
2009年 1月31日(土)に、「心をみつめ、いのちを見守る愛ある医療とは」
~ 現代医療よ、魂を語ることを怖るるれるなかれ~というテーマで、イベントが開催されることになりました。たくさんの方のお越しをお待ちしております。
第1回「 魂の成長・進化を支援する医療 」mixコミュ主催の大イベントを開催することが決定致しました。
概要は以下の通りです。
■タイトル 「心をみつめ、いのちを見守る愛ある医療とは」
~現代医療よ、魂を語ることを怖るるなかれ~
副題の出典は、「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第3番」星野道夫の友人、ボブ・サムの言葉です。
■日時
2009年 1月31日(土) 12:00開場 13:00開演 18:00終了
■会場
東京・世田谷区民会館ホール(1200人収容)
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00004089.html
■主旨
生きていれば誰でもが経験する病や老いや死、あるいは人生の困難、苦難、試練を「魂の目覚め、魂の成長・進化」の機会にし、本当に自分の魂が歓ぶ生き方に歩み出そうとする人たちをどうサポートしていけるのか、死を包含した生をどう生きるのか。そして、人生の試練を大いなる存在からの贈り物にするにはどうしたら良いのか。患者も医療者も共に幸せや安心を感じられる、より良き医療とは何か、西洋医学だけに囚われない「新しい医療」への道を開いていくには何が必要なのか・・・。
このようなテーマを患者、元患者、患者の家族、医療者、このテーマに関心のある方々が、同じ目線で、対等に話しができる場、考える場をつくる。
■大会事務局:『魂の成長・進化を支援する医療』
■主催 :mixiコミュニティ「魂の成長・進化を支援する医療」
管理人:ながちゃん(外科医)・副管理人(愛の星のおじいさま/
会社員・地球マネジメント学会評議委員)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2324748
■参加費
前売り3000円 当日3500円
■プログラム
総合司会:醍醐 千里(詩人、「魂の約束」の作者)
(第1部)13:00~14:00 (1時間)
■基調講演:鈴木秀子(国際文学療法学会会長。国際コミュニオン学会提唱者。文学博士。聖心会会員。)http://www.enneagram.gr.jp/index.html
テーマ:「心をみつめ、愛ある医療とは」
13:00~14:00(60分)
(休憩)14:00~14:10(10分)
(第二部)
■講演:櫻井秀真(Mix:愛の星のおじいさま)(会社員・地球マネジメント学会評議員・元患者)) http://w01.tp1.jp/~a073147961/
テーマ:ウツからの帰還~闇から愛と光溢れる意識の世界へ~
14:10~14:40(30分)
友情出演:三野友子(mix:いるか)(ライアー奏者)・協力:鯉沼香帆(曼荼羅アーティスト)
■講演: 岡部明美(mix:あけみちゃん)(ワークショップ・トレーナー/セラピ
スト/東海ホリスティック医学振興会顧問/元患者)
テーマ:脳腫瘍・水頭症からの生還一病は、新しい人生の扉を開ける鍵
14:45~15:30(45分)
(休憩)15:30~15:45(15分)
(第三部)15:45~17:05(1時間20分)
パネルディスカッション「テーマ:心をみつめ、いのちを見守る医療とは」
<パネリスト>
●ながちゃん(外科医)http://mixi.jp/show_friend.pl?id=4689466
●伊東充隆(医師/セラピスト/青空禅フォーラム主宰)
●堀エリカ(mix:Stephanie Erica)(看護師/医療コーディネーター)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=963710693&owner_id=4070534&comment_count=12
●櫻井秀真(愛の星のおじいさま・元患者)
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1660788
●ファシリテーター:岡部明美(あけみちゃん・元患者/http://mixi.jp/home.pl)
櫻井、岡部が、元患者の立場から現代医療に対する思いを語ります。そのお話を医療者側が受ける形で、ながちゃん、堀エリカ、伊東の3人が、心を見つめ、いのちを見守る医療について話し合います。
(休憩)17:05~17:20(15分)
(第四部)17:20~18:00(40分)
コクーン“いのちの絆コンサート”
(水月悠里加(ゆりちゃんコクーン)、本田裕子(コクーンゆうこ)
http://www.yy-cocoon.com/
コクーンコミュhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=307834
18:00 終了
■この後、懇親会があります。懇親会では、参加された方々の感想や意見を講師やパネラーがお聞きし、立場や職業を超えて、共に分かち合い、心の交流と出会いの場、シェアリングの時間を作りたいと思っています。懇親会もご希望の方は、参加希望のご連絡のときに併せて事務局にお伝え下さい。懇親会会費は2500円位です。
■お問い合わせ・お申し込み
〒182-0001 東京都調布市緑ヶ丘2-20-3 A-101
■Tel / Fax : 03-3326-6601
■E-mail : 131tamashii@cocoon-japan.com
*お問合せや申し込みそしてお手伝い情報はすべて事務局でご対応しますので そちらへご連絡して頂ければ幸いです。我々は、営利を目的とはしていませんので、一人でも多くの人に集まって思いをみなさんと分かち合いたいのです。マイミクの皆様のご協力を心よりお願い申し上げます。
●チケットを預かり販売して頂ける方は事務局にご連絡下さい。(10枚預かってくださっても売れた分だけでいいですので、預かった分全部売り切らなくてはなどと負担に思われなくてもけっこうですからね)
●ご自身のミクシィやブログ、HPで宣伝してくださると有難いです。このご案内をご自身のmixなどにコピ―してご紹介いただけると有難いです。
●お友達にご紹介して頂ける方や、チラシをお店や病院や治療院や各スペースに置いていて頂ける方はチラシの必要枚数を事務局までご連絡下さい。チケットも送りすることができます。
