
私はマサさんの死を通して、目に見えない世界のことで、初めて実感することがいっぱいあった。そのひとつは、マサさんの棺が火葬される時に最も感じたことだった。
私はマサさんの遺体を、その時「抜け殻」と感じたのだ。蝉の抜け殻と一緒。抜け殻を見て、蝉がいなくなってしまったなんて思うだろうか。マサさんは、もうこの肉体の中にはいないということをはっきり私は感じ取ったのだ。だから、棺が焼かれる瞬間も、骨になって出てきた時も、私は全く涙が出てこなかった。
ところが死んでからもマサさんはいたずらだったし、心配性で、自分が死んではいないということを私たちに知らせるのだった。それは、私の周りの人たちの間では「てんとう虫事件」として知られていることだった。
マサさんが亡くなった日、部屋の中に1匹のてんとう虫が現れた。その日は一度も窓を開けなかったし、だいいち12月の末にてんとう虫が出るというのが不思議な感じがしたのでとても印象に残ったのだ
翌日のお通夜は、「マサさんを偲ぶ会」としてやることになっていたのだが、私は、朝家を出る時に、自宅のリビングルームのテーブルの上にてんとう虫が1匹いたのでびっくりした。
「あれ、うちにもてんとう虫が出た。昨日から一度も窓を開けていないのに、どこから入ってきたのだろう?」と思いながらマサさんの自宅に向かった。案の定、マサさんの遺体のそばには、まだ昨日のてんとう虫がいた。
それでも、そんなことは単なる偶然と気にも留めずに、私はマサさんの遺影の写真を選び始めた。アルバムを一つひとつめくっていたら、パラリと1枚の写真が落ちてきた。
すべての写真はきちんとファイルされているのに、その写真だけは無造作にはさまれていたのでアルバムからすべり落ちてきたのだ。それは、てんとう虫の看板の写真だった。この時、初めてビクっとした。何なのだろう、この偶然の一致は・・・。
この時に、マサさんの娘さんの一人に、マサさんが有機農業運動をやっていた頃の研究会の名前が“てんとう虫の会”と言い、自宅で自然食品の店をやっていた時の看板が、この写真のてんとう虫の看板だったと聞いたのだ。正直、ちょっとブルっとした。
そして、後でわかったことなのだが、リトリート関係者の自宅にも、マサさんのことを知っている私の友人宅にも、合わせて10数人の方の自宅に、この日てんとう虫が現れたのだ。みんな、なんでこの季節にてんとう虫が出るのだろう、どこから入ってきたのだろうと不思議だったので印象に残ったのだという。
マサさんの自宅だけではなく、翌日の葬儀場にもてんとう虫は現れた。マサさんが火葬されている時に、みんなで食事しながら待っていた控え室の窓にいたのだ。「マサさんはいたずらだったから、このくらいのことはやりかねないよね」とみんなで笑った。
このてんとう虫事件は、私の生活の中で1年も続いた。でも、私がマサさんの死をだんだん受け入れられるようになった頃から、てんとう虫事件は起らなくなったのだ。
マサさんは、病気になったことによって、離婚後、一度も会っていなかった3人の娘さんたちに会えたのだ。とてもうれしそうだった。お孫さんの顔も初めて見たようだった。病院のベッドサイドのテーブルに、見舞いに来てくれた娘さんやお孫さんと一緒に写した写真をずっと飾っていた。
マサさんは、3人の娘さんを本当に愛していて、事務所の壁にも、娘さんたちの写真を飾り、私にいつも娘さんたちの思い出話や自慢話をしていたのだ。私はこの時に、マサさんがなぜがんで亡くなったのかが少しだけわかったような気がした。もし、他の病気や事故で、突然他界したとしたら、娘さんたちとのこの“再会”はなかったのだ。
マサさんは生前よくこう言っていたのだ。「がんという病気は、最も人に恐れられ、忌み嫌われている病気だけれど、がんの最大のプレゼントは、“和解の時間”や“再会の時間”、“愛を体験する時間”を与えてもらうチャンスがあるということではないだろうか」と。
家族のことというのは、他人にはうかがい知れないものだし、おそらく私たちが想像もできないような苦しみや悲しみがマサさんの家族の歴史の中で刻まれていたのだと思う。ご遺族の方からしてみたら、マサさんの死は、私たちがマサさんに感謝している気持ちとは全く別の感慨があったに違いない。
ただ私は、娘さんたちに再会できたことをあんなに喜んでいるマサさんを見て、もしかしたらマサさんは、最後まで家族をやれなかった自分を許してほしかったのではないだろうかと思ったのだ。もちろん、これは私の推測でしかないのだけれど、あんなに幸せそうな顔のマサさんを見たのは初めてだったから。
人はいつも言っていること、いつも思っていることを人生で体験するというけれど、マサさんは本当にその通りの生と死を見せてくれたように思う。もし、マサさんに突然逝かれてしまったら、私たちは何のご恩返しもできなかったのだから。マサさんは人生の最後に、愛をいっぱいもらって逝きたかったんだなと思った。
一体この世の中でどれだけの人が、自分が病気の時、死に逝くプロセスにある時に、家族や医療関係者以外の人たち、言わば、赤の他人である人たちに誠心誠意の介護や看護、愛のある看取りをしてもらえるだろう。
病気や死というのは、最も家族の場面であり、他人が立ち入れない領域だ。人生の四苦と言われる人の「生老病死」。生きるということの中に等しく含有されている最もつらい痛みや苦しみ、不安や恐怖、孤独や絶望。これらの体験は殆どの場合、家族と共にいる時間の中で体験することだ。
どれだけ親しい間柄でも、他人が、その人の病気と死のプロセスにずっと寄り添う、世話をし続ける、看取るなんてそうそうできることではない。しかし、マサさんの介護、看取り、手作りの葬儀、その最初から最後までにずっと関わり続けたのは、赤の他人である私やリトリートのスタッフ、参加者だったのだ。
人が最も恐れている、がんという病気、死という出来事に対して、マサさんは、それの“光の部分”を私に教えてくれたように思える。それを私に書いてほしかったのではないだろうか。だから、この本を書いている最中にマサさんは逝ってしまったのではないだろうか。
そして、なぜ私がこんな経験をしなければならなかったかというと、私自身が、人間の本質は魂であるということ、魂は生まれることも死ぬこともない永遠の存在であるということを、本当に深く実感するためにこのことが起きたのではないかと今は思える。
そのくらい実は、マサさんが死にゆくプロセスでも、亡くなった後も、この本を執筆中にも、私にそのことを実感させるような不思議な出来事がたくさん起きてきたのだ。その全てはとてもこの本には書き切れない。
私は、マサさんが、がんになった時は、なぜがんになんかなったのかと病気の原因ばかり考えていた。でも亡くなった今となっては、原因なんかもうどうでもいい。生まれることも死ぬことも神さまの領域、神さまが決めることなのだから。
