
援助職の仕事をしていていつも思うのは、人は、自分の気持ちを本当に“聴いてもらった”、“わかってもらえた”、“自分に寄り添ってもらえた”という体験がとても少ないのだなということだ。
混乱と苦悩の真っ只中にいた時に、人に相談したら、かえって深い傷を負うようなことを言われたという人も少なくない。また、ヒーラーや霊能者に相談に行ったら、不安や恐怖を植え付けられるようなリーディングをされて、その言葉が呪縛となったという話もよく聞く。
目に見えない世界は、最もコントロールの危険性があるので気をつけないと危ないし、共依存関係に陥りやすいから要注意だ。ただ、依存的な人はコントローラーを呼び寄せてしまうということも一面にはあるのだけれど。
「あなたの気持ちはわかるよ。でもね」「君の言いたいことはよくわかった。しかしな」なんて言う言葉もよく聞く。理解を示す言葉の後で、「でも・だけど・しかし」、こういった言葉が続いたら、自分の気持ちをわかってもらえたなんて思えないだろうし、もう自分の気持ちを言う気なんて失せてしまうと思う。
人に悩みを相談されると、話を聴きながら、どうアドバイスしたらいいんだろうと、“問題の解決策”を言ってあげようとしたり、答や真理を“教えたがる”人も少なくない。
悩みを聴きながら、相手の問題を分析したり、評価、判断している時もけっこうあるかもしれない。心から“聴く”ことより、アドバイスしたり、教えたりすることの方がずっと簡単なことなのだ。
でも、本当に深い苦悩の中にいる人が求めているのは、助言や叱咤激励や真理の言葉や解決策なんかじゃないのだと思う。まず何よりも今の自分を丸ごと受け止めてほしい、自分をわかってほしい、本当に苦しんでいる人が何よりも求めているのはそれなのだと思う。
“気づき”というのは、その“受容”と“共感”の体験があってこそ、後に自然に起きてくるものなのだ。受容と共感は、詰まった心にスペースを空けてくれる。このスペースこそが変容の扉になるのだ。自由と解放への道は、気づきと意識的に生きること以外にはないのだけれど、その鍵はスペースだ。
そういえば私も昔、自分が、つらくてつらくて仕方がなかった時、「どうしたんだよ。君らしくないなあ。いつものようにがんばれよ」と言われ、その後、宇宙の真理や人生訓などを懇々と諭さされ、ものすごく寂しくなったことを覚えている。
同じ時期に、「君がつらい時に、何の力にもなってあげられなくて、ごめん」って言ってくれた男友だちがいて、私はその時、堪えてきた涙が堰を切ったようにあふれてきた。私、泣きたかったんだ。ほんとは子供のように、おいおい泣きたかったんだと思った。そして、そんな自分を誰かにただ丸ごと受け止めてほしかったのだ。
自分の気持ちを受け止めてもらえるって、こんなにうれしいことなのかと思った。泣いている内に抱えていたつらさが溶けて流れていくのを感じた。悩みの重さがそれだけで半分になったと思った。私は、自分の気持ちをわかってもらえたうれしさで、「よし、もう一度やってみよう、生きてみよう」って、内側からエネルギーが湧いてきたのだ。
この体験はもう随分昔のことではあるけれど、あの時の男友達とはいまだに友人だ。あれから彼は、私の男の親友の一人になった。彼も今では大きな会社の重役なんかやっているし、いいオヤジの年齢になったが、“聴く”ことのできる彼は、やはり部下たちに慕われているようだ。
傾聴のトレーニングを受けたわけでもないのに、天性のカウンセリングマインドをもっている人がたまにいる。私の友人にも何人かいる。それってとても幸せなことだなあって思う。
PS:この連載コラム「SQライフ」から、岡部明美withコクーンの朗読CD「いのちの花 ~この広い世界の中であなたに出逢えた奇跡にありがとう~」が読者に10枚プレゼントされます。
岡部明美個人セッション&ワークショップ
公式ホームページ http://anatase.net/
5月15日(金)~17日(日)琵琶湖ワークショップ
主催:マイミク「LOHASU」&「あんあん」さん グループくりあ
テーマ:「私に帰る旅 ~いのち輝く人生への旅立ち~」
5月22日(金) 広島個人セッション(定員・キャンセル待ち)
6月26日(金) 岡山 個人セッション(定員・キャンセル待ち)
6月27日(土)~28日(日) 岡山2 days ワークショップ
