尾崎真奈美の天使語同時通訳します

2007年10月

難いのばっかだと、肩こるよね

友人の100物語からネタもらって、まなみんの、こわいものシリーズ行きます!

社会ネタ、ぜんぜん浮かばない、怖いね・・・
はんぺん、膨れて、塗り壁みたいになべ占領する、怖いね・・・
本当のことを言いますっていおうとしたとたんのどが詰まった、怖いね・・・
伝えたいメール、送信したつもりなのに届いてない、怖いね・・・
ぜんぜん気にしてないっていいながらやけ食いしてる、怖いね・・・
夜行バスでまだ電気がついてるのに、一人座席でヨガして足を天井にくっつけそうなわし、怖いね・・・
女らしいしぐさでやわらかく誘いながら、いざとなったらピシッと断る、怖いね・・・
人に会うたびにソウルメイトだ!と興奮するの、怖いね・・・
天の声を聴こうとして仕事やめてどこかに行っちゃうの、怖いね・・・
天国に行きたいって言いながら、行くとついていけなくて、地獄が楽しい奴、怖いね・・・

論文仕上げないといけないのに、いつまでもネットやって時間つぶしてるの、怖いね・・・
頭の体操だとなんでも正当化するの、怖いね・・・

太陽が昇るずっと前、真っ暗な研究室の廊下で踊っているやつ、これが一番怖いね・・・

ホメオパシーの原理

ホメオパシーの原理は、同じ種類の毒が毒を制するということらしい。
それも興味深いのは、薄めて薄めて、物理的にはその痕跡も残さないほど希釈したものほどその効果が大きいということである。

世界は圧倒的な光に満ち満ちているんだけど、その中にある悪を癒すものは、存在の痕跡も残さないほどに薄められたその、物理的には観察できないほどの陰とか、悪の残り香のようなものなのだろう。
そしてそれが少なければ少ないほど、威力が大きいのだ。

癒すのは完全な光そのものではないのだ。
ここに不完全な人間存在の価値を見出すことが出来る。

チャネラー・預言者の皆様へ

スピリチュアルな目に見えない世界からのメッセージとして、宇宙に存在しているさまざまな情報が何らかの形で個人を媒介にして目に見えるこの現実世界にもたらされることがある。

心理学の世界ではそれを個人のあるいは集団の無意識とか深層心理という説明をする。
神秘学の分野では、チャネリングだとか神からの啓示という言い方もする。
もっとわかりやすい現象としては、誰にでもある、第六感とかインスピレーションというものがある。

それは、すばらしい智慧の宝庫でもあるし、同時に、その個人の思いに同調した破壊的なものでもありえる。どうやったら光の根源の究極の高みにアクセスできるのかについては、それぞれの宗教的伝統の中にいろんなヒントがあるだろう。宗教的訓練のなかにはまた、破壊的なものにアクセスしてしまわないような智慧と修行もあるようだ。

難しいのは、人間の認知能力の限界から、決してその真相を知り尽くすことができないという事実。
この世に人として誕生した存在はすべてその制限を持っている。
だとしたら、どのような優れた存在に対しても絶対視することはきわめて危険であるといわざるをえない。
宗教的な指導者・グル・シャーマンはいうまでもなく、仏陀であってもイエスであっても同様である。
絶対視することの危険は、尊敬に値しないということではない。
尊敬に値する人たちは限りなく存在する。
しかし、どんなに優れた存在であっても、過ちを犯さないということではないし、完全ではないのだ。
この認識を持たなければ、人間性の豊かな表れである自由意志を放棄してしまい、奴隷かロボットと同じになってしまう。

私が修道院で耐えられずにあきらめた理由のひとつには、絶対服従のおきてがあった。
エゴと思い上がりを砕くよい訓練ではあるけれど、集団的な狂気やヒステリーだって起きる可能性がある危うい雰囲気を察知してしまったのだ。

強いはっきりしたインスピレーションが降りてくるような体験をすると、畏れながらもそのあまりにも美しく輝かしいメッセージにそれを絶対視してしまいがちだ。
すべてのチャネラー・預言者の方に覚えておいて欲しいことがある。

