岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2008年08月

治った前例はありません 

WS000704.JPG私は、「5年生存率」という言葉が好きではない。これは、このがんの5年生存率は、○○%というやつだ。この言葉には、基本的にこの病気は術後、5年も生きられたら御の字ですよというような響きがある。


この言葉は全くトリックのようだ。まるで、がんにさえならなければ死なないようなニュアンス。その数字を告げる医師にだって、天が決めたあと何年という生存年数があるというのに。


もし自分が、占い師や霊能者に「あなたは、1年後に必ず交通事故で死ぬ運命にあります」と言われたらどうだろう。きっと、車にも飛行機にも乗るのがこわくなって医師という人助けの仕事どころか、自分がどうやって交通事故にあわないようにするかということで頭がいっぱいになるのではないだろうか。


それにしても「治った前例はありません」とか、「あなたは、もってあと半年です」などという言葉を、平気で患者に言ってしまう医師って、どんな人間性なのだろうと思う。愛のない医師は、単なる生体修理技術者ではないか。前例がないというのは確かに事実かもしれない。


でも人間には、その事実をどう解釈するかという、解釈力と思いやりの心が与えられている。伝え方ひとつで受け止める方の受容性にどれだけの幅が生まれるか計りしれない。この伝え方にこそ、医療者自身の知性と人間愛が表れていると思う。


「確かに、これまでは前例がありませんでした。だからこそ、あなたが前例になって下さい。他の患者さんたちの希望になって下さい。どんな人の人生の窮地にも、逆転満塁ホームランの可能性はあるんですから」


「人間というのはデータを超えた存在なんです。いのちというのは本来、生きよう、生き延びようとする逞しいエネルギーなんです。あなたを生かしているのは、まさにそのいのちの力、生命エネルギーなのですから」


絶望の淵にいる時、こんなふうに言ってもらえたら、どんなにうれしいだろう。医師の仕事というのは、本来、肉体を救うだけでなく、その人の魂を救うことさえできる尊い仕事なのに。

人の寿命なんて、神さましか知らないことなのに、どうして医師は、「治った前例はありません」とか「余命3ケ月」などと平気で患者に死の宣告ができるのだろう。それを言われた患者や家族の心中はどれほど動揺し、絶望することか計りしれないのに。

もちろん、すべての医師がそのような心ない言い方をする人ではないし、自分も家族も覚悟を決める上で、余命を知っておきたいという人もいるだろう。ただ、死の宣告だけ勝手にして、その後の患者さんや家族の不安や恐怖の心理的、霊的なケアを全くしない医師というのはあまりにも非情ではないだろうか。


どんな人の人生にも、必ずどん底に突き落とされ、崖っぷちに立たされるような出来事というのは起きるものだと思うけれど、それでも人がそこから立ち上がってこられるのは、<可能性を信じる力>と<希望を持つ力>というものを、私たちが天から与えてもらっているからではないだろうか。


天が人に与えたものというのは人が奪えるものではない。いや決して奪ってはいけないものなのだ、と私は思う。人間は、希望がなければ生きていけないのだから。


だいたい、この「5年生存率」には、代替療法や自助療法で回復した人の数は含まれていない。あくまで西洋医学的治療を受けた人の数値なのだ。むしろ、私たちが見なければいけない絶対的な数値は、「人類の生存率ゼロ」という数字の方なのではないか。鎌倉時代の人も、江戸時代の人も、今はもう誰もいない。1人もいないのだ。


がんであろうが、何であろうが、誰もが必ず死ぬという事実。死はいのちの中に予めプログラムされているのだし、誕生した瞬間から、私たちは死に向かって歩いているのだ。がんの患者さんだけでなく、すべての人が生まれた瞬間から余生を生きているという、その冷厳なる事実を直視して、かけがえのない自分の人生をどう生きるのかということしかないのではないか。


誕生と死。人の寿命。生命あるもの、存在するもののすべて。とにかく、人間が作ったものではない森羅万象、天地万物・・・これらはみな、宇宙=神の創造の領域なのだ。


人の領域に生きている者が、神の領域に手を出すことの傲慢さ。神の領域に対する謙虚さを失った時、人間は取り返しのつかない間違いを犯す。真のスピリチュアリテイというのは、この大自然、大宇宙、人が古来より神と呼ぶ、計り知れないほどの偉大なる存在に対する畏怖の感情、そこから自然に溢れてくる感謝と謙虚さなのではないだろうか。