「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の未知なる領域の扉を開く~」
主催:マイミク「monju」&「Bhumika」さん
「SQライフ」から、今年1月に発売された私の朗読CD「いのちの花 ~この広い宇宙の中であなたに出逢えた奇跡にありがとう~」が、読者に10枚プレゼントされることになりました。
このCDは、前著『もどっておいで私の元気!』(善文社)の54編の詩・散文の中から9個、新作1個、「神の慮り」と合わせて、計11個をコクーンの歌をバックに私が朗読したものです。
『もどっておいで私の元気!』から選ばれた詩・散文は、「存在」「楽」「涙」「病気」「寄り道」「つむぐ」「見守る」「哀しみ」「誕生」です。新作であり、このCDのタイトルにもなっている「いのちの花」も入っています。最期に私の大好きな詩「神の慮り」(ニューヨーク州立大学病院に残されたある患者さんの詩)も入っています。
みなさん、どうぞご応募してくださいね。
「SQライフ」、岡部明美withコクーン朗読CD「いのちの花」プレゼント係
「いのちの花」のCDでは、計11個の詩を朗読していますが、ここでは6つをご紹介します。
< 誕生 >
あなたがこの世に生まれたのは、あなたを必要としている“人”がいるから。あなたがこの世に生まれたのは、あなたを必要としている“世界”があるから。
この世に必要のない“いのち”などひとつもない。あなたが「自分自身になるために」苦しんできた人生の軌跡を含めて
「あなたに会えてよかった」と言ってくれる人にきっといつか出会える。
あなたが自分の心とからだのしなやかさを取り戻し、自分らしく生きようと歩き出したなら。
少しづつ、ゆっくり、自分を開きはじめたその道のりに、ありのままのあなたを受け入れてくれる人がきっと現れる。
その出会いとかかわりの中で、自然なままのあなたが
もう一度静かに誕生するだろう。
< 哀しみ >
あなたの哀しみの深さが、人の心を癒してゆくあなたの痛みに満ちた人生が、人の痛みを溶かしてゆく
闇の深さを知っているあなただからこそ人を闇の中でさえ憩わせてあげられる
癒しは かかわりの中で生まれる「いのちの歓び」「出会いの奇跡」哀しみの深さが、こんなにも深く大きな人生の喜びを運んでくれるのなら
人生に無駄な月日なんてあるはずもない
あなたの辛かった人生が、人とつながること、生きることの深い喜びを味わうための「大きな大きないのち」からのプレゼントだったのだと、
今、自分の人生をイキイキと行き始めたあなたを見て思う
< 楽 >
楽に生きることは 手を抜くことでもなく怠けることでもなく
心とからだを楽にして生きることだった
心とからだが楽になってくると自然に肩の力が抜けてゆき
自分にやさしくできるようになってゆく
自分にやさしくなれると不思議なことに人との関係がやわらかくなってゆく
人との関係がやわらかくなると自分らしさがふんわり溢れてくる
自分らしさが溢れてくると生きることがだんだん楽で
楽しくなってゆく
< 寄り道 >
人と心から出会いたくて、自分に出会う旅を始めた。遥か遠くにあるものを目指して、ゆっくり、ゆっくり行こうと思って
いっぱい道草もした。
でも、遥か遠くにあると思い込んでいたものは、いちばん私の近くにあった。
いろいろな出会いがあったけれど、みんな同じものを求めて歩いていた。
誰ひとりとして違わなかった。
みんな、自分を愛し、心から人を愛したがっていた。幸せな人生を探していた。
ただ、その方法がわからなくて、たくさんの寄り道をしてきた人たちだった。
「自分に出会わなくて、どうして人に出会えるの?」
「自分を愛せなくて、どうして人を愛せるの?」
あのときの、あなたのあの言葉がなかったら、私のこの旅は始まらなかった。この旅は、きっといい旅になる。
私の今までの旅の中で、いちばん地味で、静かで、のんびりした旅だけど、ワクワクと胸がはずんでいる。
「現実を受け入れること。今あるがままの“ここ”からしか出発できないのだから」
「自分のことが好きになったら、みんなのことも好きになったよ。みんなのことが好きになったら、みーんな輪になってつながっていたよ。みーんな輪になってつながったら、空も山も海も、ずーっと宇宙までもみーんなつながっていたよ。そして、抱き合うように、溶け合うように、ゆらいでいたよ」
旅の途中で出会った人たちの言葉が、いまでも心にやさしく響いている。