あなたはただの翻訳者に過ぎないということだ。
翻訳は原典からのずれが生じてしまうのは仕方がないことだけれど、それをあたかも間違いのないことのように主張してしまうことの危険性だ。
翻訳の際に、あなたの理解できる表現できる形式に置き換えているのだということをどうぞお忘れなく。
そしてもうひとつ、メッセージの源が光であるか、光を装った別物であるかに関する懐疑精神は決して放棄してはいけないということ。

それこそが、今この地上に生きている人間としての誇りなのだから。

自己忘却と自我肥大

これって、実は対になっていることに気がついた。

「私は神です」と主張して、病院に入れられ、でも、そこでもひたすら笑顔で愛の精神で人々に尽くす人がいる。統合失調症なのだろうか?スピリチュアルな次元を理解しないと悲劇が起きる。
このような犠牲者が潜在的にたくさん存在し、そのうち多くの場合、間違った扱い方をされ、本当の病気になってしまう場合もありそうだ。
専門的には自我肥大が起きているという。
自我の成熟度がないままこのような状態になると、確かに万能感からほかを見下したようになり、危うい人格になってしまう。妄想が大きくなると、カルトを形成したり惨事まで起こしてしまうこともある。

なぜこのような自我肥大が起きるのだろうか。
私は神である!をいいかえると、古い自己は死んだ、最早生きているのは私ではない、という状態である。人格がのっとられたという状態であるから、完全な自己忘却なのだ。
スピリチュアルな声が愛と光の根源からであったら、仏陀になり、イエスになり、マザーテレサになり、シュバイツアーになる。

彼らの自我はどのようなものだったのだろうか。
研究したわけではないから推測だけど、常に自己批判する自我が働いていたのではないだろうか。
天の声に従いながらも、その道が自分や周りや地球やすべての存在の繁栄に奉仕することであるかどうかを吟味し、自分中心的な想いによるものでないことを極めて厳密にチェックしていたのではないかと思う。
彼ら自身の使命の大きさを実感すればするほど、その影響力と責任の大きさに震えたに違いない。

天からの啓示に従うというのは、自我肥大といえば自我肥大なのだ。
つまり、真我と呼ばれるものの肥大である。
と同時に、エゴは極限まで砕かれ痕跡をとどめなくなるまで小さくなっていく。
そういう意味では自己忘却なのだ。

たいていの人々はこのハザマのどこかでうろうろし、うっかりすると、エゴの肥大を真我と勘違いしてしまう。そして悲劇が起きてしまうのだ。

このスピリチュアルな覚醒の時代において、たくさんの自我肥大が起きている。
霊能力者・チャネラー・スピリチュアルカウンセラーなどなど。
私の場合はかすかなエゴの働きを察知する天性のカンみたいなものがあって、空気のわずかな濁りや頭痛・吐き気でわかってしまう。
といいながら自分自身の自我肥大を戒めている毎日だ。

悪魔は天使の顔をして近づくということを決して忘れないで欲しい。

苦しみの原因

弱かったり、乏しかったリ、孤独だったりする。
けれど、そのこと自体が苦しみの原因ではない。

問題は、それはいやだ。
耐えられない、どうにかしたいと思うことから生じる。
そのこと自体も問題ではない。
何とかしたいというのは向上心だからだ。
それがあるからこそ、私たちは進化・発展してきたのだ。

苦しみの原因とは何か。
苦しいと思うその認知作用自体にあるとしか思えない。
そしてそれを苦しむかどうかは自分の自由意志の選択に過ぎない。

多くの人はその自由があるにもかかわらず、自動的に翻弄されている。
苦しむことを選択したのはあなたなのだ。

もちろんそれには意味があることなのだけれど。
苦しみは、自分自身がそれを苦しもうと選択した結果なのだ。
何かおかしいと思っていたからに違いないし。
何か変えたいと思っていたに違いないし。
それを通じて何か重要なことに気がつくに違いないし。

