
春まだ浅い、信州、信濃路の空には風花が舞っていた。光に舞うその小雪の姿は、冬の終わりを告げる春の精のようだ。北アルプスの山々は、まだ深い雪に覆われているのに道端の根雪は溶け始め小さな流れを作っていた。目を凝らして見ると、ふきのとうが雪を押し上げてひょっこり顔を出している。同じ空間の中に冬と春が共にいた。
ひとつの季節が終わり、新しい季節が音もなくやってくる。光と香りを風に乗せながら。季節と季節が交差する、ほんの微かな、一瞬の季節(とき)。その名もない季節に重なり合う色の豊かさ、光の眩さ。信州の春は、自然(いのち)が輝いていた。
私がここに来たのは、「賢治の学校」のワークショップに参加するためだ。この時の「賢治の学校」は、廃校になった小学校で行われた。宮沢賢治が好きだったから、ただ単純に、賢治の感性や思想をより深く学べたり、感じられたりするのだったら素敵だなあという思いだけでここにやってきた。
私が宮沢賢治の世界に夢中になっていったのには大きなきっかけがあった。私は小学校6年生の1学期に岩手県の釜石から、神奈川県の小学校に転校した。私は、そのクラスで初めて、いじめと仲間はずれにされるという体験をした。私が、ただ岩手県生まれであるということで都会の子にばかにされたのだ。
私は、大好きだった故郷の野山や川や海が汚されたと思った。私の家族や大好きだった友だちまで侮辱されたみたいで、私は深く傷ついた。私には、なぜ岩手が蔑みの対象になるのかが全くわからなかった。私はもって行き場のない怒りで、次第に心を閉ざすようになっていった。友だちができないことなんか初めてだった。
友だちのいない学校生活は、たとえ1年間であっても、その頃の私には永遠に等しかった。遠足ではグル-プでお弁当を食べることになっていたが、お弁当の時間になるとクラスの女王様みたいな子が、私のグル-プの子を全部自分のグル-プに連れて行って私は一人で泣きながら母の作ってくれたオニギリを食べた。あんなにしょっぱいオニギリは初めてだった。
ある日一人で下校していると、川原ですぐ下の弟がやはりクラスの悪ガキ達に囲まれて棒でこずかれたり、けられたりしていじめられていた。私はカ-ッとなり、近くにあった棒をもって、その悪ガキたちめがけて振り回した。頭に血が昇るというのはまさにあのことだ。自分が仲間はずれにされていることよりも、弟がいじめられていることの方が許せなかった。弟は、私と違って内向的でおとなしい性格だったのでいじめられやすかったのかもしれない。それ以降も度々弟がいじめられている場面に遭遇した。
でも私たちは、親には学校でいじめられていることや、仲間はずれにされていることは言わなかった。子供には子供のプライドがあったのだ。言ってしまったらもっと自分が傷つくような気がした。私は、学校から帰っても一緒に遊ぶ友だちがいなかったのでいつの間にか、空想の世界で遊ぶこと、物語の世界で幸せになる方法を見つけたのだ。
私はこの頃から、岩手県の生んだ最大の天才、宮澤賢治の書いた詩や童話を好んで読むようになった。彼は、岩手を「イ-ハト-ヴォ」と呼んだ。イ-ハト-ヴォという響きに、私は宇宙の限りない大きさと神秘を感じた。みんなが幸せに暮らしている不思議な国を連想させる言葉だと思った。
私は、賢治の感性、とりわけ、その独特の透き通った言葉、ユニークな表現力にとても魅力を感じた。同じ岩手の風景を見ながら、賢治には世界がこんなふうに見えるのか、感じたことをこんな言葉で表現するのかという新鮮な驚き。私は、中学、高校に行っても賢治の世界に惹かれ続けた。賢治のこんな言葉、こんな表現に出会う度に、私はドキドキした。
「やさしい光の波が 一生けん命一生けん命ふるえているのに いったいどんなものがきたなくて どんなものがわるいのでしょうか」
「みんな時間のないころのゆめをみているのだ」
「青ぞらいっぱい鳴っている あのりんとした太陽マジックの歌をお聴きなさい」
「なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」
「僕 もうあんな大きな闇の中だって怖くはない きっとみんなの本当のさいわいをさがしに行く どこまでもどこまでも僕たちは一緒に進んでいこう」
「感ぜられない方向を感じようとするときは だれだってみんなぐるぐるする」
「ただそこから 風や草穂のいい性質が あなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません」
「すべてが わたくしの中の みんなであるように みんな おのおのの中の すべてですから」
「なにがしあわせかわからないのです ほんとうにどんなつらいことでも それが ただしい道を進む中でのできごとなら 峠の上りも下りも みんなほんとうの幸福に近づく一(ひと)足ずつですから」
賢治はきっと、野を渡る風の歌を聴きながら、花や樹や鳥や虫たちとも話をしていたのだろう。自然にはみな心があって、宇宙は歌をうたっていると思っていたのかもしれない。自然や宇宙の心、宇宙の物語り、そのリズムやメロディやハーモニーを言葉化したものが賢治の文学なのではないだろうか。
賢治は、詩や童話を書く文学者であり、貧しき農民たちを救った農学者であり星や鉱石を愛する科学者でもあった。農学校の教え子たちには、一生忘れられない先生として慕われた教師でもあり、自分の死の間際に、法華経の経を読みながら死んでいった信仰者でもあった。「人間のまことの幸せとは何か」を生涯(しょうがい)問い続け、世界の平和を願い続けた賢治。
友だちがひとりもいなかったその頃の私にとって、賢治の本は、世界に開かれたドアだったのだ。今にして思えば、賢治は、意識というものの広がりが無限であること、自分の意識が世界を見ているのであって、世界というものが客観的に存在しているのではないということ、自分の意識が変われば、世界が変わるということを私に教えてくれた初めての人だった。
<お知らせ>
*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
http://anatase.net/work2.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私のこの一連の探求の道は、新しい出会いの旅でもあった。人間というものの深さに驚き、感動し、目覚めていく旅であったとも言える。どんな人でも、一人の人間が再生・復活していくプロセスというのは、本当にいのちがけの勇気なのだ。痛いとこいっぱい通過するもの。でも、いのちというのはそこまでして自分を生きたいのだと思う。
昔の私が、超プラス思考だったのは、自分のネガティブな感情や自分の中にあるネガティブな部分が受け入れられなかったからだ。だが、パンドラの箱を開けてしまった私にはもう後戻りの道はなかった。私の前に拡がっていたのは、生き直しという道だけだった。
私は、その道程で、最も苦手だったネガティブな感情を感じ尽くし、味わい尽くした。すると、ある瞬間、ネガがポジに突然変わるという体験をいっぱいした。あれはほんとミラクルだ。ポジティブ思考なんかじゃ全然ない。自ずと内側からやってくる光・・・穏やかで、安らかで、平和な感覚。これでいいんだという感覚。 自分の中に調和が生まれたことでやってくる満たされた静けさの感覚。それでいながら、いのちの躍動感があふれている生がそこにあった。なんということだろう、あれほど嫌っていたネガが、ポジへの扉だったなんて。
自分を丸ごと愛することができるようになった頃から、人を丸ごと愛することができるようになってきた。そして、人のいい所、輝いている所がすごくよく見えるようになってきたのだ。つきあいが深くなりはじめて、欠点が見えてきても、昔ほど気にならない。イライラしない。だって、関係が成り立っているということは、私だって相手から私の欠点を許してもらい、補ってもらい、大目めに見てもらっているからこそ成り立っているのだもの。
この道を歩きたかったんだな、私。自分を愛する心、人を愛する心を風のようにまといながら、水のように変幻自在に変化し続け、あらゆる器に従い、ただ行くべき所に流れていく・・・そんな生き方、そんな人生。