< 存在 >
あなたが ただそばに「存在(いる)」だけで、心がやすらぐ人がいる。あなたが ただあなたで「存在(ある)」というだけで、
誰かが癒されている。
あなたの「存在(ありかた)」そのものが 誰かに元気を与えている。
自分の存在を証明するために、無理して頑張って生きているとふと忘れてしまうことがある。
自分が「存在(いる)」というだけで、誰かの心をあたためていることや誰かの生きる支えになっているということを。
< 神の慮り >
~ ニューヨーク州立大学病院に残されたある患者さんの詩 ~
大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと
神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった
より偉大なことができるようにと 健康を求めたのによりよきことができるようにと 病弱を与えられた
幸せになろうとして 富を求めたのに賢明であるようにと 貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして 成功を求めたのに得意にならないようにと 失敗を授かった
人生を享受しようと あらゆるものを求めたのにあらゆることを喜べるようにと いのちを授かった
求めたものは一つとして 与えられなかったが願いはすべて聞き届けられた
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず心の中で言い表せないものは すべて叶えられた
私はあらゆる人の中で 最も豊かに祝福されていたのだ
岡部明美個人セッション&ワークショップ
公式ホームページ http://anatase.net/
5月15日(金)~17日(日)琵琶湖ワークショップ
主催:マイミク「LOHASU」&「あんあん」さん グループくりあ
テーマ:「私に帰る旅 ~いのち輝く人生への旅立ち~」
5月22日(金) 広島個人セッション(定員・キャンセル待ち)
6月26日(金) 岡山 個人セッション(定員・キャンセル待ち)
6月27日(土)~28日(日) 岡山2 days ワークショップ
「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の未知なる領域の扉を開く~」
主催:マイミク「monju」&「Bhumika」さん
今よりもっと昔。うんとうんと若い頃。私は、自分の小さなからだからはみ出している大きなエネルギーの使い方がわからずに途方に暮れていた。世間の枠の中におさまりきれない自分のわがままさと激しさと強情さに手を焼いてもいた。
自分の中にある激しさと情熱とパワーが、傷と破壊と喪失につながるたびに吉原幸子の詩集に手を伸ばした。最初はなんて美しく、カッコいい詩人なのだろうと惹かれた人なのだが、詩集のページをめくるたびに、この詩人の紡ぎ出す言葉の魂が当時の私の琴線に深く触れてきた。そして、私は、彼女の言霊によって、私の生の色と音と香りを思い出すのだった。
そして、歳月が流れ、今再び読み返してみると、色もなく、音もなく、香りもなく、言葉もない世界に突き抜けていくために彼女は、この世の、色という“肉体と体験”の世界をとことん味わい尽くして、それを言葉にして逝ったのだということがやっとしみじみとわかる年齢になった。ただやはり、何度読み返しても私は、彼女の紡ぎ出す言葉に圧倒されるのだった。
吉原幸子の詩集より。
過ぎ去ってからでないと
それが何であるかわからない何か
それが何であったかわかったときには
もはや失われてしまった何かサロイヤンの「人間喜劇」の中でホーマーは言った。『ぼくは、人は大きくなったら泣かないもんだと考えていたけど、ほんとうは大きくなってから泣くんじゃないかな。だって、大きくなってはじめて、いろんなことが分かりだすんだもの…』
-小ちゃくなりたいよう!
-小ちゃくなりたいよう!
ひどく光る太陽を 或る日みた
煙突の立ちならぶ風景を 或る日みた
失ったものは 何だったろう
失ったかわりに 何があったろう
せめてもうひとつの涙をふくとき
よみがえる それらはあるだろうか
もっとにがい もっと重たい もっと濁った涙をふくとき
わたしの日々は鳴っていた
-大きくなりたいよう!
-大きくなりたいよう!
いま それは鳴っている
-小ちゃくなりたいよう!
