岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2009年12月

神さまに会いたかった

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うちの息子は、小学校6年までマジでサンタクロースの存在を信じていた。クリスマスツリーにぶらさげた靴下に一生懸命「サンタさん、今年はこのプレゼントをお願いします!ボク、勉強がんばりますから!」と書いた手紙を入れていた。勉強がんばっているの見たことないけどね。


中学に入ったら突然「今年のクリスマスプレゼントは“ドラクエ”がいいってパパに言っといてね」になった。小学6年と中学1年の間にいったいどんな目覚めがあったのだろうか。


その息子も今年はクリスマスどころではなく、来月のセンター試験を前にいままでみたことないほど勉強している。私と同じで、嫌いなことはお尻に火がつくまでやらない奴だ。


私は毎晩、息子のお夜食づくりのために遅くまで起きている。私の母も、私が受験勉強しているときに煮込みウドンやラーメンやおむすびや雑炊を作って部屋に持ってきてくれたっけな。


私は、それをフーフー言いながら食べ、また、「ジェットストリーム」や「パックインミュージック」や「オールナイトニッポン」を聴きながら勉強するのだった。受験勉強とお夜食とラジオの深夜放送は私の中ではセットになっているシーンだ。


息子はラジオは聴いてないみたい。最近の子はラジオの深夜放送を聴きながら受験勉強というライフスタイルではないらしい。私もまた母が作ってくれたようなお夜食を今夜もまた作るのだ。いつも深夜1時頃リクエストがきます。


母のと唯一違うのは、息子のおウドンのリクエストは3回に1回は味噌煮込みウドンであること。小さい頃名古屋で育ったからですね。私も味噌煮込みウドンは好き。鍋焼きウドンも讃岐ウドンも大阪のウドンも大好き。夫はダンゼン蕎麦派なんですけどね。今夜のお夜食は、デザートのクリスマスケーキ付きだわ。


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遠い遠い日の記憶。子供の頃、雪の降る夜のひそかな遊びがあった。積もるほどの雪が降り続ける夜、そっと庭に出て空を見上げ続けた。傘も差さずに、顔に、全身に、雪を積もらせて天を仰ぐ。


寒さでガチガチに震えながらも、漆黒の空間から降ってくる真っ白な雪の美しさは、天に吸い込まれてしまいたいと思わせるほどに幻想的で魅惑的だった。雪が降り続ける空をずっと見上げていると、雪のエレベーターに乗って、どんどん天に昇っていくような感じがした。


こうして空の一番高いところを目指して昇っていけば、きっと、いつかサンタクロースみたいな姿をした神さまが現れて、私に微笑みかけてくれるのではないかと思った。


私は、子供の頃、なんの疑いもなく神さまがいることを信じていた。だから、どうしても会いたかった。会って神さまに抱っこしてもらうことが、幼かった私の夢だった。


でも、どんなに空を見上げ続けても、神さまは一度も私の前に姿を現してはくれなかった。そして、いつ頃からか、神さまなんてやっぱりいないんだと思うようになっていった。そう思ってしまえば、いろいろなことがすっきりわかるし、目に見えないものは存在しないんだって思うことは、世界がシンプルになっていいとさえ思うようになった。でも、そう思うようになった頃から、私の心の奥にぽっかり穴があいてしまったのだ。


その穴はとてもこわい漆黒の闇だった。真っ白な雪が降らない漆黒の闇に私はいつしか怯えながら生きるようになった。いつも何か得体の知れない淋しさや恐怖があった。自分のいのちの根っこが不安定で、心からこの世界にやすらぐことができなかった。


そのいのちの根っこの不安定さを隠すために、自分の外側にたくさんの存在価値をつけることにがんばり続けた。私の生の“存在証明”をそれによって確かなものにしようとした。他者からの評価や承認をもらうことでしか、私がこの世界にいていいのだという安心感、私は私でいいのだという安心感をもつことができなかった。