自分で選んだことに気がついたからといって、楽になるというものでもない。
だからこそ、ここに私がいる。
共感はしない。
あなたの苦しみはあなた自身の選択であるから。
身代わりになることはできない。
でも、ここに私はいる。
あなたを苦しみから引き上げようともしない。
安易なヒーリングは、あなた自身が望んでないからだ。

あなたが望み、選択したときにはじめて気がつくことがある。
光にいざなうこともしない。
私はただ、ここにいるだけだ。
見つめているだけだ。

あなたが不完全な理由

それは他者と結びつくためです。

それは、あなたが一人で生きているのではないということを知るために必要なことなのです。
カギと鍵穴のように、ブロックのように、あなたのかけている部分にぴったりはまる人やモノがあるはずなんです。
へこんでいるところに出っ張りを入れると二人とも具合がよくなります。
そういう風にして、みんながつながっていて必要とされていることがわかる、という仕組みになっているのです。

もし完全だったら、誰も必要としません。
それは孤独なさびしい世界です。
不完全であることを感謝しましょう。

セイ!セイ!セイ!

みなさんは今日のタイトルにどんな字を当てますか?

生?聖?性?星?正?精?清?静?制?征?盛?勢?誓?
きりない・・日本語ってすごいですね!

まなみんが書きたかったのは、生は性と聖だってこと。
つまり、命はセクシュアリティとスピリチュアリティの統合だってことなんです。
性について禁欲的にゆがんで捕えたり恐れたりしてる人が多く、エロスは敬遠される傾向があるけれど、それはきっと、心と魂が体から切り離された状態だからだと思います。
全てつながっている状態では、それは歓喜!でしかありえないのだから。
体やこころのブロックを解きほぐしていくと、本物の味わいがわかるはず。
少しづつプロセスを楽しみながら、自分の中心を確かめながら、放たれていくといいと思います。

生!は性!であって聖!そのもの。

貧乏で病弱であるという幸運

世の中の人はほとんどみんな、お金持ちとか健康になりたいと、アクセクしている。
お金と健康があったらいろいろな可能性が広がるからだ。
社会的に貢献したり達成したりする喜び。
これは本当にすばらしい影響力を持つし、世界を動かす。

そのような役割を持った人に心から感謝とお礼を申し上げたい。

ただ、私自身は立ち止まる。
正確に言うと、不本意ながら、お金と体力のなさに立ち止まることを余儀なくされる。
お金があったら、あの本も買える、ワークショップや研究会にも参加できる、ダンスも習える・・・
体力があったら、図書館の本全部読みたい、聖地巡礼もしたい、大好きな人と踊り明かしたい・・・

今、かぎられた資源をフルに使っていて気がついた。
お金も体力もないからこそ、厳選の上、フォーカスして深く味わえることの感謝に。
もしお金と体力があったら、アシスタントにスケジュール管理させ、世界中の興味深い催しや人などを訪問したり、美しいものを求めて旅を続けることだろう。感動の連続の日々を送ることだろう。

で、気がついたら味わう時間がなくなっていることに気がついて、 愕然とすることだろう。

本来、何もいらないはず。
ほんの少しの水と食べ物と、太陽の光と静かな場所があるだけでよかったはず。

本読まなくても、空にすべての答えが書いてあるんだから。
ヒーリングセッション行かなくても、太陽がただでエネルギーを送ってくれてるんだし。
パワースポットに行かなくても、あなたの体そのものが最高の聖地だから。

身体は恐くない

精神主義の人からすると、身体や性的なものは何かしら下に置かれたり、克服すべきものという意味合いになることが多い。

確かに生の衝動は、時に情熱が理性のコントロールを超えてほとばしるときがある。
でも、よく考えてみたら、抑圧するから変な形で噴出してくるのだ。
あるいはゆがんだ形で露呈して醜くなるのだ。

