岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

2010年04月

サムシンググレート、神さまはあなたの中にもいる

WS000127.JPGあれは確か2002年。致知出版社の月刊誌『致知』で、村上和雄先生(筑波大学名誉教授・遺伝子工学の世界的権威)と、行徳哲男先生(教育者・研修講師)と芳村思風先生(感性論哲学創始者)の鼎談に同席させていただく機会を得た。


この鼎談が好評だったことから、大阪を皮切りに福岡、沖縄、横浜、徳島、滋賀でシンポジウムが開催されたのだけれど、驚いたことに毎回、600~1400名もの人が集まるほどの盛況のシンポジウムだった。


シンポジウムのテーマは「21世紀・日本の使命」という日本の歴史的使命について。「サムシング・グレートは語る」という大自然の偉大なる力、見えざるものの不思議な力について。21世紀という新しい「精神文明の幕開け」についてなど。


私は、シンポジウムの進行役、つまり3先生からお話を聴きだすコーディネーター役。このシンポジウムの基調講演は村上和雄先生。村上先生は、科学が苦手という人にも、とてもわかりやすくお話してくださるし、見えない世界の話には、最初から懐疑的な態度を示す人にも、すっと入っていけるような巧みな話し方をされる。今、求められているのは、こうした見えない世界、スピリチュルな世界の話を、理性や知性に抵抗感を与えずに話せる人なのだと思う。


「ヒトの細胞の一個の核に含まれる遺伝子の基本情報量は、“30億もの化学文字”で書かれていて、これをもし本にすると、千ページの本が三千冊分にあたります。この超ミクロな物質に万巻の書物に匹敵するような情報が書き込まれているのです。私たちのからだの中の超ミクロの世界が一刻の休みもなく、間違いなく活動してくれているお陰で私たちはこうして生きていられるわけですが、これは一体何事ぞ!ということです」


「僕はこの遺伝子の暗号解読に日夜没頭していたある日、はっとしたというか、愕然としたんです。なぜなら、遺伝子の暗号解読をしている我々もすごいけれど、これを書きこんだものがいる!ということに突然気づいた時の驚き。一体誰がこれだけのプログラムを設計し、30億もの化学文字を遺伝子という超ミクロな世界に書きこんだのか? 親でないことだけは確かですよね。親が書いたとしたら、もうちょっとはましな子供が生まれているでしょうから(笑)。とにかく遺伝子の研究を突き進めていくともう人間の知識や知恵や想像力では及ばない世界にぶちあたってしまうわけです」


村上先生は、その30億もの化学文字を超ミクロの遺伝子に書き込んだものを、目に見えない大自然の働き、偉大なる何者か、大いなるいのちの働きという意味で、“サムシング・グレート”と名づけられた。このサムシング・グレートのことを、古来宗教が神とか仏とか言ってきたのだということはすぐわかるだろう。


村上先生は、遺伝子の研究を進めていくうちに、さらにすごいことに気づかれる。すべての生き物は、みな、同じ遺伝子の暗号を使っているということがわかったのだ。これまで地球上に存在したすべての生き物が同じ遺伝子の暗号を使っているというのは、“20世紀最大の発見です”と、村上先生はおっしゃる。


「私たちの肉体を構成する元素、水素、酸素、窒素、これはすべて地球の元素です。その地球の元素はどこから来るかというと、宇宙から来ている。だから、私たちのこのからだは宇宙からできているのです。私たちのからだは全部宇宙からの借り物なのにサムシング・グレートは無担保で貸してくれるんですよ。借用書書けとか、レンタル料払えなんて言わないんですからね(笑)だから、我々は死んだらお借りしたこのからだは、全部、地球に、宇宙に返さなければいけないわけです」


「サムシング・グレートの愛は、ただただ与えるだけの無償の愛なのです。私たちはみなこのサムシング・グレートに愛されている存在なんですよ。なぜならすべての存在は、サムシング・グレートの子供なんですからね。自分の生んだ子がかわいくないわけがありません」


生命あるものがすべて同じ遺伝子の暗号を使っているのみならず、私たちのからだを構成している元素も他の生物の元素も、太陽も地球も、夜空に煌く数多の星も、この宇宙におけるすべての物質は同じものからできているなんてなんという発見だろうか。 


