岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2008年06月

神への道が、なんでそんなまじめくさった道でなければならないの?

WS000567.JPG私は、コクーンの歌の底辺に流れているバイブレーションはゴスペル、あるいは聖歌や唱歌だなって思う。コクーンの歌は、魂の歌だ。だから、コクーンの歌を聴くと、だれしもが、何かの曲でわけもなく涙が流れてくるのだ。

おそらく、その歌の詩が自分の人生の何らかの体験に重なるからではないだろうか。コクーンの歌には、すべての悲しみや苦しみを“祝福に変える力”がある。そこがすごく素敵なのだ。涙が感謝に変わってこそ、人生は祝福になるのだから。


私はコクーンのライブがとても好きなのだけれど、ライブを聴いていると私はなぜか大好きな映画「天使にラブソング1・2」を思い出す。百合子のハチャメチャなキャラクターが主役のウーピー・ゴールドバーグに似ているからかも知れない。


「天使にラブソング」では、型破りなキャラである主人公が、古めかしい因習に縛られ、日曜のミサに来る人たちがどんどん減ってつぶれそうになっている教会を、音楽を通して見事に蘇らせるのだ。


「神への道が、なんでそんなにまじめくさった道でなければならないの。教会だって楽しくなかったら町の人たちが来てくれるわけがないじゃないの」と、主人公は信仰の世界を思いっきり楽しいエンターテイメントの世界に変えていくのだ。私は、最高にこの主人公のノリが好きで、もう通算6、7回はこの映画を見ている。


そう言えば、ゆりと私は女子高時代、古めかしくて堅苦しい校風がどうにもこうにも窮屈で、なんとかこの学校をもっと自由で楽しい雰囲気に変えていきたいと思い、二人で生徒会に立候補して、学校改革に乗り出したっけ。まさに、この映画の主人公がやったようなことを、私たちもやったなあと、私は妙な感慨にふけるのであった。


私はある時、ゆりに電話でこんなことを言った。「私とゆりは前世で、“天使にラブソング”みたいなことを本当に一緒にやっていたんじゃないかなあ。ゆりもあの映画が大好きで、何度見てもいつも泣けてしまうって言ってたものね」と言うと、最近とみにすっとぼけて怪しくなっているゆりが言う。「うん、私もそんな気がするよ。明美とは何か深い縁を感じるもの」


使命だの、魂の仕事なんて言うと、大げさに聞こえるかもしれないけれど、つまりは、私が、私を十全に生きているということ、人生を楽しんでいること。そして、天から戴いた自分の贈り物(才能・お役目・魅力)を表現し、発揮して生きることが、結果として人から喜んでいただけたり、人の役に立つのだということを知ることなのだと思う。


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自分の魂の願いを生きると、宇宙が応援してくれるよ 

WS000542.JPG私は、両親が参加してくれたこの時のリトリートに、高校時代からの友人であるゆりも一緒に参加してくれたことが本当にうれしかった。うちの両親は昔から、ゆりの奇想天外で愉快なキャラクターがすごくお気に入りだったのだ。


ゆりと私は高校時代に、同じクラス、同じ部活(バスケット部)、生徒会も一緒だった。そればかりか20代の前半は共同生活もしたし、シンクタンク時代は、私は市場調査部のリーダー、ゆりは企画編集部のリーダーとして、共に働いていたこともある。


ゆりは、マサさんの死後、私があまりに落ち込んでいるのを心配し、私を自分の家に呼んでくれたのだ。その時に、今一緒に音楽活動をしているという本田裕子ちゃんと一緒に、私を励ますために歌をうたってくれたのだ。


私は、二人の歌うオリジナルソングを初めて聴いて涙が止まらなかった。すごくいい歌をうたっているのだ。二人の創る音楽は、既存の音楽のどのジャンルにも属さないような独特の世界をもっていた。私は二人の歌を聴いた後にこう言った。


「なんでこんないい歌をうたっているのに、自分たちの楽しみだけで音楽やっているの? 二人が創っている歌は、趣味の音楽なんていうレベルをはるかに超えているよ。ずるいよ、自分たちだけで楽しんでいるなんて。もっとみんなに二人の歌をプレゼントしたっていいじゃない」


裕子ちゃんは、この時に私が言った「ずるいよ」にえらく反応し、趣味の音楽を超えて、本格的にゆりとバンドを組んで音楽活動を始めようと思ったのだと言う。裕子ちゃんは元々、プロのジャズピアニストで、有名なアーティストのバックバンドもやっていたという。


しかし、音楽業界の商業主義や裏の世界の嫌なところもいっぱい見てしまった裕子ちゃんは、気がついたら“音楽”が“音苦”になってしまったため、出産を機に一切の音楽活動から身を引いてしまったのだと言う。


ゆりは、長いこと編集者だったが、私は、歌をうたっている時のゆりがいちばん好きだったから、私の「ずるいよ発言」がきっかけになって、裕子ちゃんと「コクーン」というバンドを作って本格的に音楽活動を始めたと聞いて私はとてもうれしかった。 


私は今まで何度も、「ゆり、音楽やりなよ。歌をうたっている時のゆりは最高だよ」と言ってきたのだが、「音楽では食べていけないもの」と、彼女はずっと言っていたのだ。そんなゆりが、小学生の子供のPTAで偶然出会った裕子ちゃんとこうして本格的な音楽活動をすることになったのだから、本当に神さまというのは粋な計らいをしてくれるものだ。


この時のリトリートで二人は、「1年後にコクーンのCDを出します!」とみんなの前で決意表明をした。そうしたら本当にちょうど1年後にコクーンのファーストアルバムは発売されたのだ。そして、CD発売後、コクーンの音楽活動は急速な広がりを見せるようになった。