おそらく、寿命というのは、生まれた時にもう決まっていることなのだろう。だから、寿命がきていなければ、どんな大病をしようが、大きな事故に合おうが助かるけれど、寿命がきていれば亡くなるのだろう。短い寿命であってさえ、人は必ず生まれてきた意味と目的があったのだと思う。
人生は長さではないということを最近つくづく感じる。大切なのは、その人がどう生きたか。どのような存在としてあったか。どれだけ周りの人たちに愛を与え、人を幸せにし、人から喜ばれる存在であったか。
どれだけ人生で学び、成長したのか。周囲の人や社会にどれだけ役に立ち、貢献したのかという“生の質”こそが問われるのだと思う。人が人生の最後の場面で受け取るものは、ただただその人が生きている時に、他者に、世界に与えたものだけなのだ。
人は、支えることで支えられ、癒すことで癒され、許すことで許され、助けることで助けられ、愛することで愛される。自分が人に純粋に与えたものだけが、自分が受け取るものなのだという真実を目の当たりにした日々だった。「愛だけが最後の答」だということを伝えたくて、マサさんはああいう亡くなり方をしていったのだろうか。
きっと、死者は、遠い空から、風になり、花になり、雪になり、光になって、いつでも、どんな時でも、残してきた一人ひとりに愛を送っているのだろう。残された人たちが時の流れの中で次第に記憶が薄れ、逝ってしまった人のことを忘れている時であってさえも、死者は、片時だって残してきた人たちのことを忘れることはないのだ。
私たちは、永遠の世界に還った人たちと本当はとても近くに生きている。死者は、残してきた人たちの幸せしか望んでいないのだ。死者が残してきた人たちへの願いがあるとしたら、それはきっと、ただひとつ。
「僕を忘れないで・・・」「私を忘れないでね。ずっと、永遠に・・・」
きっとそれだけが、この世で巡り逢った人たちへの最後の、そして永遠のメッセージなのだろう。
忘れられない人がいる人生というのは、本当は、とても幸せな人生なのかも知れない。死者は、自分がいなくなってしまったことで、いまだに悲しみから立ち上がれない人に、きっとこんなことを言っているのではないだろうか。
「僕たちは、私たちは、きっといつかまた巡り逢う。人生で深い関わりのあった人たちとは、姿形を変えて、役割を変えて、出会いと別れの意味を変えて、何度でも巡り逢う。もしまた出会う必要があるならば、意味があるならば。幾千の夜と幾千の昼を超えて、いつかきっとまた巡り逢える。僕は、私は、きっとあなたを見つけるだろう。だからこれは、ほんの少しの“さよなら”なんだよ」
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6月6日(金)~8日(日) 福山・仙酔島 2泊3日のワークショップ
テーマ:「私に帰る旅」~魂の願いに寄り添いながら生きる~
人は本来、自分にしか咲かせることができないいのちの花の種を持って生まれてきます。 あなたは今、自分のいのちの花を充分に咲かせて生きているでしょうか。心もからだも元気で、今をイキイキと生きるための自己探求・自己発見・自己創造のワークショップです。
6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」
太陽と月、男と女、動と静、生と死、現実とスピリチュアル、愛と意志、波動と粒子・・・この世界は、相反する二つの力の現われによってバランスされることで、常に活き活きとしたリズムを保っています。それらは、敵対するものではなく、人の両足のように、鳥の両翼のように、互いに補い合って、いのちあるものを前進させてゆきます。このワークショップでは、私たちの内側にあるこの陰と陽の両方のエネルギーに触れ、その互いの声に耳を澄ますことで、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開いてゆきます。
6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
スピリチュアルがブームになっていますが、それは決してオーラや過去生が見えたり、天使の声が聴こえたり、サイキックな能力を身につけることではありません。からだという体験の器を持って生まれた意味や宇宙の摂理によって生かされている自分という存在を丸ごと愛すること、大いなる存在の計らいが人生に働いていることを理解し、自由に軽やかに歓びに満ちて生きていくことです。このワークショップでは、大いなる視座から自分の人生をいきいき生きていく道を探求します。
実は、私は、天外氏の本を夢中になって読んでいる時に、また不思議な体験をした。それは、氏の『ここまできたあの世の科学』を読んでいる最中に起こったことだった。電話が鳴ったので出てみると、「マハーサマディの事務局の者ですが」という声。
「えっ、なんで、天外氏が主宰しているマハーサマディの会から、我が家に電話がかかってくるの?」とびっくりした。
天外氏が、「マハーサマディ研究会」という会を主宰していることは本に書いてあったからわかっていた。でも、なぜ、その会から突然、我が家に電話がかかってきたのだろう。それもよりによって、私が氏の本を読んでいる最中に。
電話によると、今度、マハ-サマディ研究会で『人はいかに癒されるか ~自分の中の「青い鳥」を見つける智慧~』(風雲社)という本を出版するにあたり、ついては、その本の扉に、私の『もどっておいで私の元気!』の中から、「扉」の詩を掲載したいのでその了解を得たいという電話だったのだ。もちろん私は、「喜んで」という風にお答えした。
天外氏が主宰する“マハーサマディ研究会”とは・・・。
「ヒンズー教の僧侶は、自分の死期を知るとパーテイを催し、今生の別れの挨拶の瞑想に入り、そのまま亡くなるのが一般的です。これをマハーサマディと称します。実は、このような「意識的な死」は、仏教の僧侶やオーストラリアの先住民にも同様な例が数多く見られます。一方、私たちの身の回りを見ると、病院の集中室で管だらけになって苦しみながら死んでいく例が増えているようです。しかし、人間は本来死ぬときに脳内麻薬物質が分泌されるようになっており、「マハーサマディ」のように至福のうちに肉体を離脱することが最も自然な死であると考えられます。さらに、ふだんから「すばらしい死」を迎えるように準備するということは、「すばらしい生」を生きるために他なりません。マハーサマディ研究会は、この「最も自然な死」を思い出し、輝かしい生を取り戻すためのネットワークです」(『宇宙の根っこにつながる瞑想法』・ 天外伺朗著・飛鳥新社)。(マハーサマディ研究会は、後に、ホロトロピック・ネットワークに改名)
