
私が、自己探求を始めるきっかけになった最初のセミナーのファシリテーターが郁恵さんだったことは、私にとってとても幸運だったと思う。なぜなら、郁恵さん自身、乳がん(両方)、子宮がん、胃がんの体験があり、特に胃がんなどステージ4の末期がんだったという。
そこから生還されて20年以上たっているという事実は、私にとって何よりの希望の光だった。郁恵さんがもう一度この世界に戻ってこられたのは、「私はこの世でやるべき自分の仕事をまだやっていない。私はまだ本当の自分を一度も生きていない。このままでは私は死ねない」という熱い思いだったという。
私も、自分の死を目の前に突きつけられた時に、同じことを思った。そして、同時に何者かから、私自身が厳しく問われていることを感じたのだ。
「あなたは、今まで何を求めて生きてきたのか」
「あなたは、本当に自分のやりたいことをやって生きているのか」
「あなたは、その生き方で、本当にいい人生だったと思って死ねるのか」
「あなたは、何をするために生まれてきたのか」
この厳しい問いかけは、私の心の深い部分に刻み込まれた。平凡な日常の小さな幸せを感じている時でも、子供の健やかな成長を目を細めて喜んでいる時でさえも、この問いかけは、私の中で失われることなく生き続けていたのだ。
自己の内奥へのこの大きな問いかけは、同時に、生まれて初めての大いなる存在への真摯な問いかけでもあった。それは今にして思うと、私が、身体や心を超え、個をも超えた、目に見えないスピリチュアルな世界にまで歩み出さざるをえない、いのちの発動だったのだと思う。
私は、自然の流れで、スタッフとして郁恵さんのセミナーをお手伝いさせていただくことになった。私は、郁恵さんのセミナーを体験すると、いろいろな気づきがあったので、「気づきのノート」というものを作って、それに、詩や散文の形で文章を沢山書き綴っていた。
セミナーが終わって家に帰り、深夜に瞑想していると、たいていある単語がポンと浮かんできた。
<つながり>、<哀しみ>、<一歩>、<自立>、<扉>、<行き詰まる>、<許す>
こういった言葉が、空間にふっと浮き出てくる。これらの言葉をしばらく感じていると私のからだの奥深くから、突然、湯水のごとく言葉があふれてくるようになってきたのだ。
私は、物書きの仕事をずっとしてきたけれど、こんな体験ははじめてだった。よくはわからないけれど、私は、何かとても広くて、深い場所につながり始めたような気がした。生まれて初めて、ワークショップという自己の内面に深く触れてく体験を重ねていったことで、自分を超えた世界につながり始めたのかもしれない。
一般的にワークショプやセラピーやカウンセリングというのは、心の病気の治療とか、自分のダメなところを無くすとか、問題解決の答えを見つける場、あるいは自分を変える方法などを学ぶ場のように見られているのではないだろうか。
しかし今の私が理解したのは、ワークショップやセラピーの最も大きな目的というのは、変えようとしなくても、ひとりでに変わっていくという「変化」を体験することなのだ。
そして、同時に、本来の自分を「思い出すこと」、自分と他者と世界との「つながり」を回復して、イキイキと自分のいのちが輝く道に自然に歩み出せるようになることなのではないかと思う。
自分に合ったワークやセラピーやカウンセリングを体験すると、心が何かにこだわり過ぎて生きにくくなっている状態から、こだわりやとらわれがほぐれて楽な状態に自然に変化していくのだ。自分の中に調和が生まれてくると、他者とも自然に調和していけるようになっていくのが本当に不思議だ。
人に変化をもたらす要因は様々だけれど、最も大きく作用するのが「体験」で、これがいわゆるワーク(体験・体感・実感の学習)といわれるものなのだということがだんだんわかってきた。
人生は体験の積み重ねだけれど、今までと同じような体験を繰り返しても大きな変化は起きてこない。いつもと全く違う体験をすると、必ず変化が起きてくる。変えようとしなくても、ひとりでに変化していくのだ。
ある時、郁恵さんから「明美さんは、本当は何がやりたいの?」と尋ねられた。私はこの時、思わず「郁恵さんみたいな仕事がしたいです」と言ってしまったのだ。
言った後、恥ずかしくて涙がでてきた。身の程知らずもいいとこだと思ってしまったのだ。何の資格もキャリアもない私に、人間の、こんな深みに触れていくような大変な仕事なんてできるわけがないのに、なんて恥知らずなことを口走ってしまったのかと、ものすごく後悔してしまった。
そうしたら、郁恵さんは、「人は、自分ができないことは夢見ないのよ」と言ってくださったのだ。そして「明美さんの経験そのものを活かして、明美さんらしさを生かした仕事を作っていけばいいじゃの」という励ましのメッセージも下さったのだ。郁恵さんのこの言葉が、この時の私にどれだけの勇気を与えてくれたことか。
そうか、人は自分にできないことは夢見ないのか。確かに私は今までの人生でただの一度も、画家やダンサー、建築家や音楽家やスポーツ選手になりたいと思ったことがない。考えてみれば当たり前なのだ。自分に全く才能も与えられていないものに対してやる気や興味なんて湧いてくるはずないもの。
でも、物書きや編集者、教師や研究者、プロデューサーやコーディネーターやカウンセラーになりたいと思ったことはある。だから、それに近い仕事は確かにやってきた。まったくやってこなかったのは、この中でカウンセラーの仕事だけだ。
私が今こうして、セラピストであり、カウンセラーであり、ワークショップのファシリテーターである郁恵さんと出会ったのは、いまだ実現していない私の夢のかけらが出会いを引き寄せたのかも知れない。
人が、こういう自分になりたい、こういう自分でありたい、こんな仕事をしたいと思うのは、いのちの中に“潜在能力”としての種がすでにあるからこそ、そういう欲求が湧き上がってくるのかも知れない。あとは、その潜在能力をどう磨き続けるかだけなのだろう。
私は、私自身にしか咲かせることができない“いのちの花の種”に、いっぱい水や光をあげようと思った。
花は、自らがどんな花を咲かせるかあらかじめ決まっているけれど、人間だけは、自分がどんな“いのちの花”を咲かせるためにこの世に生まれたのかがなかなかわからない。それを探すことが生きることであり、それを咲かすことが人生ともいえるかも知れない。だから、長い、長い道程なのだ。それを生きることに歩み出すまでは。
しかし、本当は、“おのずから”その人は、その人が、“その人であるところの人”になっていくのだと思う。そういう「自分」というものが人には必ずある。それこそが“まぎれもない自分の個性”であり、自分の“使命や役割”なのだろう。
こうとしか生きられない自分、どうしてもこれが好き、これがしたいというものが、人のいのちの中にはあらかじめ種としてあるのだと思う。それは宇宙の源につながっている私の人生を創造し続ける“いのちの種”、“魂の衝動”なのなのだろう。
その種は、“自ら”探すのでも、“自ら”達成するのでもなく、“おのずから”そうなっていくもの。いのちの不思議さ人生の神秘はそこにある。
私は、郁恵さんに出会って、学ぶということは、なんと楽しいことなのだろうと思った。人間は学べば、学ぶほど、成長すればするほど、人生が豊かになり自分の内側が深く満たされていくんだなあ。
誰かによって、何かによって得られる満足感や幸福感は、いつなんどき満たされなくなるかも知れないし、突然失うかも知れないのだ。しかし、自分が学び成長することで得られるこの満たされた感覚、自由の感覚は、外側の何かに、誰かに依存しないでもいい質のものなのだ。
「生きることは、絶えざる気づき、新たな発見、成長と変容の連続です。だからこそ喜びがあり、感動があり、発展があり、創造があるのです。そのプロセスを生きるということが人生なのだと私は思っています。私も変わり続け、成長し続けています。これからも私は成長し続けていくでしょう」
