岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2009年03月

頭は「YES」と言っても、からだは「NO!」と叫ぶ

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人生には、どうあがいても、にっちもさっちもいかないという時がある。行き詰まったり、失敗したり、病んだり、何かが崩壊したり、愛する人を失ったり、果てしない葛藤が続いたり、死ぬかもしれないという状況に立たされたり・・・。

今にして思うと、病気前の私は、心の中で果てしない葛藤が続き、人生を変えたいと思いながらも、それ以上に変化を怖れていたのだと思う。それがまた葛藤だったのだ。


でも、人生を変えたい、自分を変えたいと思ってはいたけれど、実はそれは部分修正であって、本当は、その時の私の人生に起きていた問題や苦が減ってくれたら、もっと楽に生きられるのにくらいしか実は思っていなかったのだと思う。


変化を怖れて今までの自分に執着していると、いろいろなトラブルが起きてくる。人間関係の確執や内面の葛藤や混乱、病気や身体症状として表れる場合も少なくない。私の場合は、たまたま病気としてそれが表れたということだ。


病気や身体症状は、“からだの言葉”なんだなってつくづく思った。だから、助けてと言える人、愚痴をこぼせる人、弱さをさらけだせる人、不機嫌な顔ができる人、怒れる人は大丈夫なのだ。


感情を表現できない人が危ない。言葉で言えない分、からだが泣くのだと思う。外に向かって「NO!」と言えない分、からだが、「NO!」と叫ぶのだ。“頭の基準”と“からだの基準”は、間逆であることは少なくない。


頭は「YES」「GO!」なのに、からだはしっかり「NO!」「STOP!」と言っているのを体感した時は驚きだった。その逆バージョンもあった。からだの反応は、ハートの真実の想いや願い、つまり、本音を表している。そして、丹田の意志を表している場合も多い。真実の「YES」と「NO」はからだが知っているのだ。からだは絶対に嘘がつけないから。真実はからだと心の深みにある。


からだは、自分のいのちが喜ぶことが本当に好きなのだ。だから「からだの声」に耳を澄ますようになると、自分が本当は何が嫌なのか、本当は何をしたいのか、自分はどうありたいのか、どんな人生を生きたいのかが、だんだんわかってくる。からだはいのちのセンサーであり、感性のアンテナだから、自分がピカピカに輝く方向をちゃんと知っている。


人は、「既知なる道」から「未知なる道」に進もうとする時、エッジがかかる。未知なる道は予測がつかないから、不安や怖れが出てくるのだ。人生に安全保障など本当は何もないけれど、人は変化に伴うリスクがこわいからどんなにしんどくても、これまでの慣れ親しんできた自分、よく知っている道を歩こうとする。そのくらい今までの自分、古い自我に対する愛着、執着は強い。私もたくさんの執着があった。


こんな自分を認めるくらいなら死んだほうがまし、そんなことするくらいなら死んだほうがまし、そんなこと言わなきゃならないんなら死んだほうがまし、なんで私が変わらなきゃいけないの、何を手放せというの、わけのわからない人生に踏み出すくらいならこのままでもいい・・・。


いくらでも出てくるものです、前に進むことへの恐れのセリフは。手放すということは変化を受け入れることだったなんて。人生のプロセスは完璧なのだと思いました。とはいえ渦中は七転八倒、右往左往するわけですけどね、人間だから。


意識の成長、進化は、必ずしもなだらかな坂を登っていくようには進まず、あるところで段階を、絶壁のような崖を超えなければならない時がくるのですね。バンジージャンプを必要とする時が。


実存的変容と呼ばれるものです。がんの自然退縮とか自然寛解といわれる現象はまさにこれが起きたときといわれています。量子医学でいう、クオンタムヒーリング、クオンタムリープ(量子的飛躍)のことでしょう。


これは、サナギから蝶への変身にもたとえられます。でも、サナギ自身は、蝶になるとうことは、自分が死ぬことを意味するので恐怖が出てくるわけです。実際は、変容するだけで、サナギの状態が、次の段階でのテキスチャー(下敷き)になっていくだけなんだけど。