コクーンを真っ先に評価したのは、この時のリトリート参加者と、女神山ライフセンターのオーナーである大森仁さん、経子さんご夫妻と、スタッフのたまちゃんだった。3人は地元の人たちを集めて、女神山ライフセンター主催でコクーンのコンサートを開催してくださったのだ。大森さんご夫妻はとても素敵なご夫婦で、私もコクーンもお二人のファンだった。


女神山ライフセンターのスタッフのたまちゃんは、以前「いりあい村」でのリトリートに参加してくれた人で、この「女神山ライフセンター」を私に紹介してくれたのは、彼女だった。病気をきっかけに自分探しを始めて、その後の人生が180度変わってしまった人を何人も知っているけれど、たまちゃんもその一人だった。彼女は、かつては女性弁護士としてバリバリに活躍していた人なのだ。


今は女神山ライフセンターの風景にすっかり馴染んでいて、昔からここにいた人みたい見える。今のたまちゃんからは、女性弁護士として活躍していた頃の様子は想像できない。麦藁帽子と長靴と畑とエプロンがこんなに似合うたまちゃんが、かつては法廷に立っていたんだなあと思うと不思議な気がする。


さて、コクーンは、女神山ライフセンターの大森さんご夫妻とたまちゃん、そしてこの時のリトリート参加者から大きな支持と人気を得たことではずみをつけ、その後二人は次々に楽曲を作り、今では40曲近いオリジナルソングがあると言う。


コクーンは2枚目のCD発売以後、マスコミにも登場するようになった。毎日、朝日、読売、サンケイなど大新聞全紙の家庭欄に紹介されて以降の活躍は目覚しい。新聞の記事を読んだNHKからも取材され、なんとNHKの昼の生番組で歌うという快挙まで成し遂げたのだ。


その番組の女性ディレクターは、「40歳を過ぎて、PTAで出会った主婦ふたりがバンドを創り、自分たちの夢を形にしているなんて本当に素晴らしい。女性は結婚しても、子供を産んでも、いくつになっても夢を叶えられるのだということに、世の女性たちはどれだけ勇気と希望を与えてもらえることでしょう」と語ったと言う。


NHK出演後のコクーンは波に乗り、映画「ガイアシンフォニー」で一躍有名になった佐藤初女さんや、名著「死にゆく者たちからの言葉」で知られる鈴木秀子さん、「ツキを呼ぶ魔法の言葉」で有名な五日市剛さんとのジョイントが続き、さらに、PHP、婦人公論、壮快など、多数のメディアに取材記事が掲載されるようになったのだ。ゆりがそのことを電話で報告してくれた後に私にこう言った。


「明美は、私がコクーン活動を始めた頃にこう言ってくれたことがあったよね。自分の魂の願いに寄り添って、人の喜びや幸せに貢献する働きをするようになると宇宙が応援してくれるようになって、どんどん導かれるよ。問題が起きても自然に解決策が用意されるよって。自分の魂が喜ぶことをすると、どんどん人とつながっていくので本当にびっくりするね。魂の世界はひとつだからなんだね。ほんとに最近は必要な人や情報や場が向こうから歩いてくるようになったよ。あの時は本当かなあ、明美は運が強いからたまたまそうなったんじゃないのと思ったんだけど、あれはほんとだったんだね」


コクーンは、以前のコラムに書いた晴佐久神父の「病気になったら」という詩をヒントに「チャンス」という歌を創って歌っているし、ニューヨーク州立大学病院の壁に残されたある患者さんの詩「神の慮り」にもメロディをつけ補作し「祝福の歌」という曲にして歌っている。ふたつともとても感動的で素晴らしい作品だ。


私は、コクーンの「傷だらけのエンジェル」という曲を初めて聴いた時も涙が止まらなかった。この曲は、先天性の病気で息子さんをわずか4ケ月半で亡くした裕子ちゃんが息子のひかる君への思いを唄った歌だ。赤ちゃんだったひかる君は、度重なる手術で、本当に傷だらけ、チューブだらけのからだになって亡くなっていったのだ。遺体は、その後解剖されたのだという。


「傷だらけのエンジェル」というタイトルは、文字通り、傷だらけのからだで亡くなっていったひかる君のことを表しているのだ。ひかる君の最後の目はまさに「お別れの目」だったと言う。


裕子ちゃんは、ひかる君が天に召された時に、どこからともなく美しいメロディが流れてきたのだと言う。それは当然みんなにも聴こえていたと思っていたのに、後で聞いてみると家族の誰もそんなメロディなど聴いていなかったのだ。


「傷だらけのエンジェル」という歌が生まれた背景にはそんな出来事があったようだ。ひかる君はわずか4ケ月半の人生だったけれど、すごい使命をもって生まれた魂なのだと思う。使命とは生きて果たす使命と、死をもって果たす使命があるのかもしれない。


幼くして亡くなった子供、不慮の事故で亡くなった人、若くして亡くなった人、無慈悲、不条理な出来事によって亡くなった人というのは、自分と深いつながりのあった人たちに、神への道を歩ませようとしているのではないだろうか。神への道というのは、愛と慈悲の道に他ならない。


コクーンは、ひかる君の死=愛に深く支えられているバンドだ。ひかる君は自らの死をもって、「お母さん、自分も周りの人たちも幸せになるような歌を創って! もう一度お母さんが大好きな音楽をやって!」と伝えたかったのではないだろうか。


ひかる君は、まさに神さまの子供、天使としてこの世に生まれ、母親の魂が本当に求めている音楽の道に押し出してあげたように私には思える。そして、自分は見えないからだになって、コクーンの歌の中で永遠に生き続けているのだ。