実は、マサさんは本当に瞑想状態で亡くなったのだ。マサさんの最後を看取ったスタッフの朋が、そのことを後で私に教えてくれた。「マサさんがいつ死んだのか全くわからなかった。まるで瞑想しているみたいにして逝ってしまった」と。
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6月6日(金)~8日(日) 福山・仙酔島 2泊3日のワークショップ
テーマ:「私に帰る旅」
~魂の願いに寄り添って生きる道に歩み出す~
6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」
~私たちの内側にある二つの極一陰と陽、男性性と女性性、動と静、愛と意志、現実とスピリチュアル、その互いの声に耳を澄まし、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開く。
6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
私は、マサさんが残していった「死」に関する本で、最後まで読むのに抵抗があり、保留にしたままにしていた本を読む気になった。それは、私がまだ一度も読んだことのない天外伺朗氏の本だった。
マサさんは天外氏が書かれた本を全て読んでいた。『あの世の科学』『こまで来た「あの世」の科学』『理想的な死に方』など、天外氏の本は本棚にいっぱいあった。
私は、この世に、これほどあやしいタイトルと名前があるだろうかと思った。私は、おどろおどろしい霊的な世界が苦手だったので、天外氏の本は最後まで手がいかなかったのだ。
私は、天外氏のプロフィールを見てみた。てっきり霊能者みたいな人だと思っていたのに全然違っていたので驚いた。天外氏の本名は土井利忠氏。ソニーの重役を勤められた方で、科学者であり、エリートエンジニアだったのだ。天外氏は、ソニー時代、CDやアイボなど、最先端技術の開発、科学技術評論などでも活躍されてきた方だ。目次を見てみたら、私が最も関心をもっていた分野に触れている本だったので、俄然読みたくなった。
読んでみてびっくりした。面白かった。すごく興味深かった。おどろおどろしいなんてとんでもなくて、私が知りたくて仕方がなかったことに深く鋭く言及されている本だったのだ。近代科学、深層心理学、東洋哲学という全く異なる3つの分野の接点から、氏は大胆な推理を展開し、“宇宙の根本的な仕組み”に関する多くの興味深い仮説を提案されている。
ニュー・サイエンスの提唱者のひとりである、高名な理論物理学者、デビッド・ボームの宇宙モデルは、ずっと私が関心をもっていたテーマだったが、天外氏が言っている「あの世」というのは、普通言われる死後の世界ではなく、ボームの言う「暗在系」のことだったのだ。
「あの世」と「この世」、「生と死」が表裏一体の関係であるということは、宗教の説くところと同じだけれど、ボームの言う「明在系」「暗在系」という両者の関係は、宗教よりも遥かに厳密に定義されている。
そして、ボームの言う「暗在系」、天外氏が言う「あの世」に相当するものが、ユングの「普遍的無意識=集合無意識」、仏教で言う、小我に対する「大我」、ヴェーダ哲学のアートマンに対する「ブラフマン」、西洋哲学のセルフに対する「ハイヤー・セルフ」、つまり、人間がずっと、神とか仏とか真我といってきた大いなる存在、宇宙の根源意識と言ってきたものではないかという仮説を立てている。
私たちの身の回りにある目に見える宇宙(この世)は、実は、単独に存在するのではなく、その背後にもうひとつの目に見えない宇宙(あの世)の秩序があるというボームの説。
ボームは、この世を「明在系」と呼び、あの世を「暗在系」と呼び、両者は密接に関わり合いながら常に変幻流転しているという説を唱えている。
氏は、量子物理学と東洋哲学、深層心理学の三方向から調べることにより「宇宙全体がひとつの生命体なのではないか」という仮説を打ち出している。そして、「あの世」というのは、「この世のすべての生物、物質、精神、想念などがたたみ込まれた、目に見えないもうひとつの宇宙の秩序」「時間も空間も存在しない世界」「全人類を結ぶ壮大な無意識のネットワーク」「宇宙のすべての知識の貯蔵庫」「聖なる存在であり、般若心経や無条件の愛の源、一種の人格のようなもの」と言う。
つまり、「あの世」とは、宗教でいう「神」そのもの。人格化した神があの世に存在するのではなく、あの世そのものが神であるということ。「仏性は内にあり」「我々の内部に神が存在する」「神の内部に我々が存在する」「宇宙の中に花があり、花の中に宇宙がある」ということだ。
この存在の二重性の神秘に私は感動を覚える。物質が波動と粒子から成るように、光もまた波動性と粒子性から成ることを知った時に、私は「もしかしたら私たちは、今ここに生きながらにして、実はこの世とあの世の同時存在なのではないか?」と思ったのだけれど、その実感がより深くスコンと納まるべきところに納まった感じがした。私が、ずっと自分の中で、そうなんじゃないだろうかと思っていたことに、天外氏は、明快に大胆に論理、推理を展開していくので読んでいて面白くて仕方がなかった。
般若心経の「色即是空」「空即是色」とは、まさに、ボームの言う「明在系」と「暗在系」のことだろう。「色」とは、まさに「形あるもの」のことだから、肉体をもったこの世界、物質世界であるこの世、明在系のこと。
「空」とは、「形のないもの」のことだから、まさに「暗在系」のことを言っている。それは、人間がこれまで、神、愛、意識、空間、魂、真我、無と名づけてきたものだろう。すべては形がない。形はなくても、まぎれもなく「ある」と実感できるもの。あるとしなかったら、私が存在していることがそもそもありえないこと。それこそが実在の本質。
「いのち」という生命エネルギーは分離不可能なのだ。個(私)は、全体(宇宙=神)につながり内包されているわけだから。生と死はいのちの違った側面、違った存在の仕方を表現しているだけであって、もともとはひとつなのだ。
天外氏は、「ここまで来た「あの世」の科学」の最後にこう書いている。
「宇宙は、全体として、ひとつの生命体です。その基本は、「無条件の愛」であり、また、「神性」「仏性」であり、宗教が神や仏と呼ぶ概念と一致しています」
「前世、現世、来世をはじめとして、綿々と続く「輪廻転生」のひとつひとつの人生は、「あの世」ではすべて重なり合って「因果応報」も「前世のカルマ」も超越した、ひとつの存在として定義されると考えられます」(天外氏)
「ここまで来た「あの世」の科学」の表紙裏に、「南無の会」の会長の松原泰道氏が寄せている一文にも、とても共感を覚えた。