60代の時にこう言っていた郁恵さんは、70代に入ってからも、「私には、まだまだやりたいことも、学びたいこともたくさんあるの」と言っているのだ。本当にすごいなあと思う。
人は学ばなくなり、感動しなくなった時から、老いが始まるのではないだろうか。感じる心の豊かさが瑞々しい感性になり、自分の頭でちゃんと考える力、物事を深く洞察する力が美しい理性になり、それらが統合されていったときにはじめて、その人の真の個性や生き甲斐が立ち現れるようになっていくのかもしれない。
私は、せっかくいただいた、この私の「からだと感性と理性」をまるごと大切にして、どの働きも活かし、自分の真の個性を活かして生きていこう。病を超えて、自分を超えて。
おそらくいのちというのは、この“まるごとの自分を生きる力”と“まるごことの自分を愛する力”、そして、心の深い海から聴こえてくる願いに従って生きることで輝き始めるのではないだろうか。
人の心の深い海のエネルギーは、きっとあの広大無辺の大空のエネルギーと相似形なのだろう。この海と空が象徴するエネルギーは魂のようでもあり、神のようでもあり、そこには“真・善・美”への限りない欲求と意志があるような気がする。
そう言えば、郁恵さんは、「私が本当にやりたい仕事に出会ったのは50歳を過ぎてからなのよ」と言っていた。でも、それは、郁恵さん自身が、40代までの人生や仕事を一生懸命にやってこられたからこそ出会えたのだと思う。
人はみな、人生のその時々で、学ぶべきことを学び、やるべきことをちゃんとやり続けていれば、それがすべて“人生の堆肥”となって、道が自ずと用意されるのではないだろうか。自分の準備が整った時に、思いもかけないような大切な出会いが起こるというのはそういうことなのだろう。
私も、郁恵さんが末期がんになった時に思われたように「この世でなすべき自分の仕事」を見つけたいと心の底から思った。私は、これからそのための学びの道にさらに歩み出そうと思う。この道は、「その本当の深さが想像できないほどに深い」ということだけはわかる。そして、大いなる神秘と冒険と愛に満ちた道であることも。
そう言えば、私は、青春時代、自分の生きたい人生をイメージしていた時に、突然、「根っこと翼」という言葉が浮かんできたことがある。根っこというのはこの大地という現実にちゃんと根を生やし、日常、暮らしを大切にしながら、家族や友人たちと一緒に幸せになっていきたい、ささやかな喜びを分かち合う人生を生きたいという気持ちを表していたのだと思う。
そして、翼というのは、同じ“夢や志”をもつ人たちと力を合わせて、人の歓びや幸せに貢献する仕事をしたいという気持ちを表していたのではないかと思う。私は、この大空を飛びたい。自由に、のびのびと、軽やかに。そして、限りある生を、限りない空に解き放ちたい。
私が、「私に帰る旅」を丁寧に続けていけば、いつかきっとこの大空を一緒に飛べる仲間たちと出会えるような気がする。私のいのちが輝くことが、誰かのいのちの輝きにつながる。私の歓びが、誰かの歓びつながる。私の幸せが、誰かの幸せにつながる。そんな、生きる歓びや幸福感を人と分かち合える仕事を見つけたい。
私は、さらなる探求の道に歩み出そう。自分のことももっと深く知りたいし、この世界の広さをもっと味わいたい。そして、私は何のためにこの世に生まれたのか、私の魂の深い願い、私の人生の目的も知りたい。
心の深い海に漕ぎ出した私の目の前には、今遥かなる大海原が広がっている。この大海原は、きっと、心の世界をも遥かに超えた、悠久の魂の旅路になるだろう・・・。
< 誕生 >
あなたがこの世に生まれたのは、あなたを必要としている“人”がいるからあなたがこの世に生まれたのは、あなたを必要としている“世界”があるから
この世に必要のない“いのち”などひつもない
あなたが自分自身になるために苦しんできた人生の軌跡のすべてを含めて
「あなたに会えてよかった」と言ってくれる人にいつか出会える
あなたが自分の心とからだのしなやかさを取り戻し
自分らしく生きようと歩き出したなら
少しずつ ゆっくり 自分を開きはじめたその道のりに
ありのままのあなたを受け入れてくれる人がきっと現れる
その出会いとかかわりの中で
自然なままのあなたが
もう一度静かに誕生するだろう
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
(つづく)
<お知らせ>
*2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。
テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
http://web.mac.com/monjel1315/iWeb/Site/76F780AA-BC8F-4F7B-8E86-5BE5708ABE3B.html
*翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。
テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私は、ワークショップの体験を重ねるに従い、知的なレベルで理解していたことを、からだでわかるという体験をいっぱいした。そうか、、“腑に落ちる”というのは、こういうことなのか。
「本当に“わかる”というのは、“それを生きる”ということなのです。骨身に染みるとか、身に付くという言葉がありますが、人は本当に学び深く理解したら、態度や言葉や声、目や雰囲気、その人の存在からあふれているものが変わっていきます。それらが変わっていくにつれて、人間関係や人生が本当に変わっていくのです」
郁恵さんが言う、存在からあふれているものというのは、おそらく、気、波動、エネルギー、オーラと呼ばれるものだろう。確かに私は、人の想い、意識を、その存在からあふれている雰囲気=エネルギーとして一瞬、一瞬感じている。その人を包み込んでいる空気、その人が発信している気は、波動、エネルギーとして確かに感じるのだ。
だから、相手が言葉に出していなくても、自分が相手から肯定的、好意的に見られているのか、あるいは否定的、批判的に見られているのかは、なんとかくわかってしまう。受け入れられている感じ、受け入れられていない感じというのは見事にエネルギーとして相手から伝わってくる。
そして、私の空気も同じようにして人に伝わっているのだ。人と人は、本当はこんなにも、気=波動、エネルギーで感じあっている。確かに、私が誰かと対話を楽しんでいたとしても、その相手が、私のある一言やある態度で、一瞬の内に心の扉を閉めた瞬間というのはわかる。バタンという扉を閉めた音さえ聞こえるほどに。
私たちはふだん言葉によってコミュニケーションをし、言葉が相手に伝わっていると思っているけれど、実はコミュニケーションの93%は、非言語(ノンバーバル)で伝わっているのだという。
非言語とは、顔や目の表情、眼差し、しゃべり方、声のトーン、姿勢、呼吸、態度、仕草といったボディランゲージ、ボデイ・アクションなど。言われてみればほんとそうだ。
確かに私もそれらによって相手を感じている。人の“有り様”と“今心の中で起きていること”は、言葉よりも雄弁に、非言語のメッセージとして存在から発信されているのだ。
「全身でわかるという感覚、深い気づきは、人の意識を確実に変容させていきます。でも、わからない時には、その“わからなさ”に止まることも大切なのです。その“わからない”という感じは、内側にスペースを作り、そこに気づきと変化と創造性が生まれてくる可能性があるのです」