裕子ちゃんは「傷だらけのエンジェル」だけは、何度歌ってもどうしても涙が出てくると言う。「悲しみはなくならない。ただ、悲しみとのつきあい方がうまくなるだけ」と裕子ちゃんはポツリと呟く。


さよならの悲しみは、時が癒してくれると言うけれど、自分の子供を亡くした親の悲しみというのは、決して癒えることはないのかも知れない。その深い深い悲しみこそが、逝ってしまった我が子へのまぎれもない愛なのだから。


そう言えば、英語の「GOOD-BYE」の語源には、「神があなたと共にいるように」とか「神さまそばにいて」という意味があるというのを聞いたことがある。人は「さよなら」という喪失の悲しみに打ちのめされ、立ちすくんでいる時に、“神さまそばにいて”と心から願うからだろうか。あまりの淋しさ、悲しみに耐え切れなくて。


悲しい時は、涙をこらえないで思いっきり泣けばいい。その涙がひとつの歌になるまで、一編の詩、ひとつの物語になるまで泣き続ければいい。人は、身が引き裂かれるような別離を体験する度に優しくなっていくのかも知れない。


深い悲しみの奥には、人としてのもっとも美しいもとあたたかな愛があるような気がする。人は、GOOD-BYE、「さよなら」を重ねる度に大人になっていく。悲しいさよならの涙を流すごとに、人はだんだん神さまに近づいていく。


    《傷だらけのエンジェル》  作詞・作曲/本田裕子

 1  傷だらけのエンジェル きみが 目の前に降り立った日から
    すべての幸せを 手に入れたと思っていた

    傷だらけのエンジェル きみを ガラス細工より脆い きみを
    どんな宝を投げ打ってでも 守り通したかったのに

    きみが天に舞い戻った日 私の時間が止まった
    悲しみが大き過ぎて 心の片隅じゃ しまいきれない

    本当の天使っているんだね
    お星さま お願い 夢の中で 会わせて お願い

  2 傷だらけのエンジェル きみと 過ごした短い季節は
    この夏の日より輝いていた 決して無駄にはしないから

    傷だらけのエンジェル きみは 何も話はしなかったけど
    わかってたよ 刻(きざ)んでおくよ 伝えたかったメッセージ

    きみが天に舞い戻った日 きれいな歌が流れてた
    悲しみが大きすぎて 心の片隅じゃ しまいきれない

    本当の天使っているんだね
    お星さま お願い いつかきっと 会わせて 
    お星さま お願い
    傷だらけのエンジェル きみが 目の前に降り立った日から


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去り逝く人への鎮魂歌

WS000530.JPG父は、初めて参加したリトリートでいきなり遺伝子のスイッチがONになったらしく、20代から書き綴り、すでに膨大な量になっている自分の短歌集と、自分の人生のほとんどを捧げた、新日鉄の輝ける時代の歴史と、釜石ラグビーの歴史を1冊の本にまとめだした。これを自費出版で出すんだとやたらはりきっている。


私は、両親がリトリートに来てくれたことで、久しく忘れていたものを思い出した。それは、私がとても好きだった家族の風景だった。子供の頃よく、新日鉄の保養所に家族で旅行した。その保養所は山の中にあり、散歩のコースにとてもいい滝があった。父と私はこの滝が大好きだった。


父はいつもその滝の前の木のベンチに座って、滝の流れを見ながらノートに短歌を書いていた。その父の姿を後ろから眺めているのが私はとても好きだった。父と私はいつも滝に行き、母と弟たちは虫取りをしたり、山菜を摘んでいた。父が書き終わった頃を見計らって、私は何気なく父のそばに行く。そしてノートを見せてもらった。今でも覚えているいくつかの歌がある。

われを見る 親父の顔の 死に近く その微笑に 涙出づる日


律儀とも 愚鈍とも見ゆ 六十年 荷馬車引き老いる 母も親父も

菜の花を 剪りては姉の 忌に供えし 母も逝きたり 父もはやなし

亡き歌友を 葬らんとする読経に 悔いなき過去と 強いて思わん


父は、大好きだったお姉さんを若くして亡くし、両親を亡くし、親友を亡くし、その度ごとに歌を詠んでいた。自分の愛する者、大切な人を亡くす度に、その人にまつわる歌を何十篇も書き綴っていたのだ。それが、父の愛する者たちへの供養だったのだろうし、父もまた鎮魂歌を詠むことによって、自分の悲しみを癒してきたのだろう。


私も、私の人生に深く関わってくれた家族や友人や師など、愛する者、大切な人が亡くなった時には、その人のことを小説やエッセイ、あるいは、詩や短歌にして残したい。


その人が、確かに、この世界に生きていたという証・・・その人生を、その愛を、その英知を、私は書きたい。去り逝く人への鎮魂歌一私の魂が最も書きたいのは、それなのかも知れない。


父と母が来てくれたことによって、私と両親との新たな関係性が生まれたように思えた。最近は、会う度に父と母が小さくなっているように感じる。子供の頃、親は本当に大きく見えた。二人とも背は低いのに、私にとっては大きい存在だった。親が小さく見えるに従い、私は、父や母に対して、少しずつ優しい気持ちになってきたように思う。


母は、父が定年退職後すっかり元気がなくなり、足腰も弱くなり、生きる意欲を失っていることをとても心配していたので、父がリトリート参加後、突然本を書き出したので、この変化だけでも一緒に来た甲斐があると喜んでいた。


