
動物が助け合って生きていったり共食いしたりする現象を、人間の姿に置き換えて、美しい、愛だとかエゴイスティックな行動だという表現をすることがある。
しかし、動物はただ本能的に自然の秩序にしたがっているだけだ。
善も悪もない。
もしあるとしたら生物保存の法則(タオと呼んでもいいだろう)に従うという善がある、時にそれが何らかの事情でうまく機能しないという機能不全の状態が観察されるだけで、それはいくらすさまじい殺戮でも、悪と呼ぶのはナイーブすぎる感性だ。
人間社会も同じことである。
利己的な行動を悪と呼ぶ場合が多いが、利己的というのも個体の自然法則・秩序であり、それがなかったら絶滅する。
自由意志を持った人間は、時に酒タバコ不摂生ひきこもりなど不健康な行動を選択する。
命をちじめる、エネルギーを減少させるという意味でそれらを不健康と呼ぶ。
それはその行動を外側から見た視点である。
それらの行動を個人の内側から見た場合、理由、意味、プロセスの必然性などが見えてくる。
ひとつの病的症状を示しているからこそ個体全体の命が守られていることもある。
医学的データから明らかである。
それは悪というより、機能不全状態、防衛機能・病理と呼ぶのがふさわしい。
戦争や犯罪でさえ同じ理屈が適用できる。
社会病理である。
病気だとしたら、それは戦って絶滅させる対象というより、憐れみと治療の対象である。
このような認識は人類を平和に導くのではないだろうか。
たとえ人類がみなつながっているという認識がないとしても。
知的・合理的でも大いにスピリチュアルでありえるのだ。
病気・機能不全状態といったものは、どうしてもこの世界には一定量存在しなければならないのでしょうか?
2008年12月28日 17:42
マイナスのものが存在しなければならないかどうか、よく考えてみますね。
物理法則では必ず作用反作用があるから、同様に、健康になろうとする逆方向の力は働くのかもしれません。
また、ダイナミックなプロセスですから、その瞬間を捉えるとどちらかにふれて、行きすぎ、やりすぎということになるのかもわかりません。
2008年12月29日 19:13
ダイナミズムを創り出すために、病んだものが必要なのかもしれませんね。
光しかなかったら、それは静止した1枚の絵になって終わってしまうように感じます。
2008年12月30日 06:01
なるほど
ダイナミズムのために必要ですか。
言ってみたら命の進化と発展のためでしょうか。
2008年12月30日 08:45
プラスとマイナスはセットです。 電気も両極がないと流れないのと同じ原理です。 全てがエネルギーからなるとなれば、全てにプラス極とマイナス極というか、二元性があって不思議はありませんよね。 一元的に進化する力と、多次元的に展開する力、これも相反するものですが、ともに交差しあってこと、精神性も進化すると、考えたら、いろいろ見えてくるものがありますよね。
2008年12月30日 19:02
I’d have to admit with you on this. Which is not something I typically do! I really like reading a post that will make people think. Also, thanks for allowing me to speak my mind!
2011年03月18日 10:05
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