しかし、どんなに外側に価値を付けても、その空白、空虚は埋まらなかった。誰かが、何かが、その漆黒の闇に光を灯してくれるのではないか、この得体の知れない不安や淋しさや恐怖から救ってくれるのではないかと思ったけれど、それは、誰かでも、何かでもなかった。


やっと、ただ“あの存在”を信じること、その存在にすべてをゆだねることだったというところに辿り着いた。こんなにも長い時間がかかった。たくさんの回り道、寄り道をしてきた。でも、その道程で私が見たもの、感じたもの、味わってきたものは、すべてが宝物だった。近道したら発見できなかったものをいっぱい見つけた。私は、あの存在が空の果てにいるものだとばかり思っていた。でも今はこんなに近くに感じられる。


私の内側深くにあなたがいる。彼女の、彼の、あの人の内側深くにもあなたはいる。青空を見上げればあなたがいる。星に祈ればあなたがいる。昇る朝日、沈む夕日、踏みしめる大地、樹木の木漏れ陽、そよぐ風にさえ、あなたのやさしさを思い出す。


子供の頃に無条件に信じていた「神さまがいるのなんか当たり前」って思っていた頃にやっと帰ってきた。それこそが私のいのちの根っこだった。私は、それを、マンションの下に広がる真っ白な一面の銀世界を見ていた時に思い出したのだ。一面の銀世界はただひとつの世界。でも、その雪の一粒一粒の結晶は全部違う。一粒の雪の結晶とは、顔も形もそれぞれに違う肉体をもった私たち一人ひとりの存在と同じであることに気づいたのだ。


一面の銀世界の全体性、それが神さまの世界。一粒の雪の結晶、それが個としての私たち。雪はいつしか溶けて、川となり、海に流れて、蒸発して雲になり、空に還り、また雨水の一滴、ひとひらの雪になってこの地上に降りて来る。永遠の生命の循環。


一粒の雨も、一片の雪の結晶も、一人の人間である私も、片時だって全体である神さまから離れたことなどなかったのだ。形なきものから、形あるものへ。そしてまた、形なきものへ。生と死は、無形(エネルギー)―形―無形(エネルギー)―形を繰り返す永遠の魂の旅。死は、新しい生への「乗換駅」。そして、時が来れば、また、新しいいのちの旅が始まる。


もう今回の旅が最終という人もいるだろうけれど、私は、あと2、3回、人間の人生やってもいいかなあなんて思っている。人生は、川の流れにたとえられることが多いけれど本当にそうだなあと思う。


名前のついた川は、いつしか境界のない全体がひとつである海に還る。川は海に辿り着いた時には名前(私)が消える。でも、川の名前は消えても、一滴の雨水、一片の雪からなる川の水すべては、海という全体の中に溶けて一緒に生きているのだ。


川も海も雲も空も星も花も人間も、本当は全部がひとつにつながっている。大いなる生命の流れの中で、個々の生は、姿形を変えながら、この現象の世界に現れ、たくさんの感動の体験と人生の学びをした後、再び魂の故郷に帰ってゆく。


こうした“永遠の旅の途上”で巡り会った私とあなた。私の人生の物語に関わってくれた無数のあなた。それぞれの場所で、それぞれの時間を生きてきたあなたと私が、人生のある時点でふと出会う。


まるでこうして出会うことを「約束」し合っていたかのように。互いが歩んできたどの一歩が欠けても、互いが体験してきたどの喜び、悲しみが欠けても、決して出会うことはなかったあなたと私。


いにしえの魂の邂逅・・・。遠い、遠い昔、きっと一緒に生きていた時代があったのだろう。だから、こんなにも複雑にからまりあった生の糸を解きほぐしながらも、私たちの魂は、互いに出会うことを決してあきらめなかったのだ。


