尾崎真奈美の天使語同時通訳します

食べる/いただく

ミッドウエストに来てから、美しい音楽と建築物にひかれてルーテル派教会の荘厳な礼拝にでている。カトリックほどじゃないけれど、500年にもなる伝統を感じるクワイヤやオルガン、トランペットやオーボエなど,毎回音楽に魂を奪われてしまう。
クワイヤ(聖歌隊)も大人,子ども、学生の3種類が掛け合いながら、澄み切った柔らかな波動がステンドグラスに囲まれた高い天井まで建物を満たしていくのだ。

儀式ってすごいなと改めて思う。

カトリックのミサでは「主の晩餐」と言って,キリストのからだであるパンと血である葡萄酒をみなで分かち合うという事が行われる。会衆は、大抵の場合はウエハースの皮みたいな丸いちいさなものをいただくだけだ。プロテスタントの教会は月に一回とか4半期に一回とか宗派によって違うけど聖餐式というのをやる。皆でパンをちぎっていただきブドウジュースを飲む事が多い。ピューリタンはアルコールを好まないからジュースなのだ。

このルター派教会では,毎週聖餐式があり本物のワインがふるまわれる。
ヴィジターの名札をつけ,祭壇の前にひざまずいて待っていたら、司祭が、「マナミさん,あなたのために流された主の血潮です」と言ってじっと目を見つめてワインを注いだ。
飲み干した瞬間、圧倒的な愛の嵐に襲われて意識が遠のいた。

カトリックでは、「キリストの御からだ」「アーメン」と言っていただく。
これによって,つながりを再認識し新しく綺麗になって出発するのだ。確かカトリックでは,主のからだを受ける前に告白する事がすすめられていた。綺麗になってからキリストのからだを受けるという意味があるのだ。

聖餐式にどういう意味があるのか考えながら,toniの食禅を思い出していた。
同じ事をやっているのだと思った.
生かされている事、この一口のワインとパンによって象徴されるように,私たちは犠牲の上にあるいは恩恵を受けてここに存在しているのだという事実を、感謝と責任をもって思い起こす儀式なのだ。
日本人は昔から食事を「いただきます」と感謝をこめていただいてきたのだ。
分け合っていただくという行為。
食事は単にエネルギーを補給するためではない。
愛を思い出して,互いに愛を交換しあう儀式だ。
大切にしなければいけないと思った。
(パソコンの前で一人でばりばりやったりするもんじゃないよね。笑)

コメント

投稿者: Michelle

・・・
綺麗になってからキリストのからだを受ける・・・
極端なキリストカルトが出てくるのも確かだけど、
王道の宗派でも いきなり王道になったわけではない。

時間の流れの中で許容されるのもだけが残ってゆく。
異端的なる部分を上手に変換できた柔軟さも必要だろう。
キリスト教も元々異端だった。

イエス生まれし2000年
その前は4000年前 シュメール文明、ギリシャ文明が栄えていた。

2000年後は『愛を学んでいた文明』って歴史的遺産になってるだろう。

いただく・・・
その頃には、それぞれが持っているパンとぶどう酒を差し出しているでしょう。
みずから光を放っているよ。

2008年09月15日 10:23

投稿者: とに

きゃい~ん♪嬉しいわんわん ありがとうござい鱒!

2008年09月16日 09:48

投稿者: lamp

儀式ではありませんが、聖書時代には,食物を一緒に食べることは交友の絆を表わしたそうです。(創 31:54; サム二 9:7,10,11,13。)
主観ですが、過去のクリスチャンの中で17世紀に起きたコレギア派や16世紀に起きた再洗礼派の人たちに興味があります。なぜかというと、真の知識がまだ満ちあふれていなかった時代に、聖書の個人研究を通して,長年奉じられてきたある種の宗教上の教義や慣行が聖書に全く基づいていないことを知った時,彼らは既成の宗教と歩みを異にするだけの勇気を備えていました。
またヘンデルという音楽家も既成の概念に屈しないそのような勇気ある人だったようです。
そのような人々に憧憬の念を抱きます。これからも真理の探究のため頑張ってください。期待してます。
サタンに注意してください。


2008年09月17日 21:18

投稿者: まなみん

ヘンデルいいですよね〜〜
メサイア最高に透明にキラキラ輝いてて・・・

2008年09月17日 21:58

投稿者: ミッシェル

各人の魂の経歴があり、だからこそ今の役割もあります。
例えば、まなみん先生は両極の位置にあると感じています。
光、輝きの感受性は抜群。
そのような多くの人は感受性豊かゆえに
良くも悪くも翻弄されやすい傾向にあります。
社会的適応力も含めて。日常生活の様々な部分に現れてきます。
それを圧倒的な知がカバーしていると感じます。
だから光のみ実存でもこの世ではバランスが取れているのです。

光の方向を間違えなければ気にすることありません。
だって、まなみんワールドの真髄は ここにあるんです。

2008年09月18日 07:51

投稿者: lamp

ヘンデルの「メサイア」はクリスマスのためにつくられたのではない

クリスマスのときいちばんよく演奏される合唱曲は,おそらくG・F・ヘンデルの大オラトリオ(聖譚曲)「メサイア」でしょう。クリスマスとなるとたいていこの作品が演奏されるので,多くの人は,ヘンデルがこの曲をクリスマスのためだけに作曲したものと考えています。しかしヘンデルの伝記によると,彼はお金の必要に迫られて「メサイア」を作曲しています。またこの作品は,12月ではなくて4月に,アイルランドはダブリン捨て子養育院で初演されています。

興味深いことに,J・ウェルチは,「メサイア」のレコードに付記されている解説の中で,つぎのように述べています。「『メサイア』〔すなわちその歌詞〕が完全に聖書からとられているからといって,典礼のための教会音楽とはいえない。ヘンデルは,宗教的な主題も,世俗的な主題も,同様のスタイルで扱っている。彼はそれらを非教派的なものとして扱っており……どの教会の教理をたたえることもしていない。……そのうえに彼は,教会が使えるときでも,音楽堂や劇場,病院などで自作のオラトリオを演奏した。英国の牧師たちはこれに激怒し,『メサイア』が演奏される予定になっていたコベント・ガーデンの閉鎖を試みたことさえあった」。宗教音楽を劇場などで演奏することはけしからん,と彼らは考えていたのです。「ここにおいて指揮者ヘンデルは,彼特有の勇気をもって,タイトルを『聖なるオラトリオ』と改名し,彼らを出しぬいた」のです。私も超KYですけど、なんか、超過激です。

2008年09月20日 21:26

投稿者: Michelle

劇場で演奏すると観客は代金を興行主に払い
演奏者はギャラをもらう。
教会で演奏すると信者はお布施を教会に払い
演奏者はボランティア。
生活と共にあるもの、場所いとわずどこでも演奏。

どこでも波長をチューニングでき、ぶれないのはプロだから。
面白いですね。

2008年09月20日 23:27

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プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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