「でも、最大の成果は夫婦ゲンカの数がすごく減ったことね。前だったら、お父さんのこういうとこが気にくわないとか、こういうとこがイライラすると思っていたところがあまり気にならなくなったのよ。私が口うるさく言わなくなったもんだから、お父さんも機嫌がいいし。好きなことやっているから最近は楽しそうだしね。ご飯も食べずに、寝る間も惜しんで本書いているわよ。あんたとお父さんはそういうとこそっくりね。でも、なんであんなもんでこうなるのかねえ。あんた、魔法でもかけたのかい?」


「それはそれはようござんした。きっと、お母さんの態度が変わったから、お父さんが変わったんだと思うよ。とにかく二人とも、もう人生そう長くないんだから、最後くらい仲良くやってよね、頼むから」


父と母は笑っていた。二人が一緒に笑っている姿は、何より私を幸せな気持ちにしてくれた。子供の頃、私が家庭の中に求めていたのは、ただ、この二人が一緒に笑っている姿だけだったのだ。


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コクーンと両親と女神山ライフセンター 

WS000528.JPGマサさんが亡くなった後、朋ちゃんがアシスタントとして、私の仕事を全面的にサポートしてくれた。朋ちゃんは福祉大学を卒業後、養護施設(孤児院)で保母の仕事をしていたが、そこで一緒に働く人たちとの人間関係に疲れ果て、心身共にボロボロの状態の時にマサさんに出会い、カウンセリングを受け、一番つらかった時期を支えてもらったのだ。


朋ちゃんは子供が大好きだったから、その仕事をやめざるをえなかったことは、どんなにつらい選択だったろうと思う。マサさんが亡くなった後、朋ちゃんの存在、支えがなかったら私はとても仕事を続けることなどできなかった。自分の弱さと脆さをとことん思い知らされた。私よりはるかに若い朋ちゃんの方が、私より強くてしっかりしていた。


私は、マサさんの死後、もうワークショップをやめてしまおうと思っていた。しかし、朋ちゃんが「私がアシスタントをするから続けて」と言ってくれたのだ。朋ちゃんのサポートだけでなく、これまでのリトリートの参加者の方々一野川夫妻、三浦夫妻、柳父さんが、自分たちが住む町で人を集め、会場を手配してリトリートを開催してくださった。大阪保険サービスの牧口社長は講演会を開いてくれて励ましていただいた。本当に人の温かさ、優しさが身に染みた。


自分ではとても動き出せない時だったのに、周りの人たちが仕事を作ってくれたお陰で救われた。仕事というのは、時にはからだが疲れてつらい時もあるし、やりたくないと思う時もあるけれど、仕事があることによって、また、自分は救われるのだということを痛感した。


こうして少しずつ仕事が続けられる体制が整ってきた。自分たちの主催で再開したリトリートは、長野県にある「女神山ライフセンター」を使わせていただいた。ここは、ワークショップをやる場所としては、「いりあい村」に匹敵するほどに素敵な場所だ。 


ここでやったリトリートには、うちの両親と、高校時代からの親友の百合子と、百合子の友人の裕子ちゃんが一緒に参加してくれた。それまでは、父も母もワークショップなんてどんなものなのかさっぱりわかっていなくて、うちの娘はなんか変な新興宗教みたいなことを始めたのではないかと思っていたらしい。


しかし、この時は誘ったらふたつ返事で来てくれたのだ。最後の感想文に父は「こんなことならもっと早く来れば良かった。これからもしょっちゅう参加したい」なんて書いていた。そして、「お前、いい仕事しているな」と言ってくれて涙が出そうになった。


父は、私が死の淵を彷徨っている時、そして病から生還して初めて迎えた元旦の朝に書いたという短歌を9年以上たってから私に見せてくれた。私は、この短歌を見て、父と母がどんな思いで私の病の時を生きていたのかを知り、胸が熱くなり、泣いた。

子の病い 気遣ふ妻の手を引けば 冴える寒さの 海面はまぶし


海に向く 遊歩道ゆく妻と子の 透明にして 失ふものなし

空洞の 心埋めゆく 刻どきに 冬の陽一面 湾に広がる

元旦の 朝のしじまに こだまして 岬を遠く 客船消ゆ

                            (小野寺忠太郎 作)


       
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スピリチュアルがブームになっていますが、それは決してオーラや過去生が見えたり、天使の声が聴こえたり、サイキックな能力を身につけることではありません。からだという体験の器を持って生まれた意味や宇宙の摂理によって生かされている自分という存在を丸ごと愛すること、大いなる存在の計らいが人生に働いていることを理解し、自由に軽やかに歓びに満ちて生きていくことです。このワークショップでは、大いなる視座から自分の人生をいきいき生きていく道を探求します。  

存在しているということは、すでに許されている、愛されている

WS000515.JPG日本人は、近代科学が隆盛を極めたこの100年で、頭の中、思考法がすっかり西洋人になってしまい、首から上だけで生きている人が多いと言われる。つまり、頭だけで生きている人が多いということだろう。私もかつては本当にそうだったと思う。今は、自分の感性や直感やからだの感覚を何より信じているけれど。


しかし、日本人というのはもともと、わび、さびという独特の情緒、感性、美的センスをもった国民であり、もっとおおらかな世界観をもった国だったのではないだろうか。古神道でいうところの“八百万の神々の国”という感性も、神道など知らない人の中にも根づいているように思う。


少なくとも私の中には共感するものがある。私は、神道に特別馴染みがあるわけではないけれど、万物が神、あるいは、万物に神が宿っているというアニミズム、スピリチュアルリズムの感性を自分が深いところではもっていることを知っている。


私は昔から、“神々”という言い方が好きだった。大らかにすべての存在が許されて存在しているという感じ。多様なものが、多様なままに共生していることの大らかさが感じられるから。


