

もうずい分前のことになるが、ある日、がん細胞って何なのかなあと、ぼーっと考えていたことがある。すると、宮崎駿アニメの中で私が一番好きな「風の谷のナウシカ」のイメージがふっと浮かんできた。
あの“腐海の森”で、毒を出して人を寄せ付けないオウムを始めとする昆虫たちが、なぜか突然、がん細胞と重なって見えたのだ。
「火の7日間」一それは、人間が作り上げた文明を焼き尽くす恐ろしい戦争でした。それから、千年という長い長い年月が過ぎ、地球には、“腐海”と呼ばれる毒を出す植物たちの森が広がっていきました。腐海は、巨大化した昆虫「蟲」たちの住処。人間はその外側、残された土地に国を作り、腐海や蟲たちに怯えながら暮らしていました。誰も近寄らないその腐海の中を、たったひとりで歩いている少女がいました。少女の名はナウシカ。ナウシカは、自然や生き物を愛するやさしい少女でした。
ナウシカは、キツネリスのテトが牙をむいて、自分の指にかみつき血を流しても「こわくないのよ、ほら、こわくない。ねっ」と言って、指を差し出し続ける。するとテトは、自分が噛んで傷つけたために流れているナウシカの指の血を、次第になめはじめる。
「怯えていただけなんだよね。こわかっただけなんだよね」と言いながらテトに触れる。ナウシカは、こうして自分を攻撃してくるものと一瞬の内に仲良くなってしまう。ナウシカは知っていたのだ。攻撃してくるものは怯えているものであることを。怒っているものは、傷ついているものであることを。
人間が、毒を出す森である腐海を焼き尽くしてしまおうと攻撃を始めると、腐海の王である強大な蟲オウムが人間を殺そうと暴動を起こす。ナウシカは「怒らないで、こわがらなくていいの。私は敵じゃないわ」と言ってオウムを抱きしめる。
オウムは人間に攻撃されたため、足はちぎれ、からだから青い体液を流し続ける。目は怒りで赤く燃えている。死にかけているオウムに寄り添いナウシカは言う。
「ごめん・・ごめんね・・。許してなんていえないよね。ひどすぎる・・・」
すべてを破壊し尽すほど荒れ狂っていたオウムたちも、ナウシカのやさしい語りかけによって静まってゆく。ナウシカの愛だけが、オウムの怒りと凶暴性を失速させられるのだ。私はこの場面で毎回泣いてしまう。
ナウシカは知っていたのだ。腐海は、人間が汚した世界をきれいにするために生まれた森であることを。腐海の樹木は、汚れた土や水の毒をからだに取り入れて、地下で美しい水、空気、胞子、結晶を作っていたことを。腐海の蟲たちは、本当はみなその森を守る精であるということを・・・。
「風の谷のナウシカ」と「千島学説」が私の中で不思議に重なってしまった。千島学説(故・千島喜久男医学博士の学説)では、がんは、血液の汚れを警告しているものであり、がん細胞は汚れた血液の浄化装置だという考え方をしている。現代西洋医学のがんに対する考え方とは全く違う。
千島学説は、血液は骨髄ではなく小腸の絨毛で作られているという学説だから今の医学会では認められていない。この学説を認めてしまったら、現在の医学教育を根底から塗り替えなければいけなくなるからだという。
私は医療者ではないから、医学的にどちらが正しいのか、何が正しいのかはわからない。ただ、患者は“素人”ではあるが、“当事者”なわけだから「偉大なる素人」になって、自分にとってのより良い選択をしていくしかないと、当時患者だった私は思ったのだ。いのちや人生がかかっているのは患者の方なのだから。
「偉大なる素人でありたい」と思った私は、医学的にどちらが正しいかというより、どういう考え方が私にとってより納得できるのか、前向きになれるのか、行動に移せそうなのかという物差しで選択していくしかないと思ったのだ。