サナギは、これが自分だと思い込んでいるから、死にもの狂いで変化、変容に対して抵抗する。でも、どんなに抵抗しようとも、次の展開、次のステージが来た時には、起こるべきことがちゃんと起きてきます。蝶として羽ばたくときが来た時には、サナギは死ななければならない。実際は死ぬわけではないのですが。

種もまた、自分自身が種だと思っているから、割れることを怖れる。自分が花になるための種子といういのちのプロセスを生きているということが種にはわからないから。


さなぎから、蝶として羽ばたく時
種が割れ、芽を出す時
それは自ずとやってくる。
時、満ちて・・・。

岡部明美個人セッション&ワークショップ

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4月17日(金)~19日(日) 2泊3日
「私に帰る旅~いのち輝かせて生きる~」in 愛媛・松山ワークショップ

5月15日(金)~17日(日) 2泊3日
「私に帰る旅~いのち輝かせて生きる~」in 滋賀県、琵琶湖ワークショプ

6月27日(土)~28日(日) 2 days
「ふたつの翼 ~パートナーシップ・人間関係の確執を超えて~」in 岡山ワークショプ(2 days)

正しさって、人を傷つけやすいよね・・・

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もう随分前になるのだけれど、忘れられない人がいる。あるワークショップで出会ったSさんという女性だ。彼女は、ほとんど言葉を発しなかったが、時折ポツっと呟く言葉がどれも私の心のど真ん中に響いてきた。


「私は、自分が本当に感じていることしか言葉にできないの」と彼女は言った。だから私は、彼女が自分の内側をしっかり感じながら、何か短い言葉を言おうと唇を動かそうとするのを見ると、全身で彼女の言葉を聴く姿勢になった。


彼女は夫と姑に言われたある言葉で、声と言葉を失ってしまったことがあると言っていた。自分の存在そのものを全否定されたとその時思ったのだという。美智子様がある時期、そうだったように、彼女もまた同じような体験をしていた。Sさんはその後離婚した。


Sさんは、声と言葉を回復するために、竹内レッスンに通ったり、スーザン・オズボーンの「和美」をプロデュースした牛島正人さんのボイストレーニングなどを受けている内に、回復すべきは、声と言葉ではなく、自分への信頼感であり、自分を愛する心なのだと思い、内なる探求の旅に出て、同じような旅を当時していた私と出会ったのだ。


彼女は、ポツっと、「あけみさん、正しさって、人を傷つけやすいよね」と言った。その言葉を聴いた瞬間、私の中にこみあげてくるものがあった。急いで近くにあった紙に溢れてきた言葉を書いた。それが後に出版した「もどっておいで私の元気!」(善文社)に書いた“正しさ”だった。

          < 正しさ >

「正しさって相手を傷つけやすいよね。正しいことを言うときには、少し控えめに言った方が、本当に伝えたいことが伝わるような気がする。正しさで生きている人って、一緒にいるとちょっとしんどいものね」