「宇宙の法則や真理について書かれている本を読んだり、講演を聞いたりして物事を知的なレベルで簡単に“わかった”と人は思いがちですが、真実が、自分の“感情を伴った体験”からの気づきによる場合は、自己信頼感、自己肯定感、叡智、許し、共感能力、普遍的な愛への目覚めが自然に生まれてきます。それこそが意識の変容であり、自分を生きる歓びの源泉になっていくのです」
「人は、とらわれから解放されていくと、どんどん自由になっていきますが、とらわれから解放されなければと思うとまた苦しくなりますから、ただ、“気づく”だけでいいのです。すべてのとらわれから解放されることなど、普通の人はまず無理なのですから、ああ、私はまたとらわれているなあ、つかまっちゃっているなあと、その都度、判断を加えずにただ気づくだけでいいんです。気づいた瞬間に、とらわれているものとの同化から離れられますから、確実にエネルギーが変わるのです」
「人間はみな、生きる力も、感じる感性も、気づく知性も、すべて自分の中にあるのです。癒しも気づきも変化も、すべて自分の中で“起こる”ことです。そして変化が起きるのは常に“今・ここ”、“この瞬間”なのです」
おそらく、悩みや苦しみが生まれた瞬間に答も用意されているのだろう。なぜなら、答を知らない人は、テストの問題を作れないのだから。どんな方向に進みたがっているのか、何を求めているのか、何をやりたがっているのかは、自分の深い無意識がすべてわかっているのだと思う。それは、きっと大いなる“いのちの知恵”なのだろう。
心の深い海に潜り始めた私は、「信じるに値するものは自分の中にある」「私は、私の感覚を信じていいのだ」「真実は体験の中にある」「人は変わりうるのだ」ということをだんだん実感しはじめている。私の中で、生きる力が静かに漲ってきているのがわかる。
ワークでは確かにいろいろな気づきがあるが、これが活かされるかどうかはまさに自分の現実の世界なのだ。人生の本番はまさに家庭や職場など、自分が今関わっている足元の日常にあるのだから。私は日常で起きてくる様々な問題や出来事を、次第に自分の“成長の課題=レッスン”という視点から見られるようになってきた。
つまり、人生に次々に起きてくる悩みや問題や状況に対して、「私は、これをどう解決すればいいのだろう?」という、かつてのような“問題解決型”の発想ではなく、「私は、このことから何を学べるだろうか? これは、一体私にとって何のレッスンなのだろうか?」「これにはどんな意味があるのだろう」「このことを通し、私は自分の中の何を見なければいけないのだろう」「今私の人生に何が起きようとしているのだろうか?」という視点から問題や現象を見ることが少しずつできるようになってきたのだ。
この視点の変化は、郁恵さんのセミナーを受けている間に自然に身についたものだ。郁恵さんは殆どの心理学を学ばれてきた方だが、心の問題を、からだという無意識の言葉やシグナルを手がかりにして解きほぐしていく。
からだは無意識の世界を開く“扉”であり、その無意識の海そのものなのだ。人の限りない潜在能力が潜んでいるのも、自然治癒力といういのちの力が宿っているのも、この深い無意識の海の中なのだ。
なぜなら、この無意識の底にある海は、すべての存在とつながっている海であり、宇宙の根源ともつながっている知恵の海だからだ。心の深みの無意識、からだという無意識。それは未知との遭遇であり、最後のフロンティアだ。
自分の内側に入っていくと、からだという分離した個を超えてつながっている人類の普遍的無意識、集合無意識のネットワークにつながっていくから“シンクロニシティ”(共時性・意味ある偶然の一致)が頻繁に起きてくるのだろう。
自分を知るということは、宇宙を知るということと同じくらいの果てしない旅なのだと思う。それは今回の人生では終わらないほどの長い永遠の旅なのかもしれない。
< 答 >
考えても考えても答が見つからないとき・・・ 解決の糸口を見つけたくて、どれだけの本を読んでも、 絹糸1本ほどの糸口さえ見つからないとき・・・
自分のためを思って言ってくれるあたたかな助言を
うれしいとは思っても、心の深い部分には
少しも響いてこないとき・・・
それは、自分が求めている答は“自分の中にしかありませんよ”
というメッセージ。
「自分の実感から遠ざからないで。自分の内側で起こっていることに意識を傾けてみて」
「知識や助言や指導を求める自分を一度横に置いて、ありのままの自分にきちんと向き合ってごらん。探し求めていた答が、現実を受け入れた向こう側に見えてくるよ」
「観ること。感じること。聴くこと。味わうこと。ただ、素直に、まっすぐにそのままに」
『もどっておいで私の元気!』(善文社・岡部明美著)
2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。
テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
http://web.mac.com/monjel1315/iWeb/Site/76F780AA-BC8F-4F7B-8E86-5BE5708ABE3B.html
翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
ゆったりとしたペースで郁恵さんのワークは進んでいく。ペアになった者同士が互いに「あなたは、誰ですか?」と問い続けるワークがあった。名前、年齢家族構成、住んでいる所、生まれた場所、趣味、経歴、学校、仕事、性格など思いつくままに「これが私である」と思っていることをずっと言い続けた。
言っても言っても、ペアになった相手が私に問い続ける。
「あなたは、誰ですか?」と。
もう言うことがなくなってきた。頭が真っ白になっていく。何も言えなくなって黙り込んでしまった。「それが、あなたのすべてですか?」と、突然聞かれた。何も言えなくなってしまったのに「それが、あなたのすべてですか?」と問われると、いや、これが私のすべてなんかじゃないと思う自分がいる。
でも、そう思った途端、いやそうだろうか、私は、本当は何もないんじゃないだろうか、何者でもないんじゃないかと思えて、突然、自分が空っぽになってしまったような不安が同時に生まれた。
「私って、一体、誰なんだろう?」
私は、私を知らない。どんなにこれが私ですと言っても、でも、それが私のすべてではないと思う私がいる。どんなに自分を学んでも、学び尽くせないという感覚がある。
私は、妻であり、母であり、嫁だけれど、それは役割であって私そのものではない。夫も息子もかけがえのない存在だけれど、妻じゃない時も、母じゃない時も、私は、私だった。
ウエイトレスをやったり、OLをやったり、編集やライター、マーケッターの仕事をしたり、いろいろな仕事をしてきたけれど、なんの仕事をしようが私は私だった。プータローをしている時だって私は、私を生きていた。
人から、「あなたって、こういう人だよね」と、肯定的レッテル、否定的レッテル、いろいろなレッテルを貼られるけれど、レッテルは、それを貼る人の好き嫌い、価値観、美意識、信念、生きる姿勢、つまり、その人の物差しを表現しているのであって、人から貼られたレッテルがイコール私ではない。
では、性格が私なのだろうか。私は、確かに今まで、この性格がイコール私だと思ってきたからこそ、自分の性格の良くない部分をなんとか変えようとしてきた。
でも考えてみれば、もし、「私=性格」だとしたら、どうやって自分の長所と短所に気づけるのだろうか?私の長所と短所に気づいている私とは、性格を超えたものでない限り、どうやってそれに気づけるだろう。
性格と同じくらいに、これが私だと思ってきたのは、この私のからだだ。このからだは決して誰のものではなく、まぎれもなく私のものだ。私が、あの人ではないのは、からだが違うからだ。
でも、もし、からだがイコール私なら、死んで遺体になった時にこのからだが私と思っていた私はどこにいくのだろう。私とからだがイコールであったならどうやって「私は、からだである」と認識できるだろう?