この宇宙、この世界の森羅万象に、神なる意識、エネルギー、働きがあるからこそ、存在するものは存在しているということを、昔の日本人は、感性のレベルで知っていたのではないだろうか。存在しているということは、すでに許されている、必要とされている、愛されているということなのだから。より大きな存在に。


おそらく、今の社会に生きる人間の根源的な不安や空虚感、孤独感を作りだしたのは、人があまりにも自然から離れてしまったことに起因しているのだと思う。自分との分離感、人との分離感、大自然=神・宇宙との分離感。


すべては、このつながりを喪失してしまったことの底冷えのするような淋しさが不安の根っこにあるように思える。自分という存在は、大自然の一部、神の一部であることを思い出すことが、今最も求められているように思う。


自然には見える自然と見えない自然がある。このストレス社会に生きている私たちは、少なくとも目に見える自然には、触れようと思えばいつでも触れられるのだから、自分がバランスを崩している時は自然の中に身を置いてみるといいと思う。


おそらく人は、土や草や花と離れてしまったら優しさを失い、山や川や海と離れてしまったら大らかさを失い、空や月や星や風を感じることから離れてしまったら純粋さを失っていくのかも知れない。


私は、かつて、自分の元気を取り戻す過程で、積極的に自然に触れる体験を重ねていった。自然は本当に私を癒してくれた。大自然の懐に抱かれて、その中に身を置いていると、風景の中に自分が溶けていくような感じがあった。


そして、ふと気づくと、いままで自分が抱えてきた悩みや恐れが自然に溶けて流れていた。その時、小さな自分を超えた、何か偉大なるものの力や働きによって自分は生かされているのだということに心底気づき、その瞬間、私は世界がひっくり返ったような感動を覚えたのだ。それは、鳥肌が立つような深い喜びだった。


この世界の神秘、存在の神秘、生きているということの奇跡に対してふるえる心、畏怖の感情をもった時に、人はすでに神に触れているのではないだろうか。人の存在深くにある神聖なる意識というのは、大自然の圧倒的な美しさの前にふるえている時に、自分の内側から自然に立ち昇ってくるもののように思う。


その瞬間、つながるのだ。自分の内側に本当はあったより大きな存在と。内側にある大きな存在と外側にある大きな存在は、実は同じものであったことにその時気づくのだ。


その偉大なる神聖さに触れた時に、この私が、私として「存在(ある)」ということの不思議、世界がこのように「存在(ある)」ということの神秘に人は立ちすくむ。私は、究極の神秘というのは、解明されうるものではなく、圧倒的な素晴らしさの感覚として、ある日突然体験してしまうものなのではないかと思う。


苦しい時、辛い時、悲しい時、そんな暗闇の中にも、喜びや幸せや感謝や感動の種はある。闇の中にいる時に、光の存在をふと感じる。最も神さまなんて信じられないという時に、“それ”は、私に触れてくる。誰かを通して、何かを通して、体験を通して。それらがすべて神の計らいであることを私にわからせるために・・・。

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太陽と月、男と女、動と静、生と死、現実とスピリチュアル、愛と意志、波動と粒子・・・この世界は、相反する二つの力の現われによってバランスされることで、常に活き活きとしたリズムを保っています。それらは、敵対するものではなく、人の両足のように、鳥の両翼のように、互いに補い合って、いのちあるものを前進させてゆきます。このワークショップでは、私たちの内側にあるこの陰と陽の両方のエネルギーに触れ、その互いの声に耳を澄ますことで、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開いてゆきます。


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意識の変容とスピリチュアリティの目覚め

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日本の医療は、欧米に比べて10年は遅れていると言われる。欧米ではすでに「統合医療」の名のもとに、代替医療と現代医学の統合が本格的に始まっているのだ。アメリカでは、1990年代以降、国民が代替医療に支払う金額が、西洋医学に支払う金額を上回っている。


アメリカでは、NIT(国立衛生研究所)という、日本で言えば厚生労働省のような権威ある機関が、1993年に、OAM(代替医療調査室)を置き、国をあげて代替医療の調査と普及に取り組み、国が年間300億円の研究補助金を出している。


アメリカの調査によると、現代医学=西洋医学への過剰な依存を控え、まず、自分自身のライフスタイルを改善し、積極的に代替療法を利用している人の方が、現代医学のみに依存している人よりも健康度が高く、長生きしているという報告がされている。世界のがん医療をリードしてきたアメリカが、今や、からだにやさしいがん医療の研究開発の必要性を世界に向けて啓蒙し始めているのだ。


国民医療費が、GDP(国内総生産)の15%を占めるアメリカでは、医療費の削減は国家運営の基盤を左右する重要な課題だから、このような動きが加速されたわけだけれど、調査研究の結果、代替医療へのニーズ、統合医療への関心が国民の間に広がってきているということだ。代替医療にかかった医療費を償還する保険会社の数も増え、その対象となる代替療法の種類と数も年々増えているという。


日本はいまだこのようなシステムになっていないために、代替療法には本当にお金がかかる。私自身、健康を取り戻す過程で、様々な代替療法を受けてきたけれど、すべて実費だったので本当にお金がかかった。


民間のがん保険に入っても、代替療法にはお金がおりなかったから、なんの助けにもならなかった。日本の健康保険制度、介護保険サービスの内容の充実、民間の保険システムの内容が変わっていくことを私は切に願う。


欧米では、鍼灸や指圧が代替療法の代表的な存在として社会的な認知を受け、医療保険の適用を受けている州や国などがあるというのに、日本ではいまだに正当な医業として扱われていない。


西洋医学に携わっている日本の医療者は、東洋医学を一段低いものとして見ている人が少なくなく、代替療法や民間療法などは、おまじないや迷信や気休め程度にしか思っていない人が多いのだろう。


