
人が人をわかることなんかできない。
わかるよ、という時は、わかったような気がするとか、わかりたいと言う優しい思いでいっぱいのときだ。でも、厳密によく考えてみたらわかる訳がない。
共感?無理だわ。
感性が違っているのに同じ気持ちになんかなれっこないじゃない。
そんな無理なことをやろうとしてる私たちは間抜けなのか?
できないことをしようとすると当然挫折するしがっかりするし悲しくなる。
人はわかり合えることなんかできないのだ。
「誰も自分のことなんかわかってくれない」とつぶやくあなた。
ようやくわかったの?
本当にそれがわかったのなら何故それを求めるの?
まだわかってないのかもしれないわね。
できっこないのよ。
試しに他の人を理解しようととことん努力してみてよ。
そんなに難しいことを、人に求められないわよね。
あなたほど賢くも優しくもない他人に。
でも、わかりあえたって感じる時はある。
言葉で表現できないけど、何かが心の奥に触れる瞬間ってある。
野暮な心理学ではそれをポジティブイリュージョンと呼ぶけど。
できっこないものを求めてがっかりしないで。
できないに違いないことをここまでがんばってやろうとする態度はうれしいよね。
見当違いの解釈でも、そう、あなたのことをこんなに思っているのよ。
そして妄想とか間違いとか現実が見えてないと言われても、あなたが喜ぶイリュージョンは価値がある。
だってそれはあなたの真実なんだから。
リアリティなんだから。
真実も現実も、そうやってあなた自信が想像して創造していくものなんだから。