素直に生命エネルギーを感謝して喜んでいくとき、何も恐いものはない。

小原仁さんのワークにはじめて参加した。
やっぱり、スゴイ本物だった。
これが、私を今朝いきなり新幹線に飛び乗らせたのだった。

オーガズムのワーク?
昔の私ならきっと、その単語だけで近寄らなかっただろう。
おまけになぜかセクシーな男の子と目があってパートナーになったのだった。
楽しくないはずがない。
といって、別に全く何もいやらしくはないのよ。
すばらしいオーガズムを健康にさわやかに体験できる世界があるということの発見!
下手なセックスなんかよりずっとすばらしい。(と思う)

この心地よさと喜びを体験したら、全ての痛みは快感に変わり、喜びあふれて世界が平和になると確信する。
これこそが魂の愛。
肉体も精神も超えていく魂の愛。
この愛のエネルギーに触れると、世界は天国になる。

恐れずに満喫していきたい、オーセンティック・オーガズム。

天上の音楽

美しいものは精神を高みに引き上げる。
疲れたときには美しいものに浸るといい。
何もないとき?空を見上げたらいい。
空こそ、すべての人に与えられた最高の芸術作品だ。

見えないとき、見えない人は音楽をどうぞ。

告白すると、私はいわゆるヒーリングミュージックとして人工的に作られたものはあまり好きではない。
ものによっては頭痛や吐き気までしてくるのだ。
人によっては波長があって気持ちよくなる人もいるのだろうけれど。
天からの音楽は、心を空っぽにしないで、喜びと澄み切った光の洪水で満たしていく。

たとえばモーツアルト。

実証データなしに書くから私の好みといえばそれまでだけど、主題や構成がしっかりしてフォーカスしていくようなものが魂を引き上げていくように感じる。
理性を眠らせてしまうものではなく、むしろ研ぎ澄ませたきわみに訪れるあの心地よさだ。
判断力を失わせるものは、どのようなものであっても、マインドコントロールつまり自由意志を破壊する危険があることを警告しておきたい。
前頭葉の処理を受けないままストレートに情報が入っていくものは、危険がいっぱいである。

究極の天上の音楽は、水のせせらぎなど、やはり自然の音かしら。

気持ちいいのがいいのだと単純いいいえないことも付け加えておく。
病気や中毒の人は病的ニコチンや刺激物が心地よいと感じるみたいだし。
カフェインやアルコールなどドラッグ系も、一時的な気分の高揚で欺きながら健康を破壊するメカニズムがあるから注意しなければ危うい。

こういう厳しいこというから嫌われるんだけど、ま、仕方がない、事実だから。
実証データを集めるだけだわ。
解釈は皆様にお任せ。

ら!

icon:noteチベット医学で「ら」というのは生命の息吹、喜び?だったらしい。
とにかく最高にポジティブなエネルギー状態・方向らしい。

実は長女の名前は「らら」という。
アメリカで発音の悪さに苦労していた私が、LとRの区別をつけられるようにという願いを込めてつけた「LARA」と冗談で言ってる(半分くらい本当だったりもする)んだけど。

留学中にいろいろなストレス、アメリカ人のタフさについていくのにへろへろになりながら、生まれて来る子は強い明るい子になって欲しいという願いを込めただけれど。チベット語の意味はまったく知らなかった。ドクトル磁場後に出てくるヒロインお名前だったか・・・くらいのもので、最近ではなんだかやたらと勇ましいスーパーウーマンのLARAが映画であったような・・・

うちの、LARAも、めちゃくちゃそんな感じ。
信じられないくらいのガッツと明るさとポジティブさで周りが巻き込まれていく。

そのポジティブさはどこから来るのか。
もともと彼女は生まれてすぐの大病で死にかけ、その後もずっと後遺症で苦しんでいたはず。
はずというのは、弱音を聞いたことがないから。
とにかく体的には痛々しい履歴の持ち主で救急隊のおにいさんと、今度はどうしたの?て仲良しになるくらいの搬送回数だし。

ポジティブさはどこから来てるのだろう。
フィジカルなものでないのは事実。
心?それが近い人はみんな知ってるけど、実に繊細で過敏で傷つきやすい極地なんだ。
(本人はそういうことを絶対に否定するだろうけど)

