
この間、母から珍しくコーフンした様子で電話がかかってきた。「あ、コクーンのコンサートに行って感動したんだな」と思った。もちろんボーカルのゆりちゃんと私が高校時代からの友人で、家にもしょっちゅう泊まりにきていて、ゆりちゃんのスットコドッコイキャラが大好きだというのもあるが、母はコクーンの歌も好きなのだ。(コンサートに行くといつも泣いている)そのゆりちゃんが、コクーンとしてプロデビューしたことを母は心から喜んでいた。この間、実家の近くでコクーンと上田紀行先生のジョイントがあるので、私がその情報を母に伝えたら、母は一人で雨の中、コクーンの歌を聴きに行ったのだ。(父はもう歩行が困難になっているので外出はできなくなっている)
「私は、コクーンの歌さえ聴ければいいの。上田先生って大学の先生なんでしょう。私、大学の先生の話しなんて難しくてチンプンカンプンだろうから、きっと寝ちゃわよ」と言っていたのに、なんとその日の夜に、「あけみ、上田先生の話、すっごく面白かったよ。難しくて高尚な話をユーモアを交えて、笑わせながら、私のような学のないおばあちゃんにもわかるように話してくれて、私感動しちゃった。上田先生の本も買ってきたよ」と、すっかり上田先生のファンになって帰ってきたようなのだ。
ああ、先を越された。私は、ずっと上田先生の講演を聴きたいと思いながらいつも日程が合わず、今まで一度も聴いたことがなかったのだ。私が、上田紀行という人の存在を初めて知ったのは、10数年前に氏の『覚醒のネットワ-ク 』(カタツムリ社)を読んで感動したのがきっかけだ。
その後、私は、上田先生の『かけがえのない人間』」(講談社現代新書)、『生きる意味』(岩波新書)、『癒しの時代をひらく』(法蔵館)、『宗教クライシス』 (岩波書店)、『がんばれ仏教!』(NHKブックス)、『目覚めよ 仏教!ダライ・ラマとの対話』(NHKブックス)などを次々に読んだ。
特に、ダライ・ラマとの対談集である『目覚めよ 仏教!ダライ・ラマとの対話』では、ダライ・ラマの側近の方が「ダライ・ラマが身を乗り出し、ここまで熱く語ったのを初めて見た。それは上田氏のダライ・ラマへの問いが本質的で核心を突いたものだったからだ」と言わしめた対談集だ。
上田先生は、文化人類学者だけれど、大学では講義にディスカッションやワークショップ形式を取り入れ、非常にユニークな授業をしていることでも有名で、私も生徒になって授業を受けてみたいとずっと思っていたのだ。コクーンのゆりちゃんと、「いつかきっと上田先生の授業を受けに行こうね」と話しているのだ。一般人が受けられる授業があったらぜひ行ってみたい。
上田先生は、学生による授業評価が全学1200人の教員中第1位となり、「東工大教育賞・最優秀賞」(ベスト・ティーチャー・アワード)を学長より授与されている。また著書『生きる意味』(岩波新書)は、2006年全国大学入試において40大学以上で取り上げられ、出題率第一位の著作となっている。
最近では、日本仏教の再生に向けての運動に取り組み、2003年より「仏教ルネッサンス塾」塾長をつとめ、宗派を超えた若手僧侶のディスカッションの場である「ボーズ・ビー・アンビシャス」のアドバイザーでもある。「ボーズ(坊主)・ビー・アンビシャス!」なんて、なんというシャレたセンスだろう。
2004年に出版された『がんばれ仏教!』(NHKブックス)では、時代の苦悩に向かい合い、素晴らしい活動をされている僧侶達やその寺の活動を紹介し、日本仏教の未来図を提示して、大きな反響を呼んだ。葬式仏教と言われて久しい日本の仏教界に氏は一陣の風を吹き込んでいるのだ。
私が、上田紀行という人に関心を持ったのは、著作やユニークな授業や時代の変革のための積極果敢な活動だけに注目したのではない。氏の表現・仕事・活動のベースにあるのが、氏の人生の苦悩から出発している点に非常に共感を覚えたからである。
上田先生は、幼少時に両親の離婚を経験されたことから、愛について、家族について、人間関係について不安と苦悩の中で生きてこられたことが著書の端々から伝わってくる。母親との葛藤についても触れている。大学時代は自分が生きている意味がわからず、人生に苦悩し、心を病んで病院に通いカウンセリングを受けていたこともあるという。自分を知りたくて、若い頃はずいぶんセラピーやワークショップや瞑想などを体験され、長い自己探求の旅を続けられたようだ。