「宇宙の神秘や人生の謎という共同根から育った科学と宗教とが、互いに背離すること自体がおかしい。21世紀は、両者の握手よりも、宗教と科学とを止揚した新しい思想が創造されるべきではないでしょうか」
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~魂の願いに寄り添って生きる道に歩み出す~
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テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
私はいやがおうにも、人生には人智を超えた力が働いているということを認めざるを得なくなってきた。何度も、何度も、私はこういった体験をさせられているのに、まだ心底からそれを認めていないから、これでもか、これでもかと驚くような出来事が起きてくるのだろうか。
私が真正面から真剣に、「神よ、あなたに問う!」「一人ひとりの人生には、あなたの計らいがあるというのは本当か!」と問いかけたことの答えを、神はこの一連の出来事を通して私に教えようとしているのではないかと思った。私は正直言って、今回の一連のシンクロだけは、畏怖を覚えたのだ。
これまでも、こういったことシンクロは頻繁に起こっていたし、すでに何度も、私は“それ”の存在を認めざるを得ない体験をしてきたのだけれど、今回私は初めて、全面的に 「降参」したのだ。「降伏」と言ってもいいかも知れない。
今、降伏と打ったら「幸福」という字が最初に出てきてちょっとびっくりした。ああ、確かに人の真の幸福、心の平安とは、神の存在への前面的な信頼、明け渡しなのかもしれないと思った。小さな自分の明け渡しと、大いなる存在への全詫。
私は、この「降参」「降伏」を心の深いところで、どれだけ待ち望んでいたことだろう。神さまは、目に見えないし、形もないから、私は何度も何度も感じたり、体験までしていたのに、今日までずっと“それ”にすべてを委ねることに、信じ切ることに抵抗し続けてきたのだ。
素晴らしい出会いがあったり、思ってもいなかったような嬉しい出来事が起きると、「宇宙(神)の計画は完璧!」なんて言って喜ぶくせに、つらいこと、苦しいことが起きると、その度ごとに、なんで!どうして!と、文句タラタラ、不平不満の塊になる身勝手な自分。
私の魂を成長させるために神さまは試練を与えられるのだということがどうしても素直に承服できなくて、つらい出来事が起こる度に、すぐ神さまにケンカを売ってしまう。
私は、本当に究極の方向音痴、迷子だ。神さまの地図が読めない。私の人生に“起こること”を通して、“出会い”を通して、神さまの意図が働いているということを薄々感じていながら、心底からそれを信じ切ることができなかった。神さまの地図と意図。神さまの設計図。一人ひとりの人生の物語。魂のDNA・・・。
でも、私は、やっと観念した。いいも悪いもなく、私の人生はあなたによって導かれ、守護され、計画されているものであることを。私は、あなたとずっと一緒に生きてきたのだし、これからもいつも共に生きていくのだということを。
「やっとここに辿り着きましたか。私の元に来ましたか。ずいぶんあなたの肩を叩き続けたし、いつだってあなたと共にいたのに、あなたはいつも自分が今いる世界だけが唯一の世界なのだと思ってきましたね。私はあなたの中にいつもいたし、あなたのそばを離れたことさえ一度たりともなかったのに、あなたは私の存在を心底から信じてくれなかった。私が、あなたをこの世界に送り出したのですよ。私は、あなたを通して生きているし、あなたは、私の夢なのですよ。あなたを愛している私を、あなたを決して見捨てることのない私を本当に信じることができますか? あなたの復活は、そこからしか始まらないのですよ」
そんな神さまの声なき声が聴こえたような気がした。その声は、私の心の奥深いところから聴こえてきた声だった。私の内なる声は、天の声と同じだった。私は何者かによって見守られている。何者かが私のために働いてくれている。何者かが私の中で生きている。私は確実に守護され、生かされ、導かれている。病気を経験してから、ずっと感じてきたその感覚。
その何者かをはっきり神さまと認めたら、とても心が平和になり幸福になった。小さな私の心がどんなに痛みで混乱し、波打ち、ざわめいても、その存在の感覚こそが神さまだったのだとわかったら、心の深い部分に何か途方もない安心感が生まれた。
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5月24日(土)東京・早稲田で「1 day ワークショップ」
テーマ:「からだの声を聴く 心の声を聴く」
~心身の無意識層からのメッセージを聴き、イキイキとした自分を取り戻す~
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テーマ:「私に帰る旅」
~魂の願いに寄り添って生きる道に歩み出す~
6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」
~私たちの内側にある二つの極一陰と陽、男性性と女性性、動と静、愛と意志、現実とスピリチュアル、その互いの声に耳を澄まし、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開く。
6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
私は、武蔵嵐志帥塾の講演会で、神渡良平先生が講演の最後に朗読された、ニューヨーク州立大学病院の病室に残された患者さんの詩「神の慮り」がとても心に響いてきた。人が自分の人生に計画するもの、欲望するものと、その人の魂の成長だけをひたすら見詰める神の慮りの差について、これほど含蓄のある詩はないと思った。
この詩は、きっと重い病いを患って死に直面したか、一時は人生に絶望した患者さんが書いたものではないかと思う。この詩を聴いた時に、突然、マサさんが闘病中にポツリともらした言葉を思い出した。実は、マサさんは最初の頃、私が見舞いに来ることを拒絶した。1ケ月近く私は見舞いにすら行けなかった。リトリートの参加者が見舞いに来ることもいやがった。
自分の突然の病、死の宣告を受け入れられなかったのだと思う。それが、ある出来事があって、2ケ月を過ぎた頃から人を求め出した。その頃から堰を切ったようにみんなの愛を求め始めた。私が手当てをするために通い出して、何日目かにマサさんはこう言った。
「なぜ僕が、がんになんかならなければいけないんだ。まじめに生活し、自分なりに人生最後の仕事は、人のために尽くす仕事をしようと本気で思い、やってきたつもりなのに。僕のどこが悪かったのだろうか・・・」