彼女は実は弱さのきわみなんだ。
だからこそ、天の究極の力が働いているのだ。

弱さこそが強さ。
だから安心してね。

らららららららららicon:note

身代わりになる快感

愛する人の苦悩を見ることほど辛いものはない。
どんなにわがままで自分本位な子でも、恋人の苦しみを見るときに、代わりになれたらと思うのではないだろうか。
そう、だから、恋愛というのは、慈悲を学ぶ最初のレッスンなのだ。

もしこの世に一定量の苦しみがあって、誰かがそれを引き受けなければならないとしたら、どうだろう。
誰もが幸せになることを望んでいる。
苦しみを求める人は本来ならいないはずだ。
実はいるけど、それは自分を責めている可哀想な人だ。

自分を責めて罰するためではなく、また成長するためという目的を掲げるのでもなく、ただ、そこに苦しみがあるとして、誰かが担うと他の人が楽になるのであったら、強い人が弱い人の重荷を背負うことは妥当な選択である。
そうすることによって、みなが幸せになるのだから。
愛する人の苦しみが、自分の苦しみになって、愛する人が救われるとしたらどんなに大きな喜びだろうか。
多くの人は、親になることによってこの真実を学ぶ。

でも、理性ある人は考えたらわかることだ。
身代わりになることの快感が。
このような心地よさは、永遠の美へといざなうのだから。
マザーテレサ達が夢中になってしまうのも、納得。

私ではない

天使様の入れ物である私は、居心地がいいように環境を整えることしかできません。
よく寝て運動して健康に気をつけるとかね。
要するに自分が気持ちがいいってことをするだけ。

あとはすべておまかせ。

言葉、眼差し、光・・・
すべての善いものは天からのものです。

わがままじゃじゃ馬の尾崎真奈美のものではありません。
お間違えのないように。

究極の祈り

苦しいときの神頼みっていう。

物事がうまく進まないとき、人はよく祈る。
どうすることもできなくなったときに、天の助けを求める。

合格させてください!
彼の気持ちを癒してください!
戦争が起こらないようにしてください!

苦しみからの解放を求めるのが人間の祈りだ。
しかし、究極の祈りは、実は正反対の性格も併せ持つ。

「御心がなりますように」

この祈りは、苦しみを取り除いてくれとの嘆願ではない。
どうにでもなれという諦めでもない。
魂のそこからの強い強い願望だ。

内なる神に信頼して到達していくとき、
祈りは言葉を失う。
身を焦がすほどの真実に対する渇望。

icon:sparkling御心のままになりますようにicon:sparkling

何もいらない

どうしたら自尊感情が高まるのだろうか。
どうしたらいじめや自殺がなくなるのだろうか。
どうしたら幸せになれるのだろうか。
幸せになろうとすることはどういうことなのだろう。
自尊感情が高いということが幸せとどう結びつくのか。
幸せってなんなのだろう。

心理学では、細かい議論をし、実証するために研究デザインを考え、データをとり、解析し、論文を客観的に仕上げようとする。
それをとおして何がえられるのだろう。
少しでも、愛に近づくことができるのだろうか。
愛を切り刻み測定することによってその香りを台無しにしてしまう。

愛はただそこにあるだけなのに。

何もいらない。
ただ、空を見上げるだけでいい。
星のきらめきが語っている。
ただ目を閉じて呼吸するだけでいい。
香しい花の香りが喜びのダンスにいざなっている。
目を閉じておやすみなさい。
愛があなたを癒しの毛布でくるんでいる。

美徳って?

