
子供の頃にもらうプレゼントというのは、それがクリスマスプレゼントであれ、誕生日プレゼントであれ、ちゃんと“幸せ色の包装紙”にラッピングされて手渡されるので、箱を開ける前から小さな期待に胸が膨らんだ。誰が見ても、それはプレゼントであることがわかるものだった。
ところが、人生をある程度生きてきて、いろいろな困難や苦難を体験してみると、その時には、“人生最大の不幸”と思えたことが、実は、それは、神さまからのプレゼントであったことを後になって知るのだ。
とにかく、今日までの人生を振り返って見ると、私の人生に起きてきた“いい事の種”は、全部、その時には“最悪な出来事”として起きてきたものの中にあったのだ。
人生に起きてくる一見悪いこと、苦しい出来事というのは、実は、いいことの前触れであり、自分の魂の物語の“新しい章”が開かれるよという合図だったのだ。
人生というのはなんというすごいカラクリなんだろう。それを思うと、人生というのは長い目で見ると一体何が悪くて、何がいいなんて簡単に言えるものではないんだなとつくづく思う。
人間が頭で判断する「いい・悪い」を超えて、ただ生きられる神秘、そして、ただ喜び、楽しみ、感動し、味わう、瞬間、瞬間の積み重ね一それが人生なのかも知れない。
神さまからいただく最大のプレゼントというのは、決して幸せ色の包装紙でラッピングされてはいない。それどころか、およそ世界中の不幸をすべてかき集めたような色の包装紙にくるまれてやってくる。
その苦しみ、悲しみ、痛みの体験をしなかったら、その人の在り方や、その人がこの世でなすべき自分の仕事に深みも説得力も、慈悲や慈愛も、人生の叡智も生まれないのだとしたら、神さまは最高の時を選んで、その苦痛をその人に体験させるのだと思う。まさにそれこそが、神さまの愛なのだろう。
神さまは実に、人が成長するための宿題や実力テストを最高のタイミングで差し出してくる。本当にマメと言おうか、容赦がないと言おうか。私はその度ごとに、どれだけ右往左往し、七転八倒してきたことか。
でも私は、神さまから差し出されたどの問題からも逃げずに、めげずに、なんとか合格点をもらうために自分に向き合ってきたと思う。そうしたら、それを乗り越える度ごとに、私の空は広くなり、高くなり、飛べる翼も、強くしなやかになってきたように思う。地上で手をつなげる人も増えてきた。一緒に空を羽ばたく仲間もどんどん増えていったのだ。
「ああ、神さまは、この人生に、この日々に私を運ぶために、そして、この人と出会わせるために、私にあの体験をさせてくれたんだな」って、何年か、あるいは10数年たってからはっきり理解できた時の、心の奥底から湧き出てくる感謝・・・。ありがとうございます、ごめんなさい、許してください、愛してます。メーリークリスマス!
岡部明美公式HP:http://anatase.net/
来年1月31日(土)に開催される「魂の成長・進化を支援する医療」コミュ主催のシンポジウム「心を見つめ、いのちを見守る愛ある医療を考える ~現代医療よ、魂を語ることを怖るるなかれ~」がいよいよカウントダウンに入りました。
基調講演は、名著「死にゆく者たちからの言葉」「神は人をどこに導くのか」などで知られる鈴木秀子先生です。私は、元患者の立場から「病は新しい人生の扉を開く鍵」というテーマでお話させていただきます。櫻井秀真さんは、元うつ病患者からの立場で、「闇から愛と光溢れる意識の世界へ」というテーマで講演いたします。
後半は、医師、看護士、患者、元患者たちが考える愛ある統合医療への道のパネルディスカションです。パネラーは、この大会の実行委員長である外科医の長堀優先生と、この「SQライフ」でもご紹介した心療内科医であり「青空禅フォーラム」を主宰されてる伊東充隆先生、看護士の「エリカさん」と、元患者の櫻井さんの4人です。私はパネルディスカションの司会をさせていただきます。
イベントのトリを飾るのは、先日、日本テレビの「誰も知らない泣ける歌」に出演した主婦ユニット「コクーン」の素晴らしいコンサートです。多くの方の参加をお待ち申し上げます。
こちらのサイトからお問合せやお申し込みができます。
尚、お問合わせ・お申し込みは、メールやファックスだけでなく電話受付も可能になりました。
E-mail : 131tamashii@cocoon-japan.com
Tel &FAX: 03-3326-6601 (月曜~金曜 12:00~18:00)
担当:渡辺
遠い遠い日の記憶。子供の頃、雪の降る夜のひそかな遊びがあった。積もるほどの雪が降り続ける夜、そっと庭に出て空を見上げ続けた。傘も差さずに、顔に、全身に、雪を積もらせて天を仰ぐ。
寒さでガチガチに震えながらも、漆黒の空間から降ってくる真っ白な雪の美しさは、天に吸い込まれてしまいたいと思わせるほどに幻想的で魅惑的だった。雪が降り続ける空をずっと見上げていると、雪のエレベーターに乗って、どんどん天に昇っていくような感じがした。