救いを求めて、インドやチベットやスリランカを旅したこともある。その魂の彷徨の中で、氏の人間・人生・世界を観る視点がどんどん変化してゆく。そして、「スリランカの悪魔祓い」を見て、癒しの原点を知る。文化人類学者としてのフィールドワークになったのがこの時の体験だという。日本に「癒し」という言葉を最初に流布したのが上田先生だ。もっとも、昨今のお手軽な癒しブームと、この言葉の最近の使われ方の安直さを氏は最近の著書の中で嘆いているが。
そういうわけで、いつか上田先生にお会いしたいなあと思っていたら、母が私より先に上田先生に会ってきたというわけである。
ところがである。昨年1月31日に世田谷で開催された第一回、「いのちを見つめ、心を見守る愛ある医療」のイベントがあり、920名もの方が参加されたイベントになったのだが、その第二回が、今年5月4日に開催されることになり、なんと今回のメインゲストが、上田紀行先生と、ダライ・ラマ14世の元で修行をされたアメリカ人医師のバリー博士にお願いしようと、先日の打ち合わせで決まったのだ。そして、バリー博士を師と仰ぐ元精神科医、現在僧侶のマイミクの「だいちゃん」こと斉藤大法さんもパネラーとして登壇することになりました。(バリー博士のことは次回の日記で書きます)
そして、もちろん今回もコクーンのコンサートがあります。私は、総合司会です。「私は、今回は、ひっそりと舞台裏で見守りたいです」と大会実行委員長のドクターながちゃんに言ったら、ながちゃんが、「あけみちゃんほど、“ひっそり”という言葉が似合わない人はいないよ。なんか芸のひとつでも披露してね」と言う。あちしは芸なんか持ってないよー。私は動物園のパンダか。クーッー!総合司会者がどんな芸をしろってのよん。
それはさておき、今回、上田先生とバリー博士の講演の許諾がとれたのは、新しく実行委員になってくださったマイミクのドクター「アイババ」さんのご尽力の賜物なのです。「アイババ」さんは、シンギング・リンの演奏も今回してくださるそうです。
5月4日(火・祝日)「愛ある医療を考える 第二回市民公開講座」のタイトルは
“愛ある医療、東洋の叡智との出会い”
<問い合わせ、お申し込み:コクーン事務所>
Tel&fax:03-3326-6601 月~金:12:00~18:00(担当:渡辺)
問い合わせ用メールアドレス
0504tamashii@cocoon-japan.com
<講師プロフィール>
上田紀行:文化人類学者。 医学博士。東京工業大学大学院准教授 (社会理工学研究科、価値システム専攻)
1958年東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了。愛媛大学助教授(93~96年)を経て、96年4月より現職。国際日本文化センター助教授(94~97年)、東京大学助教授(2003~2005年)を併任。2005年には渡米し、スタンフォード大学仏教学研究所フェローとして、「今の仏教は現代的問いに答え得るか」と題した講義(全20回)を行う。
86年よりスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行い、その後「癒し」の観点を最も早くから提示し、現代社会の諸問題にもテレビ、新聞等で提言を行う。98年4月より3年間、毎日新聞で論壇時評を担当し、 2000年1月から
2年間は読売新聞書評委員、2001年4月より1年間NHK衛星放送「週刊ブックレビュー」司会者もつとめるほか、「朝まで生テレビ」「NHKスペシャル」等でも積極的に発言を行う。
<お知らせ>
3月13日(土) 岡部明美講演&和みのヨーガの体験
主催:マイミク「まゆみさん」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1384088465&owner_id=3195264
<岡部明美公式ホームページ>
2010年の講演とワークショップの開催地と日程が決まりました。
昨年11月29日にマイミクの「まゆみさん」の主催で私の講演と和みのヨーガの体験会がありました。広報してから1ケ月もたたないうちに定員、キャンセル待ちになり、当日は会場が満杯でした。