●ボランティアスッタッフをしていただける方は事務局までご連絡下さい。
◎後援:デジパ(㈱)(公式スピリチュアルサイト「SQライフ」運営)・サトルエネルギー学会・木の花ファミリー
皆さまのできる範囲でご協力、ご支援頂ければ幸いです。何卒 よろしくお願い申し上げます。全てのサポートして頂ける存在に心から感謝申し上げます。 皆様の温かいご支援をよろしくお願い申し上げ
ます。
『魂の成長・進化を支援する医療』
管理人:ながちゃん / http://mixi.jp/show_friend.pl?id=4689466
私は行徳先生が研修の最後の日に言われたある言葉が胸に残って急に京都に行くことにした。先生は、こんなお話をされたのだ。
「私は、苦しいとき、つらい時、どうしていいかわからなった時は、京都の広隆寺にある弥勒菩薩に会いに行くんです。何時間でも弥勒菩薩の姿を眺めるのです。すると不思議に気持ちが和らいでくる。時には涙さえ流れてくることもある。私にはそのわけがわからなかった」
「そのわけを教えてくれたのが、ドイツの哲学者、カール・ヤスパースです。世界中の仏像を研究していたカール・ヤスパースは弥勒菩薩像を見てこう言ったのです。世界中にある仏像の中でも、これほど美しい微笑の菩薩、これほどいい姿、いい顔をした仏像はないと」
「しかし、これほどまでの顔になれるのは、たくさんの過ち、罪を犯した人間でなければ、こんな顔にはなれないと言ったのです。この姿こそ、人間が到達しうる最高の姿であると。本当にその通りだと思いました。だからこそ、私のような間違いだらけ、失敗だらけ、罪や過ちばかりの、こんな自分さえ、弥勒菩薩は許してくれる。その深い深い慈悲の心を感じるからこそ、私は弥勒菩薩が好きでたまらなかったのだとわかったのです」
私は行徳先生からこのお話を聞いた時、目頭が熱くなった。私も失敗だらけ、間違いだらけ、愚かなことばかりやってきた人間だからだ。でも、弥勒菩薩の美しい微笑みが、それらのことを全部やってきたものでなければ到達できない姿だったなんて・・・・。
そう言えば、私が一緒にいて居心地がいい人、安心できる人、楽しい人、大好きって思える人は、決して聖人君子のようなりっぱな人、清く、正しく、美しく、賢明さや聡明さだけがあふれている人ではなかった。
たくさんの過ち、愚行、貪欲、嘘、罪、失敗、そんな自分の人間くさいドロドロした部分や、自分の心の弱さ、身勝手さによって、人を傷つけもし、自分も傷つけ、人生でたくさんの惨めさや後悔をいっぱい味わい、自分が決して人に誇れるようなりっぱな人間じゃないということをちゃんと知っている人が好きだ。
そして、それを自覚した上でなお、その存在からやさしさや繊細さや愛があふれているような人、この世界から、ちょっとはみ出しているような人が私は好きだ。
とにかく行徳先生に弥勒菩薩の話を聴いてビビッと感じてしまった私は、どうしても広隆寺に行きたくなって、リトリートを一緒にやってくれた清子ちゃんと和ちゃんを誘ってみたら、二人とも一緒に行くって言ってくれたので、早速、行動開始。
3人で会うのはすごく久しぶりで、私はうれしかった。私の中で、やっとひとつの季節が終わったから、こうして再び3人で会うことができたのだと思う。ずいぶん時間がかかったなと思った。一時は勝手に壁を作ってひきこもってしまって、二人には本当に申し訳ないことをしたと思う。私がもう一度自分の足で歩き出せるまで、二人がそっとしておいてくれたことが本当に有り難かった。
広隆寺の弥勒菩薩の前に立った。私は長いこと弥勒菩薩の姿を眺めていた。弥勒は、仏像という置物には全く見えず、それはあたかも生きているようだった。心が不思議に静かになっていった。その場に足が張り付いたようになり動けなり、私は、知らずに泣いていた。自分が泣いていることにさえ気づかずに泣いていた。
この後、3人で鞍馬山を歩いた。テクテク、テクテク、えっちら、おっちら。無言で歩き続けた。登り続けた。それぞれの胸の内には、きっと一緒に歩いた、あの“いりあい村”での3年半の月日の思い出が去来していたのだと思う。
毎月、毎月、いろいろな出会いがあった。忘れられないシーン、思い出がいっぱいある。ものすごい密度の濃い時間だったと思う。人が10年、20年生きても体験できないようなことを一緒に味わい、共有した仲間というのはやはり特別だ。鞍馬山を歩きながら、私は、昔清子ちゃんがポツンと呟いた言葉を思い出していた。
「明美ちゃん、思い出を大切にすることと、執着はちゃうよな。リトリートのことは大切な思い出として一緒に生きていけばいいんとちゃう。うちもリトリートで一生忘れられないような体験したし、本当にいい出会いがあった。このことは、ずっと大切にしていきて生きていきたい。遠く離れて暮らしていても、からだはなくなっても、みんなこの広い空のどこかで生きているやんか。うち、そう思うだけで生きてゆける気がする」
「リトリートに関わって一番よかったのは、“心地よさの感覚”を大切にしながら、ゆっくり、自分のペースで“自分の声”に辿り着いたらいいんやなと思えたこと。そして自分が本当にやりたいことをやって生きていいんだって思えたこと。自分の足でちゃんと立っていない人間は、人と心地いい関係は作れんということ。どんなに淋しくても、もたれかかってしまったらあかんのよな。リトリートに出会って、初めて自分とちゃんとつきあい始めて、あれから自分の足で歩くことの淋しさも引き受けながら、こうやって歩き出せたんやで」
清子ちゃんは、確かに、だんだん笑いながら「淋しいやんか」という人になっていった。暗い顔で、「淋しい」なんて言われると重くなるけれど、笑顔で「淋しいやんか」と言われるとすごく相手がいとおしく思えることが不思議だ。
きっと人は誰もが、心の深い部分には淋しさを抱えながら懸命に生きているのだと思う。家族がいても、友達がいても、好きな仕事をやっていても、人はみな心淋しき存在だ。それは生きていることの淋しさであり、人が、人であることの悲しみなのだと思う。でも、そんな淋しさや悲しみを抱えながらも、人が生きていけるのは、一緒に歩いてくれる人がいるからだ。
男と女の愛や、親子の愛だけではなく、人と人の間に通い合う愛というものがある。言葉をかわさなくても、あたたかく触れ合うものがあり、互いの中にやさしく通い合うものを感じられる人がいる。楽しい時も、沈黙の時間も共有でき、一緒に歩いているということが、ただそれだけでうれしい魂同士というのは、確かにいる。