なぜ私はいつも、あなたの言葉を耳だけでなく、全身で聴こうとするのかわかったような気がした。


あなたの声が小さいからでも、口数かが少ないからでもなかった。あなたの正しさには、やわらかさとあたたかさがあるからだった。


一人ひとりがみんなしあわせになるために生まれてきたのに、自分の正しさを主張しあうことで、お互いを傷つけあい、人間関係をこわしていることをあなたは知っている。


そんなあなただから、私は安心して、自分の愚かさや、正しさの物差しだけでは生きられない自分を見せることができる。


Sさんは、ワークショップの休憩時間にあるCDを繰り返し聴いていた。牛島正人さんがプロでデュースした、クレヨン社という女性デュオの「風の時代」という歌だった。


私は、「一緒に聴いてもいい?」と彼女聞いた。「うん、いいよ」と彼女が言ってくれたので、彼女の横に座ってこの歌を聴いた。涙が静かに流れてきた。


「私ね、この歌を何度も何度も聴きながら、もう一度、言葉の力を信じようと思ったの。そして、人と人がまことの言葉でつながり合える日々を生きようと思ったの」


        <  風の時代  >

「胸の熱い思いぶつけて 君と朝まで話したね
追い風受けて 駆け抜けて 心で汗を流した


紙の上の自由を破り 生きるわけを求めたよ
怖いものはなんにもなくて 真実を知りたかった


あきれるほど かたくなに 貫きたいものがあった
たとえ罪を犯しても 守りたいものがあった


意地を張って超えられない  壁に何度もふさがれた
絶望に心をとらわれて さまよった日々もあった


まっすぐなレールに乗れなくて 身勝手なことばかりして
だけどそんな僕の支えは 君が信じてくれたこと


言葉は、誰かを傷つけるためではなく
心を結ぶためにあるのを やっと気づく


自分の色で生きること いつも力を尽くすこと
本当の勇気は許すこと 青春におしえられた


胸の熱い想いぶつけて 君と朝まで話したね
追い風受けて 駆け抜けて 心で汗を流した

PS:先日、私のホームドクターである伊東充隆先生の「青空禅フォーラム」(瞑想とお話の会)に行ってきました。今回のテーマは、禅の教えである「ただ、足るを知る」というのを、伊東先生が、条件や理由や理屈などなく、「ただ、しあわせでいてごらん」というテーマでのお話がありました。「いい言葉だなあ、これ」って思いました。そして、まぎれもなく、私の日々の暮らしは、小さなしあわせを、ただ感じる日々なのです。しあわせに理由などいらないのですよね、ほんとうは。

東京・「青空禅フォーラム」の今後の日程
*4月22日(水) 夜7時~9時
*5月18日(月) 夜7時~9時
*6月20日(土) 昼2時30分~4時30分

[場所] 紫山会館(しざんかいかん)
     JR[四ツ谷駅]麹町口、JR[市ヶ谷駅]、地下鉄丸の内線[四ツ谷駅]、
     地下鉄有楽町線[麹町駅]5番出口 各駅より徒歩5分くらい

[会費] 3000円

[お申込み] 要予約 e-mail、ファックス、のいずれかでお申込み下さい。
主催:i Medic & Art  伊東 充隆(医師・セラピスト)
e-mail: info@imedic-art.com
fax 03-3408-9513

京都「青空禅フォーラム」の日程
4月25日(土)
主催・お申し込み
グループ・くりあ  山口 加代子
TEL:090-1139-2353
E-mail:kayo@io.ocn.ne.jp


広島「青空禅フォーラム」の日程
4月26日(日)
主催・お申し込み:
B-breth 鈴光 美恵子
TEL:070-5528-0648 
FAX:082-253-0225
E-mail: bright-ring@s8.dion.ne.jp

岡部明美個人セッション&ワークショップ

公式ホームページ  http://anatase.net/

3月27日(金)・28日(土)  岡山個人セッション
(両日とも満席。只今キャンセル待ち)
   
3月29日(日)  岡山 1day ワークショップ 
主催:マイミク「monju」&「Bhumika」さん

4月17日(金)~19日(日) 愛媛・松山ワークショップ
主催:マイミク「花菜」さん。Angeli.Ka(アンジェリカ) 堀内ふみ


人からどう思われるかなんて気にしなくていいよ

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母からSOSの電話があった。認知症の父の介護で心身共に疲労困憊でもう限界だという。夜も眠れなくて睡眠薬のお世話になっているらしい。不安で、眩暈もあり、足元もふらつくという。

私が一緒に暮らしていれば、睡眠薬など使わなくても様々な手当てやヒーリングをしてあげられるのだけれど、それもかなわないのではがゆいばかりだ。睡眠薬への依存がこわいので、ホメオパスの友人から送ってもらったレメディをしばらく試してもらおうと思っている。


義母、両親と3人の老いが私と夫の肩にかかってきて数年たつ。親たちの老いはどんどん進んでいる。私は、自分の仕事と家事と親世代の介護と忙しいといえば忙しいが、自分なりにバランスをとりながら時間配分をしている。


実家に帰ると、デイケアセンターの所長が私を待っていた。「お母さんがこのままいくと倒れてしまうので、お父様の特別養護老人施設への入所を考えられてはどうか」という提案があった。