そういう意味では、がん細胞=極悪非道の超悪玉、故に、どんな手段を使ってでも殺す、叩き潰すという、西洋医学の好戦的な考え方より、がん細胞は、血液の汚れを警告するため、血液を浄化するために生まれるのだから、まず、宿便をとって、腸の大掃除をして、腸内細菌叢のバランスを整え、血液をきれいにし、酸化したからだを中庸に戻し、がん細胞が生きにくい体内環境を作ろうという千島学説のメッセージの方が腑に落ちる感覚があったのだ。
西洋医学のがん医療にたいする基本的な姿勢は、がん細胞を、親の敵とばかりに憎み、抹殺するという考え方だ。おそらくこれは西洋にある“善悪二元論”の考え方がベースにあるのではないだろうか。
西洋は、病気そのものを悪いものと考えているから、症状をとにかく抑える、無くす、消す、叩くということに懸命になる。これがなぜ、西洋医学は“対症療法”と言われるかのゆえんだ。
確かに西洋医学のお医者さんは、病気、病巣、症状を「叩く」という表現をよく使うし、すぐ「切りましょう」と言う。まるで、肉や魚をさばくような感じだ。なんとなく、ああいう表現って、自分のからだを乱暴に扱われている気がする。
西洋医学のがん治療の言葉に、戦争用語が多いのも気になっていた。絶滅、根絶、戦略、一網打尽、闘病・・・これは、感染症、伝染病のように、病気の原因が“外”にある時の疾病観のまま、がんという病気を考えているからではないだろうか。
おそらく西洋医学は、がん細胞を外からやってきた、エイリアン、悪魔、テロリストと考えるから“悪の打倒”という戦争医学用語になってしまうのではないだろうか。
「病気は悪」という考え方が根本にあれば、必然的に、その悪・テロリストを徹底的に叩きつぶすという発想が治療の考え方になるのは頷ける。西洋医学は基本的に好戦的で攻撃的な医学なのだと思った。
それ故、がん細胞を叩きつぶすためには、その治療でどれだけ患者が苦しもうが我慢すべきだという考え方になるのかもしれない。そう考えると、西洋医学のがん治療には拷問に近いような痛み苦しみが多いことが納得できるのだ。
がんというものが“死の象徴”になっているのかもしれない。まるで、がんを叩きつぶせば死が消えてしまうかのように。死は決してなくならないのに。もちろん、死とは肉体という物資が消える現象に過ぎないのだが。
しかし、私は、決してアンチ西洋医学ではない。実際、1991年、意識不明になった私が脳腫瘍と水頭症を発症しているのを見つけたのはCTスキャン、MRI検査という西洋医学の優れた検査技術があったお陰だ。
生死を彷徨っていた私のいのちを救ってくれたのも脳外科医の優れた執刀技術によるものだったわけだから、私は西洋医学の素晴らしさを知っているし、感謝もしている。
ただ私がずっと疑問に思っていたのは、現代医学が日進月歩の勢いで進化しているというのに、なぜ、がんになる人が一向に減らないのか、腫瘍が再発、転移した人たちに対しての治療成績がなぜこんなに悪いのか、なぜがんで亡くなる人が増える一方なのか、ということへの疑問だった。
がんを始めとする現代病、慢性病、生活習慣病、精神病に対しては、西洋医学は不得意分野であることを知ってからの私は、「患者はまな板の上の鯉」なんて悠長なことを言っている場合ではないと思い、自分で学び、自分で感じ、自分で考え、自分の体の主治医は自分であることを自覚していったのだ。
こうして現代西洋医学の長所と短所、得意と不得意を学んでいた私だったので前述したように、ある日突然、「風の谷のナウシカ」を見ながら、「千島学説」との符合を発見してしまったのだと思う。
がんは耐え難いストレス、極度の疲労、遺伝子を傷つけるものの体内摂取、間違った食習慣、毒素・老廃物・科学合成物質の体内蓄積、深い悲しみや、絶望感、無力感、自己否定感、加齢による細胞や肉体の老化、個々の患者の未知のⅩ・・・。
それらが、からだの抵抗力、免疫力という“生命力”そのものを落として発病の引き金を引くと言われている。だから、これに追い討ちをかけるような攻撃的な治療が次々に施されるのは患者にとってはつらい事だ。まるで傷口に塩や明太子をすり込むような治療ばかりだ。正常細胞もがん細胞もどちらも身内なのに。