このことを理解すると、私たち一人ひとりの存在は、本当に、星のかけらでもあり、海の一滴でもあり、砂の一粒、1本の樹木、空翔る一羽の鷲、一輪の花、ひとひらの雪でもあるということなのだ。存在は、すべてであるものを含んでいる。部分は全体を現している。“存在とは、すべてである”ということは、私たちは、一人ひとりが宇宙そのものを体現しているということなのだ。


「日本の学会、アカデミズムの世界はほんとに保守的だから、神さまのことなど言い出したら、“あいつもとうとう神頼みか(笑)”とばかにされるんです。しかし、遺伝子の研究を進める中で、こうして古来、神とか仏と人々がいってきた大自然の偉大なる力、この宇宙の法則を創った大いなる存在のことを科学的に立証でき、サムシング・グレートという言葉で語れるようになったことは大きな可能性が広がったと思います」


「私たちのからだを創ったのも、すべての臓器を動かし続けて、生かし続けてくれているのもサムシング・グレート。サムシング・グレートは、自分の中にもいるのですから、みなさん、感性を研ぎ澄ませて自分の内側からくる情報に対してもっと耳を傾けて下さい。内側には計り知れない、大いなる“いのちの知恵”があるのですから」


自分の中にいるサムシング・グレートとは、古来、神、神性、仏性、真我、大我と言われてきた人間の純粋なる意識の光なのだ。神も仏も本当は自分の中にいるのだから、自分を寄る辺として生きていっていいのだ。


そういえば、お釈迦様も、「自らの光となりなさい。自分を寄る辺として生きなさい」という“自灯明”の教えを残している。人の最も奥深いところにある純粋意識(真我)に目覚めることが今とても求められているのではないかと思う。


「物は人にあげると減るけれど、幸せは人にあげるとどんどん増えるんですよ。人を幸せにする人は、自分が幸せになっていくんです。みなさんの周りで幸せそうに生きている人はみんな愛を与えている人でしょう?与えているという意識すらなく、その存在から愛が溢れている人でしょう?幸せは分かち合えば合うほど、大きくなるからです」


私たちひとり一人がどれだけかけがえのない存在であるのか、生まれるべくして生まれた存在であるのかをこうした科学の言葉で理解できることの素晴らしさ。私たちはみなひとりぼっちの孤独な存在なんかじゃないのだ。人はみな、慈愛に満ちたこの宇宙の大いなる源から生まれ、すべての存在はその源につながって生かされているのだから。


このことを理解すると、人生は、意味のない経験の砂漠をただ彷徨うだけの時間でもなければ、人生に起きてくる出来事が、ただ無秩序に、無意味に起きてくるわけではないということが本当に納得できる。そう思うと、一人ひとりの人生というのは、なんという壮大ないのちのドラマ、魂の物語なのだろうか。


村上先生は現在チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ法王14世と「科学と宗教の統合」を目指して積極的に対話をされている。ダライ・ラマ法王は愛とユーモアに溢れた人だそうで、村上先生と一緒に肩を組んで写真を撮った時に、法王が村上先生の耳たぶをくすぐるので、「これは何か重要な宗教的儀式なのですか?」と村上先生が尋ねたところ、「ちょっとイタズラをしたくなっただけ」と言ってニコっと笑われたのだそうだ。そして、村上先生に「僕たちはきっと前世で兄弟だったと思いますよ」とウインクしながらおっしゃられたのだという。


古来、宗教は、「人間はみな神の子、仏の子」と言ってきたわけだけれど、それを科学の言葉で語れる時代になったなんて。この時代を生きている私たちはみな、人類の意識革命の目撃者なのだ。私は、こんなすごい時代に生まれてよかったなあと思う。