鞍馬山を歩きながら、清子ちゃんと和ちゃんは何を思い出していたのだろうか。話してみたい気持ちも少しあった。でも3人共昔話はしなかった。きっと今は、昔話より、もう一度こうして一緒に歩いているということの方がずっとうれしかったのだと思う。
鞍馬山を一緒に歩こうと言い出したのは清子ちゃんだった。私は、鞍馬山と聴いて、本当に天狗に会えるのではないかと思っていた。途中、和ちゃんが、「明美ちゃん、私たちとずっと一緒に歩いているもう一人の人がいること感じてた?」なんて突然言うのでびっくりした。「えっ、どこどこ、どこにいるの?」「ほら、そこ。明美ちゃんの左斜め前。今そこの木の切り株のとこにいる。さっきからずっと一緒に歩いていたよ」
和ちゃんにこう言われても、残念ながら私には見えなかった。でも、私たち3人と一緒に歩いている“見えない天狗”がいるらしいことがわかって、私は急におかしくなってきた。“てんとう虫”の次は天狗ですかって感じ。からだがなくなると、本当に自由自在に自分が行きたいところにいけていいわねと思った。
それにしても鞍馬山は本当にいい山だった。まさに霊山だ。山の気が違うのだ。清浄な気、神聖なエネルギーが山全体に流れていた。この山を3人で言葉も少なくただひたすら歩き続けた時間は、まさに巡礼のようだった。こういう旅を一緒にできる人がいることを私はとても幸せに思う。この旅のことを、私は一生忘れないだろうなって思った。
<お知らせ>
岡部明美の公式ホームページ
http://anatase.net/
■11月16日(日)~18日(火) 沖縄で2泊3日のワークショップ
テーマ:私と宇宙のいのちのシンフォニー ~飛翔 あなたの大空へ~
■12月5日(金)~7日(日) 群馬県・伊香保温泉で2泊3日のワークショップ
テーマ:ボディ・マインド・スピリットの声に耳を澄ます
からだを整えてしなやかさを取り戻し、こころの重荷を手放して軽くなり、魂の歓びを見つけ、2009年・新しい年の人生のビジョンを描く
いきなりショックを受けた。私はいままで生きてきて、こんなに強烈な存在感をもった人に出会ったことがない。行徳哲男先生に会った時、私は心底驚いた。存在がメチャ濃い。濃過ぎる。ついでに、顔も情も髭もすごく濃い。
行徳先生に出会った瞬間、私は、いきなりカウンターパンチをくらった感じがした。とても70代とは思えないパワーとバイタリテイ。行徳先生というと、なぜか、そのイメージが四字熟語で次々に出てくる。
まさに、豪放磊落、天衣無縫、泰然自若、意気軒昂、唯我独尊。先生の厳しさの奥にある、底知れない大きな愛と人間くさい情の細やかさ。人の痛みや悲しみにこれほど共感同苦し、その人の魂の叫びや願いを引き出す力は本当にすごいと思った。
噂には聞いていたが、行徳先生の研修であるBE訓練は、本当にカルチャーショックだった。理性の鎧兜でがんじがらめになって窒息しそうになっている男性たちや、古い自我の殻が窮屈になってしまった人たちの感受性が、行徳先生の熱く、厳しく、やさしい目に晒されている内に次第に流れ始め、中からあたたかきもの、やさしきもの、繊細なものが表れてくる様は、本当に感動的だった。
「現代人の最大の病は、感受性微弱、シリアス(深刻)病です。みんな感じることを忘れて考えてばかりいる。感じている自分こそがまぎれもない自分なんですよ。考えるから動けなくなる。考えるから臆病になる。考えるから不安になってしまう。考えるから深刻になる。考えて解決したことなど今までありますか。考えれば考えるほどわからなくなるでしょう」
「悲しみから逃げているから悲しみが追いかけてくるんです。心の痛みというのは、逃げないでその中に飛び込んでみれば自然に流れていくんです。自分のどんな感情も粗末に扱ってはいけませんよ。自分が不鮮明になりますから」
行徳先生が言うように、人は、深い悲しみを悲しむ力がないと、本当の意味で立ち直ることはできないのだと私も思う。先生は、人があまりに痛くて、その悲しみから逃げてきたものに直面させる。その人の中にある深く悲しむ力を引き出して、真に立ち上がらせるのだ。そして、その人本来の自分、無垢な心を思い出せる。
私も行徳先生のお蔭でおいおい泣かされた。振り絞るような涙が出てきた。そうしたら、先生に「お、やっと童女の顔が出てきたな。その顔こそが、あけみさんの本来の顔なんだよ」と言われた。
「人の目、世間の目ばかり気にし、人にこう思われたい自分、こう見せたい自分ばかり作って生きているからみんな自分がわからないんです。人が自分をどう見ているのか、自分は人からどう思われているのかの方が、自分が自分を生きることよりも大事になってしまっている。これでどうやって自分の人生が生きられますか」
「正しいか間違っているか、善か悪か、損か得か、そんな理性の物差しだけで生きているから人生がつまらなくなるし、スケールの小さい人間になってしまうんです。一度ちゃんとわがままに生きてごらんなさい。楽しいか、楽しくないか、好きか、嫌いか、快か、不快か、面白いか、面白くないか、やりたいか、やりたくないか、行きたいか、行きたくないか、そんな感性の物差しで生き始めたら人生が楽しくてしかたないですよ。自分に正直に生きている人間というのは、人がその人らしく生きていることも認めることができるものなのです。我なればこそ、あなたなればこそ、だからです」
行徳先生は研修中とても厳しいことを言う。まさに今の世の中にほとんど無くなってしまった厳しい父性の愛だ。BEを体験した男たちの多くが、行徳先生を“オヤジ”と呼ぶのがわかるような気がした。
研修中の行徳先生は、はっきり言って鬼である。不動明王そのものである。頭でっかちで、かっこばっかりつけていて、臆病で、去勢を張って、理屈ばかり言って、感性の鈍い人に対して特に先生は厳しい。
でも、先生は、本当は一番よくわかっているのだと思う。感じることをやめなければ生きてこられなかった男たちのつらさを。男たちがこの競争社会の中で、勝ち負けゲームの世界でどれだけ傷ついているかを。この社会で生き延びるために、登り続けるために、自分の価値を証明し続けるために、男たちは鎧をまとうことでしか自分を守れなかったということを。
自分を守るというのは、本当はちっぽけな自分のプライドや見栄や恐怖心だけを守っているだけではないのだ。そのもっと奥にある、繊細さや、純粋さ、無垢なるものも同時に守っているのだと思う。何者も決して汚し得ないものを人はみな内側にもっているから。堅さの内側には必ず柔らかいもの、繊細なものがあるから。