窮鼠ネコを噛むじゃないけれど、追い詰められればられるほど、窮鼠(がん細胞)はバカ力を出してしまうのではないだろうか。風の谷のナウシカに出てくる、あの腐海の森のオウムと同じように。
私だって、自分を攻撃されれば必死になって自分を守ろうとする。ましてや自分が殺されそうになったら、何が何でも生き延びようとすると思う。私たちのからだの中にはがん細胞ができても、ちゃんとそれを消してくれる免疫細胞たちがいるのだからこの免疫細胞たちが元気になること、働き者になってくれること、いい仕事をしてくれることの方に働きかけていく治療法、健康法の方に私の関心は向かっていったのだ。
免疫力、生命力があることが何よりの鍵なのだから。私たちのからだには、毎日数千、数万個のがん細胞が生まれているのだという。なぜそれが、がんとして発病しないかというと、免疫力、生命力があれば、からだ自身が、がん細胞を退治し癒してくれるので発病には至らないのだという。
私が、からだにやさしい治療法や様々な代替医療や予防医学に非常に関心をもってしまったのは、やはりもう二度とあのような耐え難い肉体的苦痛を味わいたくないからだった。それに女だから、髪が全部なくなるのももういやだったのだ。髪を失うというのは女性にとっては本当に辛く悲しいことだから。
がんをはじめとする生活習慣病、現代病には、全員が必ずこの方法で完治するという“決定打”がないのだと言う。だったら私は、このからだで実験しながら、自分に合うものを見つけていこうとあの頃の私は思っていた。
どんな治療法を選ぶかは人それぞれだけれど、私は苦痛は最小限で、あとは自然治癒力を増幅してくれるような療法を選びたいと思っていた。ただ、現代はあまりにも情報過多で、患者は逆に何を選んでいいか選択に困っている人が多い。その時、自分を救うものは、基本、根本、根源に戻ることだ。
自分自身が、生とは何か、死とは何か、私とは誰かという、自分なりの生命観、死生観、人生観、身体観、疾病観、健康観、、幸福観、そういった思想、哲学を持ち、その上で、自分のからだの実感、心の実感を手がかりに、自分にとっての最良のものを自己責任の元に選んでいくという姿勢が何より大切なことなのだと思う。

ナウシカ、私も宮崎作品の中で一番好きです。
オームが癌細胞に、腐海が浄化に…ものすごくよくわかります。
私は専門的な医療知識を持たないものなので、「千島学説」についても、今回初めて知りました。
でも、ほんの少し、気功をならったことがあります。先年亡くなった先生は治療をなりわいにされいる方ではありませんでしたが、すごい人でした。
そして、いつも「西洋医学は検査機器などですごい発達をみせている、東洋医学も同じように、人を育て、原理を普遍的なものにすることによって、のぼっていき、いつか両者が手をとりあって、同じように人を助けていくんだよ」とおっしゃっていました。(特に、東洋医学は、部分を直すのではなく、全体を、バランスを治すと。だから同じ漢方薬が上過ぎるものを下げ、下すぎるものを上げて中庸でとめる働きをすることもある、と)
病気(特に癌とか)は体を損なう敵としてみてしまいますよね。でも、それは、わたしたちに、人間らしいものを取り戻させる警告にもなっているんだとこれを読ませていただいて、すごく思いました。
あけみちゃん、ほんとうにありがとうございました。(うちは今、家族全員病気ですが、きっと再生の時がきたんだと思って、ピットインの気持ちで新たな明日を迎えようと思います)
2007年02月05日 14:02
風の谷のナウシカは、とっても好きな作品です。何回見ても、引き込まれます。