このシンポジウムを終えて8年後に私はまたダライ・ラマ法王と深い関係にある方とご縁をいただくことになった。このコラムでも度々お知らせしましたが,5月4日の「愛ある医療 東洋の叡智との出逢い」のメインゲストは、ダライ・ラマ法王の下で僧侶になられたアメリカ人医師バリー博士と、「目覚めよ、仏教」という本で、ダライ・ラマ法王と熱く対談した上田紀行先生が今回のゲスト講師です。5月4日のイベントの開催が近づいてきました。みなさんどうぞふるってご参加くださいね。私は、今回は総合司会です。ドジらないようにしようっと。

<お知らせ>

5月4日(火・祝日)「愛ある医療 東洋の叡智との出逢いin調布)

<問い合わせ、お申し込み:愛ある医療実行委員会>
Tel&fax:03-3326-6601  月~金:12:00~18:00(担当:渡辺)
大会ホームページ   http://www.cocoon-japan.com/


岡部明美公式ホームページ http://anatase.net/

5月18・19日 岐阜・関市2daysワークショップ (定員・キャンセル待ち)

5月23日(日)東京1dayワークショップ(定員・キャンセル待ち)

6月12日(土)岡部明美大分講演会  

6月13日(日)大分1dayワークショップ(定員・キャンセル待ち)


幸せって、何ですか?

WS000072.JPG人は、意識の焦点を当て続けたもの、つまり関心を持ち続けたものを現実に創造する、引寄せるというのは本当だなあと思います。そりゃあそうですよね、感性のアンテナをいつも張っているようなものですから、「あ、これだ」「あ、この人だ」とすぐキャッチしちゃうわけですね。


渇望感や欠乏感から欲しがるもの、マインドがほしがるものというのは、それが手に入らなかったらいやだ、満たされない、不幸せだという不満・不足が底にありますから、それは結果として執着を生むので、なかなか本当にほしいものが手に入りにくくなるようです。執着すればするほど、ほしいものは逃げていきますからね。


感性から湧き上がってくる欲求や興味や関心、ハートからこみあげてくる想いというのは、それがなければ幸せになれないとか満たされないというものでなく、すでに満たされているし、幸せだけれど、もしそれが実現したら、自分のいのちは歓ぶだろうなあ、楽しいだろうなあ、互いにとっても、みんなにとっても幸せだろうなあという、しみじみとした幸せ感だったり、ライト感覚のドキドキ・ワクワク感だったりします。


こういう、結果には執着せず、でも楽しみながらベストは尽くすというフロー感覚や、自分のいのちが歓ぶワクワク感の欲求というのは不思議にかなうものです。魂というのは楽器のような共鳴・共振・共感装置ですから、自分の魂のバイブレーションに合ったものを自動的に引寄せるのですね。出会いというのはまさにこの感覚が引寄せるものです。波動の法則ですね。


今回5月4日の「愛ある医療 東洋の叡智との出逢い」で「バリー博士」(医師・僧侶)と「上田紀行先生」(文化人類学者・医学博士)に出会える機会が訪れたのもまさしく私が問題意識として持ち、関心を持ち続けてきた領域だったから出会いを引寄せたのだろうなあと思います。


病からの生還後、私の生きるテーマと関心領域はずっと人の「生老病死」「病の高次の目的」「人間の本質」「魂の暗夜を生きる歓びに変える」「癒された死」「愛と慈悲のある新しい医療」「心の平安」「宇宙の真理」「宗教と科学の統合」「魂の仕事」「いのち輝き」「人生をただ楽しむ、遊ぶ」「見える世界と見えない世界の架け橋」「社会のパラダイム・シフト」でした。


第二回の「愛ある医療 東洋の叡智との出会い」のゲスト講師であるバリー博士と上田紀行先生は、私のこの関心領域の多くをメッセージにして発信し続けていらっしゃるお二人です。


あなたにとって、幸せって何ですか?


素敵な恋愛をすること? 結婚すること? お金をたくさん得て安心して豊かに暮らすこと? 仕事で成功すること? 目標を達成すること?人からの愛や承認や賞賛を得ること? 特別な能力を持ったすごい人になること? 何者かになること?