だから、行徳先生は、自分ではもう割れなくなってしまった人の、その厚くて堅い殻を破る。割る。こわす。溶かす。ここに、行徳先生の長年培ってきた奥義、手法がある。パッカーンって音がするほどだった、殻が割れた瞬間は。
すると、一人ひとりの“感性の扉”が次々に開いていき、みんなの顔がどんどん少年、少女の顔になっていくのだ。みんないい顔になっていく。その人の本当の顔、表情が立ち現れてくる。初日に会った時の顔とは別人28号だ。殻をかぶったままでは、本当の自分には出会えない。人ともつながれない。本来の自分のいのちの輝きも表れてこないのだ。
おかしなことにみんながいい顔になるにつれ、行徳先生の顔、表情もどんどん変わっていった。最初は先生の、人を威嚇するような目、地響きがするようなしゃべりかたが何ともこわかった。とんでもないところに来てしまったと、私は来たことを激しく後悔した。初日の晩に帰ろうかとさえ思った。
しかし、最後までいて良かった。最終日には鬼のように見えた先生の顔が“植木等”みたいに見えて、ゲジゲジ眉毛だけ見るとまるで“水戸黄門”みたいだった。先生の顔、表情の変化が、最大の劇的ビフォーアフターだった。鬼の顔の奥に仏が見えた。
「自分の中を見る、内側に向かうということを始めた人は、ただもうそれだけですごいことなのです。素晴らしいんです。中を覗けば痛みがいっぱい出てきます。自分のいやなところも見えてきます。でもそれを見ることができるのは、勇気がある人だけなんです」
「自分探しというのは、実は、“自分に帰る”ということなんです。それはある意味、幼心に戻ることと言っていい。四国の宇和島に、蓮華寺という寺がある。その山門には、“人間にとって最も大切なもの、それは、童心を忘れないこと。童心とは、神に最も近く接する姿である”と書いてある。人は、子供心に近づけば近づくほど、神さまと一緒になれるということです。人間的に魅力がある人というのはみな、どこかしら子どもっぽさ、あどけなさ、無邪気さ、ちゃめっけ、純粋さをもっています。そして、それは、長生きの秘訣、健康の秘訣、いきいきと輝いて生きる秘訣でもあるんです」
私は行徳先生にこの話を聴いていた時、あのイエスの言葉を思い出した。「幼子のような者だけが神の王国に入れる・・・」
幼子のような人とは、一度ちゃんと大人になって、大人として生きて、再び子供になった人、再び無垢になった人なのだろう。赤ちゃんが無垢なのはそのままだ。なんの努力もいらない。でも、人間の世界の汚さ、醜さ、自分の心の修羅にもとことん向き合って、そしてもう一度、純粋さ、無垢さに戻ってきた人の透明感は途方もない。まさに泥の中で咲くあの美しい蓮の花のようだ。
俗世にいながら俗世を超えて生きている人。耐え難いほどの現実の重さを抱えているにも関わらず、それでもただ淡々と生きている人。大人でありながら子供のような純粋さをもっている人。自分を小さくできる大きな人。すでに悟られているのにその辺のおじさん、おばさんと何ら変わらず“普通の人”として生きている人。汚泥のような人間の心を熟知しながら、それでも人間を、この世界をこよなく愛している人。いるだけですごい存在感のある人。そんな途方もない人間が時としているものだ。
行徳先生は、その途方もない、いや、とんでもないお方の一人である。先生は、高血圧で心臓の病気もあり、いつ心臓発作が起るかわからないので、いつもニトログリセリンを持っているのだという。行徳先生は、まさにいのちがけでお仕事をされているのだ。いや、いのちがけなんていう深刻さは、行徳先生にはない。ただ、いのちを燃やして生きている、完全燃焼の人生なのだ。
本来ならご高齢でもあるし、そのような病気をもっていたら普通の人なら安静にして生きるのだろうけれど、行徳先生はそのようなことでおとなしく“隠居”されるような人ではない。
なんと言っても心の疼きやトキメキ、情熱、そして女性をこよなく愛されている人だからだ。年をとっても、感性の豊かな人、好奇心が強い人、好きなことをやって生きている人、異性に対してときめく人、ハメをはずせる人、遊び心がある人は、確かにみな若々しいし、魅力的だし、パワフルだ。行徳先生はまたこんなことも言う。
「私は、病気はあるが病人じゃない。部分を見たら病気でも全体の私はこんなに元気です。“全体を見る”ことが大事なんですよ。病気があろうが、問題があろうが、自分が面白い人生を生きているかどうかの方がずっと大事なことです。自分の人生を面白くするかどうかは自分次第。好きに生きればいいんですよ。やりたいことをやればいいんです。誰も縛っちゃいません。自分が自分を縛っているだけです。“ねばならない”という自分で自分を縛っている縄を捨てりゃあいいだけです。私はこんな好き勝手な人生を生きているから、後は、死ぬ時には死ぬがよく候ですよ。ガッハッハ」
行徳先生は、癒しなどという言葉はおよそ似合わない、ヤクザの大親分みたいな強面の風貌だけれど、その存在のもっている心の技は、人の最も深い痛みや悲しみを癒していく。
それにしても、ほんと行徳先生は、正真正銘の奇人・変人の帝王、巨匠だ。理性のデストロイヤーでもあるし、若者よりも青春している変なじいさんだし、なによりも、あの猛獣顔の下に弥勒菩薩を隠し持っている。まったくもって、けったいな“花咲かじいさん”なのだ、行徳先生は。
研修の最終日にはビールで乾杯だったが、みんなの顔はまるで精神のヒマラヤ越冬登山隊の“祝・生還!”みたいな雰囲気だった。よくぞみな途中でへこたれずに無事下山しましたという感じ。
BEを受けるのは殆どが男性で女性は滅多にいない。そりゃあそうだろうなと思う。女性でこの研修を体験しようと思う人はそれだけでもう相当“勇猛果敢”な人だと思う。と言いながら私は、なんと2回も受けた猛獣なのだが・・・。
しかし、研修中の行徳先生は、まさしくただものではないのだけれど、山を降りた(娑婆の世界に戻ることを先生はこう言う)先生は、これほど“とんでもない人”はこの地球上にいるだろうかというくらい周りを愕然、アングリさせてしまう人でもあるのだ。とにかく行徳先生は、ものすごい短気でわがままで淋しがりやだ。身近にいる人間は振り回されっぱなしだ。頭髪がどんどん薄くなっている人もいる。
まさしく、我儘、あるがまま。“行徳菌”と呼ばれる先生のあのハチャメチャさと身勝手さ。身近な人たちにこれほど忍耐力をつけさせ、禿げさせ、胃をこわさせ、それによって、これほど周りの人を“菩薩”にしてしまう人もいないらしい。