そういえば、からだには、毎日入れ替わる細胞があり、1ケ月周期で入れ替わる細胞もある。2、3年もたつと殆どの細胞は入れ替わる。原子レベルでは7年で細胞は総とっかえだという。10年前の私と、今の私とでは肉体レベルでは別人なのだ。
肉体は最も確かなもの、不動のものというイメージがあるのに、ミクロのレベルでは最も激しく変わり続けているもので、決して固定したものではないのだという。だったらどうして、このからだが私の本質だと言えるのだろうか。
私は、小学校の時に比べて足が1本増えたとか、目が3つになったとか、そういう構造的な変化がないから、このからだが不変の私だとずっと思いこんでいたのだ。
私の本質とは、肉体でも、役割でも、性格でもないのだとしたら、感情や思考が私なのだろうか。確かに、私は、日々、泣いたり、笑ったり、怒ったり、落ち込んだりしている。「私には、こういう考えがある」ということを知っている私もいる。
でも時々、ああ、私は今とても悲しいんだ、淋しいんだ、怒っているんだと感じる時がある。では、悲しみに気づいている私は、悲しみに飲み込まれている私だろうか。怒っていることに気づいている私は、怒りに我を忘れている私だろうか。いや、怒りまくっている時だって、私は今怒りまくっているということを知っている私がいる。
自分の感情や思考、自分の長所、欠点に“気づいている私”は、それそのものではない。これらのすべてをまとめて全体を生きている私、それらを観察し、全部わかっている私がいるのだ。
それらのものに何も影響されずに、静かに存在している私。肉体でも役割でも性格、思考、感情でもない私。それらを眺めていられる意識であるところの私とは、一体誰なんだろう?
郁恵さんは、私のこの疑問に対して、このようなことを教えてくださった。
「私たちには、自分を超えたより大きな意識があります。その大いなる自己はたとえばオーケストラの指揮者のように、それぞれの小さな自分(サブパーソナリティ)の欲求と役割と価値をわかっていて、それらをうまく統合、調和させていく働きをしているのです。その大いなる自己、高次の自己のことをトランスパーソナルセルフ、あるいはハイヤー-セルフとも言います。この大きな自己は、私たちが“これが自分”と思っているものを遥かに超えた存在、意識であり、大いなる存在の愛と意志なのです」と郁恵さんは言う。
私は、そのトランスパーソナルセルフの意識というものがどんなものなのか実感としてはまだはっきりとはつかめていない。でももしかしたら、「あなたは誰ですか?」という“問いのワーク”をした時に感じた、「私の本質は、肉体でも役割でも、思考でも感情でも、性格でもなく、それらを超えた意識、それらを眺めていられる、静かなる意識、より大きな意識」として感じたものと同じものなのではないだろうか。
意識というのは、自分の中にあるものでありながら、同時に自分を超えた宇宙の意識でもあるのだ。意識は、自分のからだの輪郭を超えて遥かなる虚空に広がっている。私と宇宙は切り離されてはいない。私の最も深い意識は、臍の緒として母なる宇宙の源にさえつながっているのだ。
意識の世界は、なんと奥深いのだろう。もしかしたら、宇宙は、意識の海なのだろうか。その宇宙の根源につながっている心の最も深いところにある意識、それを自分の本質“魂”と呼ぶのかもしれない。
私たちが知覚・認識できている表面意識(顕在意識)という心の世界は、氷山の一角のようなもので、心の世界のわずか3~7%程度なのだという。私たちが“わかっている”と思っている表面意識の下には、海の中に沈んでいる氷山のように広大無辺の“潜在意識=無意識の海”の世界が広がっているのだという。
私は、自分のこと、人間のこと、この世界のことをわずか3~7%程度にしかわかっていないのだと思うと、自分や世界を学んでいくプロセスがすごく面白くなってきた。このことを知ると、自分の潜在的な可能性も、まだまだ発掘できるのだという希望と勇気が湧いてくる。
<お知らせ>
*12月22日(土)に年内最後の「リラクゼーション&メディテーションの会・シャンテイ」が東京・自由が丘であります。頭部の緊張をゆるめ、からだをほぐしていきます。からだがほぐれてくると心もほっこりしてきます。からだをゆるめた後に瞑想すると心の深いやすらぎ、静寂が味わえます。人に優しく、自分にはもっと優しく。自分に優しくなれると、不思議に人にも優しくなっていきます。シャンテイの会は、自分のからだと心を大切に慈しむ時間です。
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
心の世界が、深い深い海のようだと感じた日から、少しだけ時が流れた。私は次第にその深い海の泳ぎ方を少しずつマスターし始めている。自分を学ぶことは、他者への理解、人間に対する理解が深まっていくことにつながり、世界が広がっていく感じがして楽しい。
私は、昔から、存在の深いレベルで人と出会いたいと思っていたのだけれど、そのためには、まず私が自分自身に深く出会わなければならないのだということがだんだんわかってきた。
一度いろいろなことに気づき始めると、日常生活でもひとりでワークすることが多くなってきた。最近は、「私は、今まで何を“前提”として人と関わっていたのだろう」というところを見ている。
私は今まで、人との関わりの中で、自分をわかってほしいと思う気持ちが強く、互いにいつもわかりあえる関係でいたいと思う気持ちが強かった。だからわかってもらえない時はすごく悲しかったし、互いに全然わかりあえない時などはひどく落ち込んだ。
しかし、今の私がやっと理解したことは、人と人はわかりあえるということを“前提”にすると、そうでないと苦しみが生まれるけれど、「人と人はわかりあえることの方が稀なのだ」ということを前提とすると、人間関係の見方が全く変わる。
考えてみれば、互いの人生の体験が違い、感じ方も考え方も、価値観、性格、行動パターンもそれぞれ違う人間同士なわけだから、真にわかりあえることの方が稀なのだと思う。
こちらの方を前提にすると、自分の気持ちをわかってもらえたと思う時や、互いにわかりあえたと思えた瞬間がとてもうれしく貴重なことに感じて、わかってくれた人に心から感謝の気持ちがこみあげてくる。
自分の傷つき方とか苦しみというのは、自分が何を“前提”として人と関わっているのかでずいぶん違ったものになるのだということに気づいた。相手に対して、いつもわかっていてほしいとか、こうしてほしい、こんな風に愛してほしい、こう言ってほしかった、こういう反応を返してほしかったのに、こうであるべきなのに・・・といった「期待」と「要求」が私の側に強い時は、それに合わないことを言われたり、されたりすると苦しみと失望はもれなくあとからやってきた。
私の反応の元は、私の頭の中にある○×思考、頑固な考え、相手に対する期待と要求、エゴの欲望、私の心の痛みから生まれていたのだ。
私は、人を傷つけることもいやだったし、人から傷つけられることもこわかった。でも、人が人と関わるということは、傷つけたり、傷つけられたりということがどうしても起きてくる。
関わりをもたなければ、傷つけることも、傷つけられることもないけれど、人は孤独であることには耐えられないし、愛を求めてやまない存在だから、人間関係というのはそもそも傷を負うことは避けられないということを前提として成り立っているのだ。
愛や好意や尊敬は、いとも簡単に傷や憎しみ、嫌悪や失望に変わり得ることをどんな人も人生で何度かは経験しているのではないだろうか。
