岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

結婚は、恋の墓場、愛の始まり

WS000125.JPG<愛の実力(1)>
人生の苦悩の大半は、人間関係の悩みであり、それはすべて愛についての学びなのだなあとつくづく思う。人はみな愛に傷ついた体験があるだろうし、自分も誰かを傷つけてしまったという体験があるだろう。そのプロセスの中で感じた怒りや後悔、無力感や罪悪感。なんとも言えないあの苦い思い・・・。


もし、心に形があるとしたら、みんな傷だらけの天使だろう。いまだに生傷から血が噴出している人だっているかもしれない。死んで別れるにしろ、生きて別れるにしろ、愛する人を失ったことなど一度もないなんていう人はおそらくいないだろうし。だから、どんな人の心の中にも、愛を喪失することの恐れ、裏切られることや拒絶されることへの恐れがあるだと思う。


人はなぜこんなにも人間関係に悩むのかと言えば、人が本当に深いところで求めているのは、ただただ愛すること、愛されることの歓びだからなのだろう。どんなに仕事で成功しようが、巨万の富を得ようが、もしその人が誰からも愛されず、孤独な人生であったなら、その成功は果たして幸福なものであろうか。人生の成功と幸せは、愛が礎になっているのだと思う。しかし、愛は本当に難しく、人生でどれだけのレッスンを与えられるか計り知れない。


この人を嫌いになれたら、憎むことができたら、どんなに楽だろう・・そんな風に思ったことがある人もたくさんいるだろう。決断できない葛藤の中で、悩み続け、もがき続け、愛するゆえに苦しみ続けた一そんな体験を人はみな人生で何度か味わったことがあるのではないだろうか。簡単な別れなんかないから。


今回のコラムは、いわゆる精神世界で言う「無条件の愛と許し」という視点やメッセージとは、一線を画した愛のお話だ。私のメインの仕事の一つは、感性論哲学の創始者の芳村思風先生と一緒にやっている研修なのだけれど、思風先生は、愛を、理性能力に勝る問題解決能力として育てること、愛をよりよい人間関係を創る実力、こじれて悪化した人間関係を修復していく実力として成長させることの大切さを説く。


思風先生の「愛の実力」の講義は、人間関係で悩んだことがある人なら、いやむしろ、人生の苦悩の殆どは人間関係によるものだから、どんな人にも自分のこととして考えさせられるものがあるのではないかと思うので、今回から4回に分けて、このコラムで書こうと思う。

思風先生はこう言う。

「男女間の愛というのは、これまでずっと感情や情熱としてとらえられてきました。大好きだとか、惚れたとか、ときめき、甘さ、幸福感、そういった感覚や感情、あるいは激しい情熱、情動、情念、性愛と同一視されてきました」


「しかし、そういった感情や欲求や興奮や陶酔などは、時間がたてばいつかは冷めてしまうものです。恋は基本的に自己中心的な感情であり欲望なのです。それゆえ、恋愛という愛は、求める愛、奪う愛、欲しがる愛なので、人は恋愛をすると天国と地獄を両方体験するわけです」


本当に恋愛ほど、この世が“二極性の世界”であることを味あわてくれるものは他にないだろうと思う。至福と絶望、魅惑と幻滅、情熱と倦怠、高揚と落胆、自由と束縛、快楽と苦痛、愛と恐れ、創造と破滅・・・。


自分でも抑えきれない恋愛感情という激流に押し流されて、人はどれだけのドラマを人生で作り、修羅の世界を体験することだろうか。およそ恋愛ほど、この世の諸行無常を感じさせるものはない。恋愛に賞味期限があることは、誰しもが体験的にわかっているのではないだろうか。


しかし、それゆえ、人間を最も成長させ、普遍の愛に目覚めさせ、神聖なるものへと導いてくれるのも恋愛なのかも知れない。人は恋愛をしている時に、聖なるものに触れる瞬間、つまり、すべてが溶け合ってひとつになる体験を束の間であっても体験するからこそ魔法にかかってしまうのだろう。