こうして空の一番高いところを目指して昇っていけば、きっと、いつかサンタクロースみたいな姿をした神さまが現れて、私に微笑みかけてくれるのではないかと思った。
私は、子供の頃、なんの疑いもなく神さまがいることを信じていた。だから、どうしても会いたかった。会って神さまに抱っこしてもらうことが、幼かった私の夢だった。
でも、どんなに空を見上げ続けても、神さまは一度も私の前に姿を現してはくれなかった。そして、いつ頃からか、神さまなんてやっぱりいないんだと思うようになっていった。そう思ってしまえば、いろいろなことがすっきりわかるし、目に見えないものは存在しないんだって思うことは、世界がシンプルになっていいとさえ思うようになった。でも、そう思うようになった頃から、私の心の奥にぽっかり穴があいてしまったのだ。
その穴はとてもこわい漆黒の闇だった。真っ白な雪が降らない漆黒の闇に私はいつしか怯えながら生きるようになった。いつも何か得体の知れない淋しさや恐怖があった。自分のいのちの根っこが不安定で、心からこの世界にやすらぐことができなかった。
そのいのちの根っこの不安定さを隠すために、自分の外側にたくさんの存在価値をつけることにがんばり続けた。私の生の“存在証明”をそれによって確かなものにしようとした。他者からの評価や承認をもらうことでしか、私がこの世界にいていいのだという安心感、私は私でいいのだという安心感をもつことができなかった。
しかし、どんなに外側に価値を付けても、その空白、空虚は埋まらなかった。誰かが、何かが、その漆黒の闇に光を灯してくれるのではないか、この得体の知れない不安や淋しさや恐怖から救ってくれるのではないかと思ったけれど、それは、誰かでも、何かでもなかった。
やっと、ただ“あの存在”を信じること、その存在にすべてをゆだねることだったというところに辿り着いた。こんなにも長い時間がかかった。たくさんの回り道、寄り道をしてきた。でも、その道程で私が見たもの、感じたもの、味わってきたものは、すべてが宝物だった。近道したら発見できなかったものをいっぱい見つけた。私は、あの存在が空の果てにいるものだとばかり思っていた。でも今はこんなに近くに感じられる。
私の内側深くにあなたがいる。彼女の、彼の、あの人の内側深くにもあなたはいる。青空を見上げればあなたがいる。星に祈ればあなたがいる。昇る朝日、沈む夕日、踏みしめる大地、樹木の木漏れ陽、そよぐ風にさえ、あなたのやさしさを思い出す。
子供の頃に無条件に信じていた「神さまがいるのなんか当たり前」って思っていた頃にやっと帰ってきた。それこそが私のいのちの根っこだった。
私は、それを、マンションの下に広がる真っ白な一面の銀世界を見ていた時に思い出したのだ。一面の銀世界はただひとつの世界。でも、その雪の一粒一粒の結晶は全部違う。一粒の雪の結晶とは、顔も形もそれぞれに違う肉体をもった私たち一人ひとりの存在と同じであることに気づいたのだ。
一面の銀世界の全体性、それが神さまの世界。一粒の雪の結晶、それが個としての私たち。雪はいつしか溶けて、川となり、海に流れて、蒸発して雲になり、空に還り、また雨水の一滴、一片の雪になってこの地上に降りて来る。永遠の生命の循環。
一粒の雨も、一片の雪の結晶も、一人の人間である私も、片時だって全体である神さまから離れたことなどなかったのだ。形なきものから、形あるものへ。そしてまた、形なきものへ。
生と死は、無形(エネルギー)―形―無形(エネルギー)―形を繰り返す永遠の魂の旅。死は、新しい生への「乗換駅」。そして、時が来れば、また、新しいいのちの旅が始まる。
人生は、川の流れにたとえられることが多いけれど本当にそうだなあと思う。名前のついた川は、いつしか境界のない全体がひとつである海に還る。川は海に辿り着いた時には名前(私)が消える。でも、川の名前は消えても、一滴の雨水、一片の雪からなる川の水すべては、海という全体の中に溶けて一緒に生きているのだ。
川も海も雲も空も星も花も人間も、本当は全部がひとつにつながっている。大いなる生命の流れの中で、個々の生は、姿形を変えながら、この現象の世界に現れ、たくさんの感動の体験と人生の学びをした後、再び魂の故郷に帰ってゆく。
こうした“永遠の旅の途上”で巡り会った私とあなた。私の人生の物語に関わってくれた無数のあなた。それぞれの場所で、それぞれの時間を生きてきたあなたと私が、人生のある時点でふと出会う。
まるでこうして出会うことを「約束」し合っていたかのように。互いが歩んできたどの一歩が欠けても、互いが体験してきたどの喜び、悲しみが欠けても、決して出会うことはなかったあなたと私。
いにしえの魂の邂逅・・・。遠い、遠い昔、きっと一緒に生きていた時代があったのだろう。だから、こんなにも複雑にからまりあった生の糸を解きほぐしながらも、私たちの魂は、互いに出会うことを決してあきらめなかったのだ。