行徳先生と身近に関わっている人たちは、絶え間なく自分の固定観念、予想、計画、常識、予定調和をこわし続けられるからものすごく成長するようだ。私は禿げたくないし、胃潰瘍にもなりたくないので、先生とはいい距離でおつきあいさせていただいている。しかし、私もすっかり“行徳菌”にやられてしまったので、自分の中のヤンチャな部分に火がついて、今までよりも更にヒンシュクをかう回数が増えて困っている。
私はこれを全部行徳先生のせいにしている。私は、BEの感想文に“感性の巨人”としての行徳哲男という人についてこう書いた。先生はこれを見て大笑いしながらこう言われた。
「いやあ、俺という人間をよくもまあここまで見事に表現してくれたもんだよ。俺の葬儀の時は、ぜひこれを弔辞で読んでくれよ、明美さん、頼んだぞ」
そんな、弔辞なんて淋しいことは言わないでほしい。先生には元気で長生きして、BEをやり続けてほしい。私がまたいつかへこたれそうになった時は喝を入れてほしい。行徳先生がいなくなったら、世の中が静かになり過ぎる。淋しすぎる。
私は行徳先生という人に出会い、こんなに元気で、破天荒に人生を謳歌している魅力的な70代がいることを知り、年をとることがすごく楽しみになったのだ。私も、こんなヤンチャな70代を生きてみたい。たぶん、素質はあるような気がする。
こんなにわがままで こんなにあたたかくて
こんなに厳しくて こんなにやさしくて
こんなにムチャクチャで こんなに自由で
こんなに熱くて こんなに淋しがりやで
こんなにヤクザで こんなに純粋で
こんなに自己中心的で こんなに情が濃くて
こんなに知的なのに こんなに知性のかけらも見えなくて
こんなにハタメーワクなのに こんなに愛されていて
こんなに年寄りなのに こんなに子供みたいで
こんなにダイナミックなのに こんなに肌理細やかな思いやりがあって
こんなにとんでもない人なのに こんなに人に慕われる!
<お知らせ>
岡部明美の公式ホームページ
http://anatase.net/
■11月16日(日)~18日(火) 沖縄で2泊3日のワークショップ
テーマ:私と宇宙のいのちのシンフォニー ~飛翔 あなたの大空へ~
■12月5日(金)~7日(日) 群馬県・伊香保温泉で2泊3日のワークショップ
テーマ:ボディ・マインド・スピリットの声に耳を澄ます
からだを整えてしなやかさを取り戻し、こころの重荷を手放して軽くなり、魂の歓びを見つけ、2009年・新しい年の人生のビジョンを描く
私は、伊東充隆先生にこれからどのような活動をしていく予定なのかをいろいろと聞いてみた。
「大学病院を去ってからのこの10年間の僕の仕事は、個人セッションが中心だったけれど、今後の活動はより多くの人と関われるものを増やしていきたい。また、新しい医学教育などの啓蒙活動や、量子医学の分野から医療改革の提言などもやっていこうと思う。地球は今、まさに分水嶺にあり、人類の集合意識の覚醒、意識革命が本当に必要な時代なんです」
この10年、ずっと一匹狼で生きてきた伊東先生は、これからは、いろいろな個性や才能やキャリアをもった人たちとチームを組んで、それぞれの不得手や欠点を補い合い、それぞれの持っている特技と良さを活かし合った仕事をしていきたいのだという。
「対症療法ばかりが中心だった日本の西洋医学が、予防医学の大切さを啓蒙し始めているけれど、実は何も変化していないと僕は思う。何故なら、予防という概念の根底にあるのは、病気と死への恐れに他ならず、既に病気に負けているからです。恐れから立ち上がったモノやシステムは、どんなに良く見えても、新たな恐れを生んでいく。今、世界は、医療のみならずあらゆる分野で、この恐れと問題解決の罠にはまっていて、そのせいで全てが複雑化し、行き詰まっています」
「僕は、健康と病気、生と死という“二極性の檻”に閉じ込められている人間の魂を如何に解放していくかが真の創造なのではないかと思う。病気と健康を包含した「大いなる健康」、生と死を包含した「大いなる生」に気づき、今まで病気や死を恐れ、とらわれていた患者さんの意識を変えていくサポートをしていきたいと思っています」
「もちろん、予防医学は大切ですし、心身の健康を自分でケアしていく、あるいは、専門の方々にケアしてもらうことはとても大事なことです。これからも僕は、医者としてベストを尽くして治療をしていくことには変わりはありません。しかし、僕の魂は、病気を治してあげることだけでは喜びを感じないのだということを、大学病院で働いていた時代に痛感したんです」
「僕は今、これまでの学び(西洋医学・東洋医学・量子医学・代替療法・心理療法・形而上学)を生かして、“ボデイ・マインド・スピリチュアル”を統合した新しい教育システムを立ち上げる準備をしています。患者さん、クライアントさんを、心とからだと魂のつながりから診療し、ケアし、サポートできる人が増えていってくれることが僕の願いなんです」
「対象は、医師、看護士、介護士、セラピスト、カウンセラー、ヒーラー、ボデイワーカーなどの医療関係者と援助職の人たちです。僕の方の体制が整ったらぜひ明美さんにも強力してほしい。お互いの持ち味を活かしあったら、きっといい仕事ができると思うから」
伊東先生から突然有り難いお話をいただいた。マサさんが亡くなった後の混乱期に伊東先生のセッションを受け、私自身のエネルギーが大きく変わり、人生に新しい状況が生まれ始めたのだけれど、まさか伊東先生と近い将来なんらかの関わりが生まれそうになるなど想像もしていなかった。
私がどんな形で協力できるのかは全くわからないけれど、日本の医療改革に対しては私もとても関心があるので、先生の今後の仕事は本当に応援していきたいと思う。伊東先生もまた日本の医療を変えていくお一人になることは間違いないと思うから。
伊東充隆先生の「青空禅フォーラム」の日程
■10月30日(木)会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
■11月24日(月・祝日)会場:自由が丘「ソフィアホール3f」
■12月日10日(水) 会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
*10・12月は、受付:午後6時30分。開始7時 終了9時
*11月は、受付:午後1時30分 開始2時 終了4時
*参加費:3千円
*定員:40名(すぐ定員になりますのでご予約はお早目の方がいいかもしれません)
伊東充隆 i Medic&Art itou@imedic-art.com
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-3-14サンフェル神宮前201