母は、もう限界に来ているにもかかわらず、「お父さんを見捨てるようなことはしたくない。施設なんか入れたら、親戚や近所の人になんて薄情な女房だと思われてしまう」と抵抗する。


私は、「お母さんはもう充分やったよ。このままいったらお母さんが倒れてしまうでしょ。どんなことをしても、他人は言いたいこと言うんだから、人からどう思われるなんか気にしなくていいよ。お母さん、介護に疲れ果てて、お父さんに優しくできなくなる自分がいやだって言ってるでしょう。人間だもの、当り前だよ、自分が疲れ果ててしまったら、優しくしたくたってできなくなるよ、誰だって」と言った。母は、私がそういうと、ほっと胸を撫でおろしたようだった。


私は、デイケアセンターの所長がお勧めする特養を見に行った。環境はいい。晴れた日は、窓から富士山が見える。施設も新築できれいだ。スタッフの人たちも優しく親切な人が多いように見受けられた。付帯設備や付帯サービスなどいろいろと質問をしてまた実家に戻った。


すると、「あんたが特養を見に行っている間に届いたの」と言って、母は、1通の手紙を私に渡した。インドからの手紙だった。なんと、手紙の送り主は、父が、新日鉄を定年退職した後、5年間勤めた会社で、溶接技術指導や危険物取り扱いなどについて教育したインドの人だった。


父が定年後勤めたその会社には、日本に留学して学んだ後、日本の会社に勤めて学ぶインドやパキスタン人が多くいたらしく、エンジニアだった父は海外の人たちの技術教育指導をしていたらしい。


その手紙には、たどたどしいけれどちゃんと日本語でお礼の言葉が述べられていた。「私は、日本にいた時、小野寺さんにたくさんの技術指導を大変親切にしてもらいました。そのお陰で、私は今、インドで従業員100人の会社の社長をしています。会社は今大変伸びています。小野寺さんは、外人である私たちにとても優しかったです。そして、仕事を丁寧に教えてくれました。ありがとうございました。小野寺さんには大変感謝しています」


母はその手紙を読んで「痴呆になって、だんだん情けなく惨めになっていくお父さんばかり見ていて、年をとるって悲しいとばかり思っていたのに、この手紙読んだら、お父さんはいい仕事していたんだってことを、よりによって今この時期にインド人のこの方から教えてもらって、私はお父さんに対する尊敬の気持ちと感謝が足りなかったって思った」と言っていた。なんというすごいタイミングで届いた手紙だろう。


それにしても夫婦というのは不思議なものだ。あれほど仲が悪く、ケンカが絶えず、何度も本気で離婚を考えた夫婦なのに、母は「お父さんが死んだらどうしよう。お父さんにはあと10年は生きてほしい。お父さんがいなくなったらと考えだけで、夜、眠れなくなる」と言うのだ。


父は父で、もうほとんど長い言葉は話せないのだが、何かと言うと、「母さん、母さん」と呼ぶ。わがままを言い合える、迷惑をかけあうことが許される、何度でもつながり直しができる、それが家族なんだとつくづく思う。

愛が、甘美なだけの時は、その愛は浅いし、薄いし、脆い。泥にまみれるような時間の中で育つ、地味だけれど、矛盾だらけだけれど、愛と呼ぶ以外にない、人と人を結んで放さない糸がある。


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ピュアな人には勝ち目がない

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広島在住のマイミクのTOKOちゃんが、先日の福山での講演会に来てくださり、その時にTOKOちゃんが初出版した「深呼吸和歌集 空は青いよ、大丈夫」をいただいた。

TOKOちゃんは、前回のブログに書いた橘川幸夫さんとのご縁ができて今回の初出版の幸運につながったそうです。橘川さんは、TOKOちゃんの本の扉に、「深呼吸宣言」と題して、こんな文章を寄せています。


*インターネットという歴史的な文明の上に、借り物ではない独自の文化を花開かせたい。

*単なる日常生活をコピー&ペーストしたり、他人の発言や噂話で仮の充足しているだけのブログではなく、個人が生活の中で発見したり実感したりした「言葉にならない想い」を言葉にする作業を「深呼吸する言葉」と名付ける。