人は、自分の不注意で人を傷つけてしまうこともあれば、傷つけるつもりなんか全くなかったのに、相手から傷つけられたと言われたこともあるだろう。私もそういう経験がある。相手が、私を傷つけるつもりなど全くなくて言ったことなのに、私が勝手に傷ついてしまったり、逆に、私が不用意に言ったことで人を傷つけてしまい、罪悪感の塊になったりした。
互いにわかり合えるいい関係でつきあってきた人と、だんだんギクシャクしていって関係性が壊れてしまったことをいまだに悔やんでいることもあった。私を傷つけた人を憎んだこともある。そんな過去の人間関係のしこり、わだかまりのことを考えていた時郁恵さんのこのメッセージに救われる思いがした。
「人間は本当に不完全な存在なのです。不完全であるがゆえに、失敗したり、おろかなことをしたり、まちがったり、ほかの人を傷つけてしまうことがあります。そんな時自分を責める声が出てくるかもしれません。そうすると、とてもつらくなってしまいます」
「だけど、誰だってまちがうことがあります。失敗することもあります。ほかの人を傷つけてしまうこともあります。人は、いつも完璧というわけにはいきません。失敗するからこそ、まちがうからこそ、愚かなことをしてしまうからこそ、そこから学んでいけるんです」
「生きるということは、どこまでいっても学びのプロセスなのです。だからこそ、生きることが喜びになるのです。もし自分が、失敗や間違いなど絶対しないような完璧な人間だったら、人はどこで成長できるでしょうか」
人生でも、人間関係でも、失敗ばかり、転んでばかりの私にとって「生きることはどこまでいっても学びのプロセスなのです」というメッセージに救われる思いがした。大切なのは、失敗しないことでも、常にいい関係でいることでもないのかも知れない。
失敗した時、トラブルが起きた時、うまくいかない時に、そこから自分が何を学ぶか、どういう態度を選び直すしかないのだろう。そして、転んでしまったら再び立ち上がるために必要なことをきちんとやるだけのことなのだと思う。
人と人はわかり合いたいけれど、わかり合えないものもあるのだということ。常にわかりあえる関係などないこと。わかり合えない、つながれない、対立するということは、ただ、互いに大切だと思うことや、信じていることや、好きだと思うこと、求めている事が違うというだけのことなのだから。
どっちが正しいとか、間違っているとかではないのだ。違うからこそ相手から学べるというのは確かにそうだと思う。私は、こういったことを了解しながら自分を成長させることや、関係性を成熟させていくことに対して努力できる自分になりたいと思う。
「つながり」が「しがらみ」にならないような、存在と存在の岸辺にちゃんと風が吹き抜けるスペースがあるような人間関係を創っていきたい。たぶん、そんな自分になるためには、私は、これからいろいろな人間関係の修行をさせられるのだろうけれど。
本当に人と人は遠回りばかりしていると思う。とてもシンプルなことをものすごく複雑にしている。いろいろお金をかけていっぱい勉強をしてきたけれど、最大の勉強というのは、ただで学ばされる、今目の前にある人間関係の勉強なのだ。
ある人間関係で起きたトラブルや失敗からちゃんと学ばないと、登場人物を変えて、人生でちゃんと学び直しをさせられるというが、自分の人生を振り返ると、それは確かにそうだと思える。
「愛と人間関係」「感情と反応」「自分のエゴ・怒り・貪欲・執着」「頑固な考え・善悪の判断・囚われ」
これこそが、人が天から渡される最大の“自己成長のドリル”なのだろう。3年生のドリルをちゃんとやらないで、いきなり6年生のドリルをやろうとしても飛ばしたドリルは、後になってちゃんとやらなければいけないはめになるみたいだ。
< 責める >
人を責めているとき 同じくらい自分を責めている私がいた
人を傷つけてしまったとき 相手の傷と同じくらい
自分の中にも傷ができた
自分自身を痛烈に批判する私がいるから
人からの批判や攻撃は恐ろしく
いつもどこか身構えていた
「傷つけてしまった人のことをずっと悔やんでいるけれど、自分のことをどれだけ傷つけて生きてきたのかわかっている?」とある人に言われて、ハッとして言葉を失った。
自分が自分につけた傷とは、劣等感や敗北感や無価値感、自分を否定したり、嫌悪している部分だった。
確かにこれらは、自分で自分につけた傷口だった。
その部分に人が触れたとき 私は傷つけつられたと感じた。
でもすでに傷口はあったわけで、その人がまっさらな上にナイフをつきつけたわけではなかった。
傷つきやすい人というのは、自分で自分にナイフをつきつけて生きてきた人なのだろう。
自分を傷つけるこのナイフを捨てなければ、大切な人に出会いながら、
その人を失いかねない。
自分に向けるナイフは当然、人にも向けるナイフになるのだから。
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
<お知らせ>
*12月22日(土)に年内最後の「リラクゼーション&メディテーションの会・シャンテイ」が東京・自由が丘であります。頭部の緊張をゆるめ、からだをほぐしていきます。からだがほぐれてくると心もほっこりしてきます。からだをゆるめた後に瞑想すると心の深いやすらぎ、静寂が味わえます。人に優しく、自分にはもっと優しく。自分に優しくなれると、不思議に人にも優しくなっていきます。シャンテイの会は、自分のからだと心を大切に慈しむ時間です。
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
自分が自分をこんなに縛っていたのだという気づきは、驚きであると同時に大きな喜びでもあった。同化の問題は、自分を制限している大きな思い込みに気づく視点としてとても勉強になることが多かった。
そして、この同化の問題はサブパーソナリティだけでなく、人生のいろいろな場面でも実に人は無意識にやっているのだという。
「会社」や「仕事」と自分があまりに同化していれば、自分=会社・仕事なわけだからそれがなくなるということは、自分がなくなるという怖れが生まれて執着が始まる。ワーカーホリックというのはまさしくこれなのだろう。私は、かつてこれをやっていたから苦しくなり、行き詰まってしまったのだ。
自分の“権威や名誉”、“過去の栄光や業績”、“学歴や肩書き”に自分を同化している人が何がなんでもそれを死守しようとしたり、誇示したがる人というのもこういう心のカラクリなのだろう。
妻、母、嫁という役割に同化している人は、その部分で評価されることやほめられることが自分の存在価値を確認できることだから、いい妻、いい母、いい嫁を目指してがんばってしまう。私もこれは、さわりだけはやったことがあるから、実感として少しはわかる。かなり苦しかった。“無い袖はふれない”と気づいて、早々にリタイアしたけれど。
よくありがちな、子供と自分を同化している人も同じなのだろう。どんなに子供がかわいくても、子供は、自分とは別人格の人間だ。子供には、その子自身の欲求や価値観や意志があるのだから、親の思い通りになんかなれないし、親の期待通りには生きられない。
でも、子供にとっては親の存在は絶対だから、自分に対する期待と要求が大きければ無意識に子供はそれに応えようとしてしまうのだ。親からの条件付けを無意識レベルで取り込んで、親から愛される自分、認めてもらえる自分、ほめてもらえる自分というものを作っていってしまうのだろう。