「何にも悪くなんかないよ。病気は罰でも、罪でも、悪でもないってマサさんいつも言っていたじゃない。病は生き直し、生まれ直しなんだ、病には一人ひとりの意味がある、神さまからの大切なメッセージなんだっていつも言っていたでしょう。マサさん、リトリートは65歳までやって、老後は南の島で遊んで暮らすんだって言っていたでしょう。まだまだやることいっぱいあるんだから治るに決まっているじゃない」
私はこう言ったのだけれど、この時のマサさんは、自分を責めたり、神を恨んだりしていた。マサさんのそんな状態はしばらく続いていた。しかし亡くなる数日前に、もうほとんど声が出なくなっていたのだけれど、少しだけ笑って、掠れた声でポツリとこう呟いたのだ。
「僕は、神に出会うためにこの病気になったんだと思う。神が僕に触れたって思えたんだ、夕べ。すごくうれしかった。幸せだった」
「明美ちゃん、いっぱい、いっぱい、ありがとう。一緒に仕事ができて良かったよ。約束通りだった」
これが、この世で最後に聴いたマサさんの声、言葉だった。この時のマサさんは、闘病生活の中で初めて見る穏やかな顔をしていた。からだは耐え難いほどの痛みを発しているというのに、心の内に平和と静寂さを見出したかのような表情だった。マサさんのこんな顔は初めて見たと思った。
でもこの時、マサさんが初めて“過去形の言葉”を使ったことに、正直私はギクリとしたのだ。そして、「約束通りだった」という言葉が胸にひっかかった。そう言えばマサさんは生前、「僕は、明美ちゃんに借りがあるんだ、前世の。借りはちゃんと返さなきゃいけない」とか、「この世である働きを一緒にするための“霊的次元”での出会いというものがあるんだよ。そういう人には、最高のタイミングで出会わされるんだ。人智を超えたものの力によってね」、
「人と人は、生まれる前に、魂同士がある“約束”をして生まれるんだよ。だから、約束してきた人には必ず出会えることになっているんだ」とか妙なことを言っていたのだ。
その「約束」とは、それぞれの人と家族になることや、恋人になること、友人になること、同志になること、一緒に同じ働きをすること、一緒に人生を楽しむこと、一緒に特別の修行や学びをすること。そんな、なんやかんやを魂同士が決めて生まれてくるのだと言っていた。
その時には、「ふーん、そんなもんかねえ」「やっぱり、マサさんはあやしい。こんなこと真顔で言うか、ふつう」と思いながら聴いたのだが、その言葉がマサさんの死後、とてもリアルな感覚で蘇ってきた。
考えて見れば、自分が人生で出会い、深い縁を感じる人などそう多くはない。私はずっと自分が生まれてきた意味や目的というものを知りたいと思って生きてきたのだけれど、その“人生の暗号”を紐解く鍵は、不思議なご縁を感じる人との“出会い”、予測もつかなかったような出来事や場との“出会い”にあるのではないかと思えてきた。
マサさんはかなり霊的な人だった。単なるあやしいがんこおやじではないということはわかっていた。清子ちゃんもよく「マサさんはちょっとブキミや。普通じゃないとこある」って言っていたけれど、私もそう感じていた。
マサさんのこの世での最後の言葉と、神渡良平先生が朗読された「神の慮り」の詩、そして、私がかつて人生に絶望した時に読んだ『ヨブ記』や『聖フランチェスコの物語』が重なった。
おそらく、人は、順風満帆な人生の時、そこそこの悩みや落ち込み程度の時には、自分を超えた大いなる存在のことなど忘れて生きているのだと思う。断崖絶壁に立たされた時や、何かを真剣に求めて彷徨っている時、あるいは“魂の暗夜”を生きている時にふと感じ、出会ってしまうものなのだろう。人が神と呼ぶものに・・・。
< 神の慮り >
~ ニューヨーク州立大学病院に残されたある患者さんの詩 ~
大きなことを成し遂げるために 力を与えてほしいと
神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった
より偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
よりよきことができるようにと 病弱を与えられた
幸せになろうとして 富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして 成功を求めたのに
得意にならないようにと 失敗を授かった
人生を享受しようと あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと いのちを授かった
求めたものは一つとして 与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは すべて叶えられた
私はあらゆる人の中で 最も豊かに祝福されていたのだ
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5月24日(土)東京・早稲田で「1 day ワークショップ」
テーマ:「からだの声を聴く 心の声を聴く」
~心身の無意識層からのメッセージを聴き、イキイキとした自分を取り戻す~
6月6日(金)~8日(日) 福山・仙酔島 2泊3日のワークショップ
テーマ:「私に帰る旅」
~魂の願いに寄り添って生きる道に歩み出す~
6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」
~私たちの内側にある二つの極一陰と陽、男性性と女性性、動と静、愛と意志、現実とスピリチュアル、その互いの声に耳を澄まし、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開く。
6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
ある日、頼経健治氏が代表世話人を努められている「素行会」が、毎年1回開催している「武蔵嵐山志帥塾」での講演の依頼があった。ちょうど家で、作家の故・芹沢光治良氏の『神の微笑』を読んでいる時に電話が鳴ったのだ。
この会は、作家の神渡良平先生が毎回講演され、他に3人の人が、毎回新たに講演や歌で呼ばれる会のようだった。頼経さんは、会社の経営者でありながら、仕事とは別に人の心の成長、魂の成長に関しての学びの塾も長年おやりになっているということだった。
電話でしばらくお話をしていたら、頼経さんもかつて、芹沢光治良氏の『神の微笑』『神の計画』などの神シリーズに衝撃を受け、今でも愛読書であり、多く方々にこの本をお薦めしているとおっしゃっていた。私がまさにその本を読んでいる最中に、頼経さんから電話があったということに何か不思議なご縁を感じた。
大学時代、芹沢光治良氏の『巴里に死す』という小説を泣きながら読んだ記憶がある。とても深い感動を覚えた小説だった。その後、氏の本は1、2冊読んだきりだった。