「あなたに会えて良かった」と心から思える人に出会えた時に、過去の痛みも悲しみも“生の喜びと祝福”に変わる。それを体験しなかったら、そこを通り抜けてこなかったら、決して私たちは出会うことはなかったのだと思うと、互いが歩んで来たすべての道のりが、なんてかけがえのない体験だったのだろうと思う。


そんな人に出会う度に、私の人生に起きた出来事に何一つ無駄なことなんかなかったのだと思える。なんという出会いの奇跡、人生の奥深さだろう。


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あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない

WS002375.JPG秋の夜長だけでなく、冬の夜長もたいてい私は好きなCDをかけ、ソファーに寝そべりながら、好きな本を読んだり、好きな詩集などをペラペラめくる。私の本棚の一角は、詩集のコーナーだ。10代の頃に読んだものから全部とってあるからかなりの数だ。もうセピアカラーになってしまったものも相当ある。


『もどっておいで私の元気!』(善文社)を出版したとき、「あけみさんは、昔から詩を書いていたの?」と何人もの人から聞かれたが、私は詩集を読むのは大好きだったけれど、自分で書いたことはほとんどなかったのだ。


でも、あの当時は、自分の中からいらないものがどんどん削ぎ落とされていった時期だったので、表現形態として、あのような形しかとれなかったのだ。詩のような、散文のような。本屋さんがこの本を詩集のコーナーに置いたらいいのか、エッセイのコーナーに置いたらいいのか、ジャンルの分類に悩む本だと善文社に言ったらしい。


私は、はみだしものだからよく「カテゴリーエラー」「ジャンル分類不可能」と言われる。なにかにつけ枠の中に納まりきれないゆえ、無境界、ボーダーレス、二元性を超えた第三の道に自ずと歩み出してしまったのだ。なんていうとカッコいいけど、ま、早い話、「フーテンの寅さん」や「はぐれ雲」や「バカボンのパパ」が憧れだからしゃーないの。


本を書くまで自分で詩を書いたことはほとんどなかったとはいえ、詩集はずいぶん読んできたから、知らずのうちにそのリズムやテンポや、言葉と言葉の空間のようなものをからだで覚えてしまったのかも知れない。今夜もまた本棚から好きな詩集を引っ張り出して読んでみた。繰り返し読んできたものだか、やはり好きな詩は何度読んでもいいなあ。映像が浮かんでくるような詩が私はとりわけ好きみたい。


  <  空の色が  >

空の色が 海の色でした 遥かな隔たりに妨げられず   空の青が 海の青でした

或る人の心の空の色が そのまま
誰かの心の海に届いている
というようなこともある
などと思いながら、
私は 海を
海に届いている空を 泳ぎました
正確には一私の海に届いている 或る人の空を


< 生命(いのち)は >  

生命は 自分自身だけでは完結できないように つくられているらしい 花も めしべとおしべが揃っているだけでは 不充分で 虫や風が訪れて めしべとおしべの仲立ちをする

生命は その中に 欠如をいだき それを他者に満たしてもらうのだ
世界は 多分 他者の総和

しかし 互いに 欠如を満たすなどとは知りもせず 知らされもせず
ばらまかれている者同士 無関心でいられる間柄
ときに うとましく思うことさえも許されている間柄

そのように 世界がゆるやかに構成されているのは なぜ?
花が咲いている すぐ近くまで 虻(あぶ)の姿をした他者が 
光をまとって飛んできている

私も ある時 誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない

「吉野弘の詩集」より


<  未  生  >

あなたがまだこの世にいなかったころ 私もまだこの世にいなかったけれど 私たちはいっしょに嗅いだ 曇り空を稲妻が走ったときの空気の匂いを そして知ったのだ いつか突然私たちの出会う日がくると この世の何の変哲もない街角で

< 日 々  >

私たちは別々の家で別々の物語を生きていた 雨だれが聞こえる朝 風が窓を鳴らす午後 その終わりがただひとつであることを知らずに あなたの眠らなかった夜を私は眠ったが 私の知らないあなたの日々は 私の見た夕焼け雲に縁取られていた