あけみちゃんの、『私だって、自分を攻撃されれば必死になって自分を守ろうとする。ましてや自分が殺されそうになったら、何が何でも生き延びようとすると思う。』って、じつはがん細胞にとってもそうなのかもね。がん細胞が攻撃を受けていると感じたら、また、強く反撃してくる、自分の生存をかけて。そんな感じがしました。
だから、あけみちゃんが、気づかせてくれる存在としてがん細胞に対しているのは(住みにくい環境を整えるという対処ですが、書いていないけれど、ありがとうっていって、愛を与えているような気がしますが)、まったくがん細胞の反撃の気をそらしてしまっていることになっている気がしました。
2007年02月05日 23:29
愛は、最もかよわくて最も儚いけれど、最も大きな力
ありがとう・・・・・・
2007年02月06日 03:57
初めまして。Cと申します。
「風の谷のナウシカ」私、大好きです。初めての出会いは、小学低学年、歯医者さんの待合室でした。リサイクルで出来たような紙の質、そこに書かれている「腐海」ナウシカの神秘さ、全てに引き込まれたものです。
医学的知識は限りなく皆無ですが、ガン細胞と腐海、オウムとの酷似性に関して考えさせられました。
今の世の中(特に西洋思想の影響が大きい場合)、異物に関しては切り捨てる・排除し、現状の安定を保とうと躍起になる場面・状況が多々あると思います。癌もそう。学校も職場もそう。世界も。個性の社会を謳う一方で、あくまでも自分自身・社会に影響を及ぼさない範囲内での「個性」であり、不快を与える「腐海」のような環境や状況・モノは、その奥底まで知ろうとせず、目に見える所だけ切り捨ててしまう。本当は、怖いんですよね。いつ攻撃されるか、消滅させられるかって。だから、先制攻撃したくなったり、自分の周りを同じようなモノで囲んで守る。西洋の歩んできた歴史から、処世術の一つだったのかしら?
私、親、共に癌だったり不治の病持ちです。今も身体の中に宿して居るんですけどね。西洋医学のおかげで発見して貰えたし、治療も出来ている。だから、西洋医学の有り難さって実感できます。
が、それれが現れるのは、決まってからだが無理しているとき。自分では感じず、突っ走っている時にウルトラマンの赤ランプのように、警告音を発してくれているようなのです。
そういった意味では、神様(がいるとしたら)が、身体の悲鳴を無視して酷使し続けている私に与えてくれた罰、でもそれは生命を守るためのありがたい罰なのかな、だから、ありがたく、自分自身の一部として受け入れて、大事にしなくちゃと思うのです。切り捨てちゃったら、忘れてしまい、また身体を酷使してしまいがち。でも、忘れちゃいけない。あの時の涙だったり、麻酔から覚めたときに見た顔だったり、桜の柔らかさだったり。
命って、生きるって、病気って、って凄く考えさせられたあの瞬間を与えてくれたのが、癌細胞だったり、不治の病です。身体は教えてくれるんですね、今自分に必要なモノを。「自己責任」って言葉もありましたが、「自分の身体に聞き」「自分の身体が欲しているモノ」を与えてあげる事が、自分を、ひいては自分の周りのモノを、そして宇宙のリズムを大事にすることではないのでしょうか?文化的知識も乏しい私ですが「ありがたい」って東洋的言葉、大事にしたいです。包み込む暖かい言葉だと思っています。「愛」って、心が包み込まれている字ですよね。ガードを固めるために似たもので囲むのではなく、いろんなカタチで心が囲まれている愛が好きです。
長くなりました。投稿の機会を与えてくださってありがとうございます。
2007年02月11日 12:06
私自身も、自分のからだで体験して、まさしくおっしゃってることを実感しているものの一人です。
大切な経験を分かち合っていけたらいいなと思います。
2007年02月16日 08:53
「北風と太陽」のお話を思い出しました。
そして、今自分が悩んでる問題への対処のヒントになりました。
ありがとうございます!
