
生まれて初めてワークショップなるものを受けてみて発見したことは、「感情には層がある」ということだった。ワークをする中で、自分では怒りだと思っていたものが、その怒りを感じ尽くし表現してみると、怒りの奥にあった感情は淋しさだったり、悲しみだったり、痛みだったりした。そのさらに奥には愛があったということに気づいた時には泣けてしょうがなかった。
怒りの奥にある本当の気持ちを素直に伝えれば、人と人はもっとわかりあえるのに、表層の感情である怒りをぶつけてしまうから互いを傷つけあってしまうのだと思った。でも、人は怒りを感じている時は、そのずっと奥にある自分の本当の感情に気づけないのかもしれない。
ネガティブな感情の奥には、自分の心の痛みや真実の欲求や願いが隠されているというのも本当だった。その本当の欲求や願いや心の痛みを感じ尽くし、表現してみると、確かにネガティブな感情は流れていった。
流れてしまうと、からだがふっとゆるみ、呼吸が深くなり、「ああ、もうあのことはいいや」って思えるのが不思議だった。すべてきれいさっぱりというわけではなかったけれど、その“もういいや”っていう感覚が自分を楽にしてくれる感じがした。
私がものすごく嫌っていたネガティブな感情は、こんなにも私にわかってほしかったのかと思った。それにしても、なんで、こんなに簡単に涙が出てくるのだろうと思うくらいに、自分の真実に触れた瞬間というのは、一瞬の時差もなく涙があふれてきた。
自分の深い感情に触れていくというのは、自分の脆さ、弱さ、痛み、ウイークポイントに触れていく作業でもあるから、かなりつらい作業だ。でも、その心の作業は、脆さや弱さの奥にある、やわらかなものや、繊細なもの、あたたかいもの、美しいものに触れていくプロセスでもあって、私は、それに触れるたびにだんだん自分が好きになっていった。
そして、やっと、自分の今までの人生を肯定できるようになった。そうしたらまた涙がこみあげてきた。その時、郁恵さんから、「明美さん、その涙は、明美さんのいのちが喜んでいる涙なのよ。もうひとりでがんばらなくてもいいのよ、明美さん」と言われ、その途端、またどっと涙があふれてくるのだった。
< 感情 >
感情をコントロールできるようになることが大人になることだと思っていた。
しかし、私がしてきたことは、感情のコントロールではなく、
ネガティブな感情の抑圧だったことに気づいた。
感情の抑圧と病気が深い関係にあることを学んだ。
悲しみや怖れ、不安や怒り、憎しみ、孤独感。
こうした心に痛みをともなう感情が溢れてくると
私はすぐ前向きな思考、肯定的な思考に切り替え、
ネガティブな感情を感じることから逃げ回った。
それらの感情は、決して前向きな思考によって消されたわけでも、
癒されたわけでもなく、心の奥底に澱のように沈殿していただけだった。
「感情は、喜びであれ、悲しみであれ、すべて心の事実。自然現象と同じ。だからどんなネガティブな感情であっても、その感情に気づき、感じ尽くしてみれば薄れてゆくし、過ぎてゆく。その感情が癒されたときには、新たな意味が生まれることさえある。ネガティブな感情を排除しよう、なかったことにしようと、自分の本音に蓋をしてしまうと、その感情はいつまでも心の中に滞ってしまう。怒りや悲しみ怖れや喜びの感情に豊かに触れて、自分の感覚や感情という“事実”を生きる手がかりにしていると、自分を見失わずに生きていけるよ」
こう言ってくれる人に出会えたとき、心の中にあった腫瘍(しこり)が溶けてゆくのを感じた。夢の中でさえ、本物の涙が流れるほど、あらゆる感情は大切な大切な私の心そのものだった。
『もどっておいで私の元気!』より(岡部明美著:善文社)
(つづく)
*12月22日(土) 「リラクゼーション&メディテーションの会“シャンテイ”」が東京・自由が丘であります。~からだほぐして 心ほぐして 内側から元気になる~
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