< 未 来 >

たった今死んでもいいと思うのにまだ未来がある あなたが問い詰め 私が絶句する未来 原っぱでおむすびをぱくつく未来 大声で笑いあったことを思い出す未来 もう何も欲しいとは思わないのに まだあなたが欲しい


< 会 う >

始まりは1冊の絵本とぼやけた写真 やがてある日ふたつの大きな目と そっけないこんにちは それからのびのびしたペン書きの文字 私は少しずつあなたに会っていた あなたの手に触れる前に  魂に触れた

「谷川俊太郎の詩集」より


PS:昨夜、京都で個人セッションと1dayワークショプを終えて帰ってきた。これが本年度の私の仕事おさめ。あとは忘年会、いや望年会がいくつかと年末大掃除だけ。


と、ここまで書いたら、あの行徳哲男先生から電話。相変わらず一方的にしゃべりまくる御大。(カール・ロジャーズから入ったくせに、全然、傾聴しないんだもんなあ)。でも、まるでこの文章を書いていたのを見ていたのかというタイミングでいきなりこう切り出した。


「あけみさん、忘年会というのは、もうひとつの意味があるのを知ってるか?年齢を忘れて生きろ、年なんか忘れろ、その方が人生楽しいゾって意味だ。あけみさん、ますます年を忘れて生きるんだぞ。人生をただ楽しむんだぞ。楽しむのに理由はいらんじゃろ。ワシも今年で77歳だが、今が人生で最高に楽しい。それじゃあな、明日から中国じゃ。帰ってきたら、ふぐでも食いにいこう。ほんじゃあ」と一方的にガチャン。


私は、ほんと、ヘンな人が好きだから、ヘンな人とご縁ができやすい。ヘンな人の別の名は、超個性的な人という意味。変人倶楽部でも作ろうかな。部員が増えれば、ヘンな人が生きやすくなる社会になるかも。それにしても、「変人」と「恋人」という字が似ているのが不思議だわ。


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ペインボディ(古い感情的な苦痛の集積)は、痛みがごちそう

WS002277.JPG全米で580万部も売れたというエックハルト・トールの「ニュー・アース」という本は確かにすごい本です。人生で何度も繰り返している痛みのドラマからもういい加減解放されたいという人や、魂の目覚めについて関心がある人、心の平安を求めている人、この時代に求められている人類の集合無意識の覚醒について関心がある人にはお薦めです。この本は、カウンセラー&セラピスト養成講座の受講生の課題図書のひとつにもしています。

エックハルト・トールが前著「The Power of Now ~さとりをひらくと人生は楽でシンプルになる~」でも書いていた、私たちに繰り返し痛みのドラマを作り出す「ペインボディ」とは何かについてこの本ではよりわかりやすく明快に説明されています。

人間は古い記憶を長々とひきずる傾向があり、殆どの人は、身体のエネルギー場に「ペインボディ=古い感情的な苦痛の集積」を抱えています。このペインボディは、なんと心の痛みや苦痛がごちそうなのです。“不幸依存症”“幸せ恐怖症”なのです。人生に何度も同じような痛みのドラマをこさえて被害者と加害者のゲーム、犠牲者の人生をやり続けるのです。

信じられないでしょう? 人はみんな幸せになりたいと思っているのに、なんで好き好んで自ら人生に痛みをつくるのよーって思いますよね、当然。でも、よーくわかりますよ、これ読むと。思い当たる節がおおいにあります。

エックハルト・トールがこの本の中で言っているのは、個人のペインボディだけでなく、家族・家系の負の遺産としてのペインボディ、歴史的に抑圧されてきた女性の集団的ペインボディ、侵略、支配されてきた民族、人種、国家としてのペインボディにまで言及しているところがすごいのです。