Tel; 03-3408-9513 Fax 03-6902-1783
「名古屋・青空禅フォーラム」の日程
【日時】10月25日 (土)午後2時~5時
12月6日(土)午後2時~5時
【場所】 大和白鳥創造センター 4F会議室 (㈱ヒカリ)
名古屋市熱田区熱田西町1-21 (052)688-0111
(国際会議場南、白鳥庭園すぐ北)
☆終了後懇親会「白鳥物語」にて実費
【会費】 3,000円 (青空禅フォーラム)
お問合せ・お申込: Eco-Branch鶴田紀子noriko@eco-branch.com
☎(052)503-1002 / 携帯(090)3932-5751
<お知らせ>
岡部明美の公式ホームページ
http://anatase.net/
■11月16日(日)~18日(火) 沖縄で2泊3日のワークショップ
テーマ:私と宇宙のいのちのシンフォニー ~飛翔 あなたの大空へ~
■12月5日(金)~7日(日) 群馬県・伊香保温泉で2泊3日のワークショップ
テーマ:ボディ・マインド・スピリットの声に耳を澄ます
からだを整えてしなやかさを取り戻し、こころの重荷を手放して軽くなり、魂の歓びを見つけ、2009年・新しい年の人生のビジョンを描く
「青空禅フォーラム」で最初に伊東先生がお話された“青空と雲”のたとえは、とてもわかりやすくて印象的だった。私が今まで何回か体験したあの“からっぽの感覚”一あの時の内側深くにあるとても静かで平和で満たされている感覚や、意識の大きな広がりが何だったのかがよくわかったからだ。
「生まれては消え、生まれては消えを繰り返す思考や感情=心、あるいはこの肉体が雲であるとするなら、人の本質は、生まれも消えもしないあの青空のようなものなのです。人はみな、自分を雲(心とからだ)だと思っているけれど、本当は、永遠にそこにある青空(意識・空間)が自分の本質なのです」
「探求者は、その探求のプロセスでものすごく苦しくなる時期があるのは、この雲、つまり、思考や感情が静かになって、無念無想の状態になり、自我(エゴ)も消え、ジャッジ(評価・判断・批判)もしなくなるようになって、初めて青空意識に辿り着けると思い込んでしまうからなんです」
「でも、人間というのは“同時存在”なんです。すでに静寂なる意識、大いなる意識があるんです。自分では気づいていないけれど、人生の中で、その感覚を体験している人って結構いるんですよ。無心になって何かをしている時はまさにその意識状態ですし、瞑想を深めていけば、それに触れることもできるでしょう」
「でも、それを体験し、理解を深めていったからといって、突然、雲が黄金色に輝きだし、聖人君子のような素晴らしい人格者になったり、欠点ひとつない愛と光だけの清らかな存在になったりするわけじゃないですよ。勘違いしないでくださいね。性格は変わりませんよ(笑)」
私は、このお話を聴いて、あの生死を彷徨う闘病体験の時や、マサさんが死ぬかも知れないという時に体験した、ただ静かにすべての状況を眺めていた私(意識)、そして、大自然の中で自分が溶けていなくなり、ただ幸福感と意識の大きな広がりだけがあったというあの体験が、先生が言われる青空意識だったのだということが初めて腑に落ちた。
「こだわり、囚(とら)われ、思い込み、決めつけ、妄想、判断、執着こそが、私(エ)意識(ゴ)=雲を生む。あるいは、それらが雲から生まれるものだということが本当に理解できると、雲との同化から離れられますから悩んでいる時間がものすごく短くなります」
「もちろん人間だから瞬間的な反応はありますよ。ムっとしたり、悲しくなったり、頭にきたりね。でも、このことが本当にわかると二次的、三次的な“感情的な反応”、“思考の堂々巡り”、つまり、雲を追っかけなくなるから問題が早く過ぎ去ります」
「毎日、10分でもいいから、ただ座って瞑想する習慣をつけると、昔は一週間くらい腹がたっていたり、あーでもない、こーでもないと考え込んだり、落ち込んだりしていたのが、ほんの数十分、数時間、あるいは数日で消えていったりするようになりますよ」
「肉体をもって生まれた以上、雲を消すことはできないわけです。肉体そのものが生まれては消えを繰り返している雲なのですから。そして、感情や思考という人間の悩み苦しみを作る心(マインド)の働きもまた肉体に属しているわけですからね。内側に意識を向けるようになると、心は少しずつ静かになっていきます。ただ、心で心を完璧に鎮めることはできないんです。心というものは、さまようようにできているからです。でも自分の本質が意識であるということへの目覚めが体験的に起きてくると自動的に静かになっていきます」
ほんとそうだ。私は、心のことを深く学べば、いつの日か、心の平安や静かなる境地にいたれると思って、様々な心理学を学び、厳しい精神修養もしてきたのだけれど、ちっともそんな風になれなくて、私はまだまだ修行が足りないのだとずっと思っていたのだ。すでに自分が青空意識を体験していたなんてほんとびっくりだった。
心というのは、状況に対して起きてくる自動的な反応だから、そもそもうるさいもの、騒がしいものなのだ。怒り、恐怖、不安、嫉妬、執着、批判、妄想、固定観念一これらはみな心が作り出しているのだ。
反応している時というのは苦しい。相手が、あるいは状況が、自分を苦しめている、ストレスを与えているように思う。“対象や状況”、“相手”、“自分”というものに意識を向けている間はずっと苦しいままだ。
でも、確かに、すでにこれらの感情や思考が自分にあることに気づいている、あるいは、観ている意識がある。もし自分が、思考や感情とひとつなら、気づくことはできないのだから。気づいている者、ただ観ている何者か、それが、私たちの本質なのだ。
「誤解してほしくないのは、青空意識が最高で雲はダメだってことじゃないんですよ。探求者は聖なるものを求めている人が多いから雲(エゴ)を悪者・邪魔者扱いして、無くそうとするから逆に苦しむんです。人間は肉体を持っている以上当然エゴがある。でも、その雲(エゴ)さえ包み込み、抱きしめてくれている存在、意識にすべての人は包容されているのですから」
「雲ひとつない青空もきれいだけれど、青空を悠々と流れる白い雲もきれいでしょう?夕焼けのあの美しさは、雲があってこそ神々しいほどに美しいじゃないですか。人間は雲(物質(からだ)・心)と青空(空間(スペース)・意識)の同時存在なんです。青空と雲、両方あってこそ、この世界は楽しく、美しいのだと僕は思っています」