それでもやっと、日本の政府も、医療保険財政の逼迫状況という現実や、欧米での統合医療の流れを無視することができなくなったようで、最近では政府がこのような新しい医療の研究に助成金を出すという動きが出てきているというので、少しは光が見えてきたように思う。


健康法には流行りすたりがあるけれど、長いこと途絶えることなく続いてきたものや今多くの人に支持されているものというのは、体験者の効果があるからこそ広がっているのだろうから、それらのものに科学の光が与えられ、研究の対象になっていくというのはいいことだと思う。もちろん、今の科学のレベルでは実証できないものもあるということを理解しておくことも大事だ。


代替療法を受ける場合に気をつけなければならないのは、私たちは、ひとり一人体質が違うし、施術者との相性もあるから、誰かにとって良い効果を表したものが、自分にも必ず同様の結果をもたらすとは限らないということ。そしてその逆もあることを理解しておくことだ。


だから患者は、そういうことをわかった上で、自分に合うものを、“からだと心の実感”、自分の直感、あるいは理性的な判断によって自分で見つけていくしかないのだ。


そして、自分が選択したものには自己責任が伴うということ。自分の病気の主治医は自分であること。さらには、自分よりももっと大きな主治医は、私たちを生み出してくれて、生かし続けてくれている大いなる存在、宇宙の意志、宇宙エネルギーであることを忘れないことなのではないだろうか。


新しい生命観、人間観、身体観、健康観を持った医療者は、それを全面的にバックアップし、サポートしてくれる心強い専門家なのだと思う。私は体験的に代替療法は自分に合うものであれば確かに効果を表すし、意識の変容とスピリチュアリティの目覚めが病の治癒の鍵を握るものであることも実感している。自分の“全体性”を回復するというのは、大いなるものへの眼差し抜きには在り得ないと思っている。なぜなら、個々のいのちは全体(宇宙・神)から切り離されてはいないからだ。


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岡部明美のワークショップのお知らせ
http://anatase.net/

6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」

太陽と月、男と女、動と静、生と死、現実とスピリチュアル、愛と意志、波動と粒子・・・この世界は、相反する二つの力の現われによってバランスされることで、常に活き活きとしたリズムを保っています。それらは、敵対するものではなく、人の両足のように、鳥の両翼のように、互いに補い合って、いのちあるものを前進させてゆきます。このワークショップでは、私たちの内側にあるこの陰と陽の両方のエネルギーに触れ、その互いの声に耳を澄ますことで、<生>のより深い領域へと通じる<未知への扉>を開いてゆきます。


6月29日(土)東京・自由が丘 1 day ワークショップ
テーマ:「スピリチュアルは現実に生かしてこそ、人生は歓びに変わる」

スピリチュアルがブームになっていますが、それは決してオーラや過去生が見えたり、天使の声が聴こえたり、サイキックな能力を身につけることではありません。からだという体験の器を持って生まれた意味や宇宙の摂理によって生かされている自分という存在を丸ごと愛すること、大いなる存在の計らいが人生に働いていることを理解し、自由に軽やかに歓びに満ちて生きていくことです。このワークショップでは、大いなる視座から自分の人生をいきいき生きていく道を探求します。  

死と再生の物語

WS000512.JPGマサさんは、私の今度の本は、私の体験の実感から、自分の言葉で書かれたスピリチュアルな本になるよと予言して亡くなったわけだけれど、まさにマサさんが亡くなった1999年という年に、WHOがスピリチュアル=霊的な健康という概念を取り入れようとしたのは暗示的であり、示唆的だ。


やはりこの年というのは、特別な意味を持つ年だったのではないかと思う。私の周りでも、人生で初めて経験するような大きな出来事が、2000年の前後に起きたと言う人がかなり多いのだけれど、それは偶然ではないような気がする。


1999年から2000年という年は、20世紀と21世紀というふたつの世紀を分ける境界であるばかりか、千年紀(ミレニアム)という、千年単位でふたつの時代が大きく分かれる境界であり、分水嶺でもあったのだ。


それゆえ、ふたつの世紀、時代の裂け目に落ちてひどい苦痛を味わったという人も少なくないかかも知れない。時代の影響をどれくらい受けるかは個人差があると思うけれど、自分の人生を振り返ってみて、時代の変化と自分の人生の変化がかなりリンクしている人は、2000年の前後に、死と再生の物語、喪失、過去との決別、新しいものの創造、次の人生ステージへの移行という体験をした人が多いのではないだろうか。


私たちが生きているこの社会や世界、文明も、まさに今、死と再生の物語が繰り広げられ、新しいステージへの移行という過渡期にある。2012年のテーマはそれを物語っているのだろう。


過渡期というのは、新しい秩序が生まれる前だから、様々混乱、無秩序、大浄化、不測の事態が次々に起きてくるのだろう。そういう目で今、世界に、日本の社会に起きていることを見れば、何が捨て去らなければならないのか、今何が生まれようとしているのかということが見えてくる。


近代科学が隆盛を極めた20世紀という物質文明、理性文明の100年は、たとえば、医療の世界で言えば、抗生物質の登場で、死病と言われていた結核や赤痢やコレラなどの感染症、伝染病が制覇できた時代だった。それゆえ、現代西洋医学は、科学技術の進歩によって、やがてすべての病気が解決される日が来るという希望を持ったのだろう。


しかし現実を見れば、今や現代医学が治せない病気がここまで蔓延しているのだ。代替医療、統合医療、ホリスティック医学、波動医学、量子医学の台頭にはこうした背景があるのだと思う。


これらの新しい医学の流れは、当然のように肉体の健康だけでなく、心の健康、スピリチュアルな健康、それらをひとつに鑑みた、患者の全体性の回復、意識の成長・進化ということを前提にしている。