恋愛というのは、自分の中と相手の中の最良なるものと最悪なるものとを同時に味わう体験だ。愛憎という大きな二極性を持ったエネルギーに触れるという意味では恋愛ほどそれを痛感するものはない。


だからこそ人は、人生で何度も苦い体験をすることによって、大いなる存在の普遍の愛に目覚めていくのかも知れない。それにしても、恋と愛とは大方はつながりあい重複し、はっきり二分できるものではないのだろうけれど、確かに何かがはっきり違うのだということは感じる。思風先生はこう言う。


「多くの人は結婚して数年、いや数ヶ月ですでに“選ぶ相手を間違えた”と後悔するでしょう?(笑)。生活を共にし始めたらすぐ正気に戻りますからね。アバタはもうエクボには見えなくなりますから」


「そして気づくわけです。結婚したら孤独でなくなる、淋しさが癒される、幸せになれるなんて、とんでも8分、歩いて10分、回り道して30分だったと(笑)。夫婦関係はまさに人生最大の“行”なんです。これほど人を成長させる人間修行はないんです。今、幸せだと感じている人でも、何十年一緒に暮らしたらいろいろなことが起きてきます」


「愛というのは、“他者中心の心情”で、“自己中心的な感情”として愛をとらえていては真実を見失ってしまいます。愛を感情や情熱だと思っているために、夫婦や恋人たちは長いこと一緒にいると、愛が冷めた、もう愛がないから別れましょうという話になってくる」


「あるいは価値観、性格が合わないという理由で簡単に別れる。しかし、愛とは何かということを本当に理解しないと、離婚して相手を変えてみても、恋人を変えても、人間というのは、親密な関係になれば、その人との関係でなければ出てこない問題というものが必ず出てくるものなのです」


「感性論哲学が言う、感性の働きは、調和作用・合理作用・統一作用なのですが、これは人が深いところで求めている真・善・美への欲求と同じものなのです。理性は分離を生み出しますが、感性は、できることなら仲良くなっていきたい、ひとつになりたいという深い生命の欲求なのです。感性は、対立や不調和を不快と感じるのです」


「この宇宙がプラスとマイナスの両エネルギーのバランスで成り立っているように、すべてのものは陰陽から成り立っています。ですから人間にも長所と短所が半分ずつあるわけです。これはどんなに偉い人、りっぱな人、悟った人と呼ばれるような人でも同じです。人と人は、身近になり、つきあいが長く深くなれば、いやなところがいっぱい見えてきます。失望も不満も出てきます。当たり前なのです。同じ人間なのですから」


「人間関係に、愛に苦しんでいる時は、最も自分の在り方を振り返る時なのです。相手に完璧な愛を要求していなかったか。相手を自分の思い通りに変えようとしていなかったか。人間は、不完全で矛盾に満ちた存在であるという“人間観”が本当に腹の底まで落ちているか」


「“結婚は、恋の墓場、愛の始まり”。恋の病は、結婚すれば完治します(笑)。恋は生物学的には“種族保存”のための生殖欲求に導かれた欲望ですから正しい判断能力が働かないのです。相手の本当の姿を知ったら誰も結婚したいなんて思わないですからねえ(笑)。恋をするとみんな魔法にかかったように盲目になりアバタもエクボ状態になりますが、それは、盲目にして冷静な判断力を奪って結婚させ子供を産ませるための、大いなる生命の戦略なのです。自己保存本能という時の“自己”とは、実はこの自分ではなく、宇宙の根源的実在、大いなる生命、永遠の生命であるところの自己のことなのです」
 

そう言えばフランスのことわざに、「結婚は、判断力の欠如、離婚は、忍耐力の欠如、再婚は、記憶力の欠如」というのを聞いて笑ったことがあるが、思風先生からすれば、結婚が判断力の欠如であるのは、大いなる生命の戦略なのかと妙に納得できるのである。


