
通俗的に言うと、ヒーラーって言うのかなあ。
シャーマンの中でも、祈祷したりして病気を治したりすることを得意とする人たちのことをそう呼ぶそうだ。
怪しげな薬草を処方してみたり、変性意識状態でつぶやいたり踊ったり、なんていうイメージがあるかもしれない。
私は、ある研究者と普通に携帯電話で話しただけで痛みが消えた。
一回はあまりつらかったからそのとき痛みを訴えたけど、もう一回は痛いことを表明することもなかったのに、治ってしまっていた。
(ひどい虫歯を抜かれたのです。涙)
私が痛みを持ってるなんて想像もしなかったのではないかとおもうんだけど。
2回目の電話なんか、いたわりの言葉でもなく、感動的なうれしい話があったわけでもなく、ビジネスライクに淡々と話しただけなんだ。
痛いところに手を当ててもらったり、なでてもらったりして痛みが和らぐというのは日常的に経験するけれど、これには驚いてしまった。
ヒーリングって不思議な気がするけど、基本的には、その人のもっている自然治癒力を引き出して強化するようなものだとおもう。
それにはただ、大きな包容力というか見通す眼差しをもつ存在が必要なだけだとおもう。
それは細胞レベルまで伝わって物理的変化も引き起こすらしい。
面白いことにメディスンマン本人が意識してない場合にも起こるみたいだ。
これを愛っていうのかなあ。
いたいのいたいの、とんでけ~
って言うママはみな、メディスンマンです。
いや、メディスンウーマンかな。
願いさえ持たないようなところで人が癒されていくって、すごいなあ。
私はそういう力はないから、お空を見上げて祈ります。
痛みに苦しんでいる方に、安らぎを与えてください。
少しでも痛みが消えてゆったり休めますように・・・
ヒーリングというポジティブな力は、全ての人が持ってますよ。
自然治癒力というポジティブな力の中枢を担っているのは、脳の中心にある
脳幹と呼ばれる部分です。脳は四層構造でできていて、脳幹は最深部の四層目の
部分を指しますね。なので超大雑把に言うと、「脳の中心はポジティブな存在」
なのです。そしてここに、心理状態が自然治癒力を増減させる仕組みがあります。
つまり、心がポジティブになれば脳の四層全てがポジティブになるため、
それが共鳴強化され自然治癒力が増す。
反対に、心がネガティブになると打ち消しあうため、中心のポジティブ性が弱まり、
自然治癒力も減退する。「病は気から」は本当だったんですね。
ポジティブな心による共鳴強化は通路化の基礎中の基礎です。基礎とは最も
簡単であると同時に、最も深遠な真理でもある。
日頃からポジティブ性に慣れ親しんでいる人は、ヒーリングという本来の力を
目覚めさせ易いですね。
だから真奈美さんにも、もちろんありますよ。
2010年02月06日 16:48
ヒーリングは治療ですか?それとも祈りですか?
できれば日本語にしてください。
2010年02月06日 17:43
ヒーリングを治療と公にいえない最大の理由は、法律にあります。
医師以外が「治る」という言葉を我が国で使うと、厳密には法律違反に
なるんですよ。
法律を度外視するなら、ヒーリングも治療として間違いないでしょう。
ただヒーラーの中には、医療における対症療法にあたる治療しかして
いない人達が多くいるのも事実です。
今は西洋医学も対症療法の見直しを試みている時代です。
にも関わらず、根本的な治療を可能にするヒーリングをただの対症療法
にしているヒーラーを治療家と呼べるかと問われたら、個人的には
“否”と言わざるをえませんね。
2010年02月06日 19:57
ヒーリングさん
わかりやすい解説をありがとうございます!!
2010年02月06日 23:52
脳幹がポジティブさ、ヒーリングの鍵、って面白いですね。
実証データとか論文をご存知だったら是非教えてください!
ちょっと実験してみたくなりました。
2010年02月07日 05:35
実証データはありません。MRIで詳細に調べたら、ヒーリング中は四層
全てが、特に視床後部から前部へかけてのラインが活性化している
データが取れるかもしれませんね。
ただ治癒力自体は両視床の隙間上部を流れるため、MRIでも測定不可能
だと思います。
治癒力のメインの出口にあたる眉間に感度の良い測定器を付ければ、
訳は分からずとも何らかのエネルギーを測定できるかもしれませんね。
論文というか、今書いてるブログが終わったら、それ関係のブログを
新たに始めるつもりです。とはいえ、医学ギリギリの領域に留めている
今でさえ理解できる人は少ないのに、それを越えたら果たしてどうなる
ことやらという想いはあります。
脳幹と自然治癒力と運動の関係については、私のブログに明日投稿する
予定です。
2010年02月07日 08:12
こんにちは。
ヒーリングさんのブログ、是非読みたいです!