ポジティブ心理学では美徳について研究している。
で、そこで揚げられている美徳といったら・・・

親切・愛する能力・ユーモア・勤勉・感謝・平等・判断・見通し・チームワーク・楽観性・リーダーシップ・誠実・審美・独創性・熱意・向学心・スピリチュアリティ・勇敢・寛大・好奇心・思慮深さ・謙虚・セルフコントロール・・・

いくつかのカテゴリーに分けられるけど、超越性の中にあるものが、かなりスピリチュアルな要素だという気がしている。つまり、審美・感謝・楽観性・寛大・ユーモア・熱意にスピリチュアリティだ。

道徳や人格教育で見過ごされがちなものに、審美とユーモア・遊戯心がある。
これは歯を食いしばって、体に鞭打って磨くものではない。
むしろ反対にリラックスいて緊張を解き放つものだけど、なぜ美徳に揚げられているのだろう。

それはやはり、意志によって選択していく過程があるからだ。

すべての美徳はもともと人間に備わっているものだけれど、ただ忘れていたり、視野が狭くなって見えなくなっていたりする。
努力の苦手な私としては、美しいものに浸って遊んでいるだけだけど、調査によると、これが実は愛他性や親切に大きな相関関係があるらしい。

人格教育、美しい環境で遊びながら、もっと楽しい方向で進めたらいいのにと、いつも思っている。

喜んでいる理由

みなさん、喜んでください!

だって、愛されているのですから。
だれに?
あなたの一番大好きな方にです!

気がついてない、知らないだけです。
本当にもったいない。

感じるだけでいいのです。
ほら、目を閉じてうっとりとその香しい空気に浸ってください。
あなたを抱きしめています。

わからない?
そういう方には天使が代理をいたしましょう。

頭を優しくなでています。
やわらかく抱きしめています。
あなたの今のままが大好きです。
いたらなさ、情けなさ・・・なんていとおしいんでしょう。
すねたり、おこったり、反抗したり・・・なんてかわいいんでしょう。

愛することは辛いことです。
あなたの痛みが私のものになるからです。

だから今日も、願いを込めて、あなたを抱きしめています。
どうか、気がついて欲しい、私がそこに寄り添っていることに。

神様を味方につける方法

万能で、何でもできちゃう神様を味方につけられたら、最強ですね!

どうしたらいいかおしえてあげようか?
実はすごく簡単なことだったんです。

それは・・・

神様を喜ばせたらいいんです。
神様はみんなのことが大好きだから、みんなが喜んでるのを見るのが好きなんです。
だから喜んでたらいいんです。
そうしたらどんどん喜ぶことが増えてきます。
あっちでもこっちでも、面白いくらいにシンクロが起こり始めます。
うそみたいに世界が味方し始めます。

ただ、喜んでたらいいんです。
喜べない状況?
意味があるんだってば。
自分には理解できない意味があるんだってば。
だけど、愛されてるんだからそれが今の自分には最高なんだってば。
信じられないけど、そうなんだ。
だから、喜んでいたらいいんです。

まだ起きてないこと、見えないことを喜ぶこと。
自由意志はこういうときに使うんです。

スピを一言で説明すると・・・

つながり

人とのつながり
自然とのつながり
自分自身とのつながり
超越的なものとのつながり

すべての存在は単独では存在しえない、この単純な真理。
それだけのこと。

天使を科学する

また、興ざめするカテゴリーエラーをやってのけようとしてますが・・・
少しわかって来ました。
葉っぱの影でかくれんぼしてるものの正体が!
端的に言えば、水と光でした。
理科系の方は、ミステリアスでもなんでもない、ただの光線の加減だと分析されるでしょう。
そのとおりです。
ただその見える角度とタイミングが絶妙なんです。

ミステリアスだと思われている現象そのものは、実はかなりの程度自然科学で説明できるんです。
しかし、その確率については説明が難しいんです。

シンクロをどう説明するか・・・
量子論でも難しいな・・・

心理学で説明すると・・・
自分の心の投影?
鏡のようなもの?
そうともいえるけど、経験的には、自分ではない感じがするのよね。
たぶんこれが、自己を滅却?とかいう仏教系の方がおっしゃることと同じなんだろうなと思ってるけど。
自分ではない存在に支えられているということから来る感謝だから。

錬金術

地上にあるものを混ぜていくと、最後には真っ黒になってしまう。
証拠がある、つまり実証された緻密な思考を重ねていくと、ニヒリズムに陥る。
還元主義の必然的な運命だ。