2007年02月21日 07:05
すごく大切なことを言っていただいていると思います。千島学説とナウシカの共通点!癌が広がるかもしれないと悩む方を励ましているのですが、判りやすく伝えられなくて、ヒントを頂きました。また遊びに来ます。
2007年04月13日 16:20
はじめまして、偶然千島学説を検索していてこちらに、HITしました。
私もナウシカ全巻を読んでいたので、ごく自然に千島学説が私の中に入ってきたんじゃないかなぁと思います。
イメージがとてもつかみやすかったんです。宮崎駿も千島学説をいしきしていたのかなぁなんて思っちゃうくらい。
私は、ホメオパシーや、玄米菜食の大森先生のお話から、千島学説という名前に行き着いたばかりです。
これから、千島学説の本を読んでみようと思ってます。
近い将来、医学もおおきく変っていくかもしれませんね。
2007年09月06日 09:20
宮崎駿の作品は人と自然との共存をテーマにしているものが多くありますが、明美さんの言うように病気も又、自然の一つの形であり意味のある存在なのだと再認識しました。
健康は人生を生きる上での基本であり、
意識を向けながら生活をしなければこういった形で体は信号をだすのですのでしょう。
今日から私も少しずつ食生活を改善していこうと思います。
どうもありがとうございます。
2007年09月13日 06:11
はじめまして、千島学説と宮崎駿氏の作品から感じるものは同じようにわたしも思います。
解りやすくかいていただき千島学説のことが大まかな感じがつかめました、ありがとうございました。
2007年11月23日 20:19
なんてタチの悪い・・・
2008年07月25日 02:32
こんにちは
千島学説と血液は腸で作られる・が一致しました。
ありがとうございます。
ナウシカの腐海と癌細胞の作用の考え方も、なるほどと納得です♪
血液が腸で作られると言う事も、なんとなく納得してしまうのであって、理論的には分からないのですが、癌細胞は確かに汚れた血を浄化しているのかも知れません。
2008年10月12日 15:38
ケーナ奏者の八木倫明(やぎ・りんめい)と申します。
千島学説の思想・哲学、命名弁証法を
音楽で表現しようとしている者です。
十弦ギター、ケーナ、尺八のアンサンブル
風絃トリオ〈空〉(くう)を結成して、たとえば
《風の谷のナウシカ》などを演奏しています。
だからこのページに出会ったときは
驚きましたねえ。
腐海はまさに浄血装置としてのガン細胞ですね。
ボクが言いたいことを全部書いて下さっています。
岡部さんありがとうございます。
ボクは2000年に千島学説と出会い、
直感的にその真実性を確信しました。
『よみがえる千島学説』という本はもう
何十人にも差し上げました。
千島学説と『ナウシカ』が同じ哲学で貫かれていることを、
こうしてはっきり書いて下さったことに
感謝します。
自分が一人で言っても、なかなか相手にしてもらえません(笑い)。
2008年10月20日 11:16
おまえらのトンデモ理論の性でどれだけ多くの人が迷惑こうむるか、
少しは考えろ!!
2008年10月24日 11:15
今のとこマイナーだけど、将来的に怖い存在になるやもしれんトンデモ。
故千島喜久男博士が提唱した8大原理によって構成される
現代医学の基盤から覆す革新的医学理論。……らしい。
1930~1950年代あたりで活躍されてます。
ニセ科学・擬似医療・スピリチュアルブームに乗っかって再燃。
この8大原理が素晴らしい。逆ベクトルで。
どう研究したら、こういうブッ飛んだ結論に達するのか、
思考過程を辿ってみたいようなみたくないような。
とりあえず、あまり批判してる人は見当たらない。
幻影随想さんによるまとめはあるけど。
つか、妙に信じてる人が多いぞ。これは怖い。
【おまけ】 千島学説は、『風の谷のナウシカ』 とダブるんだそうだ。ほお。
ちなみに原作では、腐海によって浄化された正常な空気の下では、ナウシカら
あの世界の人類は生きていられないんですが…
汚染に耐えられるよう、旧人類によって改良(?)されてるんで。
つまり、穢れと共に生きていくしかない人類。
それでも諦めずに、前へ進むしかない人類。
愚かさと背中合わせだが、それでも希望を持って生きていく生命の素晴らしさ。
汚らわしさと共存しつつ、それでも力強く生きる人間への賛歌。