「あなたに会えて良かった」と心から思える人に出会えた時に、過去の痛みも悲しみも“生の喜びと祝福”に変わる。それを体験しなかったら、そこを通り抜けてこなかったら、決して私たちは出会うことはなかったのだと思うと、互いが歩んで来たすべての道のりが、なんてかけがえのない体験だったのだろうと思う。
そんな人に出会う度に、私の人生に起きた出来事に何一つ無駄なことなんかなかったのだと思える。なんという出会いの奇跡、人生の奥深さだろう。
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基調講演は、名著「死にゆく者たちからの言葉」「神は人をどこに導くのか」などで知られる鈴木秀子先生です。私は、元患者の立場から「病は新しい人生の扉を開く鍵」というテーマでお話させていただきます。櫻井秀真さんは、元うつ病患者からの立場で、「闇から愛と光溢れる意識の世界へ」というテーマで講演いたします。
後半は、医師、看護士、患者、元患者たちが考える愛ある統合医療への道のパネルディスカションです。パネラーは、この大会の実行委員長である外科医の長堀優先生と、この「SQライフ」でもご紹介した心療内科医であり「青空禅フォーラム」を主宰されてる伊東充隆先生、看護士の「エリカさん」と、元患者の櫻井さんの4人です。私はパネルディスカションの司会をさせていただきます。
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この道を歩き出してから、素晴らしい出会いに恵まれると同時に、たくさんの「さよなら」も同時に体験することが多くなった。今でも忘れられない人がたくさんいる。
最近マイミクになった「シュワちゃん」の亡くなられた奥様である由樹ちゃんもそのお一人だ。由樹ちゃんは、がんが再発して入院するが、主治医が思いやりのないドクターであったため、自分から担当医を変えてもらった。それが、マイミクの医師「ひろちゃん」だ。
由樹ちゃんは、自分の主治医になってくれたDr‘ひろちゃんに、「明美さんのワークショップ」に一緒に参加してほしいとお願いし、ご主人である「シュワちゃん」こと、「ひろゆき」と3人で参加してくれたのだ。
「シュワちゃん・ひろゆき」は、奥様の看病をするために会社に長期の休みを申請し、習った“市川式手当て法”を一生懸命奥様にやってあげていた。
ワークショップの休憩時間も毎回、全身生姜湿布(発汗作用・解毒効果がすごい)をしてあげていた。私はいまだかつて、こんなに完璧に手当て法を習って、奥様の看病に一日のすべてを費やしているご主人など見たことがなかった。その姿を見ているだけで涙がこみあげてきた。
1回目に出てきた時、由樹ちゃんは、「生きたい!生きたい!神さま、助けて!みんな助けて!私は生きてやりたいことがあるの!お願い私を助けて!」と泣きながら叫んだ。由樹ちゃんはまだ30代で小さな子供が二人もいたのだ。夫であるひろゆきは、「もし、由樹が死んだら、俺は神さまなんか絶対信じない」と言った。
翌月、2回目に出てきた時は、由樹ちゃんは車椅子になっていた。ひろゆきと、Dr‘「ひろちゃん」が由樹ちゃんの車椅子を押しながら参加してくれた。3人とも次の月も参加する予定だったが、由樹ちゃんの容態がかなり悪くなっていて外出は不可能になっていた。
由樹ちゃんが3回目は参加できそうもないと知った私は、由樹ちゃんが入院している病院に行って病室の中で、二人に「自分の夢」を絵に描いてもらった。離れた場所で絵を描いてもらったのに、二人が描いた絵は、色使いから、構図から、内容までソックリの絵だった。
由樹ちゃんとひろゆきは、由樹ちゃんの病気が治ったら、二人が住んでいる淡路島に「癒しの家」を作って、そこで、がん患者さんたちに食養生や手当て法を体験して学んでもらうスペースを創るのが夢だったのだ。
しかし、残念ながら由樹ちゃんはこの後亡くなられた。ひろゆきと、Dr‘「ひろちゃん」は、3回目のワークショップに、由樹ちゃんの遺影の写真を持って参加してくれた。ひろゆきは、胸に由樹ちゃんの遺影の写真を抱きながら、唇をかみしめてずっと下を向いていた。どこにぶつけていいかわからない怒りと悔しさをからだ全体に押し込めているのがわかった。
私は、「ひろゆき、神さまのバカヤローって言っていいよ!!」と言った。ひろゆきは立ち上がり、天を睨み付け、こぶしを握り締め、溢れる涙を拭おうともせず、叫んだ。
「俺は、神さまなんか絶対信じない!なんでゆきを助けてくれなかったんだ。ゆきを返してくれ!バカヤロー!バカヤロー、神さまのバカヤロー!!」
その時、Dr‘ひろちゃんは、ひろゆきに抱きつき、「ひろゆき、ごめんな。由樹ちゃんを助けてあげられなくてごめんな。ひろゆき、俺を許してくれ、俺を許してくれ」と言って泣き崩れた。
こんな医師がいるだろうか。自分の担当の患者さんと一緒にワークショップに参加し、その患者さんを亡くしたことへの自分の非力を、その家族に泣いて謝る医師など、私はいまだかつて見たことがない。