*一人の個人の想いが合流して大きな流れになり、その流れが分流して別の領域への流れになり、やがて、別の個人の想いにつながる。時代の流れの中ですべてを感じ取りたい。

*「思考と情緒の融合」こそが深呼吸する言葉の目指すところ。単なる建前のロジックは素直な感情が許さないし、勝手な感情の垂れ流しは理性の思考が認めない。頭で感じ、心で考える。頭と心をひとつのものとしてとらえよう。

*「個人と全体の融合」こそが、深呼吸する言葉の目指すところ。小さな個人の内部で起きることが世界的課題であり、世界の中で起きるあらゆる困難な問題は、それぞれの小さな個人の中で解決していかなければ永遠に解けない問題。


そういえば、私の大好きな詩人のひとりに長田弘さんがいるのですが、長田弘さんの本に「深呼吸の必要」という本がありますが、私は、この本がとても好きです。

「ときには、木々の光を浴びて、言葉を深呼吸することが必要だ。日々になにげないもの、さりげないもの、言葉でしか書けないものをとおして、おもいがけない光景を、透きとおった言葉にとらえた<絵のない絵本>。風の匂いがする。言葉の贈りものとしての散文詩二章33編」(長田弘「深呼吸の必要」の扉から)

そして、以下は、TOKOちゃんの深呼吸する言葉の数々。

・自分のことなんて完全に忘れてしまっている時が、最も自分らしい。

・寂しいからじゃなく、楽しいから会おうよ、僕らは。

・ホンモノはなかなか見つからないが、ニセモノはすぐ見つかる。

・「馬っ鹿だなあ」 私にとっては「I love you」

・KYって、「気持ち よさそう」の略にしたい。

・本気とか、本音とかって、チラっと見せられた時こそ、グッとくる。

・ピュアな人には勝ち目がない。

・ホントの自分に気付いた時から、運が見方してくれる。

・自分にとっては誤算でも、神様にとっては計画通り。

・その人が間違っているんじゃない。関わり方が間違っているだけ。

・自分の気持ちに正直に生きていくほど、タイミングをはずさなくなる。

・「悪い人じゃないんだけどね」って前置きしているけど、その実、悪い人だと思っている。

・無邪気さって、強力な武器だ。

・胡散臭い人って、見ている分には面白い。

・ココロがYES!と言うことだけを。


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(27日 の13:30~15:30の1枠のみ空きがあります)

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楽しい生き方とは

WS001177.JPGもしこの本の著者が全く知らない人だったら、私は、こういうタイトルの本はまず買わない。どう見ても「オヤジの説教本」って感じなんだもん。文句あっか!って、好戦的な感じがどうも・・・。

その本のタイトルは、「ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ」です。


でも、ふと著者名を見ると、「きつかわゆきお」と書いてある。あら、あの橘川幸夫さん?

‘70年代、「ロッキング・オン」の編集長、渋谷陽一さんと共に、編集管理人をしていた橘川さんのメディア論、サブカルチャー論、若者文化、消費文化論、文明論など、彼の舌鋒は鋭く、当時、シンクタンクでマーケティングの仕事をしていた私は、彼の時代を観る視点の面白さと、言葉に対するセンスにとても共感することが多く、企画書を書く時に最も参考になった人の一人だったのだ。あとは、三浦展(「下流社会」の著者)、アルビン・トフラー(「第三の波」の著者)、ジョン・ネイスビッツ(「メガトレンド」の著者)とかね。


橘川さん、すごーく久しぶりだから、読んでみようと思った。彼が、単なるオヤジの説教本を書くとは思えなかったからだ。(チャネリング本もオヤジの説教と変わらないものがけっこうあると何かの雑誌に彼が書いているのを見て笑ったことがあるが)。そうとも言えるが、中には非常に面白いのもあるけどね。「バーソロミュー」「パーソナルパワー」「ア・コース・イン・ミラクル」「神との対話」とか)