空色のビー玉ひとつ なくなって かなしかった
あのころの涙 もう泣けなくなってしまった
もう 泣けなくなってしまった
そのことがかなしくて いまは泣いてる
(吉原幸子 「喪失」より)
吉原幸子のはじまりには”喪失”がある。気づいてみると、彼女を包んでいた何かが喪われていた。空色のビー玉を無くして泣いていた姿が、突然遠くに見えてしまうこと。突然やってきた、やりきれないほどの飢えを、どう満たしたらいいのだろう。喪うことが、吉原幸子のはじまりだった。
大きくなって
小さかったことの意味を知ったとき
わたしは”永遠”を
ふたたび もった
こんどこそ ほんとうに
はじめて もった
誰でも いちど 小さいのだった
わたしも いちど 小さいのだった
電車の窓から きょろきょろ見たのだ
けしきは 新しかったのだ いちどそれがどんなに まばゆいことだったか
大きくなったからこそ わたしにわかるだいじがることさえ 要らなかった
子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
そのなかにいて 知らなかった
雪をにぎって とけないものと思いこんでいた
いちどのかなしさを
いま こんなにも だいじにおもうとき
わたしは”永遠”を はじめて生きるもういちど 電車の窓わくにしがみついて
青いけしきの瑞々しさに 胸いっぱいになって
わたしは ほんとうの
少しかなしい 子供になれた
(吉原幸子 「喪失ではなく」)
ここに吉原幸子の原風景が、あますところなく浮かび上がっている。電車の窓から見るすべてがまばゆかった時、それをまばゆいとも、だいじとも思わずに、自然に満ち足りていた時、そのかけがえのなさを、今、切ないほどに抱いている。
こらえきれぬほどに熱くなる胸。”小さかったことの意味”とは、そこここに存在するものすべてが、そのままきらめいていた、そのままで肯定できたということ。そして、そこに自分がいることが幸福であったこと。その至福の時。
喪ったままではいられない。大切なものを喪った淋しさを湛えながらも、だからこそ”青いけしきの瑞々しさに“ 胸いっぱい”になることができる。清々しい空気を切ない胸に吸い込んで、静かな想いを抱く姿が浮かぶようだ。
純粋とは この世でひとつの病気です 「オンディーヌ」より
”純粋病”と自称する吉原幸子は、時に、人々が手を焼くような激しさを見せる。 激しく愛し過ぎて、もっとも大切な人、もっとも大切な想いを喪ってしまう。
雲が沈む
そばにいてほしい
鳥が燃える
そばにいてほしい
海が逃げる
そばにいてほしい
もうぢき
何もかもがひとつになる
指がなぞる
匂わない時間の中で
死がふるへる
蟻が眠る
そばにいてほしい
風がつまづく
そばにいてほしい
もうぢき
夢が終わる
何もかもが
黙る
(吉原幸子 「日没」)
もっとも大切なこと、それでいて単純なことを抱くのに、人はどれだけ遠まわりをしなければならないのだろう。人は幼年に戻れない。きらめきを”まばゆく”感じないでいられた時に戻れない。けれども、”まばゆさ”を抱き続けることはできるだろう。喪失が”まばゆさ”を教えてくれた。
あのひとは 生きていました
あのひとは そこにいました
ついきのう ついきのうまで
そこにいて 笑っていましたあのひとは 生きていました
さばのみそ煮 かぼちゃの煮つけ
おいしいね おいしいねと言って
そこにいて 食べていましたあたしのえくぼを 見るたび
かわいいね かわいいねと言って
あったかいてのひら さしだし
ぎゅっとにぎって いましたあのひとの 見た夕焼け
あのひとの 聴いた海鳴り
あのひとの 恋の思い出
あのひとは 生きていました
あのひとは 生きていました
(吉原幸子 「あのひと」より)
素朴な言葉で、これほどの厚みを詠うようになった吉原幸子は、また、大切な人を喪ってしまった。一切は過ぎてゆく。すべては消えてゆく。けれども、一人の人が、こんなにも胸を熱くして人を想ったことが、なんでもなかったというわけにはいかないだろう。
神は たしかに いなかった
太陽は 強情に のぼりつづけ
わたしは 強情に愛し続けたけれども 神はいるのだった
或る日 わたしが わたしをのぞきこんでみるといつの頃からか わたしが魚だった頃からか
私の魂に 深い傷口があって
音もなく 色もなく たえ間なくそれは泣き
流れ出る血が 神に似ていた傷口から わたしは すべてを感じとるのだった
いまは わたしは 強情に そうするのだったそれはわたしの うるんだ眼 渇えた唇
犬の嗅覚 鹿の聴覚それは わたしのかなしみであった
かなしみは 軟体動物の 二本の触覚傷口から 世界がふいに流れこむとき
わたしは ふるえ ふるえの中にだけ
世界はあり 空は青く
青い空は 傷口に とてもしみるのであった神は 強情に 不在し続け
わたしは 強情に愛し続けた
「吉原幸子 『夏の墓』 思潮社」
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5月15日(金)~17日(日)琵琶湖ワークショップ