ひろゆきは言った。「先生のせいじゃないよ。先生は本当によくやってくれた。由樹は先生が大好きだったんだ。先生ありがとう。本当にありがとう。先生のせいでも、神さまのせいでもないんだ。しょうがなかったんだ。先生、俺は生まれ変わっても、また由樹と結婚するから大丈夫だよ」
この時のメンバーだった、シンガーソングライターの村上清子ちゃんは、由樹ちゃんが亡くなった後、由樹ちゃんとひろゆきが暮らしていて、いつかここに「癒しの家」を作りたいと言っていた淡路島に行った。
そして、亡くなった由樹ちゃんに捧げる歌「約束」を創ったのだ。私は、この歌を聴く度に由樹ちゃんを、由樹ちゃんの夢を、そして、あの時のワークショップでの3人の姿を思い出す。
由樹ちゃんにとって、「生きる時間がほしい!」というのは、見果てぬ夢になってしまった。私たちは、今、由樹ちゃんの「夢の時間」を生きている。「生きたい!生きたい!」と叫んだ、由樹ちゃんの想いの中に、今、私たち生きている。
あの時、由樹ちゃんと共に過ごした私たちが、たったひとつの使命(いのち)を生きて、自分だけの“いのちの花”を咲かせて生きることが、私たちが交わした由樹ちゃんとの「約束」であり、由樹ちゃんからの贈り物なのだと思う。
由樹ちゃん、ありがとう。私たちは、由樹ちゃんがあれほどまでにほしかった生きる時間=夢の時間を大切にして、かけがえのない自分の使命(いのち)を生き切るからね。
『 約 束 』
この海で 砂を浴びて寄せては返す 波の音に
夢を語り 今を唄う なんてうれしい 小さな約束
流れる雲と ゆれる稲穂
みのり豊かな びわの里
耳をすませば 大地も唄う
いのちの芽吹きが また始まるさみしい夜には 空を見上げて
私の星をさがしてほしいやさしく やさしく またたいて
光の束を届けたい泣かないで 顔をあげて
私の夢を 紡いでほしいたった ひとつの 使命(いのち)を生きて
あなただけの 花を 咲かせて
岡部明美公式HP:http://anatase.net/
来年1月31日(土)に開催される「魂の成長・進化を支援する医療」コミュ主催のシンポジウム「心を見つめ、いのちを見守る愛ある医療を考える ~現代医療よ、魂を語ることを怖るるなかれ~」の公式HPができました。
基調講演は、名著「死にゆく者たちからの言葉」「神は人をどこに導くのか」などで知られる鈴木秀子先生です。私は、元患者の立場から「病は新しい人生の扉を開く鍵」というテーマでお話させていただきます。櫻井秀真さんは、元うつ病患者からの立場で、「闇から愛と光溢れる意識の世界へ」というテーマで講演いたします。
後半は、医師、看護士、患者、元患者たちが考える愛ある統合医療への道のパネルディスカションです。パネラーは、この大会の実行委員長である外科医の長堀優先生と、この「SQライフ」でもご紹介した心療内科医であり「青空禅フォーラム」を主宰されてる伊東充隆先生、看護士の「エリカさん」と、元患者の櫻井さんの4人です。私はパネルディスカションの司会をさせていただきます。
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担当:渡辺
昔はよく落ち込むことがありました。私は落ち込み出すと際限なく落ち込むタイプで、それはまるで底なし沼にズブズブと潜っていくような感じがありました。起きていると思考がグルグルと同じところをエンドレステープのように回って苦しいので、睡眠に逃げました。寝ている間は考えないのでこれがいちばんの方法だったのです。
最近はもう殆ど落ち込むことはなくなったのですが、人間やってますからやはり時々、参ったなあ、どうしたらいいのかなあと凹むことはあります。誤解や曲解をされていやーなメールもらって気分が沈むこともあります。
最近もそんなことがあって、朝まで眠れなくなったのですが、そんな翌日、マイミクの「おさむちゃん」(北澤工務店社長)からこんなメールが来て、ありがたいなあ、うれしいなあと思いなんだかとても気が楽になりました。どうしたらいいのかなあという問題はまだ未解決なのですが、心にスペースができたことがありがたかったのです。
私が凹んだ時は、誰かが凸になって励ましてくれて、誰かが凹だときは、私が凸になって支える、そんな人間関係があることが何よりの幸せだよなあと思いました。
「おさむちゃん」が北澤工務店のお客様にHPで発信しているコラムより。
もう『師走』です。あっという間に年が明けて、新年を迎えようとしています。何度書いたことか知れませんが、月日が経つのはほんとうに早いものです。一年一年がほんとうに早い。最近、73歳になる父がこんなこと言うんです。『おさむなぁ、人生っていうのは、ほんとうに短いよ』と。
遮二無二働いてきた父です。いや、ぼくたちが想像すらできない戦後の混沌の中を生き抜いてきた、昭和一ケタ台の人々に共通していることなのかもしれない。