でも、私の個人的な好みとしては、“言葉の限界”を知りつつも尚自分の中から言葉を紡ぎ出そうとしている人の言葉が好きだな。それはきっと、その言葉が生まれるまでの、その人の“耐えてきた時間”が創り出す魂の息吹なのだろう。言葉に魂が乗っているものは人のハートに響くもの。


苦の多い地上での人生を真剣に生きてきた人の言葉は、自ずとお空の言葉になっていくのだと思う。逆説的には、そうやってお空の言葉を、地上の言葉に自分の体験を通して変換してきたのかもしれない。そういった言葉には、「生の律動と躍動」「新しい人間、新しい世界への扉」を私は感じる。


橘川さんのこの本は、タイトルイメージとは違い、まさにそれを感じさせるものだった。詩のような短いメッセ-ジで書いたというところに、橘川さんご自身の「NEXT STAGE」「OPEN THE GATE」を感じた。


生きるとは、ねじ曲げられたものを、
ねじり返して、真っ直ぐにすることである。


頑張らなくても良い、という言葉は、
頑張り抜いたものだけが言って良い。

ニートとは、家の内側に向かった家出である。

思想というのは、自分の中を鋭く突き抜けていくものと、
自分の中をさわやかに吹き抜けていくものがある。
人もまた。

幸福とは、自分のやりたいことと、
誰かの必要性が一体化すること。

楽しい生き方とは、楽しいことをして暮らすことではない。
楽しくないことはしない、という生き方である。

恋愛一自分と対極のものを相手に求めるタイプと、
自分と同質のものを相手に求めるタイプがいる。

友だちとは、暇な時に会う関係。
それ以上の関係とは、会うために暇を作る関係。

ウオークマンとは音楽を聴く装置ではない。
音楽以外の音を「聴かない」装置である。

情報と言葉の違いは何か。
頭で処理する情報は複写(コピー)できるが、
心に染みる言葉は複写(コピー)できない。

頭の良い人は、より頭の良い人に騙される。

たった一人で語れる言葉を持て。

リコウにつける薬が必要である。

死ぬときは、「オギャー」と叫んで死にたい。

考えない。生命力が反応するだけ。

生きるとは、
「これをやっておかないと死ねない」
というテーマを持つことだけである。

夕陽がきれいだったら、
夕陽の方向に進んでみればよい。


うーん、やっぱり、橘川幸夫さんは健在だなあ。
私は、テレビを見なくなって10年以上になるけれど、昔はドラマを見てよく泣いていたけどね。

ドラマを見て、人生が充実したわけではないが、暇な時間は充実した。「岸辺のアルバム」とか「金曜日の妻たちへ」とか「東京ラブストーリー」なんかティッシュ一箱床に置いて見てたもの。カンチー。


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自分が面白い、楽しい、好きって思うことしかやりたくない

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おひな祭りです。前回のブログでお知らせしましたが、今夜の深夜1時からの「NHKラジオ深夜便」の“列島インタビュー”のコーナーに出演します。5分、10分は遅れることもあるそうです。


この間の収録がどんな風に編集されたのでしょうか。収録の前に佐野ディレクターが、NHKの社員食堂で簡単な打ち合わせをしましょうということだったのですが、実は全然打ち合わせになっていなくて、ほとんど雑談。


佐野さんの番組作りへの姿勢は、綿密な打ち合わせをせずに、ゲストを前にした時に自分の中に湧き上がってくるもの、今、この瞬間のひらめき、瞬間、瞬間、その場に流れる空気のようなものを感じて、まかせてやるんだとか。


ああ、これって私の仕事への姿勢とまったく一緒だと思った。私は、その場のエネルギー、受講生、クライアントさんのいのちのプロセスにただひたすら寄り添っていくだけです。どこに辿り着くのかまったくわからない。でも、ちゃんとその人の中にある答や真実に出会っていくのです。


プログラムなんかまったくなし。準備万端、用意周到にしたところで、私ごときの予測や予想なんてぶっ飛んでしまう。そのくらい、“いのちは、自ら展開していく”のだ。その人のいのちは、なんとしても自分を生きようとしている。その人のいのちは、自分がどうありたいのか、どこに行きたいのか、どうしたいのかをちゃんと知っているのだ。