「でも、それは本当の幸せではないんですよ」


とバリー博士は言います。さて、それでは本当の幸せって何なのでしょうか。「医療の中には、愛と慈悲が必要だ」と説く医師であり、僧侶であるバリー博士は5月4日の愛ある医療のイベントでどのような話をしてくださるのでしょうか。


バリー博士は子供の頃に大病をしたことがきっかけになって、医師を志したという話は知っていたのですが、その大病というのが、私と同じ脳腫瘍だったということを最近になって知り驚きました。意識不明になって脳に腫瘍があることがわかり生死を彷徨ったというところまでそっくりなのです。


バリー少年は11歳の時、あまりに激しい頭痛のために病院に入院しました。病状はどんどん悪化し、昏睡状態になりました。脳に腫瘍があることが判明し、もうこれ以上は生き延びることはできないだろうと医師は判断したそうです。


バリー少年は、脳の手術を5回も受けました。脳腫瘍があったあたりの骨、頭蓋骨が腐敗したので、これを取り除かなければならず、人口頭蓋骨を入れることになりました。バリー少年は2年間赤いヘルメットをかぶって学校に通ったそうです。


バリー少年にとって、その時に脳の手術をして命を救ってくれた医師はヒーローのような、神さまのような存在だったといいます。そして、バリー少年は、自分も彼のように「人の命を救う仕事がしたい」と心に誓いました。


バリー少年はちょっと変わった子供だったようで、医師になるために一生懸命勉強していましたが、同時に禅仏教にとても惹かれて、鈴木大拙やアラン・ワッツの本を熱心に読み、禅の世界に心がとても揺さぶられたのだそうです。


バリー博士は長じて西洋医学の医師になります。しかし、医師であるにも関わらず愛する母親と妻の病気を治してあげることができませんでした。愛する人を立て続けに亡くしたのです。医師として二人のいのちを救ってあげることができなかった博士は、胸が引き裂かれるような悲しみの中で、ダライ・ラマと出逢います。


そして、その後チベット仏教の僧侶になられたわけです。もちろんバリー博士は今でも西洋医学の医師としての活動もしていますし、チベット医学の研究もされています。


ただ、少年時代にすでに禅仏教にわけもなく心惹かれて関心を持ち続けたということが、母親と妻を亡くしたことをきっかけに一気にダライ・ラマとの出逢いを引寄せたのではないでしょうか。肉親、夫や妻を亡くすという経験は誰にでもありますが、その人たちがみなダライ・ラマに出会うわけではありませんから。


下記は、私が去年この「SQライフ」のコラムに書いたものですが、今回のバリー博士と上田紀行先生との出会いは、実行委員会のミーティングで出てきたもので私が決めたものではないのですが、やはり私がずっとこのような問題意識と関心を満ち続けたからこういう出会いにつながったんだなと思います。


「SQライフのコラムより」


私は、科学というのは本来、宇宙の知性・智慧の解読であり、宗教というのは本来、宇宙の感性・宇宙的な愛の実践なのではないかと思う。科学の発見は、この宇宙の永遠の物語を紐解く1つひとつの章であり、宗教的、宇宙的感性(スピリチュアリティ)というのは、その永遠の物語の底辺を流れる生きとし生けるものたちへの“愛と祈り”なのではないだろうか。


そういう視点で見てみれば、科学と宗教は、同じ宇宙を違う窓から見ているようなものなのだから、本来は互いの欠如の“補完装置”“自己制御装置”として働くべきものであって、決して反目し合う別世界ではないのだと思う。


世界、存在、生命現象はすべて相反する<対極の性質>をもつものが“相互補完的”に関わりあうことで成立しているのだ。すべては“両義性”を持ち、「対」として存在している。そうした“いのちの相補性”で成り立っているのがこの世界なのだ。


生命あるものは互いの欠如を満たしあい、助け合い、生かし合っている。対極にあるものは、実はすべてひとつのもの、コインの裏表、背中合わせのいのちの働き。故に生と死も同じ存在の両翼なのだ。世界もまた、全く別々と思えるもの、つまり見える宇宙と見えない宇宙という二つのものが実は一つに合わさっている。つまり、私たちは今こうして生きながら、見える世界(この世)と見えない世界(あの世)に同時存在しているということなのだ。