どうやったら読めるのでしょうか。。。。?
2010年02月07日 10:10
かつての不思議研究所みたいですね。
気功師で有名なWさんも同じようなことを言っていました。しかし、彼は最近出した本で、ナニと同じようなことを考えたようです。
研究者は再現性を求めます。感度の良い測定器とはいかなるものでしょう?
データは取れそうもない領域のようです。
真摯に受け止める方向なら、まず症例でしょう。
対症療法という言葉。東洋医学でよく使われることばですね。本治法と標治法。
そのような知識背景も持たれている様子です。しかし、主訴を放っておいて、本治ばかり行うのはいかがなものでしょう。主訴がゆっくり和らげればよいのですが、我慢できないヒトは落ちこぼれます。業としては成功ですが、医療ではないと言うことが責任回避となります。補完医療・代替医療はこのような曖昧さ特徴です。
根拠を示す必要があると思います。論文はデータや参考文献の提示が必要だと思います。どこの学会に提出するのでしょうか。
2010年02月07日 12:30
おそらくで申し訳ないのですが、対症療法という言葉は、西洋医学から出た
言葉だと思いますよ。間違ってたらすみません。
ただそうでないとしても、私が使った対症療法という言葉は西洋医学に基づく
意味であるため、もぞこいさんもそれに沿う再考をお願いいたします。
また、補完医療や代替医療という言葉は誤解を招きやすいとして、医師の
あいだから用語改善の声が上がりつつあります。私は医師ではありませんが
それに全く同意です。対症療法に対比させるなら、補完医療や代替医療ではなく、
予防医学という用語を使われることを望みます。私も対症療法をその意味で
使っていますから。
私がヒーリングを職業にしない理由の一つは、現在の科学では証明不可能な
事柄だと理解しているからです。今朝の投稿は、この方法ならもしかしたら
こんなデータが取れるかもしれないという推測ですね。科学的裏付けが
とれないことは私自身十分理解していますから、そんな私にデータや参考文献の
提示を迫るのは、お門違いだと思いますよ。
人事を尽くしている方が天命として私の前に現れたなら、私はその方へ
ヒーリングをする。その結果病気が消えたとしても、それはその方自身が
自らを治したのだから、謝礼は一切受け取らない。
これが私の、ヒーリングへの姿勢ですね。
2010年02月07日 18:39
自分が治したのではないから、職業にもしないし、お金も受け取れないというのはまったく同じ立場です。
カウンセリングも同じです。
困っている方のお役に立てたらもう十分です。
私はどうしてもお金もらう気になれないのでカウンセリングはやめました。
現在の科学で証明不可能かどうかは、科学の枠組みを今までのものとしたらそうかもしれません。が、かなりいろいろな方法論や理念・視座が出てきています。私が提唱する非人称の科学もそのひとつだと思っています。
2010年02月07日 21:19
>困っている方のお役に立てたらもう十分です
おお、それですそれです!! 同じ意見に出会えて、メチャクチャ嬉しいです!!!
