岡部明美のスピリチュアルな旅で出会った”もの・人・場・言葉たち”

あなたの大好きだった歌

WS000651.JPG21日は、父の79歳の誕生日でした。2週間ほど前に父の入居している老人ホームに行った時に、スタッフの人から、「お父様の誕生日に何かお父様が喜びそうなことをしてあげたいのですが、何かいい企画はありません?」と聞かれました。

その時、以前私がコクーンのゆりちゃんに「うちのお父さんは、ゆりの歌が大好きなのに、もう歩けないからコクーンのコンサートには二度と行けないんだなあ」って言った時、ゆりちゃんは、「何言ってるの! お父さんのためだったら私がホームに行って歌うよ。そのときは、お父さんの好きな歌を何でも歌うから!」と、言ってくれたのを思い出し、ゆりちゃんに電話して頼んでみました。


するとゆりちゃんは快くOKしてくれて、「じゃあ、コクーンの歌を数曲と、あとは、あけみのお父さんが好きな歌うたうから曲名おしえて」と言いました。父は歌が大好きな人で、しょっちゅう家でうたっていましたから、父の十八番は全部わかっています。耳にたこができるくらい聴いていたので、これらの歌は私も全部歌えます。


三橋美智也の「古城」、春日八郎の「別れの1本杉」、井沢八郎の「ああ、上野駅」、並木路子の「リンゴの歌」、マヒナスターズの「北上夜曲」、「ゴンドラの歌」・・。ゴンドラの歌は、黒沢明監督の名画「生きる」で、志村 喬さんが公園のブランコに乗っているラストシーンで流れた曲ですが、あのシーンは鮮烈でした。


父の大好きな曲の多くは、昭和30年代から40年代の曲で、私の子供の頃に流行っていた曲ばかりです。日本が高度成長期に突入していく時期で、今振り返ると、日本という国の青春期だったんだなと思います。みんなが未来に夢をもっていました。物質的に、経済的に豊かになれば幸せになれるのだとみんなが信じて頑張って働いた時代です。まさに日本人がみんなで希望に向かって走り始めた頃でした。これらの曲を私は、「ロッテ歌のアルバム」なんかでよく聴いていました。


ゆりちゃんは高校時代から我が家に何度も泊まりに来て、父の歌なんかも一緒に聴いていました。うちの両親はコクーンコンサートには何回か行っています。まさか娘の高校時代の友人がプロとしてデビューするなんて思ってもいなかったみたいで、ゆりちゃんが歌っているのを泣きながら、目を細めながら見て、とても喜んでいました。


父の誕生日にゆりちゃんが歌をうたってくれるなんて最高のバースデイ・プレゼントだと思ったけれど、はたして認知症の父がゆりちゃんをすぐわかるだろうか、コクーンの歌も忘れていないだろうか、何より自分の大好きだった歌を覚えているのだろうかと、私は少し心配でした。


ゆりちゃんは、父の好きな曲をユーチュ-ブで何度も聴いて、歌詞も覚え、ギターで何日も練習してくれたそうです。コクーンの曲で、私がゆりちゃんにリクエストしたのは「お父さんの子守唄」「チャンス」「待っていてね」「祝福の歌」「永遠の絆」です。父の好きな歌とコクーンの歌と合わせて1時間15分のコンサート。


父はゆりちゃんを見た瞬間、無表情だったので、ああ、やっぱり忘れたのかなと思いました。最近は喜怒哀楽の感情を殆ど顔に表さない父です。ところが、ゆりちゃんが、「おじさん、高校時代、私が泊まりに行った時に、私がその時すごく悩んでいたことをおじさんに相談したら、おじさんさんは的確なアドバイスをくれて、私はあの時とても助かりました。おじさん、あの時は本当にありがとう」と言った瞬間に、父はポロポロと涙を流し、笑顔になったのです。あ、思い出したんだと思いました。


父と共に、ホームに入居している約30名くらいのおじいちゃん、おばあちゃんがコンサートホールに集まってくれていました。ほとんどの方が車椅子でした。コンサートが始まり、1曲目はコクーンの「お父さんの子守唄」。セリフのところで父は顔をクシャクシャにして泣きだしました。2曲目の「チャンス」3曲目の「待っていてね」も何か感情が動いているのがわかりました。4曲目からは父の大好きだった曲です。


「お父さん、あなたの大好きだった歌を覚えていますか?」


私は、こんな気持ちで、父がどんな反応をするかを見守りました。驚きました。父がどの曲でもからだをふるわせて泣いているのです。ゆりちゃんが、「ああ、上野駅」を歌った後に父に声をかけました。


「おじさん、故郷を離れ、最初に上野駅に着いた時にどんな気持ちだったでしょう。故郷にはもう戻るまい。家族のために、会社のためにと、どれほどがんばって東京で働いてきたことでしょう。おじさんは、故郷が大好きでしたよね」。故郷・釜石をこよなく愛していた父は号泣です。肩を震わせて、涙をぬぐおうともしませんでした。それを見ていた母も弟も目を真っ赤にしていました。


