
コペンハーゲンで行われたヨーロッパポジティブ心理学会議に参加してきた。
ぎりぎりまで発表準備に追われて学会会場とホテルの往復しかしなかったのは、我ながらなんて律儀なと言うか、真面目と言うか余裕がないと言うかビンボー症と言うか。
北欧は哀しくなるほど美しかった。
伝統的な中世風なれんが造りの建物と近代的なガラス張りの建物が見事に調和してたたずんでいるのは、洗練された美意識を物語っている。しかもそれが自然で力が抜けていて、素朴な日常の中に存在しているのだ。
パリのような気取りも、シカゴのような粋がりもなく、普段着の生活そのものであることに、本物の豊かさを感じた。
シンポジウム会場は、ブラックダイアモンドと呼ばれる運河沿いの国際会議場で、カヌーや遊覧船などが大きな、かといって無駄に大きすぎない窓から目に優しかった。個人発表のマリオットホテルは、フィラデルフィアのシェラトンと比較すると4分の一くらいの規模で手入れとサービスが行き届いて気持ちよかった。食事のおいしさは筆舌につくしがたく、食器はすべてロイヤルコペンハーゲンやデザイナーものが惜しみなく使われ、発表会場に食べ物のも飲み物も持ち込みも自由だし、会議のビュッフェで頂いたものを、ロビーラウンジや運河を見下ろす戸外カフェに持ち込んでも、そこで何時間粘ってパソコンで発表準備していても、にこにこと迎え入れるホスピタリティにも成熟した文化を感じた。
暖かくゆったりして素朴なのに、完璧に清潔で洗練された美しさですっきりと涼しいのはイタリアとも違う。
面白かったのは自転車文化。
自転車でかごを引く乗り物は、風を切って馬車みたいに外を眺めながら気持ちよかった。タクシーよりも少し高めだったけど、エコだし、着物をきこんで道行く人をゆったり眺めながら優雅な気分に浸ってみた。
気取りのない優雅な洗練された文化に完全に恋してしまった。
帰りたくなくて泣いた。
成田に降り立ったとたん、ミストサウナに入ったような湿気と熱に襲われてくらくらした。
一生懸命に日本のよさを数え上げてみた。
でも、恋人から引き離されてしまったような寂しさ、夢から現実に引き戻されてしまったようながっかりした気持ちはしばらく何をしても埋められそうにない。
今回の国際会議のテーマでもあった幸せって何だろうと考えてみた。
日本人の幸せ感は、どこまでもひたすら追求していくアメリカ人と違って、はかないもの、過ぎ去るもの、だから追い求めるものではないという。
確かにそのとおりで。
コペンハーゲンは、私にとって夢と憧れの場所だ。
生涯にもう二度とおとづれることもないかもしれない。
おっとりした優しい人々の笑顔。
澄み切った高い空と空気の中にそびえる北欧デザイン建築。
整然とした街並みや公園の中に、ノスタルジックで素朴なストリートミュージシャンや大道芸人たち。
幸福のスピリットを満喫させていただいた人生のハイライトになる1週間だった。
私の使命を想った。
気恥ずかしいけれど、そして大げさだけれど、全世界にこのスピリットを伝えていくことだと実感した。
そのためのミッショントリップだったように思う。
美しさは人を癒す。
あの美しさの中にいたら何もしなくても誰でも幸せな気分になる。
世界の幸せに貢献するためにも、美しい環境作りやお掃除にますます力を入れたくなった。
こんなにも世界は美しく感動的で、優しさと平安に満ちているのだ。
いつどのようなときでも、何が起こったとしても、私はお迎えが来る日まで、これを伝え光を輝かせていきたいと思った。
無条件の愛とは、無条件に相手を受容する神のような愛のことをさす。
どのようなときでも、存在そのものを肯定して受入れてもらえるときに、その絶対的な肯定感にささえられた安心感に、人はどれだけ癒されるだろう。
これがあるから生きていけるのだ。
どのように残虐な犯罪者であっても邪悪な破壊者であっても、人間存在としてそこに存在していることに対する受容と許しはある。
母親や恋人の盲目的な愛を想像して欲しい。
自己存在そのものまでかけた深い愛は、人を心底揺り動かし本質的な良心を目覚めさせることがある。
無条件の愛の素晴らしさはいろいろなところで語られる。
しかし私は、あまり語られることのない、無条件の愛の危険性について書いておきたい。
あるがままを受入れると言うことは、過失や不正、利己心などをそのまま受容すると言うことである。よい悪いを判断しない非審判的態度と言うのがカウンセリングの基本だけど、そしてその底には、そうされることによって自ら目覚して気がついていくという人間性に対する信頼があるんだけれど。
無条件の愛は足りないから強調されるのだけれど、もしそれだけだったら実はまずいことになることが観察されている。
たとえば、モラルハラスメントやいじめの蔓延。
(傍観者の問題が大きいが今回は触れない)
無条件の愛を示す人たちは、利用され、搾取される。
その態度の純粋さによって自分たちの悪事を非難されているように感じる人たちからは、いじめのターゲットにされ、ぼろぼろに傷ついていくことになる。