それが『風の谷のナウシカ』(原作漫画)の本来の意味なんですが。
……こういう変な誤解受けるの嫌だったから、
宮崎さんあの映画の内容に不満だったんだろうな、と。
とりあえずその台詞を、宮崎駿の前で言えたら尊敬します。
つか、言ってくれ頼む(悪)。
2008年10月24日 11:25
「風の谷のナウシカ」と「千島学説」が私の中で不思議に重なってしまった。
・・・私も同じ思いです。
ガン細胞を危険なものとして切り捨てる。そうではなく、仲良くしよう。仲良くすればガン症状は消えます。
農薬で害虫を殺すとき、大事な微生物菌も殺しつくし、大地は荒廃。邪魔者は殺せの論理は荒廃を招くだけです。
「おまえらのトンデモ理論のせいでどれだけ多くの人が迷惑こうむるか、少しは考えろ!!」と叫ぶ人の気持ちもわかります。
ガン症状をなくす療法が「みなごろし」のすべしか見えないとき、現代治療をうけていればよかったのに、とか、変な民間療法を信じて命をなくしてしまってとか。しかし「みなごろし」思想はやっぱりだめです。千島学説を元にした根治療法はないのか。あります。しかも民間療法ではありません。「みなごろし」思想に染まらぬ現代医学の最先端医学=「ナウシカ」です。
「ナウシカ」を紹介します。読んでみてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/hukohitomi
2009年03月05日 16:21
No Nameさんやその次の人のコメントに異様さを感じてコメントしてしまいました。でも岡部さんはすでに甲田療法を知っておられたのですね。安心しました。そうです。だから、あのお二方はテトなんです。ナウシカは、キツネリスのテトが牙をむいて、自分の指にかみつき血を流しても「こわくないのよ、ほら、こわくない。ねっ」と言って、指を差し出し続ける。ガンを排除しない。仲良く受け入れてあげるのです。そうすればガン症状はなくなっていくのです。健全な細胞になっていくのです。甲田先生のお考えです。
2009年03月06日 23:18
大変面白い発想で興味を持ちました。
最近の研究で血液の赤血球からいろんな細胞が出来る可能性がある ようです。
あらためて全部ではないにしても千島学説が再評価されるかもしれませんね 個人的には癌は共存共生が理想と思います。また免疫の寛容なども関係有るかもしれません
人体健康は内分泌 免疫 精神(心)のバランスがすべて関連していると思います。
2010年12月31日 01:12
千島・森下理論を教授しています。昨年まで森下博士の健康大学で講師をしておりました。昭和50年1月4日読売新聞の記事をまずご覧ください。ガン細胞が正常細胞に戻るとあります。しかも現代医学の最高峰の3グループが検証し、確認しております。この、ガン細胞が正常な赤血球に戻る仕組みが分かれば生存率は大幅に上がるだろうと思います。現に一昨年の12月から晩期癌だけの患者さん5人中4人がガン細胞が消えております(私が千島・森下理論に基づいてアドバイスした方々)。現代医学にはすばらしい側面は確かにありますが、慢性性病に関しては一向に歯が立たず薬物治療に終始しています。薬物では、飲み続ける以外方法がありませんので、根本治療ではありません。「根のごとく枝葉はなる」・原因をほおっておいて、結果として枝葉をどうこうしても、かわらないということです。平成23年4月より札幌でその詳しい内容を講義していく予定です。現代医学や現代生物学を根本から覆してしまう、千島・森下理論。縁がある方々に是非知っていただきたい、その想いだけです。
2011年02月02日 00:55
興味深く読ませていただきました。癌細胞にも意識はあると言う記事をスター・ピープルで読んだ事があります。抗癌剤で怒るそうです。万物に意識があるなら、当然、ある訳です。癌細胞が正常細胞に戻ると言うのを読みましたが、オセロの原理と考えています。現代医療は攻撃型ですが、愛は細胞の潜在能力を発揮出来るでしょう。60兆の細胞のネット・ワークが十分に働けば良いと考えます。分析、分断では無く、一体としての統合的考えが必要かと考えます。ナウシカの話はとても良く解かります。
2011年02月12日 11:33
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