自分の意識が変わってくると、次々に新しい人生の扉が開いていくのだということをここ数年経験してきたのだけれど、またもや新しい扉が開いた。私は、宮沢賢治が子供の頃から好きだったので、ある日、「賢治の学校」というワークショップがあることを知って、とても興味を覚えて、参加することにした。
しかし、まさかここで、後にライフワークを一緒にやることになるパートナーと出会うなどとはこの時には知る由もなかった。この人との出会い以降、私の人生の状況が急転直下で変容し始めたのだ。私は、ライフワークを始めるのはまだまだ先だと思っていたのだ。なぜなら、私の脳にある影はいまだに消えていなかったからだ。もちろん、今現在の私は身体症状は全くないし、生活する上で何も不自由はない。
自分の好きなことを夢中になって勉強していたら、いつの間に自分を病人と思うことすらなくなっていた。ただやはり、影のことはどうしても気にはなる。最近は、「病との共生」というものが言われ、腫瘍を持ったままでも人は元気に生きられるし、腫瘍が暴れて悪さをしない限り、仲良く生きていく方法もあるのだという考え方が言われ始めている。
腫瘍を消すことばかり考えるより、養生をちゃんとやって、自分のいのちが喜ぶことをしている内に自然治癒力が働いて、その内、自然に腫瘍が消えることもあるというのは、体験者の話をかなり聞いてきたから知っている。でも、私の本音は、願わくば、あの影には退場していただきたいのだ。ほんとにあるかないかくらいの小さな影ではあるけれど、どうしたって気にはなる。
ところが、賢治の学校で出会ったその方は、私が今まで全くやったことがなかった養生法を教えてくれて、それは本当に厳しい修行であり苦行だったのだがとにかく私はそれを日々地道に実践し続けたことによって私の小脳にあった小さな影は消えたのだ。
もちろん、この療法だけが功を奏したとは私は思っていない。この療法以外でやり続けてきたこともたくさんあるし、いろいろなワークショップやセラピーや瞑想などの体験を重ねることで私の意識が変容してきたことも大きな影響を与えたのだと思う。
つまりこれらすべての相乗効果によって病が治癒したのだと私は思っている。それにしても心の学びをするために行った「賢治の学校」で、からだの学びを指導しつつ、人は本来霊的な存在であることを教えてくれる人に出会うなんて思ってもいなかった。
私のこれまでの自己探求は、外側の変化はほとんどないけれど、内側が変化していくことの面白さを味わってきた時期だった。ところが、この新しい出会い以降、私の外側の状況がどんどん変わっていき、またもや私は、人生の次のステージに足を踏み入れたのだ。私は、今までうすうす感じていた、人生には、自分を超えた“ある大きな力”が働いているのではないかという実感を、さらに強く感じ始めた。
(つづく)
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*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
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ある日、恒川洋先生(恒川クリニック院長・東海ホリスティック医学振興会会長)から、「振興会を立ち上げてからずっと、会の機関紙を出したいと思っていたのだけれど、岡部さんは編集やライターの仕事もしていたようだから、ぜひうちの機関紙発行のお手伝いをしてくれませんか」というお話があった。願ってもいない有り難いお話だった。
私は振興会が主催する講座は全部受けていたし、その都度家に帰ってからノートに自分が感じたことや気づいたこと、感想などを必ず「気づきのノート」に書いていた。機関紙には講座のレポートを書いてほしいと言われたので、「やったあ、一石二鳥だ」と思った。
平日に週2回夕方までだから子供の保育園の送り迎えにも支障がない。専業主婦になってから4年目の初めての仕事だ。なんだかとてもうれしかった。機関紙は、企画会議で「HOLOS通信」という名前になった。ホリスティックという英語はギリシャ語のHOLOS(全体)を語源としているので、それからとったものだ。
ある日、恒川クリニックで仲良しになったナースが、私に小さな子供がいることを知り、「あけみさん、“ぼのぼの”っていうマンガ知っている? すごくかわいくて面白いよ」と教えてくれた。早速ビデオを借りて息子に見せてあげた。
そうしたらうちの子は、一発で「ぼのぼの」にはまった。同じビデオを繰り返し見ている。よほど気に入ったのだろう。今まで息子は“機関車トーマス”一筋だったが、突然、「トーマス」と「ぼのぼの」の両刀使いになった。それにしてもどこがそんなに面白いのだろうと思い、私も見てみた。いや確かに面白い。そしてけっこう深いのだ。セリフが哲学的だったりもする。
ぼのぼのには、アライグマくんとシマリスくんという仲良しがいる。毎日3匹でケンカしながらも仲良く遊んでいる。でもどんなに楽しく遊んでいても、夕方になると家に帰らなければいけない。もっと遊んでいたいぼのぼのは、遊びが終ってしまうことがとてもさみしい。ある日、ぼのぼのはお父さんにたずねる。
「お父さん、どうして、楽しいことって終ってしまうの?」
お父さんは、答える。
「悲しいことも終ってしまうようにだよ」
わ、すごい。これは深い言葉だぞ。私はこのセリフを聴いた瞬間から、ぼのぼのにはまってしまい、息子が見ている時は必ず一緒に見るようになった。そして私と息子は、毎日ビデオを見終わった後「ぼのぼのごっこ」をして遊んだ。
息子がシマリス君の真似をして「いじめる?」って首をかしげて言うポーズがもうムチャクチャかわいくて、私はカメラで息子のシマリスショットをバシバシ写すのだった。
しかし、私は何度も「ぼのぼの」を見ている内にある発見をした。それは、「ぼのぼの」は、人の心の“煩悩の仕組み”というものを実に見事に教えてくれるアニメだということだ。
「ぼのぼの」の心の動き方を注意深く観察するようになると、人の不安や苦悩という“煩悩”は、まさに自分の“思考”が作り出しているのだということがすごくわかるのだ。
ぼのぼのは、やさしい心の持ち主で、ロマンティストなのだが、“空想癖”がある。その空想癖は、ある刺激に反応してすぐ“妄想”に変わるのだ。その妄想に乗っ取られると、ぼのぼのはものすごく不安になり、落ち込み、恐怖のかたまりになる。自分の思考が作り出した妄想そのものを事実として思い込み、その思い込みによって、ぼのぼのは勝手にどんどんパニックになっていくのだ。
うーん、なるほど、これは私も結構やってきたなあ。思考は、すぐある“決め付け”をし、それによって、あるネガティブな感情が自動的に出てくるという心の仕組みを私は学んだけれど、「ぼのぼの」を見ていると本当にそのカラクリがよくわかるのだ。
私は、ぼのぼのを見ながら、その頃学んでいた「事実とストーリー」を区別することやネガティブな感情的反応のカラクリ、自動的に○×、善悪の判断をしてしまうという思考のカラクリなどを復習するのだった。ストーリーというのは、自分の思考が作り出す作文だ。思い込み、推測、憶測、決め付け、判断などである。
確かに人は、ある過去の“出来事・物語”と、ある“人”に対して、自動的に反応する心のパターンがある。特定の刺激に対する「毎回お馴染みの反応」。これは、全自動洗濯機みたいな心だ。わかっちゃいるけどやめられないみたいな。
この刺激一反応の“全自動洗濯機”が回り出したら止めるのは一苦労だ。すでにご飯と味噌汁、カレーと福神漬けみたいにセットになっているからだ。一人ひとりそのセットメニューが違うだけなのだろう。
でも、グルグル回り出した自分の反応そのものに苦しむというのはきっと一緒だと思う。確かに、ある過去の出来事、ある人の言動、態度が自分を傷つけ苦しめるのだと人は思いがちだが、よく観察してみると、それらに対する“自分の反応”そのものが、もっと自分を傷つけ、苦しませているのだということが実に納得できるのだ。
思考は、基本的には二元論だから、絶え間なく「いい・悪い」「正しい・間違っている」の判断をして自分を責めるか、相手を責めるかのどちらかをしてしまう。そして、過去の“悲劇のストーリー”を自分のアインデンティティに組み込み、何度も何度もその痛みを反復したりする。