私たちが今生きているこの三次元の世界は二極対立、二元論の世界だ。この二極のものが実はひとつのものであるという認識、つまり二元論的に解釈されてきたものを一元論的に解釈し、理解すること、二元論を止揚した第三の道を模索していくこと、これまで対立してきたものをバランスさせ調和の道を歩いていくこと、人間の本質に目覚めることがこれからの時代の大きな潮流になっていくのは間違いないだろう。


PS:週末は、京都でのカウンセラー&セラピスト養成講座の上級1回目がありました。今回は、見える世界と見えない世界をつなぐ架け橋、第4チャクラのハートの道を生きるがテーマ。ハートのスペースに安らぎ、ハートの想いに寄り添って生きる道の歓び。ハートの質が本来持っている純粋さ、無邪気さ、しなやかな強さ。心の闇さえ包含できる大きな愛の質をハート自身がもっていることをただ思い出していく。それは本来誰もがもっていたもの。受講生が描いた絵にそれは見事に表現されていました。


<お知らせ>

5月4日(火・祝日)第二回市民公開講座「愛ある医療 東洋の叡智との出逢いin調布)が近づいてきまた。このイベントの基調講演はコラムに書いた「バリー博士」「上田紀行先生」です。

<問い合わせ、お申し込み:愛ある医療実行委員会>
Tel&fax:03-3326-6601  月~金:12:00~18:00(担当:渡辺)
大会ホームページ   http://www.cocoon-japan.com/

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4月27日(火)~29日松山市・中島3daysワークショップ
(定員・キャンセル待ち)主催「花菜さん」

5月18・19日 岐阜・関市2daysワークショップ (残席1名)

5月23日(日)東京1dayワークショップ(定員・キャンセル待ち)

6月12日(土)大分講演会  主催「sarisariさん」

6月13日(日)大分1dayワークショップ(定員・キャンセル待ち)

存在の余韻

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年老いた父と義母を見舞う度に、「じゃあね、また来るからね」と言いながら、心の中ではいつも、父のこの顔を見るのは、義母のこの顔を見るのはもしかしたらこれが最後かも知れないと思う。

この1週間で3人の方の訃報を受け取った。母親を亡くした方、子供を亡くした方、ワークショップに参加されて罪悪感と自己否定に苛まれていた方が自分のワークをして最高の笑顔と心のやすらぎを得て帰られたのに突然亡くなられたという知らせが届いた。


覚悟していたとはいえ、愛する母親を亡くした人に何を言えるだろう。自分の子供を亡くした母親の悲しみはどれほどであろうか。まだ30代の若さで、これから自分の人生を生きると笑顔で帰られた人の死に嘆き悲しむ近親者に何が言えるだろう。


愛する者を突然亡くして混乱し、動揺し、嘆き悲しむ人に、神の意志以外のことは人生に起こらないとか、人生に起こることはすべて必然とか、そんな言葉はなんの慰めにも励ましにもならない。魂の永遠性や存在の根源においてわたしたちがひとつであるという真理さえ受け取る心の余裕がないときは虚しく響くであろう。


愛する者を亡くした人たちは、ただただもう一度会いたい、もう一度あの笑顔が見たい、もう一度あのからだに触れたい、話がしたいとしか思えないのだ。


死者は、生者にずっしりとしたものを残す。その重みは、その人の「生の残像」「存在の余韻」。自分とその人との関係性の中で刻まれた歴史、その物語が消えてしまったことの淋しさ。生きて別れるも、死んで別れるも同じ。人は、大切な誰かを失う度に自分のいのちが削られるような痛みを感じるものなのだ。


人が生き、そして、死んでゆくという、営々と続くいのちの自然な営みに、人はどうしてこうも慣れることができないのだろう。私も何人もの人を見送ってきたけれど、どうしても人の死に慣れることができない。人を失う度に呆然と立ちすくんでしまう。


それでも心が少し落ち着くと、寿命というのは、生まれる前にもう決まっているのだろうということをだんだん受け入れられるようになるのだが。だから、寿命がきていなければ、どんな大病をしようが、大きな事故に合おうが助かるけれど、寿命がきていれば亡くなるのだろう。短い寿命であってさえ、人は必ず生まれてきた意味と目的があったのだと思う。


