
日本人には日本人的な幸せ感があって、それは喜びと言うより満足感に近い,と言う人があった。
でも、幸福感調査で世界的に低い結果であることをどう解釈したらよいのだろうか?
感情表出、特にポジティブ感情に対する抵抗が非常に大きいのは,実は恐れに関係している。
それを幸福でない人への思いやりからだと言う人がいるけど,自分の幸福を減らすことで他者の幸福が増すというのだろうか?
幸福感が収入や社会階層/学歴/知能/容姿と言った 外的なものに依存しないことはどこかに書いた。感謝と言う自分の気持ち次第であることは実証データでも明らかである。
自分の幸福を減らして他者の幸福が増すと考えるのは物質レベルのみしか視野に入っていない考え方である。それは他者の不幸を喜ぶと言う不健康な反応であって,決して助長すべきものではない。
自分の幸せをキープしたまま外に対して不幸な顔をすると言うのは、つまり内面と表出が異なるとしたら,エネルギーの無駄で疲れることだ。
統合失調と言うのは,リアルなものと表現が食い違う場合に起きてくる病的なあり方だ。
リアルであること,オープンであることはポジティビティの基本だけど,恐れがあっては達成できない。
傷ついた経験は根強く残って苦しむものだけど、人間は、その経験よりもっとたくましくしなやかになってすすんでいけるはずだ。修復のために必要なのは、睡眠と休息と言う単純なことなんだけど。心の傷は肉体運動によって回復していくことが多い。
少なくとも良く眠れるようにはなる。
重荷で動けないときには逆説みたいだけど運動してみたらいい。
何も考えられないほどがんがんやってみるのがいい。
そうしたらおいしく食べられ,ぐっすり眠れる。
どうやって恐れを克服するかと考えるより、感謝を数えながら走ってみるなんて言うやり方の方が何倍も効果的だ。
ポジティブセラピーに関する驚くべき事実はまた今度。
最近は、お固い学会でもかなり面白い人を講演に呼んでくる。
日本健康心理学会ではスキーヤー登山家の三浦豪太さんだった。
彼自身も医学博士取得に向かっている研究者なんだけど,日に焼けた豪快な笑顔で語るエベレスト登山の極限状態の体験は,数字が並べられた実験データより心にぐいぐいはいってきた。
直接経験に勝る学びはない。
いたく感動した。
彼自身の経験から語る。
若い彼の失敗とおじいちゃまの成功を分けたものは何か。
聴衆の予想を裏切った。
若い自信と野心が過信となり災いしたのだった。
ポジティブイルージョン・楽観主義によって救われることは多い。
でも,極限状態ではほんのちょっとした無理が死につながるのだ。
しかし三浦氏は、同時に実験的データを用いて説明したのだった。
リスクがなければ喜びはない。
ストレスをかけなければ認知能力も筋力も発達しない。
彼のおじいちゃまは、100歳になっても細心の注意と節制をもって毎日トレーニングをかかさず,向上し続けていたという。お父様もそうだ。そして彼自身もそうだ。
健康を保つ心理的資質としてユーモアと自己客観視の冷静さをあげていたけど、まさにその通りだと思った。ユーモアも冷静さも,自分を離れたとこから眺める視点がなければ無理なんだ。
今ここでの経験に集中してコミットしているからこその、離れた視点なのだ。
これは極限の集中からでてくる突き抜けた世界だ。
フローとか,ゾーンとか言われている体験も似ていると思う。
それは時空を超越した,真理そのものが迫ってくるような心地よい体験であり,自己を超えた何かが働いている状態で、完全に意志を明け渡している状態なのだ。
しかし同時に,細心の注意も喚起され、変性意識状態でありながら現実感覚もしっかりもって観察している自分がいるのだ。
変性意識とか、いっちゃってるとか、アヤしいとか言われることが多いスピリチュアルな体験は、多くの人に日常的に起きている。
ただ立ち止まって意識的に記述しようとしないだけだ。
この当たり前体験の豊かさを共有できると、ますます楽しくなってくる。
このことに気がついてくると、ことさら語り合う必要もなくなってくる。
同じ場にいて呼吸を感じるだけで、目を見ただけで、もうわかってしまう。
この野生の知はまだまだこの東京にだって息づいている。
存在そのものの輝き。
楽しく夢中になっていると、凝縮した喜びが迫ってくる。
透明で涼しくクリアでさわやかで静かなその姿は,この季節の空気のようだ。
味で例えたら、二十世紀梨みたいだわ。
桃のようなねっとりはなくて,さわやかでさらりとまとわりつかないからだ。
おっとおおお
連想が進んでイメージが飛んでいくなあ。
今日はこの辺でやめておきます。
梨でもむいていただきましょう。
せっせと,グラウンディング。
急に気温が下がって,秋の虫が鳴き始めた。
暑いのが嫌いだから、心待ちにしていた秋なのに。
なぜか物悲しい気分に襲われる。
何か悲しいことがあったと言う訳ではない。
今日も世界はおもしろおかしく過ぎていくのだ。
でもこの空気は、世界の底を流れている冷たい悲しみの涙に共振させて、私は震えてしまう。
説明のできない透明な痛みにしばらく浸ってみた。
ポジティブ心理学者の私はつぶやく。
悲しくなるのは状況のせいではない。
心の構えのせいだ。
かわすにはどうしたらよいのか。
そう,感謝だった。
上を向いて歩こうよ。
涙がこぼれないように。
ひとりぼっちの夜。
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