「相手の欠点というのは自分が気にくわないところです。自分の気に入らないとこ、むかつくとこ、いやだなと思うところを半分もっているのが“他者という存在”なのです。でも相手からしてみたら、自分も嫌がられるもの、失望されるものを半分もっている存在なのです」


「しかし人は、結構自分のことは棚にあげて簡単に人を批判するものです。自分がどれだけ人に対してすぐ批判的になるか、評価・判断をしているかを観察してみたことがありますか? もちろん正当な怒りというのはありますが、それ以上に自己中心的な思いから人を簡単に批判する言葉を使っていないでしょうか」


「理性は、自分と違った考え方、価値観を許しがたく感じるのです。しかし、理性に使われるのではなく、自分が理性を正しく使うのなら、対立している相手というのは、自分が最も学ぶべきものを持っている相手であり、自分に足りないものは何なのかを教えてくれている人なのです。違う価値観を持っている人から学んで自分を成長させることも愛の実力なのです」


「自分を善人だと思っている人ほど、自分は正しいと思っていますから、簡単に人を批判し、評価・判断し、裁きます。自分の善人根性が相手を悪人にしてしあうことだってあるのです。人をけなす言葉というのは自らの魂を汚します。人は、互いに半分ある欠点を許しあう、認め合う、補い合うことができなければ、他人と一緒に仕事をしたり、他人と一緒に生活していくことはできないのです」


ほんとにそうだ。人と人は、距離が近くなり、常に一緒にいる関係になるとごまかしがきかなくなり、相手の欠点もアラも見えてくる。もちろん、相手からも自分のそういう面を見られているのだ。


親密な関係になればなるほど、人と人は、互いのエゴがぶつかりあって、たいてい何らかのトラブル、問題が起きてくる。思風先生が言うように、愛を感情ではなく“能力”として、より良い人間関係を創る“実力”として成長させなければ、人は一生、人間関係で悩み続けるというのはその通りだと思う。


「独占欲や所有欲、執着や嫉妬を愛だと勘違いしている人もいます。もちろん人間は不完全ですから誰かを愛したら嫉妬も感じるでしょう。適度な嫉妬なら関係性への刺激として楽しめばいいのですが、嫉妬によって関係性を破壊してしまうような行為に出るのは真実の愛から出たものではないのです」


「それは、自分では愛だと思っている自己中心的な感情であり欲望であり執着なのです。相手が自分の欲求や要求を満たしてくれなかったら消えてしまうような愛は、とても幼い、未熟な愛なのです。愛に、ロマンチックなものや高揚感、心のやすらぎだけを求めているのであれば、人は必ず相手に失望する時が来ます」


「恋は正しい理性が働かなるために修羅場を作ってしまいますが、愛は正しい理性と一緒になることで育くまれていくものなのです。だから真実の愛には、待つ時間、耐える時間、許す力、信じる力、愛し抜く力、責任といった意志の力や判断力・決断力、忍耐力、努力が不可欠なのです」


確かに、恋に狂うという言葉はあるけれど、愛に狂うという言葉はない。愛は正しい理性と一緒なって育くまれるというのはその通りだなと思う。それにしても、愛を学ぶこと、愛を実践することというのは、エベレスト登頂よりも厳しく過酷な“修行”、“試練”、“道”なんだなと改めて思う。


愛を学ぶ道、意識の拡張への道に歩み出すと、必ずや“自分の壁”にぶち当たる。壁とは、傷口だ。自分の心の深いところに埋め込まれたまま時効になっていない心の傷が、新たな関係性の中に投影され、その傷そのものが執着や反応、自己防衛や攻撃を繰り返し、再びドラマを創り出してしまうのだ。


そして、変化や問題やトラブルが起きると、もう自分たちの関係は終わりだとすぐ結論を出そうとする。最高の気分を味わえた時を本来の自分たちの姿だと思い、その状態がずっと続くものだと思い、ずっとこの状態や気分が続くことを願う。