個としてのペインボディは、完璧になくなることはないけれど、ペインボディとの“自己同一化”から離れることができるようになると、痛みのドラマを自分で作り出すことは次第にしなくなっていくでしょう。

ペインボディはそれ自身がひとつの人格であり、生命体なのです。惨めな感じ、苦い思い、見捨てられた感じ、ひとりぽっちの感覚、仕返しをしたくなるような怒り、拒絶されたような思いが湧き上がってきたら、ペインボディが息を吹き返して痛みの人生ドラマを作り出そうとしているサインです。

この感情が湧き上がってきた瞬間にしっかり目覚めていないと、あっという間にペインボディ乗っ取られて、それまで何度も繰り返してきたネガティブな反応パターンをして、自分も相手も傷つけ、関係性を一瞬にして破壊してしまう言動をとってしまうのです。

自分のペインボディは「心の地雷」のようなものですから、往々にして踏まれた瞬間に爆発してしまいます。でも、このペインボディの仕組みをよーく理解すると、ペインボディが、何らかの刺激によって目覚め、痛みのドラマを創りはじめようとしたら、瞬間的に気づけるようになります。

ペインボディに乗っ取られないように自分の思考と感情を見張る、無意識にならず、意識を「いま・ここ」に置く以外、この痛みのドラマから解放されることはないのです。なにしろペインボディは“痛みが最大のごちそう”ですから、無意識に生きていたらずっと苦しい人生を歩んでしまうのです。

意識的に生きる以外、不幸の悪循環、苦痛に満ちた人生から解放されることはないわけです。ペインボディとの自己同一化から離れないと、心の中に平和の砦を築くことは永遠に無理なのだということがこの本を読むと本当によくわかります。

しかし、ペインボディは個人のものだけではありません。女性は歴史の中で抑圧されてきた女性としてのペインボディもあります。支配され、蹂躙されてきた重たいペインボディを持った民族、国家もあり、それらが個人の潜在意識(人類の集合無意識)の中に全部記憶されているのですから。

ここまできたら、もう今生での自分の心の地雷撤去だけではどうにもならないわけです。人類創生以来の地雷が潜在意識の中に全部記憶されているわけですから。このペインボディが、個人の人間関係でも、国と国の関係でも、被害者と加害者のゲーム、戦争、分離のゲームをやり続けているわけです。

話を元に戻しますが、とにかく思考は、絶え間なく“過去と未来と扉”を叩き続け、いまに在ることができないわけです。過去は、怒りや恨みや罪悪感、後悔や未練や執着でいっぱいです。未来は不安と怖れでいっぱいです。

朝起きてから夜寝るまで、約6万の思考が数珠繋ぎで連鎖していると言われます。スペースがまったくない状態では変化が起きるわけがありません。ほとんどがいらない思考で、知恵として使われる思考はほんのわずかだと言います。

「いま・ここに在ること」「いま・ここを全面的に生きること」が永遠の次元、ゼロ、源につながるというのは、ヒューレン博士もエックハルト・トールも同じことを言っています。仏陀をはじめとする歴史上の覚者もみな同じです。

人類の集合無意識の覚醒については、このお二人だけでなく、実存への問いをもって自己探求を深めていった人なら、たいてい人生のどこかの時点で出会う、20世紀のインドの覚者、OSHOやクリシュナムルティやラマナ・マハリシもそれだけを伝え続けています。

今時代は、本当に大きく変わろうとしているのだということを日々実感します。それも加速度的に・・・。地球が、人類の未来が、今私たちの意識の目覚めにかかっているのだということを多くの人たちが感じ始めているからでしょう。

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★12月11日(金)、12日(土) 京都個人セッション(定員になりました)
★12月13日(日) 京都 1day ワークショップ
(主催:マイミク「Rebirthりえちゃん」&「ノリノリ」)

りえちゃんからのメッセージ
http://mixi.jp/view_event.pl?id=46726144&comm_id=982903

プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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