『人生を楽しむ』ということは、たぶん、神様というか、大宇宙というか、創造主というか、何でもいいんですが、その真意に沿った生き方だと思います。でもそれは、ぼくにとって『悪』の意味合いを持っていた。人生は楽しんではいけない。辛くて苦しい現実に耐えなくてはいけない。したいことは我慢して、頑張らなくちゃいけない。意志の強さとは、ガマンの強さなのだ。そんな禁止命令がぼくを支配していました。
『人生を楽しむ』とは、当然のことながら、自己満足の快楽主義を言っているものではなく、ほんとうに自分がしたいことをする、という意味です。したいことをしなくてなにが人生か、ということです。
でも、みんな忙しい。忙し過ぎるくらいに。仕事が忙しい。時間がない。お金がない。子どもがいるから、家庭があるから、○○だから、、、、できない。そんな理由を言い訳をいっぱいいっぱい背負いながら、月日が流れる。
もったいないよ!!! ぼくは思う。たった一回の人生を賭けても惜しくない程の『おれがほんとうにしたいこと』を手にして行動できる人生こそが、雨の日も曇りの日も、晴れの日も、嵐の日も、真の意味で『楽しむ』ことができる人生だと。
ぼくは19歳の頃から、『おれがこの人生で、ほんとうにしたいことは何か』を求めていました。おれが今、この世に生まれてきた意味はなんなのだろう、と。
無力感から厭世的な思考に囚われ、自殺願望に支配されていた時期もありました。『死にたい』と当時おつきあいしていた今の妻に、何度となく言っていました。『おまえは幸せ過ぎるんだ』といつも父から怒鳴られ、幾度激しいやり取りをしてきたか知れません。そして、それからぼくは『自分探しの旅』に出ました。
16歳の時にはじめて、北海道2週間の貧乏ひとり旅を経験していたぼくは、『旅』で出会う人々や自然から、絶大なエネルギーを享受できる事を知っていました。それからぼくが体験してきた主な旅は下記の通りです。
19歳 オートバイ日本一週旅行(走行距離1万3千キロ)
20歳 日本縦断徒歩旅行(徒歩2500キロ)
21歳 台湾一周オートバイ旅行・韓国縦断自転車旅行
22歳 シルクロード・タクラマカン砂漠徒歩旅行
22歳 日本横断徒歩旅行
23歳 サハラ砂漠縦断自転車旅行
しかし、これらの旅はすべて、苦しかった。つらかった。空しかった。なぜなら、自分のためにやってきた旅ではなかったから。おれはこんなにすごいんだぞ。おれは他のチャラチャラしたやつらと違うんだ。おれはここにいる、みんな見てくれ、と。
今はわかる。それらはすべて自分の『存在』を証明するためにやってきたことだったんだと。自分の『存在』を認めて欲しいだけだったんだと。だからあの頃、いつもひとりぼっちだった、苦しかった、つらかった。自分の人生を生きていなかった。他人の人生を生きていた。
やがて結婚し、家庭を持ち、二代目社長として仕事に没頭した。時間は瞬く間に過ぎて行くが、こころの奥底の満たされない欲求は19歳の頃のままだった。多くの自己啓発セミナーに参加し、涙を流し、仲間と抱き合った。でも、答えは出ない。年月が流れた。
ぼくのいのちは求め続けていた。『おれは何のために生まれてきたのか。』『おれが本当にしたいことは何なのか。』と、腹の底から湧き上がる欲求は、衰えることはなかった。
そして、出会いがあった。岡部明美さん(あけみちゃん)という女性です。そしてその仲間です。この出会いを書き始めると、これだけで何か月分もの連載になってしまいますのでまたの機会にしますが、とにかくあけみちゃんとの出会いは絶大だった。この出会いで、19歳の時から求め続けてきた答えを、20年の年月を経て、はっきりと手にすることができた。ぼくは39歳になっていた。
真の意味で『自分の人生を楽しむ』ことにOKをだすことができた私。北澤工務店の家づくり然り、甘味café空での表現然り、19歳の魂に火をつける活動然り・・。そして、ぼくはまた、旅に出ることを思い立ちました。それは、神々の座、ヒマラヤの地・・・。8000メートルの氷壁に神々が住まうヒマラヤを仰ぎたい。真の自分自身のために、行きたい。
しかし、ぼくを取り巻く環境は劣悪でした。8年間続けてきた龍ヶ崎ショッピングセンターリブラ店の撤退。10年続けてきた「森で遊ぼう」のイベントの中止。お客様との通信である11年間毎月続けてきた2500件ものカタロ通信の配信停止。誰もが認める北澤工務店の中心的存在の二人の社員の退社・・・。
理性的に考えれば、いま行くべき時ではない。もっと会社が安定し、先が見通せるようになってからでいいではないか。ナンバー2が育ってからでいいではないか。
でもぼくは知っている。会社は常に不安定だ。常に問題はある。先が見通せることなんて、有り得ない。ぼくの心は定まっていった。そして、それを決意させてくれたのは、あの19歳の時からぼくを見つめてきてくれている妻の言葉だった。
『北澤工務店の社長としては絶対に今は行ってほしくない。行くべき時じゃないよ。でも、私の知っているおさむちゃんなら、行くよね・・・。その気持ち、わかるから。』