ご夫婦や家族でいらしてくださった方もけっこういらっしゃいました。ペアでやる「和みのヨーガ」は、からだがゆるみ、心もほっこりします。からだも心もほっこりすると人はやさしい気持ちになりますね。みーんなとってもいい笑顔で帰られました。
私は最初、「和みのヨーガ」と聴いて、あのインドのヨーガをイメージしていたのですが全然違いました。とっても心地いいお手当てのような、マッサージのような、整体のような、とにかく、からだがゆるんでほっこりしてとても気持ちがいいのです。受験勉強中の息子にも夜やってあげています。「気持ちいいなあ」と息子も喜んでくれます。
参加者の多くからまたやってほしいというリクエストがたくさんあったことから、「まゆみさん」が第二弾を3月13日(土)に企画されました。今回も私の講演がありますが、前回とはまた少し違った話もさせていただこうかと考えています。何より、私自身が講演の後の「和みのヨーガ」を楽しみにしているのです。まゆみさんが詳細を日記に書かれています。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1384088465&owner_id=3195264
オホホ・・なにを隠そう私は(別に隠してないか)ボディワークやお手当てが大好き。月に2回は近所の鍼灸院の2Fのサロンでアロマボディセラピーを受けています。顔も含めた全身をしていただけるので気持ちいいのなんのって。
お鍼やお灸や指圧にもけっこう行きます。テルミーや枇杷の温灸、野口整体や野口体操も好き。エサレンマッサージやリフレクソロジー、ハワイアンロミロミ、フェルディンクライス、タイ古式マッサージなども好きです。自分でやるのは主に気功で、特に香功が好きですね。
昔は、洋服やバックや靴などの物や、グルメ気取りで美味しいものの食べ歩きなんかを楽しんでいましたが、最近はあまりそういうのに興味がなくなっています。病気をきっかけに自然療法、お手当て、代替療法などを体験する機会が急に増えていったことがライフスタイルが変わっていくきっかけになりました。
からだに意識が向き始めるきっかけになったのは、14・5年前に受けた竹内敏晴さんのワークショップ、通称、竹内レッスンでした。竹内レッスンでは、からだをとことんゆるめていくことを最初にやります。
独身生活が長く、一人暮らしをしながらで頑張って仕事していた時代が長かった私のからだは、その癖が残っていて、最初の頃はなかなか脱力できませんでした。リッラクスするよりがんばる方が簡単なんて、なんて貧乏性のからだだったのでしょう。竹内先生から「リラックスすることまで、がんばってやるんだねえ」と言われ、思わず自分でも笑ってしまいました。
人に、からだを預けきれない自分。脱力できない自分。人に対して身構えている自分というものをつくづく感じました。20代、30代の私は、つっぱって生きていましたからねえ。心がモヒカン刈りのような女でした。(あの頃の自分はもう前世のような感じです。遠い目・・・)
でも慣れてくると、からだをゆるめていくことって、なんて気持ちがいいんだろうと思い、竹内レッスンでやる“からだゆらし”が私は大好きになったのです。
からだがゆるみ、全身から力が抜けると頭がからっぽになり、呼吸がすごく深くなることに気づきました。そのまましばらくからだを横たえていると、いつの間にか目尻から涙がこぼれていることがよくありました。からだが、自分を大切にしてくれていることを歓んでいる涙のようでした。
ずっとからだを緊張させて生きてきたんだなと思いました。自分のからだをまるでマシーンのように思って酷使していた頃の記憶が蘇り、自分に対してかわいそうなことをしてきたなと思いました。
でも、最近は益々そんな風な働き方をしている人たちが増え続けているのかもしれませんね。“なんか変だな”と感じる感受性さえ失くして。からだが緊張していると、人は、感じる力を失くしていくのかもしれません。感じる力を失うと、いのちは錆び付き、自分らしさまで失くしてしまうのでしょう。
私の病気は、それまでの私の生き方をPCのように強制終了させて、新しいソフトに変換するために訪れてくれたものだったのです。あの時はまだ、自分の病の深い意味がわからなかったから、突然脱線させられたように思ったのですけれど。
「降りる」というのは、脱落、ドロップアウトなんかじゃありませんでした。降りるとは、今までとは異なる“幸せや豊かさの価値体系”に自分を開いていくことだったのです。
