
問題が起きたときに問題を分析して解決すること・・・
あるかもしれないけど、心の問題となると複雑で、かえってそれにとらわれて症状が固着してしまうこともありそう。
忘れていた小さいころの虐待を思い出して訴訟する話がよくあるらしいけど、記憶はゆがむものだ。
母親は1回たたいたら、10回以上抱きしめているのに、子供はその一回の悲劇しか記憶していないらしい。
悲惨なことはうんざりするほど満ち満ちている。
その原因を探るより、今、ここで何ができるか、どうしたいか、どうなりたいかにフォーカスしていくほうがずっと賢明である。
私のクラスに出てるだけで、リストカットや、過呼吸、対人恐怖が治った・・・という話を聞いてびっくりすることがある。
そんな話は何もしていない。
個人的な話を聞く機会もないし、カウンセリング的アプローチはしない。
なぜよくなるのか?
光に目を向けるアプローチをするだけだ。
トラウマ・・・誰でもきっと、たくさん持っている。そこにフォーカスすると、症状の納得いく原因を見つけ出して、とどまっていくことが多い気がする。積極的なストーリーを見出していけたらよいけど、かえって自己憐憫に陥ることが多いのではないか。
私の少ない経験からはそのような結論が導かれるんだけど。
そうですね、、、原因や解決策を探ることは、必要かつ大切だと思いますが、それらに 囚われてしまうことは、そこから動けなくなることにもなりますね。光に目を向けるアプローチ・・、違った方向から話を聞くだけでも、光を感じるものなのではないでしょうかね、自分では、その光の方向を見失っているかもしれないですから~。
≫≫母親は1回たたいたら、10回以上抱きしめているのに、子供はその一回の悲劇しか記憶していないらしい ≫≫
なるほど。。。 解かる気がする、、、。
2006年12月19日 13:47
そう、いろんな視点から見えるようになると、癒しがおきますね。
2006年12月20日 05:43
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