しかし、このWHOの新しい健康の定義に最も抵抗を示し、反対した国のひとつが日本の厚生労働省だったという。日本は、政治も教育も医療も企業もマスコミも、頭の中がすでに“シーラカンス化”している人がいまだ権力を握っているために、もはやこの国自体が脳梗塞になっているのではないだろうか。


とにかく明治以降の日本人は、近代西洋の合理主義が骨の髄まで沁み込んだ謎の東洋人になってしまい、科学が神、宗教になってしまった最たる国なのだと思う。しかし、科学の本当の素晴らしさとは、間違いだとわかったら訂正する機能があること。新しい理論、学説にとって変わられる可能性に道を開いているところにあるのではないだろうか。


日本の医療者には、スピリチュアリティ(霊性)にものすごく抵抗感を持っている人が多いようだ。しかし、いつかは誰もが必ずこの肉体を去ることが運命づけられているという事実を見据えたならば、スピリチュアリティというものが医療から排除されているということは、大きな欠落なのではないだろうか。

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人間は、多次元的なエネルギー身体

WS000074.JPG不思議な偶然なのだが、マサさんが亡くなった1999年という年は、医療の世界では画期的な年だったのではないかと思う。というのは、この年に初めて、WHO(世界保健機構)の執行理事会が、「WHO憲章」の前文に謳われる健康の定義の中に“スピリチャアル(霊的)”という言葉を取り入れて、新しい健康観に改正すべく総会に諮ったからだ。


「健康とは、身体的(フィジカル)、精神的(メンタル)、社会的(ソーシャル)、かつ、霊的(スピリチュアル)に完全なひとつの幸福のダイナミカルな状態を意味し、決して、単なる病気や障害の不在を意味するものではない」(WHO:世界保健機構 1999年 健康憲章での定義)


この声明は画期的だと思う。科学を基盤に置く医学が、スピリチュアルなどという、これまで宗教や精神世界が扱ってきたテーマに触れているからだ。科学の研究対象はこれまで形のあるもの、つまり物質の解明がテーマだった。客観性と再現性があり、証明できるものしか科学は扱ってこなかったのだ。


それゆえ、医学は肉体という物質が主な研究対象だった。心や魂など目に見えないもの、証明できないものは、その研究対象からははずされてきたのだ。最近は、心の分野は脳科学が盛んにアプローチし始めているけれども、魂だの霊性などは表立っては科学の俎上には乗っていなかったのだ。


しかし、WHOが新しい健康観の定義の中にスピリチュアルという概念を入れようとしたという事実は、医学の趨勢は、いよいよ新しいステージに入ったということを示唆しているのではないだろうか。


WHOのこの声明は、人間とは何か、健康とは何か、幸福とは何かということについてのこれまでの私たちの固定観念を覆すものでもあると同時に、科学と宗教の統合、あるいは、それを止揚した人間観、世界観をも意味しているのだと思う。


このWHOの声明の背景にある医学の世界の変容は、やはり、科学の世界に根本的な変化が起きていることに起因するのだろう。科学は物理学がベースになっており、その物理学はこれまでずっと宇宙の根源物質、最小単位の物質の解明に邁進してきた。しかし、その結論は、究極の最小単位の物質は、物質ではなく、波動、エネルギー、意識であることがわかったわけだから。


最も小さい物質は何かと日夜研究し続けてきた物理学者は、ショックだっただろうなあと思う。まるで、玉ねぎの皮を剥いていったら、真ん中はからっぽだったというわけで、じゃあ、玉ねぎの素ってなあにということなのだろうから。このことは同時に、人間って一体なあにということの問いかけでもあるのだ。


ほとんどの人は、この肉体が自分と思っているわけだから、その確固として存在する肉体が突き詰めていくとからっぽであるということは、一体どういうことなのだろうという疑問が当然湧いてくる。私の素って何なのだろう? 私は何からできているのだろう? 人間の本質ってなんなのだろう、と・・・。


専門家は別として、一般の人々は、いまだに科学には主観というものは一切入らず、誰が実験しても同じ結果が出るもの、ゆえに科学は絶対的な真理という風に無意識に思いこんでいるのではないだろうか。科学は、それほどに客観性の象徴だったのだ。


しかし事実は、私が生まれるずっと前、すでに、1927年に、ヴェルネル・ハイゼンベルグが不確定性原理を発表したことで、科学における客観性は存在しえなくなり、物質の特性は、観測するもの(意識)と観測されるもの(実在)との相互作用によって決定するということがわかっていたのだ。これは本当に驚きの事実だ。私の意識が物質に影響を与えるのであれば、まさに意識の変容こそが肉体を変えるということの証左なのだから。


さらに最近では、量子物理学の研究によって、生命体というのは、“物質的肉体”の他に、“電磁場的エネルギー体”を持っているということがわかり始めているのだ。私たちのこの肉体は、物質だけで成り立っているのではないのだ。おそらく、スピリチュアルな健康というのは、この電磁場的エネルギー体と密接に関わっているのではないだろうか。


以前、『7つのチャクラ ~魂を生きる階段~ 』(キャロライン・メイス著/サンマーク出版)という本をとても興味深く読んだことがあるのだけれど、ああいった本は、人間の心身の不調や病気というものを電磁場的エネルギー体の側面から観察し、研究したものなのだろう。


WHOが健康の定義の中にスピリチュアルな健康という概念を取り入れようとしたのは、人間の身体観の根本的なシフトなのだと思う。このことを理解すると、新しい医学がすでに、心とからだは別物という心身二元論から、こころとからだはひとつという心身一如の人間観に移り変わり始めていることや、人間を多次元的なエネルギー身体と見る波動医学、光の医学、量子医学などが台頭してきた背景がわかる。