これまでにないとってもいいほどのさわやかな気持ちで、旅の準備をすすめました。そしてその日は10月7日から23日と決めました。17日間も会社を留守にするのです。携帯電話も届かない。お客様に迷惑をかけるだろう。社員に、職人に迷惑をかけるだろう。
それらはぼくの想像を超えることも承知した上で、出発前にできる限りの段取りをしました。ザックにたっぷりと夢を詰め込んで、いよいよ成田空港。出国までの時間、妻と静かな時間を分かち合いました。そして、下りのエスカレーターでぼくが見えなくなるまで、妻は手を振って見送ってくれました。
そして、僕は、ヒマラヤに旅だった。
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耳に心地よい言葉よりも、時に背筋がシャンと伸びるような言葉に出会いたいときがある。そんなことを思っているとたいてい出会うのだ。ハートにストライク、直球・・・そんな言葉たちに。私には、そんな「言の葉」を集めたノートがある。これは、パっと開いたページに書いていたもの。
< 自分の感受性くらい >
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
茨木のり子の『おんなのことば』(童話屋)
< 生きる >
生きているということ いま生きているということ
それはのどがかわくということ 木もれ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ いま生きているということ
それはミニスカート それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス それはピカソ それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして 隠された悪を注意深くこばむこと
生きているということ いま生きているということ
泣けるということ 笑えるということ
怒れるということ 自由ということ
生きているということ いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いま いまが過ぎてゆくということ
生きているということ いま生きているということ
鳥ははばたくということ 海はとどろくということ
かたつむりは はうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
谷川俊太郎
< 意志と愛 >
意志なき愛は、人間を堕落させる。
愛なき意志は、人を傷つけることなしには、 その目的を達成することができない
< 生きるとは >
人間において生きるとは ただ単に生き永らえることではない
人間において生きるとは 何のためにこの命を使うか
この命をどう生かすかということである
命を生かすとは 何かに命をかけるということである
だから生きることは命をかけるということだ
命の最高の喜びは
命をかけても惜しくない程の対象と出会うことである
その時こそ 命は最も充実した生の喜びを味わい
激しくも美しく燃えるのである
君は何に命をかけるのか
君は何のためなら死ぬことができるのか
この問いに答えることが 生きるということであり
この問いに答えることが人生である
芳村思風(感性論哲学創始者)
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担当:渡辺
人生のギアチェンジ、リセットが目的で、一人旅をしたことが何回かある。たいてい人生に行き詰まって、どうにも出口が見つからず苦しんでいた時だった。最初の長期一人旅は、24歳のアメリカだった。3ケ月アメリカにいた。
アメリカに行けば何かが変わるんじゃないか、新しい世界が開かれるような出会いがあるのではないかと密かな期待があったのだが、さっぱりだった。自分の道なんてそう簡単に見つかるものではなかった。
それでもアメリカの大自然に触れ、大好きな音楽のライブコンサ-ト三昧の日々を送り、新たな友人も何人かできたことでずいぶん元気が戻ってきたものだった。
とにかく、あの頃の私は、自分に全く自信がもてず、道に迷い、葛藤だらけで、苦しくて苦しくて仕方がなかった。ここから先どう生きていっていいのか皆目見当もつかなく、人生は五里霧中だった。
だから、自分が全く知らない世界に行き、私を全く知らない人たちの中に身を置きたかったのだと思う。まさに人生のリセットだった。そして、どんなことでもいいから新しいことや初めてのことに挑戦して、一歩でも前に進みたかったのだ。
ほとんど痴呆レベルの方向音痴、英会話力なんて最低レベルの私にとっては、毎日がアドベンチャーの日々だった。国内でさえ、迷子にならずに目的地に着けることなんて滅多にないのに、よくもまあ、外国なんか一人で行けたものだと思う。若さという無鉄砲さは、本当に有り難いギフトだった。