マサさんの死の意味をずっと考えていた私は、友人から送られてきた芹沢光良氏の神シリーズを見た時にとても読みたくなって夢中になって読んだ。友人はおそらく、私のあまりの落ち込みようを心配し、少しでも私の慰めになるのではないかと思ってこの本を送ってくれたのだと思う。
「もし、一人ひとりの人生に神の計画があるのだとしたら、私は何を学ぶために今この体験をさせられているのだろうか・・・」
混乱の最中に私を今ここにとどめてくれたのは、その“問いかけ”だけだった。それ以外に私を救うものはないと思えた。自分自身が死に直面した時は、「生とは何か。いのちとは何か。私は何のために生まれたのか」と、自分の人生に対して全身全霊の問いかけをした。
しかし、マサさんの死というものを通し、私が今問うているものは、「死とは何か。自分の人生に降りかかってくる困難や苦難にはどんな意味があるのか。人と人はなぜ出会い、別れるのか。その出会いと別れにはどんな意味があるのか。人の魂の物語を書いた大いなる存在がもしいるとするのなら、私の魂の目的とは何か」という問いかけだった。それがわからずしてここより先に進むことなどできないと思った。
私は真正面から、「神よ、あなたに問う!」と向き合った。一歩もひるむ気は無かった。そんな気持ちで日々を過ごしていた時だったから、この本を見たときには思わず飛び込んだ。
宗教や精神世界の本には、神のことはいくらでも書いてある。でも、私がこの本に興味をもったのは、90歳を過ぎて、純文学の旗手である氏がなぜ突然、神のことなどを書き始めたのかということだった。一体、氏の人生に何が起きたのか。何かただならぬ体験が氏にあったのではないか。
いくら作家とは言え、とてもこれだけの文章量を90歳過ぎた人が書き続けられるとは思えなかった。氏は書かされたのではないか。私は、宗教的な観念でも、教義でもなく、個人の深い体験から書かれた神への道を読みたかった。
実は、奇遇にも、この時の武蔵嵐山での講演会のもう一人のゲストは、その芹沢光治良氏の神シリーズに出てくる実在の人、作品の中では、神の声をとりつぐ“伊藤青年”として出てくる大徳寺昭輝さんが講演者だったのだ。
『神の微笑』を読んでいる最中に、頼経さんから講演依頼のお電話をいただき、もう一人の講演者は「今、岡部さんが読んでいるその本に出てくる伊藤青年こと、大徳寺さんなんですよ」と聞いた時、私は心底驚いた。なんなの、このシンクロはと思った。
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6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」
~私たちの内側にある二つの極一陰と陽、男性性と女性性、動と静、愛と意志、現実とスピリチュアル、その互いの声に耳を澄まし、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開く。
6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」
私は、マサさんが残していった死に関する本を読むことで、気がつくと、これらの本によって心の深いところが癒されたり、より高い意識のレベルで目覚めさせられたり、魂が揺さぶられるような体験をした。
もしマサさんの死がなかったら、決して読まなかったような本、目をそむけ続けてきたもの、感じることを避けてきたことに、結果として私は深く触れることになったのだ。人というのは、死んでもなおどこかでちゃんと生きていて、残してきた者たちに、こんなにいろいろなメッセージを送り、見守り、励まし、教育し、新しい道にさえ押し出そうとしていることを感じた。
マサさんが残していった本はどれも私の魂を深く揺さぶったが、中でも、ケン・ウイルバーの『グレース&グリッド』は深く心に響いてきて上下巻を一気に読んだ。現代アメリカの知の巨人の一人、トランスパーソナル心理学の論客としてのケン・ウイルバーのこれまでの本は、私にはとても難解だった。
しかしこの本は、本当に同じ著者が書いたのかと思うほどに心に響いてくる本だった。ケン・ウイルバーというだけで、“私には無理”と思ってしまうのに、この本だけは全く印象が違った。
「これは、今までの彼の本とは何か“感じ”が違う。本を開いた瞬間に漂ってくる“気”が違う。この本には体温がある。きっとこれは、彼の肉声から書かれた本だ」と感じたので読む気になったのだ。
これまでは、ケン・ウイルバーの言う「宇宙は自己進化している」という説に大いに感じ入ってはいた。つまり、宇宙全体も、その宇宙の一部であるすべての生命体一私たち人間も、なぜ生まれ、なぜ生きてゆくのかというと、その宇宙の進化のプロセスを担うためであるという仮説である。
しかし、私は、この本を読んで初めて、血の通った、“生身の彼”を感じたのだ。この本のケン・ウイルバーは、インテリゲンチャの彼ではなく、愛する妻をがんで亡くした生身の男としての怒りも、悲しみも、怖れも、焦燥も、孤独も、溜息も、大きな愛も、切ないほどに溢れていた。
そして何より、がんで亡くなった妻トレヤの死に至るまでのプロセスは、まさに彼女の覚醒へのプロセスであったことに私は深く感銘を受けたのだ。トレヤは、闘病の過程でビパッサナー瞑想に出会い、意識がどんどん変わっていく。肉体の死、古い自我の死に直面することは、生の質を根底から変容させうるものなのだろう。
この本は、そういう意味で、単なる闘病記、夫婦愛、家族愛の物語では全くない。下巻の帯に宮迫千鶴さんがこんな文を寄せている。
「これはこの惑星でガンという事実を見つめながら、瞑想をとおして「苦」を超越していった宿命の恋人たちの恋愛の記録だ。知性と愛犬とおいしい野菜のチリのレシピつきの、上等に悲しいスピリチュアルなラブ・ストーリー。」
心理学者のジョーン・ボリセンコは帯裏にこう書いている。
「類い稀な本・・・人類の永遠の叡智を、生きる苦しみと喜びの中に生きいきともたらすラブ・ストーリー。トレヤ・キラム・ウイルバーの綴った日記からあふれ出る彼女の誠実さ、活力、そして慈悲心、それにからまる見事なケンの文章。本書を読むことは至上のパートナーシップをじかに体験することだ」
確かに、この本は、男女の霊的(スピリチュアル)なパートナーシップについても学べることの多い本でもあった。そして、最も人から恐れられている“がん死”というものについても、治る、治らないというものを超えた、覚醒へのプロセスという“最も深い生の変容”を、がんという病気は担っていることを伝えた類稀なる本だと思う。
同時に、妻のがん闘病、介護、看取りを通して体験したケンの実感から語られる、現代医療、代替医療、ホリスティック医学に対する疑問や違和感も随所にちりばめられていて、とても興味深い示唆がたくさんあった。
