
心の世界が、深い深い海のようだと感じた日から、少しだけ時が流れた。私は次第にその深い海の泳ぎ方を少しずつマスターし始めている。自分を学ぶことは、他者への理解、人間に対する理解が深まっていくことにつながり、世界が広がっていく感じがして楽しい。
私は、昔から、存在の深いレベルで人と出会いたいと思っていたのだけれど、そのためには、まず私が自分自身に深く出会わなければならないのだということがだんだんわかってきた。
一度いろいろなことに気づき始めると、日常生活でもひとりでワークすることが多くなってきた。最近は、「私は、今まで何を“前提”として人と関わっていたのだろう」というところを見ている。
私は今まで、人との関わりの中で、自分をわかってほしいと思う気持ちが強く、互いにいつもわかりあえる関係でいたいと思う気持ちが強かった。だからわかってもらえない時はすごく悲しかったし、互いに全然わかりあえない時などはひどく落ち込んだ。
しかし、今の私がやっと理解したことは、人と人はわかりあえるということを“前提”にすると、そうでないと苦しみが生まれるけれど、「人と人はわかりあえることの方が稀なのだ」ということを前提とすると、人間関係の見方が全く変わる。
考えてみれば、互いの人生の体験が違い、感じ方も考え方も、価値観、性格、行動パターンもそれぞれ違う人間同士なわけだから、真にわかりあえることの方が稀なのだと思う。
こちらの方を前提にすると、自分の気持ちをわかってもらえたと思う時や、互いにわかりあえたと思えた瞬間がとてもうれしく貴重なことに感じて、わかってくれた人に心から感謝の気持ちがこみあげてくる。
自分の傷つき方とか苦しみというのは、自分が何を“前提”として人と関わっているのかでずいぶん違ったものになるのだということに気づいた。相手に対して、いつもわかっていてほしいとか、こうしてほしい、こんな風に愛してほしい、こう言ってほしかった、こういう反応を返してほしかったのに、こうであるべきなのに・・・といった「期待」と「要求」が私の側に強い時は、それに合わないことを言われたり、されたりすると苦しみと失望はもれなくあとからやってきた。
私の反応の元は、私の頭の中にある○×思考、頑固な考え、相手に対する期待と要求、エゴの欲望、私の心の痛みから生まれていたのだ。
私は、人を傷つけることもいやだったし、人から傷つけられることもこわかった。でも、人が人と関わるということは、傷つけたり、傷つけられたりということがどうしても起きてくる。
関わりをもたなければ、傷つけることも、傷つけられることもないけれど、人は孤独であることには耐えられないし、愛を求めてやまない存在だから、人間関係というのはそもそも傷を負うことは避けられないということを前提として成り立っているのだ。
愛や好意や尊敬は、いとも簡単に傷や憎しみ、嫌悪や失望に変わり得ることをどんな人も人生で何度かは経験しているのではないだろうか。
人は、自分の不注意で人を傷つけてしまうこともあれば、傷つけるつもりなんか全くなかったのに、相手から傷つけられたと言われたこともあるだろう。私もそういう経験がある。相手が、私を傷つけるつもりなど全くなくて言ったことなのに、私が勝手に傷ついてしまったり、逆に、私が不用意に言ったことで人を傷つけてしまい、罪悪感の塊になったりした。
互いにわかり合えるいい関係でつきあってきた人と、だんだんギクシャクしていって関係性が壊れてしまったことをいまだに悔やんでいることもあった。私を傷つけた人を憎んだこともある。そんな過去の人間関係のしこり、わだかまりのことを考えていた時郁恵さんのこのメッセージに救われる思いがした。
「人間は本当に不完全な存在なのです。不完全であるがゆえに、失敗したり、おろかなことをしたり、まちがったり、ほかの人を傷つけてしまうことがあります。そんな時自分を責める声が出てくるかもしれません。そうすると、とてもつらくなってしまいます」
「だけど、誰だってまちがうことがあります。失敗することもあります。ほかの人を傷つけてしまうこともあります。人は、いつも完璧というわけにはいきません。失敗するからこそ、まちがうからこそ、愚かなことをしてしまうからこそ、そこから学んでいけるんです」
「生きるということは、どこまでいっても学びのプロセスなのです。だからこそ、生きることが喜びになるのです。もし自分が、失敗や間違いなど絶対しないような完璧な人間だったら、人はどこで成長できるでしょうか」
人生でも、人間関係でも、失敗ばかり、転んでばかりの私にとって「生きることはどこまでいっても学びのプロセスなのです」というメッセージに救われる思いがした。大切なのは、失敗しないことでも、常にいい関係でいることでもないのかも知れない。
失敗した時、トラブルが起きた時、うまくいかない時に、そこから自分が何を学ぶか、どういう態度を選び直すしかないのだろう。そして、転んでしまったら再び立ち上がるために必要なことをきちんとやるだけのことなのだと思う。