あるいは、自分の“期待”通りに動いてくれない人、思い通りにならない人、自分の“要求”を満たしてくれないある人に対し、イライラと失望と怒りを募らせ、その感情そのものに自分が振り回されて苦しむというのもよくやる。
ネガティブな反応が起きてきても、それが別に苦しみにならないことなら構わない。ただ、そういう反応が今自分に起きているというだけのことだ。問題になるのは、自分のネガティブな反応そのものに自分が苦しんでいる時、これがやっかいなのだ。
そういう時は、自分のネガティブな反応の元になっている自分の側の「期待・欲望・判断・怖れ・執着・決め付け」を“ただ観る”ということは私にとっては新しく、そして深い学びだった。確かに、実にいろいろな欲望や判断があることがわかる。
たとえば、自分をこう扱ってほしい。こういう対応をしてほしい。自分をこんな風に評価してほしい。もっと愛してほしい。こんな風に愛してほしい。相手にこうなってほしい。こう変わってほしい。こう言ってほしかった、などなど。
また、自分の観念や信念、つまり、こうすべき・こうであるべき・こうでなければならないという自分の価値観や考えに合わないことを相手に言われたり、されたりする時も、自動的にネガティブな反応が起きてくるので、それもただ観察すること。
こういった自分の欲望や理想が満たされない時、傷つけられた時に、人は瞬時にしてネガティブな反応が起きてくる。この反応に判断を加えず、“ただ気づいている”ということ。“心を閉ざさないこと”。そうすれば変化が起こる可能性が生まれるという。
反応そのものが全く無くなることはなくても、少なくとも醒めて観察できるようになると、自動的な反応によって無意識に繰り返される愚かな言動、行動、そういった無意識の人間関係のコントロール・ドラマ、パワーゲームを「やめる・やらない・手放す・違う態度をとる・仕切り直しをする・見守る・今は静観する・距離をとる」とか、そういった選択ができるようになるのだ。“反応”から“応答”へ変わるのである。
ネガティブな“反応”の多くは、過去の痛みと自分の満たされぬ思いから湧き上がってくるから苦しいのだ。過去と欲望は本当に罠だと思う。それに対して“感応”というのは美しい。感応は、“今・この瞬間”の純粋な想いや感性から湧き上がってくるものだから。
そういえば、感応から自然に起こる行為や言葉は、いつだって楽しく、心地よく、美しく、パワフルだ。過去の条件付けに縛られていない無垢なるところから湧き出てきた想いや透明な言葉は、不思議に相手のハートに届くのだ。
ネガティブな反応の学びでもうひとつ腑に落ちたことがあった。それは相手に怒りなどのネガティブな反応を起こしている時や、相手を批判的な目で見ている時は、自分の“シャドーの投影”つまり、自分の中に“相手と同じもの”が本当はありながら、自分でそれを否定している部分、許していない部分、怖れている部分、嫌っている部分を相手に“投影”して批判していないかどうかを見ることの大切さも学んだ。
ああ、私はこれもずいぶんやってきたなあと思った。「自分が嫌いな人は、最も自分に似ている」という言葉には、ガーンと落雷。「自分がネガティブな反応を起こす相手は、実は、自分と同じ心の痛みや悲しみや心の闇を持っている相手であることも多い」という言葉には思わずホロリと涙。「エゴというのは、過去の心の痛みや記憶を、“今・ここ”に持ち込んだことによって自動的な判断からくる“分離感”“孤独感”」という言葉には、思わず納得。
私は、自分が誰かにネガティブな反応を起こして苦しんでいる時、人間関係でトラブルを起こした時に、自分がどこに立ち返ればいいのか、自分の側の何を見なければならないのかを知ったことで本当に救われた。
もちろんこのことがわかっても、お得意の反応パターンや人間関係のトラブルや苦悩が全く無くなるわけはないだろうけれど学び方を知っているのと知らないのでは、人生の苦の大きさは雲泥の差だと思った。
私は、この自己観察という学び、いや学びというより、心の修行は、私自身の心身の癒しのプロセスをちゃんと経てきた後に知って良かったと思った。自分の心の奥にしまいこんでいた心の痛みが噴出していた頃にもしこの学びを知ったら、とてもじゃないけれどハードルが高過ぎて尻込みしてしまったか、説教くささを感じて抵抗していたかもしれない。
しかし、カタルシス、癒しだけで体験が終わっては、人は成長しないのだということもよくわかった。それにしても人はみなどうしてこういう大事なことを人生で教わってこないのだろう?
私はアルキメデスの原理や微分・積分より、いのちの法則、人間関係の法則、人生の法則、宇宙の法則の方をもっと勉強してきたかったなあ。だって痛い思いをいっぱいしてきたもの、こういうことを全く知らなかったお陰で。
いやそれにしても、私が当時、心理学や瞑想の世界で学び、体験してきたことを、かわいいアニメの「ぼのぼの」は、あんな風にファンタジックにユーモラスに表現しているのだからすごい。
もちろん、それが狙いで創ったものではないのだろうけど、その視点で見てみると大人が充分楽しめるアニメなのだ。私が「ぼのぼの」から学んだことはこれだけではなく、人生の楽しみ方まで教わったのである。
ぼのぼのたちは毎朝、森で顔を見合わせると、「今日は、何して遊ぶ?」と遊びの企画会議をするのだが、それが実に楽しそうなのだ。3匹は毎日いろいろな遊びを生み出すのだが、遊んでいる内に必ずケンカになる。それなのにこの3匹はものすごく仲がいいのだ。
3匹の個性は全く違う。ぼのぼのは優しくてのろまで妄想癖があり、こわがりでロマンティスト。シマリスくんはオスなのにメスみたいにかわいくて、お茶目でおませでこまっしゃくれている。アライグマくんは、乱暴者で照れ屋。本当はやさしいのに素直に愛情表現ができないで悪ぶってばかりいる。
この3匹はお互いに合わせているようで、実はちっとも合わせていない。それぞれが実に“自分のまんま”であり、いつもマイペースだ。けれどもお互いのことが好きだから根っこがやさしくてあたたかい。めいめいが勝手に存在し、好き勝手なことを言ったり、やったりしているのにちゃんと深い絆で結ばれている感じがなんともいいのだ。
3匹の個性は見事にバランバランである。それなのに妙に調和している。個性がハモっている感じだ。この3匹の関係性は、私にとっての家族の理想であり友だちや仕事仲間たちとの理想的な関係性に思えた。
とにかく毎日毎日を思いっきり楽しんで生きているのがいい。いつも“今・この瞬間”を生きている。どんなことでも遊びにしてしまう感性も素晴らしい。森も海も山も川も全部がぼのぼのたちの遊び場なのだ。私はぼのぼのの物語に人間関係の理想郷と日々の暮らしの桃源郷を見るのだった。
(つづく)
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*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
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魂の世界に関心が向くようになってきた私はいくつかの瞑想会にも足を運ぶようになった。瞑想の指導者はよくこう言う。「自分の思考や感情や反応と同化せず、ただそれを“観察”しなさい。状況の“観照者”になりなさい」「自分の感情的な反応の元にある、善悪の判断、欲望、執着、妄想、固定観念をただ観なさい」「意識的に生きなさい。油断なく醒めていなさい」と。
苦悩や問題から距離をとらなかったらそれをコントロールすることも超えることもできないのだからそれは当然だと思った。ある瞑想会に出て、自分の思考や感情を、ただ見る、観察するという練習をしていた時、私はふと「あれ」って思った。
あの闘病の時のことを思い出しだのだ。私はあの時、極限状況に置かれ、大パニックに陥っていたのに、あの状況をただ静かに眺めているもう一人の私がいたことを思い出したのだ。
私はあの頃、自己探求や瞑想や自己観察など全く無縁の世界に生きていた。だから当然、「この状況に飲み込まれずに、静かに観察しよう」などという発想など湧いてくるわけがない。
気がついたら、ただ、あの状況を静かに眺めている存在、意識があったのだ。あの私とは誰なのだろうか。あれが、真我、高次の自己、ハイヤーセルフと言われる意識なのだろうか?
