
気分が沈んで疲れているときにはいいこと探しをして元気になろう!というのがポジティブ心理学で強調されているように思う。特に感謝。
しかし、沈んでいるときには感謝を思い出しても、それに対し自分は何も返してないとか、自己嫌悪の念がわき起こってくることさえある。
ポジティブになるためのワークはたくさん知ってるし人にすすめるし、そうやって人も自分もチアーアップしてるのがいつもの私だけれど、最近、沈んだままでいたいなんて妙な気持ちになっている。
何が悲しいとか嫌だとかそういうゲンジツ的に単純な理由がある訳ではないけど、なぜか沈潜したい自分がいて、これってなんなのだろうと考えている。たぶん人生そのものにつきもののもの哀しさというものだろう。芸術を極めるとその美しさの際に現れてくるものだ。
もの哀しく何もしたくなくなり人にもあいたくなくなるから、精神病理学的に言えばうつ傾向ということなんだろうけれど、この状態が別に嫌いではない、というのが興味深いかも。
と言って自虐とかマゾでは決してない。
このゆったり深い感覚が好きなんだ。
有限から幽玄の世界に降りて行くような怖さ。
狂気の世界に引き込まれてしまいそうになる危うさ。
そのすれすれのところを味わっていると言えばいいだろうか。
シャーマニックな芸術家たちはきっと、有限と幽玄を行き来しつつエッジの上でそのビミョーなバランスの上に身を委ねながら踊っているのだろう。
日本には滅びの美学があって、侘び寂びが強調される。
美しさとは元気一杯の中よりも、かすかなそこはかとなさの中に香る。
そういう深く鎮静した文化の美を堪能しつつも、このままでは活動できなくなるという危機感から、ポジティブなスピリチュアリティを求めてホイットマンなどを読む今朝の私。
このまま深く鎮静していたいと思うけど、非情にも散文的な世界につれもどされてしまう日常。
健康心理学的に言えば、健常な適応を促進するイベントなのだが。
溜息を漏らしつつ 目をとじては開け、
今朝も高い雲の上に天使捜しをしてしまう。
非常に面白く、読み応えがありました。
有り難うございます。
2010年07月20日 09:29
メルボルンでポジティブ心理学とポジティブエイジングのワークショップに参加しました、いとわこです。尾崎さんの文章いつもすてきですね。がん哲学外来の樋野興夫さんが、「人生イバラの道、だけど宴会」といっています。私は、平日は、午前は好きなことをやり、午後はやらなくてはいけないことをやり、夜はパーティ(ひとりまたは複数で)と決めています。やりたいこととやらなくてはいけないことが一致するのが一番いいんですけれど、なかかなそういかないときもあります。
2010年07月20日 09:53
ありがとうございます!
いわとこさん
樋野さん?うわ〜びっくりこんなとこでつながるなんて。
アメリカ人の奥様は息子の元担任の先生で、お嬢様は娘のクラスメイトで、彼とはよく教会でお逢いするし、お宅には子供たちはよくお邪魔してたのに、私は一度も仕事のお話しをしたことがなかったの。そうだったんですかあ・・・
メルボルンのお話も聴かせてくださいね、ぜひ。
私はたいてい午前中にほかの人が起きてくる前に仕事はおわらせてあとはぼけ〜ッとお空を見てる、みたいなことが多いです。でも、起きて仕事に向かう気になれない日っていう今日のような日もたまにあって。
面白いな〜って、好きな音楽を聴きながらぎりぎりまでベットでお空眺めています。
2010年07月20日 10:44
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