親から過剰な期待をかけられている子や、親に過剰に心配される子は、自分がつぶされていくような不安を感じたり、期待に応えられない自分をダメだと責めたり、自分が本当は何をしたいのか、どう生きたいのかわからなくなってしまうアイデンティティ・クライシスに陥ってしまう可能性が高いのではないだろうか。
親が自分の心の不安や空虚さを子供の存在によって埋めようとすれば、子供にとって親の存在は重しのようにのしかかってしまう。親が一人の人間としてイキイキと生きていなかったら、子供は、「自分は、自分として生きていいのだ」とは思えないだろう。両親の仲がいいことと、両親の生き方や、在り方そのものが、子供への最大の贈り物なのではないだろうか。
役割意識は自分の内側からの欲求より、外側からの要求と期待に応えていく世界だから表向きの顔ばかりになり、本来の自分からどんどん離れていってしまうのだ。会社人間だった頃の自分を振り返るとそれはとても納得できる。
役割意識というのは、気づかない間に“素肌化”してしまい、素のままの自分がわからなくなってしまうのだろう。苦しくなってきて初めて、ある役割や、ある特定の自分(サブパーソナリティ)、ある信念、信条が素肌のようになっていたことに気づくのだと思う。そして、気づいた時にふと自分に問うのだ。
「自分て、何なのだろう?」「なぜこんなに苦しいんだろう」「なぜこんなに空しいんだろう」「自分は、本当はどうしたいんだろう」と。
人はそんな風に感じた時から、同化していたものとの距離をとるという心の作業が始まるのだと思う。しかし、この“ただ距離をとる”ということや、“手放す”ということが身を引き裂かれるように痛いのだ。この心の作業は、まるで古い自分のお葬式を自分であげるみたいなものかもしれない。再生の儀式は、死の儀式でもあるのだ。
同化という問題を通して見てみると、自分が行き詰まったり、苦しみにのた打ち回った原因の多くが、“怖れ”や“執着”、“間違った信じ込み、思い込み”“自分の欲”から生まれたものなのだということがだんだん見えてきた。
人は、自分が所有していると思っているものや、自分のものと思っている人(夫・妻・子供・恋人)、あるいは、同化している“ある考えや信念や場”に、逆に所有され、縛られ、支配され、コントロールされるということがだんだんわかってきた。
そう言えば、あの人がこう変わってくれれば、自分は楽になると思っている間は、全然ダメだった。人を変えることなどできないのに、ずっと相手が変わってくれることを期待していた。改めて、私がドツボにはまって苦しんでいた時というのは、どういう時だっただろうと自分を振り返ってみてみた。
対象との距離がなくなっている時。変化をこわがって過去にしがみついている時。心を閉ざしてしまった時。悪いことの原因を全部相手のせい、人のせいにして批判している時。愛し過ぎてしがみついている時。恐れという妄想に乗っとられている時。
自分にも相手にも完璧さを求めている時。考え過ぎて深刻になっている時。人と比較・競争している時。自分を否定している時。相手に対する期待と要求が強い時。自分の本当の気持ちを押し込めて相手に合わせている時。
自分の価値観ややり方に固執し過ぎている時。自分や人を責め裁いている時。人からの期待に応えようとがんばり過ぎる時。自分に厳しすぎる時。人からの評価を気にし過ぎている時。幸福感・満足感・快感を与えてくれる人に依存している時。自分を外側から眺める意識がなくなっている時・・・。
まだまだあるかもしれない。苦しみの素ってこんなにあるんだ。私は、ついついクセで、この“苦しみのだしの素”をふりかけてしまうのだけれど、自分でやっているのだから、自分でやめることもできるのだ。
もちろん人生には理不尽としかいいようのない苦しみもある。でも少なくとも「ああ、これは自分で作っている苦しみだ」「なんだ、自分からみすみす“ド壷の滝”に身を投げていたのか」と気づいたものに対しては、新しい“態度の選択”ができるのだ。
たとえば、勇気を出してもう一度心を開くとか、心から謝る、NOを言う、適正な距離をとる、心をこめてありがとうを言うとか。あるいは、自分を信じる。許す。ゆるめる。ほめる。今は忍耐する。もう手放す。自分の足で立つ。諦める。そして、究極は四の五の言わずはっきりと決意・決断する。大いなるものにすべてを委ねる、などなど。
言うは安し、行うは難しだけれど、少なくとも苦悩と葛藤の坩堝から、自分で脱出することができるのだという可能性を知っただけでも私はとても気が楽になった。これが、“反応”する自分から、“応答”できる自分への変化ということなのだろう。
ネガティブな反応は無意識の条件反射だから、同じパターンを繰り返し、いつまでたっても苦しみからは解放されない。でも反応している自分を観ることができるようになれば、そこにスペースが生まれて、意識的で賢明な“応答”できる自分にだんだんなっていけるのだ。
もちろん、これが本当にできるようになるためには、相当の場数を踏まなければならないのだろうなと思う。できれば宿題は少ない方がうれしいけれど、私の成長に必要であれば天はきっとその宿題を私の人生に用意するのだと思う。今までの人生を振り返ってみると、見事にベストタイミングで私は宿題を出されているもの。
< 仮面 >
世間を生きてゆくために、いくつもの社会的役割を演じるために、
自分がこれ以上傷つかないために、人はたくさんの「仮面」をつけ、
時に応じ、人に応じ、使い分ける。
「素顔」の自分がどんな人間だったのかを忘れるほどに、
仮面はいつしか素肌化してゆく。
自分を守るために必要な仮面が、いつの間にか自分を縛り、
不自由にし、イキイキ生きている自分を感じられなくなっていった。
何かが私の中で鈍くなっていった。
傷つくことを怖れて、
当たり障りのない言葉だけが行き交う「私たち」という人間関係。
確かに傷つけはしないが、
心のどこにも響いてこない空虚な言葉が宙を舞う。
仮面をつけたままでは、私の言葉はあなたの心に届かない。
あなたの言葉も私の心には届かない。
「仮面の言葉」には、「仮面の言葉」しかかえってこない。「必要以上の仮面ははずしても大丈夫だよ」
と言う人に出会えたとき、空虚な言葉、誰かの言葉を発している自分から、
「私とあなたが関わりあえる言葉」「人と人がつながり合える言葉」
を発せられる自分になってゆく。
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
(次回に続く)
<お知らせ>
*12月22日(土)に年内最後の「リラクゼーション&メディテーションの会・シャンテイ」が東京・自由が丘であります。頭部の緊張をゆるめ、からだをほぐしていきます。からだがほぐれてくると心もほっこりしてきます。からだをゆるめた後に瞑想すると心の深いやすらぎ、静寂が味わえます。人に優しく、自分にはもっと優しく。自分に優しくなれると、不思議に人にも優しくなっていきます。シャンテイの会は、自分のからだと心を大切に慈しむ時間です。
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私に、さらに大きな視点の変化をもたらしてくれたもののひとつがサイコシンセシス(フロイトの“精神分析”の反対で、イタリアの精神科医、アサジョーリが創始した“精神統合”の心理学)だった。私はサイコシンセシスの中でも特に「サブパーソナリティと自己の同一化(同化)」のことがまさに目からウロコだった。そうか、だから私は、自分が“こわれていく”ことを自分で止められなかったんだということがすごく腑に落ちたのだ。