私が知る得る限り、本物のスピリチュアルな医療者や援助職の方やリーダーはみな、生と死は存在の両翼であることを知っているし、思考の二元性を超えた第三の道を探求している。そして、自分と人間の不完全性に対する自覚を持っている。それが自然に謙虚さとなり、柔らかさや、ユーモア、あたたかさになっているのだと思う。


本物は、決して不安や恐怖を植え付けるようなメッセージの出し方はしない。相手を操作しない。知識でわかったことは、知識でしかないということをよく知っているし、人間はデータを超えた存在であることも知っている。

本物は黙っていても、その存在から愛があふれている。そして、そういう人たちは一様に、大自然、大宇宙という神の領域への畏怖の感情を持っている。そういう人たちは、ただ、日々、淡々と自分のやるべきこと、やりたいことをやっている。歓びながら、楽しみながら、祈りながら・・・・。


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池田晶子さんに続き、宮迫千鶴さんまでが逝かれてしまった

WS000075.JPG2008年6月19日夜、宮迫千鶴さんが逝去された。画家であり、エッセイストでもある宮迫千鶴さんの本はこれまで随分読んできた。『楽園瞑想~神話的時間を生き直す』『はるかなる碧い海~私のスピリチュアルライフ』『美しい庭のように老いる~私の憧れの老女たち』『円環する男と女一両性具有の時代へ』『魂を大切にする生活一ココロとカラダにやさしいスピリチュアルな12の月』『月光を浴びながら暮らすこと』『魔女の森へ一小さな楽園の作り方』などなど。

晩年はスピリチュアルライフについて語るものが多くなってきたが、若い頃の宮迫さんは、女性問題、ジェンダー論、家族論などについては、特に舌鋒鋭く、歯切れのいい文章をたくさん書いていた。


しかし、お父様のがん死を体験されてからは、現代医療が抱える矛盾や問題について、その舌鋒の鋭さをいかんなく発揮されていた。代替医療や統合医療への関心、死後の世界、スピルチュアリズムへの関心なども含め、私の関心領域とテーマが重なるため新刊が出るたびに読んできた。


ロジカルでありながらも文章は決して左脳っぽくなくて、感性が鋭い。視点がユニークだし、存在の仕方に迫力のある女性だった。そういう意味で、池田晶子さん、上野千鶴子さん、宮迫千鶴さんは、私の好きな日本の女性の論客だった。ハンサムな女たちといういい方があるが、そういう形容が似合う女性のように思う。


しかし、池田晶子さんに続き、宮迫さんまでが逝ってしまった。池田さん、宮迫さんの文章がもう読めないのだと思うととても残念だ。出版界のある一角を確実に占めていたお二人だったのに。


先日送られてきた「CAMUNET通信」に上野圭一さんと帯津良一先生がこのような一文を載せている。

上野圭一(CAMNET副代表・鍼灸師・翻訳家・文筆家)

宮迫千鶴さんが、ご父君の死を契機として、代替医療やスピリチュリテイを探求する内面の旅に出ていたことは、つとに知られている。画家であるご主人の谷川晃一さんによると、その旅の成果も晩年の数年間に劇的な変化を遂げていたらしい。


つまり膨大な量の読書や瞑想などの数々のご自身の経験を通じて、最大の関心ごとであった死後の意識存続という究極の問題について、不信や疑惑から確信へと転換するにいたり、大いなる安心の境地を得ていたという。


その事実を知ったとき、私自身にも、まるで感染のように「大いなる安心」が訪れた。

その事実を知る経験は、ある種の期待を抱かせてくれる妙薬でもあった。


肉体が消滅し、あの弾けるようなユーモアや辛辣な皮肉を浴びる至福の時間が失われ、あの明晰なエッセイや絵画作品の続きを目にすることができなくなるのはとても悲しいことだけれど、遠からずどこかの次元で再会し、旧交をあたためることができそうだ。前方にあるのは、闇ではなく、光なのだという希望を、宮迫さんは遺していってくれたのだ。


新聞に宮迫さんの死亡記事が掲載された日の翌日、おなじ新聞が、アメリカの絵本作家、ターシャ・テューダーの死を報じた。死亡日時は、アメリカ東部時間の6月18日。日本時間の19日だった。


日本にいち早くターシャの仕事ぶりやガーデニング術を紹介してくれた宮迫さんは、大好きなターシャと手を携えて異次元への旅立ちを果たしていた。

「やっぱり、やることが違うよな」

その短い記事を読みながら、そうつぶやいた。

宮迫さん。旅はまだ続いているんでしょうね。また会う日まで。

帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)