そう言えば瞑想の指導者はよく、思考や感情を鎮めることの大切さを言うけれど、考えてみれば私は、無心になって何かをやっている時や、深くリラックスしている時は、思考や感情が全く気にならない。というより、それらが全然働いていない感じだ。時間の感覚もなく、私という意識すらなくなっている。
この意識状態になっている時の私はとても創造的で満ち足りている。ダイナミックなのにとてもやすらかな幸福感があり、静かで心地いいのに、すごくイキイキしていてパワフルなのだ。
「私が」という意識がなければないほど、逆に自分らしくいられて、自分が自然体でいられるのが不思議。ただ、静かに眺めている意識の時、無心になっている時の私は一切の判断から自由になっている。この意識は幸福感そのものなのだ。
私はこの意識をもっと深めていきたいと思って、今までいくつかの瞑想会に足を運んだのだけれど、逆に心がザワザワするような場の方が多くてがっかりした。
来ている人たちというのが、なんか感情を押し殺して、あるべき理想の自分になろうとしている人や、ものすごく観念的な感じの人、深刻そうな顔の人、厳しい顔をした人、霊的な話しかしない人が多かった。場の“気”が重くて、暗くて、マニアックで、妙にシリアスだった。
「この人ヘン!」「ちょっとこの人アブナイ!」と思うような人も少なくなかった。たとえば、自分の神秘体験や超常現象の話や、修行している間に身についた超能力みたいなものの自慢話ばかりするカンベンしてほしい人。
「私、天使と話ができるのよ。なんか聴いてほしいことある?」なんて言ってくるこそばゆい人。ニューエイジ系の精神世界用語が会話の中に頻繁にでてくる何人だかよくわからない人。見えない世界の話しかしない、なんだか空ばかり見ている人。
「あなたは、禅の十牛図のまだ2のレベルね」「それはあなた自身が引き寄せていることなのよ」「人生に偶然はないの。すべては必然として起こるの」「それはあなたの学びね」なんて上からものを言う人やスピリチュアル・エリート意識がプンプン匂う人。
こちらが頼んでもいないのに「あなたについている守護霊が見える。前世も見える。教えてあげようか」とか、「あなた、悪いもんがついているから私が除霊してあげるわ。あなたももう少し霊格をあげれば悪いもんはつかなくなるわよ」なんて勝手に言ってくる気色の悪い人もいたりして、なんだかなあという感じだった。
そういう人の話を聞いていると、「だから、なんだっちゅうねん!」とイチャモンのひとつもつけたくなるのだった。これじゃあ、物質社会で、ブランド物を追いかけたり学歴や地位、お金や名誉や賞賛を追い求めたり、競争したりしている意識をそのまま精神世界にもちこんで、“覚醒競争”しているだけじゃないかと思った。
どっちが上か下かという「優劣」、「勝ち負け」の精神構造は一緒。強い指導者、優れたリーダー、グルを崇めて、依存していく精神構造も一緒だ。求めるものが表と裏で変わっただけだと思った。昨今のカルト教団の悪質な事件などはこういう構造が内部で助長され腐っていったからなのだろう。
しかし、私は気がついたら、からだの仕組みのすごさと不思議に魅了されながら、次第に心理学という心の世界、瞑想という魂、意識の世界にまで来てしまった。昔の私は、瞑想なんて宗教の世界のあやしげな儀式くらいにしか思っていなかったのに、変われば変わるものだ。おそらく私の“いのちの知恵”が、よりバランスをとるために全体性に向かわせているのかも知れない。
しかし、バランスを求め、“全体性”に向かって歩き出したものの、最も私が抵抗感や違和感を覚えるのがこの瞑想の世界だった。教祖っぽくなっている指導者、風貌がいかにもっていう感じの人が指導している瞑想会は、私にはどうにも居心地がよくなかった。私は、本物というのは、極々普通の人に見える人なのではないかと思っている。
私は、聖なるものを求めている場であればあるほど、笑いとかユーモアというものが救いの風になるような気がする。私が今までいくつか行った瞑想会は、場の雰囲気が重くて、陰気くさくて、どうも私の肌には合わなかった。そういう場の教祖っぽい指導者の“取り巻き”の笑いにはぞっとするような寒さがあった。
私は、教祖をつくらない体質(意識・在り方)、教祖にならない体質の人と、組織の枠を超え、やわらかで自由自在な関係性の中で自分を成長させていけるような場を求めている。教えられ、学ばせてもらっても、指導者、グルに依存したり、崇めたり、陶酔しているような人が多い場には、私は危険性を感じる。
私は、人を縛らず、依存させず、操作せず、支配と従属(依存)の関係がない柔らかい雰囲気の場を求めている。“自然の笑い”があって、自分の感じていることや素直な気持ちが言える“風通しのいい場”。
そんな“自由な空気”が流れていて、瞑想性がゆったりと深まっていくような会にきっといつか出会えるだろう。私は最近、想うとすぐその現実がやってくるようになっているから、近い内に私が求めているような場に出会えるような気がする。
私は、魂の世界、スピリチュアルな世界を大切にしながらも、日常生活や、現実の世界を生きる力をちゃんと身に付けていきたいと思う。なぜなら私たちが“体”を持ってこの世界に生まれたということは、あらゆることを“体験”するためなのだし、体験を通して、学び、歓び、成長するためにこの世界に生まれたわけなのだから。
どんなに美しい花も、ちゃんと土の中に根を張っている。土の中にはあらゆる生き物がいる。蛇もミミズも蛙もゲジゲジもいる。様々な微生物だっている。それが、現実だ。それが、人間であるということなのだから。
そういえば私は、瞑想の指導者に限らず、百花繚乱の代替療法を選ぶ時にも、どんな人がやっているかということが選ぶ時の最大の基準だった。多くの人が絶賛しているからといって闇雲に盲信する愚かさも、無批判に信じ込む愚かさも避けたかった。同様に、誰かがダメだとか、良くないと言っていることも鵜呑みにしないで自分の体験からの実感で選択しようと思っていた。
私自身がその指導者、治療家を信頼できるかどうかという直感、私との相性がいいかどうかという皮膚感覚がセンサーだった。そして、私自身の中にあるいのちの力、つまり、治す力や癒す力、成長する力を本当に信じてくれているかどうか。人を治したり、癒したり、導いたりする指導者を選ぶ時の私の物差しは常にこういうところにあった。
(つづく)
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*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
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長い人生の道のりの中には、時折、深い森の中に迷いこんで、進むべき道が全く見えなくなることがある。厳しい冬が果てしなく続き、自分の人生には、もう二度と春なんか巡ってこないと思ってしまう日々もある。どうしたらここから抜け出せるのだろう。
誰かが「魔法の杖」でも持っていて、答を教えてくれるのではないだろうか。その杖を一振りして、苦しみを救ってくれたり、新しい道を教えてくれたり、生きることを楽にしてくれるのではないだろうか。
人生にとことん行き詰まっていた頃、私は、そんな魔法の杖をいつも自分の外側の世界に探し求めていた。でも、そんな杖は、外の世界のどこにもありはしなかった。
外にないのなら、自分でこの迷路から抜け出すしかないのだと思い頭で一生懸命考えて、いろいろやってみてもすべてが空回り。悪循環の坩堝にどんどんはまっていった。
自分の内側深くに“知恵や答”があることも、機が熟せばものごとは“自然に”起こるということも、人生には自分を超えた“ある大きな力”が働いているということも、あの頃の私は全く信じられなかった。
なにしろ、自分の力で人生を切り開いて生きているのだと思い込んでいたのだから。だから、どんなに苦しくても、なんとか自分の力でこの暗いトンネルから抜け出そうと必死だったのだ。しかし、どんなにがんばっても状況は全く好転しなかった。私は、長いこと深い葛藤と混乱の中にいた。
その葛藤に終止符がうたれたのが、1991年の春。30代半ばで経験した初めての出産の直後に、脳腫瘍と水頭症を発病し死に直面した時だったのだ。この体験は、私の意識をいやがおうにも内側に向けてくれた。
外の世界での“喜びや楽しみや達成感”を求めて、ひた走ってきた私の生き方を、まるでこの病気がいのちがけで変えようとしたかのようだった。人生で初めて経験した生き地獄のような肉体的、心理的な苦痛、死の恐怖によって、私は、今までないがしろにしてきた自分の“心やからだや魂”に向き合わざるをえなくなったのだ。
「なぜこんなことが、私の人生に・・・」
その絶望と自分への問いかけが、今にして思うとすべての始まりだったのだと思う。自分への問いかけは、同時に“大いなる存在”への初めての真摯な問いかけだった。私の「生への眼差し」に大きな変容が起きたのだと思う。