憧れのモントレーのジャズフェスティバルに行ったり、ニューオリンズで本場のブルースを聴いてしびれまくった。なんだかあの頃の私は、本物、本場、本格派というものに触れたくて仕方がなかったのだ。週に2回はライブハウスにも行って大好きなミュージシャンの歌を楽しんだ。
イーグルス、ベッド・ミドラー、アレサ・フランクリン、スティビー・ワンダー、レイ・チャールズ、ディオンヌ・ワーウイック、エラフィッツ・ジェラルド、ジェームス・テーラー、カーリー・サイモン、ジョーン・バエズなどを間近の席で味わえて最高にご機嫌の日々を過ごした。
楽しい日々を過ごす内に、心の中にしこりやわだかまりとして残っていた思いがいつかサラサラと流れていけばいいなと思っていた。でも、サラサラと流れるなんて美しいものではなく、バリバリと剥がされていくような痛みを伴う心の旅だった。
名所旧跡を訪れる旅ではなく、内側の変容を求めての旅は、痛みが伴うが、振り返ってみると、人生の中でいくつかあったそんな旅が、宝物のような時間として私に降り積もっていたのだということが今はわかる。真っ暗闇のトンネルの中にいると思っていたそんな時に、キラキラと輝く雪の結晶のようなものが私の心の空に静かに舞い降りていたのかもしれない。
この間、あの旅をしていた若かりし頃の写真を見てみたら、顔は笑っているのに目は全然笑っていないことに気づいた。でも、真剣だったんだなあ、生きることに、私は・・・と思えて、「よう生きてきたよ、あなたは」とあの頃の自分に言えた。なんだか、そういう言葉を自分に投げかけてあげると、いのちはとっても歓んでくれるみたいだ。
考えてみれば、10数年やってきたワークショップは、まさにこの人生のギアチェンジ、リセットの場なのだと改めて思う。病気治しでもなく、問題解決でもなく、人生の試練をギフトに変え、自分の人生を生きる歓び、いのち輝く人生への船出の場を創りたかったのだ。
実際、人生には巡る季節のように、ひとつのステージ、サイクルが終わる時が何度か訪れる。人によっては、新しいステージの前に、今まで味わったことのないような身体的な痛みや、心理的な苦しみ、悲しみ、孤独感、怖れ、混乱、不安、行き詰まり感に襲われることがある。
こうした一見ネガティブな心理状態や身体症状は、新しい人生の扉を開ける鍵になるのだ。身体の微細な感覚に丁寧に触れ、深い感情の層に降りてゆき、自分のいのちが向かおうとしている方向を自らの内に探していく。いのちというのは、なんとしても自分の人生を生きたいのだ。それは、魂の切なる願いであり、魂の衝動のようなものなのだと思う。
過去を過去に置いてくることで、新しい人生の扉が開かれる。自分のいのちの輝きを
止めていたものに気づき、手放すことで、自らの無限の可能性にハートが開かれていく。
< 贈り物 >
人は皆、この世界に何か「贈り物」を持って生まれるのだという。
その自分の「贈り物」に気づかないうちは、人を羨んだり、妬んだり、引きこもったり、頑張り過ぎたりして、心とからだをこわばらせながら、硬い空気を吸って生きてしまうのだろう。
自分の贈り物に気づくのは、それを心から喜んで受け取ってくれる人に出会えたときであり、その人(人達)の笑顔や感動、やすらぎに自分の存在が深く関わっていることを知ったとき。
おそらく「天才」と言われる人は、天から贈られた自分の贈り物に気づき、それを広く社会に、世界にプレゼントしている人なのだろう。
この世に生まれたということがすでに奇跡なのだから、人は皆「天の才」を持って生まれてきたのだ。
自分という存在は、世界でたったひとつの個性なのだから、自分の個性に気づくということは、自分の贈り物を知るということ。
自分が持ってうまれた贈り物は、決して一番である必要もなければ、社会的評価を与えられたものである必要もない。
自分が好きだと思うこと、楽にできること、心地いいこと、夢中になれること、得意なこと、楽しいこと、わけもなく心惹かれること、それをしているときの自分が好きというものの中にたいてい潜んでいる。
< 自 然 >
タンポポは自分のことをずっと“ちっぽけな花”だと思っていました。同じ黄色の花なのに、ひまわりのような堂々とした明るさもなければ、月見草のようなはかなげな魅力もない。春色のさわやかな風を運ぶフリージャのような可憐さもない。なんだか雑草みたいな自分をつまらなく感じていたのです。
バラは小さい頃は自分が好きだったのに、大きくなるにつれて自分がイヤでたまらなくなりました。みんなが陰でいろいろなことを言っているのがわかったからです。「派手よね」「わがままそう」「目立ちたがり屋なんじゃない?」「意地悪そうよね」
バラは自分がコスモスやスズランのようになれば、みんなから愛されると思い一生懸命コスモスやスズランの真似をしてかわいらしく控えめな花になる努力をしました。
松は、モミジやナナカマドが羨ましくて仕方がありませんでした。秋になると山々を錦秋に染め上げ、多くの人にその美しさを堪能させる彼らが。松は、いつでも緑色で、地味で個性がなく、かわりばえしない自分に愛想がつき、どうやったら自分も紅葉できるのかばかり考えていました。