WHOのこの声明は、まだ可決されていないというが、このような潮流が生まれてきたこと自体、まさに医学の世界のパラダイム・シフトなのだと思う。


それにしても私は、この本を書きながら、自分がかつてシンクタンクでやっていた調査研究の仕事がこんなにも生かされていることを感じて、本当に有難いと思った。


私は、自分の人生の強烈な体験を、一個人の人生の“偶発的な出来事”で終わらすことがどうしてもできなかったのだ。個の体験を深く洞察することで、私は常にそこに普遍のものを見出したいという切ないような魂の欲求がこみあげてくるのだ。


起きている現象の意味や隠喩(メタファー)、時代の構造的変化と現象の関係性、事象を全体像から把握し、その根本的原理を理解すること・・・。そういうことに私の意識が向くのは、私の魂の資質であると共に、研究者としての過去の習い性でもお陰でもあるのだろう。

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スピリチュアルがブームになっていますが、それは決してオーラや過去生が見えたり、天使の声が聴こえたり、サイキックな能力を身につけることではありません。からだという体験の器を持って生まれた意味や宇宙の摂理によって生かされている自分という存在を丸ごと愛すること、大いなる存在の計らいが人生に働いていることを理解し、自由に軽やかに歓びに満ちて生きていくことです。このワークショップでは、大いなる視座から自分の人生をいきいき生きていく道を探求します。  

人が絶望から立ち上がる時、神と魂は避けて通れない

WS000067.JPG大切な人に亡くなられると、故人が生前言っていたことの本当の意味が後でわかったという話しをよく聞くが、マサさんの死によって、私も初めてそれを体験した。マサさんが生前よく私たちに言っていたことが、今思うとまるで“予言”みたいなことを言っていたということがわかったのだ。


「清子ちゃん、もうそろそろ自分のCDを出す時が来たね。もう自分の足で立って歩いていく時だよ。清子ちゃんの歌は、清子ちゃんの人生そのものだから、同じ痛みや苦しみを経験してきた人たちの心にきっと深く沁みていくよ。声という神さまからいただいた贈り物をちゃんと活かして生きていくんだよ、清子ちゃん!」


「和ちゃんは、お料理教室だけじゃなく、もうそろそろ自分の気功教室もやりなよ。和ちゃんは、人に教えられるものをいっぱいもっているからね。それと、献立や、いつもみんなに伝えているメッセージも書き溜めて料理の本を出しなよ。和ちゃんの創る料理には愛があるから、今の時代に求められているような料理の本になると思うよ」


「明美ちゃん、今度の本は、神さまと魂と死について書くことになると思うよ。前の『もどっておいで私の元気!』には、神とか魂という言葉を使うと、宗教や精神世界の本みたいになるからいやだって明美ちゃんは言って、あえてそういう言葉をあまり使わないようにしたでしょう」


「でも、やはりそれだけじゃだめなんだ。人が真剣に自分の人生を生きようとした時、絶望からもう一度立ち上がってくる時には、魂のこと、神さまのことは避けては通れないことなんだ。今度の本は、明美ちゃんが自分の体験の中で感じてきた神や魂のこと、死やスピリチャアリティについて、自分の言葉にして物語ることがテーマになると思うよ」


マサさんは、生前、それぞれにこんなことを言っていたのだ。そして確かに、清子ちゃんはマサさんの死後、ジャケットの裏に朋のイラストが入ったCDを出し、各地でコンサートをするようになった。


さらに清子ちゃんは、尊敬する市川加代子先生の手当て法を習って、人の心身の癒しを援助する仕事を始めるために32年間勤めた市役所を退職したのだ。
安定収入のある公務員の仕事をやめることはどれだけ勇気がいることだったろう。「決断恐怖症」の清子ちゃんにとっては、まさにこの決断は快挙なのだ。


そして和ちゃんも、前からやっていたお料理教室や砂浴(砂療法)の指導だけでなく、市の公共施設を使って、自分の気功教室を始めた。和ちゃんの生徒さんは、和ちゃんと一緒にお料理をしたり、気功をするだけで、心が穏やかになり、やさしい気持ちになれる、元気になれると喜んでいる。


私はと言えば、自分では意識していなかったにも関わらず、この本では確かに魂のことや神さまのことについてかなり触れている。あれだけ使いたくないと思っていた言葉なのに、それ以外に表現のしようがなくてその言葉を使ったのだが、何よりそれらの言葉を使うことに対して、以前のような妙なこだわりがなくなっていることに、自分で驚いたのだ。


そして、この本を書いている途中にマサさんが亡くなったことによって、本当に初めて私は、死というものについて書かなければならない状況に追い込まれてしまったのだ。


マサさんは本当に不思議な人だった。初めて私と会った時に「自分の“人生最後の仕事”はこの人とすることになっていると直感した」なんて言って私を驚かせたわけだし。そして、その通りに、私と人生最後の仕事をして逝ってしまったのだ。マサさんは、私たちに「もう次に行きなさい」と言いたくて、まるで獅子の谷落としのようなやり方で逝ってしまったのだろうか。


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6月6日(金)~8日(日) 福山・仙酔島 2泊3日のワークショップ
テーマ:「私に帰る旅」~魂の願いに寄り添いながら生きる~
人は本来、自分にしか咲かせることができないいのちの花の種を持って生まれてきます。 あなたは今、自分のいのちの花を充分に咲かせて生きているでしょうか。心もからだも元気で、今をイキイキと生きるための自己探求・自己発見・自己創造のワークショップです。


6月21日(金)・22日(土) 岡山 2 days ワークショップ
テーマ:「ふたつの翼に耳を澄ます」

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プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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