
信じなさい信じなさい、ひたすら信じなさい。
確かに、信じたら物事がそのように動いていくことが多いし、願いがかなわなくても、救われていると信じることができたら確かにおめでたく幸せなはずだ。
でも、現実や理性の判断を無視して信じることは出来ない。
それを捻じ曲げて信じようとすると、心が反乱を起こす。
だから、救われたい人間は、信じられる根拠だけを集めてくる。
何とかそれで解決しようとする。
そして、例外は無視。
というか、信じる時点で盲目になっていて見えないことが多いようだ。
これは実はひじょうに危うい。
救われるどころか、大きな落とし穴に投げ込まれるようなものだ。
このような欺瞞でどれだけの人が熱に浮かされ現実から解離していくのだろうか。
切ないほどに救いを希求してるのだけれど。
知的になればなるほど疑い深くなる。
物事がそれだけよく見えてくるからだ。
知的に詰めていったとき、ある時点で反転が起きることがある。
分析して細かく詰めていた先に、光があってそのまぶしさに目をやられるのだ。
その光にも目がなじんできたら、また見えてくる。
信じることは、この決して終わりはない繰り返しの疑いのプロセスなのだろう。
単純に信じられないって落ち込まないで下さい、だいじょうぶ。
理性が発達してるということですから、すばらしいですね。理性万歳。
信じることで救われているあなた、おめでとう。
無理して疑わなくてもいいですが、理性をごまかしているとツケが着ますよ。
深くゆるぎない信仰は、疑い、吟味が細かくなれはなるほど生まれてくるものだから。
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