チャクラの見えるサングラス

宮迫千鶴さん。ありがとうございました。
永い間、そして最後のときまで、私のことを気にかけてくださいまして。
いきなり私ごとで恐縮ですが、私がこうして仕事をしていられることも、多くの皆さんのご理解のお陰です。

しかし、当然のことながら、そのご理解にも自ずと温度差というものはございます。なかでも最右翼のお一人が、宮迫さん、あなたでした。また、大いなる理解者を失ってしまいました。本当に悲しいことです。

スピリチュアル・ヒーリングのロンドン研修ツアーでもごいっしょさせていただきました。このツアーは、1996年にはじめて5年連続でおこないました。私がホメオパシーの世界に足を踏み入れてしまい、中断したままになっていましたが、楽しい思い出でいっぱいです。

ロンドン市内のヒーリング・グッズの専門店を訪れるのも楽しみのひとつでした。二軒ありました。一軒は、トラファルガー広場近くの本屋さん。もう一軒のほうは、地理が定かではありませんが、こちらで、「チャクラの見えるサングラス」なるものを私が買ったのを見て、宮迫さん、あなたは笑い転げていましたね。


最後のときもこの笑いでした。静岡の出張から帰って、あなたの病室を訪れたのは夜の11時頃でした。あなたはもう意識がありませんでしたが、ご主人の谷川さんがやさしい笑みを浮かべながら語ってくれました。


今日ね、突然大きな声で先生の名を呼ぶんですよ。そして、加速して死後の世界へ飛び込め!なんて言うんだから、帯津先生はおかしいねえと笑ったのですよ。


宮迫さん、きっとあなたは私の持論をためしてみようとして笑ったのですね。
今度お会いしたとき、その話を聞かせてください。本当ですよ。楽しみにしていますよ!また、お会いしましょう。


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これは、ひとつの悟りの境地だろうか

WS000701.JPG私にとっては、息子が小さい頃から最大の師だった。私に最も厳しいことを言って私を成長させ続けているのは間違いなく息子だ。たとえば、小学生時代の息子は、学校から帰って来ると今日の出来事などを私に一生懸命話した。


しかし、料理中だったり、パソコンをやっていたり、面白い本を読んでいる時などは、私はついついうわのそらで彼の話を聞いたり、適当に相槌を打っていた。すると彼は、突然、炬燵の中にもぐりこんで出てこなかったりする。炬燵布団をめくってみると中で、「お母さんは、僕の話しを真剣に聴いてくれない」と言って、おいおい泣いているのだ。


彼が風邪をひいて手当てなどをしてあげている時も、「お母さん、今日の手当てはいつもみたいに心がこもっていない。なんか他のことを考えながらやってるでしょう? だから僕はちっとも気持ちよくない」などとはっきり言う。


大人だって本当は自分の話をちゃんと聴いてもらえなかったり、ぞんざいに扱われたら悲しいのだけれど、大人は傷ついても、自分が傷ついていることを認めることがもっと傷つくことだから、平気なフリをしてしまう。


あるいは、ひねくれたり、いじけたり、皮肉を言ったり、歪んだメッセージを出して相手をコントロールしたり、相手に対する失望感を募らせて、勝手に心を閉ざしてしまったりする。


でもこの子は、心をこめて話を聴いてもらえないと悲しいということをちゃんと伝えてきた。真正面からちゃんと向き合わないと怒った。この子が問題をもっている時に瞬時にそれを察知して本気で関わらないとすっといなくなった。


私の子供ではあっても、私とは違う別人格の存在であることを尊重しないと「僕は、僕だよ。お母さんとは違う人間なんだよ!」とはっきり言う。私が自分のことに夢中になっていると、「もっと僕に関心をもってよ!」ときっちり文句を言う子だった。


私はこういうことを言われる度にハッとした。すごく勉強になるのだ、自分のあり方や言動の鏡として。私はこの子と夫から、日々、人間関係の極意を教えてもらっていた。


とにかく、小学校6年くらいまで、息子は、父親が帰ってくると、私のその日のドジ話を全部チクるのだった。そんなにこと細かに報告しなくたってと思うのだけれども、息子はまるで連絡事項申し送りみたいな感じで、父親に毎日業務報告をした。