主催:マイミク「LOHASU」&「あんあん」さん グループくりあ
テーマ:「私に帰る旅 ~いのち輝く人生への旅立ち~」
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6月26日(金) 岡山 個人セッション(定員・キャンセル待ち)
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「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の未知なる領域の扉を開く~」
主催:マイミク「monju」&「Bhumika」さん
いつも通っている近所の鍼灸院の先生が、先日、“やさしいジンゾーくん”の話しをしてくれて思わずホロっときてしまった。腎臓は、たとえ片方の腎臓ががんになり全摘しても、残った方の腎臓が大きくなって、失った腎臓の分まで働くのだという。からだって、本当に健気だなあ。
そう言えば、肺だって、右肺、左肺が、競い合って、どちらの肺活量が多いかなんて勝負しないし、動脈と静脈が対決して、どちらが正しい血液の道かなんてケンカしない。
ましてや、右脳が左脳に向かって「私は、あんたのそういう理屈っぽいところが嫌いなのよ!。ほんと、あんたって、キュークツだわ!」と言ったり、左脳が右脳に逆襲して「お前は、感性と直感だけじゃないか。そんなもん証拠あるのかよ。お前、少しはものを考えろよ!」なんて言わないのだ。
考えて見れば、左脳と右脳の関係というのは、男と女の関係、西洋と東洋、科学と宗教の関係に似ている。ただ働きと役割と体系が違うだけなのに、違うということで、対立ばかりしているところなんか特に。違うということは、本当は最も助け合える関係なのに。
細胞同士が光コミュニケーションしているという事実もすごいと思う。体内の約60兆の細胞たちは、一瞬、一秒の間に、指示、命令、協力、調整、決定、遂行が行われているのだという。
私たちのからだは、年中無休で働いている人よりも働きものだし、天才的に仕事ができる人が、1万人集まって仕事するよりも、効率的で芸術的で科学的な仕事をしているのだ。
からだの中で起きている“いのちの働き”というのは、まさに、神業であり、無償の愛だ。そして、からだは、生命の意志と叡智の“総合芸術&科学”なんだと思える。からだというのは、「神の宿る神殿」という言葉があるけれど、こういう事実を知ると、なんとなく理解できる気がする。
からだの叡智を知るにつけ、ここまでして個々の存在を生かそうとしている、大きな大きな存在があるということに畏怖さえ覚える。
< か ら だ >
からだって、最もその人の魂に近いものかもしれない。 からだは、本当はなんでも知っている。一つひとつの細胞には、その人が「生存」するための
あらゆる知恵と意志があり、その人の人生の終わりの時まで
それこそいのちがけでその人を守る。からだの使命として。それなのに、私たちの文化は長いこと、
身体を精神の下に置き、軽んじてきた。
人間の人間たる所以は理性や知性の力であると。
いつの頃からか私も、からだを疎外し、使いつぶすほど
酷使するようになっていった。からだの中にいろいろなものを封じ込めて、頭だけで生きてきた。
からだが一生懸命に私に語ろうとしていたことに気づきもせずに。病気とは、きっと、
「自分をもっと大切にしてほしい」「自分をもっと愛してあげてほしい」
「この世に生まれたあなたのいのちの意味を考えてほしい」
という、からだの叫びなのだ。
その人の魂にいちばん近い「からだ」は、決して自分を裏切らないから
どんなに言葉でごまかしても、からだには本当のことが、きちんと表れている。「私は大丈夫。平気だよ」一からだが冷たく、こわばっているのを
誰かは見抜いている。「楽しいね」一目は、ちっとも笑っていないことに誰かは気づいている。
「もう忘れたから」一風の匂いや水の冷たさ、
あの空の色さえ、からだはまだ覚えている。からだって、最も自分の真実が表れるところ。
真実しか表現できない、不器用なほど正直で誠実な
私の心、魂のかたち。それが、「からだ」。
『もどっておいで私の元気!』より。(岡部明美著/善文社)
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5月15日(金)~17日(日)琵琶湖ワークショップ
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6月26日(金) 岡山 個人セッション(定員・キャンセル待ち)
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「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の未知なる領域の扉を開く~」