私は、この体験をきっかけに、からだに向き合い、心に向き合い、そして、だんだんと魂の世界にも意識が向くようになった。私が歩き始めたこの道は、気づきという“意識の目覚めの道”、“とらわれから自由になる道”だった。意識の目覚めというのはいい言葉だと思う。私たちは、起きているからといって目覚めているわけじゃないのだ。
目を開けていてもちゃんと見ていない。耳があってもちゃんと聞いていない。心があってもちゃんと感じていない。自分を超えたより高次の意識があることにも気づいていない。
日常の多くの時間は、機械的に、習慣的に思考し、無意識に行動している、そんな生活の集積であることが多い。そこで起こる出来事に、心は自動的に同じ反応パターンを繰り返している。
もし人が自動的、機械的、習慣的に生きているのだとしたら、それは無意識的に生きているということであり、目は開けていても眠っているということなのだ。
私が、人生の試練を契機に始めたこの探求の道は、苦しい出来事が起きても、問題から逃げずに、答を外側に求めず、“今・ここ”に止まり、意識を内側に向けるという人生で初めてのレッスンだった。
内側には広いスペ-スがあり、そのスペースは、大いなるいのちの源につなっがっている私のいのちの根っ子だった。そこは静寂で、深くて、豊かなエネルギーに満ち溢れた場所だった。そのスペースこそが、人生の状況を変容させていく風になるのだということを少しずつ理解していく旅でもあった。
< 約束 >
あなたに出会うことが、私のあずかり知らぬところで「約束」されていたのだろうか。
私が、「自分に出会う旅」をはじめてみると、そこには同じような旅をしている人たちがいっぱいいて、不思議な出会いの糸(魂の意図)を感じさせる人に次々に出会うのだった。
「自分探し」などという言葉に抵抗感があったのは、自分と向き合うことを怖れ、自分の問題からいつも逃げていたから。自分の中に探したい何かがあるとは思えなかったから。
健康であること。強くあること。負けてはいけないこと。社会規範の中で生きること。人と同じであることが暗黙の了解だった世界では出会えなかった人たちとの出会い。
彼ら(彼女たち)は、一様に各駅停車に乗って、周りの景色と、自分の心の中の景色がゆっくりと変わってゆく様を味わっていた。
ゆったりとした時の流れに自分を預けていた。穏やかな解体に身をまかせて。
月よりも遠い「自分自身に到る道」を歩いている人たちは、閉じているように見えながら、何かとても大切なものに向けて自分を開いているように見えた。
『もどっておいで私の元気!』より(岡部明美著・善文社)
(つづく)
<お知らせ>
*2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
*翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*2月3日(日)に東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」。人は生涯、愛を学ぶ途上にいます。本来の自分とのつながり、人とのあたたかなつながり、宇宙とのつながりの実感の中でいのちは輝きはじめます。
http://anatase.net/work2.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
それにしても、この道を歩き出してからの私は、涙腺が故障してしまったのではないかと思うくらい涙もろくなってしまった。感動しても涙が出る。からだがゆるんでも涙が出る。気づいた瞬間にも涙が出る。本当に「どうしちゃったの、私?」という感じ。
大人になってからこんなに泣いたのって初めてだ。人前で泣くなんて弱い人間のすることだと昔の私は思っていた。今まで我慢してきた涙が、心の中で“涙のプール”になって貯蔵されていたのかしらと思うくらいだった。涙が流れるようになったらもう大丈夫なのだと思う。
病気や身体症状は、“からだの言葉”なのだと思う。だから、助けてと言える人、愚痴をこぼせる人、弱さをさらけだせる人、不機嫌な顔ができる人、怒れる人は大丈夫。感情を表現できない人が危ない。いい子、いい人が危ない。がんばり屋さんがあぶない。
言葉で言えない分、からだが泣くのだと思う。外に向かって「NO!」と言えない分、からだが、「NO!」と叫ぶのだ。頭が自分に押し付けてくる考えに対して「違う!」と言えない分、からだが「違う!」と叫ぶのだ。からだの言葉は魂の言語なのだと思う。
“頭の基準”と“からだの基準”は、こんなにも違うのかと思った。頭の「YES」とからだの「YES」が正反対のことも多かった。真実の「YES」と「NO」はからだが知っている。からだは絶対に嘘がつけないのだ。真実はからだと心の深みにある。
からだは、自分のいのちが喜ぶこと、心地いいことが本当に好きなのだ。だから、「からだの声」に耳を澄ますようになると、自分が本当は何が嫌なのか、本当は何をしたいのか、自分はどうありたいのか、どんな人生を生きたいのかがだんだんわかってくるのだろう。からだはいのちのセンサーであり、感性のアンテナだから、自分がピカピカに輝く方向をちゃんと知っているのだ。
私は自分のいのちが喜ぶ生き方をするために、自分のライフワークを見つけるためにさらなる自己探求の道に歩もうと思った。私が、私を生きるために、より人間として成長するために、学ばなければいけないことや、学びたいことはいっぱいあった。
私は、ホリスティック医学やホリスティック教育を学びながら、同時に、親業、サイコシンセシス、POP(プロセス指向心理学)、ビジョン心理学、バイオシンセシス、ゲシュタルトセラピー、ハコミセラピー、フォーカシング、レイキ、フェルデンクライス、野口整体、操体法などの体験と学びの道に歩き出した。
私がこの道を歩き出して最も感じたのは、人の最も深いところにある怒りや悲しみ葛藤、孤独感、無力感、絶望感というのは、私の心の深いところにあったものと同じだったということだ。
そうすると、だんだん人間の見方が変わっていくのだった。この人も私と同じように生きる意味や愛を求めて一生懸命生きてきた人なんだなあ。この人も私と同じように人生に躓き、もがき苦しみながら生きて人なのかも知れない。この人も私と同じように幸せや生甲斐やライフワークを探しながら、なかなか見出せずにくじけていっぱい泣いてきた人なんだな。そう思うと、人間がとてもいとおしく思えてくるのだった。
「最も個人的なことは、最も普遍的なことである」と言った、カール・ロジャーズの言葉を本当に実感する。
私はいろいろなワークショップに出て、他の参加者のワークを見たり、話を聞きながら、もうないだろうと思っていたのに、突然心の奥深いところに埋めた地雷が爆発してしまうことがあった。
「まだあったんだ」とびっくりした。その都度、自分の中からドロドロした感情、思い出したくもなかった出来事、見たくなかった自分、認めたくなかった醜悪な自分、封印していた悲しみに直面させられた。
すると頭が痛くなってきたり、お腹が痛くなったりした。でも、それによってダムが決壊するようにして、どうしても流れていかなかったものがものすごい勢いで流れていったのだ。
私は、“出来事と感情とからだ”が、こんなにも密接につながり関わりあっているということにただただ驚くばかりだった。からだは、こんなに泣いていたんだと思った。
もう、とっくのとうに終わっていた出来事で、私としてはもうなんとも思っていない、すでに「解決済み」と思っていたことなのに、何も終わってなんかいなくて、私の心はいまだにこんなにヒリヒリしていたことに驚いた。自分がこんなに傷ついていたということに、こんなに悲しかったんだということに愕然とした。
もう忘れたと思っていたこと。こんなことは、たいしたことじゃないと思っていたこと。生きていれば、誰だってつらいことや苦しいことはあるのだからクヨクヨしたって始まらないじゃない。そんな風に思って終わりにしていたこと・・・。
そんな出来事の中で、自分の中で本当は起きていた深い感情にリアルに触れるという体験を何度もした。その度に、からだが反応してきて驚いた。からだと心は、本当にひとつなのだと思った。
人生の中で“未完了”になっていた感情や体験、“未解決”のまま放り出されていたものは、自分の内側に向かい出したら次々と明るみに出てきた。すごく痛かった。こんな痛みを心の中に閉じ込めたまま生きてきたんだと思った。
でも、私はふと「痛みって何なのだろう?」と思った。からだも心も痛みを発する。なぜ神さまは、人間にこんなに痛みを感じるように創ったのだろう。その時、私は「そうか、痛いというのは、生きているという証拠なんだ! 人は痛みを感じるからこそ、危険を察知したり、二度と同じ痛みを味合わないように自分を守ることができるのだもの。死んでしまったら痛みも何もないんだから」ということに突然気づいたのだ。