「今日は燃えるゴミの日なのに、お母さんは僕にカンカンの袋もたせた。管理人さんに今日は燃えるゴミの日だからダメよって言われて、僕はもう一度カンカンの袋を8階までもち帰ったおかげで、学校を遅刻しそうになったから走ったんだ。その時、あわてて走ったから、転んで膝をすりむいて血が出たの。ほら、ここ見て、パパ」


「朝、お母さんに、漢字ノート18マス1冊買ってきてと頼んだのに、お母さんたら24マスの2冊買ってきたんだよ。で、僕が文句を言ったら、お母さんは、大は小を兼ねるからいいんだ!って言って開き直ったんだよ」


「パパ、お母さんて本当に恥ずかしいよ。僕が炬燵で夕寝しちゃって、お母さんが鳴らしてる玄関のブザーが聞こえなかったから二重ロックの玄関開けられなかったの。そしたらお母さん、隣の家に入らせてもらって塀乗り越えて家のベランダに下りたんだよ。スカートはいて冬のコート着たままマンションの8階の塀またいだんだよ、パパ!信じられる? 8階じゃ、落ちたら死ぬでしょ?で、窓をドンドンンたたいて、起きろー、起きろーって大声で騒いでるの。僕はなんでお母さんがベランダにいるのかわからなかったよ。そんで僕は起きて窓開けてお母さんを中に入れてあげたんだけどさ。もう、信じられないよ、パパ、なんとかなんないの、うちのお母さん!」


「真之、お前はまだあきらめが足りない。お母さんには全く学習能力がない分野がいっぱいあるんだ。予想もつかないところでとんでもないことやるのなんか日常茶飯事だろ。お母さんにポケモンみたいな進化を期待しても無駄だぞ。お母さんは、普通の人よりちょっと頭が弱いんだ。だから、お前が学んで成長しろ。お母さんを頼らずに自分でできることは自分でやれ。相手が変わることを期待している間は自分が苦しいんだぞ。お母さんはしょうがないんだよ、ああいう人なんだから」

これは、ひとつの悟りの境地というのだろうか。


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ぼく、人間に生まれてよかったよ

WS000689.JPGこの間机の中を整理していたら、息子が小学校4年の時に書いた夏休みの読書感想文が出てきた。息子はいつも私の本棚から夏休みの読書感想文用の本を選んでいた。私と違ってあまり本を読まない息子は、いつもいやいや読書感想文を書いていたのだが、そのわりにはけっこう面白い文章を書いていた。

小4だった息子が選んだ本は、『葉っぱのフレディ ~いのちの旅~ 』だった。この本は、落葉という現象を通して、生命の循環、いのちの生まれ変わり、輪廻転生について書かれた、大人にも充分読み応えのある絵本だ。


同じようなテーマの絵本としては、佐野洋子の「100万回生きた猫」がある。こちらはさらに愛とは何か、愛を学ぶために転生してくるいのちの仕組みをとてもわかりやすく、感動的に描いた絵本だ。2冊とも、大人にこそ読んでほしいような優れた作品だと思う。
 

      『葉っぱのフレディ ~いのちの旅~ 』
 
ぼくはこの本を読んで、葉っぱのフレディは“心のある葉っぱ”だと思いました。理由は、木や葉っぱや花は生きているからです。生きているということは、心があるからです。人間も猿も犬も猫も小鳥も木も花も、生き物はみんな心をもっているからです。


葉っぱのフレディは、友だちや親友だっています。だから、心強い葉っぱだと思いました。理由は、親友がいるということは心強いからです。フレディは、「葉っぱに生まれてよかった」と言いました。ぼくは、フレディは正直者だと思いました。


ぼくも、「人間に生まれてよかった」と思っています。そして、ぼくも親友がいるので心強いのだと思いました。フレディは、親友のダニエルが言った言葉、「人間がすずしくなれるように、みんなで影をつくろう」と言ったことに賛成したから、やさしい葉っぱだと思いました。フレディはいい友だちがいてよかったと思いました。


冬にはいってから、親友のダニエルが、「みんな、引越しをするときがきたんだよ。とうとう冬がきたんだ。ぼくたちは、ひとり残らずここからいなくなるんだ」と言った時、ぼくは信じられませんでした。


フレディが「この木も死ぬの?」とダニエルに聞くと「いつかは死ぬさ。でも、いのちは永遠に生きているんだよ」と言った時、ダニエルはなんでも知っていてすごいと思いました。ダニエルが言ったとおり、雪が降って、全部の葉っぱがうもれて、かわいそうでした。