人生は長さではないということを最近つくづく感じる。大切なのは、その人がどう生きたか。どのような存在としてあったか。どれだけ周りの人たちに愛を与え、人を幸せにし、人から喜ばれる存在であったか。


どれだけ人生で学び、成長し、目覚めたのか。どれだけ自分の人生を楽しんだのか。どれだけ周囲の人や社会に貢献したのかという“生の質”こそが問われるのだと思う。人が人生の最後の場面で受け取るものは、ただただその人が生きている時に、他者に、世界に与えたものだけなのだ


人は、支えることで支えられ、癒すことで癒され、許すことで許され、助けることで助けられ、愛することで愛される。自分が人に純粋に与えたものだけが、最後に自分が受け取るものなのだ。


きっと、死者は、遠い空から、風になり、花になり、雪になり、光になって、いつでも、どんな時でも、残してきた一人ひとりに愛を送っているのだろう。残された人たちが時の流れの中で次第に記憶が薄れ、逝ってしまった人のことを忘れている時であってさえも、死者は、片時だって残してきた人たちのことを忘れることはないのだ。


私たちは、永遠の世界に還った人たちと本当はとても近くに生きている。死者は、残してきた人たちの幸せしか望んでいないのだ。死者が残してきた人たちへの願いがあるとしたら、それはきっと、ただひとつ。


「僕を忘れないで・・・」「私を忘れないでね。ずっと、永遠に・・・」
きっとそれだけが、この世で巡り逢った人たちへの最後の、そして永遠のメッセージなのだろう。忘れられない人がいる人生というのは、本当は、とても幸せな人生なのかも知れない。死者は、自分がいなくなってしまったことで、いまだに悲しみから立ち上がれない人に、きっとこんなことを言っているのではないだろうか。


「僕たちは、私たちは、きっといつかまた巡り逢う。人生で深い関わりのあった人たちとは、姿形を変えて、役割を変えて、出会いと別れの意味を変えて、何度でも巡り逢う。もしまた出会う必要があるならば、意味があるならば。幾千の夜と幾千の昼を超えて、いつかきっとまた巡り逢える。僕は、私は、きっとあなたを見つけるだろう。だからこれは、ほんの少しの“さよなら”なんだよ」


PS:週末は2年ぶりに名古屋での1dayワークショップでした。なんと結婚して9年間住んだ春日井市が会場でした。とても懐かしかったです。主催してくださった具現びとさん、真奈さん、参加してくださったみなさんありがとうございました。


翌日からの岡山でのグランディングレッグスとエンプティハートのワーク、曹源寺のしだれ桜を見ながらのウオーキングメディテーション、後楽園の神秘的な夜桜、どれもこれも素敵でした。monju&Bhumikaさんありがとう。

何百年も続く禅寺の息子として生まれ、禅の世界とセラピーの世界を統合したお仕事をされているmonjyuさんが今日アップしている日記は、瞑想の世界とセラピーの世界のそれぞれのよさと盲点を知り尽くしているmonjuさんならではいい日記です。さすがmonjuさんだなあと思いました。

「My way・・白い雲の道」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1455559918&owner_id=64170&comment_count=7

<お知らせ>
5月4日(火・祝日)第二回市民公開講座「愛ある医療 東洋の叡智との出逢いin調布) 基調講演「バリー博士」「上田紀行先生」

<問い合わせ、お申し込み:コクーン事務所>
Tel&fax:03-3326-6601  月~金:12:00~18:00(担当:渡辺)
大会ホームページ   http://www.cocoon-japan.com/

岡部明美公式ホームページ http://anatase.net/

4月27日(火)~29日松山市・中島3daysワークショップ
(定員・キャンセル待ち)主催「花菜さん」

5月18・19日 岐阜・関市2daysワークショップ (残席3名)
主催「雅恵さん」

5月23日(日) 東京1dayワークショップ(残席3名)
主催「まゆ亭くにおさん」&「真由美さん」

6月12日(土)大分講演会  主催「sarisariさん」
6月13日(日)大分1dayワークショップ(定員・キャンセル待ち)
「sarisariさん」のmixi
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1451829525&owner_id=21407761&comment_count=4

プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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