無条件の愛によって何をされても非難せず受容していくと、DVからぬけだせなくなる。
相手の痛みを受け止めることにより相手や自分自身の成長を期待するが、現実的には心身とも疲弊していくだけではなく、悪、あるいは不健康さを助長してしまうことにもなってしまう。
警察や判事といった厳しく裁く存在は現実にここに生きている限り必要なことだ。
スピリチュアリティ好きな人たちはこの辺りが甘い。
あるがまま、すべてが最高に美しいと受容していれば気分的には幸福感でうっとり楽しいけれど、現実的に生きていく知恵も必要だ。
すべてが一つであるという認識の中では、すべての原因や意味がよくわかり、何も非難する気になれないし、そのようなことは意識にも上らないだろう。
しかしそれによって疲弊していくあなたを私は見ていられない。
それも私自身だからだ。
優しくゆったり笑っているあなたは、別に疲弊してないし、あるがまま、人生ってこういうものだとおっしゃるだろう。
でも私は、違うと言いたい。
もっと豊かに生き生きとした喜びにあふれたものなのよ、本来は。
あなた自身の開花はもっともっと先にあるのに。
ああ、こんなものじゃないのよ。
本来のあなたの素晴らしさは、スパークしていくような輝きを放つものなのよ。
すべてを受容する柔らかく暖かい光と同時に、愛がない行いや態度をストップさせるほどの強い光と輝きが必要なのよ。
それは静かで冷たく目をくらませるような光ではないけれど、存在のずっとずっと奥深くまで貫き通すような強い光なのよ。
それによってあなたと世界とすべての輝きが増していきますように。
今日眠りに落ちる前に
あなたに伝えたいことがあるの。
本当に本当にありがとう。
いてくれてありがとう。
出会ってくれてありがとう。
わかってくれてありがとう。
大切な時間を共有してくれてありがとう。
いろいろ気づかせてくれてありがとう。
さりげない優しさをありがとう。
渾身に助けてくれてありがとう。
知らないところで支えてくれてありがとう。
愛することを教えてくれてありがとう。
おかしなことで笑わせてくれてありがとう。
私のことを必要としてくれてありがとう。
ほめて楽しい気持ちにしてくれてありがとう。
いろいろ話してくれてありがとう。
信頼してくれてありがとう。
夢にまで出てきてくれてありがとう。
人生の喜びを教えてくれてありがとう。
人生の深さを教えてくれてありがとう。
地上の美しさを示してくれてありがとう。
無邪気なかわいらしさをありがとう。
素直でピュアな気持ちをありがとう。
大好きって言ってくれてありがとう。
微笑みをありがとう。
お仕事がんばってくれてありがとう。
リラックスさせてくれてありがとう。
私を認めてくれてありがとう。
気にかけてくれててありがとう。
不注意やいたらなさを許してくれてありがとう。
気遣いとサポートをありがとう。
励ましてくれてありがとう。
厳しく険しい道を一緒に歩んでくれてありがとう。
美しいものを提供してくれてありがとう。
一緒に鑑賞してくれてありがとう。
豊かで清潔な環境をありがとう。
感謝できる気持ちをもたせてくれてありがとう。
本当に本当にありがとう
おやすみなさい
楽しすぎてやりすぎて倒れる人がいる。
どんなに楽しいことでも限界はあるよここにいる限り。
早めにお休みしましょうね、欲張りすぎないでね。
休憩は、あなたがあなたらしくますます美しく輝くために必要なことなんだから。
高いところからの視野に立ってよいことをするのであれば、神が味方してくれるから必ずうまくいく。
小さい頃からずっと、そう単純に信じている。
でも、時と場合によっては、大胆なことをしようとしたら意地悪・迫害・妨害がおきることがある。
何度も経験ずみだけど。
そのときどうするか。
相手の立場を考えるとか、根回しをするとか、いろいろ現実的対処があるだろう。
しかし私は自説を地でいく作戦を取る。
誤解を恐れずに言うと、相手の立場は考えない。
もっと長期的広い立場で物事の本質を判断すると、目の前の人にとっては面白くないこともあるに違いない。
相手の立場を考えないとはそういうことを意味する。
そして、ただただ感謝して淡々とするべき仕事をするだけ。
実際には何も働きかけたりすることはない。
不思議なことに、このような危機になぜか事態が別の理由で好転していくことが多い。まったく関係ないところから別の理由で私が望んでいたとおりになっていくのを見るのは面白い。
ただし、実際には100パーセントそううまくいくとは限らない。
人生は思うように行かないことのほうが多かったりする。
でもそのときにはまた面白いことがおきる。
事態は変わらないまま、自分の認識が変化していくのだ。
そして、これでよかったなと負け惜しみではなく、心の底から思えるようになるのだ。
こういう二つの理由で、人生って本当にいつも素敵で最高!
楽しみでいっぱいだわ、とますますの感謝になっていくのである。
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