岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

私を捨てた男

WS000128.JPG愛の実力(2)
こんなタイトルにすると、まるで私の暴露コラムか?と勘違いされそうですが、残念ながらちょっと違います。先日、テレビを見ていてびっくりしたのです。それは、自分を捨てた飼い主の男を恨むネコの実話でした。アニマルセラピストだかヒーラーだかという外人の女性が登場して、そのネコと飼い主の和解を試みるのです。


その飼い主は高校生の男の子です。家族でそのネコを飼っているのですが、その男の子が最もそのネコをかわいがっていました。そのネコも家族の誰よりもその男の子になついていました。しかし、その男の子は、高校が全寮制なので、高校入学とともに家を出ていったのです。


その男の子は、年に数回しか実家に帰ってこなくなりました。すると、あんなに自分になついていたネコが、自分が帰ると猛烈に攻撃してくるようになったのです。その男の子の手足はネコのひっかき傷でそれはもうひどい状態でした。
そこで、動物と話ができるというアニマルヒーラーの登場です。


「このネコはあなたを恨んでいます。自分に何も言わず突然家を出ていったあなたに対して憎しみの感情でいっぱいです。このネコは、あなたに捨てられたと思っているのです。あなたを絶対許せないと思っています。このネコはあなたを本当に愛していました。だから、あなたに捨てられたことが悲しくて悲しくて仕方がなかったのです。これから毎日、このネコにごめんね、大好きだよと話しかけてください」と、そのアニマルヒーラーの女性は言います。


私は、ネコは好きだけれども、一度も飼ったことがないのでネコの気持ちはよくわかりません。犬とインコの気持ちはけっこうわかります。でもこれを見て、ネコってまるで人間の女性みたいだなって思ったのです。


その男の子は、言われた通り、毎日、毎日、そのネコに、「ごめんね」「大好きだよ」といい続けるのです。最初のうちは、その男の子が近づくだけでネコはうなり声をあげて毛を逆立てています。


しかし、何度も何度も繰り返すうちにネコの目がだんだん、怒りの目から、悲しみの目、寂しさの目、切ない目にかわっていくのがありありとわかったのです。そうやってその男の子とネコはだんだん和解していくのです。


私は、そのネコの目の変化を見ているだけでなんだか泣けちゃいました。そのネコが、どんなにその男の子を愛していたのか、どんなにその男の子の愛がほしかったのかが画面からひしひしと伝わってきたからです。


私は、その時、昔読んだ遠藤周作さんの小説「私が捨てた女」の中に出てくる言葉、「愛は、決して捨てないこと」という言葉を思い出し、さらに胸が熱くなるのでした。


今回の芳村思風先生の「愛の実力 2」の話は、このネコと青年のお話にも通じるものです。

思風先生は言います。

「愛とは、“どうしたらいいんだろう”と、より良い方法や方向を探しながら悩む心、考える心なのです。その揺れ動く心の中にこそ愛があるのです。どうしたらいいんだろうと問うのが感性であり、問い続けることもまた愛であり、悩みながらも懸命に努力している姿は、まぎれもなく愛の姿なのです。愛がなければ悩みもしないのです。愛とは、相手のために努力できることなのです」


「相手のネガティブな反応というのは、自分の心の態度をありのままに映し出している鏡なのです。自分の無神経さ、思いやりのなさ、押し付けがましさ、要求がましさ、責めているもの、恐れているもの、囚われているものの答が相手の反応なのです」


「自分の中に、相手をないがしろにしている態度、尊重していない態度、批判する気持ち、裁く気持ち、しがみつく気持ち、相手を変えようという気持ちがある間は、相手は態度を変えません。いやむしろ、自分が最も見たくないもの、望まないものを出してきます」


「しかし、自分の在り方、態度、相手を見る目つきが変わった瞬間に、相手の態度が突然変わることがあります。本当に一瞬にして、こじれて悪化した人間関係に奇跡が起きることがあるのです。それは、相手を見る自分の目の中に、心からの謝罪と相手を愛する気持ちが伝わった時なのです。口でいくら、ごめんね、愛してると言っても、本物でないものは伝わりません。人は、自分を見る相手の眼差しの中に愛を感じるものなのです」


私たちは、言葉を使って他者とコミュニケーションをとっているわけですが、実は、人は、相手がどんな人が、自分に対してどう思っているのか、相手の心の中で今何が起きているのかは、言葉ではなく、非言語(ノンバーバル)で感じ取っているのです。


言葉が伝わっているのは7%にしか過ぎず、93%は、相手の表情、目つき、声のトーン、しゃべり方、呼吸、姿勢、仕草、態度などから感じとっているという調査結果もあります。


私の実感でもたしかにそうだなと思います。自分に対して、好意をもっているのか、苦手意識をもっているのか、批判しているのか、受け止めてくれているのか、尊重してくれているのか、適当にあしらわれているのか、近ずこうとしてくれているのか、距離をとろうとしているのかは、相手の非言語、ノンバーバルな部分にたしかに感じているのです。


セラピストやカウンセラーの資質と能力でとても大切なのが、傾聴力や共感能力だけでなく、クライアントさんが話す言葉以外の、このノンバーバルなサインを感じ取れる感受性なのです。ノンバーバルなサインは、言葉よりも雄弁に今この瞬間の事実や真実をどれだけ語っていることでしょう。


そして、クライアントさんの中でどんなネガティブな感情や思いが起きていようとも、いのちというのは、絶え間なくバランスを取る方向へ、成長する方向へ、愛と調和の方向へ行こうとしているのだという“いのちのプロセス”そのものを信頼することなのです。