マサさんが、亡くなる1年ほど前から読んでいた本を片っ端から読み進む内に、私の意識は大きく変容し始めた。私は、マサさんが残していった「生と死」に関する本を全部読み終わった後に感じたのだ。やはり、マサさんは、自分が死ぬということを、心の深いレベルではわかっていたのではないかと・・・。
なぜなら、マサさんが赤線を引いた所はすべて、死とは何か、何が死ぬのか、誰が死ぬのか。自分が死にゆくプロセスではこんな介護をしてほしい。こんな風に看取ってほしい。こんな風に自分を見送ってほしい、自分の死をこんな風に受け止めてほしい。
自分の肉体は無くなるけれど、魂であるところの僕は生きているし、いろんなものに姿を借りてあなたたちのそばにいつもいるよ。時が来たらまた、姿形を変えてこの世界にやってくるよといったメッセージの所には、すべてまっすぐにきれいな赤線が引かれてあったからだ。
自分が死んだ後に、まるで私がこれらの本を全部読むことを承知していたかのように、私が、「なぜ!」「どうして!」「どこに行ったの!」とマサさんに尋ねたかったことの答が書いてある所にはすべて赤線が引かれていた。
そして、本当にマサさんは自分が望むような理想的な死に方、癒された死、人生の最後の場面でみんなからいっぱいの愛をもらって旅立っていった。見事と言ってもいい死に方だったと今は思う。そう思えるまでにいっぱいの涙を流し、たくさんの混乱と後悔と葛藤の時間を生きなければならなかったけれど。
でも、最後にあんなに穏やかでやすらぎに満ちた顔で亡くなったというのが最大の救いだった。もし、最後の顔が苦悶の表情だったら、つらくてやりきれない。
もちろん、マサさんは最後まで治りたかったのだと思う。もっともっと生きたかったのだと思う。死の直前までマサさんが生きよう、生きようとしていたことは、介護に関わったみんなには痛いほどにわかっていた。だからなんとしてでも助けたかったのだ。
マサさんの介護に深く関わった人は誰一人として最後の最後まであきらめなかった。マサさんだってあきらめてはいなかった。本当にマサさんはよくがんばった。どれだけ痛かっただろう、苦しかっただろうと思う。からだの痛みだけでなく、みんなと別れなければいけないことがどんなに淋しかったろう。もっと仕事もしたかったはずだ。でも、マサさんはある時点で自分の死を受け入れたのだと思う。
だから、あんなに生き切った人の顔だったのだろう。本当に、マサさんの死に顔は、なんの無念さ、後悔、未練も執着もこの世に残していない人の顔だった。きっとマサさんは、幸福に死んでいったのだと思う。いやむしろ、死の瞬間というのは、その人の人生の最も深い癒しの瞬間、あるいは覚醒の瞬間なのかもしれないとさえ思った。
あんな死があるんだな。もし、私がいつか死にゆく時にも、あんな死に方ができたらなんて幸福だろうと思う。癒された死というもの、幸福な死というものを、マサさんは本当に私たちに見せて逝ったのだ、見事に。
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テーマ:「からだの声を聴く 心の声を聴く」
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もしかしたらマサさんは、本当は自分の病気がわかる前から、自分が間もなく死ぬということを心の深いレベルではわかっていたのではないだろうか・・・。ある日、ずっと感じていたその疑問が確信のように思えた。実は、私は、マサさんが亡くなる1年程前から、事務所のマサさんの本棚に、死に関する本がどんどん増えているのがとても気になっていたのだ。
「なぜマサさんは、最近、こんな死に関する本ばかり読んでいるのだろう?」と私は訝しげに思っていたのだが、なんとなく聞くことがこわくて尋ねられなかったのだ。
『チベットの死者の書』(ソギャル・リンポチェ/講談社)
『癒された死』(スティブン・レヴアィン/VOICE)
『死ぬ瞬間』(エリザベス・キューブラーロス/読売新聞社)
『セスは語る ~魂が永遠であること~ 』(ジェーン・ロバーツ/ナチュラル・スピリット社)
『人間らしい死に方』(シャーウイン・B・ヌーランド/河出書房新社)
『この世とあの世の風通し』」(加藤清・精神科医)/聞き手・上野圭一/春秋社)
『生と死の接点』(川合隼雄/岩波新書)
『神は人を何処へ導くのか』(鈴木秀子/クレスト社)
『グレース&グリッド』(ケン・ウイルバー/春秋社)
『理想的な死に方』(天外伺朗/徳間書店)、『あの世の科学』『ここまで来た「あの世」の科学』(天外伺朗/祥伝社)
『自我の終焉』(クリシュナムルティ/篠崎書林)
『死・終わりなき生』(講談社)『存在の詩』『究極の旅』『般若心経』(OSHO:バグワン・シュリ・ラジニーシ/めるくまーる社)。
まだまだある。これでも半分ほどだった。他に、ブライアン・ワイスの本、シルバーバーチの霊訓シリーズ、飯田史彦さんの本などもあった。これらの本に関しては、私もすでに読んでいた。
最近、アカデミズムの世界でも、やっと輪廻転生や死後の生ということがとりあげられるようになってきた。飯田史彦さん(福島大学経営学部教授)は、生まれ変わりの科学を『生きがいの創造』(PHP)に書いてベストセラーになっているし、ブライアン・ワイス博士の『前世療法』(PHP文庫)は、一部のマニアックな人々だけでなく、世界的ベストセラーになっているくらいだ。
量子物理学の世界では、生まれ変わりを「物理的次元内への度重なる具象化」という言い方で、いのちの創造的プロセスの仕組み、つまり、繰り返す“魂の永遠の旅”について語り始めている。私たちが生きているこの3次元の世界は“物理的次元”であり、自分のこの肉体とこのパーソナリテイこそが唯一の自分と思って生きている世界であり、時間に支配された世界だ。
自分の肉体とパーソナリテイを自分の本質だと思っている限り、死は恐怖以外の何物でもないわけで、この信念、価値観を植えつけられているために、人はこれほどまでに死を怖れているのだ。が、実は、私たちは、始まりも終わりもない、つまり時間のない“非物理的な次元”から、この“物理的次元”に肉体をもってやってきた魂であるということを量子物理学が語り始めているのだ。
実は、かつて、これらの生まれ変わりの科学の本をいろいろと読んだ時に、私はとても不思議な感覚を覚えたのだ。このような本をまとめて次々に読んだのは初めてなのに、私は、それぞれの本にある個々の“事例”を全部すっとばして読んだのだ。
ただめんどくさかったからなのだけれど、あとでその感覚がどこから来ているのかを感じてみた時にびっくりした。自分の中から出てきたその感覚というのは、「私はすでにこんなことは知っている。こんなことは当たり前のことじゃない。何をいまさら」という思いだったからだ。すでに“知っている”という感覚は、知識として知っているという意味ではなかった。