私は、かつてどれほど心身がボロボロになっていても、休めず、立ち止まれず「苦しい」の一言も言えなかった。人から心配されても条件反射のように「大丈夫、大丈夫」と言っていた。そんな私は、あるサブパーソナリティに完璧に自己同一化=同化していたということがわかったのだ。
サイコシンセシスでは、自分の中の“ある一面”、いろいろな自分、たくさんの小さな自分のことを“サブパーソナリティ”と言う。あるサブパーソナリティに自分を同化していると、そのサブパーソナリティこそが自分と思い込んでいるために、他のサブパーソナリティを仕切ってしまい、その欲求を聴いてあげなくなってしまうのだ。
私が同化していたサブパーソナリティがはっきり見えてきた。それは、明るくて元気でがんばりやの自分。行動力があって努力家で根性がある自分。いつも前向きでプラス思考で向上心が強い自分だった。この私でなかったら、私ではないというくらいこのサブパーソナリティが私のすべてを仕切っていたのだ。
同化しているサブパーソナリティというのは、確かに自分の特徴的なある資質ではあるけれど、同時にそれは親や周囲の人たちからの「愛と承認」を得るために育ててきた自分でもあるのだという。
それゆえ、自分でもそれが自分の本質だと思い込み、他者も自分が同化しているそのサブパーソナティをその人の本質のように感じていることが多いのだという。そうすると同化しているサブパーソナリティ以外の自分(他のサブパーソナリティ)は、表現されることも、大切にされることもなく、その欲求に耳を傾けてもらうこともないままで端っこに追いやられてしまうのだという。
そうか、この同化しているサブパーソナリティは、自分にとって得なことがいっぱいあるから、自分の素肌のようになってしまうのか。まさに私自身、人から自分の存在を認めてもらうため、ほめてもらうために、また社会に適応していくために、生きる知恵として身に着けてきたサブパーソナリティを自分そのものだと思い込んでいたのだ。
そういえば、パーソナリティのギリシャ語の語源、ペルソナは、“仮面”という意味だったっけ。仮面なのに素肌だと思い込んでしまったら、確かに歪みが生まれてしまうはずだ。顔のパックは笑うとシワになるけれど、人格のパックって、シワになっていることになかなか自分では気づけないものなんだな。
もちろん、人は社会的な存在だから、仮面は時に応じ、役割に応じて必要ではあると思う。役割の顔、フリをすることは当たり前のことなのだ。社会に出て裸で歩くわけにはいかないのだから。
でも、その仮面を自分だと思い込んで生きてしまうと、行き詰まってしまった時に、突然、「私は誰なんだろう?」という、自分の存在に対する根源的な不安や懐疑が生まれる。これが、アイデンティティ・クライシスなのだろう。
なるほどなあ。私は、自分がこわれていくのを止められないほど、このサブパーソナリティに自分を同化していたのだ。もしかしたら、私の発病は、私の中で無視され、大切にしてもらえなかった自分、ぞんざいに扱われてきた自分が結託して反乱を起こしたのかもしれない。
存在すら認めてもらえなかった小さな自分とは・・・気が小さくて、臆病で、すぐ落ち込む自分。矛盾だらけで、いい加減で、意気地なしの自分。泣き虫、弱虫で、グチャグチャな自分。本当はやりたくない自分。人に合わせたくない自分。怠け者で、淋しがり屋で、感傷的で、甘ったれの自分。暗い自分・・。
私は確かにこれらの小さな自分の存在を無視してきたし、出てこようとしたら頭をひっぱたいて、「ひっこんでいなさい、我慢しなさい、だめよ、そんなんじゃ」とか「やるの、やらないの、どっち! Aなの、Bなの、どっちだかはっきりしなさい!」と無言で叱り飛ばしていた。
昔は、もっといい加減で矛盾だらけだったのに。もう少し、おおらかでケセラセラだったのにな。葛藤に費やすエネルギーに耐えられなくなった私は、だんだん白黒はっきりさせなきゃ気が済まないようになっていったのだ。
郁恵さんは、あるサブパーソナリティと同化していると、どんな生きづらさが出てくるかをこう説明してくれた。
「素直ないい子、思いやりのあるやさしい人、いい人、というサブパーソナリティに自分を同化している人は、自分を主張したり、NOをいうことや、自分が本当にやりたいことを言うことが、わがままで悪いことなんじゃないか、人から嫌われてしまうのではないか、相手を傷つけてしまうのではないか、という怖れと罪悪感をもったりします」
「同じように、がんばり屋、向上心が強い、前向きというサブパーソナリティに同化している人は、休むことや遊ぶこと、気が変わることや降りること、リラックスすることに対して、さぼっているようでうしろめたいと感じたり、無責任と言われることを恐れたり、真剣さが足りない、成長が止まってしまうと考えてしまいがちです」
本当にそうだ。私は、どんなにがんばっても、「まだだめだ。その程度で満足してるんじゃない。もっとがんばれ。一度口に出したことは、途中で翻すな。逃げるな。初志貫徹!」といった声が絶えず自分の中から聞こえてくる。
アニメのイメージでいうと、「巨人の星」の星飛馬のお父さんみたいな人が自分の中にいて、このお父さんが、とにかく厳しいスパルタ教育の教師だった。私はこのお父さんの声が自分の中から聞こえてくると、温泉に入っていながらも突然、ウサギ飛びを始めてしまうような条件反射の行動に出てしまう。
実際のうちの父親は、全く逆で、やさしくて、私をいつもほめてくれたし、愛してくれたし、認めてくれていた。私は、父に頭ごなしに怒られたことが一度もない。うちの父と、星飛馬のお父さんは、まるっきり正反対のタイプなのにどうして、私の中にこんなに厳しい教師がいるのだろうか。
私は、自分の中にいるこのスパルタ教育の教師がこわくて、途中で、何か違うなあ、もう嫌だなあ、やめたいなあ、休みたいなあという欲求が出てきても、それを感じないようにしてしまうのだ。でも、それをやっていると、決まって途中でわけがわからなくなってきて、途方に暮れてしまうか、からだに何らかの症状がでてくるのだった。
もちろん、この厳しいスパルタ教育の教師に逆らわないで、必死になって努力する自分がいたからこそ、達成できたこと、力がついたこともたくさんあったと思う。でも、同じくらいに、自分の中にたくさんの歪み、不調和を作ってきたのだ。
「サブパーソナリティというのは、みんな、自分のある一面であって、全てではないのです。自分が、どんなサブパーソナリティに同化しているのかに気づいてください。同化していると、自分は“こうでなければいけない”という、とらわれを作り、自由さがなくなっていきます。とらわれから解放されるためには、まず、自分が何にとらわれているのかに気づくことが大切です」
確かに、私は、基本的には、明るいし、陽気なのだけれど、自分が本当はつらい時、くたびれている時まで、明るく元気な自分というものを人に見せてきたのは、人から受け入れられるためには、いつも、明るく、元気で、ニコニコしていなければならないという思い込みがあったからなのだということがわかった。
「いつも明るく、元気で、前向きでなければならない」と思い込んでいた私は確かにマイナス思考の人、努力しない人、不平不満の多い人、言い訳ばかりして動こうとしない人に対してすぐ苛立った。でも、このことがわかってからは少しずつ人間の見方が柔軟になっていったように思う。