前述したネコが、男の子に対して心を開いていったのは、「ごめんね」「大好きだよ」という言葉が本物だったからであり、男の子の自分に対する向き合い方に誠実さと本物の愛を感じたからでしょう。あのネコだって本当は仲直りしたかったのでしょうし、ネコだって、ちゃんと人間のノンバーバルのものを感じとっているのでしょう。


「人間が、人間であるゆえんは、愛のために努力できること、いやむしろ、愛はたえまない努力であると言ってもいいでしょう。愛を感情や情熱、ロマンチックな気分としてとらえている人には、愛が努力だなんて説教くさく感じるかもしれませんが、相手のために努力できなくなったら、忍耐できなくなったら、愛は終わりなのです」


愛がなければ悩みもしない、愛には忍耐が必要、相手のために努力している姿はまぎれもない愛の姿ー本当にそうだなと思う。不完全な人間が他者を愛するというのは、自分も、相手も、不完全な存在であるということを心底受け入れ、そのままの自分や他者を丸ごと愛するということなのだろう。


しかし、これは相手の嫌いなところ、イヤなところも全部好きにならなければいけないということではないのです。嫌いなところがあったまま、相手を受け入れることはできます。なによりも、自分を愛してくれている人だって、必ずしも自分のすべてが好きなわけではなく、嫌いなところ、いやだなと思うところも含めて丸ごとの自分を受け止めて、関わってくれているのですから。


いわゆる精神世界でよく言われる「無条件の愛」という言葉に縛られてしまうと、嫌いなところまで好きにならなければいけないとか、いやだと感じてはいけないとか、許せない自分はだめだとか、無条件に人を愛せない自分はまだまだレベルが低いと思って自分を責めてしまう傾向があるようです。


そういう人たちにとっては、思風先生が言う、「揺れ動く心、悩み続ける心、悔やむ心、忍耐、努力し続ける心も愛の姿。愛がなかったら悩みもしないのだから」という言葉は救われるのではないだろうか。多くの人は、揺れ動き続ける心は迷いだと思っているだろうから・・・。

                         (次回に続く)




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<  お 知 ら せ >
         

* 8月4日(土)に京都で講演会があります。(満席・キャンセル待ち)

* 8月25日(土)、心身のリラクゼ-ション&メディテーションの会「シャンテイ」の第二回目があります。(東京・自由が丘)

* 9月7日(金)~9日、長野県、女神山で2泊3日のワークショップ「Be―Work」があります。

* 9月15日(土)、「思風塾全国大会 in 名古屋」のシンポジウムがあります。
               
   パネラー:芳村思風先生(感性論哲学創始者)
         村上和雄先生(筑波大学名誉教授) 
         行徳哲男先生(教育者)
         土橋重隆先生(医師)
               
   コーディネーター:岡部明美
               
   テーマ「命をひらく  ~この命何に使うか~」


* 9月22日(土)、「1 day ワークショップ」があります。(東京・自由が丘)

* 詳しくはホームページをご覧ください。

岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/


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コメント

投稿者: さくら☆”

なんてタイミングなのでしょう!!

ちょうど同じようなことを体験したところでした。

危うく切り捨てるところでした。(汗

>どんなネガティブな感情や思いが起きていようとも、いのちというのは、絶え間なくバランスを取る方向へ、成長する方向へ、愛と調和の方向へ行こうとしているのだという“いのちのプロセス”そのものを信頼することなのです。

最近 ようやっとこのことを実感と共に受取れるようになって来た所です。

>「揺れ動く心、悩み続ける心、悔やむ心、忍耐、努力し続ける心も愛の姿。愛がなかったら悩みもしないのだから」

自分の揺れ動く心が 愛だか執着だかワケ分からなくなってました。諦めようと思っても諦め切れず 手放した感覚になってスッキリしたかと思うとまた 執着が込み上げてくる。。。コミュニケーションも感じ悪くて もういいや!ってスパッと切り離し、これでせいせいしたかと思った矢先にブログを読んではまた 自分の過ちに気付かされる。。。和解したいけど期待には応えられない。。。。けど 思風先生が言う通り、何処かに愛がなかったら、こんなにも悩まない。。。のですよね。この言葉 本当に救われました。

わたしはこれから 本当の愛について学び、得とくして行きたいと思います。また学ばせて下さい。ヨロシクお願いいたします。

2007年07月24日 04:39

投稿者: さくら☆”

この猫と男の子に 自分の関係を投影して 思わず胸が熱くなってしまいました。

ありがとうございます。

2007年07月24日 04:45

投稿者: まなみん

愛とは決して捨てないこと・・・いいな~

そして悩むこと・・・なにもできなくてもよいのね、うんうん。
ありがとう

2007年07月24日 08:27

投稿者: 華

真っ最中です。もう、何度も読みました。猫のきもち、瞳の変化に胸が熱くなりました。
それから。
なんだか、くすぐったいようなうれしいような気持ちが湧いてきました。
ありがとう。あけみちゃん。
乗り越えられそうな気がしてくるのって、不思議ですね。

2007年07月24日 09:01

投稿者: レスカ

一つ一つの言葉にぐいぐい引き込まれるように一気に読みました。
ありがとう。今まさしくこの状態でもがいている自分を見ているようです。勇気が湧きました。あけみちゃん ありがとうございます。

2007年07月26日 09:01

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プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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