そして、ほんとうに葉っぱたちはみんないなくなってしまいました。でも、春がやってきて、木はまたフレディやダニエルたちを生んでくれました。また一からやりなおしだけれど、また生まれたんだから、ぼくはこれでいいのだと思いました。


朝には、小鳥が、「おはよう」とあいさつにきます。小鳥も、フレディやダニエルとお友だちなのでしょう。ぼくも、セキセイインコのチッチとポッポと友だちなので「おはよう」とか「おやすみ」とちゃんとあいさつをします。


ぼくは、この本を読んで思いました。フレディは死んじゃったけれど、また同じところに生まれたから、きっと、人間も死んだら、また、自分の好きな場所に生まれるんだと思いました。ぼくは、今度生まれてくる時も人間になりたいと思います。理由は、人間だといろいろなことができるからです。


ぼくは、ひとつ気になることがありました。フレディたちは葉っぱだから動けなくて、遊びにもいけなくて、たいくつじゃないかとしんぱいになりました。


もうひとつ気になることがありました。この本を書いた、レオ・バスカーリアさんは、この本で、読む人にいちばん伝えたかったことはなんなのかということです。でも、ぼくは、考えて思いつきました。レオ・バスカーリアさんは、「葉っぱにだって親友はいる」ということをいちばん伝えたかったのだと思います」

私は、この最後のオチに大笑いした。あの時、私が彼の読書感想文を読んで「とてもいい感想文だね」と言ったら、


「お母さん、人間は死んだらお星さまになるってほんと?」と聞いてきた。
「うん、そういうね。光になるんだよね。人間は」

「パパもお母さんも僕もいつか死んじゃうんでしょ。そうしたら、できるだけ近くのお星さまになろうよ、星座みたく。岡部座だね」
「それはいい考えだね。なかなか冴えてる。さすがお母さんの子供だ!」

「僕がまた、パパとお母さんの子供になるにはどうしたらいいの?」
「えっ、またお母さんでいいの? 世の中には、もっと賢いお母さんとか優しいお母さんがいっぱいいるんだよ。お母さんはどうして普通のお母さんみたいじゃないんだ、僕は苦労がたえないって、いつも文句言っているじゃない」

「いいよ、お母さんで。慣れてる方が楽だから。それにお母さんて結構、面白いし」
「あ、そう。それはどーもありがとう」

「そうだ、パパとお母さんが、死ぬ時に、また結婚できますようにって、神さまにお祈りしながら死ねば、また僕が生まれるんじゃないの?」
「すごい、天才!ノーベル賞もんのアイディアだね、それ!」
 

私はマジで感動した。こういう発想って好きだなあ。

でもこの子は今、とても子供っぽく私に死について尋ねているけれど、きっと心の中ではもっと深く悩んだり、考えたりしていたのかもしれない。だから、読書感想文に、「葉っぱのフレディ」を選んだのではないだろうか。


大人になると子供時代に自分が真剣に悩んだり、心配していたことを忘れてしまうけれど、私自身、すでに小学校時代から、結構真剣に人生のこと、自分のこと、神さまのこと、この世界での自分の居場所のことなどを考えていたことを思い出す。


大人になって初めて、それが、“実存の不安”、“分離の不安”と呼ばれる人間の根源的な不安や恐怖であり、そこから出て来る哲学的な問いであることを知ったのだ。小さな子供だった私の心の中は、いつも大きな“問い”でいっぱいだったように思う。


「死ぬってどういうことだろう」「人は死んだらどこに行くんだろう」「人は生まれる前にはどこにいたんだろう」「天国とか地獄って本当にあるのだろうか。天国に行くにはどういう人間になればいいのだろう」「どうして自分は生まれたんだろう」「私はここにいていいのだろうか」「宇宙の果てはどうなっているんだろう」「神さまってどこに行ったら会えるのだろう。神さまに会いたい」


少なくとも私は子供時代、結構まじめにこういう疑問を持ったり、一生懸命考えていた子供だった。

息子が、いくつもある本の中で、『葉っぱのフレディ』を選んだ時、この子は私の見えないところで心がちゃんと成長しているんだなあと思った。だんだん生意気なことも言うようになったし、ヘ理屈をこねることもあるけれど、彼の心は柔らかく成長しながら、その中に硬質なもの、純粋なもの、一途なものも一緒に育っているように感じた。

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プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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