「私たちの本質が生まれることも死ぬこともないあの青空という空間・意識であることが、徐々にでもわかってくると、怒りや憎しみ、葛藤や矛盾さえ抱擁している無条件の愛というのは、青空意識の方、本質の方なんだってわかってきます」
この世に生きとし生けるもの、存りて在るものを、このように創造したものは、すでにすべてを許し、愛し、抱きしめているのだ。 自己の矛盾や怒りや葛藤、プラスとマイナスの感情、善と悪、生と死という両極を超えてすべてを包含しているものが人間の本質なのだ。
自己の内側深くにある、その広大無辺なる純粋意識こそが本質であることに気づくと「許そう」とか、「受け入れなければ」ってがんばらなくてもいい。でも、こういうことを教えてくれる人はなかなかいないから、精神世界に救いを求めて関わり出した人はいつまでたっても、「自分はまだまだ修行が足りない。自分はダメだ」と言って、自分を責めてしまうのかもしれない。
理屈ではよくわからなかったのだけれど、私が瞑想を続けてきたのは、すでに体験していた青空意識を、意識的に体験するためだったんだなということが初めて腑に落ちた。
伊東充隆先生の「青空禅フォーラム」の日程
■10月30日(木)会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
■11月24日(月・祝日)会場:自由が丘「ソフィアホール3f」
■12月日10日(水) 会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
*10・12月は、受付:午後6時30分。開始7時 終了9時
*11月は、受付:午後1時30分 開始2時 終了4時
*参加費:3千円
*定員:40名(すぐ定員になりますのでご予約はお早目の方がいいかもしれません)
お問い合わせ・お申し込み:伊東充隆 i Medic&Art
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-3-14サンフェル神宮前201
☎ 03-3408-9513 fax 03-6902-1783
「名古屋・青空禅フォーラム」の日程
【日時】10月25日 (土)午後2時~5時
12月6日(土)午後2時~5時
【場所】 大和白鳥創造センター 4F会議室 (㈱ヒカリ)
名古屋市熱田区熱田西町1-21 (052)688-0111
(国際会議場南、白鳥庭園すぐ北)
☆終了後懇親会「白鳥物語」にて実費
【会費】 3,000円 (青空禅フォーラム)
お問合せ・お申込: Eco-Branch鶴田紀子noriko@eco-branch.com
☎(052)503-1002 / 携帯(090)3932-5751
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岡部明美の公式ホームページ
http://anatase.net/
■10月11日(土)~13日(月・祝日) 岡山で2泊3日のワークショップ
テーマ:3つの扉 ~からだとこころの浄化、スピリットの目覚め~
玄米少食・坐禅・気づきのワーク
■11月16日(日)~18日(火) 沖縄で2泊3日のワークショップ
テーマ:私と宇宙のいのちのシンフォニー ~飛翔 あなたの大空へ~
■12月5日(金)~7日(日) 群馬県・伊香保温泉で2泊3日のワークショップ
テーマ:ボディ・マインド・スピリットの声に耳を澄ます
からだを整えてしなやかさを取り戻し、こころの重荷を手放して軽くなり、魂の歓びを見つけ、2009年・新しい年の人生のビジョンを描く
私に「TMのセッションを一緒に受けようよ」と声をかけてくれた笹本えみちゃんも、私と同じくらい様々な代替医療を受けてきた人なのに、伊東先生のことはつい最近まで全く知らなかったというから、先生は本当に知る人ぞ知るという存在なのだろう。
そのえみちゃんが、私に向かってこんなことを言う。
「あなたは、見た目のキャラクターとは全然違って、精神は“行者(ぎょうじゃ)”よね。過去生で相当厳しい修行してきた魂だと思うわよ」などと、あやしいことをさらっと言うのだ。こんな会話を「この大根美味しく煮えているね」みたいなノリで言えてしまうのがえみちゃんの面白さだ。伊東先生についてもこんなことを言っていた。
「私は、ずっと伊東先生みたいに、“からだと心と魂”のつながりから、一人の人間を丸ごと診てくれるお医者さんを探していたの。先生に出会えてほんと良かったわ。それにしても先生は、看板も出していない、本も出していない、診療内容、セッションメニューを書いてあるパンフレットもない。この時代に、ホームページすら出してないのよ。最近になってやっとホームページくらい作った方がいいかなあなんて言っているけど、いつになることやら。でも、ないないずくしなのに、この10年間、クライアントさんが口コミだけでひきもきらずにやってきたわけでしょう。これってすごいことだよね」
伊東先生は、毎月、「青空禅フォーラム」という会を主催されている。青空禅フォーラムでは、みんなで坐禅を組み瞑想をした後、先生が毎回いろいろな話をしてくださる。先生は、目に見えない世界の話を、量子物理学、心理学、医学、形而上学の視点から縦横無尽に話をされる。
先生は、目に見えないスピリチュアルな世界の話を、非常に理性的に知的に話されるのが得意なので、あやしさ度がライト感覚で全然抵抗感なく聴ける。へたするとすごくあやしくなる目に見えない世界の話を、こんな風に科学的にかつカジュアルに話せる人というのは珍しい。伊東先生は、見える世界と見えない世界の架け橋のお仕事をされているんだなと思った。
私も仕事がない限りできるだけ参加しているけれど、こういう会に経営者やOL、主婦、ビジネスマン、患者さん、医師やセラピストやヒーラーやカウンセラー、若者たちなど、実に多様な人たちがやってくるのを見ると、時代は確実に変わり始めていることを実感する。
ある時の「青空禅フォーラム」にお母さんに連れられて小学6年生の男の子がやってきた。その子が、伊東先生の話の後にこんな質問と感想を述べたのを聞いて私は心底驚いた。
その子は、「伊東先生の話は、難しい話もいっぱいありましたが、子供だからこそわかる話もありました」(私はこの言葉にショックと感動を受けた)
そして、その子は、「伊東先生、人は何の為に生きているのですか。僕は生きていることの意味がわかりません」と言ったのだ。 そこにいた大人たちはみな身のすくむ思いとともに、何か不思議な感動を覚え、何人かの人は涙ぐんでいた。私も鳥肌が立ち、思わず目頭が熱くなった。
