫力が低下している。病んだ文明社会を治す医者こそが必要。


●病気も、人生に起きてくる問題も、エネルギーバランスが崩れていることを教えてくれている。自分がどこでバランスを崩しているかを観て、バランスを整えることに努力する。


●子供の病気は親へのメッセージ。親を成長させる為、親により大きな愛に目覚めさせる為、親に人生の本当の役割、使命に気づかせるという無意識の目的をもっている場合がある。


●夫婦仲が悪かったり、家族関係に葛藤、問題が多い家庭の場合、子供が、親の不仲を仲裁するため、家庭を平和にするために、自分が犠牲になって病気になることがある。


●子供は、自分の欲求をうまく言葉で伝えられない分、病気になることによって親の愛を求めたり、承認や、触れ合いを求めたりする。


●病を始めとして、人生に起こるあらゆる問題、耐え難い苦しみは、神さまからの“呼びかけ”。こちらを向きなさいと肩をたたかれたということ。神さまが自分に望んでいる生き方、道を歩きなさいと言われたということ。


●これだというものに出会えたら、ひたすら、自分が信じた“道”をゆく。後は道があなたを導いてくれる。


●愛、感謝の心、喜びや安らぎ、笑い、感動、イキイキ、ワクワクすること。このような心は良い遺伝子のスイッチがオンになり、自然治癒力が働きだす。


●人は、病むという経験を通し、自分の弱さと人のやさしさを知る。


          <  か ら だ >

からだって、最もその人の魂に近いものかもしれない。 からだは、本当は何でも知っている。


一つひとつの細胞には、その人が「生存」するための
ありとあらゆる知恵と意志があり その人の人生の終わりのときまで
それこそいのちがけでその人を守る。からだの使命として。


それなのに、私たちの文化は長いこと
身体を精神の下に置き 軽んじてきた。


人間の人間たる所以は 理性や知性の力であると。
いつの頃からか私も、からだを疎外し、
使いつぶすほど酷使するようになっていた。


からだの中にいろいろなものを封じ込めて
頭だけで生きてきた。
からだが一生懸命に私に語ろうとしていたことに気づきもせずに。


病気とは、きっと「自分をもっと大切にしてほしい」「自分をもっと愛してほしい」「この世に生まれたあなたの命の意味を考えてほしい」という、からだの叫びなのだ。


その人の魂にいちばん近い「からだ」は、決して自分を裏切らないから
どんなに言葉でごまかしても、からだには本当のことがきちんと表れる。


「私は大丈夫。平気だよ」一からだが冷たく、こわばっているのを誰かは
見抜いている。


「楽しいね」一目はちっとも笑っていないことに誰かは気づいている。


「もう忘れたから」一風の匂いや、水の冷たさ、あの空の色さえ、からだはまだ覚えている。


からだって、最も自分の真実が表れるところ。真実しか表現できない、不器用なほど正直で誠実な私の心、魂のかたち。それが、「からだ」。

     『もどっておいで私の元気!』(善文社・岡部明美著)

*この公式スピリチュアルサイト「SQライフ」を運営しているデジパ(株)が、10月7日(日)~8日(祝日)に私の「2 days ワークショップ ~人生の新しい扉 ~」(東京・世田谷・自由が丘)を主催してくれることになりました。詳しくは下記をご覧下さい。

http://sq-life.jp/workshop/okabe_071007.shtml

*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/

プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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