天上にあるものを混ぜていくと、最後には透明になってしまう。
インスピレーションをたどっていくと、感謝と喜びに導かれる。
説明できない飛躍が起きるのだ。

私は錬金術師。
地上のものを透明にして光にしてしまう錬金術師。
さあ、来なさい。
どんな材料でも、思うがままだ。

苦しみ悲しみ、そねみねたみ、すべての痛みと重荷をホワイトホールに投げ込んでごらん。
想像もつかなかった光が、七色に耀きながら出てくるのを見ることができる。
それは、愛・希望・喜び・許し・信頼・感謝・笑いの七色。

中庸の美徳

学問してると、時々ふと馬鹿らしい思いに駆られる。
何でシンプルなことをことさら難しく説明しようとしてるんだろう。
何で当たり前のことをそうでないという前提で語らなければいけないんだろう。
すべてを疑いつくして、幸せになるのだろうか。
一体何のためにこんな作業をしてるのだろうか。

何でも過剰になると毒になる。
バランスをとるために正反対のことを過剰にしてみる。

まなみんのライフスタイルがめちゃくちゃに見えるのはきっと、そのバランス回復のために違いない。

狂ったように論文を書いてるかと思うと、憑かれたように踊りまくる。
がんがん車を乗り回しているかと思えば、朝から晩まで料理の研究をしていたりする。
分刻みでアポを入れてるかと思いきや、数ヶ月誰にも会わないで空と花を眺めていたりする。

必要なのは中庸の美徳。
無理みたい。

泣くしかない現実

自分の意識が変わるだけで、世界が変わってくる。
よく言われることだけど、認識だけでなく、物理的世界も変わってくるのが不思議でたまらない。
こうなったら嬉しいなと思うことがどんどん実現していくのを見てると、え、なにそれ~
と思いながら、それがアタリマエにことになっていくから、どんな状況でも心配しなくなる。
いつも最高だ、とはじめからわかっているから、感謝と喜びの感情しかなくなっていくんだ。

これをどう表現したらいいんだろう。
欲しいものが全部手に入るとか、苦労せずに成功するとか、そういうのとも違う。
この世的な過ぎ去るものに対して、欲しいと願ったり祈ったりはしないし。
それなのに、どんどん嬉しくなることばかりが重なってくる。

嬉しさは嬉しさを引き寄せるみたいだ。
笑う門には福が来るって言うし。
ほんと。

どんなに過酷で信じられないような状況でも、その中に光と喜びが見えるのだから。
喜びと光の輝きが強烈になるだけだから。

何も見えないとき、空を眺めたらいい。
空も見えないとき、飲み水の水の分子に、今吸い込んでる空気中の酸素原子に思いをはせたらいい。
この小さな粒が私を生かしてくれているのだ。
ゆっくりと、その一粒一粒を意識して吸い込んで(飲み込んで)みたらいい。
喜びと光が、私たちのもっとも自然で基本的なあり方だとわかる。
自然のこのままで最高だということがわかる。

世界には、基本的には喜びしかないのだ。
ほかは全部、その彩りとして添えられるものでしかない。

喜びに打ち震えて、泣くしかない現実。

FREE BURMA!フリービルマ!

私は政治のことはわかりません。
でも、非暴力で平和に祈りを込めて真実に向かって歩む気高い人たちにが、狂った軍隊に虐殺されていくのを見過ごすわけには行きません。
世界中の意識がNO!!と叫ぶとき、世界は変わるということを信じています。

暴力に暴力を向かって立ち向かうことでこの世での平和が達成されるのかどうか、わたしにはわかりません。どんな理由であっても、どんな小さないのちも傷つけたくはない、大切ないのちだから。

一番悲惨なのは、自分たちのしていることがわからない人たちです。
わかったときに、どれだけの苦しみに苛まされることでしょう。

http://www2.free-burma.org/index.php

非暴力のお坊様たち
真実を告げようと殉死されたジャーナリストの方たち
報道されないまま虐殺されている方たち

数え切れないいのちの真実の訴え

あなたの声を私は届けます
世界中の涙が
微笑みに向かって
一歩進みますように

Free Burma !(October 4th 2007)

フリービルマ!とは?