おそらく私がこうして自分を見つめる旅に出ざるをえなかったのは、脳腫瘍の痛みがあまりにもすごかったからだと思う。もし私があれほどまでの痛みを経験せずに、いのちを助けられたのだとしたら、果たして私は、ここまで自分の人生の問い直しをしただろうか。痛みこそが、私が「私に帰る旅」に押し出してくれたのだ。
そういえば私は、あの発病の時はあまりの頭痛によって意識不明になった。そして麻酔から覚める時は、今度は痰を吸引されることの苦痛によって意識が戻り始めたのだ。痛みが私を肉体的苦痛から守ってくれて、痛みによって私はまたこの世に戻ってくるきっかけを与えてもらったのだ。痛みというのは何と言ういのちの働きなのだろう。
でも不思議なのは、肉体の痛みというのは、それがどれだけのものであったとしても痛みがなくなったら、コロッとそのことを忘れてしまうのに、心の痛みというのは何十年もそれをひきずってしまうことだ。だからこそ、もう一度自分のいのちの輝きを取り戻したい、自分らしく生きていきたいと思う人には、ある時期までは癒しの作業が必要なのかも知れない。
私は改めて人間として生きるということは、痛いということなのだと思った。肉体を持って生まれたということ、心をもっているということは、最初から人間は、痛みを感じることや傷を負うこと、試練を体験することを運命づけられているのだということを深いところで納得したのだ。
じゃあ、何のために人は傷や痛みを負うのだろう。ものごとにはすべてプラスとマイナスの側面があるのだから、痛くてつらい傷や痛み、試練にだってプラスの側面があるはずだ。そうしたら、ふと“恵みとするために”、“学びとするために”という言葉が浮かんできた。
傷や痛みは、癒されることで恵みに変わりうる。学びとすることで、自分を成長させる杖となる。痛みや傷という試練が、実は「恵みだった」「学びだった」と思えるような生き方ができるかどうかを、人は神さまに試されているのではないだろうか。
そうすると、聖なる体験というのは、決して愛と光の至高体験だけではなく、自分のエゴが作り出した耐えがたき痛みの体験も、理不尽と思われるような人生の苦難も、同じように聖なる体験なのではないかと思えてきた。
そういえば私はかつて、“癒し”という言葉に偏見をもっていて、この言葉にまとわりついている、依存的で甘ったるいイメージがどうにも好きになれなかった。でも、自分の内側に向かうプロセスで、実際に心身が深く癒される体験を重ねていったら、この言葉に対するイメージが全く変わってしまったのだ。
私にとって癒しとは、古いものに新しい気持ちで出会うことだったし、もういらなくなったものを手放すことだった。そして、過去への解釈が変わることで今を生きられる自分になることであり、同時に切り離されていたものとの深いつながりを取り戻すことでもあった。
本当の自分とのつながり、人とのあたたかなつながり、この宇宙とのつながりを実感できた時の深く内側が満たされていく感覚は、癒しという言葉の消極的なイメージを超えて、とてもパワフルなものだった。私にとって心身の深い癒しは、“人生の再編集”をする上で欠かせないプロセスだったのだ。
人が“成長”していくためには、向上心や意志や夢が不可欠だ。太陽に向かって伸びようとする樹木や花々のように、私の中にもそのように、天に向かってどこまでもどこまでも伸びようとするものがある。
でも、人が人として、あるいは男として、女として“成熟”していくためには傷や痛みというものが不可欠なのかもしれない。人間に深さをつくるものは、痛みや苦しみや悲しみの体験、人生の不条理と無慈悲を心底味わうような「闇の季節」「魂の暗夜」を生きた体験なのだろう。
その闇にしか思えなかった季節、最もつらかった日々が「光の世界」への扉を開けてくれたのだということに気づいて感謝できた時に、その人の生は真の意味で輝き出すのかもしれない。
闇の季節を生きる力って何なのだろう。それは、誰の目にも触れないけれど、暗い月夜にひっそりと、土中の中に根を伸ばし続ける“いのちの力”なのかもしれない。その時に、天の力に生かされ、地の力に支えられて生きる“自分という木”が育っているのかも知れない。ひっそりと、健やかに、逞しく。
< 哀しみ >
あなたの哀しみの深さが 人の心を癒してゆく
あなたの痛みに満ちた人生が 人の痛みを溶かしてゆく
闇の深さを知っているあなただからこそ
人を闇の中でさえ憩わせてあげられる
癒しは かかわりの中で生まれるいのちの歓び、出会いの奇跡
哀しみの深さが こんなにも大きな人生の歓びを運んでくれるのなら
人生に無駄な月日なんてあるはずもない
あなたの辛かった人生が
人とつながること 生きることの深い歓びを味わうための
大きな大きないのちからのプレゼントだったのだと
今 自分の人生をイキイキ生き始めたあなたを見て思う
『もどっておいで私の元気!』より(岡部明美著・善文社)
(つづく)
<お知らせ>
*2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
*翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
http://anatase.net/work2.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私は、竹内敏晴さんのワークショップ、通称、竹内レッスンも受け始めた。からだをとことんゆるめていくことを竹内レッスンでは最初にやる。脱力することより、がんばる方が簡単にできる私としては、からだをゆるめるというのは何て難しいのだろうと最初は思った。
竹内先生から「リラックスすることまで、がんばってやるんだねえ」と言われ思わず自分でも笑ってしまった。人に、からだを預けきれない自分。脱力できない自分。人に対して身構えている自分というものをつくづく感じた。
でも慣れてくると、からだをゆるめていくことって、なんて気持ちがいいんだろうと思い、この“からだゆらし”が私は大好きになった。からだがゆるみ、全身から力が抜けると頭がからっぽになり、呼吸がすごく深くなることに気づいた。そのまましばらくからだを横たえていると、いつの間にか目尻から涙がこぼれていることがよくあった。
ずっとからだを緊張させて生きてきたんだなと思った。自分のからだをまるでマシーンのように思って酷使していた頃の記憶が蘇り、かわいそうなことをしてきたなと思った。まさに労働ロボット、働くマシーンだった。
でも、そんな風な働き方をしている人たちが今ますます増え続けているのかもしれない。“なんか変だな”と感じる感受性さえ失くして。からだが緊張していると、人は、感じる力を失くしていくのだと思う。感じる力を失うと、いのちは錆び付き、自分らしさまで失くしていくのだろう。
私の病気は、人からの評価と承認を得るためにがんばり続けた人生、登ることしか考えていなかった人生から、強制的に私を降ろすために訪れてくれたものなのだと思う。あの時はまだ、自分の病の深い意味がわからなかったから、突然脱線させられたように思ったのだけれど。
「降りる」というのは、脱落、ドロップアウトなんかじゃなかったのだ。降りるとは、今までとは異なる“幸せや豊かさの価値体系”に自分を開いていくこと。同化していたものとの距離をとって自由になっていくこと。あるいは、心の深みに降りていくことによって生じ始める人生の喜びの“質的な転換”を意味するのかもしれない。
「魂胆」っていう言葉があるけれど、魂の戦略、魂の企みって本当にすごい。人生に起きてくる出来事も、人生を変えるような人との出会いもみんな、自分の魂の魂胆なのかもしれない。私が病気になったのも、きっと私の魂の企みだったのだろう。
魂は深い無意識領域のものだから、自分を本当に動かしているもの、人生を創造しているものは、本当は自分の深い無意識なのだろう。からだは自分の無意識領域に触れていく扉であることを知ったことで、私は、操体法、バイオシンセシス、フェルデンクライスに引き続き、竹内先生のレッスンも受けようと思ったのだ。
竹内敏晴先生には、『からだとことばのレッスン』(講談社現代新書)、『ことばが劈(ひら)かれるとき』(ちくま文庫)、『思想するからだ』(晶文社)、『癒える力』(晶文社)などの著作がある。竹内レッスンを受けている人にとってバイブルにもなっている『ことばが劈かれるとき』の裏表紙に、真木悠介さんがこんなことを書いている。
「からだは、自分と世界とがふれる境界線だ。そこに必死になって生きようとしながら閉ざされ、病み、ゆがむ“からだ”・・・幼児に耳を病んだ著者が、どのようにして“声”と“ことば”を回復し、自分と世界との触れ合いを、また人間関係のダイナミズムをとり戻していったか一長く苦しい努力の過程を語りつつ、人間の生き方の根底を照らし出すユニークな1冊」という一文を寄せている。