しかし、心ほど当てにならないものはなく、昨日好きだったものが今日は嫌いになったりする。愛の最初のさざめきは、努力などしなくても自然に起きてくるものだけれど、じきに互いの恐れや条件づけやエゴが姿を現し、二人の関係に問題が起きてきて、愛は試練を向かえる。長いつきあいになれば、行き詰まり感が出たり、倦怠感が生まれたり、思ってもいなかったような大きな問題が起きてきたりもする。


愛は生き物だから、たえず水や光を与えていないと枯れてしまうのだということを頭ではわかっていても、人は本当に大切なことを時の流れの中で忘れてしまう。慣れというのが一番の曲者なのだ。


この世にあるもので、変化しないものなどひとつもないことを知っていても、人生に起きて来る苦しい問題が、自分を成長させるために起きてくるのだということがわかっていても、人は、こと男女の関係になると安定が崩れることを恐れる。


しかし、自分たちの関係に何が起きてきても、本当に大切な人ならば、瞬間、瞬間にハートを開いていることが問題を乗り越える力になるのではないだろうか。心さえ閉じてしまわければ、そのスペースに変化が生まれる可能性があるのだ。


関係性の中で起きてくる問題やトラブルは、すべて自分たちの関係性をさらなる成長や進化や成熟、意識の覚醒に向かって促す宇宙(神)の計画なのだという理解がもしお互いにあれば、愛は、未知なる可能性への挑戦と冒険に満ちた“道”になり、人生の旅は楽しいものになるのだろう。


ガイド付のパックツアーではない、この極めて個人的な旅には安全保障などないのだ。だから当然、危険や困難、不測の事態や予想外の出来事に出会うのは当たり前で、それだからこそこの旅は、神秘と創造性と挑戦に溢れた道になるのだろう。
                 
                        (次回に続く)




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<  お 知 ら せ >
         

* 8月4日(土)に京都で講演会があります。(満席・キャンセル待ち)

* 8月25日(土)、心身のリラクゼ-ション&メディテーションの会「シャンテイ」の第二回目があります。(東京・自由が丘)

* 9月7日(金)~9日、長野県、女神山で2泊3日のワークショップ「Be―Work」があります。

* 9月15日(土)、「思風塾全国大会 in 名古屋」のシンポジウムがあります。
               
   パネラー:芳村思風先生(感性論哲学創始者)
         村上和雄先生(筑波大学名誉教授) 
         行徳哲男先生(教育者)
         土橋重隆先生(医師)
               
   コーディネーター:岡部明美
               
   テーマ「命をひらく  ~この命何に使うか~」


* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)

* 詳しくはホームページをご覧ください。

岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/

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コメント

投稿者: 華

結婚相手はね、一番合わない人とするようにできてるんだよ。…と言ったのは、去年亡くなられた気功の先生でした。
そのほうが、いっぱい修行ができるでしょ?

人もうらやむおしどり夫婦っていうのもいるじゃないですか、とその時私は思いました。
そのころ、超元気だったわたしたちは、好敵手でした。友達にも夫を「敵は…」と話して笑われました。

でも、今はちょっと大変です。
いろんなバランスが神様のギフトで壊れています。
もう一度、まあるい形にもっていきたいです。

ただ、一つ思うこと。
「別れなさい、見捨てなさい」と言われて、出来ない時に、理由が言えないのはいいなあと。
一つ一つ細かなことを並べ立てれないことがかえって、うれしかったりします。
「なんだかわからないけど、できないの。だから、しょうがない」

今の本音で事情のよくわからない方にはもうしわけないコメントになってしまいました。
だから、これはあけみちゃんへの個人的ラブレターです。今日もありがとう。続きを楽しみにしています。

2007年07月20日 21:22

投稿者: かずのこ

出力して、何度も拝読しています。
たいへん示唆に富んでいます。
次回、お待ちしていますね。

2007年07月21日 09:47

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プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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