世界中のブロガーが、ビルマ(ミャンマー)の平和革命を後押しするとともに、残虐な軍事政権に対して素手で立ち上がったビルマの人たちに向けて、共感の気持ちを表そうというものです。10月4日に、自分のブログをもっている人は、新規投稿として「フリービルマ!」バナー(画像)を1点あげ、その投稿記事のタイトルにFree Burma!(フリービルマ!)という一言を載せてください。なお、この日はこれ以外の新規投稿は控えてください。また、ブログをもっていない人は、このアクションについて世間に広めてください。
*フリービルマ!公式サイトのリンクも掲載ください。
http://www2.free-burma.org/index.php

もし、あなたがフォーラム(グループサイト、メーリングリスト、SNS等)の管理者やユーザーで、このアクションについて紹介していただけるようでしたら、「グループリスト」に、サイト名、掲載ページのURL、トピックやスレッド等の番号をにご記入ください。
http://www2.free-burma.org/groups.php


■マスコミ報道

このアクションについて取り上げた、新聞、ラジオ、ウェブサイト一覧。
*ドイツが圧倒的に多いです。
http://www2.free-burma.org/media.php


■グラフィック

こちらの4点は、HTMLを添付していただくだけでブログやフォーラムに表示されます。
http://www2.free-burma.org/graphics.php

こちらでは70点以上ご用意しました。さらに、それぞれの画像をクリックしていただくと、コメント欄に個性豊かなグラフィックが並びます。
http://www.flickr.com/groups/479791@N25/pool/


■関連リンク
○アムネスティ・インターナショナル日本
【緊急行動】拷問または虐待の恐れ/健康への懸念
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=368
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=1465
○アムネスティ・インターナショナル
Release Myanmar protesters
http://web.amnesty.org/pages/mmr-270907-action-eng
○AVAAZ.ORG
ミャンマーのデモ隊をサポートしましょう(中華人民共和国の胡錦濤主席および国際連合安全保障理事会へ)
http://www.avaaz.org/jp/stand_with_burma/
○ビルマ(ミャンマー大使館)
http://www.myanmar-embassy-tokyo.net/

空は本当にすごいと思う。

なぜか?
落ちてこないからだ。
どこでもあるからだ。
誰でも見られるからだ。
刻々と移り変わって、二度と同じ表情はないし。
すばらしいクリエイティヴィティだ。

光り輝く太陽や満天の星も、その光に圧倒されるけれど、雨雲も曇空も優しくしっとりと心に染み渡る。
その時々に一番必要なメッセージを届けてくれる。
こっちむいてよなんて言わないんだけど、見上げると必ず答えてくれる。

ほら、見上げてごらん
天使が微笑んでるのが見えるでしょ?
気がつかなくても、無視しても、いるものはいるんだから。
投げキッスしてごらん、かえってくるから。

メッセンジャーのわな

メッセンジャーは単なるメッセンジャーにすぎない。

大切なのはメッセージの中身だ。
メッセンジャーは能力的に、正確に伝えられなかったり間違ったりする可能性もある。
メッセンジャー自身に注目することはメッセンジャーが忌み嫌うことである。
メッセージの真実性だけが問題にされるべきもの。

良いメッセンジャーになればなるほど透明になっていく。
愛と光のほのかな残り香があるだけだ。

自分自身が注目されることを望むことによって、天から落とされたルシファーを思い出すが良い。

本物がつかめないまま、中継者やメッセンジャーを賛美したり、傾倒したリ、没頭したり、絶対視したりすることこそ、大きな危険性をはらんでいる。

流れ去り、むなしく消えていくものにかすかに現れる永遠の本質に、感謝しよう。
それ以外の幻想に過ぎないものに夢中になることのおろかさ。

何度でも言う。
天使の顔をして現れるものこそ危険なわなである。



プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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