「降りる=手放す」とは、執着していたものや同化していたものと距離をとって自由になっていくことでした。あるいは、心の深みに降りていくことによって生じ始める人生の歓びの“質的な転換”を意味するのかもしれません。
「魂胆」っていう言葉があるけれど、魂の戦略、魂の企みって本当にすごいなあと思います。人はみなそれぞれの成長と変容と目覚めの時期を知っている魂の意図があるみたいです。人生に起きてくる出来事も、生き方を大きく軌道修正するような人との出会いも、もしかしたらみんな自分の魂の魂胆なのかもしれません。
「命」という字は、人が1回叩かれると書きますが、まさに私も思いっきりゴツーンと頭叩かれましたからね。人生の試練というのは、まさに、“魂の目覚め”の体験なのでしょう。あれからたくさんの歳月が流れ、たくさんの出会い、多くの体験によって気づきが深まり、そんな風に自分の人生に起きた出来事を受け止められるようになりました。少しは賢くなったか、あけもちゃん。
PS:今年初めての仕事は京都セラピスト養成講座中級1回目でした。受講生は、関西組、名古屋組、岡山&松山組が、この1ケ月の間にみんなで集まって何度も自主トレーニングを重ねていたみたいですごいチームワークです。個性派ぞろいの京都講座は受講生が真剣かつ楽しんで受けてくれているので私もとても楽しんでやらせていただいています。それにしても今回もとても深いトレーニングになりました。みんなすごいです。
<お知らせ>
りラックスするより、頑張る方が簡単だったなんて遠い昔。前回の和みのヨーガでは、インストラクターの「月さん」が私にやってくれたのですが、なんと私は壇上であるにもかかわらずグ-グー寝ちゃったのでした。ただ単に年取ってズーズーしくなっただけかも。でも、気持ちよかったんだもーん。
<お知らせ>
3月13日(土) 岡部明美講演&和みのヨーガの体験会
岡部明美公式ホームページ:http://anatase.net/
あけましておめでとうございます。
みなさんはどのようなお正月を過ごされましたでしょうか。
元旦の朝というのは不思議に静謐感がありますね。
しんしんと降り積もる雪の朝にも似て、すべてのノイズが掻き消された静寂の豊かさ。何もないのに、すべてがある、ということをただ思いださせてくれる。
子供の頃育った岩手の釜石は港町だから豪雪にはならなかったが、元旦の朝はいつだって新雪が積もっていた。子供の頃は、暮れのお餅つきのはなやぎやワクワク感と元旦の朝のあの静けさのギャップのようなものをからだ中に感じて楽しんでいた。
私は、餅にする前のふかしたてのもち米で母が作ってくれたお塩をかけただけのおむすびが大好きだった。母が樽で漬けた漬物と塩むすび。あれは最高のご馳走だったなあ。 餅つきの臼を洗うのは母と私の仕事だった。父が杵をかつぎ、もち米を突く役。
そして、母がもち米に水をつけてこねる役。あの連携プレーは見事だった。カッコよかった、お父さんもお母さんも。近所の人たちも一緒に餅つきを楽しんだ。 お正月に家族で食べるお雑煮も美味しかったが、弟たちや近所の友だちで一緒に作った雪のかまくらの中で、七輪で焼いたお餅を食べるのもことさら楽しく、美味しかった。
雪のかまくらは秘密っぽい子供空間なだけに私は妙に好きだったのだ。私が子供の頃はまだ日本中が貧しくて、家にお風呂とテレビのある家は「お大臣」と言われていた。お風呂は銭湯が当たり前だった。
冬は銭湯に行くと、帰りに母がたい焼きを買ってくれた。冬のオリオン座と銭湯とたい焼き。塩むすびと餅つきとお雑煮。私の冬の幸せ3点セット。お正月はのんびり過ごしたいと思っても、主婦はけっこう忙しいものです。
夫も息子も朝食べると、「昼はなーに?」だし、昼食べると、「夜はなーに?」だし。合間に、甘酒作って、おしるこ作って、コーヒー入れて、ホットゆずティ作ってだし。
まあ、こんな何気ない日常がどれだけ奇跡でしあわせなことかということは重々わかっておりますから、今年も楽しみます。家族も仕事も遊びも勉強も旅も、あらゆるいまこのときを。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
岡部明美公式ホームページ:http://anatase.net/
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