我が家は高台にあるマンションの8階。ベランダからは180度のパノラマで風景が広がっており、朝焼けの空が眺められる。リビングの出窓からは富士山が見える。空が透き通ってきれいな日の富士山に沈む夕日は、息を飲むほどの美しさだ。黄金色に縁取られた茜雲の神々しさ。最高に贅沢なひと時だ。
時々、早起きして朝焼けの空を眺める。まだ空が群青色に染まっている頃に、そっとベランダに出る。夜の闇の底から姿を現そうとしている太陽は、今日生まれたての赤ちゃんのような儚げな光を世界に放ち始めている。微かにあふれ出す光。その大きな大きな存在。
その移りゆく色彩の変化を感動しながら見ていたはずなのに、気がついたら一面の朝になっていてびっくりする。
「あれ、いつの間にすっかり朝になってしまったんだろう。おかしいなあ。ずっとこの空を見ていたはずなのに・・・。」
夜が一瞬にして朝に切り替わったわけではないことは、この目が空の色の変化を楽しんでいたから知っている。でも変わる時というのは、まるで一瞬にして変わったかのように思えてしまうから不思議だ。
春、夏、秋、冬も、ある日を境に突然変わるわけではない。冬の終わりの最後の日なのか、春の始まりの最初の日なのかは、よくはわからない。すべては重なり合いながら少しずつ離れていく。別々に分かれていたものがいつしか重なりあい、ひとつに溶けていく。いのちあるもの、存在するもの、すべての自然現象とは、そういうもののように思う。
朝の光が照らし出す街や自然の風景の中には、まだ夜の闇の残像があちこちに残っているし、群青色の夜空にも、夕焼け色の余韻が含まれていることを感じる。浅い春の陽の光には、まだ冬の残り香があり、夏の終わりの風にはすでに秋の気配が漂っている。
闇の中に少しずつ光が差し込み、光の中に少しずつ闇が入り込んできて、ゆるやかに風景が変わっていくように、からだとか心とか、人生というものも、ある日突然、「あれっ?」という感じで、自分の変化に気づくのかもしれない。その時は、まるで突然その変化が訪れたかのように感じるのだけれど。
変化というのは、本当は、行きつ戻りつを繰り返しながらも、小さな変化がゆるやかに重なり合い、少しずつ何かが準備されていくものなのだと思う。堂々巡りと思えるような日々の中でさえ、確かに積み重ねっているもの、流れているものがあるのだろう。
PS1:今朝は、ベランダのプランターにサラダほうれんそうと水菜の種を植えました。イチゴの葉も土から顔を出し始めたので今年もなるかな。小さいけれどこれがけっこう美味しいイチゴなの。ミニバラも芽が吹き出してきたので花も5月頃には咲くでしょう。ローズマリーは生命力がものすごいね。繁茂しています。自然派のシャンプーや洗剤の中にローズマリー入れるといい香りがします。
PS:週末は今広島でやっているカウンセラー&セラピスト養成講座の上級でした。カウンセリングやセラピーやヒーリングの技法や理論のみならず、上級からは、援助職の人の最も大切なBeing、自分の在り方の学びと、自己観察、自己知を深めていく時間を多くとりました。受講生のみなさんの真剣な眼差しが印象的でした。
岡部明美個人セッション&ワークショップ
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4月17日(金)~19日(日) 愛媛・松山ワークショップ
主催:マイミク「花菜」さん。Angeli.Ka(アンジェリカ) 堀内ふみ
5月15日(金)~17日(日)琵琶湖ワークショップ
主催:マイミク「LOHASU」&「あんあん」さん グループくりあ
テーマは両方とも、「私に帰る旅 ~いのち輝く人生への旅立ち~」
6月26日(金) 岡山 個人セッション(定員・キャンセル待ち)
6月27日(土)~28日(日) 岡山2 days ワークショップ
「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の未知なる領域の扉を開く~」
アケデミー賞を受賞した「おくりびと」の原作になった、青木新門氏の「納棺夫日記」を買いに本屋に行った。ドアをあけてすぐ目の前の話題作コーナーに積まれていたのですぐ手に入れることができた。
ふと、横を見ると五木寛之氏の文庫「人間の関係」という本が平積みされていた。この本が、人間関係をよくするナントカカントカといった自己啓発系の本だったらたぶん私は手に取らなかっただろう。
人間関係の、人間と関係の間に「の」が入っているだけで、この本のタイトルは私を立ち止まらせる力があった。この「の」には、自分の内側に意識を向ける力がある。それもある種の重さと鋭さを持って、内向させるエネルギーを持っている。
人生の苦悩の大部分が、まさに親子、夫婦、嫁姑、友だち、恋人、職場の人との関係性から起きてくる葛藤や不和や対立だ。その対立や不和から起きてくる心理的苦痛を、相手を変えることでどうにかしようとしたり、相手が変わってくれることを願ったりするけれど、人を変えることはできない。(これに心底気づくまでに40年もかかったー!かめ、亀、カメの私!)