私は好奇心が強いので、自分が興味をもったことは、とにかく体験してみたいし、知りたいし、感じたい。そう思った瞬間にスイッチがONになり、気がつくとからだが動いている。
しかし、これまで前世療法、退行催眠療法(ヒプノセラピー)などに全く興味、関心が向かなかったのは、この分野にずっと抵抗感と違和感あったからなのだ。なぜなら、この分野には、現実の自分のあり方や問題にきちんと向き合わずに、苦悩の原因を全部、親や生育暦、トラウマ、過去生のカルマなどのせいにしている人、精神世界を現実逃避の手段にしている人たちがいっぱいいたからだ。
あるいは、ニューエイジにかぶれて精神世界を浮遊している人が、前世療法などを、それこそ数多あるヒーリングや占い気分で受けている人をけっこう見てきて、あまりいい印象をもっていなかったのだ。
もちろん、本当に心に深い傷を受けた人や、自分のこの人生での苦しみ、生き辛さがどういうところからきているのか、どんな学びをするためにこの人生の悲惨さを味あわされているのか、どうやったらこの苦しみから解放されるのかと彷徨ったあげく、前世療法などに自然に辿り着いたという人も少なくないとは思う。
確かに、私も自己探求を始めてからは、過去生まではいかなかったけれど、ある時期までずっと意識が過去の自分の体験に向いていた。原因と結果という因果律がある限り、今の自分というものが何によってこうなってしまったのかを知ろうとすれば、自ずと意識は過去に向かうのは自然なことだった。
それは、私が自分を知る上で、一時期までは確かに必要なプロセスだった。そのプロセスをある時期まできっちりやったからこそ、ああ、そうかと深く納得できるものがあったのだ。
そして、その後自然に「でも、人生は、“いま・ここ”にしかないんだよなあ。過去は見出すと切りがない。心の傷を癒すことは切りがない。過去を癒すことばかりしていたら一生、生きる準備で終ってしまうなあ」というところに立てたのだ。
しかし、思ってもいなかったマサさんの突然の死を体験してからは、今まで敢えて、避けてきたようなところもある前世のことなどに、急に激しく意識が向くようになってしまったのだ。
ある日突然、私の人生に疾風のようにやってきて、怒涛のような死にゆくプロセスを見せてこの世を去っていったマサさん。一体、私とマサさんは、どんな因縁があって今世(現世・今生)出会い、一緒に仕事をするようになったのだろう。そして、なぜこんな形で、突然、幕が降ろされたのだろう・・・。
考えてみれば、夫だって、互いにもう二度と会うことはないと思って別れた人だったのに信じられないような10年ぶりの再会をして、突然、結婚したのだ。もしかしたら夫と私も何か深い因縁があって、今世また出会わされたのではないのだろうか・・・。
夫は、いわゆる精神世界、スピリチュアルな世界には全く興味がない人だ。この世をきっちり、堅実に、誠実に生きている人だ。地に足を着けて生きているという意味においては、私は、夫の足元にも及ばない。私はすぐ糸の切れた凧みたいになってしまうので、夫のこの堅実さ、実直さによって地上に杭をうってもらっているようにも思う。
しかし、夫も不思議なところがある人で、私が「あなたは、前世、私の親、保護者だったんじゃないかしら。どうも、あなたと真之は、前世は夫婦で、私はその子供だったように思えるの」などと言うと、「俺もそう思う。真之はお前よりはるかにしっかりしているしな。俺も、なんか、お前の保護者を何回もやらされている気がするんだよ。だから慣れているんだ」などとさらっと言うのだ。
へえ、この人は、生まれ変わりだの、前世だの信じているんだ。意外だった。これはちょっと面白い話ができそうだと思って、私はすぐさま、ブライアン・ワイス博士の『前世療法』や飯田史彦さんの『生きがいの創造』他、生きがいシリーズの本などを差出して「読んでみる?」と言ってみたことがある。
すると、「いや、いい。俺、そういうの興味ないから」と、即刻、却下。不思議な人だ。こういう世界のことを積極的に否定もせず、肯定もせず、でも、なんとなくは知っている、すでにわかっているみたいなところがあるのだ。私がやっている仕事や、私が好きで体験している世界についても、介入もせず、否定もせず、かといって自分は一切関わろうとはしない。極端から極端に走るバランスの悪い私と違って、夫は、現実世界のバランス感覚がすごくある。
夫と私は、やはり何か深い縁があって今世また家族になったのではないかと思うと、今までよくわからなかったことがけっこう腑に落ちるのだった。夫は、かつて、私が脳腫瘍の手術をする時、医師に「どんな後遺症が残るかわかりません」と言われた時、たとえ、私が、言語障害、知的障害、顔面麻痺、身体麻痺、最悪、植物人間になったとしても、自分が最後まで妻の面倒を見るとその場ですぐ覚悟ができたと言っていた。これは、まるで、親がわが子をなんとしてでも守り抜こうとする無償の愛ではないかと思った。
それだけでなく、私がなぜかなり大変な家族の中に生まれたのかという意味も含めて、私の人生に深く関わった人たちと私は、今世どのような“責任と課題と学びとやり直し”をもって出会ったのだろうということに急に意識が向かい始めた。
人と人の出会いや別離というものの何か深い意味のようなもの、家族という最も親密なる人間関係ーおそらく、それを人は“縁”とか“因縁”(カルマ)呼ぶのだろうけれどそういったものが急に気になりだしてきた。
そういう視点で改めて、輪廻転生、生まれ変わり、カルマ(仏教では、行為されたものという意味。業と訳されている)、今世の私の課題、魂の目的といった観点からこうした本を読み直してみると、以前とは全然違ったところで反応が起きてきたり、気づきがあったりした。
とにかく私は、マサさんが読んでいた生まれ変わりの本や、「生と死」に関する本を片っ端から読んだ。大事な所には几帳面に赤線を引く人だったので、線が引いてあるところは特に何度も読み返した。
マサさんの死をどう受け止めていいのかわからなかった私は、夢中になってマサさんが残していった本を読み漁った。これらの本を読めばマサさんの死の意味がわかるのではないかと思ったのだ。
なぜマサさんはここに赤線を引いたのだろう。なぜここが大切だと思ったのだろう。マサさんの中で何が起きていてこの本を読む気になったのだろう。いい本を読んだ後は、必ず私に「これ、いい本だから読んでみるといいよ」と言って貸してくれたのに、なぜこれらの本は1冊も貸してくれなかったのだろう・・・。
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