人は自分が受け入れられ、自分の価値や才能やいいところを認めてくれる人に出会えたらちゃんと自分の良さを生かす方向に自然に歩き出すということ。同じように人は、自分が本当に情熱を傾けられる対象に出会った時には、自然に勉強するし、努力とも思わず自分を磨くし、もっと成長しようと思うものなのだと。
考えてみれば、かつての私自身がまさにそうだったではないか。自分に自信がなくてもうひとつ動けない時に、自分を認めてくれる人がいたり、いいところ引き出してくれる人がいたことで、新しい一歩を踏み出せたのだ。それなのに私は、他者に対してどこまでそういう関わりができていたかと思うと、自分がしてもらったほどには、人に対してやれてなかったと思った。
本当に一人ひとりのプロセスや対象との“出会いの時”はそれぞれみんな違うのだ。出会いの時が、早い人もいれば遅い人もいる。これだと思ったものが、そうではなかったと気づく時だってある。何度でもやり直せるのだし、いくつからでも始められるし、いつ始めたっていいのだ。
郁恵さんだって、本当に自分がやりたいことに出会ったのは50歳を過ぎてからだと言っていた。私は、もう40歳という人生の折り返し地点に来たのに、いまだ自分の道が何も見えてこないことに焦りを感じていたので、それを聞いてすごくほっとした。
今からだって、出会える。始められる。違ったと思ったらやり直せばいい。心の底で求めているものには必ず出会える。自分が本当は何を求めているのかということだけを丁寧に感じていればいい。
そう思えたら心の中に余裕ができて、焦らずにボチボチ行こうと思えるようになった。とにかく、郁恵さんのセミナーで、少しずつ自分がとらわれていたものに気づけるようになってきた私は、心に余裕のようなものが生まれてきて自分に対してこう言ってあげたいと思った。
「ゆっくりでいいよ。自分のペースでいいんだよ。あなたにしかできないことがきっとあるはずだから。あなたの“時”がきっといつか巡ってくるからね」
私は、自分に対してこんな風に優しい言葉をかけてあげたことなど一度もなかったなあ。自分を信じてあげること、自分を大切にすること、自分に優しい言葉をかけてあげることが、こんなにもうれしいことだったなんて・・・。
< 一歩 >
人にしてみれば何でもないことでも 自分にしてみれば 勇気をふりしぼり こだわりを捨てなければできないことがたくさんある
それに一歩踏み出せたこと 一歩近づけたこと
そんな小さな小さな歩みの達成感を自分で認めていったとき
自分の中に本当の自身が育ってゆく
そうやって 少しづつ 自分にOKを出していく
少しづつ自分を取り戻してゆく
そして、一歩づつ夢に近づいてゆく
ゆっくり ゆっくり しあわせになってゆ
『もどっておいで私の元気!』より(岡部明美著:善文社)
(次回に続く)
<お知らせ>
*12月22日(土)に年内最後の「リラクゼーション&メディテーションの会・シャンテイ」が東京・自由が丘であります。頭部の緊張をゆるめ、からだをほぐしていきます。からだがほぐれてくると心もほっこりしてきます。からだをゆるめた後に瞑想すると心の深いやすらぎ、静寂が味わえます。人に優しく、自分にはもっと優しく。自分に優しくなれると、不思議に人にも優しくなっていきます。シャンテイの会は、自分のからだと心を大切に慈しむ時間です。
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
生まれて初めてワークショップなるものを受けてみて発見したことは、「感情には層がある」ということだった。ワークをする中で、自分では怒りだと思っていたものが、その怒りを感じ尽くし表現してみると、怒りの奥にあった感情は淋しさだったり、悲しみだったり、痛みだったりした。そのさらに奥には愛があったということに気づいた時には泣けてしょうがなかった。
怒りの奥にある本当の気持ちを素直に伝えれば、人と人はもっとわかりあえるのに、表層の感情である怒りをぶつけてしまうから互いを傷つけあってしまうのだと思った。でも、人は怒りを感じている時は、そのずっと奥にある自分の本当の感情に気づけないのかもしれない。
ネガティブな感情の奥には、自分の心の痛みや真実の欲求や願いが隠されているというのも本当だった。その本当の欲求や願いや心の痛みを感じ尽くし、表現してみると、確かにネガティブな感情は流れていった。
流れてしまうと、からだがふっとゆるみ、呼吸が深くなり、「ああ、もうあのことはいいや」って思えるのが不思議だった。すべてきれいさっぱりというわけではなかったけれど、その“もういいや”っていう感覚が自分を楽にしてくれる感じがした。
私がものすごく嫌っていたネガティブな感情は、こんなにも私にわかってほしかったのかと思った。それにしても、なんで、こんなに簡単に涙が出てくるのだろうと思うくらいに、自分の真実に触れた瞬間というのは、一瞬の時差もなく涙があふれてきた。
自分の深い感情に触れていくというのは、自分の脆さ、弱さ、痛み、ウイークポイントに触れていく作業でもあるから、かなりつらい作業だ。でも、その心の作業は、脆さや弱さの奥にある、やわらかなものや、繊細なもの、あたたかいもの、美しいものに触れていくプロセスでもあって、私は、それに触れるたびにだんだん自分が好きになっていった。
そして、やっと、自分の今までの人生を肯定できるようになった。そうしたらまた涙がこみあげてきた。その時、郁恵さんから、「明美さん、その涙は、明美さんのいのちが喜んでいる涙なのよ。もうひとりでがんばらなくてもいいのよ、明美さん」と言われ、その途端、またどっと涙があふれてくるのだった。
< 感情 >
感情をコントロールできるようになることが大人になることだと思っていた。
しかし、私がしてきたことは、感情のコントロールではなく、
ネガティブな感情の抑圧だったことに気づいた。
感情の抑圧と病気が深い関係にあることを学んだ。
悲しみや怖れ、不安や怒り、憎しみ、孤独感。
こうした心に痛みをともなう感情が溢れてくると
私はすぐ前向きな思考、肯定的な思考に切り替え、
ネガティブな感情を感じることから逃げ回った。
それらの感情は、決して前向きな思考によって消されたわけでも、
癒されたわけでもなく、心の奥底に澱のように沈殿していただけだった。
「感情は、喜びであれ、悲しみであれ、すべて心の事実。自然現象と同じ。だからどんなネガティブな感情であっても、その感情に気づき、感じ尽くしてみれば薄れてゆくし、過ぎてゆく。その感情が癒されたときには、新たな意味が生まれることさえある。ネガティブな感情を排除しよう、なかったことにしようと、自分の本音に蓋をしてしまうと、その感情はいつまでも心の中に滞ってしまう。怒りや悲しみ怖れや喜びの感情に豊かに触れて、自分の感覚や感情という“事実”を生きる手がかりにしていると、自分を見失わずに生きていけるよ」
こう言ってくれる人に出会えたとき、心の中にあった腫瘍(しこり)が溶けてゆくのを感じた。夢の中でさえ、本物の涙が流れるほど、あらゆる感情は大切な大切な私の心そのものだった。
『もどっておいで私の元気!』より(岡部明美著:善文社)
(つづく)
*12月22日(土) 「リラクゼーション&メディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。~からだほぐして 心ほぐして 内側から元気になる~
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