人と人はわかり合いたいけれど、わかり合えないものもあるのだということ。常にわかりあえる関係などないこと。わかり合えない、つながれない、対立するということは、ただ、互いに大切だと思うことや、信じていることや、好きだと思うこと、求めている事が違うというだけのことなのだから。
どっちが正しいとか、間違っているとかではないのだ。違うからこそ相手から学べるというのは確かにそうだと思う。私は、こういったことを了解しながら自分を成長させることや、関係性を成熟させていくことに対して努力できる自分になりたいと思う。
「つながり」が「しがらみ」にならないような、存在と存在の岸辺にちゃんと風が吹き抜けるスペースがあるような人間関係を創っていきたい。たぶん、そんな自分になるためには、私は、これからいろいろな人間関係の修行をさせられるのだろうけれど。
本当に人と人は遠回りばかりしていると思う。とてもシンプルなことをものすごく複雑にしている。いろいろお金をかけていっぱい勉強をしてきたけれど、最大の勉強というのは、ただで学ばされる、今目の前にある人間関係の勉強なのだ。
ある人間関係で起きたトラブルや失敗からちゃんと学ばないと、登場人物を変えて、人生でちゃんと学び直しをさせられるというが、自分の人生を振り返ると、それは確かにそうだと思える。
「愛と人間関係」「感情と反応」「自分のエゴ・怒り・貪欲・執着」「頑固な考え・善悪の判断・囚われ」
これこそが、人が天から渡される最大の“自己成長のドリル”なのだろう。3年生のドリルをちゃんとやらないで、いきなり6年生のドリルをやろうとしても飛ばしたドリルは、後になってちゃんとやらなければいけないはめになるみたいだ。
< 責める >
人を責めているとき 同じくらい自分を責めている私がいた
人を傷つけてしまったとき 相手の傷と同じくらい
自分の中にも傷ができた
自分自身を痛烈に批判する私がいるから
人からの批判や攻撃は恐ろしく
いつもどこか身構えていた
「傷つけてしまった人のことをずっと悔やんでいるけれど、自分のことをどれだけ傷つけて生きてきたのかわかっている?」とある人に言われて、ハッとして言葉を失った。
自分が自分につけた傷とは、劣等感や敗北感や無価値感、自分を否定したり、嫌悪している部分だった。
確かにこれらは、自分で自分につけた傷口だった。
その部分に人が触れたとき 私は傷つけつられたと感じた。
でもすでに傷口はあったわけで、その人がまっさらな上にナイフをつきつけたわけではなかった。
傷つきやすい人というのは、自分で自分にナイフをつきつけて生きてきた人なのだろう。
自分を傷つけるこのナイフを捨てなければ、大切な人に出会いながら、
その人を失いかねない。
自分に向けるナイフは当然、人にも向けるナイフになるのだから。
『もどっておいで私の元気!』(岡部明美著:善文社)
<お知らせ>
*12月22日(土)に年内最後の「リラクゼーション&メディテーションの会・シャンテイ」が東京・自由が丘であります。頭部の緊張をゆるめ、からだをほぐしていきます。からだがほぐれてくると心もほっこりしてきます。からだをゆるめた後に瞑想すると心の深いやすらぎ、静寂が味わえます。人に優しく、自分にはもっと優しく。自分に優しくなれると、不思議に人にも優しくなっていきます。シャンテイの会は、自分のからだと心を大切に慈しむ時間です。
http://anatase.net/work3.htm
*岡部明美の公式ホームページ:http://anatase.net/
私には、家族全部と友人一名を確実に切り裂いた罪悪感がありました。
でも、「縁があるなら修復は可能、なければそれまで」と今は流れに任せています。
そっか。
人と人が分かり合えないのが前提とすると、この世界は急に光を帯びて見えてきます。
一人でも二人でも、わかりあえたのが、たった一瞬でも、とにかく、それは奇跡に等しい幸福です。
私があけみちゃんのおかげで娘と和解したとき、「そうできないで死んでいく上の世代の方がはるかに多い」と思いました。
事実でしょう。
ここまで突き詰めた関係でなくとも、本当に理解し、解りあっている、という家族は実は真実の希求がなければ、けっして得られないのかもしれません。
今、うちは危機とチャンスを同時に与えられているのだと思っています。
サムシンググレートとあけみちゃんに感謝です。
ありがとう。
2007年12月14日 20:49
日々人間関係に悩んでいる私にとって、救いとなるような、あけみさんの文章、心の中でかみ締めています。
ありがとう。
2007年12月16日 23:48
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
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