今の時代、この感覚は、まだそうそう受け入れられないですからね・・・・
以前私は、力ある霊能力者を求めて日本を旅したことがあります。数々の出会いの中で
一番力のあった人は、半身不随だろうと不妊だろうと一瞬で治す力を持っていました。
しかしその人は一見、ホームレスにしか見えません。寝泊まり用のリヤカーを引き
つつ日本中を巡り伝導する、敬虔なクリスチャンです。同じ教会に属する過半数の
人達から変人と蔑視されていたその人こそが、一番の高みにいる人でしたね。
世間に目を向ければ、その人とは比較にならぬほど弱い力しか持たない人達がもてはや
されています。精神世界の本を読みふける人ほど心的成長の低い傾向も見られますね。
そんな人類全体を長い目で見た結果、私はある推測をしました。21世紀は、人々が
霊への誤った先入観を捨てる時代ではないかと。私がヒーリングの説明に西洋医学を
好んで用いる理由もそれです。というか、東洋医学の方がかえって合わなくなって
きているというのが現状ですね。西洋医学は今、急速に伸びつつありますから。
ただ、非常に嬉しいこともあります。日常生活や人としての心構えなどの面では、
真の霊に通じる意見が自然発生的に多々出てきつつありますね。喜ばしいことです。
真奈美さんが気になって仕方なかったのもコレだったのかと、一人納得した
次第です。これからも、真の道を歩いていってください。
それではまた、いつかどこかで。
2010年02月08日 08:43
歯の痛みが治った話は、三叉神経とドーパミンで検索してください。答えが出ます。
向上心はとても良いことですが、背伸びは感心しません。検証なく医療用語を用いた自己の優位性を、ぼやかしながら、表明することはいかがなものでしょう。
代価が生じる生じないは無関係です。
2010年02月08日 10:12
人がうれしくなるとか喜ぶとか、これ以上の報酬はないですよね。
しかし私は、経済的な現実世界を無視してしまう傾向があるから注意しないとまずいと思っています。今までみなが主に目に見えるものを大切にしてきたから、目に見えないものの大切さを強調するのはいいのですが、見えるものの大切さとのバランスが必要だと思っています。
しかし、ヒーリングでお金がかかわるもにはすべて抵抗があるのは事実です。実は、通常の医療に関してもそういう原理的な感覚を持っています。
2010年02月08日 12:34
真奈美さんが言われる、「見えるものの大切さ」とは具体的にどんなことなんですか?
また、「ヒーリングでお金がかかわるもにはすべて抵抗がある」のはどのような考えからなのでしょうか?
よろしければご教示いただけたら幸いです。
2010年02月08日 23:18
見えるもの・・・ウイルバーモデルで言う右象限、つまり、科学や社会システムや物理法則などです。
健康に関するサービスは誰でも自由に受けることができるのが、基本的人権だと思うからです。理想主義かもしれませんが。
2010年02月09日 07:45
真奈美様
質問への回答をありがとうございました。私は目に見えるものが実在だと錯覚しているこの世の意識レベルを変換させることは、大変たいせつなことだと認識しています。無償でのサービスにおいても、なかなか難しいところはありますが、無償=得といった概念もありますし、無償=平和といった概念もありますし、無償という言葉や行為に対して、この世の観念がたくさんあるので、やはりなかなか難しいのかもしれないなぁと個人的には感じています。
2010年02月10日 15:46
sahoさんへ
>目に見えるものが実在だと錯覚しているこの世の意識レベル
ちょっとラジカルな表現だと思います。眼に見えるものは現象ではないかという表現が妥当でしょう。
それでは科学や事実まで錯覚になってしまいます。
2010年02月10日 18:05
もぞこいさんへ
ご意見ありがとうございました。
2010年02月10日 19:10
真奈美様
追記で恐縮ですが、この世が戦争や病気のない世界になれたら本当に素晴らしいのになと誠に感じている日々です。皆が平和な心で生きていられたら、健康に関するサービスも滞りなくスムーズに流れ、基本的人権を尊重する必要もきっとないのかもしれませんね。
真奈美さんのコメントを再度読み直して、そうつくずく感じました。
意見の相違や観念の違いなど様々な葛藤や自己存在への主張がありますが、「和して同ぜず・・・」で、思いやりと理解力のある人間社会になれたらと感じています。
そのためにも意識変換が大切なんだなぁ・・・と痛感しています。そういった気づきや、学びの中で、だんだん目に見える世界と、見えない世界とのバランスをとることが可能になってくるのではないだろうか?と個人的には感じています。
目に見えるものだけが真実、実在だと決めつける概念では越えられないものがあるのだろうなと感じます。
ヒーリングはそのとても良い例なのかもなと思っていたりします。
ですが、こればかりでもどうにもならない部分もあったりしたりしますので、やはりバランスが大切なんでしょうね(^^)
連投お許しくださいませ
2010年02月10日 19:56
さほさんありがとうございます。
ほんと、バランスですね。
見えないものばかりだと、隠遁しちゃいそうになりますよね。
みんなが隠遁したらまずいですよね。
誰かがお米作らないといけないし、誰かが子供を育てないといけないし。
2010年02月11日 08:08
相手の研究者が霊媒体質だったとか。
2010年02月19日 20:20
霊媒体質って・・・
本人が意識してない場合もあるんですね。
きっと、たぶんそうかな・・・
あるいは意識状態が似ていてあちらの健康さに同調して行くとか。
2010年03月16日 08:26