尾崎真奈美の天使語同時通訳します

スピリチュアル・フォビア

スピリチュアルになることを病的に恐れ、日常生活に支障をきたすレベルになるとこう呼ばれても仕方がないだろう。
ただしこの言葉は私の思いつきの造語なのであしからず。

このフォビアには根拠があるから、非合理的に恐れる高所恐怖や不潔恐怖症などの、いわゆる精神科的な診断によるフォビアとは違う。
スピリチュアルになる恐れというのは、実際に生きていけなくなる、生きていきたくなくなる、生きる意欲がなくなるという意味で、こちらの世界からモノを言うと大きな問題だろう。
そしてこれはおそれだけではなく、ほおっておくとそうなってしまうのだ。
これはどう考えても、こちらの世界に視点を置いてたら、まずい。

こちらの世界に視点をおいてたらまずいという言い方自体、すでにあちらの世界からの視点をこちらの世界と同等に扱っている立場になっている。
こちらの世界しか大切だと思っていない人や、こちらの世界があってこそ、と考えてる立場からすると、危ない、やばいという発想になるだろう。

多数決でいうと、こちらの世界しか見てない人のほうが圧倒的に多い。
あちらに視点をおくモノの言い方自体が神秘家の世界であって学術的世界にはなじまない。ただ,その視点を記述するという意味ではメタレベルから記述している訳であちらからダイレクトに発言している訳ではない,という意味で、視点のことわりをしつつ、あちらからの眺めをここに書いてもいいかと判断している。

こちらからあちらの世界を垣間見たいと努力や修行しているがどれだけ多いか。
あちらの光を垣間見て、生きる意味を見出し、至福の中で内的な平安を保っていい人生を送ることは素晴らしいと思う。
美しいと思う。
あるべき姿だと思う。

だけど、あちらの視点から発言すると、今ここでしている努力や人生、自分が経験していることや自分の存在そのものだって、何もない。
何もないんだ。
あるように錯覚しているだけなんだ。
それがどうしたって感じ。
そうなると、人間的な意味でここに生きている意味なんて何も感じられなくなる。
そこでフランクルのいう超意味が出てくるのかもしれない。

これはなかなかわかってもらえない,誤解を生むようだけれど、
意味がないからといって、虚無的に人生をはかなんでいるというのとは全く違うのだ。
むしろ正反対だったりする。
光に包まれて美しすぎるんだ。
あまりにも、美しすぎるんだ。
だから、極致を越えて何もなくなるんだ。

この甘美な世界を知ると、ここにあることのすべてが色あせてくる。
だから、まずいと思うのだ。
まずい、非常にまずい。
ここに存在していることの意味と責任が面倒になってくるのだ。
この世界に存在しているという
まさにそれだけの、単純な、しかしものすごく重い責任が。

この世的に平たくいうと,それは死にたいということになる。
それは絶対にまずいと,この世の視点から叫ぶ。
病的に恐れて時にパニックになって、攻撃的になる。
スピリチュアリティなんか大嫌いだと言い放ち、遠ざけて決して近寄らないようにする。
まさしくフォビア的対処法だ。

スピリチュアルなものを遠ざけつつ、困ったことには、世俗的なものからも遠ざかる。
それは本質的になじまないからだ。
この世での生き残りをかけて、自虐的に、過ぎ去るものを他人のまねをして求めてみては、疲れ果てて故郷を見上げる。
生々しいもの、社会・組織・経済・人間関係・もっというと、命そのものまでが違和感を持つなかで存在する居心地の悪さといったら。

このような心的態度は、精神障害とカテゴライズすることも可能だろう。
何しろ、こちらの世界的には適応、この世に対する適応が精神的健康の診断基準になっているのだから。

ここまでは大丈夫だろうというすれすれの経験をしながら記述していくことが、何かしらにたような経験を持つ人の役に立てばいいと思って書いている。

この現象をロゴスにおとしめることによって、着地していくこと。
私がアカデミズムに身を置いているのはそのような意味があるに違いない。
これは、感謝すべき、上からの配慮なのだと思う。

コメント

投稿者: フォトン

スピリチュアル・フォビアにかかりやすい人は、健康問題も多いかもしれないですね。
頑張って生きたいという強い願いが出るから・・・

2009年08月01日 11:15

投稿者: まなみん

そうだと思います、フォトンさん。
なかなか・・・

2009年08月03日 15:13

投稿者: asamimm

初めまして。以前からずっと、スピリチュアルに興味があり、
セッションなどを受けてきましたが、小さい頃からの悩みは、
なぜ、やる気が起きないのか、ということです。幼稚園の頃からすでに、やる気がない子でした。きちんとした生活習慣ができない。それと、小さい頃から、すでに人間関係で違和感を感じてはいましたが、中学になって、いじめのようなものがあり、そのせいで、ますます、生活習慣は崩れました。次の日の準備がまったくできない、先延ばしにする、だらしのない子になりました。
私は、スピリチュアルすぎて、現実の世界に適応できないのでしょうか?そうかどうかはわかりませんが、今日の記事を読みまして、その自分探しの、参考になりました。おもしろい記事を、ありがとうございました。

2009年09月12日 15:37

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プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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