竹内レッスンで最初にやる「からだゆらし」は本当に気持ちが良かった。頭がからっぽになると、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。頭がポカーンとすると、ぎゅーっと頭の中で固まっていたものが、スコーンと抜けていく感じがした。
からだが完璧にゆるむと、思考が止まり、内側が静かになっていく。からっぽになればなるほど満ち満ちてくるものがある。からだが気持ちいいと、気持ちまで優しく柔らかくなっていくのがとても不思議。
竹内先生はからだをゆるめた後に、いくつかのレッスンをする。最初は「なんなのこれは一体? まるで学芸会じゃないの!」みたいなことをするので驚いた。私はいきなりチューリップの歌をうたわせられた。
赤、白、黄色のチューリップになりきって歌を唄うということをやるのだ。私は黄色のチューリップだった。どうやって黄色のチューリップになりきるのかよくわからなかった。赤チューリップと白チューリップとどこが違うのか。黄色チューリップのアイデンティティなんてあるのか、と思いながらも、私は一生懸命に黄色のチューリップになったつもりで唄った。
「象さんの歌」を唄ったり、「結んで開いて」の歌も唄った。私は、何がなんだかよくわからなかったけれど一生懸命、黄色のチューリップになったり、象さんに話しかけるように歌ったり、こぶしと、開いた掌と、パンパンと打つ手にメリハリをつけて唄った。やっていることの意味も狙いもよくわからないのだけれど、なんかこんなことを夢中になってやっている自分に感動していた。
詩の朗読もあった。詩の朗読は好きだから、家でもひとりでやっていることがよくある。好きな詩を朗読していると、心がとても落ち着いてくることを知ってから、心が波立ってつらい時などよくやるのだ。たったひとつの言葉にも、たった一行の文章にも心をこめて朗読するというのはとても心地いい。
心をこめて歌を唄う。心をこめて詩を朗読する。ものすごい集中だ。私は世界で一番きれいな黄色チューリップになったような、世界で一番頼もしい握りこぶしの持ち主になったような気がして、とても幸せな気分だった。からだをすっかりゆるめた後に、こういうシンプルな集中をしていると、背筋がシャンとし、背骨に気が通る感じがした。
竹内レッスンでは、さらに自分の言葉や声が、相手に届くとはどういうことなのか。存在の深みから“今、言葉が生まれる”ということはどういうことなのか。人と人とが関わるということはどういうことなのか。自分と出会うということ、人と出会うということはどういうことなのか。そういった、「声と言葉」「出会い」のレッスンをする。
存在の深みから今言葉が生まれるということ。自分の声、言葉が相手に届くということ。竹内レッスンの中核をなすこのレッスンは、とても興味深かった。私が最も関心をもっているテーマのひとつであることを感じた。
幼少期に耳が聞こえず、他者と「声と言葉」によるコミュニケーションができなかった竹内先生だからこそ、自分の声が、言葉が相手に届くということはどういうことなのかということに対するメッセージには、本当に奥深いものがあった。
竹内先生は大人になって声と言葉を取り戻されるが、その時に聴こえてきた人々の声と言葉、会話、コミュニケーションへの違和感や驚きをいくつもの本で書かれている。私は竹内先生の本を読み、レッスンを受けて改めて思った。
私たちは、人に伝えられる声と言葉をもっていながら、ちゃんと相手に届くような声や言葉を発しているだろうか。相手にちゃんと向き合って声と言葉を届けているだろうか。人と人とが触れ合うような、つながりあえるような言葉を発しているだろうかと。
私は竹内先生のレッスンを受けてから、自分についても、人についても、声と言葉が相手に届く、伝わる、響くということについてかなり注意深くなっていった。そして改めて気づいたことがある。
それは人の話を聴いていて、あるいは、人の書いた文章を読んでいて、私の心に響いてくるもの、伝わってくるもの、落ちてくるもの、そうしたズシーンとストレートに届く言葉というのは、まさに相手の中から“今生まれてきた言葉”や“本気の言葉”、体験の中で感じた”真実の言葉”なのだと思ったことだ。
心にしみじみ響いてくる言葉、ふんわりと伝わってくる言葉、ズシーン響いてくる言葉というのは、準備された言葉や借り物の言葉ではなく、その人の存在の深みから、今湧き出てきたような言葉なのだ。
どんなに稚拙な言葉であっても、短くても、うまく表現できなかったとしてもその人の内側から湧きあがってきた言葉。その人が、今この瞬間に本当に感じているものは確かに心に響いてくるし、伝わってくる。その時、私はその人をとてもいとおしく感じる。
そう思うと私は、自分の中から今言葉が生まれてくる瞬間、相手の中から今言葉が生まれ出てくる瞬間がとても尊いことのように感じるようになった。人と人がつながり合えるまことの言葉。人と人が触れ合う言葉。人が気持ちよく動ける言葉。
そんな言葉が自分の内側から生まれてくるためには、からだをゆるめ、頭をからっぽにしてリラックスし、感性を集中させ、相手にまっすぐ向き合うからだになることが大切なのだと思った。
私は竹内先生のレッスンを受けながら、自分の言葉のクセやからだのクセ、人との関係のつくり方のクセ、自分のあり方に対する気づきなど、とても深い学びがあった。
物事は本当にシンプルなものほど深くて、難しいのだとつくづく思った。シンプルとか平凡、当たり前、地道、地味なことに思えるものに対しては、上っ面を撫でて終わりにしてしまう、あるいは簡単にわかった気になる、自分の性急さと思慮の浅さを感じた。
そして、身近なものであればあるほど、探求、洞察に値するものであることも痛感した。自分のからだ、在り方、自分の観念、言葉、態度、目線、コミュニケーションの仕方、関係性の作り方。
そして、私とは誰か。人間とは何か、いのちとは何かについて、深く感じ、向き合う姿勢だ。でも、おそらく本当に大切なのは「探求している者は誰か?」という問いなのかも知れない。
< つむぐ >
いのちの、人生のあらゆる場面を、
深く、深く味わい尽くしてあなたは生きてきた。
味わいたくなんかなかった人生の苦しみ、生きていることの哀しみ、
からだと心の痛みを全部引き受けて。
「こんな人生」と思って生きてきたあなたが、
その人生を生きてきてくれなかったら
私はあなに出会えなかった。
今、自分自身を抱くあなたを見て、
人を抱くあなたを見て、
私の心は癒されてゆく。
まるで、私は鏡を見るように、
あなたの人生を見つめている。
悲しみがひとつ癒されるたびに、
古い衣装をひとつ、またひとつ脱ぎ捨ててゆくあなた。
人と人が一緒につむぎあう人生、織りなすいのちをあたためあえる関係。
あなたが求めてやまなかったものが、
今、目の前にあることに戸惑いながら、
受け取ることを選んだあなたが、
私を見て、静かに微笑む。
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
<お知らせ>
*2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
http://web.mac.com/monjel1315/iWeb/Site/76F780AA-BC8F-4F7B-8E86-5BE5708ABE3B.html
*翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*2月3日(日)に、東京・自由が丘で「1 day ワークショップ」があります。テーマ「自分を愛する心 人を愛する心を風のようにまといながら」
このワークショップでは、人生の悩みや苦しみの大半を占める人間関係の問題を愛の視点から観ていきます。人はみな生涯をかけて愛を学ぶ途上にいます。共に学び、共に成長し、共に幸せになっていくために・・・。
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
我が家は高台にあるマンションの8階。ベランダからは180度のパノラマで風景が広がっており、朝焼けの空が眺められる。リビングの出窓からは富士山が見える。空が透き通ってきれいな日の富士山に沈む夕日は、息を飲むほどの美しさだ。黄金色に縁取られた茜雲の神々しさ。最高に贅沢なひと時だ。
時々は早起きして朝焼けの空を眺めることもある。まだ空が群青色に染まっている頃にそっとベランダに出る。温かい格好をして。夜の闇の底から姿を現そうとしている太陽は、今日生まれたての赤ちゃんのような儚げな光を世界に放ち始めている。微かにあふれ出す光。その大きな大きな存在。
その移りゆく色彩の変化を感動しながら見ていたはずなのに、気がついたら一面の朝になっていてびっくりする。
「あれ、いつの間にすっかり朝になってしまったんだろう。おかしいなあ。ずっとこの空を見ていたはずなのに・・・。」