私は、かつて人との関係の中でどうにも悪循環のスパイラルから抜けられなくなると、それはもう気分がどよよーんと重くなって欝状態になることがよくあった。誰か大切な人を喪失した後も欝状態になった。でも、天気に晴れの日もあれば、曇りや雨の日もあるように、それは自然なことなんだよね、ほんとうは。あんまり欝を悪者にしたら、欝さんがかわいそうです。
五木寛之氏も10年周期で「欝の時代」がやってくるのだという。欝から解放されるためにあれやこれややってみたけれど、自分が考案した方法がいちばん効果があったという。
50歳頃の欝時代は、「歓びノート」を毎日付けたそうだ。どんなことでもいいから、その日、何かうれしかったと感じたことを書く。最後に・・・でうれいかったとしめくくる。
60歳頃、また欝の時代が来た。じゃあ、今度もと「歓びノート」をやってみたが一向に気分が変わらない。60代に達した五木さんの心の中に漠然と広がっていたのは、メランコリーという感傷ではなく、悲哀、孤愁、暗愁といったこの世を生きている人間の茫漠たる深い悲しみのようなものだったという。
そこで今度は「悲しみノート」というのをつけ始めたという。「今日は、・・・が悲しかった、と最後の一行を締めくくると、かえって気持ちが解放され、風邪がふっと吹きすぎるような、そんな気配があった。うれしいことにこだわるだけでなく、その逆の悲しみにも視線を向けることは大事なのではないかと思った」と書いてある。
そして、70代に入ってからまた欝がやってきた。今度は、「歓びノート」も「悲しみノート」もあまり役にたたなかった。捻挫で歩くこともままならなくなった五木さんは、歩けるだけでありがたい、自分の目で本を読めるだけでありがたい、ご飯を美味しく食べられるだけでありがたいと感じるようになり、「あんがとノ-ト」(北陸の方言でありがとうの意味)を作り、毎日、今日一日、ありがたいなと感じたことを書き続けたという。これは効果覿面だったという。
五木さんは、自分は欝の傾向が強いが、今は、社会そのものが「欝の時代」なのではないか、と書いている。(私もそう思う。そして、同時に私は、物を書く人間というのは、多かれ少なかれ欝の傾向があるのではと思っているのですが)。以下は、五木さんの文章から。
*現代は、欝イコール悪、といった感じですが、もともと欝とは、そういうマイナスの意味ではありません。ためしに辞書を引いてみましょう。「欝」の第一義は、草木の茂るさま、物事の盛んなさま、と出ています。
*すなわち、欝はエネルギーが強く、生命力にあふれている状態をあらわす文字だとわかってきます。「気がふさぐさま」というのは、第二義の用いられかたです。
*ですから、草や樹木が勢いよく生い茂り、深い森をつくっている様子を「鬱蒼たる一」といいます。「鬱蒼と生い茂った樹林」などとも表現します。大きな志を心に秘めた若者のことを「鬱勃たる野心を抱いた青年」などとも書きます。おさえきれない情熱のことです。
*つまり、なんとなく暗く、ひっそりしたイメージで受け取られがちな「欝」という言葉は、ふつうの使われ方と反対に、生命力にあふれ、強いエネルギーを内に宿した状態を言うのであって、決してマイナスの表現ではないのではないか。
*激しいエネルギーが内側に溢れている、たくましい生命力が熱くたぎっている、その状態を考えれば、欝をおそれたり、いやがる理由はありません。問題はそのエネルギーが押さえつけられていることです。
*生命力はのびのびと自由に躍動することを欲している。ところが、なんらかの理由で出口が閉ざされていて、そこからいわゆる「うつうつ」とした心の状態が生じるのです。
*なんとなく欝を感じている人は、生命力が心の中に溢れている人です。エネルギーが出口を失って圧迫されている状態です。欝とは、生命力が溢れながら、それが屈している状態だと私が思います。欝を感じる人は、実は、自分の命は大きなエネルギーで溢れているのだと考えればいい。
岡部明美ワークショップ
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4月17日(金)~19日(日)2泊3日 in 愛媛・松山
「私に帰る旅~いのち輝かせて生きる~」
5月15日(金)~17日(日) 2泊3日 in 滋賀県、琵琶湖
「私に帰る旅~いのち輝かせて生きる~」
6月27日(土)~28日(日) 2 days in 岡山
「ふたつの翼に耳を澄ます ~生の新しい領域の扉を開く~」
私は、西洋医学に、「自然治癒力」という概念がないことと、「生命力」という言葉は、医学用語にはないということを初めて知った時には驚いた。と同時に改めて、今までは何の疑問も持たずに使ってきた、「自然」「生命」って、何なのだろうと思うようになった。