並木路子の「リンゴの歌」では、みんなが手拍子を打ち、一緒に歌っていました。日本が、敗戦の痛手から立ち上がって生きなければならなかった当時、この歌がどれだけの人たちを励ました歌だったのかが手に取るようにわかりました。

コクーンの代表曲「永遠の絆」では、語りのところでゆりちゃんは私にマイクを渡しました。私は父に言いました「お父さん、お誕生日おめでとう。お父さん、生まれてくれてありがとう。生きててくれてありがとう。私、お父さんの子供に生まれてよかったよ」と。


前にてれくさいながらも言った言葉でしたが、永遠の絆の歌の中で伝えたものですから私もこみあげてくるものがあって声がふるえました。父はその場で泣き崩れそうになりました。父だけでなく、その場にいたおじいちゃん、おばあちゃんもみんな涙を浮かべていました。ゆりちゃんが、その場にいたおじいちゃん、おばああちゃんの手を一人一人握りながら、目を見て、「生まれてくれてありがとう、生きててくれてありがとう」と言いました。みなさんが顔をほころばせて喜んでいるのがすごく伝わってきました。


もうあとどのくらい生きるかわからない父ですが、人生の締めくくりに、妻や子供たちから、夫でいてくれてありがとう、お父さんの子供に生まれてよかったよと言われたら、その人生がどれほど苦渋に満ちたものであったとしても、生まれてよかった、生きててよかった、この人生でよかったと思って、もうひとつの世界に還れるのではないでしょうか。


親子や夫婦はこの世で最も愛を学ぶための出会いですから、一筋縄ではいかない相手であることが多いものです。簡単な相手だったら、愛は学べませんから。忍耐すること、許すことという、愛の最大の学びに最適な親だったり、パートナーだったりすることが多いものです。母もこの年になって、やっと夫に対する感謝の気持ちを述べるようになりました。


ゆりちゃんのお陰で、父の79歳のお誕生日は最高の1日になりました。私はゆりちゃんにお礼と共にこう言いました。「ゆりさあ、こういうのもっとやっていったらどうだろう。人生の最後の季節を生きている親にその人の大好きだった歌を、その人のために、その家族のためにゆりが歌ってあげるって、すごくいいと思うよ。最高のアニバーサリーになると思う」と。


そうしたら、ゆりちゃんは、「うん、おじさんにあんなに喜んでもらえて私もすごくうれしかったよ。おじさんに喜怒哀楽の感情がほとんどなくなっていたなんて信じられない。おじさんの涙と笑顔を見て、歌の力ってすごいんだって改めて思ったよ。必要としてくれる人がいたら歌いに行こうかなあ」と言っていた。


コクーンのゆりちゃん
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=2694409


PS:夏休みを1ケ月半とろうと今年のはじめに決めた私は、この夏休み、仕事はせずにゴロン、ゴロンと、ゆるゆると、過ごしております。(夫からは、お前はいつだって、毎日が夏休みだろうが、と含蓄のあるお言葉をいただきましたが)。


昨日までは、マイミクの桐ちゃん(この「SQライフ」のサイトを運営している(株)デジパの社長)が房総半島の千倉に作ったリトリートで仲間たちと遊んできました。最高に楽しかった。とってものんびりできて、心地よかったなあ。「今度は稲刈りにおいで」と言われました。自給自足の生活を楽しんでいるIT会社の社長さんはとてもしあわせそうでした。桐ちゃんは、将来はエコビレッジを千倉に作るそうです。


桐ちゃん
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<お知らせ>

岡部明美公式ホームページ  http://anatase.net/

9月18日(土)~20日(月・祝日)神奈川・三浦半島3daysワークショップ(定員・キャンセル待ち)
主催「まゆ亭くにおさん夫妻」
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10月2日(土)~3日  岩手2daysワークショップ
主催:「かりん」ちゃんと「ココロ」さん
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コメント

投稿者: 村石太1965s

上から 4段目の文章の歌 三橋~僕は 知らない歌ばかりです。
そんな僕も 中年です。現在45歳 時々 一人でカラオケいくのですが 今から30年ぐらい前のうたが多いかなぁ。歌と記憶と余韻と人生 流行歌と音楽は 記憶のどこかで 思い出なのか 刻まれているのかなぁ。若い日々を 思い出すのかなぁ。
家族の絆 いいですね
こちらの黒沢映画 見たいです。小津さんのが 好きかなぁ?

2010年12月24日 13:04

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プロフィール

岡部 明美岡部 明美

ワークショップ・トレーナー/セラピスト/カウンセラー/研修講師/文筆家/東海ホリスティック医学振興会顧問。

独身時代は、シンクタンクにてマーケティングプロデューサーとして活躍。30代半ばで結婚。長男出産直後に脳腫瘍と水頭症を発病し生死を彷徨う。自分の死に直面するという体験を通して、いのちの根源からの問いの答を求めて自己探求の道に歩みだす。著書に「もどっておいで私の元気!」(善文社)「私に帰る旅」(角川学芸出版)

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