山を見上げて人間が言いました。
「自然っていいよなあ。大きいのや小さいのや、赤い色、白い色、春に咲く花、冬に咲く花、変わらない木、変わる木、形も匂いもぜーんぶ違うのに、この山ひとつ見上げたら、こんなに見事に調和して、きれいだもんなあ」
タンポポとバラと松が顔を見合わせてクスっと笑いました。なんだか急に元気が出てきた感じです。そして、人間に向かってささやきました。
「私たちから見ると、あなたがたもそう見えますよ。一人ひとりがぜーんぶ違っていて、みんな自分だけの魅力をもっていて素敵。でも、あなたがたは、私たちと違って、自分がどんないのちの花を咲かせるためにこの世に生まれたのか、自分で探さなきゃいけないんですものね。ああ、でもそれがあなたがたの生きる意味、人生そのものなんですよね」
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著/善文社)より
岡部明美公式HP:http://anatase.net/
来年1月31日(土)に開催される「魂の成長・進化を支援する医療」コミュ主催のシンポジウム「心を見つめ、いのちを見守る愛ある医療を考える ~現代医療よ、魂を語ることを怖るるなかれ~」の公式HPを開設しました。
基調講演は、名著「死にゆく者たちからの言葉」「神は人をどこに導くのか」などで知られる鈴木秀子先生です。私は、元患者の立場から「病は新しい人生の扉を開く鍵」というテーマでお話させていただきます。医師、看護士、患者、元患者たちが考える統合医療への道のパネルディスカションの司会もさせていただくことになりました。コクーンの素晴らしいコンサートもあります。多くの方の参加をお待ち申し上げます。
こちらのサイトからお問合せやお申し込みができます。
尚、お問合わせ・お申し込みは、メールやファックスだけでなく電話受付も可能になりました。
E-mail : 131tamashii@cocoon-japan.com
Tel &FAX: 03-3326-6601 (月曜~金曜 12:00~18:00)
担当:渡辺
どうしようもなく さびしくなって
こころが むなしくなり
生きる力が なえていく
そんな時 わたしたちは
何かで そのさびしさをまぎらわそうとする
あるいは いてもたってもいられなくなって
誰かに 話したくなる
だけど そんな時
そのさびしさの そばにいて
そのまま ちょっと いっしょにいてみよう
そうすると さびしさは 語りだすかもしれない
あなたは 私を 認めていない
あなたは わたしを 信頼していない
そうか そうだったんだ
いちばん深い さびしさは
自分で 自分を 認めていないから
自分で 自分を信頼していないからだったんだ
いつの間にか さびしさは 消えていって
生きる力が 戻ってくる
<自分のなかの いちばん深いところから>
自分のなかの いちばん 深いところから 出てくる声に 耳をかたむけよう
こころを 澄ませて そっとやさしく
自分は この人生で
ほんとうに 何をやりたいのだろう
いちばんやりたいことは 何なのだろう
そんなこと できっこないって
決めつけて いないだろうか
ほんとうに 幸せになるには
それしかないっていう気がする
たった 一度の
かけがえのない 自分の人生だもの
「こころ ことば いのち」より。(手塚郁恵著 春秋社)
難しい本の言葉より、ひらがなのようなシンプルな言葉に
ハっとさせられて 自分の道を探し出した。
人からアドバイスされる様々な意見や
天上界からのメッセージより、
私の中から聴こえてくる真実の言葉に
導かれてきた。
人が私のハートにまっすぐに投げかけてくれた 愛の言葉は、
そのまま私の生きる力に変換され、
エネルギーが内側から溢れてきた。
100冊の本を読むより
ひとつ ひとつの人生の体験の中に
学ぶべきことも
手放すべきものも
受け取っていいことも
認めていいことも
ほしくてほしくてしかたがなかった答もあった。
存在と体験とプロセスは、宝の山だった。
来年1月31日(土)に開催される「魂の成長・進化を支援する医療」コミュ主催のシンポジウム「心を見つめ、いのちを見守る愛ある医療を考える ~現代医療よ、魂を語ることを怖るるなかれ~」の公式HPを開設しました。
基調講演は、名著「死にゆく者たちからの言葉」「神は人をどこに導くのか」などで知られる鈴木秀子先生です。私は、元患者の立場から「病は新しい人生の扉を開く鍵」というテーマでお話させていただきます。医師、看護士、患者、元患者たちが考える統合医療への道のパネルディスカションの司会もさせていただくことになりました。コクーンの素晴らしいコンサートもあります。多くの方の参加をお待ち申し上げます。
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