人間は、自然の一部だ。自然とは、最小のエネルギー効率で、最大の効果を生み出し、秩序を作っていく創造的ないのちの働きだ。西洋医学に、自然治癒力という概念がないのは、自然というものの捉え方に何か問題があるのではないかと思い、いろいろ調べてみた。
そうしたら、東西の医学の基本理念が、それぞれが生きてきた自然環境、風土と密接な関係があるということがわかった。自然治癒力という概念は、その民族の自然観、人間観、生命観と密接に関わっていたのだ。
西洋には、人間は自然の一部という考え方は基本的にないのだという。自然は、自分の外側にあるもので、人間が支配、コントロールして、人間が住みやすい環境を作る対象―それが彼らにとっての自然というものへの対峙の仕方であり、自然観だ。
西の医学を生み出したのは、厳しい自然環境の中で生きていかなければならなかった砂漠の民、狩猟の民、開拓の民だ。あのような厳しい風土に生きてきた人々には、自然を“恵み”として感謝して生きるという発想は生まれにくかったのだろう。
渇いた喉が水を求めるように、渇いた心が愛を求めるように、乾いた土地に生きる者たちは、雨を待つようにして、天を仰ぎ、神に救いを求めたのだろう。だから、西欧では、自分を助けるもの、救ってくれるもの、パワーは、外側にある、天にあるという考え方になっても当然だったのだと思えた。
自然治癒力という考え方が理解できるのは、人間も自然の一部であるという人間観をもつ人々なのだ。自然=いのちというのは、変化し続けながら、絶え間なく自己生成、自己創造していくエネルギーであるという考え方があってこそ、自分の中に病を治す力や癒す力=自然治癒力があるということを信じられるのだろうから。
そのようにして見てみると、日本にはかつて自然治癒力と同じ意味で“自然良能”という考え方があったのは、やはり、その気候風土と関係があったのだろう。
東アジアの温暖な気候の中で、天地の恵み、五穀豊穣に感謝しながら生きてきた民族は、自然というのは、死と再生を繰り返しながら、絶え間なくいのちを生み出し続ける力であることを知っていたのだと思う。
自然に生かされていることを知っていた農耕民族は、自然への感謝をもつと同時に自然への脅威と畏敬の念もあわせて、その民族の感性の中に、自然観、宗教観、生命観を育んできたのだろう。
豊かな四季に恵まれた日本人には、もともと、お天道様に手を合わせ、恵みの雨に感謝し、黄金色に輝く稲穂に美を感じ、農産物を生み出し続けてくれる豊かな大地に感謝し、食べることを“自然の恵みをいただく”という言葉で表現してきたわけだから、日本人が“本来”もっていた自然や、食べ物や、いのちへの感性は素晴らしい。今の日本人には、この感性がすっかりなくなってしまったのだと思う。
豊かな大地の恵みに感謝しながら生かされてきた農耕民族が、砂漠の民が生み出したキリスト教やイスラム教という一神教ではなく、天地万物、森羅万象の中に八百万の神を感じてきたのは自然なことなのだろう。
もちろん、同じ風土に生きながらも、ネイティブ・アメリカンやアボリジニ、日本でもアイヌや沖縄の土着の文化の中―つまり、文明の時間と価値観で生きていない人々、“神話の時間”が今なお流れている地域に住む人々の中には、森羅万象の中に神を感じながら生きている人々がいるわけだから、すべてを自然風土との関係でくくれることでもないのだろうけれど。
ただ大きな枠組みとしては、西欧は“理念”の中に神を創造し、東洋は自然の中に神を“感じてきた”といえるのかもしれない。でも、どちらも“祈りと感謝”、“神あるいは大自然に対する畏怖”という、人間の最も崇高なる意識から生まれる想いと行為だ。
しかし、現代の日本人は、西欧的な理性中心の思考、頭脳になってしまっているから、西洋人同様、自然治癒力など信じられないという人の方が多いのかもしれない。
西洋的な神の概念も信仰もなく、かと言って東洋的な“自然の中に神を感じる感性”も失い、自然治癒力なんて聞いたこともないというのが多くの現代人なのだ。私自身がかつてはまさにそうだった。
日本には、昔から、自然治癒力と同じ意味で、自然良能という概念があったのだという。自然良能か一。初めて知った言葉だったけれど、いい感じの言葉だな。きっと、“よきにはからえ”っていうやつかしら。なんとなく、いい意味で開き直って、小さな自分が遥かに大きな存在に、“もう、お任せしちゃいます”って、観念している感じがしていいな。
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