夜が一瞬にして朝に切り替わったわけではないことは、この目が空の色の変化を楽しんでいたから知っている。でも変わる時というのは、まるで一瞬にして変わったかのように思えてしまうから不思議だ。
春、夏、秋、冬も、ある日を境に突然変わるわけではない。夏の終わりの最後の日なのか、秋の始まりの最初の日なのかは、よくはわからない。すべては重なり合いながら少しずつ離れていく。別々に分かれていたものがいつしか重なりあい、ひとつに溶けていく。いのちあるもの、存在するもの、すべての自然現象とは、そういうもののように思う。
朝の光が照らし出す街や自然の風景の中には、まだ夜の闇の残像があちこちに残っているし、群青色の夜空にも、夕焼け色の余韻が含まれていることを感じる。浅い春の陽の光には、まだ冬の残り香があり、夏の終わりの風にはすでに秋の気配が漂っている。
闇の中に少しずつ光が差し込み、光の中に少しずつ闇が入り込んできて、ゆるやかに風景が変わっていくように、からだとか心とか、人生というものも、ある日突然、「あれっ?」という感じで、自分の変化に気づくのかもしれない。その時は、まるで突然その変化が訪れたかのように感じるのだけれど。
変化というのは、本当は、行きつ戻りつを繰り返しながらも、小さな変化がゆるやかに重なり合い、少しずつ何かが準備されていくものなのだと思う。堂々巡りと思えるような日々の中でさえ、確かに積み重ねっているもの、流れているものがあるのだろう。
自分では、何がどう変わったのか、よくわからないけど、あれ、確かに以前とは何か違うなあ、なんとなく楽になってきた感じがするとか、前はあんなに気になっていたことがあまり気にならなくなったとか、昔は準備万端にしなければ不安だったのに、いいや、なるようになれって思えるようになったとか・・
自分が変わるということは、昔は、性格が変わったり、劇的なことが自分の人生に起こるとか、目に見えて何かが変化していくことだと思っていたのだけれど、どうもそういうことではないみたい。
もちろん、そういう劇的な変化が起きてくる人もいるのだろうけれど、少なくとも私の生活には、そんな大きな変化はない。家族も相変わらず平々凡々とした日常を送っている。
外側はそんなに大きな変化はないけれど、内側が変わってきた感じはある。私にとって内側が変わるというのは、自分の感じ方や物事の受け止め方が変わるということだった。人や風景や、起きてくる問題の“見え方”が変わってきたという実感があるのだ。そして、圧倒的に変化しているのは、いい出会いが次々に起きているということだ。
ほんとに不思議。自分を変えなければと思い込んでいた時には、全然変われなかったのに、「このままでもいいのかなあ」「これが私なんだからしょうがないよなあ」と思えるようになったら、だんだん自分が変わってきたのだ。
視点さえ変えればいいのだと思って、がんばって勉強して視点を変えようとした時も全然ダメで、それを忘れて、ただ感じることや、味わうことや、自分が興味をもったことに無心にとりくんでいたら、いつの間にか視点が変わっていたのだ。
自分の気持ちや、からだの感覚やエネルギーに対して敏感になってくると、いやなものはいや、嫌いなものは嫌い、やりたくないことはやりたくないと思いかつてのような「いい子」ができなくなってきた。
不必要な我慢、無駄な我慢をしなくなってきた。自分に不正直になっている時は居心地が悪くなる。もちろん、何十年もやってきたパターンは、どんなに気をつけていてもすぐに顔を出す。
でも「ああ、出た、出た。ああ、またやってるわ、私」と、すぐに、あるいはちょっと時間を置くと気づくことができるようになってきたのだ。気づくことができるようになっただけで、昔とは比べものにならないほど心が自由で生きることが楽になってきた。
私はやっと、無意識に人生が支配されているということがどれほどしんどいのかということがわかってきた。無意識にやっていること、無意識下の思い込みや否定的な信念に、“意識の光=気づき”をもたらすことが真に自分を解放していく道なのだろう。
気づきというのは、どんどん深まっていくみたいだ。気づきが深まっていくに従い、そして、自分や周りのものへの愛が深まっていくに従い、今までの荒涼とした人生、混乱と苦悩に満ちた人生が終わりを遂げていくのだろう。
生が豊饒の海に変わっていくのは、ひとえにどれだけ自分の意識が目覚めて広がっていくか、愛が深まっていくかにかかっているのかも知れない。
もちろん、私の気づきの道は始まったばかりだから、おそらくはこの先だってきっと経験したこともないような大きなトラブルに巻き込まれたり、ショックな出来事が起きる度に、私は今までと同じように思いっきりオロオロ、ジタバタするのだと思う。
ちっちゃい私は、その度ごとに落ち込んだり、混乱したりするだろう。でも、たとえそうなったとしても、ゆらぎながら、ふるえながらでも、変化の小船に乗ってみれば、大いなるいのちの川が、ちゃんと辿り着くべき場所に自分を連れて行ってくれるような気がするのだ。
今、私の内に芽生えた感覚は、海の波が私なのではなく、私は、波も含めた海そのものなのだという感覚だ。心がザワザワする波そのものを消すことはできないけれど、波は表れては消えていくものだということを、私の深い部分は知っているという安心感がある。
ちっちゃい私の中には、賢くて大きい私もいるのだ。大きい私は、残念ながら滅多に顔は出さないけれど、どうもいるらしいということは感じるようになった。だからその私を信頼していれば、すべての状況は、ちゃんと収まるところに収まっていくから大丈夫という感覚がある。
小さな変化が少しずつ降り積もっていったんだなあと思う。何か特別、劇的なことが人生に起きたわけではないけれど、感じ方が変わり、視点が変わると、心の風景が変わり、人生の風景が変わり、人との出会いの風景が変わってきた。本当に、昔とは、世界が違って見えるのだ。とても不思議な感覚。
とても些細なことに、喜びや幸せを感じるようにもなってきた。ベランダのプランターに種や球根を植えて、その双葉が土から芽を出しているのを見た時や去年枯れた花が、今年も花のつぼみを付けたのを見た時などは最高にうれしくなる。そしてしばらくの間、その双葉やつぼみをしみじみ眺めていたりする。
夕日が沈む時間帯は、台所仕事の手を休めて沈む夕日を見る。しばらくの間、太陽に手を合わせて祈る。そういえば、昔の私は、手を合わせて祈る時には、必ず何かお願い事をしていた。でも最近は、何も願わずただ手を合わせて祈るという行為が、私をとてもやすらかな気持ちにしてくれるということに気がついたのだ。
そして、時々はこうして早起きしてベランダに出て朝日が昇るのを眺める。朝日は、有無を言わせず人を希望に向かって歩ませる力があるように思う。夕日はいやおうなく人生に起こるすべてのことは過ぎ去るのだということを教えてくれているように思う。
ただ、山に沈む夕日や、朝焼けの空を見ているだけで、こんなに幸せを感じる自分になったのはもしかしたら大きな変化なのかも知れない。朝日も夕日も、毎日見ても神々しい。
神々しいものに出会うと、自分の中にある神聖なものに触れられたような気がしてとても幸せになる。この幸福感は消えたり、どこかに行ったりしない。ただ、私が感じた時には、いつでもやってくる幸せなのだ。
たとえ、幸せと感じることも、楽しいうれしいと感じることも、今この一瞬にしかないのだとしても、そんなしみじみとした“一瞬の幸福感”に出会うと、生きていて良かったなあって思う。
< 楽 >
楽に生きることは 手を抜くことでも 怠けることでもなく
心とからだを楽にしていきることだった
心とからだが楽になってくると
自然に肩の力が抜けてゆき
自分にやさしくできるようになってゆく
自分にやさしくなれると 不思議なことに
人との関係がやわらかくなってゆく
人との関係がやわらかくなると
自分らしさがふんわり溢れてくる
自分らしさが溢れてくると
生きることがだんだん楽で 楽しくなっていゆく
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
(次回に続く)
<お知らせ>
*2008年1月19日(土)に、岡山で「1 day ワークショプ」があります。テーマ「からだの声を聴く こころの声を聴く」
http://web.mac.com/monjel1315/iWeb/Site/76F780AA-BC8F-4F7B-8E86-5BE5708ABE3B.html
*翌日の1月20日は、兵庫県・姫路で講演会があります。テーマ:「いのち輝かせて生きる」
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
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http://blog.sq-life.jp/m/