およそ人間が発しうる問いの中で、最も本質的で根源的な問いを、こんなにストレートに、こんなにまっすぐな眼差しでぶつけてくるこの男の子の存在感に、その場にいた大人たちはみな圧倒されたのだ。
伊東先生は言った。
「僕は、その質問を僕にぶつけてくる君の存在に感動しています」
「しかし、僕はここで、人は何のために生まれ、生きることにどんな意味があるのかということをあえて言うまいと思います」
「君には、ぜひその問いを持ち続けて生きていってほしい。その問いを持って生きることが何よりも大切なことなんです。君は、きっといつか、その答を、言葉ではなく”体験”として自分で発見する時がくると思うから」と。
終わった後、私は、その子のお母さんと話をした。
お母さんは、「この子は、小さい頃から、こういうことを私にもお兄ちゃんにもいつも聞く子でした。 私は、それにうまく答られませんでしたが、お母さんにとっては、あなたがいることが幸せなの、だから少なくともあなたが生まれた意味には、お母さんを幸せにするためというのはひとつあると思うのと答えていたんです」。
私は、お母さんのこの言葉にも感動したのだった。
伊東充隆先生の「青空禅フォーラム」の日程
■10月30日(木)会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
■11月24日(月・祝日)会場:自由が丘「ソフィアホール3f」
■12月日10日(水) 会場:自由が丘「ソフィアホール4f」
*10・12月は、受付:午後6時30分。開始7時 終了9時
*11月は、受付:午後1時30分 開始2時 終了4時
*参加費:3千円
*定員:40名(すぐ定員になりますのでご予約はお早目の方がいいかもしれません)
お問い合わせ・お申し込み:伊東充隆 i Medic&Art
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-3-14サンフェル神宮前201
☎ 03-3408-9513 fax 03-6902-1783
「名古屋・青空禅フォーラム」の日程
【日時】10月25日 (土)午後2時~5時
12月6日(土)午後2時~5時
【場所】 大和白鳥創造センター 4F会議室 (㈱ヒカリ)
名古屋市熱田区熱田西町1-21 (052)688-0111
(国際会議場南、白鳥庭園すぐ北)
☆ 終了後懇親会「白鳥物語」にて実費
【会費】 3,000円 (青空禅フォーラム)
お問合せ・お申込: Eco-Branch鶴田紀子 noriko@eco-branch.com
☎(052)503-1002/携帯(090)3932-5751
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■10月11日(土)~13日(月・祝日) 岡山で2泊3日のワークショップ
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■11月16日(日)~18日(火) 沖縄で2泊3日のワークショップ
テーマ:私と宇宙のいのちのシンフォニー ~飛翔 あなたの大空へ~
■12月5日(金)~7日(日) 群馬県、伊香保温泉で2泊3日のワークショップ
テーマ:からだの声に耳を澄まし、心の重荷を置いて軽くなり、新しい年の歓びのビジョンを創造する ~
普通、人は、その人生において、徹底的に敗北を喫するか、死の恐怖に直面するか、失意にまみれるような極度に苦い体験をするか、深い喪失の痛み、悲しみ、底冷えのするような孤独の体験などを契機にして、魂の世界、神さまの世界、いわゆる目に見えない世界に意識が向かいだすものだ。
伊東充隆先生のカウンセリングのうまさやメッセージの深さに触れるにつけ、もしかしたら先生にも、そういった“魂の暗夜”の体験があったのではないかと思って聞いてみたらやはり予想は当たった。いくつかの暗夜があったようだが、最初の暗夜は13歳の時。先生は、中学1年の時に病気で死に直面した経験があるのだという。
その時に「自分の人生は13歳で終わるのか。自分は死んだらどうなるのだろう。生きるって何なのだろう、死ぬって何なのだろう」という人間の根源的な問いに直面し、般若心経など宗教や精神世界の本を読み漁ったという。わずか13歳、中学1年の少年が、「生と死」「人間の本質」「宇宙の真理」に真剣に向き合い出したのだ。
しかし、幸運にも、生の側に戻れた伊東先生は、この体験以降、自然に自己探求の道に乗り出し、その後は導かれるままに修行の人生が始まったと言う。中、高校時代にすでに、ラマナ・マハリシ、J・クリシュナムルティ、和尚(バグワン・シュリ・ラジニーシ)、ラーマ・クリシュナ、スウエーデンボルグ、グルジェフなど、世界の精神的指導者の本は軒並み読んでいたというから驚きだ。
私がこれらの著作に触れだしたのは40歳を過ぎてからだった。伊東先生は、ものすごい早熟だったようだ。先生は本を読むだけでなく、実際、10代、20代は、坐禅、瞑想、滝行、断食などありとあらゆる精神修養をしてきたという。
しかし、こんな風に伊東先生のことを書くと、まるで厳しい修行僧か、沈黙の闘士みたいな感じに思えるかもしれないが、実際の伊東先生は、マンガと甘いものとガーデニングと絵を描くことが好きな普通の人だ。
カラオケに行くとマイクを離さず妙にノリがいいし。カラオケのレパートリーも、サザン、ミスチル、平井堅、長渕剛、松山千春、浜田省吾、B‘zと、なんでもござれ。そして時々発作的におばかになる。これほど医者っぽくない人も珍しい。
伊東先生が、たとえ医師になることは子供の頃にすでに決めていたとはいえ、もし13歳の時に死に直面するような病気をしなかったら、先生の医師としての在り方や仕事の内容や人生そのものが、今とはまったく異なったものになっていただろう。
私自身の人生の体験、実感からしても、まさしく“魂の暗夜”は、新しい人生の扉を開ける鍵だった。人生のマスターキーは、“魂の暗夜”に、その暗い夜の闇の底に、実はキラリとその存在を垣間見せているのだ。
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■10月5日(日)仙台で講演
■10月11日(土)~13日(月・祝日) 岡山で2泊3日のワークショップ
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玄米少食・坐禅・気づきのワーク
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