あ、でも昔の私はこんなじゃなかったなあ。講演したり、企業にプレゼンしたりする時は、前もって完璧に準備したもの。頭の中で何度もリハーサルしたしね、原稿も資料も完璧に用意した。予測できる質問には全部答えられるように準備した。失敗がこわかったし、失敗は許されないと思っていたから、常に緊張しながら生きていたのでしょう。


本だってそうです。病気前に書いたビジネス書2冊は構成をきっちり考え、起承転結は事前におよそ決めてから書きました。資料やデータを読み込み、論理的整合性があるかどうかを意識して書いたし。


でも、病気後に始めた自己探求のプロセスを書いた「もどっておいで私の元気!」と「私に帰る旅」は、構成なんか何も考えなかったし、起承転結なんて頭にもなかった。だいたい本にしようなんて思って書いていたわけではなく、書かずにはいられないから書いていただけだった。書き終わって初めて、「ああ、こういう構成、こういう形になっていたのね」って思ったのです。


佐野ディレクターの番組作りもそうらしい。毎回、ゲストと敢えてきっちりした打ち合わせはせず、構成も予め考えないようにしているんだって。だから毎回、「どうしよう、どうなるんだろう」ってドキドキしながらやって、編集作業を終えたときに、ああ、こうなっていたのかって思うんだって。わかるなあ、その感覚。


でも、ゲストの中には、自分にどんな質問、インタビューをするのか、どういう風にまとめる予定なのかを事前にFAXかメールで送って下さいという方が少なくないんですって。特に、社会的に先生と呼ばれる職業の方にそういう人が多いとか。


佐野さんは、「そんな質疑応答があらかじめわかっているようなインタビューしたって面白くないんだけど、ま、それがなきゃ出演できませんという人もいるからやるけど、そういうのは、自分が面白くないんだよね」


「僕は、自分が面白い、楽しい、好きだって思うことしかやりたくないの。仕事ってそのほうがうまくいくんだよね、不思議に。その姿勢で硬いNHKで40年以上やってきた。もちろんその姿勢を貫くためには、当然、引き受けなきゃいけないリスクも、波立つ諸事情も軋轢もある」


「でも、それが全くない仕事などあるわけもないからね。僕は、どうせやるなら自分が楽しみたいわけ、自分の仕事を。無駄な我慢って、病気になるでしょう?で、頑張る人や我慢する人って、不平不満を自分の中に溜め込んで、自分はこんなに頑張っているのに、こんなに我慢しているのに!っていう空気を周りに無言で出しているんだよね。まあ、岡部さんはそのへんは経験済みでしょう、がんばり抜いた人だから」


はい、おっしゃるとおりでござります。今夜のNHKラジオ深夜便の列島インタビューのタイトルは「がんばらなくてもいいの?」。「頑張る」は、「我ん張る=我を張る」、はい、よく言われました。でもね、橘川幸夫さんが言うように、「がんばらなくてもいいという言葉は、がんばり抜いた人だけが言ってよい」というのも言葉も好きなんです。


佐野さんは、50歳までは、全国のNHKの支局を回られたそうだ。大学時代はワンダーフォーゲル部にいたくらい大の山好き。番組の収録が終わると、その足でその土地の山々に一人で登ったという。でも、どんなに山登りが好きでも、仕事があってこそ山登りはより楽しく、仕事と山登り、どちらが欠けてもこの人生の充実はないですね、とおっしゃっていた。


「僕は好き勝手に生きているから、人からは、悩みなんかないでしょう?葛藤や苦労なんてないでしょう?とよく言われる。一度くらい、人から“苦労人”と言われてみたいなあ」


いやいや、佐野さんだっていろいろな苦労しているはずだ。言わないだけで。自由に生きている人、好きなことして生きている人は、自分の人生の責任は自分にあることを引き受けているから潔いのだ。たとえ苦の中にいる時でさえ、誰のせいにもしないから、自分の人生が今こうであることを。

(この日記に書いたことは収録時に話したことではないので、番外編です)

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主催:マイミク「すずさん」(鈴光美恵子)

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主催:マイミク「monju」&「Bhumika」さん

プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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